試練の魔王と境界線   作:そるのい

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切りの良いところで切ったので、今回内容的にはほとんど進んでません。原作でいうと十一ページ相当。


序章Ⅱ『境界線前の粘液』

無理、無駄、出来っこない

そんな戯れ言知ったことか

それは自分が決めることだ

 

配点 (気合い)

 

 

 武蔵に銃撃、剣劇、金属音や破砕音が響く。その音は中央後艦・奥多摩か右舷二番艦・多摩へと向かっていく。

 

「……よっ、しゃぁあー!! 万歳ー! 万歳ー! 万歳ー! ざまー!」

 

 左舷側の艦から歓声が上がり、後方の高尾の住民たちは多摩の人間に見える位置で万歳三唱をした。

 

「おう、貴様らの買ったエロ本の内訳を公開してやろうか」

「……タマモ、代演四つで呪詛術式いくよ」

「いやいや、ここは儂も加えて代演七つで逝こうではないか」

「なら私は今日、林で拾った缶詰めでも撃ち込むとしましょうか」

「それはやめろ!」

 

 それらに対して多摩表層部の住民は万歳をしている連中に社会的、肉体的呪詛をマジ掛けしてから、

 

「――ヤバい」

 

 という感想と共に即座に店を閉めて防御術式でガチガチに固める。また、一部の空いている店は、

 

「まあ、いつもの事だからね。被害に遭わないことを祈るさ。――あったら泣くが」

「俺らも昔は似たようなことをしてたしな。――あの副長は行き過ぎだが」

 

 などという感想と共に、請求書を準備することで備えとしながら、店主同士で集い″今回は甘粕がどんな事をやらかすか″で賭けを始めた。

 

「さて、前回は上空からクラーイ、ハーイ! をしたら、あっさりとかわされてそのまま下層まで貫いていったんだっけか」

「その前はアイム、ナットォー! で周囲を巻き込んで盛大に自滅。――毎回派手だなぁ」

「毎回徹夜で修理するはめになるこっちは堪ったもんじゃないけどな!」

 

 そんなことを言い合いながら、胴元に掛け金と賭けの内容を書いた紙を回す。

 

 

 建物の屋根を疾走するオリオトライ。それを追うは、直射型の射撃術式ならびに弓矢などの射撃。

 それらを時には避け、時には迎撃し足を止めることは一瞬たりともない。

 

「ほらほら、これだけじゃ先生は止められないわよー」

「――では、従者アデーレ・バルフェット、行きます!」

 

 宣言と共に、足元の屋根瓦を吹っ飛ばしがら白い長槍を持った眼鏡の少女がオリオトライに向けて突っ込んだ。

 そして、その勢いは止まることなく、最高速の状態まま槍による一撃を放とうとする。

 流石のオリオトライでも加速術式込みの短距離加速を振り切ることはできない。

 その上その速さに槍での突きという動作を加えることにより、さらに加速された一撃は回避することを許さない。

 そして、全力のチャージは受けるには辛いほどの威力が込められていた。

 

 確かに、格上の相手と戦う場合、相手が手を見せる前に速攻で決めにいくのは有効な戦術だ。

 オリオトライは心の内で感心していた。去年、いや前回と比べてもまた成長している。

 あの副長の全方位無差別試練の影響もあるだろうが、それよりも本人が自らの意思でしてきた努力のほうが大きいだろう。

 ――だからこそ教員として、それが通じない相手が存在することを教えなくてはならない。

 オリオトライは今まさに槍を射出せんとするアデーレに、対して後退する速度を落とした。

 

「……っ!」

 

 それによって相対距離が詰まり、槍を振るう距離が減ってしまう。

 それは加速させるために必要な空間が足りなくなり、本来であれば回避不可能なはずの突きがギリギリで回避されるという結果をもたらした。

 

「さて、ちゃんと防ぎなさいよ?」

「うわー、嫌な予感しかしませんね。その台詞」

 

 そのまま慣性で接近してきたアデーレに向かってオリオトライは長剣を大きく振りかぶる。

 瞬時に槍で防御の構えに入ったアデーレを心の内で誉めながらも、力強く長剣を叩きつける。

 防御したため外傷はないが、その勢いで上空に向かって盛大に吹っ飛ばされるアデーレ。

 そして、剣を振るった反動を用いて再び後方への疾走を開始するオリオトライ。

 

「イトケン君、ネンジ君! アデーレ君の回収お願い!」

「よし、行こうかネンジくん」

「うむ、我のサポート力を見せてやろうではな、グハァ!?」

「ネ、ネンジくーん!」

 

 アデーレを受け止めようと動き出した朱色のスライムは、台詞を言い終える前に踏み潰された。

 

「フフフごめんねネンジ! 悪いと思ってるわ、ええ、本気よ! 私はいつだって本気よ! 邪魔だななんて欠片も思ってもないわよ、ええ!」

「喜美……じゃなくてベルフローレ! 謝るときにはもうちょっと誠意を見せなさいな。大体淑女たるもの――」

「クククこの妖怪説教魔め。しかしミトツダイラ、アンタ地べた這いずり回ってないで、その鎖で一発ドカンとやりなさいよ。その胸みたいに先生を平らにするのよ!」

「喧嘩売ってる! 喧嘩売ってますわよね貴女!」

「……えーっと、誰か助けてくださーい!」

「…………あ」

「その反応、完璧に私のこと忘れてましたよね!? と言うか既に地表付近ですよこれ!」

「ど、どうしましょう!?」

「――我に任せるのだ!」

 

 周囲に散らばった朱色の粘液がアデーレの落下点を中心に集結し、更に空気中の水分を吸収することで巨大化していき直径二メートルほどのネンジがそこに現れた。

 

「我の奥義、短期ブーストで完璧に受け止めブゴォ!」

「や、やっぱりぃー!」

 

 自信満々のネンジだったが、やはり落下の勢いには勝てず敢えなく粘液の藻屑となった。

 

「ちょっとアデーレ、大丈夫ですの?」

「……きゅう」

「完璧にダウンしてますわね……」

「そんな時はカレーを食べるネー。カレーは神の食べ物ネー。この程度の怪我すぐに治るネー」

 

 そう言いながらアデーレの口にカレーを流し込む頭にターバンを巻いた少年、ハッサン。

 

「…………ゴホッ! ゴホゴホ。あー、死ぬかと思いましたよ。何ですかこれ? 妙に口の中が辛いし、と言うか何か体が軽いんですが誰か治癒術式でも掛けてくれたんですか?」

「…………」

「ちょっ、何で無言で目をそらすんですか!? 答えてくださいよー!」

 

 アデーレの叫び声だけがその場に響いた。


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