キノンの没作品シリーズ   作:いつのせキノン

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「はーい、それでは3限目始めますよ~」

 

 俺が疫病神とわかったところで、山田先生の鶴の一声。わらわらと皆が席に着き始め、丁度その頃に教室の扉が開いた。

 生徒かな? と何と無しに視線を向けたら、白い例の制服ではなく黒のスーツだったので先生だった。

 

「…………あ?」

 

 で、問題はその人だった。頬杖着いていた俺が、思わず口をあんぐりと開けて固まってしまう程度には、よく知る顔だった。

 皆も皆でシーンとなった。椅子を引く音すら聞こえなくなったんだから。

 その人物は表情を変えることなくヒールを響かせて歩き、教壇に立った。

 

「遅れてすまない。手短に自己紹介だけしておこう。私は織斑千冬。お前たち、1年1組の担任を務める」

 

 マジかよ。

 

「マジかよ」

「思っても口に出すな」

 

 スパァンッ、と俺の頭の上で軽快な音がする。音が軽い割には衝撃は中々痛い。気付けば彼女の――千冬姉の手には振り抜かれたらしい出席簿が握られていた。

 

 

 

 

 

 いや、どこかで働いてるのは知ってたが、まさかIS学園の教師だったとは……。

 

 目の前で手元の資料を時折見つつ、電子黒板で授業を進めて行く俺の実姉こと、織斑千冬。うーん、まだ現実味があまりない。これ夢か何かじゃないだろうか。

 

 千冬姉が教室に姿を表して自己紹介したあの直後。俺を除く1組の生徒ほぼ全員が沸き上がった。

 世界最強を目と鼻の先に見て大興奮したのだろう。黄色い歓声が教室まるごと震わせたのを覚えてる。何だかんだで俺の姉が有名なのだ。

 そしてそれをただ一喝で静めた姉も姉だ。教師と言うより教官が似合う。きっと軍隊の新人を罵倒に罵倒を重ねて育ててきたに違いない。

 

 って思ったら千冬姉が一瞬だけ睨んできた。寿命と玉が縮んだ。俺が悪かったです千冬姉は世界一心優しい先生ですもんねそんなことするはずないですよねー。

 取り敢えず千冬姉のカリスマ性は即興の義勇軍が作れそうだと言うことは確認した。

 

 そして現在。千冬姉は思ったより先生だった。缶詰め時代を思い出すと喉元に刀の刃先を突き付けられて半ば脅され気味な感じにやっていたのでどうなることやらと思っていたんだが……流石に一般常識的な授業で助かった。相変わらず意味はわからんが。

 

 で、3限4限とやってきてそろそろ正午も近いなぁ、なんて思った頃。キリがよくなったところで千冬姉が資料を閉じた。

 

「さて、時間が少しあるので今のうちに決められることを決めておこう。お前たちの中から1人、クラス代表を選出する」

 

 クラス代表。読んで字の如く、クラスを代表する人物だ。と言ってもその内容はクラス委員に似たり寄ったりでクラスの取り纏めとか、後は雑用とか。と言うのが千冬姉の説明。なるほど、面倒だ。

 

「立候補、推薦は自由だ。遠慮せず意見を言え」

 

 とは言うものの。手はすぐに上がらなかった。

 まぁまだ慣れない環境で積極的に前に出ようってのは心理的に厳しいよな。

 

「はい」

 

 と、ここで手が上がった。ほほぅ、珍しい。

 視線を右側へ。教室の右端、一番前の席に座る子が手を上げていた。千冬姉に言われて立ち上がった彼女は、少しだけ浅く息を整えると、

 

「織斑一夏君を推薦しますっ」

 

 こちらを手で指し示した。

 

 ……ふと自分の後ろを振り向く。女の子と目が合った。

 君? と視線で尋ねると、ふるふると横に首を小さく振った。

 じゃあその横か……って箒じゃん。違うか。

 となるとその向こう側の子か。へぇぇ、俺と同姓同名の子がいるのかー。珍しいこともあるんだなー。

 

「織斑」

 

 なんて考えてたら、とんとんと頭頂部を小突かれた。千冬姉がいつの間にか俺の横に立ってて出席簿を俺の頭に乗せていた。

 

「この教室に織斑一夏はお前だけだ。現実逃避をするんじゃない」

 

 …………わかってたけどね!! さっきの子が言ってたの俺だって知ってたし!!

 

 うーん、辞退したい。

 

「なお推薦の辞退は却下だ」

 

 鬼だ。鬼がいる。

 

「クラス代表は(バカ)でも務まりますか?」

「バカを矯正すれば誰だってできる」

 

 やべぇ缶詰の未来が見える。

 誰か、誰か代わりに出てくれないとバカがクラス代表になりますよ!? いいの!? 1組の代表さんはバカ=1組はバカのレッテル貼られかねないよ!? 過去に俺がいたクラスは、俺の所為で無関係にモラルが低いって噂される程なんだからな。良くねぇに決まってるだろ。

 

 さて、誰か俺の代わりになってくれる人は……。知り合いごいれば推すんだけど……………………ん?

 

 いるじゃん。知り合い。

 

「はい千冬姉」

「織斑先生と呼べ愚弟」

「じゃあ織斑先生」

「発言を禁止する」

「はい…………ってちょっと待って理不尽過ぎる」

「考えが見え見えだ。自分がやりたくないからと他人に押し付けるのは推薦とは言わん」

 

 ど正論じゃねぇか反論思い付かねぇ……ッ!! くそ、これじゃあ俺の“篠ノ之箒ちゃん推薦作戦”が……。

 チラッと箒を見た。ほくそ笑んでいやがった。何だあの表情めっちゃムカつくんですけどぉ!?

 

「……はい」

「オルコット」

 

 お、いいぞ。立候補か? 推薦か? どっちでもいい、俺より適任なのは確定だな。

 

「わたくしが、立候補させていただきます」

 

 立候補。ますます素晴らしい。俺の出る幕はないな。

 

「意見を述べさせていただきますと……そこの方は代表を務める器がございません。態度さながら考え方も全く相応しくない。わたくし達の1組に泥を塗る以外ありえませんわ」

「ハッキリ言ってくれるねぇ…………あれ、もしかして……」

 

 と、後ろを振り向く。

 

「あ、やっぱりアンタか」

 

 金髪ロールの子だ。腰に手を当て、何ともつまらなそうな表情でこっちを見てる。

 

「何か、ご不満でも?」

「そりゃあねぇ。バカでも日本語くらいは理解できるのさ」

「あらそう。ですがわたくし、嘘を言った覚えはありません。わたくしが評価した貴方を正直に申しただけですから」

「そっかー……まぁ確かに俺には務められるような大役じゃないってのはわかるけど……、」

 

 ああ。頭では理解してる。

 俺はバカだから。皆を取りまとめようったって出来るはずもない。そんなやり方知らないし、教えられたってできない。俺はそういう生き物だ。

 

 けど。

 

 だが。

 

 でも。

 

「……やっぱさぁ、正面切って喧嘩売られてるって思うと、買いたくなるのが俺なんだわ」

 

 ムカついた。ただそれだけだ。

 子供(ガキ)か、だって? 大いに結構。俺はまだまだクソガキだ。ガキはガキらしく暴れてやる。後は大人が止めるまで、だ。

 何も最初から諦めてる訳じゃない。バカはバカだ、理解するのが遅かったりするのは承知のはずだろう。だな理解できない訳じゃない。努力を重ねて覚えれば良いだけの話だ。

 

「売られた喧嘩は買う。俺は推薦じゃなくて立候補するぞ。そんでもって、勝つ」

「あら、威勢だけは良いですのね。本気で勝てるとお思いで?」

「口だけしか動かせないような奴に負ける気はしねぇさ。俺は口より拳の方が強いんでね」

「あら、わたくし代表候補生ですのよ? たかが知れてるような貴方に負ける筈がありませんわ」

 

 互いに青筋立てて不敵に笑い睨み合う。

 ピリピリとした空気。いいね、一触即発の雰囲気。シビれる。

 

 さて、じゃあこれを解決するにはどうすれば良いか。

 簡単だ。闘って、決着をつければ良い。バカでもわかる。

 

「「決闘」」

 

 2人の声が重なる。そうだ、これでいい。

 

「ISで勝負だな」

「ハンデはいかがいたします?」

「いらん。お互い全力で叩き潰す。喧嘩は全力でやるもんだぜ?」

「喧嘩と決闘を混同しないで下さいます? 決闘は聖なる儀式と同義です」

「そりゃ失礼。だがやることは同じだ」

 

 互いに納得したのか、そこで話は終わり。前に向き直り、千冬姉を見る。

 

「話は纏まったな。では来週の月曜日の放課後に織斑とオルコットでISでの試合を行う。試合は一回きりだ、悔いなくやるように。以上」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大見得切ったな、一夏。ISもないクセに」

 

 カツ丼を食ってるとテーブル席向かいの箒が実に面白そうに笑っていた。そりゃあもう悪い笑みだ。お前の鯖の味噌煮込み食うぞ。

 

「仕方ねぇだろ。女の子殴る訳にもいかねぇし。だったらIS使った方が良い」

「そう言うところは紳士だな。前々からだが」

 

 次は呆れたみたいにフッて鼻で笑う。コイツいっつも俺見て楽しそうにしてるんだよなぁ……何でだろ。

 

「で、策はあるのか? 向こうは何と言っても代表候補生だ。ISの操縦技術に関してはお前より圧倒的に上。真正面から行っても撃ち落とされるのが現状だと思うが」

「策なんてないぞ。ただ試合に出てどうにかする。今更初心者(バカ)がどんな策立てようが経験者(アイツ)にとっちゃ策にならん。全力でやって勝つだけだ」

 

 結局のところ、俺とアイツには大きな経験値の差がある。

 箒にさっき聞いた代表候補生と専用機持ちという肩書き。ISの世界大会モンド・グロッソへ向けた強化選手の一員で、ISの稼働を何年もやってきている。ついこの前、初めてISを触って動かした俺とは大違いだ。策で勝とうなんざ考えたって無駄。アイツがちっぽけな策で落ちる程ヤワな奴じゃないことは最初から見てわかってた。

 

「要は当日に向けて最高のポテンシャルに仕上げる。これだけで充分」

「その自信がどこから湧いてくるのか、いつも気になるのだが……まぁ有言は実行して来たのだし、心配は無用か」

「そう言う事よ。で、当面の問題は、」

「ISの操縦か?」

 

 全くその通りで。

 

 教科書もなく基本すら何も理解してない俺。いきなりISに乗れなんて言われても操縦なんざ無理だ。せめて移動くらいには慣れておきたい。

 

「乗ったのは入学試験くらいか?」

「そうなる。でもそん時は向こうが勝手に飛んできて咄嗟に横に避けたら壁に突っ込んで俺何もしてなかったんだよ。確か山田先生」

「……それは教師として良いのか……? いや、そんな、良い筈が……」

 

 箒が何やら難しそうな顔でぶつぶつ言い始めた。

 

「…………取り敢えず山田先生のことは怪しい物として置いておこう。続きだが、ISの練習をするには訓練機を借りるしかない。で、借りるにも申請を通してかつアリーナの使用届もいる訳だ。専用機があればアリーナの届けだけだから楽ではあるのだが」

「ああ、確かに……専用機か……そう言えばさっき千冬姉が“お前には専用機が用意される”って言ってたなぁ」

「専用機……? ……そうか、確かに一夏になら用意されてもおかしくはないな。で、その用意される専用機はいつ届く?」

「来週の月曜」

「ん?」

「来週の月曜」

「……それは本当か?」

「千冬姉が言ってたから嘘じゃない」

 

 そう、月曜日。要は試合当日だ。うん、俺も思ったよ。バカじゃねぇのって。

 

「装備の内容は?」

「それもサッパリだってさ」

 

 肩を竦めると箒もやれやれと首を小さく横に振った。まぁ誰だって落胆するわな。専用機が貰える、なんて聞いた時は得した気分になったけど、いざこうなると得体の知れないモンが届くかもしれないので楽観視できない。

 

「……しばらくは訓練機での練習だな。予約が取れればの話だが」

「つっても訓練機が使えなかったらどうするんだ? てか使えない場合の方が多そうだけど」

「実機訓練ができないなら筋力トレーニング以外ないだろう。後は……剣道か」

「剣道?」

「ああ。戦いの感を掴むなら、それくらいしか手はないんじゃないのか?」

 

 言われてみれば。確かに実戦に一番近いのは剣道くらいな気もする。

 

「じゃあメインはそっちだな。訓練機借りれたらラッキーくらいで。箒、久々に剣道の相手してくれよ」

「臨むところだ。私も久しぶりにお前とやってみたかったからな」

 

 取り敢えずの方針は固まった。後はどうにかこうにかメニューをこなして試合の日を待つばかり。

 

 ……俺の専用機、どうなるんだろうか。使い方がわかりやすいのだといいんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 織斑一夏。

 織斑千冬の弟であり、ISの男性操縦者。

 知識、知性ともにレベルは低めと見える。運動能力は不明。ただ、外見から見るに運動不足という訳ではないだろう。

 

 それが現状でセシリア・オルコットの知り得る織斑一夏の情報である。

 

「……不気味ですわ」

 

 サンドイッチをつまみつつ、皿の横に置いた資料を斜め読みするセシリアだったが、その実内容はそこまで頭に入って来てはいなかった。

 

 考えるのは織斑一夏のことだ。

 幼い頃から社交の一環で様々な人物と出会ってきたが、セシリアにとって織斑一夏という人物はあまりに異質だった。

 

 バカを自称し、ヘラヘラと気の抜けた態度で居座る彼。授業中はそれなりに集中していたらしいが休み時間になればだらけた様子を見せる。とてもだがISを動かした人物には見えなかった。

 加えて、ただ男性だからという理由だけでちやほやされ続ける光景。クラス代表に推薦されたというのもセシリアには理解ができなかった。

 

 セシリア・オルコットは努力家だ。貴族の娘に生まれ、幼い頃から英才教育を受け、自身の秘めていたポテンシャルもさながら、努力に努力を重ね自身を磨き続けた。ISの代表候補生になったのもその努力故の結果だ。

 

 しかし、織斑一夏は違った。

 

 希少(レア)というだけで、彼女の歩んできた努力の道を全てすっ飛ばして来たのだ。気に入る訳がなかった。寧ろ毛嫌いするくらいだ。

 

 だから突っかかった。自分は貴方を気に入っていないと。

 それで反発してきて向こうから手が出れば万々歳。相手は自分の前から退場せざるを得ない。

 

 だがしかし違った。

 

 織斑一夏は、静かにキレた。

 

 別に予定が狂ったことには何も思わない。元から宝くじ程度のことでしか考えてなかったからだ。

 

 それよりも気になったのは織斑一夏の考えである。

 教室で数瞬視線が交わった時、彼の奥に見えたギラギラとした光。自分の実力を欠片も疑わず、目の前の事象に対して何ら疑問を抱かずに向かって行くかのような真っ直ぐな眼光。

 

 あれは何だろうか。

 

 少なくとも、セシリアが今まで出会ってきた男に、あんな瞳を持つ人間はいなかった。

 

 故に、気に入らない。

 

 男とはセシリアにとって害以外の何物でもなく、排除せねばならないモノ。

 

 よって織斑一夏も例外にあらず。

 

 正面から、圧倒的実力でもって撃ち落とす。あの、どこから湧いたのかもわからない自信を、徹底的に打ち砕く。

 

「精々足掻くことですわ……」

 

 サンドイッチを食べ切り、少し温くなってしまった紅茶を飲む。考えすぎか、等と心を落ち着け、資料を片付けてセシリアは席を立つのであった。

 

 

 

 

 

 

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