新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完) 作:EKAWARI
おまたせしました。今回より第四次終了後~第五次開始前の出来事メインの閑話集『束の間の休息編』がスタートします。
束の間の休息編は、第四次編よりもシリアスダーク陰鬱街道つっぱしる第五次編に入る前の最後の箸休めであり、いかに彼らが原作から乖離していったのかや、衛宮一家の絆に関する話をメインにお送りします。
とりあえず15話ぐらい続く予定ですので、宜しくお願いします。
PS,因みにおまけ漫画は内容自体はにじファン連載時と同じですが、こっちも手直しと一部描き直ししています。
01.新しい家族
side.■■士郎
目覚めたらおれは病院のベットの上にいた。
あとで聞いたところによると、おれがいた地域で生き残ったのはおれ1人だけだったらしい。そうまわりは話していた。
部屋にはおれのほかにも入院している子供が何人かいたけれど、おれがここにいる理由とはまた別だったらしい。自分だけ違うということが、少しだけ寂しかった。
体はまだ碌に動かない。
だからベットから抜け出せるわけでもなく、ぼんやりと日々を過ごした。
そんなある日、おれを訊ねていつかも見た黒と白の2人組がやってきた。
「こんにちは、君が士郎くんだね?」
どこか悲しいような、嬉しいような、切ないような不思議な声音でおれは声をかけられる。
おれは声の主のほうへと視線をやり、ゆっくりと頷いた。
そして……。
「君は知らないおじさんに引き取られるのと、孤児院に引き取られるの、どっちがいいかな」
そう、そんな唐突な事を黒いコートの男に言われ、突きつけられた。
思わず、目をぱちくりすると、その黒いコートの男と同じくらい背の高い白髪の女の人が「切嗣、その物言いはいきなり過ぎるだろう」といいながらため息をついて、それからそっとおれの頭を撫でる。
慈しみの籠もった所作。細められた目。
まるで鋼みたいな色をしているのに、その眼は凄く温かくて優しかった。
「私たちのことは覚えているか?」
少しハスキーで力強くてよく通る、凛とした女の人の声。
その質問に、こくりと頷く。
寧ろ、
あの全てを失った大火災の日、おれがのばした手を掴んだのがこの二人だった。
でも、朦朧とした頭だったにも関わらず、この二人に会った時のことは、あれだけは本当に鮮明に覚えている。
その安堵に満ちた男の顔と、泣きそうなのに目を反らすまいとしていた女の人の顔。
救われたのはおれの筈なのに、まるで本当に救われたのは救ったほうなんじゃないかと、そんな風に思えるような、そんな光景だった。
きっと、あれを忘れる日は来ないんじゃないかと思う。
「そうか。それは、結構。こちらの男は衛宮切嗣、私は……そうだな、シロとでも呼んでくれ」
へえ……シロさんっていうのか。おれと少し名前が似ているんだな。
「切嗣は……いや、私たちは、まあ、なんだ。孤児になった君を引き取りたいと思っている」
引き取りたいって……おれを?
「だが、それはあくまで私たち側の事情だ。嫌なら断ってくれてもかまわん。よく考えて返事をするのだな」
口調は厳しいけど、優しい目をして、そうシロと名乗った女の人はそんな言葉を言った。髪を撫でる手は繊細でその眼差し同様に優しい。
だから、多分おれのことを真剣に考えて言ってくれているんだろう、と思った。
隣の黒いコートの男の人はなんだかそわそわとしている。
そこでふと、この二人はどういう関係なんだろう、と思った。
黒い髪に黒い目の男の人は多分名前からしても日本人なんだと思う。でも、このシロと名乗った人は、髪は真っ白だし、肌は黒いし、変わった目の色をしている。日本人でこんな色をした人なんて見た事がない。でも日本語はぺらぺらだし、違和感ないし、なんだろう。
「あの……」
「なんだ、どうした。もう、決めたのか?」
シロという人は、片眉をあげて、窘めるような声でそんなことを聞く。それに違うと横に一つ首をふると、真っ直ぐに二人を見上げて、おれが持つ疑問を口にした。
「もしかして、夫婦……なのか?」
その言葉に、なんでか知らないけれど、シロという人はずるっとこけた。黒いコートの男はちょっと照れたような顔で、頬をぽりぽりかいている。
「違う」
苦虫を噛み潰したような顔で白い髪の女の人はそういった。
思わず不思議に思って、首をかしげる。
「私も、この男の養子なんだ。つまり、夫婦ではなく親子だ」
ちょっと吃驚した。
だって、確かに黒いコートの男の人とシロって人は年が離れているみたいだけど、親子ほど離れているようには見えなかったから。外見特徴が1つも一致していないから尚更、歳が離れた夫婦なのかと思った。
「まあ、だから、おじさんに引き取られたら、シロは君のお姉さんになるってことだね」
そんなことを嬉しそうに笑いながら、全身真っ黒な男の人は言って、隣の白い髪をくしゃりと撫でた。
(お姉さん)
おれはじっと、白い髪の女の人の顔を見上げる。
会うのは二度目だ。でもなんでだろう。ずっと前から知っているような気がする。
よく知っている人のような気がするんだ。
この2人を見ていると、何故か、胸の奥がぽかぽかと暖かい。
そんな気持ちになるのが、自分でも不思議だった。
「……なんだ?」
あまりにおれがじっと見すぎたからか、褐色の肌のお姉さんは居心地悪そうな顔をして眉を顰めた。
「それで、どうするか決まったかい」
優しい声で、男の人がそう語りかける。
「うん」
気付いたらおれは笑ってた。
笑って言った。
「いいよ。おれ、おじさんたちのところに行く」
そして、その日、おれは■■士郎から衛宮士郎になった。
side.イリヤスフィール
初めての飛行機、初めての日本。そう、生まれて初めての外の世界。
見るもの全てが物珍しくて、でもそれ以上に向こうで待っているっていう新しい家族に会えるのが楽しみで、わたしはそわそわしながら、隣の席にいるアーチャーの腕にぎゅっと抱きついた。
「えへへ」
「イリヤ、のどは渇いていないか?」
アーチャーは出会った頃からちっとも変わらない、慈しみと優しさの籠もった鋼色の瞳でわたしを見ながら、そんな風にわたしに気遣う言葉をかけてくる。
「ううん、大丈夫。それより、わたし、「お姉ちゃん」になるのよね?」
上目遣いにそう聞くと、アーチャーはこくりと一つ頷いて返事を返してくれる。
「士郎とは仲良くするんだよ?」
通路をはさんだ向こう側のキリツグがそんな言葉をいう。シロウ、それがわたしの弟の名前らしい。
そう、わたしの弟。
ずっと兄弟が欲しいなってそう思ってた。
でもわたしは普通の人間じゃないから、それが叶えられるかっていったら無理な可能性のほうが高い事も気付いていた。だけど、とうとうわたしにも本当に兄弟が出来るんだ。
血は繋がっていないかもしれないけれど、それでも嬉しい。
シロウかぁ……わたしの弟になるっていう子はどんな子なんだろう?
わたしは甘えるのが好きだし、本当はお兄ちゃんのほうが欲しかったけど、でもそれは贅沢っていうものよね。
「言われなくてもわかっているわ。わたし、お姉さんだもの、うんと可愛がってあげるんだ」
そしてまだ見ぬ弟に思いを馳せるわたしを前に、アーチャーは優しくわたしの髪を撫でた。
side.衛宮士郎。
おれがこの家にきてから、一ヶ月が経ったある日、
なんでも、爺さんにはシロねえの他に娘がもうひとりいて、とある事情で今まで別々に暮らしていたけど、おれがこの家に慣れたのを見て、そろそろ頃合だと引き取りにいくことにしたらしい。
今は、爺さんの知り合いだという藤村組の孫娘の、藤村大河(タイガーって言ったら怒るから、藤ねえって呼んでる)と、藤村組の人たちが交代でおれの様子を見に来てる。
1人は少し寂しいけど、きっと、もう1人の爺さんの娘だっていうその子も爺さんが迎えに行くまで1人で寂しかったんだろうから、我慢だ。
そして今日、その娘を連れて
藤ねえはシロねえだけじゃなく、それとは別に切嗣に実の娘がいたってことになんだかふてくされているけど、おれは新しい家族がもう一人増えることに内心、ちょっとどきどきしてる。
どんな子かわからないけれど、仲良く出来たら嬉しい。
そして、つい先ほど連絡が来て、ついにその新しい家族を迎えるときが来た。
現れたのは、まるで人形みたいな白い肌に、綺麗な銀髪の、これまた人形みたいに綺麗な女の子だった。
「士郎、この子がイリヤスフィールだよ」
にこにこと、爺さんが笑いながら告げる。
(……嘘だ)
確か、爺さんが迎えに行ったのって実の娘って言ってなかったっけ? でも、この目の前の同い年か少し年下くらいの女の子はどこからどう見ても爺さんには欠片も似ていない。
そのおれの様子を見て、シロねえはため息を一つ、フォローするように口を開く。
「イリヤは母親似なんだ」
いや、いくら母親似だからってここまで爺さんと似てないなんて詐欺みたいだぞ。
あ、でも、シロねえと姉妹っていうのは納得できるかもしれない。肌の色や目の色は全然違うけど、髪の色は似ているし、二人共見てても凄く仲がいい。
にっこりと、人形のような女の子が笑って手を差し出す。すごく可愛い。
思わず、頬が火照って赤面する。
「あなたが、シロウね? わたしが、今日からあなたの姉になるイリヤスフィールよ。よろしくね」
(……姉?)
じっと、目の前の女の子を見る。同い年くらいかと思うその子はおれよりも明らかに小さかった。
「シロウ~? レディが握手を求めているんだから、ちゃんとそれに応えなきゃ駄目でしょ」
むぅと、頬を膨らませてそういうイリヤは年下みたいで、とても可愛かった。益々姉には見えない。
「わたしはシロウのおねえちゃんで、シロウはわたしの弟なんだから、今日からシロウはわたしに絶対服従! わかった」
「いや、イリヤ、それは横暴だ」
思わず、シロねえが突っ込みをいれている。
「嫌だ」
思わず、おれはそう言っていた。
そんなおれに対し、むっとした顔でイリヤがいう。
「嫌ってなに? わたしがおねえちゃんなのが嫌っていったの?」
いかにも不機嫌ですと言わんばかりの顔。
でもそんな顔をしていても、やっぱりイリヤはすごくすっごく可愛かった。
「おれ、イリヤのこと姉には思えないぞ」
「……キ~リ~ツ~グ~!」
イリヤが視線できっと、親父を睨みつけている。どういう教育してんのよ、と言いたげな目だった。
「だって、イリヤ、おれより小さいじゃないか」
そういうと、イリヤはきょとんと、紅くて大きな目を見開いて、それからまだ不満げに「でもわたしが、おねえちゃんなんだからね」とそういった。
「イリヤ」
「おねえちゃん」
「イリヤ」
「おねえちゃん」
「イリヤ」
「おねえちゃん」
「うん、イリヤはイリヤだ」
「もう、シロウのばかばかばか~!」
side.エミヤ
子供達のほほえましいじゃれ合いを背後に、私は茶を沸かす為に台所へと移動し、コンロに火をかける。
どうやら、あの二人は上手くいきそうだ。
今の今までのほほえましいやり取りを思い出して、ふっと笑みを溢す。
(そういえば……)
あれも、衛宮士郎だというのに、驚くほど憎しみの感情はわいてこなかった。
答えを得たから、というだけではないだろう。そもそも、英霊と人にわかれようと同一の存在が其処にあるのなら沸いて当然の、世界の修正による反発心自体が沸いていない。
(もしかして……私の性別が女に変わったからか?)
その可能性はわりと高いような気がしている。
男と女、性別自体が全然違うのだ。いくら元が同一の存在といえど、ここまで違えば、全くの異物である。世界の修正自体が機能を停止している。そう考えたほうが自然な気がした。
「アーチャー」
耳に馴染んだ品のある幼子の声が聞こえ、思わず振り向く。落ち着きをもって、イリヤは其処に佇んでいた。
「どうしたんだ、イリヤ。茶はまだだぞ」
「そういえば、ここでは貴女は「シロ」とよばれているのよね」
先ほどまで士郎相手にあった無邪気で年相応な女の子はなりを潜めて、一人の淑女さながらの雰囲気を纏い彼女はそこに立っていた。
そして神秘的な紅の瞳に理知的な色を湛えて、イリヤは言った。
「ねえ、アーチャー。率直に聞くわ。貴女って、「シロウ」と同じなの?」
思わず、息を飲み込んだ。
「やっぱり。同じなのね。ううん、安心して、誰にも言わないから」
「イリヤ、何故気付いた?」
見た目だけではない。
色も物言いも性別すら違う。なのに気付かれるなど思っても見なかった。
「そうね……。上手くいえないわ。うーん、女の勘ってことにしといて」
言いながら、イリヤは、唄うような声で告げた。
「時々ね、貴女の向こうに見えてたの。赤い髪の男の子。今日、シロウと会って確信したわ。あ、シロウとアーチャーって同じなんだ、って」
その言葉に衝撃が走る。見えていた……?
ヤカンが沸騰した音で、はっと我に返り、火を止めた。
「ねえ」
にっこりとイリヤは微笑む。
神秘的で、まるで本当に童話の中から抜け出してきた妖精かなにかのような微笑みで。
「シロウはわたしの弟なんだから、アーチャーはわたしの妹よね?」
「……は?」
思わず、耳を疑った。
イリヤはいつの間にか、元の年相応の子供に戻って、ふふんと鼻をならして、意地悪気に笑っている。
「アーチャー……ううん、シロ。貴女も今日からわたしの妹なんだから。だから、おねえちゃんに甘えてもいいんだからね!」
そうして満面の笑みで、雪の少女は笑った。
(参った……)
全く、君には昔から勝てたためしがない。
「全く、君には敵わないよ、姉さん」
そして人数分の茶をお盆にのせながら、イリヤと手を繋いで、居間へと戻った。
新しい家族、新しい生活、受肉した体。同一の存在がそこにありながら起きない世界の矛盾の修正。
納得出来ない事も多いけれど、それでもこの小さな手を守れたのなら、きっとこれは悪くないことだった。
いつかの『姉』。
彼女はこうしてここで生きている。
さあ、新しい『衛宮家』を始めよう。
了
おまけ、「再会の約束」