新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
今回の話は士郎視点から見た衛宮一家な感じです。

因みに次回の話はにじファン連載時代未収録の完全書き下ろしSSとなります。


03.授業参観

 

 

 

 side.衛宮士郎

 

 

 俺が衛宮の家に迎えられてから、あっという間に月日が経った。

 今年で俺も小学5年生。

 1つ年上のイリヤと同じ小学校に通うのは今年度で最後だ。そう思うとなんだか少し不思議でくすぐったい。

 あの日、あの大火災の日、全てが燃え尽きて、両親も隣人も帰る場所も何もかも全て失ったと思ったのに、俺は新たな家族の元で穏やかな生活を送っている。

 

 衛宮切嗣。

 俺の今の父親。いつもにこにこ俺たちを見守っている一家の大黒柱。

 家事も仕事もシロねえにまかせっきりっぽいのに、普通の邸宅というにはバカでかいこの屋敷を購入したのはこの人だと聞いた。他にも昔、仕事で溜め込んだんだとかで、働かなくても金はもっているらしい。

 シロねえが言うには、切嗣が今働いていないのは理由があるんだって。

 でも、爺さんに理由を聞いてもはぐらかされるんだよな。

 他にも藤村のじいさんと親交が深いらしく、時々話し合っているのを見かける。そういう時の爺さん(きりつぐ)はキリリとした鋭い目つきもあって、のほほんとした隠居人みたいな家での姿が嘘みたいにかっこいいと思う。

 あの、大火災の日、伸ばした手を包んでくれた大きな手の暖かい感触を思い出す。

 イリヤは爺さんのことを「キリツグは本当だらしないんだから。士郎はあんな大人になっちゃ駄目なんだからね?」っていうけど、それでも俺にとっては、あの火災の記憶のせいもあるかもしれないけど、やっぱり切嗣はヒーローで、憧れの人だなって思う。

 うん、俺は爺さんのこと好きだ。「父さん」とか「親父」とか呼ぶのは照れくさくて中々言えないけど。

 

 シロねえ。

 フルネームは衛宮・S(エス)・アーチェっていうんだって、一緒に暮らし始めてから半年以上経って知った、義理の姉。Sは何の略か教えてもらえなかったけど、「シロ」って本人は名乗ったから、多分シロがつく名前なんだと思う。

 引き取られた日、「なんかおれの名前と似てるんだな」と嬉しくなってそう言うと、シロねえは「そうだな」と複雑そうな顔をして返事をした。理由はわからないけど、悪いことを聞いたのかなと思う。

 シロねえは、一言で言うなら凄い人だ。

 料理なんかもそうだけど、家事全般が得意で、繊細で、いつも家の中はピカピカで、だけどいつ掃除をしたのかとかがちっともわからない。気付いたときには終わってるみたいで、だからいつも手伝おうとしてもタイミングを逃すんだ。

 でも、去年あたりになって、食後の皿洗いを任されたときは、ちょっと認められたみたいで嬉しかった。

 はっきりいって、うちで一番忙しいのはシロねえだと思う。

 色んなところで仕事していて、しかも人に頼まれたらほいほいと引き受けて、しかも完璧にこなすんだ。

 その姿は俺から見ても凄いと思うけど、無心に真摯に何事も取り組む姿は、ちょっと憧れを覚えなくもないけど。自分の時間とか度外視して頼まれごとを引き受けたりするのは、なんだか納得がいかない。もう少し自分を大事にして欲しいとも思う。

 だって、シロねえは、女の人だ。

 地味な格好ばかりいつもしているけど。言葉遣いだってちっとも女性らしくはないけど。

 でも笑顔が綺麗で、気立てもよくて、心配性で、ちょっとわかりづらいけど凄く優しい、女らしい人じゃないか。

 なのに、自分は幸せになっちゃいけない存在だって思っているみたいな顔をしたり、人に利用されるのもまたよしみたいな態度を取るのを見ると、なんだか腹が立ってくる。

 シロねえはもっと、女としての幸せを追求するべきだと思う。恋人の一人でもつくればいいのに。

 でも、男とも普通に話すし、警戒心とかないわりに、この人男にモテるのは嫌がるんだよな。男嫌いでもないっぽいのに、なんでそんなに嫌なのか見ていて結構不思議だ。

 あ、でも恋人を作ればいいとは思うけど、誰でもいいってわけじゃないぞ。

 シロねえにはやっぱりちゃんとした人と付き合って欲しいと思ってる。

 そもそもシロねえって、基本的に凄くしっかりしているし、家事も仕事もなんでも出来るっぽいけど、たまに、変なところでうっかりしているんだよな。包丁と間違えて夫婦剣投影したりとか。

 おまけに美人でスタイルもいいのに、男にモテるのとか嫌がっているわりに、男への警戒心とかないし。

 むぅ、その辺りどうなんだろう。

 弟としては、いつか変な男に騙されないか見ててすごく心配になるんだけどな。だから、いっそきちんとした恋人とか作ってくれたほうが安心するんだけど。でも、シロねえ、そういうの話題に出すだけでも嫌がるんだよな。

 まあ、それで「うちの娘に手を出そうなんて不届き者は僕が仕留めるよ?」「シロはわたしのなんだから、恋人とか作らなくていいの」とか言っちゃううちの家族も別の意味で心配だけど。

 でも、それもみんなシロねえが好きだからなんだと思う。

 うん、俺もシロねえが大好きだ。

 

 俺より1つ年上の姉イリヤ……イリヤスフィールは、ちょっと吃驚するくらいの美人で、うちの小学校で多分一番の有名人じゃないかなと思う。

 まるで雪みたいな白銀の綺麗な長い髪に、紅色の大きな瞳に、透き通るような白い肌で、浮世離れした雰囲気も相俟って、その姿はまるで絵本に出てくる冬の妖精みたいだ。

 今では大分慣れたけど、最初の1年くらいはイリヤのちょっと過剰なスキンシップにいつもドキドキしてた。

 無邪気な笑顔は素直に可愛いと思うし、イリヤは俺より小さいから、姉には見えないんだよな。

 だから、未だにイリヤって呼んでいるけど、今では大切な姉だと思っている。うん、姉だって認めているんだ。でも、今更呼び方を変えるのも照れくさいし、なんだかんだでイリヤって呼び方に愛着をもっているんだと思う。だから、「姉さん」とは呼ばない。

 でも、イリヤはいつも「士郎はお姉ちゃんが守ってあげるんだから」って言ってるくらい、俺の姉だってことに誇りをもっているみたいだから、多分姉さんって呼んだらすっごく喜ぶんだろうなあって思うけど、そんな満面の笑顔を浮かべたイリヤとか見た日には、気恥ずかしさのあまり死ねそうだから、やっぱり呼ばない。

 うん、イリヤはイリヤだ。

 でも、イリヤ、シロねえ相手にまで姉ぶるのは見ていて変だからやめたほうがいいと思うぞ。

 今の俺の家族は、まあ以上、俺を含めての4人になる。

 あ……と、家族じゃないけど、半分家族みたいなものかなって人を忘れてた。

 

 藤ねえ。

 本名は藤村大河っていうんだけど、名前で呼んだら怒られるから、藤ねえって呼んでいる。

 ……でも、切嗣(じいさん)が「大河ちゃん」、シロねえが「大河」、イリヤが「タイガ」って呼ぶのは許してるんだよな。なんで俺だけ怒るんだろう。不公平だ。

 藤ねえは、爺さんと親交の深い、藤村組の孫娘とかで、「冬木の虎」とかよばれてて、まあ実際本人もなんか虎みたいな人だ。

 3日に1回くらいの確率で家へと嵐みたいにやってきて、夕食を平らげては去っていく。うん、あまりにハイテンション過ぎて全然ついていけないぞ。

 藤ねえは爺さんのことが好きらしく、「切嗣さん、切嗣さん」と爺さんによく尻尾をふっている。

 爺さんもそこでにこにこと藤ねえの相手をするから付け上がるんだけど、藤ねえはイリヤが苦手らしくて、しょっちゅう言い負かされている姿を見かけるし、その姿は自分達より一回り年上には見えないし、あれを見ると俺は藤ねえを「女の人」にあまりカウントしたくないなあって思ってしまったりする。

 多分イリヤがいなかったらもっと今以上に頻繁にうちにきていたんじゃないのか? あれ。

 そういえば、藤ねえはこの家に通い始めた最初の頃は、シロねえのことを「本当は切嗣さんの愛人なんじゃないの?」とか疑っていたらしくて、結構つっかかっていたのに、いつの間にかシロねえにも懐いていた。

 俺はそれを餌付けされたんじゃないかと思っている。

 今では藤ねえもシロねえのことが大好きみたいだ。

 なんだかんだいって、俺も藤ねえのことは嫌いじゃない。うん、寧ろ好きなんだと思う。絶対本人には言いたくないけど。だから、こうやって頻繁にうちに来るのは、家族が増えたみたいで嬉しい。

 

「授業参観……か」

 じっと、学校で渡されたプリントを見つめて、俺は思わずため息を一つ吐きだした。

 もうそんな時期が来たのかと思うと、ちょっと憂鬱だ。

 去年も一昨年も、俺はプリントを『家族』の誰にも渡さなかった。

 俺は爺さんも、シロねえも、イリヤもみんな好きだ。大好きで、大切な家族だと思っている。だけど、こういうことは別だなと感じてしまうんだ。

 イリヤは爺さんの実の娘だ。

 イリヤの授業参観があれば、爺さんが行くべきだと思うし、シロねえはいつも忙しい。だから頼みたくない。

 だってシロねえは頼みごとを断らない。自分より他人を優先してしまうそういう人なんだ。

 俺の授業参観なんかに手を患って欲しくない。

 だけど、去年プリントを隠していたことを知ったイリヤに散々怒られたんだよな。「シロウの馬鹿! なんで、そんな大事なことを言わないの! そんなことしていると、シロみたいになっちゃうんだから!!」とか、なんとか。そんなことを言われ叱られたような。

 多分今年も隠したりしたら、イリヤは去年よりも怒るんだろうけど、どうしよう。

 来てほしいか、来て欲しくないかなら、そりゃ来てほしいけど……でも、やっぱり言いづらい。

 だって、授業参観にくるのは、殆どが母親達だ。たまに父親もいるけど、そうだ。

 俺は爺さんもシロねえもイリヤもみんな大事な家族だと思っているけど、でも切嗣もシロねえも俺とは似ていないし、来てくれたところで家族だって理解してくれないかもしれない。シロねえなんて、見た目どう見ても日本人じゃないし、変な噂とか立てられるかもしれない。

 俺のせいで切嗣やシロねえが無責任に色々言われるのは嫌だ。

 うん、イリヤには悪いけど、やっぱり授業参観のことは黙っておこう。

 そう思って、プリントを隠したまま、授業参観の日を迎えた。

 

 クラスメイトの母親たちが揃う教室の風景は、いつもの授業風景とは違っていて、気付いたら軽く緊張して、強張っている自分がいた。

 他のクラスメイトも浮き足立っている。

 先生がパンパンと手を叩いて「はいはい、皆さん静かにしましょう」と声をかける。それでもざわめく教室。多分親に良い所を見せたいんだろうなあってそう思う。俺には見てもらう相手なんていないけど。

 ああ、今年も始まった。

 そう思い、肩の力を抜いたその時、がらりと、扉を開ける音がした。

「すまないが、隣に失礼しても構わないかな」

 小声で、扉の前の誰かの母親に断りを入れる、どこか少年じみたハスキーな女の人の声。

 クラスメイトの視線が、母親達の視線すら、その入ってきた人物へと集まる。

 イリヤの銀髪ともまた違った真っ白な髪を一つに束ね、日本人離れした鋼色の瞳に褐色の肌を、黒いダークスーツに包んでいる一振りの剣のような美しさを持った女性。

 もしネクタイをしていたら、完璧に男装だと思っただろう格好だ。だけど、スーツに包まれてなお、その体躯は隠し切れぬ女の丸みを帯びていて、一種独特の雰囲気がある、長身の若い女。間違いなく、シロねえだ。どこからどう見てもシロねえだ。

 え、なんでさ? なんできてるのさ。

 あまりの周囲との浮きっぷりに、先生も戸惑いながら「失礼ながら、貴女は……? えーと、あ、日本語わかるのかしら?」とか、声を半分裏返しながらそんなことを言ってる。

 シロねえは、周囲の奇異の眼差しに不思議そうな顔をして首を傾げたかと思うと、ついで何かに納得したような顔をして、先生を見て、にこり。男も女も魅了してしまわんばかりの中性的な笑顔を浮かべて、「先生の生徒の衛宮の姉ですよ。私のことはお気になさらず、どうぞ授業の続きを」そんな言葉を放った。

 思わず頬が火照る。

 普段、シロねえは、俺の姉だなんて名乗らないし口にすることもない。どうしよう。なんだか、嬉しいんだか、恥ずかしいんだか、よくわからなくなってきたぞ。

「すげー、衛宮のねえちゃん外人かよ」

「イリヤ先輩ともタイプが違うね」

「衛宮君のお姉さんかっこいい~」

 とか、そんな声は、あー、あー、聞こえてない。聞こえてないったら聞こえてないぞ。

 その日、その時の授業内容のことは、ちっとも頭に残らなかった。

 

 

 

 side.エミヤ

 

 

「明日ね、授業参観なの」

 と、イリヤが言い出したのは昨日の夜のことだった。

「切嗣が行くといっていたからな、知ってはいるが。なんだ? 私も行った方がいいのか?」

 と、イリヤの服を作りながらそう尋ねると、イリヤはむぅ~……と可愛らしく唸りながら、「違う」と苦々しく言った。

「そりゃ、シロが来てくれたら嬉しいけど。あのね、わかっていると思うけど、士郎も明日が授業参観なのよ?」

 真剣な目でそう抗議する白いお姫様。

 とりあえず、作り掛けの衣服を横において、真っ直ぐにイリヤに視線を合わせ「それで?」と尋ねた。

「あいつは私たちに来て欲しくないと思ったから、プリントを渡さなかったのだろう。なら、行くのは却って迷惑だと思うが」

「シ~ロ~!」

 む、イリヤが無敵の姉モードに入っている。

 なんだ? 私は間違ったことは言ってないはずだぞ。

「もう、シロウはね、遠慮してるのよ。きてもらうのは迷惑とか筋違いのこと考えてるの! なんでシロはシロウと同じだったのに、そこがわからないのかしら……」

 ……私にそういわれてもな。

 生前の記憶など、それも小学生時代の記憶など殆ど磨耗して風化しているも同然なんだが。

 だが、ふむ、そうか。遠慮か。自分とは違う衛宮士郎とはいえ、やはり衛宮士郎は衛宮士郎か。

 いかんな。答えを得たからにはそれまでの人生を否定するつもりはもうないが、それでも他の何者にも私と同じ道を辿らせるのだけは御免だ。そういうところも、早期に修正しておかねば。

「シロ、お姉ちゃん命令です。明日の授業参観、シロウのところに行ってきなさい」

 びしり、と指をさして毅然と言い放つイリヤスフィール。

「了解した」

 ちょっと皮肉気な笑顔を浮かべて返答した。

 

 そうして、当日を迎えたわけだが……。

 なんというか、当たり前というか、わかりきっていたことというか……授業参観の参加者は殆どが子供達の母親だ。ここまで大量に子持ちのご婦人方が集まっている光景というのは圧巻だ。

 見た目は私も女とはいえ、精神は未だに男のつもりである身としては、中々に入っていきづらいオーラが漂っている。

 落ち着け、体は剣で出来ている、体は剣で出来ている。うん、大丈夫だ。

 そして、さあ士郎の教室に向かうか、と思ったその時「あら、エミヤさん」と呼び止められた。

 見れば、そこには週2で私が開いている料理教室に通う奥様方の姿が。「こんなところでお会いするなんて」と一人の奥様が言い出した事がきっかけで、私のことを知っている人間が沸いてくる、沸いてくる。

 なんだこの状況?

 そのまま気付いたら10分以上、ご婦人方に取り囲まれて世間話をして過ごす羽目になった。

「すまないが、私も行くところがあってね、ここらで失礼するよ」

 そういって、なんとか囲みを抜け出るのに更に5分かかる事になり、思わぬ所で15分のロスタイムを得る事に……なんでこんなに時間かかっているんだろう、とか思ったりなんてしてないぞ。うん、そうだ。ご婦人方のパワーを侮るなかれ。元英霊でも太刀打ち出来ないものはあるのです。

 そうして、出来るだけ急いで士郎の教室へと入っていった。

 

(全く、なんて顔をしているのだか)

 授業も終わり、こうして今は士郎と二人で歩いているのだが、先ほどから士郎は顔を俯かせたまま、がちごちに緊張したままだ。思わずため息を吐く。

 授業後は、保護者と共に帰宅していいらしいので一緒に自宅に向かって歩いているものの、いつもとの違いようにどう反応していいのやら、何気に困る。

 イリヤは、今日は士郎と一緒に帰って。と、そう言った。

 まあ、たまにはイリヤと切嗣を二人っきりにさせるのも悪くなかろうと思って了承したわけではあるが、なんというか、この空気はどうしたものか。これが他人であればまだ割り切りようがあるのだが、この空気は困る。

 この衛宮士郎は、衛宮士郎であるけれど、私に繋がる衛宮士郎ではないのだから。

「あー……その、なんだ」

 意を決してとりあえず声をかける。

「急に、悪かったな。頼まれてもいないのに行ったりして」

 その私の言葉に、士郎がぴたりと足を止める。

「迷惑だったのならはっきり言え。次からは行かん」

 ぼそり、と小さな声で、士郎が何かを呟いた。

 ん?

「士郎?」

「……ワクなんかじゃない」

 赤い髪が震えている。

「迷惑なんかじゃない」

 そういって、キッと眦を吊り上げながら言葉を続ける士郎の顔は、髪に負けないくらい真っ赤だった。

「シロねえがきてくれて、嬉しかった」

 おい…………私の得意な鉄面皮はどこに行った。

 あれか、これが遠坂の呪いか。発動しないように気をつけてても、変な所で発動するように出来ているのか。

 なんで、私は……顔を赤らめているんだ? ちょっとまて、私のキャラじゃないだろ。なんで顔が火照る!? 士郎の照れ顔は感染するものなのか。いや、普通は感染などしないだろう。

 いかん、自分で自分の思考がわからなくなってきた。心眼スキルはどこ行った。

 いや、落ち着け。いつも通りに振る舞うんだ。いつもの私に戻れ。

「…………そうか」

 とりあえず、返事をかえしてなんでもないように……出来なかった。

 何故、声が上擦る。

 何故、頬の赤みがひかない。

「なら、次からは遠慮するな」

 顔を合わせるのはなんとも気恥ずかしい。

 そっぽを向いて、戸惑ったまま、気付いたらそんな言葉を吐いていた。

「オマエが遠慮をすると、皆が気にする」

「シロねえも?」

 ……何を言った、この子供は。

「シロねえも、俺が遠慮していると気にする?」

 何故、そんな嬉しそうな、期待に満ちた瞳でそんなことを言うんだ?

 私はそんなことを聞く子供じゃなかったはず……うん、そう、磨耗してよく覚えていないがそのはず。

 いや、この衛宮士郎は私にならない私だからそれでよくて、あれ、うん? 自分で自分が本当によくわからなくなってきた。

「なあ、シロねえ。どうなんだよ」

 ああ、もう、そんな眼で見るんじゃない。

 というか、そんなものを一々聞くな。顔から火が吹きそうだ。

「ああ、気にするとも。だから、もうオマエは遠慮なんかするな。満足したか? なら、これでこの話は終いだ、いいな?」

 早口で追い立てるようにそう言って、無理矢理話を打ち切った。

 そもそも、ああ、なんで私はこんな小さな子供相手に(しかも、元は同一人物といえる子供だ)こんな風に心乱されているんだ? 

「うん」

 頷いた少年は、にっこりと、太陽みたいな顔で笑った。

 ……それは今の私にはとても出来ない微笑みで。

「へへっ、シロねえ帰ろうぜ」

 照れ交じりの満面の笑みを浮かべて、士郎はぐいと私の手を引いて家へと歩む。

「ああ、そうだな。帰るか」

 手を繋いで家まで帰って、そしてああ、そういえば士郎から私と手を繋いできたのはこれが初めてだったな、とそんなことを思った。

 夕陽の綺麗な日のことだった。

 

 

 了

 

 

 

 

 

 

 おまけ、「姉というより母親」

 

 

【挿絵表示】

 

 


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