三度目の正直というのとは違うだろうが、三度目の空間転移を経験したヒジリは、目の前に広がる光景を置き去りにして、「今日だけで何回バ○スを体験したんだろうな」などと他愛のない事を考えていた。
昔はテレビのロードショー番組などでよく目にする事のあった作品だっただけに、まさか自分がリアルバ○スを強制的にこの体に一日に三度も叩き込まれるなどとは思いもよらなかったのだから、無理もないのかもしれないが。
「でもバ○スとは違うか? これはどちらかというと―――――って、いやいやいや、そうじゃなくてだ……」
頭を左右へと振り、改めて目の前の光景へと思考を戻す。
ヒジリが光の中から目を覚まし、認識した最初の光景は綺麗に整備された都心部にあるような広大な公園と、行き来する多数の人の群れだった。
その公園は、しかしながら現実世界のそれとは違い、使われている技術がSF作品によく見られる近未来的なもので固められていた。
何インチあるか定かでない大きな電子掲示板に、ホログラム式案内図など、至る所で一度は体験してみたかった未来の技術が散見出来る事に、思わずヒジリの胸は高鳴る。
だが、近未来的要素が見受けられるのは何も公園の中だけではなかった。
「はー……、すっごいな……。未来だ、未来に溢れてるぞこの世界は」
独り言を呟くヒジリの視線の先には、立ち並ぶビルの群れがあった。
そのどれもが近未来的で先鋭的で、そしてどこか映画や漫画で見たことのあるようなデザインをしており、それがヒジリの顔を呆けさせる要因となっていた。
「おっと、いかんいかん。こんな姿を知り合いに見られたら、なんて言われるか分からないからな。シャキっとしろ、シャキっと。上京してきたばっかの田舎者じゃないんだから」
エニアクル辺りに見られたら何を言われるか分からない。そんな表情で自分の頬を軽く叩くと、ヒジリは視線を公園へと戻す。と、そこである事に気がついた。
「あれ、あの人達の頭の上にあるのは……」
ヒジリの目前を行き来する人々の、その内の何人かの頭上にカーソルのような何かが浮かんでいた。
それはよく見れば文字の羅列であり、その者達の名前を表しているのだと分かった。
そういえば、とヒジリは事前に渡されたマニュアルに書いてあった記述を思い出す。ノンプレイヤーキャラクター――――通称NPCとは違い、プレイヤー達が操作しているアバターには頭上にその者の名前と陣営を示すアイコンが浮かぶとあったはず。彼が見ているのはつまりはそれなのだろう。
「って事は、俺の頭にも浮かんでるんだろうなあ。アレ……」
想像すると少し間抜けな感じもしたが、それこそゲームの仕様なのだから考えても仕方がない。
「それにしても、今はどこなのかが知りたいところだな」
ジーンズのポケットを弄り、その中にいつの間にか収まっていたスマートフォン型の携帯端末を取り出す。
細部にまでリアリティを求めているGBWFにおいて、メールや通話は無論の事、アバターのステータスや保有アイテム、そして機体の所有台数に至るまで、この携帯端末で操作する事になっている。これはゲーム上の設定の変更やログアウト操作なども同様であり、それ故に公式HPやマニュアルなどでも公開し解説がされている情報であった。
ゲーム開始前に事前に説明も受けるはずだし、付け加えればヒジリが飛ばしてしまったチュートリアル画面内でも説明されているものであったりもする。
端末のロックを解除し、マップアプリを立ち上げる。手順自体は現実世界におけるスマートフォンのそれと同じため、それ程苦労もなく操作が出来た。
「えーっと……、今俺がいるこの街は"アクネスタ"、ね。確か、ゲーム開始時に初期配置される街の一つだっけか」
マップアプリに表示された現在地の情報に、ヒジリはマニュアルを読んで事前に仕入れていた情報を頭の中で照らし合わせる。
全世界規模で同時開催される事となったGBWFでは、100万人以上ともされるプレイヤーを捌くために、チュートリアル終了後転移させられる街がランダムで決められる事になっている。
これはアバター作成時に自動的に割り当てられる宇宙、地球の二陣営も関係しており、宇宙陣営に割り当てられた者はコロニーや月面都市などに、地球陣営に割り当てられた者は地球内に設定された都市に飛ばされる事になるのだ。
「"アクネスタ"は地球の……確か位置的にはヨーロッパ方面だとか書いてあったから、つまり俺は地球サイドって事か」
自分のステータスを確認することなく、自分の割り当てられた陣営が判明し、ヒジリは一人得心する。
「って言っても、それがどうゲームに関わってくるのかはよく分かんないんだけどさ……」
陣営が違えば、初期に配置される街も違う。さらに言えば、大気圏内なのか、大気圏外なのか、その点が違ってくるのだ。宇宙では宇宙特有のゲームの動き方が、地球では地球特有の動き方というものも異なってくるのだという事は何となく想像もついたが、それ以外は、出現する敵MSが異なる程度の事しか思い浮かばなかった。
「しっかし、この公園ってどっから出れば良いんだ……?」
自分の初期位置となった公園を改めて見渡して、その広さにヒジリは端末を片手に辟易する。。
マップアプリには地名や公道の情報はあっても、公園内の通路は全くと言って良い程に表示されていなかったのだ。
アプリ内でスワイプやピンチイン・アウトをしてみたり、設定画面を開いてみたり、色々と操作してみたものの状況は変わらず、ヒジリはこれ以上の情報取得を断念する。
「仕方ない。素直に案内図を使うか……。とりあえず出てしまえば後はどうとでもなるだろ」
ヒジリは端末をポケットへ収めると、先程目をつけていたホログラム式の案内図へと足を運んだ。
「せめて、初期位置の周囲の情報くらいは煮詰めといて欲しかったよなぁ。ある意味このゲームはまだベータ版みたいなものだってのも分かってるけどさ」
案内図の前に着くと、まず現在地を探す。暫し視線を巡らせ、赤いマーカーの付いた現在地の表示を見つけた。
「あったあった。ここがこうだから、って事はえーっと……ここをこうして……」
一人案内図と睨めっこしながら唸る公園内のヒジリの隣に、不意に近づく影があった。
「すまない、隣に失礼するぞ」
「え? あ、あぁ、どうぞどう……げぇっ!?」
謝罪を挟みつつ並んだその影を見たヒジリの表情が、その瞬間まるで嫌なものでも見てしまったかのように一変した。
僅かだが後ずさり、まるで蛇に睨まれた蛙のように動きが止まる。
しかし、ヒジリのそのリアクションも無理はないだろう。何せ、
「なんだ、その反応は……。もしや、何か失礼をしてしまっただろうか?」
彼の視線の先で、こちらを怪訝そうな顔で見つめているのは、つい先刻―――――GBWFにダイブする前、"四代目メイジン・カワグチ"としての彼に宣戦布告をしてきたイリーナ・エイゼンシュテインその人だったのだから。
薄水色のパーカーに、これまた薄めのホットパンツという、彼女のスタイルを考えると少し際どい臭いのする出で立ちだったが、それで彼女の強気なイメージがヒジリの中から払拭される訳はなかった。
「い、いえ、何でもないです。少し知り合いに似ていたんで、つい。はは……」
「ふむ、そうか。まあ、世界には自分と似た顔の人間が3人はいると言うしな。それならば仕方あるまい」
腕を組み、イリーナは一人納得した様に頷く。
その際、彼女の保有する質量兵器であるところの豊満な胸部パーツが、細い両腕に持ち上げられるようにして強調されていたのだが、目前の相手は自分に対し宣戦布告をして来た過去を持つのだから、ヒジリはそれどころではない。
「は、ははは……そんな感じです。急に驚いちゃってすいませんでした。じゃあ、俺はこれで……」
我ながら下手な言い訳だったが、案外すんなりと納得してくれたようだ。「誰にでもこんな口調なんだな……」などと内心で思いつつも言い訳が通った事に安堵し、ヒジリはそそくさとその場から退却を図る。
「ちょっと待て」
「……へ?」
が、その行動は失敗に終わった。
横から伸びたイリーナの手が、ヒジリの肩をがっしりと掴んで離さないのだ。女性ながら、中々に強い握力である。ヒジリの背筋を冷や汗のエフェクトが伝った。
「な、何でしょう……?」
「少し聞きたいことがある。君は―――――」
イリーナの言葉に、ヒジリの背筋を伝う冷や汗の量が増加する。
もしや、自分の正体に気づいたのか? メイジンの時は声を作ってはいるけれど似てるし、やっぱりバレるか? だから一人で喋ってるところに近づいてきたのか? そんな想像が脳裏を過ぎる。
例え正体がバレようが、それでイリーナにヒジリ自身の生殺与奪権を握られたりする訳ではないが、また絡まれる事になる事を思うとそれはぜひ避けたいところだ。
一瞬の内に脳内で思考を済ませ、イリーナの言葉を待つ。一秒にすら満たないその時間が、ヒジリにはやけに長く感じられた。
「――――このゲームで、その……まずは何をすれば良いのか、知っていたりはしないだろうか?」
しかし、彼女の口から出てきた言葉は、そんなヒジリの嫌な予想をいい意味で裏切ってくれるものだった。
「え、あ……まず何をすれば良いか……ですか?」
若干呆気に取られそうになりながら、ヒジリはイリーナの質問に言葉を返す。
「そうだ。私事ではあるのだが、昔からガンプラ作りとガンプラバトルばかりに夢中になっていてな。どうにも、こういったゲームにおけるセオリーというか、なんというか、そういった物が分からないんだ」
「あー……なるほど。そういう事ですか」
「そういう事だ。で、このGBWFではまずは何をするべきか分かるか?」
「んー、そうですね……」
腕を組み、顎に手を当て考えこむ。
ヒジリとて、イリーナに対して口にはしていないが、幼少期から同じようにガンプラ作りとガンプラバトルに明け暮れており、テレビゲームの経験自体それほど豊富ではないのだ。
人気タイトルは幾つかプレイした事はあるが、その程度である。それでもイリーナよりかはマシかもしれないが、それもゲーマーと呼ばれる人種には及ばない。これでは、イリーナの経験に毛が生えた程度と言っても良いかもしれないだろう。
しかし、ここで上手い返答を思いつけば今のこの、イリーナ・エイゼンシュテインに絡まれゲームについて質問をされる、などという状況から脱する事が出来るかもしれない。
そう考えたヒジリの脳内活動は素早かった。ガンプラ作りの際と同等とも思える程に自らの頭脳をフル回転させ、数秒と経たない内にイリーナへのナイスでグッドな返答を思いつく。
「まずは、やっぱりクエストじゃないですかね? ほら、練習とゲーム内マネー稼ぎと経験値稼ぎが出来たりしてお得じゃないですか」
「クエスト、か……。確かに、操縦に慣れるというのは必須事項だな。金銭が必要になるというのなら、それを同時に手に入れられるというのも魅力的だ」
「でしょ? だから、まずは……あった。このクエストセンターってとこに行ってもらえれば良いんじゃないですか? 場所も近いですし、ローカルクエストの受注方法なんかの説明も、たぶんここで受けられるはずなんでその方が良いと思いますよ。それに――――」
案内図の北側、公園の外側に位置する場所に表示されたクエスト紹介施設のアイコンを指差しながら、 ヒジリは横顔を見せるイリーナに進言する。
美しくラインの整った顎に手を当て、イリーナは考え込むようにその提案に思考を揺らした。
この提案はヒジリにとってのメリットであるところの、イリーナ・エイゼンシュテインから退避するという事実を隠しての発言であるのだが、実際の所非常に的を射たものである事には間違いはないのだ。
どんなゲームにおいても、初心者に必要とされるのはそのゲームの慣熟度と金銭、そしてプレイヤーアバターの経験ポイントである。
習熟、慣熟はゲームをプレイしていく内に程度の差はあれどプレイヤー全てが行えるが、これが早いに越したことはない。そのゲームに慣れていけば慣れていく程、金銭と経験値を稼ぐための効率は増すし、一度に得られる量も増加していくのだ。
結果、GBWFにおいては欲しいMSやパーツを入手するための時間は短くなり、プレイヤーのレベルも上がり、NPCショップに並ぶだろうアイテムも追加されていくと、いい事づくしなのである。
以上の事柄の中からヒジリにとって不要で不都合なファクターを排除した内容を手早く説明し、彼は深呼吸するように一息を吐いた。
「――――という事なんですよ。だから、イリーナさんはまずクエストセンターに行ってください。それがきっと最良の選択のはずですから」
「そうか。君がそこまで順序立てて詳しく解説してくれるのなら、きっとそうなのだろう」
腕を組み、イリーナは続ける。
「よし、では私はまずこの場所に行くことにしよう。現在地から見ても、それ程遠くはないようだしな」
「ええ、そうしてください」
「ああ。……すまなかったな、見ず知らずの君を足止めをさせてしまった」
「いえいえ、日本じゃ"困ったときはお互い様"って言葉もありますから、気にしないでください」
イリーナからの謝罪の言葉に、ヒジリは苦笑で応える。なるべくイリーナに絡まれるのは避けたいのは事実だったが、その言葉は彼の本心だった。
「……その精神は、日本人の美徳というヤツなのかもしれないな」
そう言って柔らかに微笑を浮かべるイリーナを、素直に綺麗だとヒジリは思った。
彼女から突然声をかけられた時には、内心で渋面を浮かべてしまったが、この笑顔が見られたのならこうして質問に応じた事すら悪く無いと思えてしまう、それ程の美しさをイリーナ・エイゼンシュテインの微笑みは秘めていたのだ。
ただし、普段からそうして笑っていればと思ってしまうのは、彼女の性格を一度とは言え身を持って体験したヒジリにとっては致し方ない事なのだろう。
「かも、しれないですね」
「きっとそうだろうさ。……さて、これ以上は長話になりそうだ。私はこれで失礼させてもらう」
「はい。えーっと……、お達者で?」
「ふふっ、なんだそれは。……お互いにな」
振り返り、そうしてイリーナは去って行く。
長いようで短い、短いようで長いその邂逅が終わりを告げようとして、しかしそこで彼女は何かを思い出したかのようにして立ち止まり、ヒジリへと振り向いた。
「そうだ、これも何かの縁だからな。良ければ、フレンド登録とやらをさせてくれないだろうか? このゲームをプレイしている知り合いが、私には余りいなくてな……その、君が良ければ、なんだが……」
徐々に尻すぼみになっていくイリーナの、どこか申し訳なさそうで、恥ずかしそうな表情に、ヒジリの胸が何故か高鳴る。
いつも眉に皺を寄せて、他人との壁を作って、少し笑顔を見る事は出来たけれど、それでもやはり気が強いとばかり思っていた彼女のそんな表情を見てしまったら、フレンド交換をして欲しいという彼女の頼みを断るという選択肢など、ヒジリの頭の中から消え去ってしまっていた。
別に、彼女の事が好きになってしまったからだとか、そういう理由がある訳ではない。ただ、アカギ・ヒジリという人間が、少しばかりの罪悪感がきっかけとして、彼女への謝罪の気持ちを行動で示してやりたいと思っただけなのだ。それだけのはずなのだ。
だから、ヒジリの応えは早かった。
「……携帯」
「え……?」
「イリーナさんの持ってる携帯、取り出してください。たぶん、"フレンドリスト"ってアプリで登録が出来るはずですから」
肯定の意を言葉に込めて、苦笑交じりにヒジリは返す。
「い……、いいのか……?」
「良いですよ。俺も、イリーナさんみたいな綺麗な人とフレンドになりたいと思ってましたし」
携帯を取り出しつつイリーナへと近づき、ヒジリは再びの問いに快く答えた。
実際、イリーナ・エイゼンシュテインという女性が魅力的な外見をしているのは確かだったし、ヒジリ自身綺麗で可愛い女性は健全な男子として大好物である。
それに、彼自身世辞といったものがあまり得意な方でなかった。良くも悪くも、自分の思った事に素直な性格なのだ。
だから綺麗な女性には臆せず綺麗だと言うし、可愛い女性には可愛いと言ってみせるのだが、そんな彼の軽い気持ちとは裏腹に、俯き気味になってホットパンツから携帯を取り出そうとしていたイリーナの顔が真っ赤に染まっていた。
それに気づかず、ヒジリは一足先にアプリを立ち上げ、イリーナを検索して、フレンド登録の申請を飛ばしてみせる。
「これがこれで……、よし。これでそっちにフレンドの申請が飛んだはずですよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれっ! 今確認するから……」
最初こそ慌てた様子だったが、イリーナは徐々に手慣れた動作で端末を操作し始めた。
特に躓くこともなくヒジリから送られてきた申請の承認操作を進めてるようで、それ程間を空ける事なく承認を済ませた彼女の視線が、端末からヒジリへと移った。
これも設定用の装置をスマートフォン型端末にした恩恵なのかもしれない。
「よしっ、出来たぞ! 確認してみてくれ!」
「はいはい、っと……」
いかにも早く見てみてくれと言わんばかりの表情のイリーナを尻目に、アプリ内のフレンドリストを開いて彼女の名前の有無を確認する。
当然の事だが、リストの一番上にはイリーナ・エイゼンシュテインと、彼女の名前が登録されていた。
「これで良し。ちゃんと登録出来てるみたいですね。たぶんそっちにも反映されてるはずかな」
「私も確認した。その、……ありがとう」
「こっちこそ、どう致しましてですよ」
微笑みを浮かべたヒジリを見たイリーナの頬が、再び薄い朱色に染まる。慌てて視線を逸らしたイリーナは、自分の顔の火照りを隠すかのように、端末を羽織っていたパーカーのポケットへと仕舞った。そして、一つ咳払い。
「その、また時間を取らせてしまったようで、すまなかった。これで私と君は……フレンドという事で、良いのだろうか……?」
「ええ、フレンドです。だから、また何か困った事があったら連絡してください。俺達はもう、友達ですから」
「そうか……そう、だな。ああ、また何かあった時は、よろしく頼むっ! それじゃあ、今度こそ……またな!」
凛々しさの残る綺麗な顔に笑顔を浮かべ、後ろ歩きでゆっくりと、イリーナはヒジリから離れる。
手を振り、そうしてイリーナは再び振り返ると、駆け足で去って行く。
結われてもなお腰まで届きそうな長い髪を揺らし、遠くなっていく彼女の後ろ姿を見つめながら、ヒジリはどこか感慨深い感情を味わっていた。
「またな、か……」
その言葉にどれ程本心が込められていたのかは、ヒジリには分からない。
彼女にとっては普段から使うような、それこそ他愛のない社交辞令にも似た言葉だったのかもしれないし、また機会が出来たら会えたら嬉しい、などという程度のものだったのかもしれない。
きっと、後者なのだろうとヒジリは思う。ヒジリが彼女の立場だったらそう言うし、そう思うからだ。それはヒジリだけではないだろう。他人と触れ合う機会が多い人間なら、誰しもが一度は思うはずだ。
ただ、そんな些細な言葉を悪くないと思ってしまう自分がいるという事を、何故だかすんなり受け入れる事が出来た。
「まあ、"ヒジリ"としてならまた会うのも悪くはないかも……しれないな」
彼女と先程のように話してみるまで、少しばかりの苦手意識を持っていたはずであるというのに、そんな言葉が口から零れ出てしまうのが、少しだがおかしく、そして可笑しかった。
「さて、それじゃ俺も行くとしますか」
気持ちを切り替え、ヒジリも案内図から離れて歩き出す。
ひとまずこの広い公園から出なければならないだろう。そのために辿る必要のあるルートは、イリーナと話しながら頭の中にインプットしておいた。迷わなければ、10分とかからないはずだ。
そうして歩き始めたヒジリの表情は、心なしか嬉しそうだった。