まったく面倒なことになってしまった。
放課後、騒がしい学園の廊下を歩きながら、俺は肩を落とした。何もかも身から出た錆なのだが、このときばかりは過去の自分が恨めしい。
先日のリディアとの一件は、その後何事もなくとはいかず、俺は教官連中に呼び出しをくらった。渋々出頭したところ、待っていたのは怒り心頭の指導教官。
生徒会が上げていた報告は言うまでもなく俺にとって不利なもので、下級生を見捨てたことや、その下級生を斬り殺そうとしたことなどを責められ怒鳴られ散々な目に遭った。挙句の果てには罰則として生徒会の手伝いを命じられ、目下生徒会室へ重い足を引き摺り向かっているところだ。
殺人鬼をとっちめて被害者を減らしたことについては全く評価されていない様子なのが納得いかないのだが、俺をちょっと自制心があるだけの快楽殺人者と勘違いしている節がある人間を相手にいくら言い募ったところでどうにもならないこともわかっていた。
はっきり言って、生徒会のような連中と日陰者の俺は相性が悪い。
生徒会は実力主義のエリート集団だ。学期ごとで、迷宮の最も深いところまで潜ることの出来たパーティが生徒会に選ばれるため、当然腕は立つ。任期の区切りは学期なので、頻繁に変わることもあるが、現会長であるケルコフたちのパーティは、初就任時に一学年上の先輩方を蹴落とし、すでに三期連続で生徒会を勤め続けていた。
実力者かつ人格者というのがマーヴィン・ケルコフに対する学園の人間の評価であり、そのケルコフが言うことは大抵の人間には信用されるような状況が出来上がっている。
生徒会室はギルドの拠点が集まる特別棟の最上階にあるため、そこへ向かうには当然ながら様々なギルドの部屋の傍を通らなければならない。悪感情の混じった視線にげんなりしつつ、階段を昇りきって踊り場を出ると、眼前に生徒会室の扉があらわれた。
物理的にも精神的にも重く感じる扉を開け、生徒会室の中に入る。
扉の先は外来用の玄関になっており、俺の到着を待っていたであろう役員の女に会議室へと案内された。
広い部屋の中央には円卓があり、生徒会役員達は既に各々の席に座っている。入口の対角にいるケルコフは、目の前にある席に座るよう促した。
着座したところで、視線がいっせいにこちらへ向き、俺は顔を引き攣らせた。
完全なる敵地である。
「よく来たね。ヤヒト・アキヅキ」
「来たかったわけじゃないけどな」
軽い嫌味で返すが、ケルコフは胡散臭い笑みを浮かべたまま話を続ける。
「君は普通に呼んでもこないだろうからね。ちょっとした頼みごとをしたかったので、あの件を利用させてもらった」
「卑怯だな」
「必要なことをしているだけさ」
ケルコフと話したのはリディアの一件が初めてだったが、想像通りのいけすかない奴だ。
見透かしたような態度が実に気に食わない。
「優秀な生徒会の皆様が雁首揃えていて、俺如きに頼むような事があるのか?」
「残念ながらあるんだよ」
「そうかい。で、俺が素直にお願いを聞くとでも?」
「ああ。確かに君はおかしなところのある人間だが、君自身にとって筋の通らないことはしないと思うからね」
ケルコフは余裕たっぷりにそう言って、机の上で手を組んだ。
ここで断ったところで話は進まないだろうし、協力すると言うまで帰れないのは明白だ。となれば、まずは用件を聞くのが得策だろう。
目線で先を促してやると、ケルコフが話を進める。
「エリカ、説明してあげてくれ」
「はい」
ケフコフの隣に座っていた小柄な女が応じた。
フード付きに改造された制服を着ているため、表情は窺いにくいが、青みがかった黒髪が隙間からのぞいている。ペンを握っている白い指は非常に細く、武器を掴んで振り回すようなタイプには見えない。パーティでの役割は後衛なのだろう。
「『死体泥棒』の噂。最近、生徒の間で話題になっていますが、聞いたことはありませんか?」
「ない。学園に気安く話すような知り合いはほとんどいないしな」
なぜか気まずい沈黙が流れた。
「……会長」
「一から説明してあげてくれ」
「わかりました。噂の内容は単純なものです。あるパーティが自分達で死んだ仲間の死体を回収しようとしたところ、図ったようなタイミングで魔物に襲撃され、魔物を退けた時には死体が消えていた。短時間で死体が迷宮に食われるわけはなく、闘っていた魔物も人を食らうような種類ではなかった。周囲を探しても死体は見つからず、そうなると誰かが盗んだとしか思えない。迷宮には死体泥棒いるに違いない。ただこれだけです」
エリカが心底つまらなそうに説明するので、こちらとしてもあまり真面目に取り合う気にはならない。所詮は噂話だ。
「それ、ただの勘違いじゃないのか。そういうことがあったときは、負の方向で脳みそお花畑になる奴が多いだろ? 魔物の種類を見誤っていたとか、別な魔物の存在を見落としていたとかそういう単純なミスだぞきっと」
「ええ、そうですね。普通なら、真剣に取り合うような話じゃありません。でも」
エリカ自身もあまり自信がないのだろう。半信半疑といった様子で続ける。
「この噂に出てくるパーティが、前生徒会のパーティだったとしたら、どうでしょうか?」
いや、どうと言われても、正直あまりぴんとこない。そう言いたいのを堪えて、相手の言わんとするところを汲み取ってやる。
「元とはいえ、生徒会にまでなるような経験豊富なパーティが、単純な錯誤に気づかないわけがない。そういうことか」
「ええ、そうです。それに、自分のパーティの死体が消えたと言っている者が、噂が出始めて以降、徐々に増えているのも事実です」
「根も葉もない与太ではないと?」
「会長はそうお考えです」
言っておいてから、これはあくまでケルコフの考えだとでも主張したげに、エリカは奴の方に顔を向けた。
それに応じるようにケルコフが言う。
「君に『死体泥棒』の噂の真相を確かめて欲しい」
「そんな馬鹿な頼みごとをするために俺を呼んだのか?」
つい口調が刺々しくなる。
「死体なんか盗んだところで、何の使い道もないだろ。わざわざ他所のパーティが死ぬところに出くわすのを待って死体を盗んだとして、そいつに何の得がある?」
死体を手元に置いて喜ぶのは、エルのような死体フェチだけだ。そのエルとて、死体処理所という天職についているから、盗む動機がない。
「わからないかい?」
「ああわからないね」
「それじゃあヒントを出そう。屍食鬼(グール)だ。屍食鬼(グール)は君の得意分野だろ? 『死体漁り』」
屍食鬼(グール)――確かにあの魔物は、死者が墓から転び出てきたような姿をしている。
迷宮の中層には、屍食鬼(グール)をはじめとする、不死者(アンデット)ばかりが出現する階層があり、俺が以前主な活動拠点にしていたのはそこだ。霧と死臭と呻き声に包まれている上、土の地面は湿って泥のようになっており、お世辞にも快適な場所とはいえない。多くの探索者は忌避する場所であり、ましてやそこに篭るような人間はほぼ皆無だったため、俺の存在は非常に悪目立ちした。
「屍食鬼(グール)は確かに人に似ているが、所詮ただの魔物だ。別に人間の死体が甦ったわけじゃないことくらい知ってるだろ」
「だから屍食鬼(グール)はあくまでヒントに過ぎないんだよ。さて、君は魔術には疎いのかな?」
「…………」
出来の悪い生徒に教えるようなケルコフの物言いは非常に気に食わないが、俺は魔術がからきしだった。斬ることしか習っておらず、斬ることしかやってこなかったツケである。
沈黙を肯定と受け取ったケルコフが先を進める。
「人工的に不死者(アンデット)を産み出すのは、黒魔術師達の夢だ。研究自体が禁忌ということになってはいるが、大業を成したいと考える人間は後を絶たない。君が屍食鬼(グール)を狩り、その肉を売りつけていた相手が何に使ってるかを考えたことはなかったのかい?」
何を言うかと思えばそんなことか。
「想像力が逞しいのは大変結構だが、残念ながら屍食鬼(グール)の肉は薬の材料になってるよ。一部のちょっとヤバめな薬品には不可欠な素材だってことくらいあんたも知ってるだろ。馬鹿話を真面目に聞いてやる優しさには感心するが、たかだか『死体泥棒』の噂如きを陰謀話と結び付けるなんて、案外生徒会長ってのは暇なのか?」
「信じられないみたいだね」
「ああ、検討するに値しないね。暇潰しならお仲間同士でやってくれ」
厄介事に決まっているとは思っていたが、まさかこんな与太話の調査を頼まれるなんて予想だにしなかった。
ケルコフの話は推測ばかりが先行しており、もはや誇大妄想に等しい。尊敬する会長の言葉とはいえ、生徒会の面々もさすがにこれには付き合いきれないだろう、そう思って周りを確認すると、なにやら真剣な様子で考え込む顔が並んでいる。おいおい、正気かこいつら。妄信するにも限度があるだろう。
「……会長が言ったことが完全に間違っていたことはいままでありませんでした」
エリカが自分に言い聞かせるように言うのだが、自分でも信じきれない理屈で他人を説得しようとするのはやめて欲しい。
他の役員達も互いに顔を見合わせ頷き合っているが、部外者である俺には全く共有できない感覚だ。
「あんたらが会長大好きなのはわかったが、それに俺まで付き合わせるな。教官の指示だから手を貸すのは構わないが、俺だって暇じゃない。ありもしない陰謀を暴くための調査にいつまでも拘束されるなんてご免だ。第一、死体で実験することの何が問題なんだ?」
「それは……死者には死者の尊厳があって――」
「んなもんねえよ。仮にあったとしても、それは死体に対するものじゃない。死体はただの肉で、それ以上でも以下でもない。肉に執着するのは勝手だが、それは生きてる側のためであって、死人のためじゃないだろ」
言ってから喋りすぎたと後悔するが、もう遅い。
不信感と敵意に満ちた視線を痛いほど感じる。
「とにかく、時間無制限で実りのない作業に借り出されるのは断固拒否する。どうしても噂を調べたいって言うなら、期限を決めてくれ」
不退転の決意でそれだけ言い、交渉の余地はないとばかりに腕を組んでみせる。
ケルコフはそんな俺の様子を見て苦笑いしつつ、指を三本立てた。
「三日間でどうだい?」
ケルコフの提案を聞いて、少し考えるふりをする。一週間くらいは覚悟していたので、三日なら上出来だ。
「成果があってもなくても三日だぞ。必要経費は全てそっち持ち。それでいいなら協力する」
もともとは懲罰で呼ばれているのに、我ながら随分と不遜な態度だと思う。自覚があるくらいだから、言われた相手は腸が煮えくり返る思いだろう。現に副会長の女は俺のことを仇を見るような目で見ており、握り締められた拳には血が滲んでいる。他の面々も似たような様子で、居心地が悪いことこの上ない。
だが、そんな雰囲気の中にあって、ケルコフはやはり笑みを絶やさなかった。
「いいだろう。ただし、三日間妥協は一切なく調査にあたってくれ。成果が上がるかどうかは君の活躍にかかっているからね」
ケルコフがそう言うと、俺の前に一枚の紙とペンが持ってこられる。
「契約書だ。今言った内容と、調査期間中に不幸な事態が起こっても、お互い責任は負わない旨が書いてある。よく読んでからサインしてくれ」
紙に書かれた内容を流し読むと、確かにケルコフが言ったようなことが書かれていた。問題ないと判断し、サインをする。
「契約成立だな。それじゃあ早速調査に向かってくれ」
「期待しないで待っててくれよ」
立ち上がり、会議室を出ようとしたところで、服を掴まれ引き戻された。
何かと思って振り返ると、エリカが袖を握ったまま、こちらを睨み付けてくる。何故か無言のままなのでケルコフに説明を求めると、
「死体は君の得意分野だが、魔術には詳しくないだろうから、君の補助としてエリカを付ける。二人で協力して解決してくれ」
ケルコフは笑顔でとんでもないことを言い放ち、話は終わりとばかりに手を叩いた。
補助ではなくお目付け役の間違いだろう。そう抗議したいのは山々だったが、それが聞き入れられそうな状態ではない。生徒会の人間との共同調査なら、もう少し交渉時の態度を軟化させておけばよかったと思うが後の祭りである。
これから三日間のことを思うと頭痛がしてくるが、自分で蒔いた種なのでどうしようもない。一先ずの心当たりはあるので、そこに向かうと告げ、エリカを伴って生徒会室を後にした。