新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完) 作:EKAWARI
入念に何度も何度も読み直して加筆修正しているつもりですが、表現が分かりづらい所や誤字脱字がございましたら、お気軽に声をかけていただければ出来るだけ対処させていただきますので、何かあれば一報お願い致します。
サーヴァントとは、聖杯戦争に勝利するために
僕はそれを使ってこの戦いを勝ち抜き、望みをかなえる。
そのために9年前アインツベルンの陣営に入ったのだから。
なのに、其の日呼び出したサーヴァントは、呼ぶ予定だったアーサー王ではなく、白髪褐色の肌の女性サーヴァントだった。
能力値は低いし、一々言うことも本当に英霊なのか疑わしいその女。
言動から自分となんらかの関わりがあるのだろうと予測できたし、未来からの英霊だというのも、発言内容を考えれば驚くことではなかったのかもしれない。
それでも、驚いたのは、そのどこからどうみても女性としか思えないサーヴァントが言った次の発言。
そう、彼女は未来の僕の息子なのだと、そう語ったのだ。
並行世界の話
side.エミヤ
想像していた結果ではあるが、私が放った発言を聞き、並行世界の
「ええと、確認なのだけれど」
我に返ったのはアイリスフィールのほうが先だった。それでもその声には動揺が大分混じっている。
「貴女、女の子よね? 息子って今言ったのかしら?」
「ああ、言った」
やはりか。追求されると思っていた。思わずため息をつく。いきなり女になって何も感じずにいられるほど私は
「ひゃ!?」
その隙をついて、白くて細やかな白魚のような手がいきなり私の胸を掴んだ。
「本物よねえ……」
「ちょ、やめ、え? 何故揉むんだ……!? こら、よさないか」
感心したように呟きながら、
いや、何故揉む。何故そんなところを触るんだ。
心は硝子なんだ、やめてくれ。本当。ついでになんだか腰のあたりがもぞもぞしてくるんだが、これは気のせいか。気のせいにしたいが。そんな自分の反応がまたなんだか嫌だ。しかも、次第に指の動きが巧みになっているような……?
「アイリ!」
がしっ、とその白く女性らしい手を掴んで、それ以上の犯行を止める。今自分は涙目になっているような気がするのだが、多分気のせいだ。そういうことにしておきたい。私の中の男としての名誉のために。そんな私の心に更にダメージを与えるかの如く、アイリの発言が続く。
「あら、ごめんなさい。貴女がとても可愛いから、つい」
にっこりと慈母のような笑顔で告げるアイリスフィール。どうやらそれが犯行理由であったらしい。その笑顔は可愛らしく、発言内容さえ無視すれば心和む表情ではあったが、いくら、女性化しているとはいえ、私の心は男なのだ。可愛いからなんてことを理由にされては内心複雑過ぎる。
ついでに、彼女の言動から流石はイリヤの母親に当たる女性だ、なんて筋違いのことを考えてしまう。
何? それはただの現実逃避ではないのかと?
……否定は出来んな。昨日まで男だったのにいきなり女にされて、現実逃避して何が悪い。
「でも本当にどういうこと? 納得のいく説明はもらえるのかしら?」
「悪いが、女性化については説明できそうもない。私にも説明のつかない現象だからな。が、始めに言っておくがね、私は元々は男だった。だから、その、女性扱いはやめてもらえたら助かる」
とりあえず釘をさす。
見れば、切嗣はじっと、私とアイリスフィールとのやりとりを観察している。自分の出方を見極めようとしているようにも見えた。そんな切嗣を見て、次第に自身の中にも冷静さが戻ってきた。
本当に随分と己は狼狽していたらしい。
だが、いつまでも馴れ合っているだけで済ますわけにもいくまい。何故なら私は、この聖杯戦争に召喚された
「まあ、私からも言いたいことは沢山ある。おそらくマスターの疑問もそれである程度は解消されるだろう。だが、その前に場所を移動しても構わないかね? このような場所で長々と話すのはあまり建設的とはいえないと思うのだが」
その私の発言に、ああ、そういえばと言わんばかりにアイリは口元に手を当て、ちらりと周囲に視線を移した。
この聖堂内に置いてある、すぐ側のステンドグラスに描かれているのは、冬の聖女ユスティーツァと、それを支えるように描かれている遠坂とマキリの絵図だ。これは200年前の大聖杯構築の儀を示している。
アインツベルンは千年もの聖杯探求を続けてきた一門だ。遠坂とマキリとアインツベルン、御三家の協力で聖杯戦争という儀式を作り上げたわけだが、このステンドグラスが指し示しているのは、あくまでも主はアインツベルンであり、他の御三家はあくまで協力者に過ぎないという、他家を一つ下に見る姿勢と、アインツベルンという家に対する盲目的なまでのプライドの高さだ。そこには他家の力を借りることに対する屈辱も入ってる。
そんなアインツベルンという一族の妄執を端的に表すかのようなこの場所は、いくら見目こそ聖堂とはいえ、居心地がいいとはいえない。
それに、もう一つ、ここから移動したい理由があった。
「何より、このような監視の目がある場所ではな、私とて手の内を明かしたくともあかせんよ」
言いながらすっと虚空を見つめる。そこには、アインツベルの当代頭首であるユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンが放った使い魔が紛れ込むようにして存在していた。
たとえ、遠坂のうっかりの呪いを受けようと、それでもやるべきことを見失うつもりはない。うっかりといっても常時発動するというわけではないのは、あのうっかりスキルがおそらくランクEXであろう遠坂凛が、学校では見事に優等生を演じられていたところからしても明らかだ。常時発動するならそれはうっかりではなく、ただのドジっこだろう。
まあ、ここまでマスターである切嗣にのみ与えるべき情報のカードをいくつか聞かれてしまっただけで相当ドジを踏んだともいえるのではあるが。
セイバーの触媒を用意したのはアハト翁なのであろうから、全く違う英霊を呼んだ、しかもそれが未来の切嗣の息子……何故か女の姿になっているが、というだけでも、相手がどう手を討ってくるか警戒せねばなるまい。
とはいえ、聖杯戦争の主役はマスターとサーヴァントだ。マスターでもなく、日本に行くわけでもないご老人に出る幕はないだろう。そう願いたい。
切嗣もこちらの意図がわかったのか、一つ頷いて、「こっちだ」と言い部屋を出て行く。
オレとしては頭の痛い問題だらけだ。それでも、こうして切嗣に会えて嬉しいという気持ちが消しきれないのは、もうどうしようもない。遠い記憶の片隅に焼き付いた習性のようなものだ。
オレの知っている切嗣は世話の焼けるだらしのない親父であり、オレを救った正義の味方であり、つかみどころのない子供のような不思議な男だった。
例え記憶が摩耗しようと、あの夜切嗣に呪いを残されたのだとそう一度は断じようと、それでも一度根付いた憧憬が消えることはない。答えを得、自分の生きた道が間違いではなかったと思えるようになった今は尚更だ。
その憧れた背中をこうして見られるのなら、肩を共に並べられるのなら、それはそれで愉しみなのかもしれない、そんなことを思った。
ふと、自分をじっと見つめている視線に気付く。振り向けばアイリスフィールが紅い目を細めてほほえましそうに見ていた。
「アイリ?」
「貴女、今凄く良い顔してた」
そんな顔をしていたのだろうか? ぺたりと自分の頬を、魔術行使の影響で黒く変色した指で触れる。
「うん、貴女はそういう顔のほうがいいわ」
ぎゅっと腕に再び抱きついてくるアイリ。柔らかい体に、優しい香りがした。
「さあ、行きましょ、アーチャー。あの人がまってるわ」
ふわふわと舞う白銀の髪、天真爛漫な振る舞い。アイリスフィールのほうが、イリヤよりも落ち着いて淑やかな印象があるが、それでも本当によく似ている。
もしも、イリヤスフィールが大人になれていたとしたら、彼女もまたこういう風になれていたのだろうか。
自分の……衛宮士郎の姉である女性は。
「……ああ」
腕をひかれるままに、かつて憧れた男の背中を、彼の妻と共に追った。
side.衛宮切嗣
かちゃかちゃと、茶器が音を立てる。
褐色の指が優雅な仕草で、紅く暖かな液体を白く高級なティーカップに満たすと、アイリは子供のように目をきらきらと輝かせて感心したように嘆息をついた。
「美味しい」
こくりと飲んで、本当に幸せそうにそう告げる妻の言葉と表情に思わず頬が緩みそうに成るが、鋼の心で顔を引き締めて僕は対する。
「気に入ってもらえたのなら何よりだよ」
そう告げながら微笑み返す僕の未来の息子を名乗る女性も、それは充実した笑みを浮かべていた。こうしてみると、英霊というよりも執事か何かのようだ。
「切嗣も、折角貴方の未来の息子が入れてくれたんだから、一口くらい口をつけたらどう?」
そんな妻の声に苦笑して口にカップを運ぶ。
確かにそれは妻の言うとおり美味しかった。正直言うとこんな美味い紅茶など飲んだことがない。だけれど、こんなことをするためにここに来たわけじゃないはずだ。
……全く何をやっているのだろうか。僕もこいつも。
僕の自室に招きいれた時、こいつは「長話になる。どれ、茶でも用意しよう」といいながら慣れた手つきで茶の準備を始めた。それはこの城の使用人用ホムンクルスに比べてみても、全く遜色のない優雅な手つきで、それだけでこれは人に給仕するのに慣れた人間だとわかった。
全く、接すれば接するほど謎が深まるばかりだ。
僕の未来の息子だという話だが別にそれを鵜呑みにしたわけじゃない。それでも話してくれるというなら、聞くだけは聞こうかと思っただけだ。
サーヴァントは聖杯戦争に勝利するためだけの駒。そこに感情を挟んだらこの戦争で生き残れなくなる。だから、情を移すわけにはいかないんだ。
この女の僕に対する目には確かに懐かしいものを見る色がある。だけど、それは別の僕だ。今の僕ではない。だから、このサーヴァントがどう思っていようと僕とこいつは他人だ。そうでなくてはならない。
―――……まるで自己暗示のようだ。
けれどそのことに僕自身は気付いていなかった。そう思う時点で、情がうつり出している萌芽なのだということは、自覚するわけにはいかなかったから。
そして、話が始まる。
「さて。なにから話せばいいものか。ああ、そうだな。私が「並行世界の未来から来た」といったと言った理由からにしたほうがいいか。と、その前に一つ言っておこう。私は、衛宮切嗣、貴方の並行世界の未来の息子と言ったが、私と貴方に血の繋がりはない。私は養子だったからな」
そう言って苦笑しながら、その紅い外套の女は優雅に紅茶のカップを口に運んだ。
(養子……だって?)
その言葉に内心驚く。この聖杯戦争でアイリは死ぬ。それは確定している。それで未来の息子だと名乗ったからには、てっきり後妻との間に生まれた子供かなにかだと思っていたのだ。
何故なら、自分が子供をわざわざ引き取って育てるとは思えなかったからだ。
確かに僕には舞弥を拾った例などはある。しかし舞弥とのそれはあくまでも、戦闘機械である僕と、その補助機械である彼女という戦場の相棒たる関係であって、親子関係なんかじゃない。
でも、アーチャーの言い分や、彼女の僕に対する情の見え方から判断するならば、生前のアーチャーと、彼女の知る僕との関係は、決して舞弥と同じ機械的な関係などではなく、明らかに家族としての色が強く感じられた。
故にこそ、驚愕する。
そんな僕の驚愕を置き去りにアーチャーの説明は続く。
「私はこの第四次聖杯戦争の後、貴方に引き取られた。その後成長した私は十年後、私自身第五次聖杯戦争に巻き込まれることになった」
「な!?」
その言葉にまたも驚かされた。
第五次聖杯戦争だって?
それが起きたということは第四次は決着を見せなかったということなのか。いや、それよりも驚くのは十年後といった言葉。聖杯戦争は六十年周期のはずだ。それがたった十年で再開するなど前代未聞だといえる。
「切嗣は聖杯を手に入れなかったというの……?」
アイリも動揺して告げる。それはそうだ。十年後ということは、つまり間違いなく第五次の聖杯は
「順番に話す。だから、今は落ち着いて聞いて欲しい」
宥める様な声で目の前の褐色肌に白髪の女が言う。それに、落ち着かせようと葛藤しているのか、アイリはこくりと紅茶を飲む。
知らず緊張していたのだろう、口内が気づけばカラカラだ。僕もアイリに習い、湿らす程度に紅茶を口に含んだ。先ほどまでは、あれほど美味く感じた紅茶が酷く味気なかった。
「あくまで、私の知っている歴史の話をしよう。とにかく、私はマスターとなり、セイバーを召喚した。セイバーの真名は騎士王アルトリア・ペンドラゴンという少女だった」
少女を召喚した? しかしその真名は……かのアーサー王が女だったというのか?
「そして彼女は第四次聖杯戦争にも召喚されていた。衛宮切嗣、貴方の手で。だから、私は第四次聖杯戦争のことも少しは知っている。熾烈な戦いを勝ち抜き、彼女は最後まで残ったそうだ。そして、聖杯は現れた」
遠い記憶を必死に思い出しているかのような、そんな顔で彼女は言葉を続ける。
「最後彼女は、衛宮切嗣あなたの手で、令呪の命によって聖杯を破壊したんだそうだ」
「そんなはずがないわ!」
がたん、と音を立ててアイリスフィールが立ち上がる。
そして彼女にしては珍しく、興奮のままに声を荒げた。
「切嗣が、切嗣がそんなことするはずがない。だって、切嗣は」
「アイリ」
困惑した目で妻が僕を見ている。僕は落ち着かせるように軽く頷いて言う。
「その僕は、僕じゃない」
「あ……」
何かに気付いたように彼女はうつむき、席に座りなおした。
「ごめんなさい。続けて」
こくり、サーヴァントは一つ頷いて続きを話し出す。
「聖杯は破壊して正解だったんだ。その理由がわかったのはオレが参加した第五次聖杯戦争だ。無色の願望器であるはずの聖杯は呪いに汚染され、破壊という形でしか願いをかなえない、壊れた玩具箱に成り果てていたからな」
「え?」
その思わぬ言葉に、刹那息を止めた。
「衛宮切嗣、先ほど不思議そうにしていたな。何故わざわざ自分が養子を引き取ったのかと」
鋼色の瞳がじっと僕の目を覗き込んでいる。まるで、心のうちまで見透かすように。ざわりと、背中におかしな違和感のような感覚が走り抜ける。警告のように。
「私の知る歴史では、第四次聖杯戦争はセイバーによって聖杯が破壊され終わった。しかし、既に呪われていた聖杯はそれだけでは終わらず、町を飲み込んだ」
「何?」
「死傷者約500名、燃えた建造物は約100にも及ぼうかという大災害、それらは全て聖杯から漏れ出した呪いだ。私はそれの生き残りだったよ」
その言葉に、凍りついた。
淡々とした口調ではあったが、透き通った硝子のような鋼色の瞳と、端的に纏めた言葉。それらが今語ったことは事実であると物語っている。出会って間もないというのに、彼女の言葉には真実の重みがあった。
それは思わず、彼女の言葉を全て鵜呑みにしてしまいそうなほどに。じっとりと嫌な汗が背中を伝った。
「なんで、そんなことになったの? 聖杯はなんで汚染されたの?」
アイリは震える声で訪ねる。それに、褐色肌赤い外套の女は厭うでもなく、それまでの説明と相変わらず、淡々とした口調と表情で言葉を続ける。
「第三次聖杯戦争でアインツベルンは勝利しようと、呼んではいけないものを呼んだ。
それは聞き流せない話だった。それがもし本当なら、自分がここにいる意味が全て根本からひっくり返されかねない。なんのために聖杯戦争に参加しているのか理由さえ無くしてしまう。
そんなことは認められない。聖杯が汚染されているなど、認めることは出来ない。
9年だ。9年間、僕はこの聖杯戦争に参加するためだけに、この城に留まった。
いつか聖杯を取り、世界を救済するのだからと、そう自分に言い聞かせていたからこそ、自分は幸せになる資格がないことがわかっていながら、アイリやイリヤとの生活も受け入れることが出来たのだ。今更願いは叶わないなどと言われても、はいそうですかと信じられるわけがない。なのに、自分の存在意義を奪いかねないこの女の言葉を信じそうな自分もいて、吐き気がした。
胃の中が冷たい。
そんな僕の様子を察したように、アーチャーは小さく一つため息をつくと、少し気怠げな声で淡々と次のように続けた。
「とはいっても、あくまでこれは私の知っている未来の話だ。この世界まで同じとは限らん」
「どういうこと?」
アイリは青ざめた顔で尋ねる。それに、苦笑しながらアーチャーは「言っただろう、私がやってきたのはあくまでこの世界からすると並行世界にあたる未来なのだと」と答えた。
「私の知る歴史では衛宮切嗣が呼び出すのはセイバーのはずなのだ。しかし、呼ばれたのはこの私だ。その時点で私の知る歴史と食い違っている」
その言葉に、一縷の希望を見て、漸く僕は重く苦しい息を一つ吐き出せた。
女はそんな僕の様子に気づいているのか、気づいていないのか、変わらぬ調子で言葉を続ける。
「なにより呼ばれたサーヴァントのクラス自体が違うのだ。当然私が知る、第四次聖杯戦争で呼ばれたサーヴァントやマスターにも情報の食い違う点はあるだろう。だから未来からきたからといって情報戦で有利だとは思わないことだ。それに、確かに私の知る歴史の聖杯は汚染されていたが、並行世界であるこの世界の聖杯まで汚染されているかまでは知らん」
その言葉にアイリはほっとしたように息をついた。僕もそれに倣い、肩の荷を下ろしたかのように、息をつく。
「だが、マスター。これだけは覚えていて欲しい」
その重い声に、僕の体に再び軽い緊張が走った。
すっと、姿勢をただし、彼女はまっすぐに僕を見る。まるで鷹の目のそれが僕を射抜いている。
「もし、この世界の聖杯も汚染されていたなら、その時の覚悟だけはつけておいてほしい。そして、最後言峰綺礼と二人っきりで対決するような状況になったのなら、私のほうがどんな状況でもかまわん。迷わず令呪で呼んでほしい」
お願いだ、と深々と頭を下げながら、そんな言葉を生真面目に告げる赤い外套の女。それに僕は木偶になったかのように凍り付いた。
……晒されたそれは白い髪だ。アイリ以上に白い真っ白の砂のような髪。名は衛宮士郎だと名乗った。話に聞く限りでも日本人なのだろう。それがどうしたらこんなに白い髪になるのだろうか。
がたん、と席を立った。
「切嗣?」
アイリが不思議そうに僕の名を呼ぶ。でもこたえる余裕もなく、僕は感情のままに駆け出した。
「切嗣!?」
ぐるぐると色んな考えが頭をまわる。思考がぐちゃぐちゃだ。こんなの、魔術師殺しの衛宮ではない。僕は一個の機械のはずだった。ああ、きっと今の僕はとても見っとも無い顔をしているのだろう。
出て行く一瞬見た、自分の
サーヴァントは道具だ。聖杯戦争を勝ち抜くための。道具に情はかけてはいけない。
けど、もしも聖杯が僕の望みを叶えてくれないとしたら? 人を救ってくれないとしたら? 僕はなんのために戦おうとしているのだろう? アイリはなんのために死のうとしているのだろう?
もしも、アーチャーの言葉が本当なら、何一つとて救われない。そんなものはあんまりだ。そんな結末はあまりに無情過ぎる。
聖杯が汚染されている。それがもしも本当だったとしたら、僕の願いが叶わないとしたら、僕が犠牲にしてきた人々は、祈りは、想いは何処に向かえばいい?
……僕は、どうすればいい?
一つの道を信じて走っていけたならよかった。見えているゴールに向かってひた走る。障害物は全て斃す。そうやってシンプルに行けるなら、そうしたら苦悩せずにすんだ。迷わずにすんだんだ。いつもどおり優先順位は変わらず、聖杯で全てを救えるのだからと、少数の犠牲もまた是正していけた。迷いなど無く、冷酷に、冷静に敵を撃つためだけの機械になれたのに。
でも、願いが叶わない可能性が高いとそう言われてしまえば、僕は少数の犠牲を出すことさえ迷ってしまう。命を摘み取ることに、躊躇を覚えてしまう。それは、あまりに危険だ。戦争に参加しようとしている身に、それはあまりに大きすぎる隙となる。そう、僕という機械は十全に役目を果たせなくなってしまう。
アイリやイリヤのためにも、僕は負けるわけにはいかないというのに。
嗚呼、そうだ。呼び出したのがあのアーチャーでなければこんな感情に苦しめられずにすんだ。
聖杯の汚染など信じたくはないと、信じなどしないと叫んでしまえたら、憎んで、八つ当たりをしてしまえば、少しは楽になれるだろうか。
サーヴァントを信じてはいけない。彼らは所詮死者だ。どんな高位の存在といっても道具なんだ。
ああ、でも、だけど、僕の息子だというあの女は、一体この英雄なき世の中でどうやって英霊の座へと上り詰めたというのか。
その己の想像に、ぞくりと悪寒が駆け巡る。
「……く、……はは、はは」
脳裏によぎるのは、先ほど見た鷹のような目。あの鋼色の瞳の得体の知れなさに、僕は膝を崩して笑った。
乾いて力ないそれは、意味など到底有り得無い笑いだった。
NEXT?