新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
そういえば、うっかりシリーズの本編は第五次聖杯戦争編であり、つまり第四次編は丸ごと伏線回&前日談なわけですが、となると当然構成上ZERO英霊達は脇役なわけで、本来イスカンダルの出番も「メイドにならんか?」シーンぐらいしか初期構想では無かったりしたのですが、イスカの出番はなんていうか勝手に増えていったというか、勝手に出番ぶんどっていって気付いたらメッチャ見せ場も増えていた辺り、イスカは本当マジ征服王だな~って思います。……作中内では脇役の筈なんだけどなあ。

あと、自分が女エミヤさん描写している時脳内再生させている音声はボカロの猫村いろはさん(特に根気Pカバーのエリザベート闇の帝王トート役やっている時の声音)だったりするのですが、それで想像しにくい人は幼少期の士郎演じている野田○子さんの低めの声でもイメージしたらいいと思います。
決して諏訪部声で脳内再生しないように。あんな声の女とか居たら怖いからw


08.慟哭2

 

 

 

 side.遠坂時臣

 

 

 遠坂の自室で、私は自分が(したた)めた書類の数々を点検し直しながら、これまでのことについて回想していた。

 聖杯戦争は、折り返し時点にとっくに入っているといっていいのだろう。

 少なくともアサシン、キャスター、ランサーの3騎のサーヴァントが脱落した今、腹の探り合いである期間(モラトリウム)は終わったといえた。

 あとは互いの駒を取り合うだけだ。

 だが一気に二騎のサーヴァントが脱落した3日前が嘘のように、この2日間というもの大きな変動はなく聖杯戦争は静寂を記しており、故に私が思い出すのは昨日、次代の後継者たる我が娘の中に見いだした希望ともいえる大いなる光だ。

 幼い少女が持つ意志の強い眼差しは、彼女が凡俗とは異なる存在であると強く私に思い知らせた。

 そのことに酷く私は安堵したのだ。

 正直な話をすれば、言峰神父が死んだと知らされるまで、私は聖杯戦争など勝って当然のものだと思っていたのだ。

 そう自負して、自分にはそれを為せる力があると疑わずにここまで来た。

 そう、それはたとえ、英霊が当初望んだ相手とは違うものだったとしても、だ。

 それでも尚勝つのは私だと思い確信していた。私以外の一体誰が聖杯を手に出来るというのか、最もその資格があるのは間違いなく私だとさえも思っていた。

 人はそれを驕りと呼ぶのかもしれない。だが、親交の深かった神父の死を前に私は漸く自分の死の可能性について考えるようになったのだといえよう。

 人は死ぬのだ。呆気なく。

 どれほど死のイメージと遠いものだろうと、死ぬはずのない人物と思っていた相手だろうと、それでも死神の鎌は平等に訪れる。そのことを言峰神父の死をもって私は学んだ。

 だから、もし私が死んだとしても後世には何の不都合もおこらないように、私は手短に出来るだけの用意をした上で、妻の実家に預けた娘へと会いに行った。そう、次代の後継者である凛に。

 語るべきことを語り、別れを告げた。やれるだけのことをしたと私は思う。

 私が凛にとって良き父であれたかについては正直分からない。

 なにせ昨日に至るまで、7歳になる娘の頭を撫でてやったことすらなかったという事に気付いていなかったような、私はそんな父親なのだから。

 考えてみれば、あくまで私は凛にとって父というよりも魔術の師でしかなかったのだろう。

 そんな私が凛の父を堂々と名乗っていいものか。

 しかし少しだけ胸に巣くった不安の種など、名に恥じぬように成長した娘の瞳を見るなり消し飛んだ。

 幼いながらも、家訓に恥じない誇り高き遠坂の娘としての矜持を胸に、自分が遠坂の後継者であるということを正面から受け止め当たり前だと語るその碧い瞳は、自分が如何なるものであるかという自信と自負に満ちあふれていた。

 だからこそ私は何より安心したのだ。

 この子がいる限り遠坂家は大丈夫なのだと。

 遠坂凛、我が最愛の娘、彼女こそが私の一番の誇りなのだと、そう実感せずにはいられなかった。

 ああ、この子が私の子でよかった。

 あの子を授かったこと、それこそが一番の天恵だと断言出来るだろう。

 その記憶を前に、ふっと顔を綻ばせる。

 が……。

「奏者よ」

 もう暫く余韻に浸りたいという私の思いは、ここ数日ですっかり聞きなれた少女の声に邪魔されることとなった。

「なんだい、セイバー」

 思わず不機嫌な気分になるが、感情のままに他者に当たるなど優雅な振る舞いとはとてもいえない。そのため、無理矢理に平素の声を作って返す。

 そんな私の心の動きになど興味がないのだろう。セイバーは相変わらず傲慢そうな美しい顔の中に、僅かに真面目な色を宿しながら何気ない風にこう告げた。

「サーヴァントが近づいておる」

「何?」

 言われて、遠坂の使い魔を近くに放つ。

 そうして最初に確認したのは雷鳴と共に走る車輪であり、その上に乗っているのは赤毛の大男と小柄な魔術師……間違いなくライダーのサーヴァントとそのマスターだ。

「ふん、目的は余との戦いであろう。客をもてなすは家主の役目であるが、さてどうするのだ、奏者(マスター)よ」

 その言葉に、表情には出さずとも私は内心驚いていた。

 今までは好き勝手にこちらの指示も聞かず戦ってきたセイバーだったのだが、まさか私に意志を尋ねてくる日が来るとは思っても見なかったからだ。

 だが、先日のランサーの急変、あれを思えばこの態度も無理がないのかもしれない。

 あのタイミングを合わせたかのような、不要となったものを切り捨てるかの如き自害……ランサーのマスターが自らの意志でランサーに令呪で命じたとも考えがたいし、「する」としても早すぎる。

 故に誰にでもわかるこの方程式で出される答えは1つだけだろう。

 そう……何者かが暗躍している、とあの自害は示唆していた。

 そのことをセイバーも自覚しているからこそのこの言葉なのだろう。

 まあ、その候補として最も可能性が高いのは魔術師殺しである衛宮切嗣だろうが……しかし、確信に至ほどの情報が揃っているかといえばそれはなく、故に今回のランサー自決事件の犯人候補を彼女に教えたこともないのだが……それでももしかしたら私の事をセイバーなりに気遣ってくれているのかもしれないと、その傲慢気な色の中に僅かに見えた真摯さを前に私は考えた。

「そうだな」

 ふむ、と暫し思案する。

 まずは表だって立ちはだかった敵である、あのマケドニアの大王のことについて考える。

 ライダーの宝具について述べるなら、あの戦車といい固有結界といい、どちらもひたすらに派手で破壊力がありすぎるのが特徴といえるだろう。

 他者を迎え撃つにあたり魔術師の工房としての自宅の備えに、多くの魔術師の例に漏れず私も多大な自信はあるのだが、あの戦車で乗り込まれたら流石にアインツベルンの森の結界の二の舞になりかねない。

 だからといってセイバーと別々に対応する場合、上げられるリスクとして第三者のサーヴァントが出現した時、果たしてどうするかという問題が待ち構えているといっていいのだろう。

 初日のバーサーカーによるセイバーへの襲撃や、あの弓兵のサーヴァントが持つ遠距離射撃の数々について、忘れたわけではないのだ。

 魔術師同士の戦いには勝つ自信があっても、流石にサーヴァント相手に勝てる自信は私にはない。故にこそ数々の思考の結果、セイバーにはこう指示を下すこととした。

「外で向かい撃ちたまえ。ただし、あまり此処から遠く離れすぎるな。いざというときは宝具の使用も許可しよう」

「なんだ、大判振る舞いではないか。よいよい。漸く奏者も少しは乗り気になってきたというだけで此度は満足しようぞ」

 そんな言葉を不敵な顔で笑いながら言い、セイバーは外へと駆けていった。

 相変わらず傲慢な少女だ。

 そんな呆れにも似た感想も浮かぶが、ただで時をこまねくつもりもなく、私は彼女が駆けると同時に使い魔をセイバーとライダーの下に複数飛ばす。

 ライダーは今回はどうやらやる気満々という事らしい。

 セイバーと二言、三言言葉を交わすと、騎乗宝具『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』に乗ったまま、セイバーへと突進していった。セイバーはひらりと赤い衣をなびかせながら、剣を手に踊りかかる。そんな攻防を5分ほど見続けた時だっただろうか。

 ふいに遠坂家の呼び鈴を鳴らす音が聞こえて、私は精神同調の術を一旦解く事とした。

(誰だ? こんな時に)

 そう眉を顰めつつも来客について確認を取る。

 見れば、玄関の外にいたのは今回の聖杯戦争の協力者でもある言峰綺礼だった。

 何者かの来訪。それが敵の襲来ではないことに思わずほっとしながらも私は玄関に出て応対をする。

 言峰綺礼。故・言峰璃正神父が年老いて授かった一人息子。

 私にとって良き弟子であり、3年間私の門下生だった男。この聖杯戦争に置いて亡くなった老言峰神父を除けば最も信頼を置いている相手だ。

 ……それでも相手がただの魔術師だったのなら、弟子とはいえここまで信用はしなかったかもしれないが、幸いというべきなのか綺礼の本職は聖職者であり、神に仕える敬虔な信徒だ。

 魔術師ではない彼が私と敵対する理由もなく、また彼自身の真面目で愚直なまでにひたむきな姿勢と人となりが、信頼に値する人物なのだと私に思わせていた。

 故に身内相手に見せる顔と声音で私は彼に言葉をかける。

「どうしたんだい、綺礼。こんな時に」

導師(マスター)と早急に話したいことがありまして」

 久しぶりに直接顔を合わせることになった魔術の弟子である青年は、師弟の礼に則って深々と頭を下げながらもそんな言葉を吐いた。

 綺礼とはこれまでもそうしてきたように、連絡を取ろうと思えば魔術でいくらでも取れる。

 であるにも関わらず、聖杯戦争中にわざわざ来訪するなんて、周囲に連携している事を告げているようものだ。それを、この慎重な所もある弟子がわからない筈がない。

 私にとって、今がどんなに大事な時なのかは彼とて重々承知しているはずなのに。

 なのにこうして直接顔を合わせて話したい事があるとは、それだけ重要な用件があるということなのだろうか。

 ……綺礼の実父である言峰神父が亡くなったのはつい先日のことだ。もしかしたらそのことについての話なのかもしれないな。

「そうか……君がいうからには相当重要な話なんだろうね。入りたまえ。調度私からも君に話がある」

 そういって私は彼を招き入れた。

 今にして思えばその時綺礼がどんな顔をしていたのか、もっとじっくりと見ておくべきだったのかもしれなかった。

 だがそれに思い至ることもなく私は彼をあっさりと家の中に招いた。

 そのこと自体が驕りだったのだということも、この時の選択がどれほど重要だったのかさえ、思考の外側だった私はこの時犯した最大のミスの存在について、遂にその(キワ)まで理解することはなかったのだから。

 既に全てが遅い。

 

 

 

 

 side.ウェイバー

 

 

 今から3日前、2騎のサーヴァントが脱落した。

 その時の戦いでライダーは宝具「王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)」を使った。

 これはライダーの持つ宝具の中でもとっておきの切り札といっていい代物だった。

 そう信じていた。

 ……だってなにせ王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)っていう宝具は、王と家臣の絆の力を利用して荒野の平原とライダーの配下である歴戦の勇者達をサーヴァントとして召喚するっていう、とんでもなく魔法に近い大魔術……心象世界の現実への具現、固有結界こそがその宝具の全容だったのだから。

 魔術師だって出来る奴はほぼいないに等しいのに、本当とんでもない代物だ。

 魔術師でもなんでもないのにこんなものを呼び出せるなんて、数々の宝具の中でもこれは破格の代物と呼んだっていいだろう。

 数の利は時としてなににも代え難い暴力だ。

 それも召喚する相手が雑兵ではなく、一騎一騎がそれぞれの伝承を持つ英雄だっていうんだから、敵にしてみれば堪らない。

 ライダーの持つ能力は聖杯戦争において反則とさえ言える能力だろう。

 こんなものがある時点で、7騎によるバトルロイヤルである聖杯戦争をどれだけ有利に進められるかなど、想像に難くなかった。

 あれを見て、嗚呼勝つのはきっとこいつだとボクは確信したものだ。

 まあ反面だからこそボク個人の能力の至らなさに臍を噛む想いを受けたし、劣等感をより一層刺激されることにもなったけれど。

 そうやって1人で拗ねていじけて……そんな自分の小ささをこの大王の隣だからこそ余計に実感し凹んだ。

 きっとボクがそんな有様だったからこそ、こいつは言い出せなかったのだろう。その失点と見誤りにも気付かぬ侭。 

 悔しいことに、ボクはその宝具の正確な効力……デメリット部分については、今朝になるまで誤解をし続けていたんだ。

 そんなに都合が良い物なんてこの世にある筈がないのに。

 ライダーだって、元は人間なんだから間違いだって犯す事もあれば、出来ない事だってあった筈で、そのことをこいつの記憶(ゆめ)を通して確かにボクは見てきた筈なのに。

 それがボクがライダーのマスターとして犯した最大のミスだった。

 ライダーは完璧なんだと、完璧な王で出来ないものはないんだと、そうどこかで楽観していたんだろう。

 サーヴァントの仕組みを知ればそんな馬鹿な話があるわけがないのに。

 だってライダーは……サーヴァントは魂喰いだ。

 其処にいるだけで魔力や生命力を消費する存在なんだ。

 それも宝具クラスの能力を使うとなれば消費量も馬鹿にならないし、いくらこいつが破格クラスのサーヴァントといっても貯蔵魔力量には限りがあり、だからこそマスターは存在しているんだ。サーヴァントに魔力を与えるために。

 けど川原の戦いで使った時も、その前日にアサシン相手に使った時も、ボクからもっていかれた魔力はあまりに少なすぎて、だからボクは誤解した。能力の割に燃費の良い必殺技なんだなと、そんな風に。

 だけど考えてみれば当たり前な話、大禁術である固有結界がそんなに燃費がいい能力である筈がなかったんだ。

 ライダーは、展開する魔力は呼んだみんなで分担するから必要なのは呼ぶ時だけだ、結界の維持にはさほど魔力を消費しないなんて言って誤魔化してたけど、思えば其の時点で怪しむべきだったんだ。

 現世から異次元にある英霊の座に呼びかけるだけでも相当な魔力を必要とするのだって。

 この対軍宝具はどんなに誤魔化したところで、実際は莫大な魔力を必要とするもので、ライダーはあんなに生身の身体にこだわっていたのにも関わらず、2度の固有結界使用が原因で霊体化して魔力の回復に努めるしかないほどに消耗した。

 これが現実であり、二度の大技を使った際に起きたボクらの陣営の顛末だ。

 でもまあこれはボクのミスだ。ボクが未熟だったから起きた事だ。

 しょうがないから、アイツを召喚した場所で魔力の回復に努めた。

 結果、あいつは夕方になって漸く戦闘が出来るくらいには力を回復させることが出来たという。それでも、アイツ曰く「王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)」を展開するのはあと1回が限度らしい。

 ったく、まだ敵サーヴァントがあと3人も残っているってのに、なんでコイツはそういう大事なことを言わないんだ。本当腹が立つ。

 そりゃボクは頼りないかもしれないけど、マスターなのにお前に碌に魔力すら提供出来てないようなそんな三流魔術師かもしれないけど、それでもボクはお前のマスターなんだぞ。

 ……いつもは尊大で自分勝手なくせに、変なところで気を遣うなよな、バカライダー。

「それで、誰と戦いに行くんだ?」

 そんな風にやや不機嫌な気持ちと、自分への情けなさや悔しさといった感情を捨てきれないながらも、それでも気持ちを切り替えるため、ボクはそんな問いかけをこの聖杯戦争に置ける相棒相手に投げかける。

「そうさなぁ……今夜は、セイバーの奴の相手でもしてやるか」

 漸く3日ぶりに実体に戻れたライダー……こと、征服王イスカンダルは、ボクへの返答にそんな言葉を顎をぽりぽりとかきながら、散歩にでもいくかのような口調で口にした。

 それに少し呆れたような気持ちで冷やかすようにボクは言う。

「また酒の誘いとかじゃないだろうな?」

「当然だ。奴とは語るだけのことは語り尽くした。あとは矛を交えるまでよ」

 そう気負う事もなく王者の風格すら纏って古代の征服王は言ってのけた。

 それは飄々といってるようでいて、どこか獰猛さを秘めた声で。

 セイバーとの戦いを至極当たり前だと肯定する自信に満ちあふれたその声は、マスターとしてなら心強い類のものなんだろうけれど……ふと、酒盛りの時のことを思い出しながら、ボクは疑問を1つこの赤毛の大王に向かって投げかけていた。

「アーチャーのやつは?」

「うん? なんだ、坊主? 藪から棒に」

 ライダーは意外なことを尋ねられたって顔でボクを見ている。それに少しむっとしながらもボクは言葉を続ける。

「オマエだって見ただろ。川原の戦いで。アイツの宝具の破壊力は危険だ。それにかなり遠くから放てるみたいだし、セイバーと戦っている途中にアレを使われたらどうするんだよ。語ること語りつくしたのはアイツも同じ条件だろ? だったら先にアーチャーのほうを片付けたほうがいいんじゃないか?」

 幸いにも、アーチャー自体のステータスはキャスターに次いで低いことはこの目で確認済みだ。まぁ、奇襲と多彩なスキルが十八番の弓兵クラスなんだから、そのステータスは当然と言えば当然なんだろうけど。

 でも裏を返せば、遠距離戦は危険な相手でも、近接戦闘に徹したら勝つのは難しい相手とも思えなかった。

 そんな風に各々の能力を分析した上で言えば、ライダーはほけっと奇妙なものを見たような目でじろじろとボクを眺める。

 ……至極当たり前のことを言っただけのはずなのに、なんでそんな呆れたような目で人をみてやがるんですかね、このバカサーヴァントは。

 そして咳払いを1つした後、ライダーは呆れたようなどこか諭すような声でこんな言葉を放った。

「あのな、坊主……何も全ての英霊と戦う必要なんてなかろう? なにせ、まだ聖杯が本当にあるのかすらわからないんだからな」

「ん? どういうことだよ」

 確かに他にもサーヴァントはいるんだから、潰しあうのを待つ手もあるけどさ。

 でもそういうことを言いたいわけでもないみたいだけど。

 そう思いつつもボクが耳を傾ける姿勢になったことを悟ったのだろう。ライダーはこう言葉を続けた。

「冬木の聖杯とやらが本当に噂どおりのシロモノだってぇ保障はどこにもない。違うか?」

 そうしてライダーが語ったのは自分の生前の話だった。

 『最果ての海(オケアノス)』を目指して世界を荒らし、自分を信じてついてきた者達を随分死なせたこと。現代に召喚されて、地球は丸いことを知り、自分がかつて目指したものなど、この世にはなかったということを知ったこと。

 自分の理想はただの妄想でしかなかったという、そんな話をだ。

「余はなぁ、もう、その手の与太話で誰かを死なせるのは嫌なんだ。丸い大地と同じぐらいに途方もない裏切りが、潜んでいないとも限らぬからな。そんな、あるともないともわからんもののために、あんな無欲でお人よしの小娘を手にかけるとなると、どうも夢見が悪くなりそうでなぁ」

 いやいや、敵サーヴァント相手に無欲でお人よしの小娘扱いって……何考えてんだコイツはと、そこまで思って思い出したのは、アインツベルンの城で給仕に励んでいたかの白髪の弓兵の姿だった。

 あ、うん……あの姿はちょっととてもじゃないけど聖杯戦争のサーヴァントには見えなかったというか、本来の意味の従者(サーヴァント)にしか見えなかったけどね……紅茶美味かったな。

 まぁ、願いは何かと尋ねられて、「マスターを守り抜き、家族の下へ無事返すこと」なんて自然体で微笑みながら言ってる時点で、確かに無欲なお人よしにしか見えなかった気もするけど。

 それでもあれは敵サーヴァントなんだぞ。

 もしかしたら、あれも全部演技だったのかもしれないじゃないか。

 そんなことをあの女(アーチャー)を全く警戒していない自分の従者を前にして、ぐるぐる考えた。

「……んで、アーチャーとは戦う気ないのに、セイバーとは戦うのかよ、オマエ」

 それって矛盾しているんじゃないのか、と思いつつのボクの質問だったが、それに対してこの大男はこう返答した。

「当然よ。あやつは王の中の王、皇帝を名乗っておるのだぞ? 余は数々の国を征服せし大王、征服王イスカンダルぞ。王は二人といらぬ。それにあやつは臣下となる器でも無しとなれば尚更よ。故に出会えば戦うのは必然のことであろうが」

 そう言い切る姿は、あまりにも威風に満ちていて……ムカツクことに、ボクはそんな言葉を吐くこいつの存在に魅せられていたのだ。

「わかったよ」

 だから、そう返事をかえすしかなかった。

 

 ライダーの宝具「神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)」に乗って、トオサカの家があるだろう深山町のほうに2人で向かう。

 まもなくこちらの魔力に気付いたのだろう、紅いドレスを身に纏った金髪の小柄な少女が現れ、裏山のほうへとこちらを誘った。

 そして決戦前の前口上へと剣士と騎乗兵のサーヴァントは流れ込む。

「よぉ、セイバー。3日ぶりだな」

「そうよの。ところで、今宵は酒盛りの誘いではあるまいな?」

 歪な紅い大剣を携えた少女は、いつもの傲慢そうな微笑を浮かべながら揶揄るような言葉を放つ。

 そんな相手に笑う余裕さえ見せつけて、マケドニアの大王は豪快な声音でその宣言を行う。

「まさか。もう、貴様とは必要がなかろう」

「ふむ。全くもってその通りよ。わかっておるではないか、稀代の大王(イスカンダル)よ。余とそなたは所詮、合い争うのが定め。さあ、今宵は余と踊ってもらうぞ!」

 そのにやりと吊り上げられた口角、不遜に告げられた紅き少女の宣言、それがこの戦いの口火だった。

 

 紅い大剣を携えた小柄な少女が、己が言葉どおりクルクルと踊るように斬りかかってくる。それをライダーは戦車(チヤリオツト)にのったまま躱し、いなす。

 まずは動き回る足を絶とうというのだろう。

 少女の目線と動きは戦車を引く神牛に狙いをつけている。

 ライダーもそれがわかっているからだろう。縦横無尽に手綱を引きながら、逆に少女を轢き殺そうと進撃を繰り返す。

 金髪緑眼の女剣士はそれに対し、軽快なバックステップを踏みながら軌道から逃れて見せた。

 そんな風に攻防を繰り返す度、紅い衣がひらひらと舞って戦場に華を添えていた。

 いかに障害物が多い場所を戦場に選ぼうとも、この征服王の駆る神の戦車を前にしては全てが無駄に見える。

 神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)は、土を削り、木を薙ぎ倒し、石つぶてを撒き散らしながら、目前の紅き少女を蹂躙しようと唸りを上げて突き進んでいく。

 まるでその姿は死神(さなが)らだ。

 だけど、一見絶体絶命な状況に置かれている剣使いの少女は、それでも不敵な笑みを絶やすことはなく、こちらを翻弄するように自由な動きで紅の大剣を振る舞い続ける。

喝采は剣戟の如く(グラディサヌス・ブラウセルン)!」

「いかん!」

 そう少女が叫んだかと思うと、戦車を引く神の牛は悲鳴を一つ上げ……ライダーは雷を纏わせながら空中へと強引に手綱を切り、逃れさせる。

 ぎりぎりで回避が間に合ったのか、神牛のうち一匹は片足に重傷を負っていた。

 それでも死んでいないのならば、時間と共に回復するだろう。

 けどこれだけ戦車の要である神牛に傷がついてしまっては、神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)の真名開放技である遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)の使用は諦めるほか無くなった。

 それは切り札の1つを失った事を意味しているみたいなものだ。

 だけどそんな状況にもかかわらず、ライダーは「あやつめ、中々やりおるわい」と感心したような声で呟いて、戦の高揚感を前に爛々と瞳を輝かせていた。

 全くこの男は、どこでも変わらない。

 そのことがマスターとして少し誇らしい。

「何をごちゃごちゃ言っておる。さっさと降りてこぬか」

 セイバーは苛立たしげにそう怒鳴ると、ちゃきっと大剣を構えなおしながら不敵にこう告げる。

「そちらが来ぬなら余がゆくぞ」

「ほう? こちらに対抗する術があったのか? 余が見たところ、貴様には制空権をもつ相手に対抗する術はないように思っておったがな」

「ふ……余を見縊るでないわ。そのようなもの……余は持っておる(・・・・・・・)!」

 そう金紗髪の少女が宣言した時だった。

 それは一体どういうからくりなのか、ボクにはさっぱりわからないけれど、空中を足場に変え、少女は空を駆け上がってきたんだ。

 思わず驚きに目を見開くが、バカみたいだけどこれは現実だった。

「なんと」

 そのあまりにも突飛極まりない光景を前に、ライダーすら感嘆の息を漏らす。

「覚悟せい!」

 その言葉と同時に、少女の足が神牛の頭を踏み台にして、戦車内にいるライダーへと踊りかかってきた。

 ライダーは手に持った愛剣を片手に彼女の剣を受け止めた。

 そしてそのまま間髪入れずに、ざっと手綱を引いて一気に距離を離す。少女は空中が地面であるかのように、はじき飛ばされた先の空中で体制を整えた。

 かと思えば、次の刹那には再び軽やかに飛んで、紅いドレスを風にはためかせながらライダーへと迫り来る。それをライダーは手綱と剣を巧みに操って少女をその度いなし弾いた。

 

 そんな斬り合いを幾度結んだ時だっただろうか。十は下らない数だったと思う。

「ふふ……」

「ははは……」

 暴君たる風情をもつ紅いドレスの女が、突如そんな風に如何にも楽しげに笑い出した。

 自分の従者もそれに倣って高らかに笑う。

 そして剣士の英霊として呼ばれた少女は、益々甲高くも傲慢で豪快な笑い声を上げながら、華やいだ声でこう告げた。

「あはははは! なんとも愉快、痛烈なものよな! 余は楽しい! 楽しいぞ!」

 そなたもであろう、と、その緑の瞳は問うような色を混ぜてライダーを見返す。

 それに対し是と肯定するように、この赤毛の大男もまた言葉と表情を返した。

「がっはっは。全くだ。うむ、貴様を我が軍勢に加えられぬとは全く持って残念よ!」

 口ではそうは言うけど、実際横で見ていると言うほど残念そうでもなく、ライダーは手綱にこめる力を上げながら晴れやかでいて猛々しい気を放ちつつ、赤いドレスの少女に相対する。

 女も油断なく紅い剣を構えて、獰猛な瞳で己の敵(ライダー)を見据えながら、コロコロと鈴を転がすような声で言葉を続けた。

「ふふ、まだそのような戯言を言うか。よいよい。そなたと遊ぶのも中々楽しかったがそろそろ終わりに……」

 そこまでセイバーが口にした時だった。

 突如女の表情が、何か重大な事があったかのように変化を記したのは。

 自然、それに伴いどんな状況でも形作られていたあの傲慢な笑みも失われる。次いで隙を見せる事も疎わず、少女が視線をやったのはトオサカの屋敷がある方角だった。

 そしてその態度の変化を合図に、セイバーはもうライダーには興味が失せたといわんばかりのスピードで、主の館をめざし一目散に駆けてゆく。

 それを見てボクは思う。セイバーのマスターになにかあったのか? と。

 いや、あったからこそのこの反応なのだろうけど。

 しかし、それはあくまでセイバーサイドの事情だ。これまで存分にやりあっていたというのに、いきなり無視されたことに、ライダーは不服そうに小さな唸りを上げながら不満の言葉を述べる。

「おいおい、セイバーよ。ここまで来て、貴様どこに行くつもりだ? ちぃ~と、虫がいいんじゃないか?」

 ライダーが立ち塞がるように女の行く方角へ戦車を滑らせると、目前の紅いドレスの少女は、余裕が無い搾り出すような声をあげて言った。

「…………退()け」

「むぅ?」

 何を都合の良い事を言ってるんだとばかりにセイバーを見るライダーだったが、そんな赤毛の大男の反応を前に、苛立たしげに少女は舌打ちをして、鬼気迫る声音で大音声を張り上げた。

「ええい! 余が退けと言うたのだ、さっさと退かぬか!」

 

 

 続く

 

 


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