one
目が覚める。重い体を持ち上げて上体を起こし辺りを見回す。
眩しいくらいの白い天井と床と、壁は全面ミラーに360度をぐるりと囲まれた広い部屋。
…………おかしい。
――――いや、それよりも。
何故、
違う。違う違う違う!!
慌てて薄い布団を跳ね除け、ベッドから飛び降りる……っと。よろけた。ダメだ、上手く力が入らない。身長も随分と縮んだ。いつもより景色が低いし、脚の筋肉も大分なくなって走ろうにも上手く脚が回らないからフラフラと千鳥足になりそう。
何とか壁際まで来て見るが、如何せんまわりはミラーだ。
ぺたぺたと自分の体に触れてみるが、特におかしなことは……いや、ある。すーすーする。まさか、パンツをはいていない……!? そっとガウンの隙間から手を入れて……、っ!? 本当に履いてない!! 痴女だコレ!!
まずい。露出狂でも何でもない
膝上くらいまでしかないガウンを下に引っ張っておきつつベッドに戻る。金属素材で作られた台にそれらしい下着は見付からない……つまりノーパンで
そして。先程から
さてどうする。今すぐこんな部屋出て行きたいが出口わからないし仮に出口があってもノーパンで出たくはない。しかし残念なことにパンツなるものがこの部屋には存在しない。ある物と言えば簡素なベッドとシーツ……。
シーツでパンツの作成とかできないのだろうか、と真面目に考えてみる。パンツは無理でも、ふんどしならワンチャン……? 待って、女の子がふんどしってどうなのさ。いやしかし、背に腹は変えられない……。覚悟を決めろ、
取り敢えずもう一度ベッドに戻り布団を被り直す。後は内職でシーツを破いたりすれば行ける筈。早速薄いシーツを破いて……破いて……やぶ……破け……破けないじゃん!! どれだけ非力なの
「クロエ・クロニクル」
「っ!?」
きゅ、急に近くから声が……ま、まさかバレた!?
「ち、違うんですっ、決してシーツを破こうだとかそんなことは……!!」
「? 君は何を言ってるんだ……?」
布団の隙間から恐る恐る外を覗くと、困惑した顔の女性がいた。少し癖の目立つ黒髪のナチュラルショートボブ、気怠そうな黒の垂れ目の下には濃い隈がくっきりと見える。少しよれたシワのある白衣、その下にはやっぱりくたびれたブラウスを着ていて、辛うじてタイトスカートはまだキッチリしていた。
「あ、あのっ、その……っ」
「慌てる必要はない。まずは落ち着いて。大丈夫、乱暴にするだとかそんなことはないさ」
女の人が
「少し、話をしよう。君は自身のことも、私のことも、周りのことも何もわからないだろうからな。これから1つずつ教えて行くから、そう身構えないでくれ」
そんな
……思うのだけど、何故私のような人間を作ったのか。
理由はいともあっさりと教えて貰えた。政府が秘密裏に進める、軍事強化の為、だそうだ。
彼らが欲するのは強い兵士。しかし最初から万全の力を兼ね備えた人間はいるはずもなく、やはり時間をかけた訓練が必要となる。そこで時間短縮の為に最初から戦闘に適した人間を作り出すというのが狙いらしい。
しかしその結果は散々。今までに3ケタ単位の未熟な生体が破棄されたそうだ。
「君は幸運だよ。常人より圧倒的に弱いが、しかしこうして生きている」
バインダーの資料を大方読み終えた彼女は一度それを自分の横に置いて目を閉じ、仰ぐように上を向いた。
「……今の気分はどうだ?」
「……特には。ただ、亡くなった人は、気の毒だと思います……」
「それだけか?」
「……わかりません。ただ、何となく、憤りのようなものは感じてる、気がします」
その通り。生まれてくるかもしれなかった命。それを尽く無駄にした。まるで道具のように命を扱っているように思えた。
「仕方ない。私は、そう思うことにしたよ。確かに彼らは捨てられた。だからと言って、彼らに死ぬ以外の、楽になる方法はなかったんだ。生命維持装置に繋がれて無理矢理生かされるよりは、無知のまま死ぬ方が良いのさ」
天井を見上げる彼女の横顔は、どこか物悲しかった。
彼女は何度もこの研究に関わり、多くの命を散らしてきたという。
不意に布団の上からぽんぽんと頭に手を乗せられた。気付けば彼女はこちらを向いていて、小さく笑みを浮かべていた。
「しかし君は生きている。紛れもなく健康体だ。それが私は何よりも嬉しい」
「はぁ……そうですか」
反応に困る。そうも優しい表情をされては……。
「これから君には普通の人として生活をしてもらう。本来なら軍人になるよう教育は受ける筈なんだが、如何せん君は虚弱体質だからな」
「真正面からそう言われるとやるせない気持ちになりますね。まぁ仕方ないことなんでしょうが」
「すまんな」
「謝らないで下さい。恨まれたいんですか?」
「そう、なのかもしれないな。私は」
……はぁ。全く、息苦しい空間だこと。
「取り敢えずパンツ下さい。スースーして落ち着きません」
「……履いてなかったのか……?」
「貴方達がが履かせなかったんでしょう?」
「……………………そうなのか……」
何故そんなにショックを……? ショックなのは寧ろこっちなんですけど。
「しかし困ったな。この施設に下着を取り扱ってるような所はないんだがな……誰かに買ってきてもらうまで待ってもらうくらいしか手はないか」
「もう適当なので良いから買ってきてもらえませんか……流石に下着なしで出歩くのは嫌ですよ」
「代わりに私のを履くか?」
「いやいやいやいや何言ってるんですかそんなの遠慮――って言うか今ここで脱ごうとしないで下さい何してるんですか!?」
「いや、パンツが欲しいんだろう?」
「違います!! いや違いませんけど!!」
「? 何を言ってるんだ……?」
「誰も他人が履いたモノ履きたいなんて考えちゃいないってことですよ!!」
「しかし世の中には女性の下着を着て喜んでいる男性もいるぞ?」
「それは超特殊な性癖を持った人だけで私は標準的な人間です!!」
「そうだったのか……確かにサイズが違うのは履きづらいな」
「論点ズレてんじゃないですか!?」
何てことだ、この人に話が通じる気がしない……!! ツッコミ過ぎて息が……苦しい……。
「あまり無理はしない方がいい。肺活量もロクにないんだぞ」
「誰の所為ですか、誰の…………げほっ、けほっ」
「ふむ、やはり喘息の症状も出てくるか。しばらくは休むんだ。呼吸器に異常が出るのもよろしくない」
息をする度にひゅーひゅーとか細い音がする。喉も詰まってる感じがして苦しい。叫んだだけでこれか……。
「ひゅー……要望、なんですけど……」
「なんだ」
「休息は、この部屋、以外を、所望したい、んですが……」
「そう、か…………うん。まぁ集中観察期間は過ぎたから移動してもいいだろう。そっちの方が気も休まる」
息絶え絶えに辛さもアピールしてるんだけど、この人全く悪びれてない……。
数時間後。監視部屋を離れ、晴れてパンツを手に入れた私はトイレの心配をし始めたのだが、それはまた別の機会に語るとしよう。