新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完) 作:EKAWARI
次回で第四時聖杯戦争編は終結します。
それと余談ですが、前回評価欄で何故sideを使用しているのかわからない。この内容が書けるならわざわざsideを使う必要がないのでは……系の質問がありましたので、アンサーしておくと、ただ単にこの物語にはこの形式が1番合っていると判断したから採用しただけですと返答しておきます。
というのも、この話では元が男だったキャラの女へのTSから来た勘違いもの要素があり、その辺りの個々人から見た誤解を含むそれぞれの像を描くのと、群衆劇的な多角的視点を取り入れるには一人称切り替え形式のほうが三人称文よりも都合が良かったというのが第一の理由。
が、これだけなら空白を空けることによって視点の切り替えで対処出来るわけなので、次に第二の理由があり、まあこれがside方式を採用することにした1番でかい理由なのですが。
ぶっちゃけ第五次聖杯戦争編に突入すると同一人物の別人が何人も何人も登場するんですよね。うっかりシリーズって。衛宮士郎とかエミヤさん含めて何人いるんだっけな、レベルで。
なので当然基盤が同じキャラは地の文の言葉遣いとかも同じになるわけで、正直ややこしいというか、多分読んでるほうも空行だけの切り替えだと、「あれ? これ今誰の視点?」とややこしくなってくると思うんですよ。ていうか、多分混乱する人、確実に出るんじゃないかなーと。
だから冒頭で誰視点か入れといたほうが最初っから混乱しないで済むかなと思ったのが、side方式を採用した理由です。
side.エミヤ
……その剣技は、どこか暴風に似ていた。
見た目こそ可憐で小柄な少女が歪な形の赤き大剣を振るえば、轟音を響かせながらコンクリートが抉れ飛ぶ。
かわし切れない飛礫を無視して、私は確実に致命傷になろう技だけをいなし、避けながら、鷹の目のスキルと千里眼を十全に発揮して機を伺い続けた。
「はぁあああッ!」
気合の声を上げて躍り掛かる少女。
ひらひらと揺れるドレスがまるで花が舞うかのようであるのは、以前も見た通りなのに、確実にその姿は以前とは異なっていた。
戦いに望むとき、楽しげに笑みさえ浮かべていた顔に今浮かべるは焦燥。
剣も粗く、少女の拘りでもあっただろう雅さが欠けている。
それでも、小柄な女の細腕で扱う代物としてはあまりに異形な大剣による一撃は、一つ一つが致命傷であることは明白だ。たとえ、剣筋がいつもよりも荒れていようと、油断が出来る相手ではないことは確かだろう。そもそも基礎ステータスの時点で私とこの少女との間には天地ほどの差異があるのだから。
だが、当初の想定以上に私が負う傷は少ない。
それが聖杯戦争の常識だ。
なのに、ここまで傷が少ないのは、私の実力と言うよりも、セイバーの側に問題があるからだ。
セイバーは、この赤いドレスの少女は、私に致命傷を与えようとする時、おそらくは本人にも自覚がないのであろうほどの数瞬、動きを鈍らせる。私がその攻撃に対処するには充分な隙だ。
とはいえ、腐っても相手は剣の英霊。反撃するほどの隙は流石に貰えてはいない。
ゆえに、戦況は膠着する。
ギン、と幾度目か、私の手から干将莫耶が弾き飛ばされる。其れを見ながら、少女は感情を押し消した目でぽつりと言った。
「そなたは、まこと不思議よな」
「…………」
言葉を交わしながらも、少女は剣を振るうのはやめない。
「性格は凡そ戦場には向いておらんだろうに、誰よりも戦士だ」
ヒュッと、風を切って赤き大剣が私の顔の横に向かう。
(!?)
殺意が欠片も滲んでいない、あてるつもりで放った攻撃ではなかったが故の、少しの油断。
少女の歪な形の大剣の調度腕が入るほどの
「剣才も容姿も凡百なのに、それでもそなたは誰より美しい。ふふ、真に惜しい話よ。何故今の我が身はサーヴァントなのであろうな……」
もしも、生身であれば、このままそなたを浚って逃げられるのに。
蚊の鳴くような声で、この赤いドレスの少女はそんな言葉を続けた。
「君は、何を言ってる?」
「そうよの……恨み言……いや、ただの独り言よ」
自嘲するかのような表情と、乾いた声で少女は笑った。
「私から見たら、君のほうが余程不思議だ」
言いながら、私は少女の腹部に右足を打ち込み、怯んだ隙に逃れ、再び距離をとった。
「アレがマスターとは、同情はするがね、それでも我らはサーヴァントだ。ならば、やることは一つだけだろう?」
side.言峰綺礼
待ち望んでいた男との対峙を前に、私の胸は狂喜に震えた。
嗚呼、あれこそが私が待ち望んだ天敵だ。
私の生きている意味だ。
最も許せない男だ。
決して赦してはならない存在だ。
私の欲しいもの、欲しかったものを全て持ちながらにして、ゴミクズのように捨てる、度し難い愚か者。
それを……人として当然の正しい感情をどれだけ私が欲してきたと思っている。
私は、私は妻の死に際までそれを、持つ事が出来なかったのに。
私は妻を、普通に「愛する」ことが出来なかったのに。
当たり前の幸福を、「幸福」とは決して感じる事が出来なかったのに。
出来るものが何故「捨てる」。
どれだけ私がそれを求め続けて来たと思っているんだ。
何が正義だ。
何が世界平和だ。
貴様など赦すものか。
衛宮切嗣。
それを前に心が震える。
自分への辛苦、惨めさ呪わしさが堪らなく愛しい甘い蜜となってこの身へと還る。還っていく。
嗚呼、憎い。とても憎い。
そんな風に思える存在に出会えた事が堪らなく、嬉しかった。
この感情がとても愛おしかった。
もうかつてこの身を苛んだ空虚はどこにもない。
皮肉にも、それは衛宮切嗣のお陰とも言えた。
滑稽な話かもしれない。
だが、神よ……そのような存在を私へと与えてくれた事を感謝します。
心の中で神への感謝の祈りを捧げる。
そして戦いの火蓋は落とされた。
衛宮切嗣が光を灯さぬ黒い眼で私を捉え、黒塗りの銃を構えながら引き金へと手をかける。
放たれた弾丸を苦もなくかわし、黒鍵を二本、目の前の男に向けて放った。
「
男が放ったのだろう言の葉を合図に、突如として男の動きは明らかに不自然なほど早まり、私が放った黒鍵を銃弾で叩き落す。その隙に衛宮切嗣に接近しようとした私の足元で爆破が起こる。
それに対処しようとすれば、その隙を狙って再び男の銃弾が火を噴く。
仕方無しに後ろに僅か下がって手にもった黒鍵を刀身を倍化させて、銃弾を凌いだ。
そこでまたもトラップ。
私の身体を拘束しようとする魔術が発動しかけるが、それを力技で破った。
同時、9mm弾の雨が怒涛のように押し寄せる。それを両腕でガードして、今度こそ切嗣に迫ろうとすると、連続で様々な仕掛けを施されたトラップがこの身を阻んだ。
最早、科学も魔術もごちゃ混ぜで作られた罠の数々は、連鎖反応を起こしながら私を追い詰めようとする。
爆破と拘束をメインに仕掛けられたそれらは中々にえげつない。
近づかれたら終わりだと知っているのだろう男は、遠距離を保ったまま、徹底的に自分を引き寄せようとはしなかった。
(解せんな)
まるで、衛宮切嗣は私の戦い方を知っているかのようだ。
これが初の接触であるにも関わらず。
頭の中では変わらず、男なのか女なのかすらわからぬ声の主が何かを囁いている。
だが、それに耳を傾けるほどの余裕はここではない。
男のコンテンダーが唸りを上げて30-06弾を私に向かって吐き出す。それを予備令呪2個分の魔力を使って右手でもって打ち払う。
流石に令呪をつかったとはいえ無理をしたか、右手は激痛と夥しい血が滴っている。
だが、それは些細なことだ。
コンテンダーで再び攻撃しようとすれば、装填する時間がいる。ならば、勝機はそこにある。
ぐん、と踏み込み接近する。足元で爆破がおきるが、先ほど威力は見て取った。構わない、そのまま走り続ける。ぎょっと、男が先ほども唱えた呪文を使い、私から距離を離そうとする。
させるわけがない。
‘そうだ、それでいい’
何かが笑う。
八極拳が最大の効果を発揮する間合い。予備令呪で強化し、踏み込んだ震脚で男に心臓をも破壊する必殺の一撃を……放ったはずだった。
「全く、本当に人間とは思えないな、貴様は」
短く切られた白髪、皮肉気に吊り上げられた口元から流れる一滴の血、私の一撃を喰らって皹が入っている黒い鎧に、紅い外套。今までいなかったはずの存在がそこにいた。
side.エミヤ
今日の朝、切嗣は二度目の令呪を使った。
私は、若かりし頃の言峰がどれほどのものかは知らない。
だが、あの男の現役時代というだけで、どれほど危険かは考えずともわかるだろう。
それに加えて、私の知る歴史では爺さんはアヴァロンをもっていた上で、セイバーを召喚したわけであり、セイバー自身はそのことを知らなかったわけなのだから、爺さんはアヴァロンの加護を得て戦ったからこそあの男に勝てたのだという可能性が高いように思われた。
しかし、今回の聖杯戦争でよばれた切嗣のサーヴァントは私だ。
アーサー王であるところのアルトリア・ペンドラゴンという少女ではない。
いくら、第一級武装概念である
それだけでも、私が知識として知っている第四次聖杯戦争より、この世界の戦いのほうが大分不利だろうことは想像に難くはなかった。
しかし、だからこその令呪だ。
「次に僕がサーヴァントの真名を呼んだ時、如何なる状況でもマスターの眼前に必ず召喚されろ」
それが今朝に使った切嗣の令呪の内容だった。
令呪は曖昧な命令には効きが弱いが、はっきりとした内容には強い。
その特性を踏まえて、「次に」といつなのかを限定させた。
それならそのときに令呪を使って呼べばいいというふうに思えるかもしれないが、切嗣の場合、アイリが浚われた時の前科がある。
最後まで私を呼ばずに自力でなんとかしようとする可能性がある為、事前に仕込んでおけば否が応でも使わねばならないことを意識するだろうし、土壇場で令呪など使ってしまえば、令呪を使ったということを言峰綺礼に気付かれ、不意がつけなくなる可能性がある。だからこその事前の令呪だった。
そしてその思惑は成功した。
腹部に受けた攻撃は、生身の人間が放ったものとは思えないほど重かった。
だが、霊核が傷つかない限り、魔力さえあればサーヴァントの傷などそのうち回復するし、10年間アヴァロンと共にあった影響なのか、私の傷の回復力は人一倍早い。驚き硬直している男の隙をついて、お返しとばかりに今度は私がその腹部に有りっ丈の力をこめて蹴っ飛ばした。
これが普通の人間ならその時点で四散して果てている事だろう。
だがしかし、元々強化してあったのか、サーヴァントの一撃を受けても腹に穴一つ開くことなく、大した怪我もないまま、僧衣の男は頭を守りながら派手に転がっていった。
それらの光景を見届け、油断無く言峰綺礼の動向へと意識を傾けつつも、後ろにいるだろう養父兼マスターへと軽口を飛ばす。
「
「本当は僕一人でなんとかする気だったんだけどね」
「やはりか。そう言うと思ったよ」
むっすりと、不機嫌な顔を隠そうともせずにそう返すと、わずかに苦笑するような響きが聞こえる。
私は、ぐいと口元から流れる血を拭うと、愛用の弓を構え矢を番えた。
(参ったな)
ダメージは想像よりも酷かった。
きっと、魔力で威力を底上げしていたのだろう。体の中身をぐちゃぐちゃにされたような感じがしている。
いくらガードもせず直撃を受けたとはいえ、仮にもサーヴァント相手にここまでダメージを与えられるなど、本当にあの男は人間なのか。
これを受けたのがもしも切嗣のほうだったら、アヴァロンの加護がないんだ、おそらく即死だっただろう。万が一に備えていてよかったと思う。
矢を放つ際に腹部が軋んだ。そんな自身の状態に構わず、反撃を与えないように矢を連続で放った。傷自体はもうすぐ消えるだろうしそう大したものではないが、この状況でセイバーを呼ばれたらどうしようもない。
おそらくは、令呪を奪ってマスター権を得たのであろうが、確か彼女への令呪は、最初の戦いのときに一回、あのセイバーにマスター換えを了承させるのに一回使っているはずだ。ならば、残る令呪は一画。
それを使って呼んだ場合、セイバーに己が殺される可能性のほうが高いことは理解しているだろうから、やるとも思えないが、楽観視するわけにもいかない。
煙が晴れる、そこには倍化させた黒鍵を携えて、なんでもないかのような姿で立ち上がる神父の姿があった。
(化け物か……!)
あれだけサーヴァントの矢を受けながら全て撃ち落としたなどと、人ではないこの身が言うのも憚られることだろうが、既にこの男、人の領域を凌駕している。
「全く、セイバーの奴も役に立たんな。足止めもまともに出来ぬとは」
嘲笑うように吐き捨て、私が見慣れた姿よりも年若い言峰が腕を掲げる。
「ッ!」
そこには、びっしりと数多くの令呪が浮かんでいた。
(この男……そういうことか)
緊張が走った。
しかしその中にも漂う異常の空気。それは言峰ではなく、その背後で。
それが一体『何』なのか気付いた時、はっと、目を見開いた。
『マスター! あそこに何がある!?』
『そうか、あそこはアイリの……』
「貴様がサーヴァントに頼るというのなら、こちらも相応に……!?」
どろりと、突如膨らんだ黒い泥が、言峰綺礼を襲い、飲み込んだ。
side.ウェイバー
その戦いをボクは最初から最後まで見続けていた。
異国の寺社境内は、ライダーによる固有結界『
砂煙を上げて、その一騎当千の兵達が、ただ一人の男にのみ群がる。
「蹂躙せよ!」
「AAAAALaLaLaLaie!!」
王の命を受けた男達は、雄叫びを上げて返事と返し、各々の武器を手に黒い甲冑へと斬りかかる。それを黒い甲冑の男は逆に斬り伏せていっていた。
(なんて、やつだよ)
ゾクリと背に震えが走る。
千を数える敵を前にしても、狂戦士の武勇に比類なし。狂ってもうマトモな判断力すらないというのに、男は敵の武装を奪い、蹴散らし、同士討ちまでさせ、縦横無尽に戦場を駆け抜けていく。
「―――、――ッ!」
声にならない唸り、怨嗟の声を上げて男は、愛馬ブケファラスに乗っているライダーに向かって剣を手に躍り掛かった。
「むぅっ!?」
手綱を引き、キュプリオトの剣を手に男の攻撃を受け止めるライダー。
細身の黒甲冑の一撃は体格の印象以上に重いのだろう。ライダーの足元が陥没する。
王の危機に駆けつけた兵士達が、左右からバーサーカーへと追撃にかかる。
黒き狂戦士は、しなやかで空気抵抗すらないかのような動きで後ろへと跳躍、そこに群がる兵士どもを切り伏せていった。まるでそれは演舞であるかのような見事な動きで。どれほどの兵士が屠られたのか、数を失い、幻想を保てなくなってきた大地がぐにゃりと曲がる。
「坊主」
いつの間にいたのか、ライダーが、愛馬からボクがいる戦車の御車台まで戻ってきていた。そのまま、どかりと
「ひとつ訊いておかねばならないことがあった」
「え……?」
いつも朗らかな笑みを浮かべている古の征服王の目は、真剣な色を湛えていた。目の前の敵から目を逸らすこともなく真っ直ぐに見上げている。自分の配下が黒甲冑に逆に蹂躙されていく、その様子をだ。
もう、結界は、征服王イスカンダルを象徴するこのライダーの世界は数秒と保たないだろう。
「ウェイバー・ベルベットよ。臣として余に仕える気はあるか?」
はじめは何を言われたのかわからなかった。
続いて、意味を理解した。
つまりはボクも……。
(あの中の一員に加えてもいいと……?)
王と共に歩むのを、その夢を見てもいいんだと、そう言ったのか?
思わず、涙が溢れ出てくる。
「あなたこそ……」
遂に結界が瓦解する。
元の冬木にある異国の寺院へと景観が戻っていく中、涙もそのままに続けた。
「……あなたこそ、ボクの王だ。あなたに仕える。あなたに尽くす。どうかボクを導いてほしい。同じ夢を見させて欲しい」
「うむ、良かろう」
征服王が微笑んだ。
「―――、――――!!」
数多の標的を失ったバーサーカーが、僕らを狙って襲い掛かる。それを車輪を走らせ、弾き飛ばす。
このまま、王と一緒に歩める。そんな風に浮き立つボクを見て、ライダーは、物陰でボクの身体を其処に降ろした。
「え?」
「夢を示すのが王たる余の務め。そして王の示した夢を見極め、後世に語り継ぐのが、臣たる貴様の務めである」
王の背中が遠ざかる。再び踊りかかってくる狂戦士の一撃を王は、手にした剣で受け止めていた。
「ウェイバー。全てを見届けよ。この征服王イスカンダルの勇姿を!」
流れる涙のまま、ボクは頷いた。それが王の意思ならば成し遂げようと思った。
「
真名開放を前に、雷を背負った神牛が、強壮なる嘶きをあげて猛然と目の前の男を轢き殺さんと走る。
「AAAALaLaLaLaLaLaie!!」
最大出力で放たれたその蹂躙に、耐えられる者などいるだろうか。
征服王の咆哮と共に、黒い甲冑の男はついに、敗北した。
がしゃんと、今まで男の姿を隠していた黒い兜が剥がれ落ちる。
その中から現れたのは、かつては美丈夫だっただろうことを連想させる顔だった。狂気を湛えていた目からは、すっと憑き物が落ちたようにそれらの痕跡が消えていく。
「礼を言ったほうがいいのだろうか……」
今までの、声ならぬ唸りとは打って変わった哀愁を帯びた声で、男は言った。
「私は我が王に裁かれたかった。貴方は我が王とは真逆の王でしたが、それでも王によって終わることが出来たのは私にとっては天恵でした」
さらさらと、男の涼しげな顔が、体が崩れていく。
ライダーはそれをただ聞いて、見ていた。
「手間をかけさせました、古の征服王よ」
「うむ。貴様のような猛者にそこまで思われるとは、おぬしの王とやらも、果報者よ」
「はは……そうだったら、よかったのですがね……」
その言葉と、哀愁を帯びた微笑みだけを残して、男は完全に消滅した。
「終わった、のか?」
緊張の糸が解ける。
一時は危なくとも、それでも勝ったのはライダーだ。
たとえ当たり前だと思っていても、その事が嬉しかった。
けれど、ボクが安堵の息を吐いたタイミングをまるで狙ったかのように、今度はライダーの体がさらさらと、指から順に光に解け始めた。
「!? ライダー!?」
驚き、走りよる。
「む……これは、いかんな」
いつもの笑顔で征服王イスカンダルは、そんなことをこともなげに言った。
思わず、ボクの顔がざぁーっと青くなる。
「どういうことだよ、これっ。オマエ勝ったんじゃないのかよっ」
「ああー……うむ、どうやら予備魔力まで使い潰してしまったようだわい」
あはは、と豪快に笑いながらそうボクの王は言った。
(そうだ、なんで気付かなかったんだよ、くそ)
固有結界を使うのはあと一回が限度とは、最初からライダーが言っていたことだ。それに加えて、戦車の真名開放技まで連続で使用したんだ、ボクの供給魔力程度でなんとかなるはずがないじゃないか。
悔しい。
ボクが、魔術師としてもっと力があったら、こんな結末を迎えたりしなかった筈なのに。
そうしたら、ライダーは、ライダーだって……。
「そんな顔をするでない」
諭す様な声と父性に溢れる瞳で王はそんな風にボクに言葉をかける。
そこで、またボクは泣いているのだと気付いた。
「二度目があったのだ。なら三度目がないとは限らんだろう?」
ぐしゃりと、ライダーの大きすぎる手がボクの頭を撫でる。
「しかし、まぁ……此度の遠征も、存分に心躍ったのぅ……」
まるで夢見心地な声音でそんなことを言って、やっぱり最後まで笑顔を浮かべながら、ボクの王はそのまま消えていった。
side.間桐雁夜
体内カら刻印蟲が消えてイく。バーサーカーへの過剰魔力供給ニよる死滅だ。そのバーサーカーモ先ほど消えタ。令呪が消失しタのだ、間違いがナい。
殆ど俺の身体ハ死に体だ。
だが、それでも俺ハ生きてイる。
(勝った……!)
俺は、アの蟲共に勝ったのだ。
今なら、体内かラ見張るあいつらがイない今なら、桜を救イに戻ってもジジイには気付かレない。
(桜ちゃん、あと、少し、あと少しだ)
ぐっと、身体を起こす。荒い息ガ漏れる。ハァハァと、それはマるで獣の唸り声のようダった。
(桜ちゃん、おじさんが、今から行くから。君を助けに行くから)
だから、待っていてくれ……その思考は途中で途切れた。
パンと、何かが弾ける音がした。それが最期。
目の前には、闇よりいっそ闇めいた黒衣に黒髪黒目の女が銃を構えて立っている。
それだけだった。それが全てだった。
side.久宇舞弥
「…………」
目の前に転がる遺体を見る。
それはなんとも奇妙なニンゲンだった。
左の顔は人間とも思えぬ異相で、既に見つけたときから瀕死の身体だった。
とても、サーヴァントを……それも、最も魔力を喰らうバーサーカーのクラスを使役するマスターとも思えない肉体でありながら、それでも男はマスターとして戦い、バーサーカーが斃れた後も、地を這いながらどこぞへと必死に向かっていた。
その姿が憐れで、銃弾を一つ、その男の額へと放っていた。
びくりびくり、と身体を揺らしながら、信じられないような目をして男は死んでいった。
そう、最期に誰かの名前らしき単語を呟きながら。
一体この男が何を考えて聖杯戦争に参加したのかなど、私は知らない。
こんなに憐れな姿になりながら、どうしてそこまで命を繋ごうとしていたのか私にはわからない。男の身体や顔から滲む感情はどれも私には理解が出来ない代物ばかりだ。
こんな、人とも言えぬ姿に成り果てながら、ここまでボロボロになりながら、どうしてそこまでして生きようとしたのだろう。
わからない。
だけど。
(羨ましいのだろうか)
身体だけは切嗣に救われた私。けれど、心は遠い昔に死んでいる。
久宇舞弥と、この名前さえ、私が渡された偽造パスポートに書かれていた名前で私のものじゃない。
自らの望みもない。
ほら、やはり私の心は死んでいる。
死人に生者の気持ちなどわかろう筈がない。それでも、死人は生きている者が妬ましいのだ。
とりとめのない思考。機械にはふさわしくない。
任務完了。自分の命を最優先に、介入できる分は介入をした。そう、それだけでいい。
すっと、男の死体の前で膝をおり、まともな右目だけでも閉じさせた。これもまた、機械らしくない感傷だった。
side.セイバー
「なんだ、これは……」
呆然と呟いて空を見上げる。
黒い太陽、それがこの、市民会館の真上に昇っていた。
「まさか……」
自身でも信じられないくらい目を見開いて其れを見つめる。
「まさか……コレが聖杯の正体というのか?」
……先ほどの戦い、突如としてアーチャーは余の目の前から姿を消した。
霊体化したというわけではない。
あれはマスターによる強制召喚だ。
それに安堵の吐息をついて、余はそれきり戦いを放棄した。
もとより、あのマスターを相手に尽くす気などさらさらない。
アーチャーとの戦いを請け負ったのも、それを拒絶することによって、厄介な令呪を課せられるのを避けたかったが故だ。
余が命令を拒否した時、あの男が何を言い出すのかはわからぬが、どちらにしろ碌でもないことしか言わぬに決まっておる。むしろ、こうしてあの男が目の前にいないこの状況に出くわすとは、余にとって願ってもない展開だ。
先ほどから胸騒ぎもする。
この陰鬱な建物にいつまでも留まっていたくもない。そう思って、地下駐車場を出て、外に出てみた。
そうして、見上げたそのときは普通の空だった其れが、一瞬後には黒い太陽に覆われた。
酷く禍々しい。なんだ、あれは。
ぞっと、背筋が凍る。
アレは、英霊にとってよくないものだ。いや、生身の人でも
この尋常ではないものが突如生まれるはずがない。生まれたのには理由がいるはずだ。
そう、そしてこれくらい途方もない力を発揮するものなど、答えは一つではないか。
「ッ! アーチャー!」
余は踵を返して、焔に包まれていく建物の中へと飛び込んでいった。
side.エミヤ
突如として膨らんだ黒い泥に、言峰綺礼が捕食される。
其れを認識した瞬間、私は
「……ッ」
右足太ももと右腕に突き刺さった黒鍵は腱を切断するように伸びた。それを身体をひねって避けようとするが、体制が悪く、僅か逸れただけで、深々と肉を抉られる。
それを目前で捉え、私への攻撃があったと認識した切嗣の指は速やかに次の動作を放ち、私が地面に着地をするのと、切嗣のコンテンダーが、言峰綺礼の心の臓を打ち抜いたのは同時だった。
「……マスター、助かった」
「君は……」
切嗣が怒りの混じった声音で呟く。
「言いたいことはわかる。だが、話は後だ……あれを破壊する」
だが、それが言葉ほど簡単ではないことは自分でもわかっていた。
最期の足掻きとはいえ、現役時代の言峰綺礼の其れは人間の技を凌駕していた。先の今だ、右手は碌に動かない。腹に受けた傷も漸く回復したばかりだし、また、切嗣が抱えている今の装備では、聖杯を消し去るには心許ない。
その時、がしゃんと、思わぬほうから音が聞こえ、反射的にそちらを振り返った。
そこに現れたのは、今しがた心臓を撃ちぬかれた男の、サーヴァントである剣使いの少女だった。
side.セイバー
気配を追い、アーチャー等がいるであろう部屋へと駆け込む。
そこで余が見たのは、遠くで黒い泥を滴らせながら黄金に輝く杯と、怪我を負ったアーチャーと、そのマスターらしき銃を構えた男と、そして……心臓を撃ちぬかれて死亡している余の汚らわしき奏者の姿だった。
「……綺礼、死んだのか」
ぼそり、と呟く。
全く、あれほど憎らしい男であったのに、死ぬのは呆気がない。
「それで……セイバー? ここまで追いかけてきたということは、やる気と判断してかまわんのかね? 私としては今は勘弁してほしいのだが」
アーチャーは無骨な黒と白の双剣を構えて、そんな言葉を放つ。
全く可愛くない事を言う。
ふん、と鼻で笑って余は高らかに宣言する。
「所詮こやつは余の本来のマスターを殺した不届きなる賊ぞ。死んだとなれば余が従う道理など、どこにもないわ」
言うと、アーチャーは僅かに眉を伏せた。
「それより、そなた、今から何をするつもりでおった?」
いつも通りの不敵な笑いを心がけて表情を作る。
「…………」
答えない、けれどその鋼の目が、言葉よりも雄弁に意思を物語っていた。
ゆるり、口を開く。
「やはりな。そなた、あれを破壊するつもりであろう?」
「君は、邪魔をするかね?」
皮肉そうな表情を浮かべて、女らしくない口調でアーチャーはそんな言葉を吐く。
ほんに無骨な一振りの剣の如きおなごよな。
そういう可愛げのない仕草さえ、余には愛い。
「いや、余が代わろう」
「何?」
余の言葉が意外だったのだろう。
驚いたその顔が、意外にも幼くて愛らしかった。
「あれはこの世の害悪よ。あってはならんものだ。そうそなたも思っていたのであろう?」
アーチャーは目を白黒させて、言葉につまっておる。
くくと、思わず意地の悪い笑みが漏れる。
そして少しの郷愁の想いと僅かな自嘲を秘めながら、余は言葉を綴った。
「余はなぁ……生前、暴君よ、バビロンの妖婦よとそう称され、悪名の限りを受けたし、終には己が民に追われて……今思ってもなんとも惨めな末期を送ったものだ。だがな……それでも余は民を愛していた。市民の幸せをいつでも願っていたぞ。それもな、一つの事実なのだ」
「まさか、君は……」
ふふ、ここまで言えば、流石に余の正体には気付くか。
悪名と汚名をこの身は拭いきれぬほど受けてきた。だが、それでも尚、余は自分の人生を誇っておる。
たとえ、暴君とよばれようと暴君には暴君の矜持がある。
胸を張っていえる。
暴君でも構わぬ。余は余の人生を生き抜いた。
そして余は民草を愛している。愛しているのだ。
それは消せぬ事実だ。
誰にも否定はさせぬ。
「アレは、無辜の民を飲み込むものだ。ならば、あれを始末するのは、王の中の王である皇帝の余の役目よ、たとえそなたでも邪魔は許さぬ」
アーチャーの前へと出ながら、愛剣を構える。
きっとこの赤い弓兵に見えるのは余の背中だけであろう。今、アーチャーはどのような顔をしておるのであろうか。
「それにな」
ふと顔を綻ばせて、後ろを振り返った。
ああ、やっと見れた。全く、なんて顔をしておるのか。抱きしめたくなるではないか。
でも、それは我慢してやろう。仕方ない、本当~に仕方ない。残念だが、それは諦めてやろう。余にここまで我慢させるとは、本当、そなたは罪な女よな。のう、アーチャー。
今だけだ。
今だけ余は、私に戻る。
「余はそなたが好きだ」
笑って、言った。其れを見て、アーチャーがまた目を見開いた。
全く、失礼な奴よな。
もしや、余の言葉を今まで信じておらなんだというのか? ええい、余とて傷つくのだぞ? 本当はな、そなたのつれない態度にだって、いつも辛い思いをしていたのだぞ。全く、鈍感もいい加減にせいよ。
でも、構わぬ。
わからぬのなら何度でも言葉を重ねてやる。
「余はそなたのことが大好きだぞ!」
哀し気な顔をしてくれるな。
そうだな、うん、どうせなら笑って欲しい。
でも、これ以上は時間切れだ。
むぅ、仕方ないことであろうが、残念なものだな、うん。
「築かれよ、我が御殿、黄金の劇場よ!」
前を見据えて宝具を解放する。
「
余の為の舞台が此処に降臨する。
黄金の劇場に浮かぶ黄金の杯という光景は、見た目だけならば美しいのに、どうしてもこうも禍々しいのであろうか。それでもあれが害悪ならば、余のこの手で消し去る。
奏者のおらぬ状態での宝具の解禁、加えあれの破壊までこなせば、余のこの身が保たないのは明白。
だがな……。
(惚れた女を守り抜いて逝けるなら、それも些細なことよな)
「アーチャー」
ふと、笑いながら、もう一度だけ振り向く。最期まで名前も知らない女だった。
でも、今はそれすら構わない。
「今更惚れろとは言わぬ。今からではそなたも辛いだけであろうからな。だがな、余を忘れるでないぞ。よいか。絶対だぞ? 忘れなどしたら、余はそなたを許さぬからな!」
わざと明るい口調で、最期の強がりを言った。
「……達者でな」
そして、自分の残存魔力を使い果たす程の、有りっ丈の魔力をこめる。
「
side.衛宮切嗣
目の前の少女によって聖杯が破壊されていく。
それに伴い、少女も、辺りを包んでいた黄金の劇場も露霞のように消えていった。
(終わったの、か?)
そう思い、息をついた。
その油断を狙っていたかのように、その泥は
「マスター!!」
そして、最後に見たのは、迫りくる泥の軍勢と、右足を引きずりながら僕を庇うように伸ばされた
泥に飲まれる。
NEXT?