キノンの没作品シリーズ   作:いつのせキノン

78 / 90
レイシフト

 

 まったりとした空気を切り裂く警報。真っ赤なランプが明滅し、今が紛れもない緊急事態だと思い知らされた。あまりの緊張感の変化に身がすくんで椅子の上で縮こまった。

 部屋の照明もすぐさま落ちて真っ暗に。そしてスピーカーから嫌に耳につく機械音声が流れ始めた。

 緊急事態発生の知らせ、中央発電所並びに中央管制室での火災。

 

「……管制、室……?」

 

 ふと、思い至る。管制室は確か説明会が開かれている場所であり、その後すぐにレイシフトの実験が行われるとも言っていた。

 

 そして、その実験には、

 

「――マシュ……ッ!!」

 

 ――マシュ・キリエライトが同行する。

 と言うことはつまり、管制室にはマシュがいることになる。

 

 そう思うや否やいてもたってもいられず、背後から聞こえたロマンの制止を振り切って部屋を飛び出した。

 普段から真面目に運動に取り組んできた訳でもなく。よって至って平均的な運動能力しか持たない自分が嫌になる。今は少しでも早く彼女(マシュ)の元に行きたいというのに。あっという間にスタミナが減ってきて、息が上がる。

 それでもひたすら全力で走った。もつれて転びそうになる脚を必死に前に出して。

 

 走って僅かに2分の距離。されどその2分が異常に長く感じた。

 壁に手をついて、ふらふらと前に進む。自分の体力の無さが恨めしい。

 

「フォウ!!」

「……?」

 

 煙の臭いが嫌でも鼻につく頃。ふと自分の足元に何かがいた。ふわっふわの白い毛並みを持つ、四足歩行の……何か。恐らく哺乳類。

 

「フォウ、キャーゥ!!」

 

 その子はパタパタと少し前を駆けて行き、時おり止まってはこちらを見てくる。

 

「ハァ、ハァ……待ってて……」

 

 進んでる方向は管制室と同じ。案内をしてくれるというのか。

 既に切羽詰まった思考はその白い生物を不思議に思うこともなく、ただただ着いていくことしか考えられなかった。

 

 

 

 やっとの思いで管制室前に辿り着く。

 廊下に面した扉や壁が内側から爆破されたかのように吹き飛び、中から炎の赤い光が吹き出している。

 

「そんな……っ」

 

 火災なんて生易しいものではない。これは、

 

「人為的な爆弾テロってとこかな」

「っ、ドクター……っ」

 

 気付いたときには後ろにはロマンが。同じように走ってきたのだろう、息も荒いし額にもうっすらと汗をかいてるいるのがわかる。

 

「ドクター、すぐに救出を……!!」

「待った、火の手が強すぎるッ、下手に飛び込むと火傷だけじゃ済まない!!」

「マシュが、マシュがいるかもしれないのに、黙って見てるなんてできない!!」

「ああっ、ちょっ、無茶苦茶だ!!」

 

 袖で口元を覆い、火の手に飛び込んだ。肌を焼く痛みを気力で無視し、瓦礫の中をひた走る。

 

「マシュっ、誰か!! 誰でもいいから返事をして!!」

 

 声を張り上げて叫ぶ。しかし、返事は一切なし。

 もう一度、声を張ろうとするが息苦しさに咳き込んだ。ぐらぐらと視界が揺れ、頭も痛い。身体中から汗が吹き出して気持ち悪いし、涙も止まらない。喉にも痛みが回ってきた。

 

「これ、じゃ……っ!!」

 

 歯を食い縛って部屋を見渡すが動く影はなし。いよいよもって絶望感が思考を襲ってきた。

 

『動力部の停止を確認。発電量が不足しています。予備電力への切り替えに異常があります。職員は手動で切り替えてください。隔壁閉鎖まであと60秒。中央区画に残っている職員は速やかに第二ゲートから――――、』

 

 そしてここで動ける時間も無くなってきた。脱出もそうだが、そもそもこの体で脱出までもつかどうか……。

 

「君ッ、早く戻るんだ!! そうじゃなきゃ自滅するだけだ!!」

 

 ロマンの声が聞こえる。炎の向こう、随分と遠くに思えた。

 

「でも、まだ誰かいるかも……!!」

「放送を聴いただろう!? 隔壁が閉まる前に脱出するんだ!!」

「ッ……!!」

 

 ギリッ、と唇を噛んだ。歯痒い。あまりに、悔しすぎる。もしかしたら誰かが生きているかもしれない。マシュがいるかもしれないのに。それを目の前で切り捨ててしまうなんてことは……。

 

「………………………………ぁ、」

「!! 誰かいるの!?」

 

 不意に聞こえてきた小さな呻き声。今にも潰えてしまいそうな力のない声に反応し、瓦礫を蹴って駆け出した。

 声の元は破損したコフィンのその陰に隠れたいちからだった。恐らくたまたま爆風をコフィンが遮る形になったのだろう。不幸中の幸いというものだろうか。

 

「大丈夫です、か――――マシュ!?」

「…………せ、んぱ、い……?」

 

 そこには捜していた影が――マシュがいた。横たわり、身体中から血を流す、弱々しい姿で。

 

「……なん、で……ここに……?」

「助けに来たんだよ!! 大丈夫、すぐ安全なところにつれて行くから……!!」

 

 マシュの体は瓦礫に埋もれていた。1つ1つは大して大きくもないが、熱を吸収して熱い。

 それでも、火傷を気にする暇はなかった。マシュを助け出せるのなら、この程度のこと。掌の痛みを泣きながらも全力で我慢し、やっとの思いで瓦礫から身体を引き摺り出した。

 

「は、はぁ、はぁ……これで、やっと、ぉ……!?」

 

 運べる。そう言おうとして、ガクリと膝から力が抜ける。ガンガンと頭の奥が痛い。手先の感覚も既に無くなりかけていて、喉も焼けつくように痛い。

 

「ダメ……まだ……!!」

 

 空気が、熱い。喉が焼けてしまったのか。声はとうの昔に枯れてしまっている。

 

 それでも、それでもマシュを助けなければ。言うことを聞かない身体に鞭打って、自分で自分の脚を殴り付け、動け動けと念じ続ける。

 

「無茶、です……先輩、……早く、に、げて……」

「嫌だッ……絶対嫌だ。助けるから、絶対に……っ」

 

 マシュの脚と身体に手を回し、横抱きにして持ち上げた。

 持ち上げたは良いが、そこから続かない。酸欠で視界は不明瞭、足腰の力も限界で、歩くことすらままならない。今すぐにでも崩れ落ちてしまいそうになる。

 

「ふぅぅッ、はっ……ぁ……!! 待ってて、もう……すぐっ……」

 

 前へ。脚を引きずって、出口へ。爪先が瓦礫に引っ掛かり、それでも進む。

 

『システム:レイシフト。最終段階に移行します』

 

 その時、低い男の機械音声が鳴った。

 

『座標:西暦2004年1月30日。日本、冬木』

 

「ふゆ、き……? ――――ぁぎぁッ!?」

 

 突然、頭痛が襲った。あの時と同じ、刃物を刺されたような鋭い痛み。そのあまりの苦痛に膝が折れ、床に倒れた。

 辛うじてマシュを下敷きにはしまいと背中から転んだが、力尽きた。足にも手にも力が入らない。ぐらぐらと歪んで回り続ける景色と、際限なく苦しくなってゆく呼吸、頭痛は止まることを知らず脳内を思考をぐちゃぐちゃに掻き乱し、感覚すらも失われていった。

 

 ()()()。何もかもが焼けてなくなり、物言わぬ残骸と化してしまった、あの光景が。

 

 知っている。あの光景を。知っている。あの景色を。

 

 

 

 ――――嗚呼、ここで死ぬのか。

 

「……先輩……、」

 

 声がした。優しい、儚い、そよ風のような声が。

 

「……手、を……にぎって、もらって……いいですか……?」

 

 ぼやけていた焦点が捉えたのは、マシュだった。真っ白な手をこちらに伸ばした彼女だった。

 

「……うん……」

 

 そっとその手に自分の手を重ねる。せめて、最期くらいは、先輩らしく後輩のために。自然と諦めのついた思考は無意識に会頭を弾き出す。

 

『ラプラスによる転移保護、成立。特異点への因子追加枠、確保。アンサモンプログラムセット。マスターは最終調整に入ってください』

 

「……ごめん、ね、マシュ……」

「……? どう、したのです、か……?」

「……助けて、あげられない……私じゃ、無理だった……。マシュを、助けられない……っ」

 

 視界が涙で歪む。あと少しなのに。もうちょっとで助かるかもしれなかったのに。自分の体は既に使い物にならなくなり、目の前でどんどんと衰弱してゆく友達も救えやしない。

 

『観測スタッフに警告。カルデアスの状態が変化しました。シバによる近未来観測データの書き換えをします』

 

 相も変わらずアナウンスは鳴り止まない。炎の勢いも弱まることを知らない。

 

「…………あ、……カル、デアスが……、」

 

 マシュがぼうっと見上げる部屋の中央。

 鎮座するのは大きなオブジェクト――カルデアス。擬似的な地球を表現したその球体が、赤く輝いていた。

 

『近未来百年までの地球において、』

 

『人類の痕跡は発見できません』

 

『人類の生存は確認できません』

 

『人類の未来は保証できません』

 

「……真っ赤、ですね……、」

 

 ポツリと呟いた力のない声音。ただそれに静かに答えようとして、声も出なかった。か細い息がヒュウと音を立てて喉を通るのみ。喋ることすら、もうできない。

 

「……だい、じょうぶ……先、輩……わ、たし、は……」

 

 マシュが手を伸ばす。力尽きて眠ろうとするその身体に手を伸ばす。

 

『コフィン内マスターのバイタル基準値に達していません。レイシフト定員に達していません』

 

『該当マスター検索中…………発見しました』

 

『適応番号無し再設定、適応番号48をマスターとして設定します』

 

『アンサモンプログラム、スタート。霊子変換を開始します』

 

「わた、しは、……ひとりじゃ、ない、です……。先輩が……いっ、しょで……」

 

 その手を、力一杯握る。

 

『レイシフト開始まで、あと3』

 

 ――世界が、燃えてゆく。

 

『2』

 

 ――――何もかもが赤い波に飲まれて、形を失ってゆく。

 

『1』

 

 ――――黒い、影が。

 

『全行程、完了(クリア)。ファーストオーダー、実証を開始します』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――いつまでも眠りこけている暇はないぞ、■■■■。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。