……前回に引き続き、ごめんなさい。
「では、安倍。事後処理は任せる」
「霞殿は、
「そうだな……。もう一度、海を渡ってみようと思う」
「成程……早い者はもうすぐ目を覚ます筈です。行くなら早く」
「ああ。……ではな、晴明。縁があればまた」
陽射しが異様に眩しく感じる都を見て、今度こそ都から出た。
ガイア――カオス・ソルジャーの名前らしい――の峰打ちで頭を文字通りかち割られた依姫は俺が得意では無い(寧ろ魔道書を読み漁ってどうにか使えたようなレベルだ)治療魔法を使って傷を治してから、晴明が自分の屋敷に匿っている。だけど、右頬に大きく残った横一筋の傷跡だけは痕が残ってしまった。
晴明曰く目が覚め次第、時間を見計らって月に帰そうと思っているらしい。
ガイアも兜を割られていたが、壊れたのは兜だけ……公式チートの依姫を倒すって、どういう事なんだよ。
見つかれば面倒な事になるのは必至だと思う。侵略とは違うけど、もしかしたら程度の可能性で最悪処刑……そんな事が起こり得る。
で、だ。俺はこんな外見をしているもんだから仮に有名人にでもなったら面倒だ。未来の外見だけで害虫のトップに君臨している「あれ」と同じ位の扱いを受けそうな様子がひしひしと予想できた。
でも、晴明だけで月の民をどうにかできると言われれば、晴明にも変な疑いが向けられるかもしれない。何か、都は内も外も敵が多いとか言ってたし。
そこで、俺は
『マスター。どうした』
「いや……ガイア。――今後とも頼む」
『――言われずとも』
……ああ。今はガイアが居てくれるから精神的にストレスがマッハに為らなくて済む。
急に意識が持ち上がるような感覚がした。耳鳴りが酷い。うるさいな…………。
青い色の気持ち悪いあいつに吸い込まれてから、全く記憶が無い。
思わず目を開けた……。そこに居るのは……人間。私は布団に横たわっていて、人間の反対側には料理が並べてあった。
「……目を覚ましたようだな」
「誰……?」
声が掠れる。ああ、無理をするなと言ったのは目の前の線のやや太い、食べ応えの有りそうな男。
どういう事? 私は人間に殺される覚えはあっても助けられる覚えは無いのだけど……。
「話は晴明殿から聞いている。常闇妖怪――此度は、本当に感謝を」
……は?
頭が男の発言を受け、一旦止まる。
「何を……」
「月の民から都の民をたった一人で守り抜き、晴明殿と協力し奮戦。月の民を追い払ったと、晴明殿から聞かされた。
……我は、その間月の民からの攻撃によって意識を失っていた。本来ならば、第一に民を守るべき者であるというのに、だ。
故に、都としては常闇妖怪――いや、確かルーミアという名があったか。そなたを、都の守り神として奉りたい」
「え、な……え?」
立て続けに送り込まれる情報に、頭痛がした。
数日碌に声すら出せなかった影響だろう。咽喉が潰れてしまったように声すらまともに出ない。
か、勝手に話を進められてもこまる……。
「無力な私を、笑いたければ笑うがいい。しかし、これは民と晴明殿、そして我からの願い出なのだ。勝手かもしれんが、今後ともよろしく頼む」
それでは、と言って男――たぶん、帝は去って行った。
――と、とりあえずこの料理の山を食べてから考えよう。そうしよう。
あの半端人間が来たら問い詰める為にも。そうやって現実逃避をしながら。
とりあえず、焼き魚から手を付けた。
……悔しいくらいに美味しかった。
「安倍晴明……何故、私は死んでいない……っ」
「まあまあ、落ち着いてくだされ。大きな外傷は塞がったとはいえ、まだ外側だけです故」
それならもっと早く言ってほしいと思うが、それを言われる前に動いたのが私だった為に口をふさぐ。
右腕を布団からだし、見上げる。火傷や肉断裂の跡は、ほんの微かに肌色が違う事位でしか知る事は出来そうにも無い。刀は、枕元に鞘に納められた状態で置いてあった。
流石に、今この場で晴明の首を獲ろうとは思わない。一応とは言え、匿ってくれているのだ。……顔の傷が残ってしまった事を言われた時は、どうしてくれようかと思ったが。
「……晴明、お前はあの――カオス・ソルジャーだったか? あの男の剣が見えたか?」
「ガイア殿か。微かに剣がそこを通った、程度にしか分かりません。それにしても、半妖の私からしても面妖な事……能力を持ってなさったな」
「っ……どんな、能力だ――」
あの男……私に名乗った名は偽名だったのか?
怒りがふつふつと湧きだしそうになるが、ぐっとこらえた。それ以上に気になる事があったから。
二つの斬撃の正体に、思わず身を乗り出して尋ねてしまう。結果的にまた体を痛めて、本当に深い傷を負ったなと痛感する。
そんな私を宥めるように晴明が布団に押し戻した。
「そう動いては体に響きますぞ? ……彼が言うには能力を二つ持ち、その内の片方を使ったに過ぎない、との事でしたな」
「……詳細は?」
「さあ。私も、専門外の事を言われてしまったもので……。ガイア殿、霞殿の言葉を借りれば……因果律に干渉したとかなんとか」
「……は?」
「まあ、私もよく理解しきれていませんので。ガイア殿曰く、『剣を極めれば誰でも至れる場所だ』とは……依姫殿?」
晴明が名呼びで私の事を呼ぶが、私は返事を返す事すら出来なかった。
複数の能力を保有し、その内の一つ――つまり、私との戦いで使ったのが因果律に対する干渉。
……つまり。事象の改変、起こり得た事実を塗り替える、神すら至れぬ奇跡。
そして、男の――ガイアの言い分。つまり、あの男はその神を越えたような領域に至るほどの剣士――――。
「……晴明。私は、あの男に追いつけるか……?」
同じ剣を振るう一人として、体が震える。本音が、出てしまった。
「安心なされ。そなたの剣、確かにガイア殿に届いておりましたぞ」
彼の兜を切り落としましたぞ、と言って朗らかに晴明は笑う。
嘘か真か。区別はつかない。
でも、続けて言われた言葉に、この半妖に。
「それに……
確かに、救われた。
気が付けば、ありがとうと譫言のように何度も繰り返して、晴明に泣きついていた。
依姫殿が泣き疲れた様子で再び寝静まった正午、帝様の屋敷を訪ねた。
今目の前で修羅の如き顔をしているルーミア殿にどんな説明をするべきか頭を悩ませながら。
「……で、半妖陰陽師。なんで私が都の『えいゆう』何かになってんのかしら?」
「はっはっは……そうですなあ」
きっと霞殿は自分が祀り上げられるのを嫌ったのだろう。私は一応とは言え慣れていたもので、ある程度はまあ許容できる。
しかし霞殿の場合……初対面の時、あれだけの術を使って『無』を演じていたのだ。それだけ人前に出るのは嫌なのだろう。
もし、霞殿と同等の隠蔽術を持ち得た暗殺者が居るとするなら。
そんな事を考えて、しかしあれ以上の隠蔽に何があるのかと問われれば、私は答えようがない。あれは一つの、境地とすら呼べる。
はて、大分ずれてしまった。
……仕方が無い。此処までくれば、全てを話した方が楽だ。
「実は昨晩、輝夜姫が従者の為に都を離れましてな。しかし、月の追手が追い付かないとも限らない。そこで私ともう一人が協力し、月の戦力を追い返したのです」
「……それで?」
「しかし、その協力者は表舞台に出る事を嫌っておりましてな。そこで、その代理人――
「そうなのか。……あの青いの、次会ったらしっかり
うふっ、うふふ……、と不気味に目を光らせ笑うルーミア殿。
「……しかし、奇妙な物ですなあ」
「何がよ?」
「いや、私が知り得る常闇妖怪ルーミアは、
「ああ、その事」
割と簡単な事よと言って、長い金の髪の美女――今現在のルーミア殿は憶測だけどねと付け足し髪があまり散らないように掻いた。
はて、私にはあまり分からない理由だ。どういう事なのか……。
「まず、妖怪も神も、本質的な部分では大差はない。これはあんた位のやつになれば知ってる筈よね?」
「まあ、仮にも半妖の端くれ故に」
「大体今回の事もそういう事だと思うわよ。『えいゆう』という実績。人間の感謝がある種の信仰を生んだんじゃあないかと推測しているわ。
おまけに今回の一件で、妖怪というよりも神寄りの感じになってしまったから妖怪としての外見じゃなくて、新しい力に適応した体が作り直された、そんな所じゃないかしら?」
……彼女が陰陽師として生まれていれば、私は彼女と切磋琢磨する事も出来たかもしれない。そう思わせられるほど博識な答えが返って来た事に、失礼かもしれないが驚いた。
素直に喜べないけどね、と付け加えたルーミア殿は布団から出て、外に向かう。
「何処へ?」
「都の見回り。押し付けられた形だけど、そういう風になっている以上はそれに従わないと。それに……人間を食べずらくなっちゃったしさ」
「左様で……私も少しすれば、見回りに向かいましょう」
「分かった。それじゃあ、お先に」
そう言い残し、鴉のような黒い翼を背に生やしたルーミア殿は、都の空へと飛んで行った。
……妖怪でも、変わる物だとふと思い、それは私もだと一人自嘲した。
これで都関連の話は終わりです。次回から別の場所に移ります。
では、お休みなさい。