神経パルス接続である"i-G"と呼ばれるフルダイブシステムを使用した、バーチャルリアリティ型ゲームである"GBWF"。
その抽選型オープンベータテストの初日に、開発主任であるアデルルート・リベオノールの手によって、このゲームが文字通り生死を賭けたデスゲームと化してしまってから、すでに一ヶ月の時が流れていた。
唐突に突き付けられた過酷な現実に、プレイヤー全体を巻き込んだ大規模なパニックが発生し、陣営を問わず多数のプレイヤーがPKによる被害に遭い、犠牲者はすでに千人を超えるとされていた。
だが、PKはあくまでも戦闘フィールドでのみ発生するものであり、システム的にPKが制限されている中立地域や市街部などでは行われる事は絶対にない。
それはアカギ・K・ヒジリが滞在しているインダストリアル7でも同じであり、だからこそそこに住み、生計を立てるプレイヤー達は混乱の中でも平和に過ごしていた。いや、過ごそうとしていた。
「おっちゃん、このジェノアスの肩パーツって左右セットである?」
モビルスーツのパーツばかりが並んだ、とある店舗の中。
梱包された各種機体のジャンクパーツセットの並んだ陳列棚を眺めながら、レジで座ってタブレット端末でニュースを読んでいる顎髭の目立つ中年男性へと、ヒジリは常連特有の気軽さで声をかける。
NPCと違い、プレイヤーであるその中年男性はその声に視線を上げると、タブレットの画面をニュースから在庫表示へと切り替えた。
「確か、ジェノアスの肩アーマーはOカスタムでもない限り左右共通だったな。ちぃと待ってろ、あったはずだから、今確認してやる」
「ありがと。ソランのヤツに頼まれててさ」
仏頂面で端末を操作して膨大な在庫を確認する店主の男性に礼を述べると、ヒジリはまたパーツ漁りに戻る。
「アイツがか。確かこの前カスタムの方を手に入れてたろ。なんでまた?」
「ジェノアスカスタムの肩のままだと、細かな姿勢制御には向かないんだって」
「っつっても、ジェノアスのスラスターだと機敏なブーストはかけられないんじゃないのか」
「そこはまあ、色々とやりようはあるから、何とかするんじゃないかな」
「なるほどなあ……。お、あったぞ」
丁度会話の区切りの部分でお目当ての在庫を見つけた店主が、タッチパネルを何度かタップすると、レジのカウンターの上にジェノアスの肩アーマーが一つ、何もない空間から現れる。
それを見たヒジリはお目当てのパーツの入った袋を手に取ると、レジへと向かい携帯端末を取り出した。
「これこれ。こっちの袋のと合わせて買ってくよ」
「毎度あり。他に必要なモンはねえか?」
「大丈夫。また何かあったら来るから、その時はよろしく頼むよ」
「あいよ。そんじゃな」
携帯端末で精算を済ませると、ヒジリは店主からパーツデータを受け取り店を後にする。
ここ一月通いつめていた常連だからこそのフランクさだったが、その気軽さがヒジリには有難かった。無駄にかしこまられたり、下手に出られるのはそれはそれで面倒なものだ。最低限のコミュニケーションしか取ることの出来ないNPCなどは、それ以上に面倒だし、やり難い。
それが、ヒジリがこの世界で一ヶ月生活して来て抱いた感想だった。
現実世界と比べて便利な事も山のようにあったりする訳だが、結局のところそういった便利な部分で今いるのが仮想空間に構築された人工の現実だという事を実感させられて、溜息が出る事もあるのだから、やはり現実世界が一番なのだろう。
「さて、と……。頼まれてた物も手に入ったし、弁当でも買って帰るか」
領収書画面の映った端末を仕舞うと、途中にあるコンビニへ入り適当な弁当を二つ購入すると、改めて帰路に就く。
彼のいるこの世界は、人の手によって創られた偽りの仮想現実ではあるが、しかし食事や水分補給をしなければ生命を維持できないようになっている。いや、なっているというよりもそう作られていると言った方が正しいだろう。
リベオノールの講説の後、全プレイヤーの端末に配信されたアップデートで実装される事となったガイドデータには、GBWFの世界内での飲食や睡眠、そして排泄の必要性などがまず第一に書かれており、すでにゲーム開始から一ヶ月が経つ今となってはプレイヤー全体に周知されている。
どういったシステムでそれらの行為が現実の肉体にフィードバックされるのかは分からないが、必要だと言うのなら現実世界と同様に生活するしかない。
故に、ビニール袋に入れられた日本人向けのスタミナ弁当を揺らしながら、ヒジリは今日も借りているアパートへと帰るのであった。
インダストリアル7の住宅地エリアの中心部、比較的交通の便も良く、コンビニやショッピングモールも近い有料物件地域。
その一角に存在する、他よりも明らかに巨大な面積のマンションの前へと辿り着いたヒジリは、オートロック式自動扉の横に設置された認識装置に手を翳し、アバター情報を照合させると開いた扉の中へと入って行く。
賃貸式ながら強固なセキュリティと広大な居住空間を提供しているこの"エデン・ホームズ"が、ヒジリ――――正確に言えばヒジリ"達"がインダストリアル7に着いてから契約し、住んでいる現在の自宅であった。
ちなみに、一ヶ月の家賃は10万5000マニーである。
エレベーターのボタンを押して暫し待つと、降りてきたエレベーターのドアが開く。そこに乗り込み、内部の階数ボタンへと指を伸ばし、選択。選んだ階数は17階。この"エデン・ホームズ"は20階建てであるから、かなりの上階だと言えよう。その分、見晴らしの良さもあって値段は少しお高めなのだが。
そうこうしている内に目的の階に到着したエレベーターのドアが再び開き、ヒジリはエレベーターを降りる。
そこから数えて5番目の、1905と印字された扉の前まで歩くと、これまた傍らに備え付けられたセキュリティ用の認証装置へと端末を翳し、ドアのロックを解除。ようやく、自宅へと帰り着いた。
「ただいま、と……」
靴を脱ぎ、律儀に足先をドア側へと向けて並べながら廊下の方へと視線を投げる。
「ソランは……ああ、機体の製作中か」
幾つかあるドアの内の一つ、「In production」と表示された外付け式のデジタルプレートが備え付けられた部屋を見て、ヒジリは一人納得する。
製作中でも特に入室やノックが禁止されているという訳ではないのだが、邪魔をして相手の集中を途切れさせないというお互いの気遣いからか、そういったプレートを付けるようにしていた。
「必要なパーツ買ってきたんだけど、まあ出てきてからで良いか。どうせ飯の時間だから、もう少ししたら出て来るだろうし」
リビングへと入り、各部屋備え付けのガラステーブルの上に買ってきたばかりのスタミナ弁当の入った袋を置く。
そのまま椅子へ腰掛けることはせず、キッチンで水を入れてから改めて席へと着く。現実世界でないとは言え、喉も乾くし腹も減る。食事中に料理が辛くて水が欲しくなる事だってあるし、そうじゃなくても合間合間に水を飲みたくなりもするのだ。
現実の肉体への水分補給もそうする事で行えるらしいのだから、自然と現実世界と同じように飲み物を用意するのは、特におかしい事ではないのかもしれない。
「割り箸は……あ、入ってた。食器洗い機があるって言っても、サクっと捨てられる方が楽だよなあ」
「その前に、オマエは片付け癖をつけやがれ」
いざ割り箸を割ろうとした時、ヒジリのすぐ後ろから声がした。
手を止めて振り返ると、視線の先、ドアを開けてすぐの所に全身真っ白な男がいた。
髪は純白と見紛う程に白く、肌の色素は透き通ってしまうのではと錯覚する程に薄い。加えて、どこで見つけてきたのか着ているシャツとジーンズの色まで白と来たものだ。
その中で唯一血のように赤い瞳が、呆れ混じりにヒジリを見下ろしていた。
「あ、作業終わったのソラン」
「まあな。とりあえず肩以外のサフまでは終わったところだ。それに、明らかに分かるその匂いを廊下にバラ撒かれちゃ、嫌でも腹ァ減る」
白の男、ソラン・エニアクルはヒジリの向かい側の席へと着くと、袋の中に入ったままの弁当を取り出し、割り箸を綺麗に真っ二つに割った。
「そんな匂いキツいっけこれ? どんだけ鼻良いのさ。犬並?」
「せめて狼って言え。犬と狼は似てるようで違うンだよ」
「好きだねぇ。っていうか、それ暖めなくて良いの? 冷えたままだけど」
同様にヒジリは割り箸を割ると、弁当の蓋を外して箸を伸ばす。
「温めンのが面倒臭せえ。それに、コイツを食ったらまた作業に戻るからな。手っ取り早く飯は済ませてえンだよ。例のパーツは買ってきてンだろ」
「ああ、ちょっと待って。今送る」
箸を片手に端末を取り出し、慣れた手つきで操作を進める。すると、ソランのズボンのポケットから端末の通知音が甲高い機械音を響かせた。
それをちらりと一瞥し、ソランは端末を取り出すと、そこに表示された"YES/NO"のトレード申請画面を確認した後、片手で提示された金額を打ち込みYESのアイコンをタップした。
「ン、こっちも金は返したぞ。ありがとよ」
「どう致しまして。これで機体は完成?」
「ああ……、コイツのスラスター類を取っ替えて、スジ掘り直して、裏面ディテールを少し作り込ンだらな」
安いなりにそれなりの味のするタレの染み込んだ牛肉の、最後の一切れを口に入れると、ソランは残りをかき込む。幾らか咀嚼した後飲み込むと、席を立って空になった容器と割り箸をゴミ箱へと放った。
「そういや、オマエの方こそ"アレ"は出来たンかよ? 関節駆動系がどうこう言ってたろ」
思い出したようなソランからの問いかけに、水で喉を潤していたヒジリはコップを置いて答える。
「そっちも確保してきたよ。俺の方は、関節をそれに切り替えたら終了。早ければ今日中には完成しそうかな」
「そうか。完成したら一度クエストに出るか」
「ああ。機体のテストもしたいし、小銭稼ぎはしときたいところ」
「決まりだな。ンじゃ、そっちが完成したらまた教えてくれ」
それだけ言い残すと、スタミナ弁当を咀嚼していたヒジリの頷く姿を確認し、ソランは廊下へと消えた。
手に入れたジェノアスの肩パーツの組み立てと、今作っている機体への組み込みを、今日中に終わらせるつもりなのだろう。
機体を仮想現実の中で、現実世界のようなリアルさで作り込む事の出来るGBWFでは、現実世界のガンプラバトルと同様、その機体の作り込みや独創性やアイデアが性能や特殊ギミックとして反映される。
即ち、ソランがこれからやろうとしているような時間がかかる緻密な作業を行う事は、この世界で自分の命を預ける乗機の性能を左右すると言っても過言ではないのだ。
だからこそ彼らは、その作業のために借りているマンションの自室に専用の塗装ブースや作業机を設置しているし、そこに引き篭もって一日中機体製作に手をかける事を厭わなかった。
スタミナ弁当の最後の一口を飲み込むと、ヒジリは手を合わせて席を立つ。容器を捨て、コップを片付けると、自分もリビングを後に自室へと入った。
「さてと……。それじゃあ俺も、急ピッチでコイツを仕上げないといけないかな―――」
ドアを背に、ヒジリは自室の作業机の上で佇む白と赤の、所謂"ジムカラー"に彩られた機体を見やる。
現実世界でのHGシリーズと同じスケールで形作られた、"ゲム・カモフ"と呼ばれるその機体は、完成の時を今か今かと待ち侘びているかのようにも見えた。