キノンの没作品シリーズ   作:いつのせキノン

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 水平線が白ける。刹那に、海面が燃え上がるように真っ赤な太陽が顔を覗かせ始めた。幻想的なその光景を初めて目にした“彼女”は、何故こんなにも心が感動という波動を放つのかを深く考察していた。

 気付いたら真っ暗な海の底で何かをする訳でもないのにずっとそこに留まり、いつしか何もしないことを嫌い始めた。この移り変わりは一体なんなのか。自分がどんどんと思考という行為に没頭し始めるこの感触に“彼女”は惹かれていた。

 

「……フブキ、君は……いや、何でもない」

 

 君はどうだ? そう訊ねようとして振り向き“彼女”は首を横に振った。

 今“彼女”が立つ場所は大型艦船の甲板であり、艦首の先だ。船上に鎮座する巨大な砲塔は、かつて世界最大の砲塔と呼ばれた46cm三連装砲のそれと同じ。つまり、“彼女”は霧の艦隊の中でも最大の超戦艦である。メンタルモデルは黒髪を肩に触れる程度まで伸ばしたショートカットに、こめかみからもみあげの部分だけが赤く染まり胸まで伸びた髪。体型は細くなく健康的で艶やかであった。

 そんな“彼女”の横には、半分にも満たない小さな艦影があった。大きさにして駆逐艦だ。沈黙のまま“彼女”と同じ方向をただただ向く“フブキ”と呼ばれた駆逐艦が小さく反応する。

 

「君は、思考が出来ないんだった。そうだったよ……」

 

 “彼女”が悲しげに俯く。何故フブキは自分と同じようにメンタルモデルを持てないのか。何故共に思考するということが出来ないのか。それは何か、あまりにも不平等ではないかと感じたのだ。

 フブキは“彼女”が意識を現す前から常に隣にいた存在であり、それは“彼女”にとって何よりも有難いものであった。常にこちらを気にかけてくれているようで、一人黙り込んでいるとよく接触してくるのだ。

 

「何か、できることは――――うん?」

 

 フブキがもっと自由になれるような事はないものか。そんな事を考えていると、ふと“彼女”が気付く。何か、ではなく、今確かに“霧の艦隊”の船特有の重力子機関音を探知した。今もなお連続的に。音の発生源はまっすぐ“彼女”達に向かって近づいて来ている。方向は、東。純白の太陽を背負い白波を割り進む戦艦が二隻、確かにそこにはいた。

 “彼女”は静かに、フブキには決して動かないように命じて彼らの到着を待った。

 

 二隻の戦艦はあっという間に“彼女”とフブキの前へ並び機関を停止。すぐに甲板に人影が現れた。メンタルモデル、ではない。霧と敵対関係にあるはずの、人間だ。

 

「初めまして、超戦艦。巡洋戦艦シャルンホルスト並びにグナイゼナウを指揮する者だ。君の名を訊ねたい」

 

 男は“彼女”と同じく艦首前方部分に立ち臆することなく真正面からギラギラと光る瞳を向けてくる。

 これは驚いた。人間とはここまで強い者なのか。データを見る限り、彼らは霧とは険悪な仲であり互を見れば嫌な顔をするに違いない。だというのに、目の前の彼は違う。恐怖を抱くことなく、むしろ“彼女”を喰わんとばかりに鷹の眼を光らせているではないか。

 

「……私の名は111。元から知っているものはそれだけだ。隣のはフブキという」

 

 ブゥン、と。耳鳴りのような低い機関音がフブキから発せられる。威嚇に近い、唸り声のようなものだ。

 

「単刀直入に言おう。111、並びにフブキ。俺は君達を必要としている。これから俺についてくる気はないか」

「ほう。我々と敵対関係の人間が滑稽なことを言うんだな」

「他人が笑おうと何を言おうと、俺は本気だ。世界は広い。まだまだ見つけられない神秘がある。君はそれに興味があるはずだ。そうだろう?」

 

 その言葉に“彼女”、111はぐっと黙り込んだ。

 

「君は感じた筈だ。この世界には美しいものがあると。幻想風景とはそういうもだ。現実でありながら、まるでそれを思わせない儚さを併せ持つ。俺はそんな美しさを――世界の驚きを、革命的な愉悦を求めている」

 

 彼が作り出したいのは、革命の先にある光景。今はまだ成りえない、真の探求の先にあるもの。

 

「想像してみろ。今はない感動を。俺は今、それを探している。世界をひっくり返してでも、それを見つけてやる。魅力的だとは思わないか?」

 

 その問いは最もだと111は肯定する。“彼女”は一つ、朝焼けという美しさの片鱗を確かに目に焼き付けた。美しさは何ものにも勝るものだと、結論づけた。ならば、彼の誘惑は魅力そのものだ。

 

「……君は、私を満足させるものを見つける自信があるようだ」

「当たり前だ。俺は必ずこの野望をやり遂げる。霧にも、そして同じ人間にも、見せつけてやるのさ。さぞかし絶景だろうよ、世界が我々を見て驚く光景は」

 

 男の口角が釣り上がる。貪欲で、しかし、それは夢見る人の顔だ。希望が、欲望が、彼を大きく魅せる。

 

「共に美しさ探求しよう。共に大海原を駆けよう。共に世界を驚かせてやろう。111、そしてフブキ。我々ドライと共に行く気はないか?」

 

 真っ赤な太陽が背後で尚光る。それなのに男は、彼の存在感は微塵も衰えやしなかった。それだけ111に男は魅了されていた。心臓が高鳴る。全身を巡るアドレナリンがぞくぞくと興奮を促すのがわかる。くらくらと脳髄が痺れる感覚が実に心地良かった。

 

「……そうかそうか。そうだな、うん。これは本当に、良い提案だ」

 

 111が空を仰ぎ片手を額に当てて()()

 

「――――その覚悟は、本物か?」

 

 刹那、轟と111の船体から機関音が飛び出す。同時に主砲へと赤く光る光状エネルギーが収束され砲口が男を向いた。

 

「ここで俺が偽物だと掌を返せば君は超重力砲( ソ レ )を容赦なく撃つだろうな。――――やってみろ」

 

 男はしかし、臆さなかった。腕を組み真正面から睨み返してきたのだ。背後の、シャルンホルストやグナイゼナウの機関すら動かさず、クラインフィールドも展開させず。殺戮の代名詞たる兵器の前で堂々その姿を誇示していた。

 

「――――なるほど」

 

 瞬間、か細い音を立てて充填されていたエネルギーが霧散。やがて轟音を発していた機関音も止み静寂が訪れた。

 

「……気に入ったよ。君はどうやら、データにある人間たちとは全く違うらしい」

「そうかい。だが残念ながら俺はどこまでいっても所詮は人間だ。臆病で、軟弱で、醜い」

「それが良い。強大な力の前でなお君は立ってみせた。正義に(すが)る訳でもない。味方に泣き付く訳でもない。自らの思いだけで恐怖を振り払った。私はそれを評価したんだ」

 

 ふわりと111が飛び上がり男の乗る船に飛び移った。同時、“彼女”の前に立つ男の周りに三つの光が集まり人型を作り出す。その光が弾けて現れたのもまた皆メンタルモデルであった。巡洋戦艦オーストラリア、グナイゼナウ。そして、シャルンホルスト。その全てが男の率いる全てである。

 

「111、そしてフブキ。我々は君達を歓迎する」

 

 ここにまた新たなる仲間が加わった。超戦艦111号艦、駆逐艦フブキ。また一つ大きく、ドライ艦隊は進みだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――はーぃ、カットぉ」

 

 と、言ったところでグナイゼナウから声がかかる。

 

「かんちょぉ、お疲れ様ぁ」

「あー、終わった終わった。いや、マジで怖かった」

「ソーヤっ、あんな煽るような事もう言わないでよッ!? こっちだってヒヤヒヤしてたんだから!!」

「無茶するのね、ここの人間は……、」

 

「…………は?」

 

 突然、あれまで張り詰めていた空気が霧散。男が甲板にだらしなく寝転がり、シャルンホルストがその男に駆け寄ってあーだこーだと注意なのか心配事なのか早口で捲し立て、グナイゼナウはタブレットをいじりながら「良い画が撮れた」としたり顔を作り、オーストラリアは溜息を吐きながら遠い目をしていた。

 

「……いや、君達。あの、さっきの緊張感は?」

「あぁ、あれ? あれさ、ナナ……グナイゼナウが是非ともやってほしいっていうからさ」

「ご協力感謝ですぅ」

「ということはあれは全部茶番だというのか!?」

「いやいや、俺の本心は正にあれだよ? 本来ならあんなに大袈裟なパフォーマンスしないけど」

「……………………………………、」

 

 呆れて物も言えないとはこの事か、と111は痛感した。唖然とした表情で固まり、今までの流れは一体何だったのかと自問自答。そんな彼女にオーストラリアが諭すような、それでいて諦めた瞳で口を開いた。

 

「まぁ、頑張りなさい。ここの人、皆滅茶苦茶だから」

 

 面白い物が見れるのは間違いないだろうけど、とだけ言い、彼女は哀愁漂う背中を向けてシャルンホルストの艦橋内に消えていく。体験者はかく語りということだ。

 

 

 

「むふふぅ、すごぉい。これは黒歴史確定ねぇ。111ったらこんなにカッコつけちゃって……ぷふっ」

「おい待てそこの。まさかそれ保存したのか?」

「あたり前田のクラッカーぁ、ですよぉ? これはぁ、きっちり保存してぇ後でたぁっぷり笑いものにぃい、ね?」

「や、やめろ!! 私は乗せられたんだ、決してあれは私じゃないっ!! 私はもっとキッチリしててだなッ、」

「うんうん、貴方のキリッとした勇姿はぁ、バッチリ録画したからぁ、安心してねぇ」

「頼む、消せ!! いや消してください!! あんな恥ずかしい物を後世に残したくない!!」

 

 111の悲痛な叫びが甲板にこだまする。タブレットを持って跳ねるように逃げるグナイゼナウとそれを必死の形相で追いかける111。見れば見るほど、それは敵ではなく悪友のようにも捉えられた。

 

「ナナは流石に人を手篭めにするのだけは得意みたいだな」

「あれはやりすぎって気もしないでもないかなぁ。リアちゃんが苦手になるのもちょっとわかった気がする」

 

 男――ソーヤとシャルンホルストはというと座って走り回る二人を眺めて顔を綻ばせた。案外上手くいった結果に満足したといった様子。実は彼、超重力砲のくだりの時内心かなり焦っていた。正直逃げ出したかったのは内緒である。

 

「それでも、当面の問題はクリアってこった。しばらくは……そうだな。ドックに入って休もう。久々に地面を踏みたいな」

「賛成。しばらくはソーヤも安全なとこにいて欲しいし。本来なら艦長は船の外に出ないものなんだよっ」

「それは悪いと思ってるが、奇抜な展開にはもってこいだろ。特に霧に対しては。今回は、終わりよければすべてよしってことで。結果に免じて許してくれ。な?」

 

 このとーり、と手を合わせるソーヤ。流石にシャルンホルストもそこまで責める気は無かったのでこれで良いかと溜息を吐いた。

 

「……わかった。でも、次からは危険なことしちゃダメだからね。しようとしたら無理矢理にでも閉じ込めるから」

「善処することにしよう。さて、そろそろナナを止めんとな。流石に可哀想になってきた」

 

 艦橋を登ったりマストを駆け上がったり砲塔の周りを回ったりとまだまだ鬼ごっこに忙しいグナイゼナウと111。まだまだ完全に打ち解けてないとはいえ、大分距離は縮まっているようだ。

 

「そこ二人ー。いい加減にしないとシャルが怒るってよー。早く帰りたいからそろそろ終わらせといてくれな」

「……ねぇソーヤ。なんで私なの?」

「いや、こうするとナナが諦めてくれて手っ取り早いから……なんだが、今回は地雷だったか」

 

 

 

 

 

 特筆すると、後に甲板に正座させられた三人の頭にシャルンホルストの怒号が雷めいて落ちた。艦橋からその様子を見ていたオーストラリアは「ざまぁみろ」と小さく呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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