「ね、ねぇ、ホントに大丈夫なのこれ? 不安しかないんだけど……」
「お前さんが不安とはこりゃまた珍しい。どれ、恥じらってる姿でも写真に納めておこうか」
「写メらなくていいから!!」
篠ノ之束の容赦ないチョップが男の腕にヒット。安物のガラケーが地面に落ちた。ついでピロリーンと音が鳴り写真が撮れた。
「携帯は精密機器なんだから大事に扱えよなー全く」
そう言って男が拾った携帯の画面には偶然にも見事に束の
束の制服は白を基調としたIS学園の制服だ。改造可能ということで、かつて愛用していたワンピースを意識したものになっている。更に髪形は大きめのリボンでポニーテールにプラスして、初めて眼鏡をかけた。赤のアンダーリムタイプの眼鏡で度は入っていない、いわゆる伊達眼鏡というやつだ。
篠ノ之束と言えばISの産みの親。世界最先端技術の遥か先を行く技術で彼女の作り上げたマルチフォームスーツが世界をひっくり返して今はもう10年が経過した世の中になっている。更にこの時、篠ノ之束は雲隠れにより誰の目にも止まらず世界を欺き続けている筈だった。
何故か。無論、世界各国が彼女の身柄を求めたからだ。ISを産み出すほどの技術なぞ、誰もが喉から手が出る程に欲しいに決まっている。
だからこそ、若返ったとは言え本人に代わりない束は変装をしていた。本当にこれだけで誤魔化せるのか怪しいところではあるが、男が大丈夫だと言うのであれば大丈夫なのだろう。
更には彼も束と同じように男子用のIS学園の制服を着込んでいた。こちらは予めデフォルトされたものをそのまま着ているが、首元は苦しいからという理由で大きくはだけていた。
ところで、何故2人が制服なんぞに袖を通しているのか。ご存知の通り、これから2人はIS学園に通うのである。何も気紛れで、という訳でもなく、雲隠れの為という立派な理由が存在する。加えてIS学園生徒は他国家や権利団体から干渉されないという便利な法律が定められているので逃げ込むにはもってこいの場所なのである。
因みに入学できるように裏で工作をしたのは全て束である。男は束の作業中に別のことをしていたらしいが、あまり喋りたがらない様子なので極力聞かないようにしている。恐らく時が来れば勝手に喋ってくれるだろうとの判断だ。
2人が編入するのは1年2組。最初は色々と融通の効きそうな1組かいいのではと束も言ったのだが、「お前さんはバカか」と言いたげな表情の彼に完全に論破された。
そもそもアンタは篠ノ之束本人で1組のクラス担任は唯一無二の親友である織斑千冬だ。万が一を考えて彼女と近い場所にいるのは却下だし、更には実妹やその幼馴染みまでいる場所に行ってどうしろと。はい正体を暴いて下さいと言っているようなものだと。口酸っぱく言われた時は束が珍しく弱気になっていた。
そんなこんなで2組である。これは2人と同時期に中国の代表候補生が編入してくるから、それを見越しての編入だった。そも、このご時世で男がISを動かすのは非常識なことであって、彼は普通ならISは動かせない。しかしIS学園に入るなら動かせなければならない。という訳で、彼は前世と同じようにISを動かすことが可能なのである。だからこそ、束から注目を引き剥がす為に代表候補生と2人目のISを動かした男という肩書きで編入を狙うのだ。
そこまで言われると束も反論の余地などなく素直に従うしかなかった。
2人が今いるのはIS学園の正門前。既に2人が入ることは裏工作により連絡が行っているので後はここで案内役を待つだけだ。
「……にしても遅くない?」
「大いに同意しとこうか」
腕時計を確認すれば時刻は間も無く16時。集合時間は合っているのだが、案内人が5分前にいないというのは少々礼儀に欠けると言えるか。
と、しばし退屈そうに待っていると後ろからリムジンが走ってきて正門前に横付けされる。VIP御用達の大型リムジンだが2人は特に驚く様子も無い。
中から降りてきたのは、ボストンバックを1つ持った、活発げな印象のサイドアップツインテールの女子だった。
凰 鈴音。中国代表候補生の1人。急遽IS学園への編入を希望して見事試験に合格、晴れて学園生徒として通学を許可される。
予定通り。内心しめしめと悪い笑みを浮かべていると、その鈴音がこちらを見付けてずかずかと物怖じせず近付いて来た。相変わらず堂々した性格に変わりは無いようだ。
「アンタ達どうしたの?」
「…………………………………………」
「見ての通り案内待ちだ。編入予定でここで待っていろと指示があったんだが……、」
肩を竦めて苦笑する男を、鈴音は「そう」と訝しげに見た後正門に背を向けた。
「編入生が私だけじゃないってのはホントだったのね……男って言うのも」
「2人目の存在が、そんなに珍しいか?」
「さぁね。正直なとこ、アタシにはどうでも良い。いつかは出てくるんじゃないかと薄々は思ってたし……で、2人はいつまでここにいるつもり? 待ってるよりは直接出向いた方がいいんじゃないの」
「……それもそうか」
さっさと先を行く鈴音に、束と男は取り敢えず続くことに。
「……で、お前さんさ。まだ他人とは馴れ合えねぇのかい。コミュ障か」
「別に、他人とかどうでもいいし。計画遂行に必要なのは友達じゃない」
「確かに友達は足枷にしかならんけどな……。取り敢えずある程度交友関係は作っておけ。特に、代表候補生とかとはね。パイプもある程度必要になってくるし、また下手に周りを拒絶し過ぎて目立つのも問題だ。自然にしてればその内時間に溺れる、それまではとにかく世間一般常識的な普通でいてくれ」
「…………わかったよ」
すごく嫌そうな表情だった。そりゃあもう、この世で最も嫌いな物を目の前に並べられてさぁ食べなさいと言われた時のような。
学園内を歩き続けること早10分。唐突に前を行く鈴音が歩くのを止めて2人の方を見た。
「…………あのさ。受付って、どこ……?」
知ったこっちゃないと言いかけて、止める。
「てっきり知ってるのかと思っていたんだが……少しは地図でも確認したらどうだ。携帯にマップが転送されている筈だろ」
「え、そうなの…………あ、ホントだ」
「君はもう少し物事を考えてから動いた方が今後の為だな」
言い返しかけて、男の正論にやっぱり黙り込む。ぐうの音も出ないとはこういうことかと痛感した。連絡をよこした時にマップがあるから参考にどうぞとか、何か一言でも添えてくれれば良いもののと思うが時既に遅し。
「まぁ、運は良かったな。道のり的には近い位置だ」
「む、ぅ……、」
マップが示す場所は幸いにも総合受付への距離も近い。強ち鈴音の勘は間違っていなかったこととなる。
無事受付を済ませた3人は次に学生寮へと向かっていた。今のところ不自然な点やそう言ったところはあまり無い為これと言った主だった障害は無い――――ように思えた。
ここで思い出してほしいのは、IS学園に男がいることである。それも、織斑一夏と同じ生徒として。束に続いて歩く彼はどこをどう見ても男な訳で、織斑一夏とは似ても似つかない為完全な別人だ。つまり、彼は否応なしに目立つ。生徒集団とすれ違うことはなかったのだが、いくらかこちらを見た女子生徒達が絶句していたのは言うまでもない。
「前世は世界も流せれてた時代だったからこうも行かなかったが、中々に新鮮な反応が貰えるのだな」
「気になるんだけど、結局ISには乗らなかったの?」
「ああ。お前さんがいないんじゃ意味が無いからな。別の方法でひーこらひーこら出し抜いてやった」
「非効率的だね」
「まあな。おかげさまで」
悪びれない様子の男に、これまた束は重い溜息を吐くハメになった。どうもこの男はやはり次元が違う。前世と同じように。
2人で何かと話していれば、先を行く鈴音が興味深げな探るような視線を送ってきていた。
「……2人して仲良くコソコソしてるけど、付き合ってるワケ?」
「とんでもない。なぁ?」
「誰がこんな男と付き合うもんか」
「そ、そう……友達にしてはやたら距離が近い気がしたから」
「ある意味で、距離は近いな。似た者同士の境遇というもの、親近感はある訳だ」
「止めてよ親近感とか気持ち悪い……単純に利害の一致と言って」
「悲しいこと言うなよなー」
と、言いつつも否定はしない。
鈴音の方はと言えばてっきり本気で付き合っているのかと思いかけたし、付き合ってなくとも距離は大分近いし意識し合ってはいるんじゃないかと思ったのだが、女子生徒の反応を見てそれは無さそうだと察した。彼女の表情は完全に男を嫌悪しているような、仇を見るような感情が込められているのを見逃さなかったし、2人とも何かを割り切っていた。深い詮索はプライベートに関わるということで鈴音は素直に退くことにしたのである。
IS学園の寮は基本が2人部屋となっている。その為、鈴音は1人だけ枠の空いていた部屋へ。そして何故か男と束は2人で同じ部屋を使うことになっていた。
「昨今の教育機関は面白いな。思春期の男女を同じ部屋に押し込むとは」
「思春期って……アンタ中身もとっくに中年オヤジでしょ」
鞄を適当に放った束は眼鏡もリボンも外して早速ベッドに倒れ込んだ。無駄に材質がよくクッション性も良い。取り敢えず寝床は及第点か、と心の中で点数を付けておく。
男の方はと言えばクローゼットやらベッドの下やら、とにかく部屋中をくまなくチェック。「何してんの?」と声をかければ「非常時に備えて何か使用できる物の有無の確認」と言った。
しかし避難
「あのな、俺がそんな高が地震だとか火事程度の備えにこんなことすると思うか?」
備え付けのコンセントプラグを外して弄り回す男に首を振って否定を返す。コンセントプラグを調べるのはいくらんでもお門違いだ。
「監視カメラと盗聴器? そんなのとっくに無効化したよ」
「甘いね。ただ解除するだけじゃダメだ。ここは二度と仕掛けたくなるくらいの嫌がらせをするのが正しい」
例えば、映像を偽物にすり替えた上に悪質なコンピュータウィルスを仕込んだり。後は取り外し時に爆発させるなんてのも面白いかもしれない。コンセントプラグの場所なら強制放電で感電させたり――――、
「わかった、いちいち説明しなくていいから……取り敢えず、死人は出さないでよ。死体が寝転んだ部屋で寝泊りなんかゴメンだから」
「死人まで出す気はねぇよ。けどよぉ、お前さんそんな甘い覚悟じゃまたさっさと退場するぞ? せめて死体に紛れて仮眠を取るくらいは出来るようになんないとな」
男の言い分にいい顔は出来なかった。寧ろ苦い顔しか出来ない。何故好き好んで死体の山の横で寝なくてはいけないのか。相変わらずの胆力に舌を巻いた。
「よし。後は天井とスタンドのLEDと……他には無いんだな?」
「今のところはね。今後共油断は出来ないかなぁ……怠い」
仰向けになり、首だけを巡らせて窓の外を見た。空はとっくに茜色。窓を締め切っているので何も音は聞こえないが、カラスでも鳴いていそうだなとふと思った。
「狙撃には気をつけろよー」
「ちょっ、物騒な事言わないでよッ」
慌ててベッドから転がり落ちて床に伏せる。なんとも珍妙な光景だが、覚えがあるのだから行動してしまうのは仕方ないことだ。
「まぁガラスは防弾仕様の高級品2重サッシだ。対物ライフルでもなきゃ貫けねぇよ」
作業を終えた男が軽くガラスを叩く。音からして普通の窓ガラスよりは幾分か厚いようだ。どんなもの好きでも窓ガラスを貫いて狙撃するために対物ライフルを持ち出す輩はいないだろうと思い、そして無駄にセキュリティ高いなと感想を吐く。と言っても彼女自身からしてしまえば簡単にファイヤーウォールなど突破できるのだが。窓自体も構造が簡単なので解体は楽すぎる。
「取り敢えずは明日からの動きだ。こうして大々的に干渉を始めた以上、前世通りに事が進むとは限らん。当面の目的はアイツらを探し出して叩く。それまでは
「具体的な策とか、そういうのはあるの?」
「ない。正直なところアドリブで切り抜けるしかないのが現状だろうな。こうして覚えてるのが俺達2人だけとは限らない。流石に時期を違えることはないだろうが、要注意には越したことはない。ともかく、戦力増強は優先事項だな」
「手っ取り早いのは、『紅椿』のグレードアップとか?」
「『白式』はしばらく手は出せない。織斑一夏が無防備になるのはそれこそ臨海学校まで無いだろうしな……。一番速い段階だと、ドイツ少佐のISだな」
「『
「ドイツ軍の邪魔が入るだろうが、そっちは俺が対応しよう。とにかく、お前さんは少佐が来たらある程度パイプを作っておくことだな。その後は『紅椿』のグレードアップ作業。それと並行して『白式』の
「正直そうして貰えるとこっちも『紅椿』に専念できる。あれはコンセプト的に根底から覆していかないとダメって言うのがわかったからね。中国とイギリスのは、ドイツのとぶつかってダメになったところでいいかな?」
「それが一番だろうが、流石に同時並行は難しいところがあるな……片方は『
「そうなると、パイプはドイツとか……面倒だなぁ」
「それと、中国ともな。同じクラスなら作っておいて損は無い。計画遂行の為だ。面倒でも愚痴を言うだけならいくらだって聞いてやる。と、まぁ方針はこんなところだな」
中々にブラックなスケジュールだ、とは男の言葉である。確かにスケジュールは過密を極めている。下手すれば過労で倒れるかもしれない。
だが、2人にとって疲労など関係のない事柄だ。片や全盛期とまでは行かないとは言え、己の細胞を改造した改造人間。片や最期まで休憩も取らずに世界を掻き回し続けた狂人。既に2人の根底は常識を捉えてはいなかった。
「どれ、休憩出来るのは後3週間程度だ。それまでゆっくりと覚悟を決めようじゃないか」