新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
描き下ろしでホワイトワンピースエミヤさんの絵描いていたらすっかり更新遅れました。
今回で累計30話目ですね。因みにうっかりシリーズは、あと56話で完結予定ですが、例によって1話につき2万文字近く行ったときは前後編に分けるので、実質残り60話はあると思ってて丁度良い気がします。

あと、今回のおまけについてですが……基本的に俺は原作での士郎とイリヤは姉弟としてイチャイチャしてて下さい派でカップリングとしての士イリはそんなに好きでないのですが、うっかりシリーズの士郎とイリヤの場合は、最終的にこの2人がくっつくのが1番自然な気がしています。ただし、一線越えるのは成人してからで、それまでは姉弟としてひたすらイチャイチャしていればいいと思う。


08.君の誕生に感謝を

 

 

 

 side.エミヤ

 

 

 唐突な話だが、現在私は苦悩していた。

 その原因でもある自分の体を見下ろして思わずため息を1つ。

 これが始まったのはいつからだったか。確か最初は4年前だった筈であるが……。

 最初は本当にただ喜ばしい日だったのにどうしてこうなったんだと、あの日のうかつな発言をした私を殴ってやりたい。

 まあともかく、今年も……私にとっては記憶から消し去りたい1日がやってきた。

「ねえ、シロ、早く。あんまり遅いとわたし、入っちゃうかも……」

 そう廊下からかけられる愛らしい声は、今ばかりは聞きたくない類のものであったが、ここで無視を決め込んだりした日には本当に突撃されかねない。

「今行く」

 故にそう声をかけ、観念して襖を開ける。

 そこには、今日の主役であるはずの白いお姫様が華やかに着飾って、にっこりと、出てきた私の姿を見ながら優美に微笑む姿があった。

「うん。似合ってる。似合ってる。一度着せてみたかったのよね。シロに白ワンピース」

 恥ずかしいんだか、屈辱なんだか。

 それともこんな風に心底嬉しそうに笑うイリヤの姿に照れているのだか判別はイマイチつかないが、思わず赤面する。きっと今の私は耳まで真っ赤に違いない。

「ふふ、じゃあ今からお化粧もしましょうか。それとそうね……服に合わせてわたしのネックレスも1つコーディネイトに加えるっていうのも良いわね」

 正直普段であれば、このイリヤスフィールの提案の数々は勘弁してくれと断固として断る場面ではあるのだが……けれど、これも約束だ。仕方がない。

 それに、こうしてイリヤが喜ぶ姿を見るのは悪くないんだ。

 今日という今日を記憶から抹殺封印したいぐらいには、今の自分の格好は恥辱ではあるのだが。

 それでも、今日は私の姉であり、妹である彼女、イリヤスフィールの誕生日なのだから彼女の望みを叶えることのほうが先決だった。

 

 因みに何故こんなことになったのかといえば、確か、4年前の誕生日に何がほしいのかと、いつものようにあの日尋ねたのがはじまりだった。

 それまで、小学生のイリヤが毎年ねだっていたのは、どれもこれも可愛らしくて彼女に似合いの新しい洋服やぬいぐるみの類だった。

 故に、油断していたのだろう。

 其の日、イリヤスフィールがわたしに開示した答えは例年と違っていた。

「なんでもいいの?」

「ああ、構わない」

「本当にいいのね?」

「私に出来る範囲ならな」

「じゃあ、誓って」

 と、にっこりした笑顔付きで我が家の姫君が言葉を進めた時、何故その内容を確認しなかったのか……あの時確認していたら、今日という日を来ることを憂鬱に感じたることもなかったものを。

 イリヤの願い事は確かに私に出来る範囲で叶えられるものではあった。

 ただ……それは回れ右で逃げ出したいと私が思うような願いだったというだけで。

「シロ、貴女の一日着せ替え権をバースディプレゼントとしていただくわ。あ、毎年よろしくね?」

 というイリヤの、中学にあがったばかりとは思えないどことなく妖艶な微笑みつきの台詞を聞くまでは、この日は私にとっても楽しみな日だったんだがな……どうしてこうなった。

 まあ、そんなこんなで、これまで頑なに拒んでいた「女」を強く意識させられる衣装ばかり毎年この日には着せられる羽目になったというわけだ。

 今年は胸元にレースが入っていながらもシンプルなデザインの白ワンピースに、薄紫のシースルー上着で、髪はお団子に結い上げられた。

 

「もう、そんな顔ばっかりしないで、ちょっとは機嫌よくしなさい。わたしの誕生日なんだからね」

 と、ぷんぷんと怒ってみせる白のお姫様。

 今年高校生に上がって、背も伸び、体つきもかわり、大分大人っぽくなったと思っていたが、そういう仕草をする時のイリヤは、昔から変わらず愛らしい。

「本当は毎日でも着せ替えたいところ、誕生日だけで我慢しているんだから」

 ただし、きらりと紅い目に小悪魔的な微笑みをのせているその姿を見なければ……だがな。

 ……彼女の忍耐が続くことを祈っている。

「ほら、鏡で自分が今どんな姿になっているのか、見て見なさい」

 なんて、歌うように言いながら、手鏡を渡してくる。

 ……受け取らなきゃいけないのか。いや、いけないんだろうな……。

 しょうがなく、こっそりと心中でのみため息をつきながら、姿見を覗いた。

 髪は自分でやったわけではない。

 だからあまり実感が今までなかったが……その髪型は、前髪と横髪が短いことさえ除けばセイバー(・・・・)と同じ髪型だった。

 

 

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 はっと、そこで自分の変化に気付く。

 セイバーと同じ、それで最初に脳裏を過ぎったのは、地獄に落ちても忘れないとすら思った気高き騎士王ではなく、赤き大剣とドレスを纏った少女のほうだったのだから。

 それは、衝撃的ですらあったというべきか。

 オレにとって、アルトリア(セイバー)との出会いの夜の光景が、ずっと、胸の奥の宝物だった。

 なのに、髪型がセイバーと同じだ、と思って過ぎったのが顔立ちだけは彼女(アルトリア)とよく似ていながら、それでも清廉潔癖を絵に描いたような彼女とはどこまでも正反対の少女だったのだから。

『余を忘れるでないぞ。よいか。絶対だぞ? 忘れなどしたら、余はそなたを許さぬからな!』

 そう言った時の、あの声が今も耳に残っている。

 自信家で、傲慢で、好戦的で、高飛車で、暴君のような英霊(サーヴァント)だと思った。

 真名を知った今、確かに暴君というのは当たりだったなと思っている。

 暴君ネロ。

 ローマ帝国第五代目皇帝。

 キリスト教迫害で知られた人物で、最期は己が民に追い詰められた末の自害。だが、一方で、ネロが治めた5年間はローマで最も平和な5年だったともいわれており、悪名と政治手腕どちらにも名を残している人物。

 それが女であったという驚きは、アルトリア(セイバー)を知る私からすればそこまで驚愕するべき点ではなかったし、そんなこともあるかという程度ではあったが、それでも伝承その他から考えてもセイバーの適正があるとはとても思えなかったのもあり、彼女とネロが結びついたのは、彼女自身が最後のほうで自ら明かした言葉でだった。

 それまではその正体に気付きもしなかった。言われてみればそうかもしれないという程度だ。

 暴君ネロといえば、功績もある人物だが、どちらかといえば、反英雄的な側面が強く残って伝えられている人物といえよう。しかし……私と違い、それでも彼女はやはり英雄だった。

『アレは、無辜の民を飲み込むものだ。ならば、あれを始末するのは、王の中の王である皇帝の余の役目よ、たとえそなたでも邪魔は許さぬ』

 如何に暴君と呼ばれようと、彼女が放ったその言葉に嘘偽りなどなかった。いや、はじめから彼女の言葉に嘘偽りなどなかったのだ。

 そう、アルトリアとは全く違うけれど、あれもまた人の上に立ちし王だった。

 彼女は何度も私を好きだと言い放った。欲しいのだと。それを真剣に受け止めたことはない。

 なにせ、我が身もサーヴァントであれば、向こうもサーヴァントの身の上なのだ。戯言としか思えなかった。

 けれど、あの赤き少女は『余はそなたが好きだ』そんな言葉を残して、笑って消滅していった。

 まるで私をも守るかのように。

 嗚呼、今なら断言出来よう。あれもまた一つの英雄だったのだ。

 私からしてみれば、眩しすぎるほどの光。

 信じていなかったのに、敵だったのに、そんな私を前にして、自身の消滅より民を優先し、笑いながら散っていった。

 果たして私は、オレは、彼女と引き換えに助けられるほどの価値があったのか? その答えはいまだ、ない。

 ただそれでも、なんの因果か、受肉してこの世に留まる限りは、恥じぬように在りたいとは思う。

(忘れるでない……か)

 無茶な言葉を言ったものだ。

 聖杯戦争に呼び出される英霊は、英霊の座にある本体のコピーだ。聖杯戦争が終われば、消滅し、記録のみを持ち帰る。忘れるでないといった彼女自身、私のことは忘れる……いや、記憶として残ることがない。ただ、「そういうことがあった」と本体の記録にそう記されるだけで。

 どんな思いでその行動を起こし、どんな思いでそれらの言葉を放ったのか、それが残されることはない。

 本体にとっては、分霊の記録など所詮は他人事だ。

 それでも。

(忘れやしないさ)

 この、受肉した身が滅ぶまでは、大きすぎる貸しを作ってそのまま消えたあの少女との約束を守る。それが、この身が出来る最大の返礼のように思えた。

 

「シロ?」

 かけられた声を前に、はっと、目を見開く。

 知らず握りこんでいた指は、強く握りすぎていて白くなっていた。

 気付かれただろうか。

 いや……気付かれたからこその反応か。

 静かに私を見据える紅色の瞳には、どことなく労わりの色があった。

「イリヤ……そのだな」

 誤魔化す言葉が咄嗟に浮かばない。こんな時こそ皮肉屋の本領を発揮して舌を回して誤魔化してしまえばいいのに。

 つい、とイリヤは私の手をとって、くるりと後ろを向く。

「ね、シロ」

 そして一拍置いて振り返ったその顔は、いつも通りの無邪気な笑顔だった。

「行こう」

 ……嗚呼、本当に君には敵わない。

 

 そうして共に手を繋ぎながら居間へと移動する。

 そこには、士郎、切嗣、大河の三人がそわそわした出で立ちで揃っていた。

「うわあ、イリヤちゃんの誕生日にはシロさんも着飾るって話、本当だったんだ。いつも黒い格好ばかり見てたから、白い服着ているシロさんってなんだか新鮮~」

 とは、大河談。

「やっぱり、女の子は、たまにはおめかししないと。うん、シロ似合っているよ」

 にこにことそんな風に呑気に笑いながらいうのは、まあ、いつも通り切嗣(じいさん)だ。

 ……あんた、オレが生前は男だったってこと知っているんじゃなかったか? なのにてらいもなく「女の子」とかいうな。大体なんで士郎のことは普通に息子扱いするくせに、私は娘の扱いなんだ……。

「…………」

 そして、士郎はといえば……なにやら、赤面してつっ立っていた。

 む……なんだ? その憧れの人を目前にした童貞みたいな反応は。

「……おい?」

「士郎? 女の子がおめかししたときはちゃんと褒めないと駄目だよ」

 切嗣にせっつかされた士郎は、はっと一度目をぱちくりすると、もごもごと声にならない声を出し、「あ、うん、吃驚した」と言って、鼻の頭をかいた。

「シロねえのスカート姿とか見慣れなくて……でも、悪い意味じゃないぞ。うん。そうだ、綺麗だ。綺麗で吃驚したんだ」

 ……その返事を聞かなければ良かったと心底思う。

 だが、ここは孤立無援、共感してくれる人間などどこにもいないのもまた事実。

 ……忘れよう。それが一番だ。

 こうして今日も私のスルースキルは上がっていく。

「イリヤ、今日の昼飯は何が食べたいのか希望はあるか?」

 とりあえず、話題をかえることで乗り切ろうと思った私の考えは、思わぬ言葉によって遮られた。

「ああ、シロは今日のご飯は作らなくていいのよ」

 なんでもないように答えるイリヤ。

「む……? もしや、外食が希望だったのか?」

 そうだな、確かに誕生日ぐらいは奮発した食事がしたいのかもしれない。

 私の食事で満足していないなどということはないことぐらい自負しているが、たまには違う味付けを食べたいこともあるだろう。と、納得している私を前に、「違う」と否定を返したのは士郎だった。

「今日は俺が作るから、シロねえはしなくていいんだ。今年の誕生日プレゼント、イリヤに何がいいって聞いたら、俺の手料理だっていうからさ」

 へへ、と照れたように士郎はそう告げる。

 どうやらイリヤに料理を強請られたことが嬉しかったと見えるが、ああ、成程。

「ふむ、ではどれほど腕が上がったか、ご拝謁といこうか」

 先ほどのお返しというほどではないが……本当だ。私はそんなことを根にもつほどは子供っぽくないぞ……話がそれた。とかく、にやり、と笑って腕を組んでみせると、士郎は慌てたように「……いや、うん……お手柔らかに頼む」なんて言いながら萎縮してみせた。

 それに少しだけ愉快な気分になって言葉を続ける。

「何、あとで採点して、どこが駄目だったのか事細かにメモに書いて渡そう。今日はオマエの誕生日ではないが……イイプレゼントだろう?」

 にっこり、わざとらしく笑顔をつくると、士郎はがっくりとうなだれながら「駄目出し決定かよ」なんてぶつぶついってる。

 その姿がおかしくて、思わず本心からくつくつと笑った。

 

 昼食はつつがなく終わった。

 焼き鮭に茶碗蒸し、里芋の煮っ転がしに、豆腐の味噌汁。

 士郎の家事の腕は、普段から料理してない割には……それも同年代の子供に比べたら、「出来る」ほうではあるといえよう。だが……「衛宮士郎」としてはまず、駄目駄目である。

 なんというか、風味が飛んでいる、火を止めるタイミングや野菜の切り方が甘い、味付けがやや薄いなど、全体的に駄目。数いる並行世界の衛宮士郎の中でもトップクラスに駄目なんじゃないのか? といった、お粗末な腕である。

 士郎も今年で中学3年なわけだが……おそらくは、平均的な衛宮士郎の小学校高学年レベルの料理の腕でしかないと思われる。採点でいうなら、38点。もう少し頑張りましょう。

 とはいえ、士郎の家事の腕が低めなのは、私が家事を一切取り仕切っているのが原因なのだから、そこまで咎めるポイントでもないのだろう。

 しかし、こうも腕に開きがあると……なんだ。塵も積もれば山となるとは本当だな、と思えてくる。

 と、そんなことを思うのは私だけなのか、大河は「うわー、士郎。シロさんほどじゃないけど、あんたも料理上手いじゃない。男の子がそんなに上手くなってどうするつもりなのよ、この、このー」なんて騒ぎながら士郎をつついていたし、イリヤも「美味しい」といって嬉しそうに笑って食べてたし、切嗣も「いやあ、息子に料理を作ってもらえるなんて、父さん嬉しいなあ」なんて親馬鹿モード全開でへらへら言っているんだから、こんなこと考えている私のほうが異端なんだろうさ。

 

「さて」

 食後のお茶をのみ、一息ついた今日の主賓は、ナプキンで優雅に口元を拭うとにっこり。天使のような朗らかな微笑みを湛えて、「シロ、出かけるわよ」とそう言い出した。

「ああ、了解し…………って、まて、イリヤスフィール!? この格好でか!?」

 一瞬、自分がどんな格好をしているのか、うっかり忘れて返答しそうになり、焦る。

 そんな私を前に、イリヤはふっふーんと笑いながら、にんまり、こう返答する。

「当然よ。たまには着飾ったシロと一緒に歩きたいもの」

 そんなことをしたら、ご近所中に見られてしまうのでは……いや、商店街の奥様方に噂に立てられる自分の姿がありありと目に浮かぶ。

「イリヤ、出かけるのはまた今度にしないか……?」

 口元をひくつかせながらそう言うと、イリヤはにっこり、死刑を宣告するかのような響きと迫力で「イ・ヤ。大体、今日はわたしの誕生日で、今日のシロはわたしのバースディプレゼントなんだから。そのまま出かけるの。わたしの言うことは絶対」そう告げた。

 とてもいい笑顔を浮かべる白い悪魔。もとい最恐無敵の姉兼妹。この笑顔に逆らえる人間がいるのなら、是非お目にかかりたいといいたくなるような、そんな顔だった。

 

 そうやって新都へとイリヤの同伴者として出かけた私であったが、出来るだけ知り合いに会いませんように、との願いもむなしく、思わぬ人物と遭遇する羽目になった。

「あら?」

 艶やかな烏の濡れ場色の髪をツーサイドアップに結い上げ、赤い服と黒いスカート、絶対領域が眩しい黒ニーソが印象的な鮮やかな美少女。中学生の遠坂凛がそこにいた。

 暫し、固まる。

 相手は……確実に私に気付いているな。うん。

 はは……どうせ私の幸運値はEでしかないよ。ほぼ自棄糞気味にそう思った。

「アーチェ……あんた、ぷ、なにそれ、どうしたのよ、その格好」

 やはり案の定笑い出された。

 ええい、そんなに笑うな。おかげで羞恥のあまり、私の顔は耳まで真っ赤だ。

「ふふっ、あんたでもそんな格好することあるんだ? うんうん、似合ってる似合ってる。良いじゃない。いつもそんな風に女らしくしてればいいのに」

 と、にやにやとした顔でそんな恐ろしい言葉を続けて吐く凛。

 あかいあくまだ。あかいあくまがここにいる。

「君な……出会い頭、早々にそれか」

 がっくり、と思わずうなだれた。

 ああ、今日も空は青いな。

「シロ? 何、知り合い?」

 ひょこりと、少し前を歩いていたイリヤが私が止まった事に気付き、振り向く。

 凛は、イリヤを見ると、はっと目を見開き……瞬時に警戒した。同時に余所行きの仮面をかぶる。

 その凛の反応で、己が行動の迂闊さを思い知った。

 今のイリヤの体は蒼崎製の人形の体だ。本当の身体……魔術使い衛宮切嗣とアインツベルンのホムンクルス・アイリスフィール・フォン・アインツベルンとの間に生まれた肉体は、報酬として蒼崎にもっていかれた。

 それでも、元々イリヤは半ホムンクルスであり、聖杯の器である。

 蒼崎の身体に移って尚、紅色の瞳は魔眼を有しているし、元の身体ほどではないが、魔力量もまた人並み外れて大きい。凛よりは若干低いかもしれないが、それでも平均的な魔術師に比べると比べものにならない素養を有しているといっていいのだろう。おまけに、魔術を切嗣に習っているときた。

 幼くとも一流の魔術師たる遠坂凛にこれで気付かれぬはずがない。

 これだけ条件が揃って尚、遠坂凛がイリヤスフィールが魔術師であるという事実を見逃すはずがないのだ。

 まずいな。

 若くとも凛は、冬木のセカンドオーナーだ。

 私のことはただの魔術師だと勘違いしているし、存在を知られているので、色々払うものを払って黙っていてもらっているが、イリヤのことは……さてどうするか。

「ええ。アーチェさんとは親しくさせていただいております。ところで、私は「遠坂凛」と申しますが、貴女は?」

 にっこり。猫かぶりモードの口調と微笑みで、イリヤに問いかける凛。その言葉には暗鬼が秘められている。

 それにイリヤが気付いていないはずがないのだが……イリヤは殊更明るい声で、ふふっと無邪気に私の腕をひきながら、こう喋り始めた。

「そう。あなたの事はシロから聞いているわ。わたしはね、シロの姉の……ふごふご」

 言い切る前に、ばっと、反射的にイリヤの口を塞ぐ。

「この子はイリヤスフィールといって、私の妹なんだ」

 にっこりと、わざとらしい笑顔で一息に言い切った。

 口をふさがれたイリヤは、不満そうにむーっと私を見上げている。

「妹……?」

 その私の発言を前に、凛の警戒が揺らぐ。

「ああ、可愛い妹だよ。今日はこの子の誕生日でね。それで不慣れな格好ながら、同伴していたというわけだ」

 これ以上はまずいか、とぱっと手を離す。

 イリヤは一瞬面白くなさげな視線を私に送ったかと思うと、それをぱっと見無邪気な笑みへと変えて、にっこりと笑いながら言葉を続ける。

「そうなのよ。シロったらわたしの誕生日でもないと、スカートもドレスも着てくれないの。全く、素材はいいのに、本当困った姉だわ」

 どうやら、のってくれたらしい。とにかく、その言葉で凛の警戒が更に引き下げられた。

 ……かかった。

 本来、魔術師が魔術を教わるのは兄弟姉妹のうち、跡継ぎの一人だけである。

 スペアとして育てられるのならともかく、そうでないのなら他の兄弟は皆魔術のことを知らされずに育てられる。何故なら秘奥を伝授されるのは1人だけだからだ。故に他の兄弟は多少素養があろうと一般人として育つ。それが魔術師の常識だ。そして凛はその魔術師の『常識』を信じるまっとうな魔術師である。

 凛は私が魔術師であることは既に知っている。

 そして故にこそ彼女の常識から照らし合わせれば、私こそが衛宮の跡継ぎということになるだろう。

 ならば、どれほど巨大な魔力を秘めていても、魔眼をもっていても、イリヤは私の妹である時点で、「魔術師ではない」そう、この会話で思い込んでくれた、その確率が高い。

 元より凛には思い込みが激しいところがある。

 故に凛には悪いが、ここでは彼女のそういう性質を利用させてもらう。

 そう思っての誘導は成功したようだ。

 くすり、と凛は素に近い表情で笑いながら、「そうですか。それは大変ですね。でも確かに、アーチェさんはもっと色んな服を着たほうがいいですよね。どうしても着せ替えしたい時、よかったら、私にも手伝わせてください。逃げられないよう捕まえときますから」なんて猫かぶり口調のまま言い切った。

 ……しまった。敵が増えた。

「ええ、そうね。その時は頼むわ。それと、リン、もっと楽な口調でいいのよ?」

「あら、そうですか?」

 その後も10分ほど彼女達の会話は続いた。

 その内容のほとんどが私に関する話題で……しかも私にとっては勘弁願いたい内容がメインだったことについては、正直どんな羞恥プレイだと思ったものだが、最後はがっしりとイリヤとかたい握手を交わしてあかいあくまは教会のほうへと去っていった。

 イリヤもまた去っていった凛と負けぬぐらいの充実した笑顔である。

 なにはともあれ、年頃の少女2人には友情が芽生えたらしい。

 ……私弄りという名の、な。

「リンって、おもしろい子ね」

 クスクスと子猫のように笑いながら白銀の髪の少女が言う。

「……まあ、そこは同感だが……私を巻き込むのはやめてくれないか?」

「あら、それは可愛いシロが悪いのよ? ねえ、『お姉ちゃん』?」

 不意打ちだ、思わず赤面する。

「だって、わたし、シロの『妹』なんでしょ? そう言ったわよね?」

 くすくすと笑うイリヤ、意地悪げなその顔は一体誰に似たのやら。

「イリヤ、からかわないでくれないか?」

「さあ? なんのことか、わたし、わからないわ。お姉ちゃん?」

 楽しんでいる。

 絶対これは楽しんでいるぞ。

「イリヤ……」

 はあ、とため息をつく。仕方ない、ここはアレを言うか。

「私が悪かったよ。だから機嫌を直してくれないか、姉さん」

 その私の言葉を前に、紅い眼が開かれる。

 そして……今日見た中でも最上級の、心底美しい笑顔で、彼女は笑った。

「うん、許してあげる」

 直前、今日という日を封印したいと思っていた。去年も、一昨年もそう思った。

 でも結局、私はイリヤの誕生日に彼女の願いを叶えるだろう。

 こんな笑顔を見られるのならば、それも悪くはない報酬なのだから。

「いきましょう。シロ。今日という一日、一分一秒だって無駄にしないんだから」

 そうして笑い、駆けていく君は、もう小さな子供じゃない。

「了解だ、姉さん」

 そうして、君が生まれてきたこの日に、今年も感謝を捧げる。

 生まれてきてくれて、ありがとう。

 

 了

 

 

 

 

 

 

 おまけ、ウエディングイリヤとタキシード士郎。

 

 

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