新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
今回の話は元々の加筆修正前版のほうでは前後編2話で収まった話だったのですが、加筆修正しまくった結果何故か前中後編3部作に膨れあがった罠。
内容は同じなのに不思議!


07.脱落の夜 前編

 

 

 今でも悔やまれる。

 俺は今生の主に勝利を捧げると誓ったのに、あのような海魔に阻まれて、主の危機にも間に合わなかった。

 駆けつけた時には、主は血塗れで、一刻を争う状態で倒れていた。

 主君の婚約者が自分に好意を抱いていることは知っていた。それが俺の魅了(チヤーム)の呪いによるものだろうことも。

 だから、主を代行すると聞いた時も俺は渋った。

 それでも主と誓った人の体を治すためには聖杯が必要で、他意はないと、彼の伴侶としての決定なのだと彼女がいうから、己の意思を曲げ、それを受け入れたのに。

 なのに、何故。

 何故俺は、たった一つの祈りさえ成就させることは叶わない?

 ただ、俺は騎士として生きて死にたかっただけなのに。

 ……結末はいつだって変わらない。

 

 

 

  脱落の夜

 

 

 

 

 side.アイリスフィール

 

 

 冬木に用意されたアインツベルンの城で、私はアーチャーが入れてくれた紅茶の味と香りを楽しむ。

 ゴールデンルールを知っているものだけが入れられるその味と香りは、その素材を余すところなく最大まで引き出しており、これ以上はないというほどの極上のハーモニーを奏でている。

 給仕するアーチャーはといえば、私から三歩下がって、茶器と茶菓子を置いたトレーを片手に立っていた。

 どうやらアーチャーは自分がティータイムを楽しむよりも、私が楽しむ姿を見るほうが好きらしい。そうやって給仕に徹している彼女はまるで本物の執事みたいだ。

「今日はスコーンを焼いてみた。こっちのクロステッドクリームとレモンジャムをつけながら食べてみてくれ」

 そんな風に甲斐甲斐しくする姿は微笑ましくて、可愛らしいなと思う。給仕をしている時のアーチャーはなんだかどことなく楽しそうで、私も嬉しい。

「……と、どうした? 何か言いたいことがあるように見えるが」

 と、いつの間にか知らずアーチャーを眺めていたらしい。彼女は心配そうに私の顔を覗き込んでいた。もしかしたら自分に何か落ち度があったんじゃないかと、そんなことを思ったのかも知れない。

「ちょっとね」

 だから、心配することはないと、なんでもないというニュアンスで告げるけれど、彼女はそうは思わなかったのだろう。眉をきゅっと寄せながら、生真面目な顔でアーチャーはこう言った。

「アイリ、私でよければ話を聞くくらいは出来る。それに言ってくれなければわからないこともある。私は何か君に粗相をしてしまったか?」

「ううん、そういうのじゃないの」

 私は口元に手を当てながら苦笑する。この子は口調は皮肉気なのに、心配性なところがちょっとおかしくて可愛い。そういうところ、少し切嗣に似ているのかも知れない。流石あの人と親子なだけあるわと、そんな風に感心する気持ちを持て余しながら、けれど私は別の憂慮点についてポロリと零していた。

「ただね。聖杯戦争の只中なのに、こんなに平和でいいのかしらって、ね」

「アイリ……」

 アーチャーはきゅっと、眉間に皺を寄せて俯く。

「わかってる。平和と感じているのは私だけ。キャスターによる被害者はどんどん増えているし、私が見ていないところでも戦いは起こっている。貴女が今日遅かったのだって、誰かを救うために行動した結果なんでしょ?」

 言いながら、彼女の顔を見つめると、アーチャーは、はぁと大きなため息を一つついて言った。

「確かにその側面はあるだろうがね、本来私が命じられているのは君の傍にいて君を守ることだけだ。誰かを救えなど言われていない。君に我侭を言って街まで行って来たのはあくまで私のエゴだ。そして、いかなる理由があろうと、私が約束の時間に遅れたのも事実。この場合君が行うべき行動は、勝手な私の行動を叱責することだと思うんだがね」

 そこまで一息にいって、アーチャーは再び重いため息を吐き出し、困ったような顔をして私を見た。

「何故遅れたことを追求されなかったのかと思っていたが……アイリ、君は前から思っていたことだが、私を過大評価しすぎているぞ。私は君が思うほど大した人間じゃない」

 そうやって自分には価値がないのだと、己を卑下する瞳で言い切るアーチャーのその顔が、その声が、本気でそう思っているのだと物語っていたから、私は思わず我慢できなくなって、勢いだけでそこから立ち上がった。

「そんなこと……」

 そんなことない。自分でそんな風に卑下しないでと言おうとしたそのときだった。

 耳を劈く轟音が夜のしじまを切り裂き、そのダメージはそのまま自分の体の中の魔術回路へとのしかかり私を圧迫する。

 全身に染み渡るような魔術回路への負担と軋みからきた眩暈に、私は自分の体を支えることも叶わず倒れかけ、即座にかけつけたアーチャーによって、崩れ落ちる前に支えられた。

 轟音の正体は雷鳴で、そこから侵入者の正体も芋蔓式に判明する。こんな真似をする相手なんて1人しかいない。敵サーヴァント(ライダー)だ。この結界の術者であるからこそ私には分かる。彼が結界を力業で壊し入ってきたのだと。

 今まで戦場となることがなかったから森の結界は万全な状態で、生半可な術では壊せないように出来ていたし、この術が強力なものだという自信も私にはあった。それにも関わらず術式の半分以上が強引に無理矢理破壊され、その上ライダーの気配は自分達のほうへと真っ直ぐに向かってきている。そのやり口に思わず驚く。

「なんてこと……正面突破ってわけ?」

「十中八九ライダーの仕業だろうな。ところで、立てるかね?」

 やっぱりアーチャーも犯人がライダーだってわかったのね。サーヴァント同士には相手を知覚する能力があるから当たり前と言えば当たり前だけど、この状態で1人でないことがとても心強く、それだけで不安など吹き飛んでしまいそうだった。

 それに冷静を装って声をかけているようだけど、アーチャーの声には真摯な心配の色も見えたから、私は安心させるように彼女に笑ってみせた。

「ええ。ちょっと不意を討たれただけ。まさか、ここまで無茶なお客様をもてなすとは思ってなかったから」

「全くだ。これ以上破壊されてもかなわん。私が行こう。アイリ、君はここで待機していたまえ。あの豪気な男のことだ。私が前に出れば君にまで手を出すことはないだろうよ……アイリ?」

 瞬時に武装し、颯爽と背中を向けて去ろうとするアーチャーを、その赤い外套を掴むことで押しとどめる。

「まって。私も行きます」

「しかし……」

 困ったように眉根を寄せるアーチャーだったが、意地でも引かないと目で訴える私を前に思案し、思いなおしたのだろう。ため息をひとつつくと、私を横抱きに抱き上げて、玄関へと駆け抜けた。

 そして正面玄関前のホール、階段の上で立ち止まると、威嚇射撃のためだろう、黒い弓を取り出す。けれど、アーチャーが矢を放つより僅かに早く、征服王の大音声が城中へと鳴り響いた。

「おぉい、アーチャー。わざわざ出向いてやったぞぉ。さっさと顔を出さぬか、あん?」

 その声は想像に反してというべきか、むしろ想像通りだったというべきなのか、戦意の欠片も無い非常に暢気な口調で、アーチャーは頭が痛そうな顔をしてこめかみに手をあてると、気を取り直したのだろう、弓を消して玄関へとそのまま向かった。

「そんな大声で言わなくても聞こえている。それに生憎、こんな乱暴な客人を迎えることになろうとは思ってもみなかったものでね。全く、君はマナーというものがなっていないな? アポイントメントも取らない招かざる客には、早々にお引取り願いたいものだ」

「がっはっは。おぬしも中々言うのぉ」

 豪快に笑うライダーは、アーチャーの言葉に気を悪くするでもなく、寧ろ気に入ったとばかりにカラカラと笑っている。その姿はとても戦いにきたようには見えない。

 そして私は、月明かりの下で胸を張って立っているそのサーヴァントの姿を正面から捉えて、その思わぬ姿に、困惑と苦い気持ちを覚えた。

 今現在のライダーの格好は、サーヴァントとしての戦装束などではなく、ウォッシュジーンズによくわからないデザインのTシャツ一枚という現代人の真似をしたかのような格好で、とてもじゃないけれど、征服王としての威厳も英霊としての霊威も感じさせないラフ過ぎる程にラフな格好だったから、一体何をしに彼が現れたのか余計にわからなくて内心私は動揺する。

「それにしても、城を構えてると聞いて来てみたが……何ともシケた所だのぉ、ん? こう庭木が多くっちゃ出入りに不自由であろうに。城門に着くまでに迷子になりかかったんでな。余が伐採しておいたから有り難く思うがいい。かな~り見晴らしがよくなってるぞ」

 良いことをしたとばかりの笑顔で、とんでもないことを宣言するライダー。それに負けじと、アーチャーもまた営業スマイルでもって、皮肉を返す。

「そうか。かの名高き大王に庭師の真似事をさせてしまったとは、これは畏れ多すぎて涙が出てくるな。ところで君は有り難迷惑という言葉を知っているか?」

「むほォ、そんなに褒めんでもいいわい。あまり持ち上げられるとなんちゅうか、こう痒くなるってもんだ」

「参ったな、褒めたように聞こえたのか」

 ……ええと、とりあえず、戦闘にきたわけじゃなさそうだけど、私はどう対応すればいいのかしら。

「それより、おいこらアーチャー、今夜は当世風の格好(ファッション)はしとらんのか。何だ、のっけからその無粋な戦支度は?」

「……帰ってもらってかまわんかね?」

「ほう? 客人も持て成さずにつき返すとな? そんなことではおぬしの器量も知れるぞ。こちとら手土産もほれ、この通りもってきたというのに」

 そう言ってライダーが存在を強調したのは、オーク製のワイン樽だった。……何しに現れたのかしら、この人。

 ……私の認識が間違っていないなら、今って聖杯戦争のまっただ中じゃなかったかしら? 変わったサーヴァントだとは思っていたけど、これほどだとは思っていなかった。何故この敵サーヴァントは当たり前の顔をして、酒樽を抱えて敵陣(ここ)まで来たの。

 そんな風に思うのは私だけじゃなかったということだろう。アーチャーは引き攣った笑みを浮かべながら、声音だけは余裕そうに目前の大男にこう問うた。

「君はまさかとは思うが、酒宴にきたというのではあるまいな?」

「そのまさかよ! なんだ、おぬしちゃんとわかっておるではないか。なら話は早い。ほれ、そんな所に突っ立ってないで案内せい。どこぞ宴に誂え向きの庭園でもないのか?」

 アーチャーは、はぁと大きく重いため息を一つつくと、静かな声で言った。

「……こっちだ」

「アーチャー?」

 それに慌ててアーチャーに近づくと、彼女は苦笑して、小声でこんなことを言う。

「この手の輩には何を言ったところで無駄だ。どうも戦いにきたわけではないらしいし、この正々堂々とした男が不意打ちをするとも思えない。ここは適当に付き合って、早々にお帰り願おう」

 そう口にするアーチャーは、妙に手馴れている雰囲気も合いまり、どことなく熟練の執事を思わせた。

「罠、とか……そういうタイプじゃないものね、彼」

 知り合ってそれほど時が立っていないし、敵サーヴァントだけど、そういう面においては信頼がおける、そう思わせるだけのものがライダーにはあった。人はそれをカリスマと呼ぶのかもしれない。

「それに……だ」

 そこでアーチャーはくっと、唇の端を吊り上げて、獲物を前にした鷹のように、すっと目を細めながら笑い言う。

「上手くいくと、何もせずとも勝手に情報を吐き出してくれるかもしれん。何、せいぜい利用させてもらうさ」

 冷静で機械的なその顔と、その雰囲気に、外見は全く似ていない筈なのに、私は9年前の出会ったばかりの頃の切嗣(おっと)の姿をダブらせて……。

「アーチ……」

「おーい、何をしとるか。置いてゆくぞ?」

 言いかけた声は、こちらの思惑など欠片も気にしていないだろう征服王の単純明瞭な声にかき消された。

「今行く」

 アーチャーは後ろを振り向くでもなく、乾いた機械のような声でそう答える。私が話しかけるタイミングは失われた。だからそうして一度は言おうと思った続きの言葉を言うでもなく、二人で、豪快でひたすらに巨大な騎乗兵の英霊のあとを追った。

 

 

 

 side.ライダー

 

 

「美味い!!」

 口に入れた瞬間、頬がほころび自然と満面の笑みとなる。目の前に並んだ料理は地味な見た目に反しそれほどの逸品だった。故にその心のままに、余は目の前の料理の作り手に対して、偽らざる本心での感想を漏らす。

「それは何よりだ。私のようなものの手料理が、かの高名な征服王の口に合うのかと思ったものだが、いやはやその心配は杞憂だったようだな」

 そう答えるアーチャーは、初めて会ったときの現代服に身を包んで、からかうような口調で給仕に身をやつしておった。その仕草は手馴れていて、それらが一朝一夕で身についたものじゃないことは、精練された身のこなしからも明白な事実だったと言えよう。

「むむ、これほどの逸品を手がけておいてよく言うわい」

 食事を進めながらも余がそう告げると、アーチャーは苦笑しながらも、追加のつまみでも作ってこようといって立ち上がった。その顔は満更でもなく、本人も口ほど今の状況を悪く思ってはいなさそうだ。全く素直じゃないやつだのぉ。

 アーチャーは最初から余の思っておった通り、相当にお人よしな人間であるらしかった。

『いささか珍妙な形だが、これがこの国の由緒正しい酒器だそうだ』と、余が竹の柄杓を取り出すと『ライダー、君のその知識は正しくない。由緒正しい酒器とはこういうものを言う』というなり、どこからともなく黒く艶やかな杯を人数分用意したり、『酒にはつまみがいるだろう』と口にするやいなや、見たことの無い料理を次々と運んできたり、これで人が良くない筈が無い。

 おまけに、アーチャーの手料理だというそれらの品々は、驚くほど美味しく、それらを口にするだけで、この白髪褐色肌の女サーヴァントの人間性が伝わってくるというものだ。

 スタイルもいいし、美女とまでは言わんが顔も悪くない。その上料理上手で、甲斐甲斐しく世話焼きで接待も上手い。ここまで良い女の条件が揃っといて、こやつが戦で名を上げた英霊ちゅうのも不思議なもんだ。着飾らない衣装と、可愛げのない喋り口調が正直勿体無い。これで愛想が良ければ落ちぬ男もそうおらんだろうに。

「……なにかね? そうじろじろ見られるのはあまり気分のいいものではないのだが」

 アーチャーは余の視線に気づいたのだろう、怪訝気な表情で、素っ気なくそんなことをいう。

「おぬし、その喋り方、もう少しなんとかならんのか?」

「は?」

「折角可愛い顔をしておるというのに、勿体無いぞ」

 言うと、あからさまにアーチャーの体が固まった。ついで、とてつもなく重たいため息をひとつ吐くと、この白髪の女サーヴァントは、頭が痛いといわんばかりにこめかみのあたりを手で押さえながら、不機嫌そうな声でこんなことを言う。

「……私がどんな喋り方をしていようと、君には関係なかろう。あと可愛いとはなんだ、可愛いとは」

「何を言うか。勿体無い。そもそも」

「ええい! そこまでにせよ!!」

 そんなまるで自分の価値に対して無理解な女に対し、まだも言い募ろうとした時、余の声は第三者の声にはばまられた。声高に告げられた可愛らしい少女の声に、どうやら街のほうで声をかけた件の人物が到着したらしいと悟る。

「な、セイバー?」

 セイバーと呼ばれるその少女は、怒りに眦をつり上げ、仁王立ちで我らを見ながらこんな言葉を言う。

「ライダー、貴様勝手に余のアーチャーを口説くでないわ!! アーチャー、無事であったか? このような巨大漢の相手などせずともよいぞ。ふふ、ここのところ気色の悪い、芸術性の欠片も無いキチガイの相手ばかりしておったからの。うむ、そなたにまた会えて余は嬉しいぞ!」

 言いながら最後、金髪に赤いドレスを身に着けた少女はアーチャーに向かって突進していった。その顔は全身で喜びを露わにしており、今にも飛び掛らんばかりの形相だ。

 それを受けて、アーチャーは、おっかな吃驚しながら、二、三歩後ろに下がった。が、根がお人好しであるからか、拒絶しきれなかったせいだろう。戸惑いつつも、自分の胸に飛び込んできた少女を避けそこない、セイバーを受け止めて言う。

「いつ私が君のものになったのか、聞いてもいいかね?」

 今にも押し倒されんばかりの現状を、足に力をこめて踏みとどまったアーチャーは、汗を一筋流しながら、困ったような、苦虫を噛んだような顔で件の犯人に問いかける。それに対しセイバーは悪びれることもなく、元気で闊達な声と調子で言葉を返す。

「無論、余がそう決めたからに決まっておろう! 全く、それにしても余がまだ来てもおらなんだのに宴を始めるとは、ひどいではないか。それとも、そなた、余の仕置きが望みか? それなら邪魔者がいなくなったあと、存分にかわいがってやるゆえ、感謝せよ」

「ライダー」

 じろりと、アーチャーが不審げな目で余を見る。どういうことだ、説明しろとその目は雄弁に語っており、余はボリボリと頭の後ろのほうを掻きながら答える。

「いや、な。街の方でこいつの姿を見かけたんで、誘うだけは誘っておいたのさ。遅かったではないか、セイバー。まぁ余と違って歩行(かち)なのだから無理もないか」

「ふん、そう思うのなら余もそなたの戦車に乗せれば良かったのだ。言い捨てるだけ言い捨てていったのはそなたのほうであろう?」

 セイバーはアーチャーに抱きついた姿勢のまま、余のほうを振り向いて眦を吊り上げながら言う。見目麗しい金髪緑眼の美少女が、白髪褐色肌の肉質的な美女(と断言するには、多少贔屓目がある気もするが)にしな垂れかかっている絵図は美しくはあるが、主に赤いドレスの少女の雰囲気が原因で妖しさをも醸し出している。

 花が二人、その絵をこうして観賞しておるのも悪くはないんだが、余がのけ者にされているというのは正直面白くない話だぁな。

「まぁ固いことを言うでない。ほれ、駆けつけ一杯」

 そういって杯になみなみと満たしたワインを渡すと、セイバーは見た目の幼さにそぐわぬ豪胆さでその杯の中身を飲み干した。

「ふむ。悪くはないが、よくもない」

 ありゃ。案外厳しい評価だの。ここらの市場で仕入れた中ではこのワインは中々の一品なのだがなぁ。

 アーチャーはもうセイバーの件は諦めたのか、それとも気を取り直したのか、再び給仕に徹しようとしている。

「つまみでも食べるかね?」

「おお、気がきくではないか」

 いいながらセイバーは、おそらくこの国の料理であろう、見たことのない品々に興味津々に手を伸ばす。

 そしてパクリと、最初の一品を口の中に放り込んだ途端、金紗髪の少女は、その美しき緑眼を見開いて驚きを顕わにした。

「む、こ、これは。アーチャー、今すぐこれを作った者を呼んで参れっ!」

 興奮の体で声を上げる赤いドレスの少女、それを前に白髪の女はむっすりとした表情で口を開く。

「これを作ったのは私だ。……なんだ。君の口には合わなかったか?」

「なんと! そなたがこれを!?」

 セイバーは心底驚いたとばかりに目を見開く。それに、アーチャーは益々不機嫌そうな……というより、ありゃあ拗ねとるのか? そんな顔をして「私が料理を作っては悪いのか」などとぶつくさ言っている。

「いや、悪くなどない! 寧ろ、いい。余は皇帝ゆえ、色んな珍味をも食してきたが、これほどの美味なる料理など初めてよ。これほどのものを作れるとはさぞや高名な料理人かと思うたのだが、よもやそなたの手料理であったとは。感動した。余は嬉しいぞ」

 いいながら本当に満悦な笑みを浮かべ、ニコニコ笑いながら食事を始めた赤いドレスの少女を前にして、アーチャーも機嫌を直したらしい。「お褒めに預かり光栄だ」といいながら、セイバーの杯にワインを注いだ。

 なんというか、アーチャーはどうも素直でないわりにわかりやすいな。あー、なんだ。どこぞで読んだ雑誌にのっておったの。こういうのを確か「つんでれ」というのだったか?

 むぅ……その料理上手なところといい、接待上手なところといい、弁が立つところといい、戦力とか抜きにしてもほしい人材だの。よし、そうと決まれば声をかけるか。余は征服王ゆえな。欲しいと思えばそれに従うが我が王道であるが、やはりまずはストレートに勧誘と洒落込むか?

「アーチャーよ、ものは相談なんじゃが、おぬし、余のメイドにならんか?」

「たわけ」

 しかし余の心を込めた勧誘台詞は、無情な女の一言で切って捨てられた。

「待遇は応相談だぞ?」

「興味がないな」

 それはつけいる隙がないほどの即答だった。

 むむ、こやつ中々に手強いな。

 そんな余とアーチャーのやりとりを見て、自分がのけ者にされたように感じたのだろう、セイバーはアーチャーの腕を右手で引っ張りながら、牽制するように、勢いよく余に向かって吠え出す。

「ライダー! アーチャーは余の花嫁になることが決定しておる!! 余のものに手を出すのならば許さぬぞ」

「私にそんな予定はない」

「いや、そもそも女同士じゃ結婚出来んのではないか?」

 その余のツッコミは全力でスルーされた。そもそも当然のツッコミだろうに、2人そろって無視しなくてもよいのではないか? むむ、世知辛いのぉ。

 だが話題を変えるには丁度良いタイミングだったのかもしれぬ。

「さて、戯れはこの辺りにしておいて、そろそろ本題にでも入るとでもしようか?」

 そう余が口にすると、一斉に弓兵(アーチャー)剣使い(セイバー)たるサーヴァント2人は余へと意識を傾けた。

「冬木の聖杯は万能の願望器と聞くが、さて、おぬしらは聖杯に何を望む?」

 

 

 

 続く

 

 


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