お日様は天辺を大きく過ぎて傾き、いよいよ山間に差し掛かろうとしている。夕方になり、空も茜色になってきた。
セイバーの陣を離れたわたし達カルデア一行。馬を2頭程拝借し、順調に霊脈のある地点へ向かっていた。時おり馬を休めつつわたし達も休憩を取りながら道半ばもとっくに通り過ぎた。
「う゛ー」
順調なのは結構。それはいい。
けど、ずっと馬の上で揺られるのはよろしくない。お陰でお尻と腰は痛いわ酔って気持ち悪いでロクな事がないから困る。
あーもーほんとに……怠い……。
「先輩は生物非生物を問わず乗り物に弱いですね……」
「こればっかりはどうしようも……船の時よかマシだと思ったんだけどなぁ……」
マシュの膝枕に癒されつつ回復中。ただ寝るよりもマシュのやわらかい太ももがある方が回復が早い気がする。当社比で。
『これは湿布と酔い止めも追加だね』
「うぅ……早く快適になりたい……」
まだ胃がムカムカするぅ……。あとこれがしばらくと、プラスして帰りの分まで続くのはいただけない。胃の中身をとことんぶちまけそうだ。乙女としてそれはどうかとも思う。
休憩がてら駄弁っていると、不意にロマンが緊張した声音になった。
『――――っと、動体反応だ。だけど……何だろう、魔力みたいな波長は観測できるんだけど魔力じゃないな』
魔力じゃない?
「妖怪じゃな」
と、そこへノッブの声。どうやら知ってるらしい。
「ヨーカイ?」
「妖怪は
「考えてみれば逢魔が時じゃ。
『逢魔が時……夕暮れ時ってことか。確かに今の時間は合致する。少々時間が早い気がしなくもないけど……ともかく、そっちに向かってる反応がある、気を付けて』
まだ若干フラフラしてるけど気合で起き上がり、マシュとノッブは迎撃準備。
妖怪がどんなものかはわからないけど、おおかた今まで戦ってきた魔物に近いと思って良いだろう。だったらそこまで油断することもない、ハズ。
「ぉ ぉ お」
「うわっ……キモ……」
見えたのは、おどろおどろしい何か。焼けただれたよう腫れ落ちた赤い大きな顔。その大きさは一抱え以上もあり、それをえっちらおっちらと骨と皮しかないんじゃと言うような細い身体と腕で抱えている。目はあらぬ方向を向いていて、口から飛び出る大きな金歯。ぼたぼたと紫色の汁を口端から垂らしながら走って来るその形相。
「……う゛っ……胃にクリティカルが……っ」
これ以上なくさっきまで酔っていたわたしの胃を嫌な方向に刺激する。もう出かかってるんですがそれは。
「何じゃアレ。妖にしては不出来に過ぎるのう」
向かって来るそいつらの先頭に向かってノッブが容赦なく発砲。弾丸は綺麗に顔の中央を捉え、刹那に爆散。どういう衝撃の伝わり方をしているのかは不明だが、ともかくとしてあのでっかい頭が破裂した。青紫色の汁と肉の塊が飛び散り、後続の同じ妖怪達に降り注ぐ……。
「おぇぇぇぇぇぇぇぇ」
「せっ、先輩!?」
胃が決壊した。無理。無理。気持ち悪い。
「あああああどうしましょうっ……。ど、ドクター、先輩の口からモザイク処理された虹色の光の奔流が……!!」
『あーダメだったか……いや、僕も一目見てすぐさま映像は切らせてもらったんだけど……。ともかく背中をさすってあげたらどうかな。信長さんが頑張ってくれてるみたいだし』
「ま゙じゅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙」
「大丈夫、大丈夫ですから、あっちは見ない方が良いですよ……!!」
マシュが盾をかざして視界を塞いでくれているけど……絶えず発砲音と肉の弾ける音が聞こえてきて、また脳内でさっきの映像が色濃くリフレインされる。逃れられぬカルマ……。
「おーい、衛生兵。こやつらあといくつじゃ?」
『数的に半分減らしたってとこです』
「そろそろ先輩の胃が限界値です……胃酸が……」
「おろろろろろ……だじげで……」
いっつみーぐろっきー。まだのりものよいのほうがましだった。
「ダメです、先輩が完全に再起不能です」
『うわ、こりゃ酷いな……今度からシステムにモザイク処理かけれるプログラム入れておこう』
わたしのぅ、おとめりょく……はつろ、なう。
「先輩、出し切りましたね……」
「温いぞマスター。これから先べらぼうに出る」
ふと空を見る。夕暮れ時。
つまり、夜の始まり。
「そうですね、夜は妖怪の蔓延る時間帯です。今回の事が頻繁に、かつもっと大々的に起きるかもしれません」
「日本はわたしを殺す気なの?」
「寧ろマスターが軟弱なだけじゃ。死体くらい見慣れとるじゃろ」
「見慣れてねーよ!!」
「じゃと思ったわ」
悪かったね!!
『時間が時間だ。早いところサークルの設置場所に急ごう。あるとなしとじゃ対策の幅も変わる』
「ドクターの意見に賛成です。先輩、すみませんが急ぎましょう」
「おっけー……あー、胃の中身すっからかんだ……」
「何も食わん方が良さ気じゃな。ほれ、また来た」
「待っ、ノッブ!! ダメッ、わたしの視界で発砲禁止ー!!」
◆
「ぶっちゃけた事を言いますと、先輩に背中から諸々をかけられるんじゃないかと気が気でなりませんでした」
目的地まで後少しというところ。馬に揺られグロッキーなわたしは一度馬から降りて木の陰にしゃがみ込んでいる。もう出る物も残ってないのにこのザマだ。もっと三半規管が丈夫な人に生まれたかった。
あとずっとわたしと一緒に馬に乗っていたマシュには申し訳ないと思ってる。もし仮に胃の中に残ってたらノータムでリバース確定だった。すまない……。
「ふぅ……もうこっから歩きにしない? 短距離でももうダメ、死にそう」
「確かに顔も真っ青です。わたしが運びますね」
「ごめんね……大丈夫、もう出す物すら残ってない状態……馬なんて金輪際乗りたくない」
「まだ帰りもありますよ?」
「エジソン連れてきて車出してもらおうよ……」
「そうなるとわしカルデアに戻るハメになるんじゃが」
「先輩、この時代だと道が舗装されてませんからあまり走れないと思いますよ?」
現実は非情である。
『――皆、ちょっと待った』
マシュにおんぶをしてもらってさて移動しようかといったところでロマンから制止の声。何かあったらしい。
『霊脈の地点からかなり大きな魔力反応を探知した。恐らくはサーヴァントだ。それも尋常じゃない神秘を内包してる』
「まさか、神霊の類いですか?」
サーヴァント、そして神霊。嫌な予感しかしない。
元々サーヴァントとなるのは英霊であり、決してその魂の核は神にはなり得ない。
しかし例外も存在し、神に等しい彼らの存在を神霊と呼ぶ。影の国の女王スカサハが最たる例か。
『充分にあり得る。慎重にね』
「了解です、ドクター。マスターの守備を最優先に動きます」
「ありがと、マシュ。……ノッブ、もしダメだったら対応できる?」
「任せておくのじゃ。日の本であればわしは負けん」
自信満々のノッブと真剣な顔でわたしを守ってくれるマシュに安心感を抱き、しかし集中する。グロッキーだからって怠けてちゃダメだ。
万が一の時はわたしを投げ下ろしていいよとマシュには伝えつつ、警戒しながら霊脈の地点へ向かった。
サークルの設置ポイントは林の中にある開けた広場だった。
元は村だったのか、崩れて穴だらけの小屋が辛うじていくつか残るのみ。風化した風景が夕暮れの闇に浮かんでいた。
その中央の広場に佇む、神秘的な装いの女性。儚い雰囲気を纏う彼女は、まさしく女神であった。
「――お待ちしておりました。
大きな大きな槍を持ち、陰りのある表情で、愛おしそうにわたし達を見る、ランサー。
「ブリュンヒルデさん……!!」
マシュが苦々しく言った。
ランサー、ブリュンヒルデ。
「少女……私を知っているのですね……いいえ、忘れて下さい。今宵、私は貴方達の敵。ますたー、マスター、……貴方を、私は……」
うっとりと、まるで愛おしい者を見るような顔に、思わず私はマシュノ背中で縮こまった。
歪んだ感情がわたしを見ている。わたしだけを見ている。わたしを殺すことだけを考えている。
「私は……私は、貴方を、殺します……」
ヒュォッ、と音がした。自分よりずっとずっと大きく長い槍を、片手いとも簡単に振るう。風を切る音すら鋭く重々しい。あの槍が一体どれ程の重量なのか、想像がつかない。
「……マスター。絶対に、絶対にわたしの後ろから出ないで下さい」
マシュがランサーから視線を外さずに、ゆっくりとわたしを下ろしてくれた。
マシュのこめかみに冷や汗が浮かんでいるのがわかる。
これまで幾多の特異点でたくさんのサーヴァントと戦ってきた。中には神にすら匹敵するとんでもない輩だっていた。
それと同じ。一瞬の隙があっさりと死に繋がる。言わば難易度ベリーハード、いやそれ以上。また、神話と対峙するのだ。
「わるきゅーれ、とか言ったか。派手じゃのう」
「……派手……困ります……誉められるのは……とても……」
「誉めたつもりはないんじゃが」
ノッブはノッブで刀を引き抜き、火縄銃持って肩に担いでいた。大胆不敵な構えはまさしく恐れ知らずの織田信長だ。
「あれじゃろ、お主“神様”なんじゃろ?」
「……はい。この身はワルキューレ……例え、サーヴァントであろうとも……」
「結構。そう言う輩を相手にするのは得意じゃ」
ドドドドッ、とノッブの周りの地面に虚空から現れた火縄銃が突き刺さる。
気力充分、万事オーケー。準備は全て整った。
「――行って!!」
「はいッ!!」「応ッ!!」
両者が同時に地を蹴った。
飛び上がったノッブは火縄銃を一斉射撃、弾幕を形成。ランサーはそれを槍で持って凪ぎ払う。
技後硬直を狙いマシュがシールドバッシュで突貫、しかしまたも槍が高速で振るわれ、真正面から盾に叩き付けられた。
ゴォンッ、と鈍く重々しい音がけたたましく鳴る。マシュが歯を食い縛って苦しげな声を漏らした。
「お、もい……!?」
地面に脚がめり込み、膝が崩れる程の一撃。腕がビリビリと麻痺する衝撃だ。
もう1度、槍が振り上げられ、霞む速さで盾を叩いた。
「くぅぅぅぅッ……!?」
「マシュよ、受け止めるでない、流せ!!」
連続した発砲音と同時に鉛弾が飛ぶ。ランサーがすぐに後退、いくつかを掠めつつもノッブの攻撃を避けきった。
そこへノッブが肉薄。刀を縦横無尽に振るう。
斬撃を避け、槍で受け止めるランサー。直後にノッブの背後から浮かび上がる火縄銃が顔を狙って火を噴くが、ランサーは首を傾けるだけで回避し素早く距離を空け、槍を振って牽制した。
ノッブは絶対に槍を受けようとはせず、当たりそうになっても刀で受け流したり弾いたりしている。シールダーのマシュでさえ力負けしかけているんだから当然だ。
「マシュ、大丈夫!?」
「大丈夫です、ちょっと手が痺れましたけど、問題ありません」
ノッブが頑張っている間に、下がったマシュに駆け寄った。シールドを支える手が少し震えているのがわかる。これじゃあロクに動かせない筈だ。
すぐに回復用の魔術を使って応急手当。これだけでも大分マシだと思うけど。
「どうかな、いける?」
「……はい、大丈夫です。ありがとうございます、マスター」
「うぅん、わたしにはこれしか出来ないから。頑張って」
「はい!!」
大きく頷き返してくれたマシュ。
それを見送り、わたしは強張った体の力を幾分か抜いた。
今ので回復用にストックしておいた魔術は使いきってしまった。次に使えるようになるまで、わたしが今ある魔力を全力で注ぎ込んでもしばらくはかかる。
令呪のブーストもなくはないけど、回復には魔力以上に時間がかかるから乱用は避けたい。
こうなってくると後はマシュ達の頑張り次第だ。とにかくわたしか持つできる限りの魔力を2人に送って、最高のパフォーマンスを維持してもらわないと。
サーヴァントの戦闘は人間の反応速度を遥かに上回る。瞬き1つする間に戦況は2手も3手も進んでしまう。
今のスタンスは2人にとにかく攻めてもらうことだ。ブリュンヒルデは戦乙女、戦いの女神。故にその戦闘能力はたった1人で戦局を左右する。
対策なんて簡単にひっくり返されからこそ、敢えてシンプルにする。
それはとにかく攻めて攻めて攻めまくる。相手に攻撃する隙を与えない。攻撃さえされなければこちらはまだ戦える。泥臭いけど、今ので何度もやってきたことだ。粘り勝つやり方が一番性に合ってるというのもあるけど。
「はぁぁぁぁッ!!」
再びマシュのシールドバッシュ。ランサーがそれを受け止めて押し返そうとする。それに敢えて逆らわず受け流し、更に一歩内側へ滑り込む。
(
盾が轟と音を上げてランサーに迫った。これでクリティカルが狙える……かに思えた。
刹那、ランサーの指が動いた。マシュの眼前、そこへ虚空に何かを描くような動き。
その動作に嫌な予感がしたであろうマシュが体を強ばらせた。
――その予感は現実となる。
「ぅぐぁあぁッ!?」
直後に、突然空間が爆発したのだ。マシュだけに衝撃が向かうように。
「マシュ!!」
防御もできないタイミングでの攻撃……マシュがまともに攻撃を食らい、地面を何度もバウンドして転がり、背中から小屋に突っ込んだ。
まずい。無防備なところへの一撃は何よりもダメージが大きくなる。受け身すら取れなかったのなら尚更だ。
それまでは背後からランサーを狙っていたノッブが、今度はマシュの隙間を埋めるように間を詰めた。申し訳ないけどしばらくは1人で頑張ってもらわないと……。
「っ、うぐっ……!!」
「マシュ……!!」
崩れた小屋から這い出てきたマシュだけど、怪我が酷い。咄嗟に避けようとはしたみたいだけど、ほぼ真正面から爆発の一撃を受けてる。駆け寄って抱き起こすと、防具の右半身にヒビが入ってるのがわかる。
「すみ、ません……ルーンのこと、失念、して……」
そうだ、ルーン。彼女の持つ原初の“勝利”のルーン。現代では再現不可能な魔術はサーヴァント相手にだって充分通用する。
その可能性を予想できなかったのはわたしの落ち度。苦しげに顔をしかめるマシュを見て、奥歯を噛み締めた。
「……謝らないで、マシュ。予め知ってなかったわたしも悪いの。今は無理しないで、魔力を全部回復に回して。わたしの分、全部持っていっていいから」
「はい……」
マシュが目を閉じて深く深呼吸する。悔しいけど、わたしには魔力をあげることしかできないし、回復もままならない。
ごっそりと自分の中から魔力が減っていく。少しクラクラするけど気合で我慢だ。この程度は毎度のこと、耐えるのは余裕余裕。
「お強いのですね……」
「はははっ!! こんなもの、朝飯前に決まっておろう!! お主こそわし相手にようやるのじゃ!!」
ノッブとランサーの一騎打ちは更に激しさを増していた。2人の距離は付かず離れずを保ち続け、その内側で刀と火縄銃、槍とルーンの応酬が凌ぎを削っている。
ノッブの周辺に火縄銃が現れ刹那に弾幕を張ったと思えば、弾丸を弾いてランサーの重い槍の一撃。まともに受ければ5つの斬撃をモロに浴びるであろうソレを、手元を狙った銃の一撃と刀の返しで器用に受け流す。
その時既にルーンは描かれているが、発動と同時にノッブが背中へと回り込み斬りかかる。視覚外からの一閃、しかしランサーは背中に槍を回して簡単に受け止めてしまう。
強い。
日本の、それも戦国時代の知名度補正を受ける織田信長に対応しきる能力。やはり神霊、格が違う。
しかし、お互いの表情にはまだ余裕があった。力んだ様子も焦燥した様子もなく、ただ我武者羅に戦っている印象があった。
その勝負が、動く。
弾丸を姿勢を低くして回避したランサーが片腕で持って槍を凪ぐ。足元を掠める一閃に、ノッブが軽く脚を浮かせて難なくそれを避けた。
同時に、一瞬表情が強張った。
ハメられた、と思うよりも速く、今度は両手に持ち替えられた槍が迫る。
咄嗟に身体の間に刀を滑り込ませる、が、見た目以上の重量を持つ刃先に押し切られ打ち上げられた。
すかさずランサーが追撃の為に飛ぶ。魔力が膨れ上がって行くのがその一瞬でわかった。間違いなく一撃で沈める気だ。
轟、と槍が振るわれた。まっすぐ、その振り下ろしはノッブの顔を目掛けて――――、