新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完) 作:EKAWARI
今回の話は前回の予告通り水着回兼うっかりシリーズ士郎にとっての「反面教師」回です。
イリヤは合いも変わらず小悪魔おねえちゃんですが、イリヤはそこが良いと思っています。
そういえば、うっかりシリーズでは何故TS+うっかりスキル持ちなエミヤさん主役にしたのか疑問に思われる方もいるかもしれませんが、大体この2つは第五次聖杯戦争編06話のあるシーン書きたさにつけたようなものと、単純に俺がTS女体化大好物な人種だからというのも理由にはあるっちゃあるんですが、それ以上に、うっかりシリーズの前段階構想の時点で当初、「うっかりも女体化もついていない」原作基準のエミヤさんが切嗣くんに召喚される話で脳内シミュレートしてみた結果、どう足掻いても衛宮陣営全員お陀仏バッドエンド、どうしてこうなったこれは酷い悲惨すぎるな18禁バッドにしかならなかったってのがでかい気がします。第五次編にすらたどり着けなかったよ……。
まあ、なんだ。うん、全部衛宮親子が超めんどくさい人種なのが悪いってことで。
side.衛宮士郎
じりじりと、照りつける太陽、真っ青な空、碧い碧い海、そして、大量の人、人、人。
「イリヤたち遅いな」
パラソルを張って、場所を確保し、ぼんやりと言葉を洩らしたら、隣から返事がかえってきた。
「まあ、女性の支度っていうのは、いつだって時間がかかるものだからね」
苦笑しながらそう答えたのは、黒髪黒目で口ひげを生やした中年男性……義父の切嗣だ。
今日はいつも来ている着流しじゃなく、白いパーカーに、日差し避け用のサングラス、青い海水ズボンという普段見ることのない出で立ちで、ゆったりと、持参したやや大きめのクーラーボックスに腰をかけている。
「ほら、シロ、早く!」
やがて、可愛らしい
どうやら待ち人は来たみたいだ。
「ちょっと、まちたまえ。やはり、こういうのはだな」
「言い訳はききませーん。士郎、おまたせっ」
そういって、花のような笑顔と共に現れたのは、可愛らしいピンクのワンピースタイプの水着に身を包んだイリヤだった。それがどれぐらい可愛いかっていったら俺の言葉じゃ上手い表現が見つからない。ただ、1つ言える事は、イリヤの可愛さはそこらのモデルだって裸足で逃げ出しそうな程の破壊力があるってことぐらいだ。
中学2年になって、体つきも女性らしくなってきたのが水着の上からもよくわかる。
ただでさえ、イリヤはとてつもない美人なんだ。それが、こんな風に水着みたいな素肌面積の多い服に身を包んで、満面の笑みを向けてくるとなると、長く一緒にいて慣れているとはいえ、どぎまぎしてしまう。
「ね、ね、似合う? 似合う?」
「あ、うん」
思わず顔を赤らめて、頬をぽりっとかく。
日焼け知らずの真っ白な肌に、結い上げた白銀の長い髪。ぱっちりとした淡い紅色の瞳はとても印象的で、ワンピースタイプ水着の裾のひらひらとしたフリル部分が女の子を強調してて、それがどうしようもなくイリヤを魅力的に飾り立てている。
うっすらと膨らんできた胸元や、健康的なまろい太ももが、見てはいけないものを見たような気がして、正直居た堪れない。
「凄く、似合ってる」
「えへへ、ありがとう」
自分の気持ちを素直に告げるのは中々恥ずかしかったけど、でもこんなイリヤの笑顔が見れるなら悪くないのかもしれない。
俺からの返答をきいて満足そうに笑ったイリヤは、次いで、ぱちり、瞬きを一つして、今度はちょっと頬を膨らませて後ろに振り返る。
「もう、シロも、いつまでもパーカーなんか着てないで、そんなの脱ぎなさい」
「……断る」
そういえば、シロねえもいたんだった。そう思って、イリヤの後ろに目を向けて、つい固まった。
いつもは1つに結っている長い白髪をおろしているシロねえがいた。
健康的な褐色の肌に、水色のパーカーがよく映えていて、その合わせの狭間から、黒のチェックが入った赤い水着と豊かな胸の谷間が僅かに覗いているのが、なんだか凄くいけないものを見た気にさせられる。正直に述べるなら褐色の肌に白い髪というコントラストもあって、凄くエロティックだ。
下に履いているのは、青い超ミニ丈のジーンズ……ホットパンツというんだっけ? に似て見えるけど、多分これも水着なんだろう。
上と下の水着って大体ワンセットで同デザインなほうが普通だと思うけど、上と下で違うデザインのものを組み合わせるのは珍しいんじゃないかなと思う。
だけど、そんなことより、別の驚きが勝って、思わずぽかんとばかみたいに口を開いて呆けてしまった。
「全く、シロは恥ずかしがりなんだから」
「別に、そういうわけではない」
そんな女2人の会話も右から左へと抜けていく。
「士郎、で、シロへの感想は?」
にっこりと、間近で紅色の瞳に問いかけられて、漸く我に返った。
目の前には、ふてくされたように片眉を寄せるシロねえの顔。
普段、シロねえが女らしい格好を身につけることは殆どない。俺やイリヤがプールにいくのに保護者としてついて来るときも、なんだかんだいってシロねえ自身は水着になるのを避けていた。
女性らしい言葉遣いや格好なんてしなくても、シロねえは十分女らしい人だと思うけど、それでも、こんな風な格好をされると、ああ、本当にシロねえは大人の女の人なんだなと、妙に実感させられて、なんだか見ているこっちが気恥ずかしくなってくる。
それは、普段から女の子しているイリヤよりも、意外な一面を見たような気にさせられたってのもあるのかもしれない。もしかしたらこれが所謂ギャップ萌えって奴なのかも。
ちょっとだけ後ろめたい。
「あ、うん……」
でも、そんな照れとかを裏切るように口は素直な感想を弾き出していた。
「綺麗だ」
……あ、シロねえがなんか変な顔している。
俺、おかしなこと言ったっけ?
side.エミヤ
イリヤの「折角家族みんなで海に行くんだから、今度こそちゃんとシロも水着を着てきなさい。一人だけ私服なんて今日という今日は許さないんだから」という言葉に押され、水着を身に着けた矢先から私は後悔に襲われていた。
(……なんでオレは、こんな格好をしているんだろうなあ……)
今の私の肉体はまごうことなく『女』なわけで、なので、今の姿で水着を身に着けるとなれば、それは当然女物水着を身に着けると同義になるわけだが……今更ながら、完全に女そのものの自分の格好を見下ろして、ため息を一つ零さずにはいられなかった。
とりあえず、気休めかもしれないが、上からパーカーだけは羽織ることにした。
イリヤは文句を言ったが、こればかりは譲れない。
「全く、シロは恥ずかしがりなんだから」
イリヤはちょっと怒ったような口調でそんなことを言う。
「別に、そういうわけではない」
私だって、元は男である。
生前なら上半身裸やら、水着姿の一つや二つ披露することやら、別に恥ずかしくもなんともなかった。
それに、女の身体にしても、生前は恋人だっていたわけだし、女性とそういう関係になった経験だっていくらでもある。ああそうとも、女の裸なんて何度も見てきたさ。だがな……これ、今の私の身体だぞ?
そう、問題はこれが、「今の私」の体だっていうことなんだ。
いや、自分が今女性体であることぐらい、ここ数年で十分認識させられてきたさ。
でもな、元男としては、忘れていたいんだよ。その現実。
出来るだけ無視していたいんだよ。
こんな薄布1枚な格好では、ちょっと視線を下におとしただけで、普段以上に自分が「女」になってしまっている事をまざまざと自覚させられて、それが嫌なんだよ。
大体なんで私の胸はこんなにでかいんだ? ライダーといい勝負ではないか。
せめてセイバーや凛並の大きさならば、適当にスルー出来たというものの、こんなにでかいのでは、忘れるほうが難しいだろう。水着などきていたら尚更、少し下に視線をおとすだけで、どうやっても視界に入ってしまう。女そのものの撓わな胸の膨らみ。これを見て男だと思う奴がどこにいる。まずいない。
やはり、イリヤになんといわれようと私服で通すべきだったか。
体型が体型だから完全に女であることを忘れるのは難しいが、それでも「女」を強烈に印象付けるような格好をするよりはまだマシだ。
……まあ、私が水着だのなんだのと、女を意識せずにはいられない格好を避けている理由は、我が身におきた不幸を忘れていたいということのほかに、もう一つあったりするわけだが。
私は、切嗣に召喚されて女の身体になった時以来、肉体の性別が変わっても、心は男のままのつもりでここまで来たわけなのだが……しかし、内心あまり認めたくないながらも、本当に時々だが、自分の精神が肉体の性別に引っ張られているような感じに襲われることがたまにある。
例えを上げるなら、士郎につられて赤面する時とかがそうだな。
まあ、ありえぬ話ではない。
同じ人物でも、異性の性フォルモンを注入すればそれだけで性格とかにも多少の変化があると聞いているし、オレの場合、性別がまるごと変わったんだ。別に肉体性別に引っ張られて多少の影響が出たところで不思議はあるまい。むしろ自然におこる変化だろう。
……だが、嫌だ。
それはオレが嫌だ。
自分が本来男であることを忘れたら、何かが終わりな気がする。
そもそも、別に女になりたい願望があったわけでもないのに、突如女に変わって、それをそのまま受け入れるなんて真似をしてたまるか。私は変態じゃないんだ。異性へのトランス願望なんてない。有り得ない。
だから、自分の心が女に近づくような行為も、ほんっとうにしたくない。やりたくない。
やはり、今の私にとって、この女物の水着姿なんて鬼門も同然である。
いや、本当なんでオレこんな格好しているんだろう。や、今の肉体性別が女だからなんだけど。
ふと、前を見ると士郎が私の姿を見て固まっている。
「士郎、で、シロへの感想は?」
……なんでそんな余計なことを聞くんだ、イリヤスフィール。
あれか、私が困る姿を見て楽しんでいるのか。そうなのか。
「あ、うん……綺麗だ」
……そして、なんで私は厳密には違うとは言え、
しかも、照れるな。眉を下げて笑うな。
くっ……士郎の記憶の中から今日の私について消してしまいたい。
そんな風に羞恥と恥辱に駆られる私を前に、すすっと猫のような仕草でイリヤが近づいてくる。
ついでしゃがめというジェスチャー。
素直に従って、膝を折る私の耳元で一言「シロ、いい加減自分が今女の子であることを受け入れなさい」と、真剣な声音で言い放った。イリヤのその顔……いつか見たアイリスフィールの顔にそっくりだった。流石親子。
ふふ……はははは………………受け入れられるならとっくに受け入れているさ。
出来ない、むしろしたくないからしないんだ。私が士郎と同一人物、つまり私が元は男だと知ってて、なんでそんな酷な提案が出来るんだ、イリヤスフィール。
この世に神も仏もないのか。いや……ないんだろうけど。
……体は剣で出来ている。
ふ……そうとも。私に味方なんているはずがなかったな。ああ、独りは慣れている。
あれ? 空は蒼く晴れ上がっているというのに、目から雨が流れそうだよ。
なんぞこれ……。
ともあれ、折角の海。楽しそうにはしゃぎまわるイリヤと士郎を見ているのは悪くなかった。
そうだな……にぎやかなのを見るのは嫌いじゃない。
二人が喜ぶ姿を見ていたら、来て良かったなと自然と思え、頬が綻ぶ。ふと、横を見ると
なんだ? と不思議に思って首をかしげると、切嗣は穏やかな目をして言った。
「シロも、楽しんできなさい」
それが本当に父親然とした言葉で、一瞬固まる。
「いや、私は……」
別にいらない……だが、それを本当に口にしていいのか?
そう、思ったその時、「シロねえ!」と元気な少年特有のボーイソプラノが後ろから響いて、言葉を遮られたのに内心ほっとしながら、声の主のほうへと顔を向けた。
「どうした、士郎」
「暑いからさ、アイス買ってきた」
見ると、イリヤも二本、士郎も二本アイスを手にしている。イリヤが一本を切嗣に手渡し、嬉しそうな顔をして爺さんが受け取っている。
……普段、イリヤには冷たくあしらわれることも多いから、嬉しさはより
「はい」
そう言うと、士郎は満面の笑みでアイスを私のほうへ差し出しているが……この握り方だと受け取れないんだが、そのあたり気付いていないのか?
「シロ、そのままパクッといっちゃいなさい」
とは、イリヤの談。いや、それはどうなんだ? と思ったのは一瞬。
……まあ、いいか。他人ではないのだ、別に構わんだろう。
身をかがめて、そのまま、アイスを口に含んだ。練乳ミルク味か。夏の風物詩だな。
パシャ。シャッター音が響く。……うん? シャッター音だと?
見れば、今回大河に貰ったという使い捨てカメラを構えたイリヤが、えへへと可愛らしく笑っていて……まて。
「……イリヤ?」
「何?」
「何故、撮ったのか尋ねてもかまわんかね?」
なんとなく、よくない予感がした。
「そんなの、シロが可愛かったからに決まっているじゃない」
いや、そんなのいつ決まった。
それより、その腰に手をあてて、えへんと偉そうにするポーズ……あの虎の影響か!?
「それに、こんなシロの姿、すっごく貴重だもの。うちの学校の生徒に売ったりなんかしたら、高く売れるんじゃないかしら……?」
ふふふと、目を細めて意地悪げに笑うイリヤスフィール。
……いやいや、イリヤ流の冗談……だよな? 半分本気が混ざっていそうでなんだか怖い。
ひくりと、思わず喉を鳴らすと、イリヤは「なんてね。そんな勿体無いことなんて出来ないわ。シロの可愛い姿はわたし専用のアルバムに大切にしまっておくから安心して」と反転、ころっと無邪気な笑顔を浮かべて言い切った。
安心……か?
「世の男達がシロの悶絶水着姿を見て鼻の下のばす姿なんて、おもしろくないもの。シロはわたしのものなんだし」
と、なんだか黒い口調でくすりと言っているイリヤの姿は……あー……幻覚ということにしておこう。
思い出は美しいものだけがいい……。
「シロねえ」
今まで口を挟まずにいた士郎が、自分のアイスを食べながら「アイス、溶けてる」と、先ほどまで私に突き出していたアイスに視線を移しながら言う。
食い物を粗末にするわけにはいかない。「すまない」と一言謝ると、残りのアイスを一気に食べる。
すすっと、そんな私に、再びイリヤが近づいてきて、士郎には聞こえない声で「シロ、なんだかその姿、ちょっとエッチよ?」と言い出してきて、思わず咽る。
「士郎も、よりによってその味を差し出すなんてマニアックよね~……」
「……? イリヤ、なんのことだ?」
身に覚えがないのか、きょとんと首をかしげる士郎は、イリヤとは対照的に純粋無垢を絵に描いたかのようだった。
「って、流石に士郎にはちょっと早かったかな。ううん、こっちの話」
なんていいながら、再びイリヤは小悪魔じみた表情を打ち消して、無邪気な笑顔を顔に浮かべる……が、何を言わんとしていたかわかってしまった私から見たら……逆にそこが恐ろしい。
イリヤ……どこでそんな知識を仕入れてきたんだ……。
おかしいな……真っ当に育ててた……筈なんだがな。
逆に、意味がわかっていない士郎からしたら、その笑顔はまさしく
さて、私はどうしようか、と一騒動が終わって、適当に浜辺を歩いているとき、その光景に遭遇した。
「あの……その、私、連れがいるし……その」
可愛らしい容姿の……多分中学生くらいの女の子が、中・高生くらいの年頃の男4人ほどにかこまれておろおろと視線を彷徨わせている。
「じゃあさ、そのお友達も一緒でいいからさ」
「俺たちと遊ぼうぜ」
ナンパだ。
どう見てもナンパだ。
まあ、夏だし海だからその手の輩が沸くのは当然と言えば当然の季節柄とシチュエーションではあるのだが、あんな子供相手にナンパするとはさてはロリコンか。……あ、声かけているほうも子供だったか。
髪を金に染めた男が、にやにや笑って、茶色い髪の女の子の腕を馴れ馴れしく触っている。
「あの、やめてください」
今にも泣き出しそうな声だ。止めたほうがいいだろうか?
そう思ったその時、あたりの喧騒をつんざくような女の声が鋭く響いた。
「由紀っち、おまたせ~……ってこら!! オマエら、由紀っちに何をしてんだ!!」
と、黒い髪に浅黒い肌の少女が、言葉と同時に「由紀っち」と呼んだ茶色い髪の少女の腕に馴れ馴れしく触っていた男のみぞおちを狙って、とび蹴りを放つ。
「ぐあっ」
蹴りはお手本のように綺麗に決まり、金髪の男はまともに受けて悶絶し酷い顔を晒す。
「蒔ちゃん、鐘ちゃん」
由紀っちとよばれた少女は、目に僅かに涙をためて、とび蹴りを放った少女と、彼女の後ろにいた、クールそうな外見の少女へとたたっと近寄った。その仕草は酷く愛くるしい。
男達は悶絶する男相手に「おい、しょうちゃん!?」などと声をかけて、慌てていた。
「中学生相手にナンパとは、余程女に飢えている連中といったところか」
「鐘、こんなときに呑気なこといってんなっ!!」
由紀っちにこんな顔させるなんて許せん! なんていいながら、がーがーと浅黒い肌の少女が喚く。
「てめえ……」
男達が、仲間を倒された怒りか、三人の娘にむかって、先ほどまでのにやけ面を消して、低く唸った。
「あ」
やべえと言わんばかりの顔をして、現状を把握した黒髪の少女。
「ガキが、いい気になってるんじゃねえっ!」
そういって、男達が拳を振り上げたときには、私は既に行動に移っていた。
音すら立てずに、その学生らしき年代の少年達の拳を全て受け流す。
黒髪の少女は、殴られると思ったのだろう、目をつぶっていたが、自分になにも起きていないのを知ってそっと目を開けた。
「全く、いたいけなお嬢さん方に手をあげるとは、どういう躾を受けて育ってきたのか、是非とも聞いてみたいものだ」
「なっ」
突如、目の前に知らない人間が現れた故か、少年達三人はぱちくりと目を見開く。
「さて、『女』の相手がしたいというのならば、私が相手をしよう」
「ババアが……舐めんなっ!」
そういって、真っ先に突進してきた雀斑の少年を投げ飛ばし、残りの二人も同時に地に沈める。残ったのは先ほど黒髪の少女のとび蹴りを受けて悶絶していた少年だけだ。
ざっと、少年の前まで歩み寄る。
「ひっ」
一瞬で友人を全て沈黙させた私を前に、少年が怯えた声をあげる。
私はにっこりと、わざとらしく笑顔をつくりながら「お友達をちゃんと回収したまえよ」とだけ伝えた。少年はその言葉を聞くなり慌てて飛び上がり、どこぞへと走り去っていった。
見れば、気付けばまわりに人だかりが出来、それらは一斉にぽかーんと私を見てて……自分がやり過ぎてしまったことに気付いた。
くそ、目立つつもりなどなかったのに、注目を集めてどうするというのだ、私は。
内心冷や汗をだらだらかきながら、ごほんと一つ咳払い。ふと、横からきらきらとした視線がやたらと突き刺さって、思わず顔をそちらに向ける。
「すげー……ねえちゃんかっこいい……」
黒髪の、蒔ちゃんとよばれた少女だった。
「あの、先ほどは蒔ちゃんの危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
と、茶色い髪の娘がぺこりと頭を下げる。
礼儀正しくて可愛い、良い子だな……。
「何、礼には及ばん。勝手に私がしゃしゃりでただけだ」
「ほう、謙遜されるか」
クールそうな眼鏡の美少女が感心したようにもからかうようにも聞こえる声で呟く。
次いで、あの黒髪浅黒い肌の少女が瞳を輝かせながら私を見上げ、言った。
「なあ、あんた、名前は?」
その言葉に思わず苦笑する。
きらきらした視線は正直居心地が悪い。私はそんな視線をむけられるような上等な人間じゃないんだが。
タイプの違う3人の中学生らしき少女たち、全てが私を見ている。
なんとも弱ったものだ。
なんだか彼女達を見ていると、何かを思い出しそうになるのだが……肝心のそれが何であるかまではわからず、おかしなもやもやだけが胸に広がっていく。それが少し気持ち悪い。
ふい、と視線を避けるように思わず目線を逸らす。
「何、名乗るほどの者じゃないさ」
そう言って、背中を向ける。
これ以上の彼女達との接触は、避けたかった。
「きゃああ」
折り良くというべきなのか、更になにか言い募ろうとする3人の娘の声を遮るように、近場から悲鳴があがった。これ幸いとその悲鳴の発生源に向かう。
「坊やが、坊やが」
悲鳴の主は母親らしき女性。視線の先には溺れている子供。
どうやら浮き輪をもって遠くまで泳いでいたところ、浮き輪が流されたらしい。その判断を下すと同時に海へと飛び込んだ。
そうだ、名前など名乗るほどのことではない。
ただ私は、私の在るよう在る。それだけだ。
思い出せないことは考えたくなかった。そう、自分を誤魔化すように、ただいつかも望んだだろう作業を繰り返す。それを逃避と、人は呼ぶのだろう。
side.衛宮士郎
その噂が流れ出したのは昼も過ぎてからの頃からだった。
白髪褐色の肌の女ヒーローが行く先々で人々を助けている、と。
溺れている人がいれば飛び込み、ナンパに困っている女性がいたら手助けに入り、暴漢がいれば全て返り討ちにする。女だてらに半端なく強いとか、なんとか。
(絶対、シロねえのことだ)
その噂が耳に届くなり、イリヤなんかは完全に呆れた顔を晒している。
「シロのことは仕方ないわ。わたしたちだけでも遊びましょ」
少しだけ苛立たしそうな顔と声で、そんなことを言ってきたけど……。
「ごめん、イリヤ。俺、シロねえ探してくる」
「あ、待ちなさい士郎」
そういって、人だかりが出来ているところ中心に探して、その姿を見つけた。
泳ぐのに邪魔になったからだろう、水色のパーカーを脱いで、肉質的な体つきを水着で包んだシロねえが、「ふむ、これで大事無い。暫くすれば目を覚ますだろう」なんていいながら、見知らぬ誰かの看病をしていた。その母親らしき若い女性は、「ありがとうございます」とぺこりと頭を下げて、礼を言っている。
思わず呆れた声に俺もなる。
「シロねえ、何やってるんだよ……」
「む? 見たところ子供が熱中症にかかっていたようでな、そのアドバイスをしていただけだ」
「いや、そういうことじゃなくて」
そりゃ人助けは良い事だと俺も思うさ。だけど、そういう問題じゃないだろう?
そもそも、今日はみんなで遊びにきたのに、シロねえは何をやっているんだよと聞きたかったわけで。
「士郎、シロにそういうことについて何を言っても無駄よ」
イリヤはなんだかちょっと怖い笑顔を浮かべてそう言いきる。声が冷え切っているのは多分気のせいじゃない。
怒っている。これは怒っている。
でも、シロねえはそれに気付いているのか気付いていないのか……どっちもありえそうだよな……で、何事もなかったかのように、「では、これで失礼する」と先ほどの子供の母親にぺこりと、頭を下げると、海へとダイブした。見れば、その先に溺れている女性がいた。
あっという間にシロねえがその人に追いつき、肩を貸しながら浜辺へと戻ってくる。
「士郎、いきましょ」
イリヤの声は冷たくて、怒りの程がうかがい知れる程だった。
でも、珍しくも今回は俺も同感だ。
「うん……」
多分、なにを言ったところで、シロねえには無駄なんだろう。
とりあえず、せめて自分達だけでも海水浴にきた子供らしく遊ぼう。そうやって青春を謳歌しよう。
それがきっとこの旅行を企画した切嗣への一番の恩返しになるのだろうから。
そうやって俺は身を引いたわけだけど……。
結局、シロねえの人助け伝説は、爺さんが「帰るよ」と呼びかけるその時まで続いた事を追記しておく。
「士郎……」
車の中、隣り合わせの席で、小さくイリヤの声が響く。
シロねえはどことなく満足そうに助手席で寝入っているように見えた。
「シロみたいな大人になっちゃ駄目よ?」
「うん。肝に銘じておく」
これは、俺が中学1年にあがった年の、とある夏休みの1日の出来事だった。
了
おまけ、「天然タラシ」