オトハ、ミユと別れたヒジリは、幾つかの横断歩道を渡り、幾らかの道のりを歩いた後、お目当ての場所であるパーツショップの前へと到着していた。
チュートリアルでの戦闘の際、機体の挙動の重さや反応の鈍さを感じていた時から、真っ先に機体を強化する事の出来るパーツやマテリアルを販売しているNPC運営のこのショップへ行く事を決めていたのだ。
入り口頭上に設置された電子看板を見上げていたヒジリは、意を決したように店舗の自動ドアをくぐる。
NPCだろう店員からの挨拶に思わず首の動きだけで一礼し、改めてここがゲーム上に構築された世界だという事を思い出して、現実世界での人への礼節がNPC相手ではそれ程重要視されないという事実に微妙なやりづらさを感じ、頭を掻いた。
そうして客のまばらな店内を歩き、そこに陳列されているラインナップがどんなものかを確認しながら、ヒジリは明確なデジャブを感じる。
(こりゃ、まんまプラモ屋のそれだな。違いは関節パーツ、ディテールアップ用パーツ、それにパテ類みたいな改造用のものしか売ってないって事くらいか)
丁寧に整頓され、袋に入れられた商品の数々を見渡す。
よくよく見ると、商品にはそれぞれ汎用品や専用品などがあるようで、中には"ザク"シリーズ限定とラベルに表記されているパーツだけが並んだコーナーもあった。
それを見つけたヒジリは、透かさずコーナーの前を陣取ると、目前に並ぶ商品の数々の吟味を始めた。
「流体パルスシステム搭載型関節……いや、これは元からジオン機に搭載されてるヤツだろ……。えーっと、他にはマグネットコーティング型まであるのか。お、スパイクも専用品が……って、オリジン版みたいにバズーカをシールドに携行させられるマウントまで!」
心の琴線に触れるようなパーツが数多く見つかり、思わずヒジリは興奮混じりにパーツの入った袋を取っ替え引っ替え漁り尽くす。
そうこうしている内にお目当てのパーツを幾つか見つけると、付近に重ねてあったカゴへと放り込みレジへと向かった。
NPCの店員の定型文的な対応に苦笑しつつも端末を使い、お財布携帯のように精算を済ませると、店員にパーツを個人ストレージへと転送してもらい外へと出る。
「いやー、買った買った。予想以上にラインナップが良くてアカギさんウハウハですよ」
手ぶらのまま、ヒジリは店舗前で笑う。
「しっかしまあ、買い物したって実感は薄いかもしれないなコイツは」
買い物をしたというのに財布を開くこともなければ、商品の入った袋も持っていない事に違和感を感じていたヒジリは、思わず両手を胸の高さで開閉させてしまう。それは確かに不思議な気持ちではあったが、何時までも店前に留まっていても仕方ないと思い、ひとまず行く先も特に考える事なく歩き出した。
端末を取り出し、先程購入した『流体パルスシステム搭載型関節』と『スラスターノズルB』の情報が反映されている事を確認する。
予算の都合もあり、その二つしか購入する事が出来なかった事が多少なりとも悔やまれるが、ヒジリとしては個人的に選りすぐりのパーツであると言えた。
「これで少しは、機体の動作もマシになってくれると良いんだけど」
そうして端末をポケットへと収めると、ヒジリは顎に手を当て小さく唸る。
チュートリアルの際から考えていた目的も済ませてしまった以上、一時的とは言えやる事がなくなってしまったのだ。このまま機体の強化が行えるというワークショップ――――工作室へ向かうのも良いが、その前にこの仮想世界の街をもう少し観光してみたいという気持ちもあった。
「どうしたもんか……。このまま観光ついでにランチと洒落こんでも良いし、それこそモビルスーツを売ってるショップに足を運ぶのも良いな。いや、何ならもう少しパーツを買うための資金集めにクエストにでも……」
やりたい事を脳内で幾つか浮かべ、どれから先に実行しようかと思考する。
あれも良い、だがそれをする前にこれが、いやそれよりも……などと逡巡しながら歩いていたヒジリの携帯端末が、そこで突如として震え始めた。
「あれ、マナーモードにはしてなかったはずだけ、ど……」
ポケットの中で振動を続ける端末を不審に思い、ヒジリは端末を再び取り出す。
そうして画面を点灯させようと電源ボタンへと指を伸ばしたその時だった。
端末のタッチパネルに砂嵐が走ったかと思うと独りでに画面が点灯して、そして――――
《諸君、静粛に聞いてもらいたい。私はアデルルート・リベオノール。このGBWFの開発主任だ》
――――取り出した端末のタッチパネルに砂嵐が走ると、直後白衣を着た男の姿が映し出された。
いや、ヒジリの端末だけではない。建物に設置された大型ディスプレイや店頭のテレビ、周りのプレイヤー達の端末にも男の姿が見て取れる。どこを見ても、男の姿が目に入る状態だ。
開発主任を名乗ったその男は、黒の空間を背景にして立っており、両手を大きく広げていた。
《恐らく、突如としてこんな映像を流されてプレイヤーである諸君は困惑しているだろう。驚愕している者もいるかもしれない。だが、私にとってそれは瑣末な事であるから、失礼だが無視させてもらう。さて、早速だが本題だ》
手を下ろし、更に男――――リベオノール開発主任は続ける。
《君達には、この世界で生死を懸けた戦いを行ってもらいたい》
その言葉に、ヒジリは一瞬息が止まりそうになった。周りにいるプレイヤー達も同様か、もしくは困惑の声を上げている者もいる。だが、そんな彼らの姿を知る由もないリベオノールは淡々と言葉を紡いだ。
《生死、というのは無論ゲームシステム上の擬似的な生き死にの事ではない。ゲーム内での死亡は即ち現実世界での死を意味し、逆に言えばゲーム内で生きている限りは現実世界でも生きていられるという事になる。ただし、食事や水分補給はしてもらわなくてはならないがね。それから、ログアウトも出来なくさせてもらった。君達に、このデスゲームを選ばないという選択肢はないのだよ》
リベオノールは中指でブリッジを持ち上げかけている眼鏡の位置を直すと、画面外にあるらしき何かを操作した。すると、画面が切り替わり"コクーンポッド"に繋がれた見知らぬ少年の姿が映される。角度や画質の粗さから、会場内に存在する監視カメラの映像を利用しているようだ。
それを見たヒジリの脳裏を、嫌な予感が駆けたような気がした。
《今映っている彼は、ゲーム内で戦闘区域でモビルスーツに乗り戦闘中だ。その状況は芳しくなく、追い詰められていると言っても良い》
まさか、とヒジリは思う。
リベオノールの言葉は、察しが良ければ遠回しに「画面に映っている少年は今にも死ぬかもしれない状況だ」と言っている事が分かるだろう。その事に対して、まさかと思ったのだ。
そんなはずはない。リベオノールの言うように、画面に映る少年が死んでしまうような出来事など起こる事はないと、そう否定したかった。
だが、現実は非常で……―――――少年の体が一瞬痙攣したかのように跳ねたかと思うと、心電図の甲高い電子音が途切れることなく鳴り続けた。
直後、画面はまたリベオノールを映し出す。
《映像を見ていた諸君はもう察してくれたと思うが、先程の彼は敵に追い詰められ、コックピットをビームサーベルで貫かれて撃墜された。ゲーム上の彼は恐らく私の流すこの映像を聞きながら、もしくは見ながら一瞬の内に蒸発しただろう。同時に、ポッド内の彼の命も絶たれた訳だが……》
こちらを見つめるリベオノールの口元が、微かにつり上がる。
《ここまで見て、それでも私の言っている事が嘘だと思う者がいるのならば、一度ログアウトポータルへと足を運ぶと良い。端末の画面から、ログアウトという項目が消えているはずだ》
その言葉に、ヒジリは目を見開いた。嘘だと心で考えても、先程の映像が脳裏を過ぎる。
痙攣していた少年のあの動きは、やろうと思って意図的に出来るものではない。少なくとも、ヒジリには無理だ。だから、あの映像は事実であって、本当にあの少年は死んでしまったのだと頭のどこかで自分自身に告げていた。
「くそ……!」
その自分自身が持つ疑念を晴らすため、彼は振り返りポータルへと走り出した。
同様にポータルへと急ぐプレイヤーの脇を追い越し、時には呆然と佇むプレイヤーを躱して、走る。そこに距離の概念はなかった。ただ、ポータルに着くまでの時間が嫌に長く感じられた。それはきっと他のプレイヤー達も同じだっただろう。
一刻も早く事実を知りたい。確認したい。けれども、同時にリベオノールの言う事が本当だったら、絶望の淵に突き落とされる事になる事実を知りたくない。
相反する感情を胸に押し留めながら、辿り着いたログアウトポータルの一つを見て、ヒジリの淡い希望は粉々に打ち砕かれる事となった。
「なんだよ、これ……」
ヒジリが辿り着いたログアウトポータルには、すでに大量のプレイヤー達が集まり、巨大な人混みが形成されていた。
見渡す限り、このポータルの周りだけでも300人はいるだろう。その全てが、ログアウトポータルを確認するためにこの場所に来ているのだ。背筋を嫌な汗が流れる感触が走ったような気がした。
「これが全部順番待ちなのか……?」
最早順番待ちの列など無いにも等しいその状況を見て、無駄な呟きが零れる。
全員が設置されている専用端末を確認しに来たはずだが、何故だか彼らは一向に動きを見せる様子がない。
初めて触るだろう専用端末から、ログアウト画面を開くのに多少の時間がかかっているとしても、それにしては時間がかかりすぎている。
不審に感じたヒジリは、てポータルの様子が見える場所まで進むために人混みの合間を縫って前へと躍り出た。普段なら割り込みとして文句を言われるだろうが、皆それどころではないらしく、何事もなく最前列へと到着する。
するとどうだ。皆、専用端末が設置されている専用ボックスに入ったプレイヤー達が出て来るのを待っているのか、そちらを見つめたまま微動だにしていなかった。
その状況が嫌な予感をさらに加速させ、ヒジリの背筋をまた冷や汗が流れる。
ログアウトが成功していれば専用ボックスの扉が自動的に開くはずだが、プレイヤーが内側から開ける事も当然可能だ。もし、プレイヤーが中から出てきてしまったら、その時こそリベオノールの言っていた事が事実だと認めるしか出来なくなってしまう。
「……頼む」
「出て来ないでくれ……」
どこからか、そんな声が聞こえた。
すでにリベオノールが流していた映像は止んでおり、辺りは静寂に包まれている。最後までその映像を見る事が出来なかったが、今となってはどうでも良い。今は、目の前にあるログアウトポータルの方が重要だ。
(嘘であってくれ……」
心の中でそう祈るヒジリが、カラカラに乾いた口内を潤すために分泌された唾液を飲み込んだ、その時だ。
「ひ、開くぞ!」
男の声にヒジリは視線を専用ボックスへと戻す。すると、直後に専用ボックスの扉が開き……。
「そんな……」
誰かの声と共に、中から顔を青ざめさせ、消沈したプレイヤー達の姿が現れた。
同時に、辺りはその姿を見たプレイヤー達の悲鳴や鳴き声、怒声に支配された。
ある者はへたり込み、ある者は両親の事を呼び、ある者は何事かを叫びながら駆け出していく。皆、それぞれに違った反応を見せているが、そのどれもが事実を知ってしまったが故の絶望から来る行動という事だけは共通していた。
「どうして、なんでこんな事に……」
目の前の事実にヒジリは、唖然とした表情を浮かべながら後退る。振り返り、よろよろとした足取りで人混みの中から出ると、突きつけられた事実から逃れるようにログアウトポータルエリアから離れた。
行く当てなどなかったが、ひとまず一人になりたかったヒジリはどことも分からぬ路地へと入ると、何かの店舗らしき建物の壁へと背をつけ、ズルズルと腰を落として座り込んだ。
もう、歩きたくはなかった。気持ちの整理をしたかった。
深く深く、意識的に呼吸をして、なるべく心を落ち着ける。そうして何度か深呼吸をした後、ふと思いついたように端末を取り出した。フレンドリストを開き、検索をかける。入力したユーザーネームは―――――ソラン・エニアクル。
「よし、見つかった……。頼むぜ……かかってくれよ……っ!」
フレンドリストからコールボタンをタップし、旧友へ通話を試みる。
耳元に当てた端末の通話用スピーカーから聞こえる呼び出し音は一度鳴り、二度鳴り、三度、四度……もう駄目かと思い通話を切ろうとしたその時、
《よう、昨日ぶりじゃねえか。"ヒジリ"》
友人である男の、聞き慣れた声が返ってきた。
《どうせかかって来るとは思ってたがな、それにしちゃ早すぎねえか?》
「ソラン、良かった……! 出てくれないかと思ったぞ……」
ひとまずの安心感に胸を撫で下ろし、ヒジリは何度目の大きな息を吐いた。
《そりゃ悪かったな。ポータル周りの人混みから抜け出ンのに手間取ってな。そっちも似たようなモンだろ》
「ああ。俺の行ったポータルは少なくとも同じだったよ。それで、やっぱりそっちのポータルも……」
《使えねえよ。ツヴァイのヤツからメールが来てたが、アイツのとこもダメだったらしい。こりゃあ、あのクソいけ好かねえ野郎の言葉が本当だと信じるしかないみてえだな》
状況に対してヒジリよりも冷静でいる様子のソランの言葉に、ヒジリの心は沈んだ。これで、ヒジリのいる街だけでなく他の街でも同様にログアウトが出来なくなっている事が確定したのだから、当然だろう。
そんなヒジリの心を知ってか知らずか、ソランは変わらない口調で続ける。
《ま、状況がこうなっちまったンだ。考え込ンでも仕方ねえだろ。とりあえず合流すンぞ。そっちは今どこにいンだ》
「あ、ああ……。俺は、今地球の"アクネスタ"って街にいる。たぶんヨーロッパ辺りのはずだけど」
《っつー事は……一番近くて楽にこっちに来れンのはAEUの"ラ・トゥール"辺りか?》
「有名なところはそれだな。ってか、俺は宇宙に上がるの前提なのね……。あと、合流するにしても、その合流場所はどうするんだ?」
ヒジリの問いに、ソランは暫し考え込んだ後、返答する。
《俺が今いンのがサイド3だからな、インダストリアル7辺りで落ち合うか》
「旧サイド5宙域か……。分かった、どれだけ時間がかかるのかは行ってみないと分からないけど、ひとまずそこで合流しよう」
《あいよ。……、切るぞ》
「あぁ。ありがとう、ソラン」
そのヒジリの言葉を最後に、ソランとの通話が終わった。
感謝の言葉を聞き取ってから切れた辺り、ソランもヒジリの心境を察していたのだろう。その不器用な気遣いが、今はありがたかった。
バックライトの切れた端末をポケットに収め、再び深呼吸をすると立ち上がって空を、そしてその先の宇宙を見上げた。
「理不尽な現実だけど、諦めるには早すぎるよな」
ソランとの会話で気持ちを落ち着け、己の中にひとまずの目標を定めたヒジリは、視線を目前へと戻すとゆっくりと歩き出す。
その顔つきは先程までとは打って変わり、そこに絶望の色はもうなかった。
これからどうなるか分からない。何が起こるかも分からない。彼の行く道が正しいのか、間違っているのかすら誰にも分からない。だが、それでも今は進むしかないのだ。
だからこそ、まずはソランと合流しよう。前へと向き直ったヒジリのその心に、もう迷いはなかった。
「待ってろよ、リベオノール。俺は諦めてなんかやらないからな――――」
この決意が、今後この広大な仮想の世界をどのようにして変えていくのか、それはまだ――――誰も知らない。