鳴海玲を一目見て、彼を男と断言できる人はいるか。意味不明な授業からの現実逃避を図る織斑一夏はそんなことを考えていた。
現在1、2限の授業中ではあるが、一夏には話の内容がさっぱりわからなかった。内容はIS基礎論理というものでガイダンスはあっさり終了、既に周りは分厚い教科書を開いて授業を進めている。一夏はと言えば教科書を電話帳と間違えて捨ててしまったために全く話の内容を理解できていない状態にある。加えてある程度のことは予習されていることを前提で話が進んでいるらしいので一夏には手も足も出なかった。
(うーん、本当に男なのか? 寧ろ女子だけど男子でしたって騙したのが通っちゃったとか……いや、政府もそこまで甘くはないか)
疑問が拭えず、ぼんやりと考えてみて、やっぱり解決はしなかった。
1、2限が終了し休憩を挟んで次の授業もまたISに関して。最終的に教科書を捨ててしまったのが担任こと姉の織斑千冬に発覚した一夏は素直に隣の人に見せてもらおうかなぁ、なんて考えて口を開こうとしたところで、
「そう言えば、再来週にいきなりだがクラス対抗戦がある。その代表者を決める必要があったな。出場者はクラス代表ということで、まぁ今後共クラス委員として働いてもらう。誰か立候補、推薦はいないか?」
千冬の言葉で興味は一気に授業からクラス対抗戦へ持って行かれた。
クラス対抗戦とは、各クラスより代表者を1名選出しISを使って競技を行わせる毎年恒例の行事だ。一夏はわかっていないが。
「はいっ、織斑くんを推薦します!!」
「ナイスアイデア、いいねそれ!!」
「賛成でーす!!」
「やっぱりやるなら男子だよねー」
「織斑くんを代表にしなきゃ1組が廃れるってものよ……!!」
「…………はっ!! ちょっ、いきなり何で……!?」
「織斑に賛成票多数か。他に立候補、推薦者は?」
順調に一夏への票が集まる中、当の本人は「何て理不尽な!?」と悲鳴を上げるが誰かが聞き入れてくれるようなことは一向になかった。
と言うことで、
「くっ、俺は同じ男子……男子の鳴海玲を推薦するぜ……!!」
ちょっと
「うぇえ!? 織斑くんどういうことなの!?」
と、後ろの方から驚いた顔の玲が椅子を蹴っ飛ばして立ち上がった。
(え、いや、男子……だよな?)
やっぱり違うのか、と自問自答。もしかして違うのか。間違ってたらとても失礼なんじゃないのか……? ぐるぐると心中に荒波が騒ぎたて一夏の冷静な理性を打ち崩して行く。
「せっかく織斑くんにしてもらおうと思ってたのに……、」
(……あれ、泣いてね……?)
「「「「「…………………………………………、」」」」」
しゅん、と玲のリボンが萎れ、悲しげに顔を伏せた。若干涙目で、声のトーンも落ちている。あと、とっても鋭い刃物のごとく視線がいくつも一夏を背中から貫いていた。これは完全に一夏が泣かせた雰囲気のソレだ。非常に気まずいことに味方と呼ばれる人物は彼の周りにはいない。全てが敵である。
「……おっ、俺がクラス代表をやります……!!」
女の子(?)を泣かせた。その罪は重い。本能的に全てを悟った一夏は反対する気持ちを全力で捩じ伏せ声を振り絞った。
そんな決死の宣言にクラスが湧く。救世主の誕生だと、我らが戦略の勝利だと、黄色い歓声がクラスを包み込んだ。
「――――待って下さい!! 納得がいきませんわ!!」
と、歓声を遮って1人の凛とした声がぴしゃりと響いた。
机を押しのけるように立ち上がったのは俗に言う金髪縦ロールこと英国淑女という雰囲気を纏ったセシリア・オルコット。英国代表候補生として名を馳せるIS乗り、エリートである。
「今更ポッと出てきた男子風情に、クラス代表を務めさせるとはどういうことですか!? そんなもの、ただの恥さらしに他なりませんわ!! クラス代表とは大勢を纏めるカリスマと絶対的実力を持つ強者でなければなりません、だというのに実力もままならないこんなモノに代表者を務める等無理です!!」
まくし立てるように一夏を睨みつける彼女の言動に、一瞬一夏が引っかかった顔をする。少し可笑しいんじゃないかと。
「そもそも男だからという理由でちやほやされる理由が代表候補生であるわたくしであってもわかりませんわ!! エリートでもなければ凡人の域にすら達せていない極東のさr」
「わーわーわー、オルコットちゃんちょっと落ち着こうよーっ」
突然、いつの間にかセシリアの目の前に回り込んで玲が小さな手で彼女の口を塞ぐ。それ以上余計なことは言わない方が良いと暗に赤い純粋な瞳で伝えながら。
「ッ、いきなりなんですの!?」
「そんなに怖い顔したらせっかくの美人さんが台無しだよー? ほら、落ち着いてもっと笑顔笑顔ッ、ねっ?」
えくぼに指を当ててニコッと太陽のように笑う玲に、セシリアは面食らって黙り込む。いきなり出てきたかと思えばこの人物は……。
「……つかぬことをお聞きしますが、貴方本当は女子ではありませんの?」
「やだなぁ、オルコットさんってば。私は立派に男の子、だよ?」
くるりとその場で回ってアピールする玲を見て、セシリアは嘘つけと言いたくなった。スカートとオーバーニーソックスの間から覗く絶対領域、首元からチラチラと見える鎖骨に、細く滑らかな体のライン。男子とは思えない小さく白いマシュマロのようにやわらかな手は、最早彼は彼女なのではと言いたくなる。男物の服を着せたりしたら、寧ろ女子が男装してますと言えるだろう。
「あとね、オルコットさん。あんまり他人を侮辱する発言はだーめっ。自分と相手だけの関係と思ってても、第三者ってその場の空気に敏感なんだから。度が過ぎる発言は自分の身を滅ぼす原因にもなるから、気を付けようね?」
しーっ、と人差し指を柔らかそうな唇に当てて怪しげな微笑を浮かべる玲。彼の冷静な発言にちょっと視線をさ迷わせて、気まずい雰囲気をようやく悟った。
「でもでも、オルコットさんは自分がクラス代表になりたいってことなんだよね?」
「それは、まぁ、そうですが……、」
「わかった、じゃあ私、オルコットさんを推薦しておくね。ってことで織斑センセー、私はオルコットさんに1票ーっ」
「……そうか。で、他には?」
それ以降、他に誰かが手を挙げるということはなく、最終的な候補は2人に決まった。
「ということだ。織斑、オルコット、それと逃げようとしている鳴海、貴様もクラス代表候補だ」
「わっつ!? 先生、私は辞退したいです!!」
「織斑が推薦したんだ、諦めろ」
「むぅ……おーりーむーらーくーん?」
「うっ、す、すまん……」
ジト目で睨まれいたたまれない気持ちになりながらもどうしようもない一夏はただ浅く頭を下げることしかできなかった。
「では候補3人には来週月曜日に代表の座をかけて決闘を行ってもらう。オルコットの意図を組んで第3アリーナでIS同士の対決だ。各自それまでに準備をしておくように。では授業を始めるぞ」