新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
とりあえず次回の話までがワンセットで一つの第四時聖杯戦争編8話『慟哭』になるわけですが、ワンセットの癖に長かったなと思いますが、流石にこれより長い話はないと思いますので、そこはご安心(?)下さい。
ではどうぞ。

 ……嗚呼、なんて哀れなマリーちゃん。
 母の罪を偏に自分に押しつけられて、兄を殺したのは自分と思い込まされた。
 しかしこの哀れな少女の元には、還ってきて欲しいものは最後に戻ってくるのです。
 けれど、さて、童話と違うこの物語の哀れな子羊(マリーちゃん)に、還ってくるものなど有り得るのでしょうか?
 その答えは第五次編で。


08.慟哭4

 

 

 

 母さんが僕を殺して

 父さんが僕を食べた

 妹のマリーちゃんは

 僕の骨を絹のハンカチに包んで

 杜松(ねず)の木の下に埋めた

 キウェット キウェット

 何て美しい鳥なんだ僕は

                        

             【グリム童話《杜松の木》より】

 

 

 

 

 side.間桐雁夜

 

 

「神父…………こんな小細工に、本当に令呪を二つも費やすだけの意味があったのか?」

 眼下にそびえている冬木の街並みを見下ろしながら、俺は隣に立つ僧衣を纏った男へと胡乱気に視線をやり、そう覚えた疑問を口にした。

 ……底が知れない不気味な男だな、と考えながら。

 それに対し自分よりも年少の、憎き天敵の弟子でもあった男は、見ている方がどこか不安を覚えるような笑みを浮かべながら、ゆったりとした口調でこんな風に返答を返した。

「案ずる必要はないのだ」

 本当にそうなのだろうか……?

「雁夜、私に協力する限り、君は惜しむことなく令呪を浪費して構わない。……さぁ、手を出したまえ」

 その言葉を前に、すっかり一年前と変貌した、干からびた老人のような枯れ木の如き己が右手を男に差し出す。

 すると、男の低い聖言と共に失われた二画の令呪は元の輝きを取り戻した。

 ……そのことにより、この神父に協力することと引き替えに提示されていた交換条件が本物である事が示されたわけだが、まさか本当に果たされるとは思わず、息を飲み込み、俺は驚きがちに言葉を漏らす。

「あんた、本当に……」

 父の死により監督役の権限を引き継ぎ、故に令呪の補充すら可能になったことは事前に教えられていたとはいえ、敵だった男の言葉をそのまま信じるほど俺はお人好しでもなく、だからこそこいつの言い分に関しちゃ半信半疑だったんだが、それでもこの神父が示した情報に嘘は無かったらしい。

「言ったとおりだ。雁夜。監督役の任を受け継いだ私には、教会の保管する令呪を任意に再配分する権利がある」

「…………」

 確かにそう聞いてはいたが、そのことを除いても本当に何を考えているのかさっぱりわからない。

 あの深淵みたいな、光を宿していない黒い瞳はひたすらに不気味だ。

 現状では俺にとって唯一の協力者ではあるんだけど、出来れば近寄りたくない人種だなとそう思う。

 ……まあ、協力者といっても上辺だけの付き合いなのだから、こんなものなのかもしれないけど。

 贅沢を言える立場じゃないことがわかっていても、それでも思わず出てくるため息を一つ漏らすと、俺は背後に聳え立つ自分のサーヴァントへと視線をやった。

 その赤毛の巨体に風格……バーサーカーを示す瞳の怨念が滲んだ様さえ除けば、その姿は此度のライダー、征服王イスカンダルに瓜二つだ。その腕には意識の無い1人の白人女が抱えられている。

「…………もういいぞ。バーサーカー」

 その自分の言葉を合図に、狂戦士のサーヴァントは本来の黒く禍々しい甲冑姿に戻っていく。それから世間話のようにバーサーカーのことについて、神父と一言、二言、言葉を交わす。

 それを煩わしい会話だなとそう思った。

 狂戦士というクラスは、維持するだけでも疲労度は他のサーヴァントと比べ物にはならないのだと聞く。

 他のクラスのサーヴァントを従えた経験などないけれど、実際の所、それは事実なんだろう。

 こいつが暴れる度、いや実体化されるだけでもというべきなのか、それだけで体中を蠢く蟲共に俺の命は蝕まれ食われていくわけだから、その際俺が受ける痛みは尋常なものじゃない。

 いくら力を得ることと引き替えとはいえ、そう何度も経験したいものとはいえないだろう。

 そもそも俺はそんなに魔力が潤沢なほうじゃないんだ。

 あまり体に負担が来るのは勘弁して欲しい。

 そう思い、魔力供給を一方的に断ち切ると、バーサーカーは肉体を維持できなくなり、霊体へと戻った。

 同時、どさりとバーサーカーが抱えていた銀髪の女もまた屋上の床へと落ちた。

 それを見やりながら不審げに俺は問う。

「この女が本当に『聖杯の器』なのか?」

 その女は美しい白人女の姿をしていた。

 酷く整った容貌は人間離れしているといって良いのかもしれないし、銀髪赤眼と一風変わった色合いをしてはいるけど、それでも俺の目には普通のどこにでもいるか弱い女にしか見えない。

 強いて言うならこれほどの美女はそういないんだろうなという程度で、それでも俺にとっては葵さんと比べれば霞んでしまう。けどどちらにせよ、とてもじゃないが、男の言うようにこれが聖杯を容れる入れ物であるようには思えなかった。

 そんな俺を前に、クツクツと笑いながら神に仕えている筈の男は言う。

「正しくはこの人形の“中身”が、だがな。あと一人か二人のサーヴァントが脱落すれば、正体を現すことだろう」

 だと良いんだがな。

 ……いくら聖杯を取るためだからって、流石に一般人に手を出すのは俺の心が引ける。

 人間じゃないっていうのなら、良心だって痛まなくて済むんだ。

 なら、そのほうがいい。

「…………聖杯を降ろす儀式の準備は、こちらで引き受ける。その間、この女の身柄は私が預かろう」

 意識の無い女の身体を担ぎ上げる神父の真意を詰問するための視線をくれても、男はただなんでもないかのように微笑を返すばかりだ。

 きっと答える気なんてないんじゃないか。

「心配するな。聖杯は、約束通り君に譲り渡す。私には、願望機など求める理由が無いのでね」

 胡散臭い微笑みだ。

「それ以前にもうひとつ、あんたは俺に約束したはずだ。神父」

「ああ、その件か。……問題ないとも。今夜零時に教会を訪れるがいい。そこで遠坂時臣と対面できるよう、既に段取りは整えてある」

「…………」

 本当に食えない男だと思う。

 元は遠坂時臣に師事しておきながらも聖杯戦争に参加したこの男が、間桐邸の門を叩いたのは今から2時間ばかり前のことだ。

 敵という立場からのいきなりの協力申し込み。

 疑う俺にこの元代行者が放った言葉は、監督役である自分の父が死んだのは遠坂に責任があり、間桐(おれ)の力を借りて、父の仇を討ちたいのだという、本当なのか嘘なのかよくわからない話だった。

 だが、あの妖怪ジジイによると、監督役の老神父が死んだことは本当の事らしい。

 それでも信用出来ないこの男と組んだのは、デメリット以上にメリットが魅力的だったからだ。

 男は遠坂時臣を罠にかける算段、聖杯の器の潜伏場所の情報、任意譲渡可能な保管令呪の数々を所持しており、協力する限りではその恩恵を譲るのだという。

 現にこうして聖杯の器を手元に置き、無くした令呪は元に戻ったわけだけど、それでもこの男は信用してはいけない、そう思えてならなかった。

 それは本能が発する警告だったのかもしれない。

 だけど……。

(桜ちゃん、もう少しだ、まっていてくれ)

 それでも、そんな信用が置けない相手に縋る他無いほど、俺には時間がなかった。

 間桐の家にいる幼い少女を思い出す。

 頭のつま先まで蟲に犯され抜いて絶望に堕ちた少女。俺の想い人の娘。

 ……俺が死ぬことは時間の問題だ。

 けれどそれでもその前になんとしても彼女だけは救わないといけない。

 そんなものは贖罪にすらならないのかもしれないけど、それでもそれが俺の務めなんだ。

 彼女を凛ちゃんや葵さんの元へと返す。いつかまた、あの母娘3人が笑って暮らせる日が来るように。そのためなら、何者をも利用し、この戦いに勝ち抜かなければならないんだ。

 そして、実の娘の将来を奪い、葵さんを泣かせたあの男に今こそ報復と復讐を……。

 

 そんな雁夜(おれ)の様子を愉悦に嗤いながら、二人の男が見ていた。

 そのことに、ただ目の前の暗い感情に身を委ねているだけの俺が気付く事はなかった。

 

 

 

 side.エミヤ

 

 

 ―――――――……剣が蠢く音がする。

 まるで自身が剣になったかのように。

 いや、初めから私は一振りの剣でしかなかった。

 ぎちぎちぎちぎちと、剣の鍔競り合う音がする。

 それは私にとって、心の臓の音と同義だった。

 

 ……漸く身体の束縛が解けたのは、どれくらいの時が過ぎてからだったか。

 すっかり暗くなった空を見れば、多分1時間か2時間は過ぎている筈だが。

 だけど、それらは酷く現実感が無く、全ての感覚が遠く曖昧で、上手く現状が認識出来ていないことを自覚する。

「アイリ……」

 ぎりっと奥歯を噛み締める。

 連れ去ったのはバーサーカーだった。

 それを思えばバーサーカーのマスターたる人間が犯人と疑うのが定石だ。

 しかし……裏で誰が手をひいているのか、過去に生前と死後の二度、第五次聖杯戦争を経験した私には容易に想像がついていた。

 あのやり口、誰にも知られていない筈の場所を正確に知っていた情報力、その他併せて考えて、おそらく犯人はあの男、言峰綺礼だ。これはあの神父のやり口だと、証拠はなくとも確信している。

 だが、今私の胸の内をざわめく感情は、あの神父に対するものではない。

 衛宮切嗣。

 正義の味方に焦がれた魔術使いの男。

 私の義父で、私をかつて救った男で、英霊エミヤ(わたし)の全てを形作った元祖と呼ぶべき存在で、そして今の私の主君(マスター)

 あの背中にかつて憧れた。

 爺さんみたいになりたくて、正義の味方の夢を引き継いだ。

 成長してから聞いた爺さんの噂は、かつて魔術師殺しと呼ばれた凄腕の殺し屋で、誰よりも冷酷な魔術師だったという、実際の彼を知っている身からしたらイメージと相反したそんな噂ばかりだったが、それでも直に本人に触れて育った私は誰よりも切嗣(おやじ)のことを尊敬していたのだ。

 切嗣と暮らしていた5年間、実際に共に過ごした期間は短かったけれど、それでもオレは確かに「楽しかった」のだ。彼が生きている間は、楽しいと、そう思う事が出来た。

 時には子供のように無邪気で、寂れ老いたような風情の、あの朽ちた正義の味方が好きだった。

 憧憬と羨望の対象。

 それが私にとっての衛宮切嗣という男だった。

 それは世界の掃除屋という名の、地獄の日々に堕ちても変わりなく。

 最も美しい想い出の一つとして、様々な記憶が磨耗していく中でも切嗣とあの夜の事が残り続けた。

 だが……。

 ぎりと歯をかみ締め、血がぽたりと落ちる。

 そう、今私は確かに、今生にて守ると誓った男に対して、怒りを覚えていた。

 

 アレは、オレに戦う手段を与えた男だった。

 私の行く末を決定した男だった。

 愛情と名を与えた男だった。

 私の全てを作った男だった。

 どこか歪で我武者羅な人生を、自分が間違っているとすら思わず終えて、守護者に成り果てた私は、救われぬ戦場に召喚され続けて次第に摩擦し、自分を殺すことを夢想するほどの絶望に堕ちた。

 だがしかし、正義の味方というものを忌々しく思うようになってさえ、それでも私にとって衛宮切嗣とは自分を救ってくれたヒーローで、セイバーと同じく、穢せない憧憬だった。

 憧憬であり続けたのだ。

 わかっている。今のマスターであるあの男は、私を育てたあの男(きりつぐ)とは同一人物と同時に別人だ。

 並行世界の人間なのだ。自分を育ててくれた養父とは違う。オレにとっては父でも、あの男にとっては私は他人で、それ以前にただの聖杯戦争の道具(サーヴァント)だ。

 それでも、その根っこの部分までは変わらない筈。

 それが、どうして、よりによって私から戦う手段を奪う……?

 何故、自分の妻である存在が目の前で奪われるのをみすみす許すというのだ。

 今までも言いたいことは色々あったが、もう限界だ。

 あの男に会わなければ……。

 

「何をしておる?」

 その言葉に、はっと顔を上げた。

 そこには天駆ける戦車(チヤリオツト)に乗ったライダーと、そのマスターである少年が揃って私を見ていた。

 こんな近くに敵サーヴァントがいるというのに気付いていなかったというのか、私は。

 自分のあまりの迂闊さに思わず舌打ちをする。

 ライダーはそんな私の様子を知ってか知らずか、まあおそらくはなにも気にしていないのだろうが、よっと掛け声を一つあげると、私の隣に降り立った。

 それと同時に、私は一般人に見られる危険性も考えて簡易な結界をしょうがなく張る。

 それにしても一体、何用なのか。

 そう思う私を前にライダーは僅かに気遣うような色を、神性を示す赤く穏やかな目に乗せてこう言った。

「おぬし、酷い顔をしておるぞ? 全く、若い娘がそんな顔をするもんじゃない。別嬪が台無しというもんだ」

「…………」

 そう告げて、ほら、と自身の主君(ウェイバー)から奪ったハンカチをライダーは私に差し出した。

 それを受け取ることをもせず、じっと真意を尋ねる視線で見続けると、この大きな男は肩を一つ竦ませて「ありゃ、まるで懐かない猫みたいだの」なんてことを、顎をぼりぼり掻きながらぼやいた。

「大分魔力を消費しとるようだし、どこぞの誰かと戦闘でも交わした後か? ん?」

「……だから、どうした」

 そんな征服王の気遣いに、思わず苛立ちが声に滲んだ。

「あん?」

(わたし)が弱っているというのならば、倒せば良かろう。今の私を倒すのなど、君には造作もない。違うか、征服王よ? 全く君も物好きなものだ。敵は倒せるときに倒せ。情けなどかけるな。窮鼠猫を噛むという諺もあるぞ」

 出来るだけ皮肉に聞こえるように言った筈の台詞は、自然と自嘲するような響きを宿して辺りに届いた。

 ……本当に、馬鹿かオレは。これでは挑発にすらなっていないではないか。

 なんて……情けない。

 そんな風にどんどん自虐的な思考を膨らませていく私に対して、この赤毛の大王はふむとなんでもないように顎を1つしゃくると、次いで私の額にひとつデコピンを食らわせた。

 ……地味に痛いな。これを生身で食らっているこの男のマスターについ同情する。

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、赤毛の大王は明るい声音でこんな言葉を続けた。

「な~に、自棄になっとる。それに前にも言った筈だろうが。おぬしをメイドに欲しいとな。殺めたらそれが叶わんではないか」

「って、オマエ、それ本気で言ってたのかよ!」

「当然よ! 余は征服王ぞ。欲しいものは欲しいと言うが我が信条よ」

 そうライダーはがっはっはと豪快に笑いながら告げた。

 そんな自身のサーヴァントの豪放過ぎる発言に、今まで口を挟まなかったウェイバー少年が思わず突っ込みを入れているが、まあ概ね私も同意見である。敵サーヴァントに対しメイドに欲しいなどというふざけた発言を、本気だとどうやって誤解出来るのか、寧ろ逆に教えて欲しいぐらいだ。

 しかし何故かわからないが、この少年を見ていると懐かしいものを感じる気がするのはどうしてなのだろうか。もしや生前に会ったことでもある相手なのか。

 まあ、私の生前に対する記憶は非常に曖昧だ。この少年の歳も歳な事だし、会った事がないとは言い切れないわけだが。

 だが、まあそれは今はどうでもいい問題だ。今の私は衛宮切嗣のサーヴァントなのだから。

「……本当に物好きなことだ。君の考えてることは私にはさっぱりわからんよ。君には私と戦う気はないのか?」

「そもそも、おぬしのような娘がなんで戦いなどに身を投じておるのかのほうが、余にはわからん」

 ふと、真面目な語調になってライダーはそんなことをぽつりと言い出した。

 いきなり何を言い出すのか。読めない男だ。

 本意を確かめる為に、じっとそのまま静かな赤い目を見上げる。

「おぬしは器量もいいし、家庭的だ。料理上手で気配りも上手い。性格とて、物言いこそあれだが、好戦的とは程遠いし、お人よしで善良だ。確かに技量は戦士として申し分ないものを具えているだろうよ。だがなあ、生前何があったかしらぬが、おぬしのような娘っ子が何故戦場に出るようなことを選択したのか余にはさっぱりわからん。既に英霊となった以上過去は変わらんだろうが、おぬしには優しい夫に守られて家庭を築く姿のほうが似合うと、思うのだがなあ」

 そんなことをこの古の大王はしみじみと語ってきた。

 ……意外すぎる答えに思わず脱力しそうになる。

 しかし同時にその征服王の発言に、今の自分が女の姿形をしているという事を厭でも自覚させられて、頭が段々痛くなってきた。

 私がきちんと男の姿で召喚されていたのなら、例え今と言動や行動が同じだったとしても、この男はこんな言葉を私にかけたりしなかった筈だ。いや、そうに違いない。言われて堪るか。

 とは思うものの、私が本来は男であることをこの世界で知っているのはアイリと切嗣の2人だけだし、その2人にしても私の本来の姿を見たことがあるわけではない。

 彼らが知っているのはあくまでも、女の見た目をしたこの姿だけなのだ。

 つまりこの世界で私の性別が男だと真の意味で自覚しているのは、正真正銘私だけであり、周囲から見たら私はただの女に過ぎず、そうとしか目に映ってないのだ。

 今並べられた征服王の言葉は考えたくないと思ってきたそのことについて、指摘するも同然の台詞だった。

 お前は男などではないのだと、言われたようで歯痒い気持ちも少しはある。

 だが、元男だと知られ、今は何故か女になってしまったこの身の不幸を告げて、それで同情でもされてしまえばより一層惨めな気分になるだろうし、本来の性別を信じられず笑い飛ばされたりなどしたら、屈辱のあまり死にたくなるだろう。

 だから、女として扱われることは不愉快にせよ、そもそも切嗣達以外の人間に本来は男なのだと告げる気すらないわけで、だから私の生前もまた女であったと誤解されても、今の私の姿を考えれば文句の言えない誤解なのかも知れないのだが。

 しかし、それでもこうも完全に女だと認識され、扱われるとなるとそれはそれで……なんというか、腹の中に気持ち悪いものがあるな。

 割り切れれば楽なのかもしれんが、何十年も男として生きて死んで、その後も守護者として記憶が磨耗するほどの日々を生前と同じ姿のまま過ごしてきたというのに、今更性別が変わったからといって、女のように振る舞えとか言われても、勘弁しろとしか言えないわけだし。心まで女になりきるなど、とてもじゃないが耐えられん。

 そんなことをぐるぐると考えるが、征服王はそんな風に考え込む私の様子に気付いていないかのように、こう言葉を続けた。

「余としては、セイバーのような輩ならいざ知らず、おぬしのような小娘とは矛を交えたいとも思えんわい。正直言えば、戦場にも出てほしくないぞ」

 ……しかし、そうか。

 今の私は征服王(たにん)にはそう見えているのか。

 意外な発見だ。

 先も思ったが男であった本来の姿ではまず言われないような感想ばかりだな。

 だが、今の自分の消耗具合を併せて考える。

 先ほどはああこの男に言ったが、戦う気がないというのなら、私が助かるのもまた事実なのだ。

 ここで出会ったのがこの男(ライダー)でよかったと、そう思うべきなのだろう。この遠慮のない小娘扱いといい、敵とも見られていないこの態度といい、若干癪ではあるんだがな。

「まあ、とは言うても、おぬしが仮に男だったのなら、話はまた別なのだがな」

 そこまで思いを馳せていた時に、そんな言葉も小さく聞こえてきて、自分が今は女で助かったと思うべきか、それとも本来は男なのに女になったことで情けをかけられたと憤慨するべきなのか、若干悩みそうになったのは、ここだけの話だ。

 ……とりあえず、聞かなかったことにするか。

 詳しく追求して思考を働かせたりすれば、我が身におきた不幸具合に落ち込みそうだからな。

「……見逃してくれるというのなら、素直にありがたく受け止めておこう。先ほどはつい、ああ言ったが、私としても戦闘にならぬというのならそれに越したことはない。なにせ、先を急ぐ身なのでね」

 本当はこの男とこうして話している時間も惜しいくらいだ。

「む? そのようなふらふらの体でどこに行く気だ?」

「君には関係あるまい」

「もしやと思うが……マスターを連れ去られたか?」

 その言葉に、ばっと視線を赤毛の大王に向ける。

 我知らず殺意が滲んだ。

「図星か。なら、しょうがないなぁ。なんなら送ってやっても構わんぞ」

 いいながら、御車台の横をぽんぽんと大きな手で指し示すライダー。

 その邪気のない様子に思わず毒気を抜かれそうになる。油断させて首を掻ききる可能性を考えてはいないのだろうか。なんてことを考えると同時に、この男に怒りを向けたところで全部無駄かもしれないなとも思う。

 それくらいこの男の器は底知らずにでかい。

「結構だ。だが……そうだな。見逃してくれた礼だ。情報を一つやろう」

「ほう?」

 そんな私の言葉に、興味津々な赤茶色い目がこの身ををじっと捉えた。それに対し、私は習い性の皮肉った笑みを口元に乗せてこう告げた。

「バーサーカーには気をつけろ。奴はどうやら他人に変身する能力をもっている。私の前にはライダー、君の姿で現れた。君の前にももしかしたら、君の知っている誰かに化けて現れるかもしれんぞ?」

 

 

 

 side.衛宮切嗣

 

 

 アイリスフィールが連れ去られてから早数時間が経とうとしていた。

 使った令呪、消えたアイリの行方。

 思うところは多く、それらは黒い膿となって僕の感情を圧迫する。心が冷えていく。

 この感情に名をつけるとしたら憎悪となるだろう。

 バーサーカーは間桐家が呼び出したサーヴァントだ。ならば、と思い、間桐家の防護結界を突破して、500年の歴史をもつ御三家の一角へと進入を果たした。

 そこにいたのは、部屋着姿でアルコールを過剰摂取する中年の男だけだった。

「…………アイリスフィールは、どこだ?」

 その濁った目は、質問の意味がわからぬとばかりに見開かれる。

 その仕草にすら苛立った。

「わ、私は、私は…………」

 呂律のまわらない口調でうろたえる男の右手を、その背に乗り上げたまま愛銃で打ち抜く。轟音と共にそれは四散した。そのことに対し、男はヒステリックに叫びながらのた打ち回る。

「し、しししし知らない知らない知らない私は何も知らないッ! あああぁぁッ! 手がッ! ぎゃああああッ!」

「…………」

 とぼけているわけではなさそうだ。

 真実、この男は「何も知らない」のだろう。

 これでも僕は色んな人間を見てきた。だからこそ確信を持って言える事だ。

 そう、僕が追い詰めるその前からこの男の心は折れている。

 この状態の人間が嘘をつける筈もない。

 その事から導き出された答えに思わず舌打ちをもらす。アイリを連れ去ったのは確実に間桐の陣営だろうに、彼女が連れ込まれたのは間桐邸ではなかったのだ。

 もう足元に転がっている人間への興味などなく、そのまま僕は間桐の家を去った。

「舞弥、聞こえるか」

 そのまま無線をオンにして、ザッと相方である女に語りかける。

『はい』

「間桐邸ではなかった。次は…………」

 そうやって次の指示を下そうとしたその時、ぞっとするほどの凍り付いた感情が僕の中へと流れ込み、思わず足を止め耳を(そばだ)てた。

「そこで、何をしている?」

 絶対零度の、聞き慣れたようで聞きなれない女の擦れた低音が、脳に直接叩き込まれるように響く。

 どくり、と心臓が脈打つ。

 反射的に振り返るのと同時に、女はもう僕の目前にいた。

「アー……」

「何を、無駄なことをしている」

 鋼の色の瞳が、嘲笑うような、冷ややかな色を孕んで僕を突き刺す。

「アイリを連れ去った輩を陰から操っているのは、言峰綺礼だ。あんただって本当はわかっているはずだ。それを、こんなところで何をしている」

 意外な名が出たことに内心目を見開く。

 言峰綺礼、この聖杯戦争で一番僕が危険だと思った男。

 だが……あの男は既にサーヴァントを失っていた筈だ。

「わからんとは言わせん。他ならぬ衛宮切嗣がわからぬ筈が無い」

 確信なんてものではない断言。

 女の声は鋭い刃のように重々しく僕の耳に浸透する。

 その次の刹那、白髪長身の女……アーチャーは僕の胸倉を掴み上げて、道路の壁へと押し付けた。

 肺が圧迫され、苦しい。

 だが、それ以上に、その色んな感情が混ざり合って冷え切った、この目の前の女の瞳のほうがずっと痛かった。

 絞り出すような声で女は言葉を紡ぎ出す。

「言え」

 冷え切っていた筈の瞳に感情の焔が燈る。

「何故、私にあんな命を下した!? それほどまでに、我武者羅に探すほどアイリが大事だというのなら、何故みすみす奪われるのを黙認した!? 答えろよ、切嗣(じいさん)!!」

 

 

 

 続く

 

 


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