迷宮掃除屋   作:query

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第一話

 通報を受け、到着したときにはすべてが終わっていた。

 

 広間の中央、粉砕された石畳に赤黒い塊がこびり付いている。身に着けていたであろう鎧と混じり合い、もはや原型を留めていないそれは探索者の成れの果てだ。

 付近には上半身だけの身体が転がっている。助けを求めるように伸ばされた逞しい腕は肘から先が既になく、切り株のような断面を曝していた。

 壁際で抱き合い倒れている男女がいる。凄まじい力で叩き付けられたせいか、互いの手足が身体にめり込み、その口からは内臓がこぼれていた。

 死んでいるのは人間だけではない。大柄な亜人――オークの焼け焦げた死体や、首から上のない死体もまたここにはあった。

 生死を賭した戦いの跡。とうにすべては終わっており、熱気は僅かも残っていない。

 死体が身に着けている制服から判断するに、彼らは学園の生徒、それも経験の浅い新入生パーティだったようだ。

 この階層――迷宮の十二層は、所詮低層に毛が生えたくらいの難易度ではあるが、十層までとは明らかに魔物の強さが変わる。

 力量を見誤った新人達が少し足を伸ばしてみた結果、魔物の群れと交戦し、ちょうど袋小路のようになっているこの広場に追い詰められてあえなく全滅。そんなところだろう。

 よくある光景とはいえ、自分と同じ学園の生徒が全滅したのを見るのは、あまり気持ちのよいものではない。

「片付けるぞ」

 現場のリーダの合図で、リーダを含む3人の男達が各々担いできた棺桶に死体を拾い集め出す。

 比較的ましな状態の死体を担ぎ上げ、棺桶に放り込む。その上から、どこの部位かさえわからない肉を乱雑な手つきで投げ込んでいく。

 そんな様子を眺めつつ、俺は自分の役割――周囲の警戒を続けていた。

 いまのところ、付近に魔物の気配はない。

 この分なら、手早く片付ければ、何とも遭遇せずに地上へ帰ることができるだろう。

 浅い階層とはいえ、これだけの数の死体があるとなれば、気を抜くことはできない。血の匂いに釣られた魔物が押し寄せてくれば、非常に面倒なことになる。

 それでも、危険を覚悟で死体を片付けなければならないのは、迷宮が死体を喰うからだ。

 人間の死体は、迷宮にとって極上の栄養である。放置した死体が迷宮に喰われてしまえば、迷宮は複雑さを増し、産み出される魔物も強大になる。それゆえ、死体を片付け、迷宮を清掃する人間が必要になる。それが俺のバイト先である掃除屋(スカベンジャー)の仕事だった。

 後片付けが専門の部隊だから、当然活動の場は死体の山が築かれてからになる。汚くて危険できつい。端的に言えば汚れ仕事だ。あまり報酬が高くないこともあり、迷宮街の人間でこれをやりたがる者は少ないが、俺にとっては天職だった。なぜなら――

「おーい、ヤヒト。こっちの死体、棺桶に入らないからちょっと細かくしてくれ」

「わかりました」

 リーダにそう答え、大柄な重戦士の死体の傍まで歩み寄る。上半身だけとはいえ、筋骨隆々の巨漢だ。鎧を着込んだままなのもあって、確かにこれはそのままじゃ棺桶に入らないだろう。

 腰に佩いた刀の柄に手を掛ける。

 そのまま流れるように抜刀、眼下の死体を一閃する。

 鎧ごと死体は二つに分断され、棺桶に収まる大きさになった。

 リーダがひゅうと歯笛を吹く。

 刀身に付着した血と脂を拭っていると、馴れ馴れしく肩に手が置かれた。

「いやー、いつ見ても見事なもんだな。お前がバイトに来てくれるようになってから、俺らは大助かりだよ。鎧を脱がせなくていいし、鋸もここ暫くは出番がないしな」

 死体は固いから、ほんと大変なんだよと言って笑う。

 曖昧に返事をしつつ、綺麗になった刀を仕舞っていると、少し離れたところで死体を片付けていた男――最近入ってきたやつだ――から声がかかった。

「あの、報告じゃこのパーティは5人のはずですけど、女性の死体が一つ足りなくないですか?」

「巣に連れ去られたんだろ。オークの死体があるから想像は付く。よくある話だしな」

 リーダはつまらなそうに答えて、作業を再開しようとした。

 オークのような亜人種の魔物は、人を連れ去り玩具にする。若い女の探索者とオークとくれば、末路は誰でも予想が付くことだ。

「た、助けなくていいんですか?」

「仕事の範囲外だし、そもそも無理だ。行き先はオークの巣だぞ? 探索者としての訓練を受けてるヤヒトはともかく、俺らが行ったところで、死体が増えて終わりだよ。お前が死にたいなら止めはしないが、止めておいた方がいい」

 新入りの男は、さらに何かを言いたそうに口を開きかけ、がっくりと項垂れた。

「ヤヒト、もちろんお前は行かせないからな」

 リーダが釘を刺すように、俺を見る。

 護衛の俺がいなければ帰り道が危ないからだ。低層とはいえ、棺桶を担ぐ人間だけで地上へ帰るなんて自殺行為だから仕方ない。

 自分たちの安全と若い探索者の命を量りにかけ、前者を選択しただけのこと。

 掃除屋(スカベンジャー)に所属し、棺桶を運ぶ人間には戦闘技能はない。それゆえ、複数の運び手に俺のような護衛が一人から数人付くのが仕事時の基本形だ。任務地の危険度と護衛の数は比例するため、今回のような低階層であれば、戦闘ができる人間の数に限りがあることもあり、一人ということになる。低層で探索者を見捨てるのは、俺がバイトを始めてからも多々あったことだ。

「ま、戻ったら学園に連絡だけしといてやろう。運がよければ助けてもらえるさ」

 話は終わりとばかりに、どしゃりと音を立てて肉を放り込んだ。

 片づけが完了した後は引き上げるだけ。この階層から最も近い転移装置は十階にあるので、そこまで辿り着けば今日の仕事は終わりだ。

 再び気を引き締め、先頭に立って歩き出す。

 この仕事は死体を担いで移動する帰りが一番危ない。

 周囲を探りながら進むうち、一人の人間をおそらく見殺しにしたという事実は、もはや気にならなくなっていた。

 

 *

 

 迷宮街に帰還すると、外はすっかり暗くなりかけていた。

 迷宮街の空は人工の天蓋だが、地上と同じように昼夜がある。

 迷宮街は、迷宮の中にある街だ。

 伝承にしか残っていないため、真偽のほどは定かではないが、数百年前、エルフと戦争をしていた人間達が避難所として作ったのが迷宮だ。

 成立時点の迷宮は、人間を追って入ってくるエルフ達を迷わせることで、人間の身を守るための仕掛けでしかなかったらしい。

 これが決定的に狂ったのは、迷宮に閉じ込められたエルフの王が呪いを掛けてからだ。

 僅かな安全地帯――すなわち今の迷宮街を除いて、迷宮は人間に牙を剥く魔窟となった。エルフのみを迷わせる仕掛けは、人間にも効果を発揮し、結果人間は迷宮の中に閉じ込められてしまった。

 それ以降、人間は迷宮から脱出するために、エルフの王が残した魔法陣を探して迷宮を探索し続けている。

 などというのが言い伝えに聞くところの迷宮街成立の背景なのだが、膨大な時が流れてしまったからか、いまのこの街に地上へ帰りたいという必死さや閉じ込められたという悲壮感はない。

 探索者達が迷宮に潜るのも、日々の糧を得るためという側面が強くなって久しかった。

 棺桶を担ぎ、俺達同様に迷宮から帰還した探索者に混じって大通りを歩いていく。

 道に面した店々は灯りをともしはじめ、活発な呼び込みが行われている。

 探索者達はその日の戦果に頬を緩め、明日への英気を養うため、各々店に入ったり、物資の補充をしたりしている。

 そんな光景の中にあって、俺達のように陰気な仕事の帰りである人間は浮いていた。

 一部の人間は嫌悪感を顕わに、こちらを睨んでくる。

 裏通りを通ればいいのだが、死体運びは因縁を付けられがちな仕事のため、あえて人通りのある場所を選ぶ必要がある。

 気まずい思いをしながら歩き続けること十数分、俺達は目的地である死体処理(エンバーミング)専門業者の施設に到着した。運んできた死体はここで加工され、遺族の元に返却される。

 棺桶を引き渡し、控えをもらった後は、ここで解散。リーダ達は今日の報告のために、掃除屋(スカベンジャー)の本拠地に戻っていった。学園への報告もついでに済ませておいてくれるらしい。

 一人残された俺が人気のない玄関広間のソファで一息吐いていると、

「せーんぱい! お仕事お疲れ様でした!」

 ここでバイトをしている学園の後輩――エル・シェクリィがおさげにしている黒髪を揺らしながら走り寄ってくる。

 年齢よりもだいぶ低く見られる幼い外見だけを見れば可愛らしい少女だが、こいつは解剖と死体処理が大好きというえげつない趣味の人間だ。

 つい先ほどまで仕事をしていたからか、だぼっとした前掛けには血と脂が跳ねている。

「今日もずばっとやっちゃいました? 先輩の処理した死体、切り口が綺麗なので助かるんですよねー」

 組織がぐちゃぐちゃになってないので断面観察しやすいですし、用が済んだ後にそれっぽく組み立てるのも簡単なんですよー、と言ってえへへと笑う。

「変態め」

「死体斬りが趣味の先輩に言われたくないですよーだ」

 無駄だろうから口には出さないが、俺のは別に趣味じゃないし、楽しんでいるわけでもない。そもそも動かないものを斬ったところで大して面白くもないだろう。

「今日は何人分運んできてくれたんですか?」

「4人だな」

「大漁ですね。また全滅現場の片付けですか?」

「ああ、今週に入ってからこれで5件目だ。まったく気が滅入るよ」

「最近多いですよねー。親米探索者パーティの壊滅」

「例年このくらいの時期は学園の新入生達の実習が始まる時期だから俺らも繁忙期ではあるけどな。ただ、今年は明らかに死人が出過ぎてる気はするな」

 知人に聞いた話では、このことは学園でも問題になってはいて、教員や生徒の代表である生徒会の面々が調査をしようとしているらしい。ご苦労なことだ。

「何でですかねー、嫌な感じですよねー」

 全然嫌そうではない軽い調子でエルが言う。

 こいつからすれば解剖する死体が増えてうれしい程度の認識なのだろう。

「死体には変わったところはないのか?」

「そうですねー」

 顎に手を当て、むむむと考えるエル。

「思い当たるふしが全くないわけではないですけど……」

 言ってから何かを期待するような目でちらちらと俺を見る。

 これはあれか、見返りがほしいのか。

「今度飯でも奢るよ」

 俺の一言にエルはにやりと笑みを浮かべた。

「いやあ、全然そんなつもりじゃなかったんですけど、先輩がそう言うなら奢られてあげてもいいですよ」

 何だこいつ。うぜえ。

 俺の冷めた視線を感じ取ったのか、エルは空咳を挟んでから言った。

「最近の死体、損傷の仕方が変じゃないですか?」

「損傷の仕方?」

「そうです。先輩ちょっと来てくださいよ」

 手を引かれ、二人で処置室に移動する。

 窓のない小部屋は死体が腐らないよう冷気で満たされていた。部屋の中央にある処置台には、金髪の女の遺体が載せられている。処置の途中だからか、まだ片脚が無いままだ。

「ほら、見てくださいよここ」

 指差されたところは切断された脚の付け根。赤黒い切断面には、これと言って不思議なところはないように見える。

 わからない、という俺の表情を読んだのか、エルが答えを言う。

「綺麗過ぎるんですよ、断面が。この死体は十三層から持ち帰られたものです。先輩も知ってるとは思いますけど、低層にこういう攻撃のできる魔物はいないはずですよね?」

 教えられてから改めて観察すると、確かにおかしい。ギザギザしたところがなく、骨もすっぱりと断ち切られている。切れ味の良い何かで切断しないとこうはならないだろう。

「探索者がこれをやったってことか?」

 迷宮街において殺人は重罪だが、時折手を染める人間がいる。発覚すれば酷い拷問の末の処刑が待っているが、ばれなければ裁かれることはない。迷宮の中であれば、魔物のせいにすることで罪を逃れられる――そういうことを考える人間がいたって不思議ではないだろう。

「殺人鬼が迷宮にいて、新人狩りをしているってのが有力な線なんじゃないか。確か数年前にもそんなことがあっただろ」

「あの事件当時、主に襲われたのは単身で迷宮に潜る人達でした。でも、今回はパーティ丸ごとの全滅が多発しています。仮に探索者が犯人だとしたら、あのときよりも恐ろしいことになりますね」

 多少は腕の立つ人間でなければ、相手が新人とはいえ複数人を相手の皆殺しなんかできるわけがない。そう言いたいのだろう。

 腕の立つ人殺し。面白い。

 迷宮街で対人戦に特化した人間は非常に稀少だ。腕を磨く理由が迷宮の探索なのだから当たり前なのだが、人を如何に斬るかよりも、龍の硬い鱗をどう突破するかを考えるのが探索者という人種である。武術の類は魔物を斃すための技として組み立てられており、そこに対人戦の想定はない。

 だが、殺人鬼ともなれば話は違う。

 彼らの技は魔物ではなく人のためのものだ。

 数年前を思い出し、思わず俺の口角が釣り上がるのを見咎めたのか、

「……先輩も、気を付けてくださいね」

 大きな瞳を潤ませ、エルが俺を見つめる。

「最近の俺がバイト以外で迷宮に潜ってないのは知ってるだろ?」

「それでも、ですよ。先輩が死んじゃったら話し相手が減って私さみしいです」

 実にあざとい台詞だが、表情を含めて様になっているせいで思わず頬が熱くなる。

「そうだ。この人はもう脚くっつけたら終わりですし、気晴らしにお夕飯食べにいきません? おいしいお肉料理のお店を見つけたんですよね」

 さっきの約束を盾に俺に奢らせる気なのがばればれだ。

「悪いがこの後やることがあるんだよ」

「えー。せっかく後輩の女の子が誘ってるのにそれって……」

「だからまた今度行こうな」

 無理やり会話を打ち切って、部屋を出る。

 背後から不満げなエルが「約束ですよー!」と言うのに手を振って応えた。

 建物から通りに出ると、外は先ほどよりも活気に満ちており、あちこちから楽しそうな声が聞こえてくる。

 今から迷宮を目指すとなると、大半の探索者とは逆行した動きになってしまうが、ちょいどいい。特に夜の低階層は人気が少ないので、相手にとっても色々と都合がいいだろう。運がよければ今日出会えるかもしれない。

 

 *

 

 迷宮の十三層。

 倒れる魔物の断末魔を聞きながら、刀を振って血を払う。

 これでちょうど二十体目。

 稼ぐことが目的ではないので、死体から換金できる部位を剥ぎ取ることはせず、あえて放置しておく。

 バイト以外で迷宮に潜るのは久しぶりだったが、この程度の階層ならやはり単身でも余裕だ。

「さーて、現れるかね」

 石造りの堅牢な通路は、壁自体が薄く発光しているため、明るいとはいえないが、見通しは悪くない。何かが出てくればすぐにそれとわかるだろう。

 冷え冷えとした夜気に包まれた迷宮は、人の気配が少ない以外に、普段と変わったところはない。

 転移装置から適度に遠く、初心者の多い階層ということで、十三層をふらついてみてはいるが、いまのところ殺人鬼どころか人にも全く出くわさないので、退屈で仕方がなかった。

 あきらめて今日はもう帰ろうか、そう思った矢先、俺のいる場所から離れていないところで女の悲鳴が響く。

「お」

 これは当たりかもしれない。

 すぐさま駆け出す。途中で立ちふさがる魔物は片っ端から切り伏せ進む。

 狭い通路を右に曲がり左に折れ、広間に飛び込んだところで目にしたのは、首から上を切断され、血を撒き散らしながら倒れる軽装戦士の姿だった。

 同じパーティの人間なのだろう、その傍には制服姿の少女が、目を見開き呆けたように立ち尽くしている。

 やはりというか、学園の新入生達だ。

 慣れないうちは人の少ない夜間に迷宮に潜るのは推奨されていないが、学園の生徒は到達階層によって成績が決まるため、同期との差をつけようと馬鹿をやる奴等が毎年出てくる。

「トーマス……」

 死んだ少年のであろう名前を口にし、少女はその場に崩れ落ちる。首が落ちてしまっては、回復魔法で治すこともできない。

 そして、トーマスと呼ばれた少年を殺したであろう男は、広間の隅で闖入者である俺に対する警戒心を剥き出しにしていた。

 男が何かを呟くと、ひゅんと音がした後、俺のすぐ脇を不可視の刃が通り抜ける。頬が浅く割け、血が流れた。

「へえ、魔法と鋼糸の二段構えか。おもしろいじゃん」

「ッ!」

 フードで顔が覆われているため、表情は窺えないが、仕掛けを見抜かれて動揺しているのはわかる。確かにこれは新入生には荷が重いな。

「鎧なしの軽装に刀。お前……『死体漁り(スカベンジャー)』か!」

「その名前、嫌いなんだけど」

 今のバイトを始める前、グールばかり狩っていた頃についた渾名で俺を呼ぶ。

 死体漁りという蔑称でわかるとおり、俺という人間は学園で非常に人気がない。悪目立ちしてしまっているため、正義ぶった馬鹿に絡まれることもしばしばだ。

 俺や俺の蔑称を知っているということはこいつは学園の関係者なのだろうか。

「いまさら正義の味方気取りかッ!?」

「いや別に。ちょっと斬り合いたいだけだ」

 本心である。

 何故だか相手が目に見えてびびっているのでやる気が削がれていくが、逃がしてやろうなんて気はさらさらない。

 人斬りはご法度だが、人殺しはもはや人ではないから関係ない。

「なんでもいいから早くやろうぜ。飯もまだ食ってねえし、明日も仕事あんだよ、俺」

 柄に手を掛け、腰を落とす。

 刀が届く間合いではないが、この程度の距離ならそのままでも斬れる。

「奥の手くらいあんだろ? 先攻は譲ってやるから見せてみろよ」

「なめやがって!」

 男の怒気が膨れ上がり、格子状になった風の刃と鋼糸が此方目掛けて殺到する。

 線ではなく面での攻撃。

 あたれば賽の目状に切られて塊肉だが、斬ってしまえばどうということはない。

 構えはそのままに、刀を横薙ぎに振るう。

 空間が裂けるとともに、鋼糸が断ち切られていく。

 大した手応えもなく、無数の刃は両断され、ついでにその奥にいた男も真っ二つになる。

 あまりに呆気ない殺人鬼の終わりだった。

 思わず溜め息がこぼれる。

「帰るか……」

 空を斬っただけなので綺麗なままの刀を鞘に納め、肩を落とした。夜の時間を使って探し当てた相手がこれでは俺も報われない。

「あ、あの」

「ん?」

 立ち去ろうとする俺の背後から、生き残りの少女が恐る恐るといった調子で声を掛けてきた。

「た、助けていただいてありがとうございました。私、探索課一年のリディア・ブラウンです。彼は同級生のトーマスで、ええと、先輩は」

「探索課三年のヤヒト・アキヅキ。俺は街に帰るところだから、付いて来たいなら好きにしろ」

「あの、そうじゃないです」

「死体運びなら手伝わないぞ。人手が欲しいなら支給されてる伝声結晶で掃除屋(スカベンジャー)を呼べ」

「そういうことでも、ないです」

 思っていたのと違う返答を不審に感じる。

 じゃあなんだと訊き返す前に、

「先輩、強いですよね。さっきの技だって私ぜんぜん見えなくて……」

「あんなの抜いて振っただけだ。技なんて大層なものじゃない」

「それでも、すごいですよ……私なんてただ立っているだけで何にもできなくて……だからトーマスも……」

 リディアは俯き、唇を噛み締める。

 年下だが、可愛いというより綺麗な容姿を持つ少女が、憔悴しきった様子でいるのはあまり気持ちのよい光景ではない。本来なら美しく光を反射しているであろう長い金髪も、長いこと迷宮に潜っていたせいか、くすんでしまっている。

 どうにもこういう状況は苦手だ。

 何を言ったところで気休めにしかならないし、半端な同情は向けるのも向けられるのも好きじゃない。

 遅かれ早かれ、探索者をやっていれば、こういう経験を一度はするものだ。この新入生にとって、それが今日だったというだけのこと。

 死んだ彼には悪いが、むざむざ仲間を殺されてしまったという事実が、彼女を一人前の探索者に育てるだろう。

「褒めてくれるのは嬉しいし、仲間が死んで辛いのもわかるが、ここでこうしていたって何にもならないぞ?」

 だから行くならさっさと行こう――そう言いかけた俺を遮り、

「友達を……探していたんです」

 リディアはぽつりと呟いた。

「今日十二層で行方不明になっちゃって、パーティが全滅したのにあの子の死体だけ見つかっていなくて。だから探しに来たんです。夜に潜るのは危ないって知ってたんですけど、ひょっとしたら生きてるかもって思ったら、いてもたってもいられなくて……」

 どこかで聞いた話だ。昼のパーティの知り合いだったのか。だとすれば、少し悪いことをした気もするが、探索中の死は探索者には付きもののリスクだ。学園に入った時点でそれは折込済みのはず。

「そういうときは教員や生徒会に救出依頼を出せって教わっただろ? 新米が新米を探しに行ったところで二の舞になるのがオチだからな」

 彼等も忙しい身の上だが、この時期の新入生の救出依頼であれば、骨身を惜しまず協力してくれるはずだ。

 探索者は常に冷静であらねばらならない。

 気持ちの上では納得できなくても、感情的に動くべきではないのだ。

 だから帰るぞと続けようとした俺をまたもや遮り「新米じゃなければいいんですよね?」

とリディアが俺の瞳を覗き込む。

 嫌な予感がした。もう何を言われるかわかる。

「先輩、私を手伝ってくれませんか?」

 深々と頭を下げる後輩を前に、俺は眉をひそめた。

 仕方のないことだが、まだ割り切ることができないのだろうと思う。既に十分すぎる損失を出しているため、後に引けなくなっているのもあるのだろう。

「見つけたところで、いい結果になるとは限らないぞ?」

「それでもいいんです!」

 ぐっと手を握り、強い意志の宿った瞳で俺を見返してくる。

 説得できる様子ではない。俺が断れば、自棄を起こして単身探しに行きかねない雰囲気があった。

 仕方ない。こういうのは趣味じゃないが、俺も人助けが嫌いなわけではないのだ。

 がりがりと頭を掻いてから頷くと、リディアは俺の手を取り、「ありがとうございます」と繰り返した。

 探すとすればまず十二層だ。一つの階層を隅から隅まで探すなら、順調に進めたとしても、数時間はかかるだろう。

 いまから探索を始めたとして、明日の仕事、出られるだろうか……。

 リディアに伝声結晶で掃除屋(スカベンジャー)を呼ばせた後、心の中でリーダに謝罪し、俺達は十二層への移動を開始した。

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