"コクーンポッド"接続用の専用ウェアに着替えた四代目メイジン・カワグチは、特徴的なバイザーは外したものの、オールバックの髪型はそのままに、メイジンに与えられた"コクーンポッド"を担当する、白衣姿の社員からの説明を受けていた。
メイジンの想定通り、体に貼り付くようにフィットするこのウェアは、各種身体データを測定するための特別製であり、トップファイター・ビルダー達に万が一の事がないようにとの事で導入されたもののようだった。
100万人という超大規模で行われるGBWFで、それだけの人数のために専用ウェアを用意する事は資金的には不可能であるために、限られた一部の人間にのみ供与されているらしいが、"コクーンポッド"自体にそれらの機能が元より備わっているため、あくまでも補助的な役割を持つという事も聞かされた。
「説明はここまでになります。ポッドへの接続や身体データの同期は自動的に行われますので、メイジンは他の方と同様、横になって楽にして頂ければ大丈夫です」
「了解した。説明、感謝する。他にはもうないだろうか?」
腕を組みながら、メイジンは白衣の社員へと視線を向ける。
「いえ、こちらはもう。メイジンの方こそ、もうご質問はございませんか?」
「私の方も大丈夫だ。大まかな説明は送られていたマニュアルを見て予習していたのでな」
「そうでしたか。では、私の方からは以上になります。ゲーム自体は"コクーンポッド"の起動後、ヘッドギアが頭を自動的に覆った段階で特定のコールを口にして頂ければ開始されますので」
その言葉に頷き、メイジンは"コクーンポッド"へと仰向けに寝そべる。すると体重を感知したのか、外見に似合わない軽快な駆動音を響かせながら、自動的に"コクーンポッド"が閉じ、続いて内部のヘッドギアが白衣の社員の説明通り、メイジンの頭部を覆った。
「これは、期待していた以上だ……。いい大人になったというのに、今この瞬間は、少年のように私の心は高揚している」
言いつつも、言葉通りメイジンの口端は喜びの笑みで上がっていた。
だが、それも仕方のない事だろう。GBWFはVRゲームではあるものの、感覚や意識はそのままに、ゲームの中ではあるもののモビルスーツを思いのままに動かせるというのだ。
それも、従来のコンシューマー機にあるようなコントローラーではない。実際にコックピットに乗り込み、操縦桿やフットペダルを操る事でモビルスーツを操作出来る。
無論、ある程度操作は簡略化されているだろうが、それでも劇中のパイロット達のように操縦桿を握り、モビルスーツを操る事が出来るというのは、全世界のガンダムファンが夢にまで見ていた事だ。
ガンプラバトルでも出来るだけその操作システムを再現するべく、試行錯誤の末に、"逆襲のシャア"における所謂アームレイカー式と呼ばれるものをベースとしてシステムを完成させていた。
だが、あくまでもそれは立ちながら手の動きだけで操るもので、コックピットシートもなければフットペダルもなく、更に言えばモビルスーツが動く時に体にかかってくるGや衝撃などもない。
GBWFではそういったものまでも擬似的にではあるが再現し、ゲーム中で味わうことが出来るらしい。
加えて、あくまでもゲーム内での事であるため、実際に肉体に負荷がかかる事はないし、後遺症が残るような事もない。
そんな、ファンとしては至れり尽くせりな環境の中で、自由にモビルスーツを動かせるというのに、胸が踊らない理由はなかった。
「では、こちらも準備が整いましたので、いつでもどうぞ」
「ああ、ありがとう。こちらの方は任せる」
「かしこまりました。お楽しみくださいませ」
その言葉を言い残すと、白衣の社員が離れていくのが足音で分かった。
恐らくは、"コクーンポッド"の傍らに設置された身体測定用の機器を管理するために、そちらへと向かったのだろう。
メイジンはようやく一人になれた事にそっと息を吐くと瞳を閉じ、先程社員が言っていたように、ゲームを開始するためのコールを一言、呟いた。
「―――――………"接続(コネクト)"」
同時に、何かが頭の中で繋がるような感覚が走ったかと思うと、暗闇ばかりの視界が眩いばかりの白に埋め尽くされた。
***
夢の始まりを自覚した時の感覚は、こんな感じだったような気がする。そう、髪を下ろした状態のメイジンは、一面に白だけが広がる世界の中で一人内心でごちていた。
白が"閉じられていたはずの"彼の視界を覆った後に、気づくとメイジンはそんな何もない世界に立っていたのだ。
彼がその世界に存在する事を認識したのは、その世界が創られてからどれだけの時が過ぎたのかは分からない。きっと刹那の内にであるのだろうが、その世界に立っているという認識をメイジンが覚えた時、先程まで"コクーンポッド"の中で横になっていたはずなのに、という一瞬前までの記憶との齟齬が違和感となって襲いかかった。
それは眠りについた時、唐突に始まる夢を見る時の感覚と似ていて、だからこそ四代目メイジン・カワグチ――――アカギ・K・ヒジリはそれを夢のようだと思ったのだった。
「へぇ、これが仮想空間ってヤツか……。お、手も現実世界の俺みたいだ。しっかりと動くし見れるんだな」
メイジンではなくヒジリである青年は、素の口調のまま手のひらを広げたり握ったり、時には足先を見たり視界を上下左右に巡らせたりと、一通りの動作を取ると、現実世界との差異が限りなく存在しない事に感嘆の息を漏らす。
VRゲームの創りあげた仮想世界にすでにその身を置いているというのに、それを可能にした技術の進歩に今更ながらに感動しながら、いつの間にか彼の目の前に存在していたバーチャルコンソールの存在に気づくと、それに手を伸ばし『START』と刻印されているキーをタッチした。
コンソールの上部に巨大なディスプレイが複数個起ち上がると、アバターデータの作成を開始する旨の解説文が表示された。
項目を進めて行くと規約や簡単なチュートリアル開始後の説明などが表れるが、それを読み流すと飛ばし、いよいよアバターの情報を登録するところまで漕ぎ着ける。
「流石にこっちまでメイジンを演じても楽しめないし、本名で登録してもらったはずだけど……」
先行オープンテスト版とも言える期間のため、企業が定めた規約の下、アバターの外見と名前はひと目で誰かが分かるように、全て本名で登録するようになっていた。
しかしながら、メイジンについてはそれを適応しなくても良いと言われていた。それは四代目メイジン・カワグチというアイドル性を鑑みての事ではあるのだが、ゲームの中だけでもメイジンではなく"アカギ・K・ヒジリ"としてプレイしたかったのだ。
また、アバターの声や性別に至っても現実世界のものが再現されており、それがこのゲームの技術力の高さの一面を見せてくれているように思えた。
「あったあった。えーっと……ア、カ、ギ、ヒ、ジ、リ……と。んー……やっぱり、日本版だからミドルネームは登録されないのか? まあ、良いけど」
ハンドルネームがヒジリのミドルネームである「K」を抜いた本名のそれになっている事を確認すると、次の項目へと進める。
アバターの確認ページに移るとコンソールとディスプレイがヒジリの右側へと移動し、目の前に全身を映すための姿見のような鏡が出現した。
そこにいたのは、オールバックの黒髪を下ろした、男性にしては少し長めの髪を持つ青年の姿だった。
服装は予めインプットされている組み合わせがランダムで選ばれているのか、トップスは白いシャツの上に黒いブルゾン、ボトムスは濃い目のジーンズというスタンダードなものが自動的に着せられていた。
「凄いな、ここまで完璧に再現されてるのか。これじゃ、"仮想現実"って言う言葉もあながち嘘じゃないな」
そんな素直な感想を口にしながら、ヒジリは右側に移動しているコンソールを操作し、項目を次へと進める。
コンソールとディスプレイが元の位置へとスライドし、今度は初期選択時のモビルスーツ――――俗に言う、4機の初期機体を選択するためのページへと移行した。
そこに映るのは"MS-06F ザクⅡF型"、"RGM-79 ジム"、"GAT-01 ストライクダガー"、"ZGMF-1017 ジン"の4機。ファーストと呼ばれる事もある初代ガンダムにおける代表的な量産機と、平成のファーストガンダムとも呼ばれるガンダムSEEDにおける代表的な量産機だ。
「やっぱりこの4機が妥当なところだよな。変に癖のある機体を初期機体にされても困るだけだし」
機体のバストアップサムネイルの下に型式番号、機体名が表示され、それが横に4つ並んでいる状態のそのページの、一番左端に存在するサムネイルを、ヒジリは呟きながらコンソールを操作して選択する。
「でもまあ、俺としちゃ"コイツ"一択なんだけどさ」
マニュアルを渡された頃から決めていたし、とヒジリは心中で続けながら、機体の詳細ステータス画面が表示されていた事すら気にせず、コンソールのエンターキーを軽く叩いた。
Yes/No形式の最終選択ウィンドウが表示されるが、それすらエンターキーを叩いて飛ばす。ヒジリの表情に、一切の迷いはなかった。
どの道ステータスなど後でどうとでもなるのは分かっているし、そもそも他に選択肢など考えていなかったのだ。
「初期配備機体を決定しました。ようこそ! GBWFの世界へ」というありがちな文章と共に、先程選択した初期機体のサムネイルが画面の中央へと表示される。
そこに映る"MS-06F ザクⅡF型"の画像に、思わずニヤつきそうになる顔を表情筋に力を入れて抑える。だが、この胸の底から湧き上がってくる期待感と高揚感は抑えようがなかった。
そして、再びヒジリの視界は白に包まれる―――――。
***
ヒジリが瞼を開くと、そこは様々な計器類と操縦桿、そして外部を映し出すモニターに囲まれた少々狭っ苦しい空間の中だった。
起動してはいないのか、前面と左右を囲むモニターは暗色のままだ。
光る計器類と空間の各部に数か所設けられた照明が光源となり、その空間内を照らしていた。
「ここは……。え、もしかしてここって"ザク"のコックピットの中か? マジでそうなのか!?」
先程、初期機体として選択した"MS-06F ザクⅡF型"のコックピットらしきその空間に座るヒジリは、思わず感動のあまり声を上げた。
自らへの確認も兼ねたそれに応えているかのように、計器類のチェックランプは未だ点灯や点滅を繰り返していた。
「すごいな……。夢にまで見た"ザク"のコックピットそのままだ」
緻密に再現されたコックピットを見回し、操縦桿を握り締めると、その硬い感触に頬が緩む。
「はぁ……、なんか感動と興奮が混ざり合って、溜息が出てくるな……」
感嘆の言葉が、溜息と共に吐き出された。
手に握った操縦桿を前後に動かすと、小気味よくも重たい稼動音がコックピットに響く。それだけで、ヒジリは楽しくて仕方がなかった。
それだけでなく、背中いっぱいに広がる、少し固めのシートの感触さえも新鮮で彼の心を喜ばせた。
「コックピットだ。ガンプラバトルの操作システムとは違う、本物の――――いや、仮想現実なんだけど、正真正銘モビルスーツのコックピットなんだ」
笑みを浮かべながら、ヒジリはシートに背中を預けて深く深呼吸をする。
パイロットスーツではなく、アバター作成時にランダム選択された服を着たままで、胸いっぱいにコックピットの空気を吸い込む。すると、どことなく新品の機械の臭いがして、それが何故か良いものに感じられた。
目を瞑り、コックピットの空気で仮想の肉体に宿った二つの肺を満たしているヒジリの耳に、甲高い通知音が聞こえてきた。
「ん、これは……」
ヒジリが瞼を開くと、前面モニタに映る通知文が目に入った。
今搭乗しているモビルスーツの起動を促す内容が書かれたそれに従い、前面に配置されたスイッチの一つを軽く押し込んだ。
すると同時に暗いままだったモニタに光が灯り、コックピットの中に重く静かなジェネレーターのものらしき駆動音が響き始めた。
「少し通知が来るのが遅かった気もするけど、ラグかロードだったのか?」
コックピットへと彼の体が移ってから、通知が来るまでの時間の差に訝しさを感じるも、ヒジリはそれに結論をつけて前を見やる。
「……!」
そこに広がる光景に、ヒジリは驚きの表情を浮かべた。
先程の設定用空間の事を鑑み、てっきり先程のような仮想空間が現れると思っていたヒジリの目の前には、アニメや漫画だけでなく、ガンプラバトルでもよく見知った軍事基地が広がっていたのだ。
そこがシリーズで登場したどの基地なのかは分からないが、コンクリートで舗装された地面や滑走路、モビルスーツ用に建てられた巨大な格納庫に、管制塔や宿舎棟と思われるような施設に至るまで、紛れも無くモビルスーツの使用を前提に建設された基地のそれであった。
ヒジリが左右に忙しなく目線を移動させ、モニタに映る基地の姿を目に焼き付けていると、そこに先程と同じ通知音と共に通知文が表示された。
チュートリアルの開始を示す文章に目を通すと、その内容通り前面コンソールを操作して説明を進める。すると機体の操縦方法の幾つかが図と共に表示され、さらに進めるとそこには機体の操縦を促す内容が記載されていた。
「さて、いよいよコイツを動かせるんだな、っと……」
軽く舌舐めずりをすると、ヒジリはゆっくりと、放していた操縦桿を握りしめる。改めて、手の中に広がる操縦桿をその感触を確かめ、次に両足をフットペダルに軽く添えるようにして乗せた。
それはまさに、車のアクセルペダルを使う足のようにも思えた。だが、少なくとも、機体の移動と制動を制御する部分であるのだから、案外車と同じようなものなのかもしれない。
特に意味のない事を頭の中で考え、しかしすぐにヒジリは意識を機体へと向ける。
「さあ、ちゃんと立ち上がってくれよ……!」
ヒジリはコンソールスイッチと操縦桿を操作し、"ザクⅡF型"に動作を伝える。するとコックピットに振動が伝わり、モニタに広がる景色の目線の高さが倍以上に増した。
"ザクⅡF型"が膝立ちの状態から立ち上がったのだ。その事に何度目か分からない感慨を覚えながらも、
「よし、いい子だ……」
自らの操縦に応えてくれた"ザクⅡF型"を褒めるかのように言葉を零すと、ヒジリはさらに操縦桿を押し込むと、同時にフットペダルを踏み込んだ。
ジェネレーターが僅かに唸りのボリュームを上げ、機体が一歩、また一歩と脚部を踏み出して歩き始める。
心地よさすら感じるそのリズム感のある振動が速度を上げていくのを感じ、ヒジリは声を上げた。
「行くぞ、"ザク"――――!」