キノンの没作品シリーズ   作:いつのせキノン

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2.諸行無常

 

 気付けば停止した馬車の周りには血肉が散乱していた。

 赤黒い血溜まりの中心に立つのはローブにフードを被った得体の知れない男。右手に持つ両刃の大剣のような岩塊を肩に担ぎ、左手には先程まで人間だったモノの上半身の首を掴んでおり、縦に揺すって(はらわた)をぶち撒けていた。

 

「なんだ、やっぱりただの人間か」

 

 落ちた内臓を一目見て興味が失せたのか、ゴミを放るように死体を投げ捨てた。べちゃり、と肉と血が跳ねる。

 

「その爺さんもただの人間だよな? あーあ、またハズレだ」

 

 ローブの男は、今度は少女とその足元に横たわる老人に目をやり、それから「残念だ」と首を横に振って溜息を吐いた。

 

「さて、どうするんだ、オンナ。見るに移動中だったらしいが」

 

 あまりの光景に少女は絶句する他なく、しかし男が声を掛けてきたところでハッと我に返った。

 

「……どうも何も、わかりません……取り敢えず、この方を埋葬しないと……」

 

 そう言って少女は足元に目をやった。

 既に老人は息を引き取っており、最期の表情は恐怖と痛みに染まった苦痛そのもの。報われない最期を迎えてしまったのだ。

 誰が悪いのだろうか。疫病神と呼ばれた少女なのか、老人自身なのか、あの賊なのか、この世間なのか。

 ただただ不運だった、巡り合わせが悪かった。そんな運命の中にあった。そうとしか言えなかった。

 

「……それと、賊だった人(その方)たちもです。手伝っていただけませんか?」

 

 少女がそう言って男を見ると、彼は不思議そうに首を傾げた。

 

「……? ああ、そのくらい構わない。しかし、これらもなのか? これらはオマエを狙ったいたぞ?」

「それは関係ありません。ここにあるのは全てが等しく魂が解き放たれたモノ。人間が生きるための役目を終えたモノです。それを弔う理由に善悪は関係ありません」

 

 少女は微塵の揺るぎもなく男の問いにそう返した。

 返答を聞いていた男は、それでも不思議そうにしながらも「ふーん、変わってんだな」と一応の理解は示す。納得まではしてないようだ。

 

「で、俺はどうすればいい?」

「穴を掘ってもらえますか。できれば道から外れた、あまり木がない場所が良いのですが……」

「んー……この辺だと厳しいな。木があると駄目なのか?」

「根があると掘り返すのも面倒でしょう?」

「別に、木くらいなら特に問題ないぞ」

 

 そう言って男は近場の木へ歩み寄った。そして、大きさが五M以上はあろう太い木の幹を大剣を持ってない左手だけで掴み、

 

「よっ」

 

 引き抜く。ドッと一瞬地面が揺れ、音と共に土が舞い上がった。

 

「ほれ、これで根っこごとなくなった」

「……デタラメな怪力……」

 

 楽勝楽勝、と余裕の笑み。確かに岩塊をブンブンと風切り音を鳴らしながら振るう男なのだから、木を引っこ抜くのも朝飯前なのだろうと、彼女は無理矢理納得することにした。

 

 

 

 男の働きで埋葬の作業はすぐに終わった。適当に岩を切り出して墓石っぽく加工し、埋めた場所の上に置くことも忘れない。

 

 埋葬を終えてから少女は墓の前に両膝をつき黙祷を捧げる。

 それを見て男はこれまた首を傾げて彼女にたずねた。

 

「らしくない。抜け殻に何を思うのだ」

「導きを。魂が迷いなく天へ昇るため」

「ふーん……?」

 

 いまいちわかっていないらしい。そうなのだろう、ここにあるのは血肉のみ、魂はとうの昔に肉体を離れてしまっているのだ。ここで何かをしたところで奇跡が起きるわけでもない。

 

 それからしばらく、黙祷を終えた少女は土を払いながら立ち上がり男の方へと向き直る。

 

「さて、次は馬車をどうにかしましょう。貴方、動かせますよね?」

「はぁ、何てことはないが……俺を便利屋扱いしてはいないか?」

「適材適所です。私にはアレを動かせる力もありませんので」

「滅多に人が通らんし、放置していいかと思ったんだがな」

「また通る人がいるかもしれません。障害は取り除いておくべきです」

 

 微塵も譲らない姿勢の少女に、男は「頭のカタいオンナだな」と小さくぼやいた。

 その呟きはきちんと少女にも聞こえていたのだが、彼女自身それを否定することはなかった。よく周りからも言われていたこと、今更何かを思うこともない。周りがそう思うならそうなのだと認めていた。

 

「馬車をどうにかっつっても、この辺に人がいる場所はないぞ? 歩いて、そうだな……五日ってところか」

「五日……貴方はそこから来たのですか?」

「いや、ここからすぐだ。そこでよきゃ馬車くらい引っ張るけど」

 

 どうする? と男はたずね、少女はしばらく思案したのち、お願いしますと頭を下げた。

 

 

 

 

 

 ローブの男が馬車を引き、御者台に少女が座る。傍目から見れば何とも珍妙な光景であったが、幸い人目につくことはなかった。

 

 男の言った彼の暮らす場所には一刻ほどでついた。

 岩肌が剥き出しの崖をバックに立つ山小屋のような木造の一階建てロッジがある。

 ロッジの脇には屋根と、その下には様々な道具が置いてある。そのほとんどが農業道具らしい。

 更に、崖とロッジから離れた日当たりのよい場所には畑があった。

 

 少女は一足先に馬車を降り、男は小屋の横に馬車を置きに行った。

 その間、少女は小屋の前に立ち周辺を見回す。

 

 小屋と畑以外にも、井戸や果樹園らしきまとまったものも見える。

 長い間ここで暮らしてきたのだろう。一人にしてはかなり広い土地を管理しているらしいが。

 

「馬車は俺の方で何か使わせてもらおうかね。馬でもいればまた使えそうだし」

 

 馬車を置いてきた男が戻って来て少女の横に並ぶ。

 

「で、オンナ。オマエはどうする?」

 

 そう言われ、少女は「どうしましょうか……」と考える。

 元より当てのない旅、どうするも何も適当な旅路をゆくつもりではあった。

 しかし肝心の足が頓挫してしまってはどうしようもない。

 次の村まで行こうにも食料なども乏しく、そろそろどこかに落ち着けるべきとも考えていた。

 

「……少しの間で構わないので、留まらせてもらえませんか? 旅を続けようにも食料がないもので……。邪魔でなければ掃除などもお手伝いします」

「あー、別に構わんけど……ちょっと待ってろ。泊まれそうな部屋を探す。適当に時間潰しててくれ」

 

 少女のお願いに男は後頭部を掻きながらロッジの中へ入って行った。一応了承は得られたと見て良いだろう。

 

 さて、適当に時間を潰して、とは言われたが何をすればいいのやら。

 パッと見て暇を凌げるような物は特に見当たらない。やるとするならば、

 

「……散歩、かな」

 

 適当に周辺を見て回る程度だろう。幸い畑や果樹園など見るには申し分なさそうな場所があるのだ。どんな物が育っているのか、少し興味もある。彼の準備が終わるまではその辺りを見て回るとしよう。

 

 

 

 

 果樹園には雑多な種類のものがある。林檎、梨、葡萄などなど、ある程度の区分けはされているらしいが、特に制限をする訳もなく。とにかく多くのものに手を出している様子だ。

 数の割には手入れが行き届いており、どこかが疎かになっていたりすることもない。大分手馴れているらしい。

 

「おーいたいた。準備できたぞ」

 

 不意に、ロッジの方から歩いてきた男が声をかけてきた。

 見ればボロボロだったローブは脱いでおり、どこかの村民が着るような麻布の服になっていた。

 その顔立ちは至って普通。光沢の見えない黒の髪と目をしており、中肉中背の背丈とどこから見ても普通の好青年に見えた。少女からして、あの岩塊を振りまわしていたとは到底思えない顔立ちであった。

 

 だが、同時に納得もした。

 

「かなりの種類のものを育てているのですね」

「ああ、そうらしいな。適当に種を貰ってやってみたんだが、思いの外うまくいった」

「行き当たりばったり、なのですか?」

「そんなとこさ。こんな辺境に住んでるんだ、見りゃわかるだろ」

 

 肩を竦める男に少女はそれもそうかと頷いた。確かに人との交流は望めそうになく、助けを求めるのは不可能というものだろう。

 

「ま、取り敢えず一旦案内すっから来てくれ」

 

 

 

 男の背中を追い、随分と年季の入ったロッジへと入る。

 第一印象は、思った以上に綺麗、であった。

 外見だけではわからなかったが中も広さがある。恐らくだが物がほとんど置いてないからなのだろう。

 

 扉を開けた先はすぐが広いリビングだった。暖炉とテーブルとイス。他は特になし。簡素すぎて一瞬目を疑うほどだ。

 そこを素通りて奥の廊下部分に進む。真っ直ぐに伸びる廊下には左右に2つずつ、奥の突き当りに1つ扉があった。

 男はその内の左奥の部屋へ少女を案内する。

 中はベッドが1つと窓際の机が1つ、あとはクローゼットだ。

 

「一応掃除したから綺麗なはずだ。誰も使わん場所だし、好きに使ってくれ」

「……ありがとうございます。突然無理を言ったにも関わらず……」

「いや何、暇だから構わんよ。一人身だったし久々に話し相手が出来て俺としちゃ万々歳なのさ」

 

 少女が頭を下げると男はヒラヒラと手を振って答える。

 

「ここでの暮らしは長いのですか?」

「まぁね。数えてねぇからよくわかんねぇけど長いんじゃないか? ま、別弾死ぬほど暇なわけじゃないからいいんだけどな」

「はぁ……そうなのですか」

 

 気楽に「そういうもんだ」と返してくる彼に少女は曖昧に頷いた。彼は相当な物好きらしい。

 そんなことを少女が考えていると「あぁ、そうだ」と男は思い出したかのように彼女の方を見やって口を開いた。

 

「そういやアンタ、昼飯は食ったか?」

「あぁ、いえ、まだですが。後で携帯食料でも食べようかと」

「おいおい、ここまで来て非常食かい。いいよ、何か作るさ。俺も腹が減ったし」

「え……しかし、そこまでお世話になるのも……」

「別に一人増えたとこで大して変わらんさ。まぁ食いながら俺の話し相手でもしてくれや」

「噛まいませんが……せめて手伝いくらいは、」

「いらんいらん、調理場はそんな広くないんでね。ってかその格好で来られても困る」

 

 男は少女を指差した。

 言われて彼女も視線を落とすと、確かに、今身に着けているのは草臥れたローブなど。とても衛生的とは言えない。

 

「向かいが風呂場だ。適当に使ってくれ。湯は魔道具で沸かせる。使い方はわかるだろ」

 

 それから男は「綺麗になるまで出るなよ」と釘を刺すように言い残して部屋を後にした。

 

「…………もしかして、臭う……?」

 

 少し不安になり、袖あたりに鼻を押し当てた。

 あまりそれらしい臭いはせず、首を傾げる。が、もしかしたら鼻が慣れてしまっていたのかもしれない。

 今度は襟の部分を掴んで鼻に当て――――一瞬息を詰まらせた。

 

「っ……やってしまった……」

 

 一瞬で顔が赤くなる。何が、とは言わないが、これは恥ずかしい。

 少女は赤い顔を隠すようにすぐさま風呂場へ駆け込んだのであった。

 

 

 

 

 

 




以下ネタバレ。

神様はアストレア。
男は神が降りてくるよりも昔に穴から出てきたモンスター。
人間の器用さを真似るために魔石を取り込み続け、学習し続けてきたモノ。
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