ぽたり、ぽたり、と赤い斑点が地面の染みとなる。
「……これを、不覚、と言うのですね……」
対峙するランサーが左手で顔を覆っている。その指の隙間から流れ出す真っ赤な血が土を濡らす。その量は尋常でない程に多く、果たして止血ができるのやら。
「チッ、首ごと捕ったと思ったんじゃがなぁ」
対し、面白くなさそうに肩に刀を担いだノッブが言った。明らかに余裕の表情だ。
あの瞬間、わたしには何が起こったのか全く分からなかった。ただ一瞬ノッブの姿が掻き消えた後にランサーが大勢を崩したように着地したのが見えただけ。
「少し、厳しいでしょうか……えぇ、そうですね。すみません……」
血の止まる気配はなく、ランサーの白い肌と髪が赤く汚れた。恐らくだけどあの様子だと左目を抉ったのだろう。よくもまぁ平気そうな素振りをしてられるものだと思う。
「さて、如何するかランサー。わしはまだまだ行けるぞ?」
「……そうですね。流石に、武が悪いでしょうか……。では、今宵はこれで……」
挑発するようなノッブの声に、ランサーは首を静かに横に振ることを返答として霊体化。金色の魔力を霧散させて消えた。
そしてコトリと空の小瓶が地面に落ちる。
斯くして、夕暮れの廃村に凍る程の静寂が訪れた。
「……終わっ、た?」
思わず呟く。
ゆっくり立ち上がったマシュがキョロキョロと周囲を確認する中、ノッブは刀をしまい銃も霊体化させてのんびりと伸びをしていた。
それを見てわたしもようやく実感した。どうやら本当に終わったらしい。
「……良かったぁ……」
あー、緊張した。神霊でランサーとか、スカサハ師匠以来だ。とてもじゃないけど何度もやることじゃない。もう精神方面ボロボロだし、マシュに魔力を回したおかげで残り魔力もすっからかんだ。
「ノッブお疲れ……いやはや、間に合って良かったよ」
「良い判断じゃった。褒めてつかわす」
フフン、と鼻高々のノッブ。紛れもなく今回のMVPだ。彼女がいなかったらどうなっていたか、想像に容易い。
「あはは、有難き幸せ……。マシュも、お疲れ」
「いえ、わたし、何もできませんでした……。申し訳ありません、脚を引っ張ってしまいました……」
対照的にマシュはしゅんと落ち込んでしまった。これはこれで可愛いんだけど、本人的にはかなり納得いってないみたい。今回の戦闘はほとんど戦線離脱でお休みだったから仕方ないのかもしれない。
「ま、そういうこともあるよ。ノッブが頑張ってくれたんだから、今回はしっかり生きてるってことで及第点。ね?」
苦笑して頭を撫で撫で。いつもなら照れながら「子供じゃないですっ」と言ってくるところだけど、今日は素直に受け入れてくれた。強張っていた肩の力も抜けてリラックスできたみたいなので万々歳。これくらいなら幾らでも、というかわたしがしたいからいっぱいしちゃうもんね。
『3人ともお疲れ様。今回もまた厄介な人が敵に回ったね』
「あ、ロマン、ずっとだんまり決め込んでないでサポートくらいしてくれれば良かったのに」
『あはは、ごめんよ。戦闘が終わったらすぐにでも物資を回せるように急いでたんだ。さ、早いところサークルを設置してくれ。こっちは準備万端だ』
「はーい。マシュ、お願い」
「はい、了解しました」
マシュが大盾を描いたサークルの上に設置。魔力を流し込みカルデアがその反応を拾う。魔力同期が完了すればカルデアと相互に物資のやり取りが可能となる。
その後は送られてきた物を確認して荷物を纏めるのに小一時間ほどかかった。
恐らくここで作業をするのは最初で最後。不足のないように入念にチェックをしなければ。次の補給がいつどこで出来るかは全くの不透明だからだ。
備えあれば嬉しいな……じゃなくて、憂いなし。なるべく不安要素は取り除いておかないとね。
あらかた終わった頃には山間の地平線に太陽が沈んだ頃だった。
夜間の移動は先の妖怪の件もあって危険だとのことで、わたし達は廃村で一晩を過ごしてから早朝に戻ることにした。今は薪を集めて火を焚いているところで、マシュと一緒に暖まってる。周囲の様子はロマンのモニターとノッブが霊体化して監視してくれているので大丈夫だろう。
パチパチと乾いた音を立てて薪が赤く燃え朽ちて行く。何となしに手をかざせば炎の暖かみがじんわりと掌に当たって心地いい。
「……無性にお腹減ってきたなぁ」
「お昼頃から何も食べてませんからね。酔って吐いていたら尚更だと思います」
マシュの指摘にぐうの音も出ない。明日も朝からまた馬に乗って戻ることを考えると本当に億劫だ。
取り敢えず何か食べたい。補給物資内の保存食をいただくとしよう。
保存食は基本が軍で支給されるようなレーションだ。野宿を前提としているだけに、必然的にこういった物が多くなるのは仕方のない事。もうすっかり慣れたモンである。
「……いつもながら何とも言えない味……」
「これだけでかなりのカロリーがあったりしますからね。敢えて味は控えめにすることで過食を抑えるとか」
「初耳だー。なるほど、考えられてる……けど、休憩時間の食事くらい美味しい物食べたいよね」
「あははは……まぁ、かねがね同意です。言ってる事は勿論なので頭ごなしに否定はできませんけど」
苦笑するマシュに内心賛同だ。カルデア内の物資だって一応限りがある。余った地下スペースなどを改良してプラントを作ったりと色々工夫はしてるみたいだけど、贅沢はできないのが現状だ。
文句も程々に、精神疲労を紛らわすスパイス程度に愚痴を言いつつ缶詰のレーションを飲み込んだ。
「フォーゥ」
「あ、フォウだ。フォウも食べる?」
のんびりと火を眺めていればいつの間にやらフォウがトテトテと足元にやって来た。戦闘前から物陰に隠れていたらしく、ついさっきまで色々と探索していたみたい。
「ンキュ……キャウッ」
「甘んじて食べる、だそうですよ」
「む、贅沢言っちゃダメだぞ~」
「フォウっ」
残りを地面に置くとガツガツ食べ始めた。
戦場でもフォウみたいなもふもふは癒しになる。毎度ながら勝手についてきてくれるのは本当にありがたい、なんて思うわたしだった。
廃村の小屋で寝袋にくるまり、ちょっと涼しい一夜をマシュと一緒に過ごし(こことっても重要!!)、わたしたちはすぐさまセイバーのいる陣へと引き返した。
馬に揺られグロッキーになりながらもダ・ヴィンチちゃん特性の酔い止めで何とかこらえつつ無事帰還。往路とは違って早朝に出たので妖怪とかの脅威に出くわすことがなかったのが幸いだ。本当に、全く。
陣に戻ったのはもうすぐお日様が天辺に昇る頃合いで、何だか撤収の準備を始めているような慌ただしい雰囲気に見えた。幕も一部が撤去されていたり、その周りで兵士達が片付けに勤しんでいる様子が見てとれる。
その様子を眺めながら進んでいると、本陣の幕から見知った影が顔を出した。
「戻ったか」
「ど、どうも……」
「……顔色が悪い。まさか馬は慣れぬか?」
「いやぁ、ははは、乗り物は全般的に……」
馬を下りて幕前まで行くと無表情なセイバーさんが出迎えてくれた。若干フラフラしてるわたしを見て怪訝そうな表情を作ったけど、すぐに切り替えて刀みたいな鋭い瞳に戻す。
「戻ってきて早々だが、すぐにここを発つ。家康公より行軍せよとの命が下った」
「じゃあ、ついに……」
「ああ。東軍は会津を一先ず保留とし、石田光成討伐に動く」
正史通り、関ヶ原の戦いが始まる訳だ。そしてわたし達の役目はその結果を歴史通りにすること。つまりは東軍の勝利に持ち込む必要がある。
「あ、そうだ、セイバーさん。懸念事項が1つ」
「言ってみろ」
「向こうにも恐らくサーヴァントが何人かいます。サークルを設置しに行った時に接触しました。確認したのがランサー1人、真名をブリュンヒルデ」
「ぶりゅんひるで……?」
「北欧神話に登場するワルキューレなのですが……ご存じありませんか?」
「わるきゅーれ?」
マシュが補足するように説明する。が、セイバーさん、イマイチわかってない様子。こてんと首を傾げてる。何ともまぁ女の子らしい仕草だ。この人が戦国武将とは……。
「……ま、まぁ良い。サーヴァントがいるという情報だけで充分だ。
じーっとわたしが見てた視線に気付いたのか、こほんと小さく咳払いをして持ち直すセイバーさん。しかし若干恥ずかしそうに視線を逸らす。見た目に反してギャップが可愛いなこの人……。
「……何を見ている」
「いやぁ……特には」
「何だその嘲る
「ちょっ、目が怖いですって!?」
「五月蠅い。言え。吐け」
「もう昨日散々物理的に吐いたから嫌ですぅ!!」
「口を開け。この、口、を、だッ」
「いひゃああまっへっ!! ほんおいやあみてああひぇえふぅ!!」
チクショー、無理矢理離せない!!
「……先輩の、柔らかいほっぺ……」
「助けんで良いのか?」
「ハッ!! そ、そうでした!! セイバーさん、私も触りた――――じゃなくて、先輩をいぢめないで下さい!!」
「やれやれ、じゃな……」
「フォーゥ……」
一悶着は有耶無耶なまま流れた。わたしとしては嬉しい限りである。
おわり。次話はオリ鯖の設定とか