キノンの没作品シリーズ   作:いつのせキノン

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オリ主と束さんの逆行モノ。シリアスになり過ぎて嫌になったので没。


アヴェンジャー
1


「……これが、終末か……、」

 

 荒れ果てた荒野の中央でタバコを咥えた壮年の男がふと呟いた。

 目の前に広がるのは、文字通りの焼け野原。あちこちから小さくない火の手が空へと手を伸ばし、魔の手に捕まった人間が喘ぎ苦しみ息絶えて燃え尽きる。

 阿鼻叫喚、死屍累々、絶体絶命。そこに人間の文化や営みは無く、地獄だけが広がっていた。

 

「……畜生が……ッ」

 

 タバコを吐き捨てる。小さかった種火が、大きく燃え上がった。

 

「世界の終わりか……アメリカも、ロシアも、中国も、アフリカも、ヨーロッパも……日本も」

 

 男の呟きは消え入りそうな程に小さく、掠れていた。滲み出る隠しきれない後悔と、絶望。男の目には既に涙などなかった。友のために流す涙すらも、彼は枯れ果てていた。

 

「……なぁ、神様。やり直しができる、なんつう便利な輪廻転生とか、起きねぇんかなぁ」

 

 感情の無い瞳が、黒煙に染まり上がった空を見上げる。今なお空には化学兵器の雲が立ち込め、もう2度と青空は拝めない有様だった。

 

「……篠ノ之束。お前が見たかったのは、こんな空だったのか……? お前が目指した(そら)ってのは、こんなにも酷いモンだったのか?」

 

 遠く空の果て、何かが落ちてくる音がした。

 

「……チャンスが、あれば……もう一度、やり直せれば……」

 

 

 

 男が最期に見たのは、真っ白な光。死の光景を最期に、男は長い長い眠りにつく――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――あ、れ……?」

 

 古びて朽ち果てそうな木製の天井が見えた。少し赤らんで見えるのは、ランプの明かりが部屋を照らしているから。普通に感じれば頼りない、ロウソク1つ程度の明かりも、暗すぎる部屋には丁度良い明るさだ。

 重りを詰め込まれた用に動かない身体が酷く苛立たしい。首を巡らせることも億劫で、何とか視線だけを彷徨わせて部屋を見渡した。自分が横たわっているのは安物のベッド。部屋の中央にはテーブルが1つとその上にランプの火がゆらゆらと揺れている。近くには椅子が2つ。その片方には、若い男……まだ高校生くらいにしか見えない青年が座っており、よく見れば彼は腕と足を組んで背もたれに背を預けてタバコを吹かしていた。

 

「……起きたか?」

 

 青年がゆっくりと振り向く。ランプに照らされて暗闇にぼうっと浮かび上がる顔に、目を覚ました“彼女”はよく見覚えがあった。

 

「なん、で……、」

 

 ゆっくりと覚醒に向かっていた意識が、頭を棒で殴られたようにハッキリと鮮明になる。

 

「その様子だと覚えてるみたいだな、安心した」

「どうして……、なんでアンタがいる……!?」

 

 タオルケットを跳ね除けて飛び起き――――ようとして、体に力が入らず“彼女”は再びベッドに尻餅を着いた。

 何かを叫びかけ、やはり止める。支離滅裂な事を自分が言いかけているのを直感的に判断したから、“彼女”は暴走しそうになる思考を必死に咎めて深呼吸をし冷静になれと言い聞かせる。

 それからたっぷり1分は過ぎたか。“彼女”は浅かった呼吸を落ち着かせ、ゆっくりと立ち上がった。

 

「まさか、また会うなんてね」

「ああ。俺だって驚いたさ。何せ、まだ――――いや、もう一度、俺達は生きている」

 

 男が口角を上げた。笑っているというのに、その目に感情は無かった。いや、相も変わらず無かった、が正しいだろうか。

 気味の悪い笑顔に“彼女”は何となく懐かしさを覚え、それを頭を振って思考から追い出した。今はそんな事を考えている暇ではない。今必要な事とは現状を把握すること。何故自分がここにいて、何故全てを覚えているのか。

 

「状況を把握したいの。新聞か何か、何も無いなら出来るだけ正確に現状を教えて」

「いいだろう。まぁ立ち話もあれだ。コーヒーを淹れてくるから、それでも飲みながら話をしよう」

 

 “彼女”は逆らわず、タバコを携帯灰皿に押し込む男の言葉に従うことにした。男の性格を知っているからこその判断。間違っていない回答に、自分はまだ正常だと少し安心することが出来た。

 

 

 

「さて、どこから話そうか」

 

 席を勧められ、“彼女”は男の目の前にテーブルを挟む形で座った。コーヒーは無糖のブラック。そう言えば彼は甘いものが苦手だったなと思い出す。

 

「そうさな。まずは今日の日付……2022年4月6日。意味はわかるな?」

「……10年前の明日、ISが全世界へ向けて公表される日」

「そう。そして1ヶ月後が、白騎士事件だ」

「つまり、()()は、過去に……?」

「過去……まぁそうとも言えなくはないが、ちょっと違うな。この世に()は1人だし、()()()()も1人だ。結論から言えば、2周目ってのが正しい」

 

 思わず“彼女”は額に手を当てた。くらりと気が遠のきそうになる。彼が言っていることが真実だとすれば……いや、既に話はたらればの段階をとっくに通り過ぎている。彼の言うことは真実で、目の前の男と“彼女”は2周目を生きている。前世の記憶を継承している。

 

「そして、俺が今確かに存在しているならば。11年後、地球は……世界は終末を迎える」

「ッ……止められなかったってこと……?」

「お前さんがいなくなった時点で地球の終焉は決定してた。もう遅かったんだよ」

 

 一瞬、男の表情が苦痛に歪められたのを“彼女”は暗い部屋の中でも見逃さなかった。

 

「面白い冗談か夢かと思ったよ。俺は地獄に落ちるとばかり思ってたからな。気付いたら着の身着のまま、生きてるもんだから気が狂いそうになった」

 

 しかし男は表情を何も無かったかのように、ニタニタとした気味の悪い笑みに変えた。

 

「しかも若返りと来た。それに気付くまで一日中現実逃避してたがな、ついに俺は現実を認めちまった訳だ。そん時が一番狂ってただろうなァ。何せ国道の真ん中で叫び散らしてたんだ。クハハッ、傑作だねェ」

「……で?」

「ん、おっと、すまん、身の上話だったな。ともかく、俺は俺が2周目にいるって確信したってこった。で、この世界が以前と全く同じ進み方をしてることもな。狂ったお陰で警察沙汰だったが、お陰で情報もたんまりもらった」

「……じゃあ、もうIS学園もとっくの昔に出来てて、」

「ああ、織斑一夏は今頃IS学園に向かってるだろうな。ニュースが流れたのは1ヶ月前のことだ。ここまでピッタリだと今度こそドッキリ何か疑っちまう、前世の記憶ってもの、難儀なモンだよなァ」

「……()がここにいる理由を聞いてもいい? 本来なら今頃倉持技研にいる筈だったんだけど」

「それなんだがな。ちょいと目が覚める前のお前さんを力ずくで連れてきた。骨が折れたぜ、物理的にも」

「全然元気なクセに」

「おいおい、勘弁してくれ。骨3本だぞ3本。左腕まで犠牲にしてやっとだ。ちったあ感謝してくれ。もし大衆の目に届く場所で狂われたら困るんだ」

 

 困ったような表情を演じてみせる男に“彼女”は気まずそうに目を逸らした。男が言うのならそうなのだろう。男は嘘を言えない人だ。

 

「あまり想像したくはないけど、狂うっていうのは?」

「ん? まぁ文字通り発狂さ。まずは突然黙り込む、次に頭を抱えて絶叫、苦しげに悶えて最後は気絶。そんなところだな。まぁ前世分が無理矢理脳に詰め込まれるんだから狂っても可笑しくはないが……安心しろ、()()()()は最初から俺が眠らせておいたから特にそんなことは無かった。発狂したのは俺だけだ。2回もだがな」

「うわぁ……1回目はよく補導されなかったね」

「いやはや、幸いにも自宅でサボってた甲斐があった。誰の目にも止まらなかったから行幸ってモンさ」

「でも2回目は何故外に出たかだよね」

「言ったろ、()()()()って」

 

 それもそうか、と“彼女”は溜息を吐く。

 男は現実をそのまま、ありのままに受け止めて鵜呑みに出来て、それでいて目を背けない人だ。事実を知ってしまえば、彼は誰よりも現実を見定めてしまうのだろう。

 

「……で、()をここに連れてきたっていうのは、理由があるんだよね?」

「おお、そうだとも。そちらか本題に入ってくれるなら話は簡単だ。“リベンジ”する」

「リベンジ……?」

「そう。リベンジ。俺は前世が死にたくなるほど嫌いでな。最期まで悪あがきしたが、結局は無意味だった。だから、次は成功させる」

 

 懐からタバコを取り出した男が火を灯す。相変わらずタバコが好きな男だ。前世でもヘビースモーカーな彼を煙たがっていた記憶が克明に思い出せる。

 

「……もう二度と、あんな事はやらせねェ」

「ッ」

 

 その男の声だけは、今までにない程の感情を帯びていた。低く腹の底に叩きつけるような怒気を孕んだ一言。初めて聞いた男の声音に“彼女”は思わず肩を竦ませた。

 

「アイツらはな、踏み躙ったんだ、人間の未来を。私利私欲を満たすが為だけに。引き分け(ドロー)には持ち込んでやったがな。滑稽だったよ、アイツらが泣き叫ぶ姿は」

 

 けどな、

 

「――――何も嬉しくなかったんだ。結局世界は滅びたんだからな」

 

 男が固く握る拳からポタポタと赤い血が流れた。激情が映る瞳に、“彼女”は唖然とするしかなかった。彼を知っていれば当然、男は感情を表に出すような事はしない人間だったからだ。

 

「だからこそのリベンジマッチだ。俺が望むのは完全勝利。誰も欠けず、奴らだけを叩きのめす、最高の、これ以上にない勝利のみだ」

 

 ランプの火が、大きく揺れた。

 

「協力してくれ。火種の俺が言うのもアレだがな」

 

 煙が気まぐれに形を変えながら立ち上り、天井にぶつかって霧散する。数秒だけ、その様子を目で追いながら見ていた“彼女”は大きく深呼吸を1つすると、男の方を向いて、笑った。

 

「……驚いた。アンタがそんな言葉を言うなんて」

「俺だってビックリさ。まさか、()()()()にこんな事を言うハメになるたぁ予想してなかった。それでも、必要なんだ。俺だけじゃ足りない。もう前世の過ちを繰り返さない為に、頼む」

「ちょっ、」

 

 男が頭を下げる行動に“彼女”は慌てふためいた。まさかそんな行動をするなんて、さっきの男の言葉を借りる訳ではんないが予想外過ぎる。

 

「止めてよ、そんなの……アンタらしくない」

「知ってる。だがな、プライドなんて下らないものも、俺には不要なんだ。何もかもを捨ててでも、俺はやりたい」

 

 男の力強い瞳に“彼女”は何も言えなくなって目を逸らした。すっかり変わってしまった男に、なんと声をかければ良いのかわからなかったから。

 

「……いいよ。頭なんか下げなくたって。多分、()もアンタに頼もうと思ってただろうから」

 

 憶測や予想ではない。自分自身も納得がいかなかったから。それはよくわかっている。

 

「協力する。いや、協力させて。()も、アレは納得してなかったから」

「……そう、か。そうか。ああ、そうか、わかった」

 

 “彼女”の言葉を噛み締めるように何度も呟く男。すっかりタバコも短くなっており、彼はそれを携帯灰皿へ押し込んだ。

 

「――――なんだろうな、告白が成功した時みたいに気分が高揚する」

「成功したことないでしょ」

「あ、バレた? そうなんだよなぁ、告っても告ってもことごとく振られ続けた人生だったからなぁ。実際俺ってどうよ、女から見た評価とか」

「マイナス振り切れてんじゃない?」

「フ○ック」

「だからそれだよ……」

 

 げんなりと“彼女”が表情をフクザツなものにするのを見て、男はまたニタニタとしたいつもの笑みに戻った。

 

「いいね、カンが戻ってきたじゃないか。それでこそだ。頼むぜ、初めての共同戦線だ」

「…………ははっ、ホント、スゴいよ、アンタは。楽しくなってきた」

 

 男の差し出す手を“彼女”は強く握り返す。前世では成り得なかった2人だけの共同戦線が、今初めて出来上がったのだ。

 

「さて、それじゃあ早速準備を……と言いたいところなんだが……、」

「?」

「……()()()()、今自分が何歳かわかるか……?」

「何歳って、()はこの時はもう…………え、ちょっ、ま、待って、鏡ある!?」

「そこの扉が洗面台、ついでにトイレもある。ショックで吐きたかったらそこでしてくれな」

 

 男が言い切るよりも早く“彼女”は部屋の一角にあった木製の扉の部屋へ飛び込んだ。本調子でないのか足を絡ませて転びかけたが何とか踏み止まる。

 そこは幸いなのか、いつ切れても文句は言えないような少し薄暗い豆電球が白い筈の洗面台を黄ばんだオレンジ色に照らしていた。

 洗面台に備え付けられた鏡を見て“彼女”は絶句する。自分の姿が全く思っていたのと違った…………ということではない。強ち間違ってはいないが、正確に言えばそれはあまりに非現実的だった。

 本来なら“彼女”は、前世であればとっくに成人している年齢だった筈なのに、今鏡を見てみれば、そこに写るのはかつての自分――――高校生時代の面影を強く残す、()()()()だったのだから。

 よくよく考えてみれば転びかけたのも体を思い通りに動かせないのも、やたら服の袖が長いと思ったのも、全ては自分の体の時間が巻き戻されていたからだったのだ。

 

「よう、()()()()

 

 そして男はそんな“彼女”――――篠ノ之束本人を見て、酷く愉快そうに笑みを浮かべていた。

 

「そのアホ面、よぉく似合ってるぞ」

 

 今度こそ、篠ノ之束はショックで盛大に倒れ込んだ。床が思った以上に固かったのは言うまでもなく、彼女はあまりの痛みに久々に大泣きした。

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