新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
今回の話は改めて、切嗣くんは親馬鹿マダオだけど、それ以上にエミヤさんと似たもの同士だなあという話でもある気がします。
エミヤさんも大概ですが、切嗣くんも本当どうしようもない上にめんどくさいなあ……。



13.それぞれの日常 衛宮切嗣編

 

 

 

 side.衛宮切嗣

 

 

 この時間が、僕はとても嫌いだった。

 嗚呼、今日は何の夢を見るのか。ナニの記憶を見るのか。

 どろり、どろりと、黒い膿が広がる。

 それは僕の体と心の双方を責め立てていく断罪の鎌だった。

 それでも……最初の数年は大丈夫だった。

 だけど、日に日に弱る身体は呪いに対する抵抗力をもなくしていく。

 今の僕に夢に抗う力は殆どない。

 魔力で膿を押し流せば抵抗は不可能ではないけれど、そんな魔力の無駄遣いはしていられない。それほど今の僕に多くの魔力が残されているわけではないからだ。

 そしてまた、どちらの記憶を見ても、決して楽になどなりはしない。

 これは、死ぬまで続く責め苦なのだから。

 

『衛宮切嗣、これで終わりだとは思うな……確かに呪いは多くは打ち消されただろう。だが、オマエはどれだけの時間(・・・・・・・)私の呪いを受けていたと思う? 少しずつ、少しずつ、真綿で首を絞められるように、オマエは苦しみ、そうして死んでいくのだ』

 そう妻の声と姿で言われたのは今から10年ほど昔のこと。

 その言葉通りに、この身は少しずつ死んでいった。

 そして、夜毎に夢を見る。

 生贄として殺されたとある反英雄の夢か。

 それとも、信じてきた全てに裏切られ、剣の丘で死に絶えた赤い男の夢か。

 彼女が『彼』だった時代の夢を見るのは、呪いに汚染されるより以前にもあった。

 だけど、それと今見る夢の違いは、あまりにリアルな痛みや感触、匂いまで僕へと伝えられるという、その差だけだった。

 無論、現実に傷を負うわけではない。

 だけど、夢の中で僕は、その『人物』の受けた痛みや感情まで共有する。

 それが、浄化しきれずに僕の体内に巣食った呪いの力の一端だ。

 嗚呼、今日は『彼女』の日らしい。

 絞首刑にされる日の前夜、看守に暴行を加えられている。

『この悪魔』

『化け物』

『人でなし』

『死ね』

『くたばれ』

 それらの言葉のナイフは、あの子をどれほど痛めつけたのだろう。誰かの笑顔を願ったあの子は、全てを踏みにじられていく。その肉体的な痛みも、精神の叫びも、夢を見ている僕に同化する。

 誰をも恨むことのなかったあの子は、それでも確かに傷ついていたのだ。

 何処までが僕で、どこまでが彼女……否、まだ彼と呼ぶべきか、がわからない。

 まるで、永遠に嬲られて行く様な錯覚。

 

 それらから開放する様に、明瞭な少年の声が遠く反響して響いた。

『親父』

 ああ、漸く……漸く朝が来た。

 

 すぅ、とまぶたをあける。

 くりくりと、年のわりに幼い少年の琥珀色の瞳が、心配げに僕の顔を覗き込んでいた。

 ふ、と口元を綻ばせる。

「おはよう、士郎」

「ああ、おはよう、親父」

 昔は、シロのまねをしていたのか、切嗣(じいさん)と僕のことをよんでくることが多い士郎だったが、高校に入った辺りからは、『親父』と僕のことを呼ぶ回数が増えるようになった。

 些細かも知れないけれど、そんな息子の日々の変化がとても嬉しい。

「その、大丈夫なのか?」

「ん? 何がだい?」

 身体を起こしながら、首をかしげてそう聞き返すと、士郎はばつが悪そうな顔で、でもはっきりと口に出して言った。

「うなされていたぞ。親父、隠しているつもりかもしれないけれど、ずっと夢見が悪いみたいだし、医者にいって睡眠薬とかもらってきたほうがいいんじゃないのか?」

 そう言って向けられる瞳は真剣で、本当に僕のことを心配してくれているのがわかって、だからこそ、困った。

 これは、医者にいったところでどうにもならない問題だから、とそう言うわけにもいかない。

 何故そう言いきれるんだ、と追求されたら困るのは僕だ。

 どうしようか。

 無難なことを言って、話を打ち切るくらいしか、打開策は見当らなかった。

「大丈夫だよ、士郎」

「大丈夫って……どこが……」

「大丈夫だから」

 困惑した顔の士郎に、罪悪感がないといったら嘘だ。

 でも、本当のことを言うくらいならこんなことは大したことじゃない。

 士郎は、追及したいのだろう。

 本当は無理にでも医者に連れて行きたい。そんな顔をしている。

 でも、優しい良い子に育ったこの赤毛の息子は、重いため息を一つついたあと、「先、行ってる。シロねえを手伝ってくるから、爺さんも顔を洗ったらちゃんと来いよ」そういって、立ち上がり、背をむけた。

「うん……ごめんね、士郎。ありがとう」

 

 朝食はつつがなく終わった。

 今日は大河ちゃんが来ていなかったから騒がしさもなく、和気藹々としてはいるけれど静かな食卓だった。

 シロが淹れてくれた食後のお茶を啜りながら、新聞にざっと目を通す。

 其処に記された日付に、その時が近づいていることを感じる。

 イリヤは、一瞬だけそんな僕の様子を感じ取ったような顔をして目を伏せるが、次にはいつも通りの顔をして、「ご馳走様でした」と席を立った。

「士郎、行こう」

 いつも通りの明るい顔をして、いつも通りの無邪気な表情をして、士郎(むすこ)に腕を絡めてじゃれる愛娘(イリヤ)。だけど、彼女もまたこの日常の終わりが近いことに気付いている。何せ、今は違うとはいえ、元は聖杯だ。わからないはずがなかった。

 その上で娘は、日常をそのギリギリまで全うすることを選んだ。

 そして、またイリヤは士郎に異変があることを気付かせることをなによりも嫌った。

 彼女はとうに僕の身体が死に体に近いことなんて知っている。余命1年の宣告を受けていることも。でも、その上でイリヤは平凡な日常を演じることに決めた。

 ……この家で僕の余命が残り僅かであることを知らないのは士郎だけだった。

 もし事実を知って、何故教えてくれなかったのだと、あの子(しろう)が怒ったら、それで恨みを買うのは自分でいいと、そこまで思った上でイリヤは言わないでくれと、そう懇願してきたのだ。

 だから、士郎は何も知らない。

 

「じゃあ、切嗣(じいさん)私も出るから」

 士郎とイリヤが学校に向かい、暫く経ってから、無骨なデザインの買い物鞄を背負ったシロが、ひょいと居間に顔を出してそう告げる。

 その出で立ちはいつも通り、黒の上下のなんの飾り気もない格好だ。長い白髪は一つに結わえて、10年前に蒼崎に貰った赤い宝石の髪留めだけが妙に華やかで目をひく。

 凡そ、年頃の娘の格好とは思えないくらいに素っ気無い格好だが、其れが妙に似合うのだから、少しだけおかしい。

「うん、行ってらっしゃい」

 そうして見送ってから、僕はきたるべき日の為の道具の整備と、結界のシステム改良作業に暫し励んだ。

 

 午後になり、シロが用意してくれていた昼食を平らげると、藤村雷河さんの元へと碁を打ちにいく。

 ついでに色々と世間話も交える。

 雷河さんは以前からイリヤのことを気に入って可愛がってくれている。自然と会話もそちらに流れる。

 だけど、まあ……。

「うちの大河と交換したいくれぇだ」

 という台詞には苦笑しか出てこない。

「大河ちゃんも、あれでいてしっかりしているところはありますよ……と、僕の勝ちです」

「……む? やるじゃねえか」

 今日の戦績は五勝二敗一引き分けだ。まずまずといったところだろう。

 

 適当に切り上げて藤村の屋敷を出ると、若い衆に声をかけられる。

 暫し、話に応じてみる。

 あまり見ない顔だ、と思った聞いてみた所、藤村にきたのは3ヶ月ほど前から、とのことらしい。

「そういえば、衛宮の旦那」

「ん?」

「あの、白い髪に色黒い肌のお嬢さんが旦那の娘さんって本当ですか?」

 ああ、シロのことか。

 まあ、色だけ見たら日本人とは思えないカラーリングをしているし、血の繋がりもないせいで顔立ちも似ていない。本当に親子かと訝しまれるのは慣れていた。

「本当だよ」

 でも、似ているとか似ていないとか、血が繋がっているとか繋がっていないとかは関係ない。

 僕にとってシロは大事な愛娘だ。

「その娘さんって名前なんていうんですか? あ、今付き合っている男とかいたり……」

 ガチャ。

 先ほどまでの和やかな空気を一変させて、感情よりも早く僕の手は動いた。一瞬で懐から愛銃を取り出し、男の即頭部に突きつける。

「ちょ、衛宮の旦那、ストップ!!」

 見た目180cm越えのガタイのいい強面の男は、青い顔をして焦って……とはいえ、下手なことをしたらマジで撃たれるとわかっているのか、暴れたりとかはしていないが、悲鳴染みた声を上げる。

「……僕の娘(シロ)に手を出したりしたら、殺すよ?」

 にっこりと、笑って告げる。

 男はいっそ憐れなほどにコクコクコクコクと、高速で首を縦にふる。

 其れを見て、漸く僕は手を離し、再び懐へと愛銃を仕舞った。

 

 随分とかつてに比べ、衰退した我が身ながら、たとえそれが呪いの汚染からきた弱体化であろうと、家でただ大人しくしているだけでは、更に衰えを加速させるだけだ。

 散歩がてら冬木大橋のほうへと足を伸ばす。

 そしてそれに気付いた。

「ん?」

 海浜公園の付近、ちらりと一瞬見えただけだが、僕が彼女を見間違う筈がない。

 白髪褐色の肌、間違いなく、あれは娘のシロだ。

 とりあえず、木々の間に身を潜め、様子を伺う。

 シロは、困惑したような顔をしている。そして、シロの長身でも霞まないくらいには長身を誇っている若い男が、ずい、と身を乗り出して、シロの両手を握り締めている。その男の行動にシロの顔が引き攣った。だが、男はそれに気づいていないらしく、更に身を乗り出しながら何かをしきりに話しかけている。

(……後で埋めよう……)

 とりあえず、自分の中の抹殺リストに男をのせながら、会話内容に聞き耳を立てる。

「だから、ただのお礼ですって」

「いや、しかしだな、私はただ人として当たり前のことをしただけで……」

「その当たり前のことが出来ない人がどれだけいることか。俺、本当に助かったんスよ。感謝感激です。あ、すみません、自己紹介してなかったですよね。俺、田中将太っていうんですけど。お名前なんていうんすか?」

「……エミヤ、だが……あ」

 うっかりスキル発動。

 つい、ぽろっとという感じで名乗ってしまっているシロ。

 それに男は更に身を乗り出して、聊か大げさすぎる仕草でぶんぶんとシロの手を握り締めたまま、「エミヤさんですか。名前も素敵なんですね! それに、これでもう、知らない人じゃないっすよね」なんてことを嬉しそうな声で言っていた。

「だから、奢りますから今夜付き合って下さいよ。俺、良い店知ってるんです。エミヤさんもきっと気に入りま……」

(こいつ……殺りたいな)

 ぷつん、シロ、お父さんは限界です。

 男の言葉を聴き終わるか否か。即座に2人の元に向かい、ぐいっと、シロの肩を掴んで、べりっと男を引き離した。

「切嗣」

 ほっとしたような声でシロが僕の名前を呼ぶ。

 男は第三者の登場に驚きながら、目を見開いた。

「うちのシロに粉をかけるのはやめてくれないかな?」

 にっこりと、自分でも空々しいほどの笑顔で男へとプレッシャーをかけた。

 男は、即座に顔を蒼くして顔を引き攣らせる。

 本当は殺してやりたいところだけど、シロの前でそんなことするわけにもいかないし、多分実行したら後で怒られるなんてものじゃ済みそうにないので、しょうがないので見逃しているんだ、ちょっとプレッシャーをかけるくらい許して欲しい。

 ぐい、とシロを抱き寄せてみる。シロは驚いたように目を見開きはしたが特に抵抗はしない。

 うん、よしよし、これでバッチリだ。

「……次にシロに近づいたら、殺すから」

「…………かっ」

 男はぱくぱくと口を開いたり閉じたりしながら「彼氏さん付きでしたか……」とごにょごにょとした声で言いながら、ガックリと項垂れた。

 ああ、やっぱり。

 お礼がどうのこうのっていってただシロをナンパしていただけだな。

 そのことをわかってなさそうなのはシロ本人くらいか。

「は?」

 彼氏? と不思議そうな声音で舌にのせるシロ。

「し、失礼しましたー--!」

 ぴゅーっと、男は脱兎の如き勢いで去っていった。

「あ、おい」

 シロはというと、どうしたものかというように、手を半分あげながら、困惑したように首を傾げた。

 ふぅ、と息をつく。

 かつて機械の様に生きていた頃の名残で、僕は気持ちを切り替えるのは早い。

 さっきのため息をスイッチに、苛立ちや殺意を切り替え、にこにこと、普段家でよく携えている種類の笑顔へと変えて「いやあ、僕がシロの彼氏に見えるなんて。もう僕も年かなあと思っていたけど、まだまだ捨てたもんじゃないね」なんてことを冗談めかして口にした。

 すると、シロも漸く「彼氏」といった言葉の意味に至ったらしい。

 そんな顔をしたあと、むっすり。顔を顰めて一言。

「それでなんで爺さんはそんなに嬉しそうな顔をする」

 と、本当に不機嫌そうな顔で言った。

「うん? 父親にとって娘は永遠の恋人という言葉もあるじゃないか。僕にとってシロは可愛い娘だからね。恋人に誤解されるのは悪い気がしないかな」

「あのな、爺さん……」

 シロは、はぁ……と重いため息を一つつくと、一息に自分の意見を口に出した。

「『娘は永遠の恋人』というのは、娘というのは成長すれば、愛した妻のかつてあった若かりし頃の姿に似ていく事から生まれた言葉だろう。実の娘で、アイリと瓜二つなイリヤならばともかく、私にその定義は当てはまらないぞ」

 ……うーん。前からわかっていたことだけど、シロはその辺堅いなあ。

「それより、シロ、なんであんなことになったのか、父さんにちゃんと説明してくれるよね?」

 きりっと顔を引き締めて、真剣な声音でそう問いただすと、「いや、別にわざわざ話すようなことでもないんだが」なんてことをシロは言い出す。

「シロ? 僕がどれほど心配したと思っているんだ?」

 そう言うと、シロは一つため息を再びついてから、口を開いた。

「本当に、大した話じゃないぞ。全く、物好きだな……」

 大したことじゃないか……そう思っているのは多分シロだけだよ。

 少なくともうちの家族は全員僕の意見に賛同すると思う。

「あの男が遠くから歩いているところを見かけてな、財布を落とした様子もたまたまとは言え眼にした以上、見過ごすわけにもいかないと、本人に落ちた財布を届けたところ、なにやら感激したあの男にしつこく礼をするからと食事に誘われて、どうしたものかと思っていたそこへ、切嗣(じいさん)が現れたというだけだ」

 ……どうやら、思ったとおりの展開らしい。

「なんで、すぐに無理だって断らなかったんだい?」

 断らなかったから、あの男は調子にのって増長したんだろうに。

「財布を届けた『礼』だっていうのだ。断るのも気がひけてな」

 そういって、シロは肩を竦めた。

 その表情はあくまでも真面目で、本当に如何にも人の善意を反故にすることを気にして断れなかったといわんばかりだ。……なんでこの子は人の悪意には敏感なのに、それ以外にはこうなのかな。

「シロ。あれはね、お礼を口実にシロをナンパしていただけだよ」

「……は?」

 への字口になってシロはまじまじと僕を見た。

 今は女の子なシロだけど、元は男だったと本人も明言しているし、生前が紛れもない男だったことは、夢を通して僕もまあ知っているといえばまあ、知っている。

 けれど、元が男であるという意識が強いせいなのか、シロは自分が普段男にどういう風に見られているのかということについて、大概鈍感で、どうして自分に惹かれて声をかけられるのかがイマイチ理解し辛いらしく、そういう方面で自分が声をかけられているというのは、相手が余程あからさまな態度や言動をとらない限りは発想すらしないようなのだ。

 というか、元男だからこそ、自分に女の魅力なんてものが備わっているとは思っていないらしい。

 今が女であるという自覚に欠けた、その男に対する一種の無防備さが、声をかけてくる男を更に生んでいるという、この状況に気付くこともまあないのだろうなあと思うけど……その辺きちんと自覚してほしいようなやめてほしいような。

「冗談、だろう?」

「いや、あれは確実にナンパだったよ」

 きっぱり僕が言い切ると、はあ、とシロは再び大きなため息をついて、ぼそり。

「なんで、私なんかに声をかけるのだか……」

 と、本当に理解し難いといった顔をして告げた。

「シロは、もっと今の自分について自覚をしなきゃいけないよ。そんなんじゃ、父さんはずっと心配だ」

 苦笑しながら、諭すような声でそう告げた。

 実際、シロは本人が認識しているよりも確実にモテているし、魅力的だ。

 確かに、言葉遣いは女らしくない。むしろ、成人女性が普通使うような言葉なんて使っていない。

 格好だって、実用性優先の黒一色で女の子らしさからは程遠いし、背だって高くきりっとしている。

 でも料理は上手いし、家事全般が得意だし、気遣いだって上手くて、憎まれ口とは裏腹にシロは優しい。ふいにこぼれる笑顔は外見年齢以上にあどけなく、幼い、そのギャップ。叱るべきところは叱れるし、褒めるところは褒められる人間性と面倒見の良さ。

 普段はしっかりしててなんでも出来るかのようなのに、ふいに覗く子供っぽさや、意地っ張りな一面に、危うさすら感じさせる、瞳に時々陰る虚ろな……遠くを見る瞳。

 知っている人間はむしろ、その人間性に惹かれているように思う。

 でも、外見に対する自覚もシロには欠けているように感じる。

 確かに、雑誌のモデルを張れるほど美人かといえば、残念ながらそれほどではない。けれど、決して不美人ではないし、寧ろ美人か普通かといえば、美人に分類していいくらいだ。

 それに、顔立ち自体はモデルになれるほどではないとはいえ、その体つきはモデルと遜色ないくらいといっていいほどのプロポーションだろう。

 褐色の肌にふくよかな胸、鍛え引き締まったウエストに、肉質なヒップのライン。たとえ、飾りっけない黒のシャツと同色のスラックスという格好であれど、そのボディラインから匂う女を打ち消せるほどではない。

 それに、モデルとかそういう種類の美とは違うが、何よりシロには……一種独特の存在感がある。

 白髪と褐色の肌に鋼色の瞳という色の組み合わせ自体が異彩を放っているが、その上で凛とした張りのある雰囲気と、女の色香漂うプロポーション。少年すら連想させる張りのある低音ボイス。

 凛とした清廉さと、無自覚の婀娜っぽい艶かしさ、大人の女と少年、それらが混在しているような一種独特の雰囲気は、たとえ傾国の美女が如き相貌でなくとも、人が惹かれる理由としては充分だ。

「……アンタ、何を考えてる」

 じと目で胡散臭げにこちらを見ているシロに、しれっと返す。

「シロのことだけど?」

 シロは、むすり、と口をへの字にすると、鞄を手にふい、と背を向ける。

「もういい。……私はこれから買い物をしてくる。今夜食べたいものがあるのなら、今のうちに言え」

 不機嫌そうな声をして、可愛いことを言ってくれる娘に、思わず頬がほころぶ。

「そうだな、うん。じゃあ、すき焼きが食べたいかな」

「了解した」

 そういってちらりとだけこっちを振り向いたシロの口元は、僅かに笑っていた。

 

 夕食は僕のリクエストどおり、すき焼きが出てきた。

 多分、これがあの子なりのナンパから助けられたことに対する礼なんだろうな、と思うと、頬を綻ばさずにはいられない。素直じゃないけど、うちの子はそんな所が可愛いな、と思うあたり、僕は多分親馬鹿なんだろう。

 そんなことをのんびり風呂に浸かりながら思う。

 良い気分だった。

 ……でも、ふと、こんなに幸せでいいんだろうか、とも思う。

 可愛い娘が2人と息子が1人。子供達に囲まれて……こんなに平和で幸せな生活が僕なんかに、『魔術師殺し』とかつて呼ばれた男にゆるされていいのだろうか。

 アイリと生活した9年間でさえ、こんな……気持ちにはならなかったのに。こんな満ちた気持ちに。

(シャーレイ……)

 死徒と化して死んだ初恋の女性を思い出す。続いて、自分が初めて手をかけた存在である父を、養母ともいうべき存在だったナタリアのことや、他にも愛しながら手に掛けてきた相手を1人、1人順番に。

 彼らの犠牲を無駄にしたくなくて、シャーレイについぞ言い出せなかった幼い頃の自分の夢「正義の味方」を憎んで恨んで憧憬して、父のような存在を生み出さないように、多くの人を救うために少数を切り捨てようと決めて生きた少年時代。

 僕にとってどんなに愛していても、少数の身近な人間でも、大勢を救うためなら礎に出来ると、たとえ僕には不可能なことでも、万能の聖杯なら僕の望みを……争いのない世界をつくれると、妻を犠牲にすることをわかっていながら飛び込んだ第四次聖杯戦争。

 あれで全てが変わった。

 僕は、本当に愚かだけど、最愛の女性を切り捨てることによって望みを叶えれると思っていたんだ。

 でもそれは、アーチャーとして召喚されたシロによって、全ては瓦解した。

 僕はもう、僕の思う「正義の味方」になどなることはない。

 いや、なれるわけがない。

 アイリが浚われたあの日、シロを救おうとして令呪を使ったその瞬間から、そんな資格もなくなった。

 残り少ない余命、僕は、ただの父親として生きる。

 それがせめて、叶いもしない妄想で妻を犠牲にしようとした男が果たせる最後の責任だ。

 そんな選択を、こんな穏やかな気持ちで受け止めて過ごす日がくるなんて思わなかった。

 

 風呂からあがり、まだ風呂に入っていなかった、シロに空いたことを告げると、僕はおもむろに自室に向かい、がさりと、机の引き出しを開けて目当てのものを取り出す。

「…………」

 これを僕に渡した女の顔を思い出す。

 封印指定の人形師。

 きっともう、会うこともないだろう。

 ふと、笑う。

 僕は、本当に変わった。

 

 黙々と今夜も準備を整え、そして、工房でもある土蔵へとむかい、家を包む結界を第二形態へと移行した。

 防音、認識阻害、魔術の痕跡の完全隠蔽。

 これより、この家は異界となる。

 

 僕から僅か5分遅れで、娘たる彼女が現れる。

「来たね」

 ぱき、と錠剤を模した魔薬を口に含む。それを見て、最近益々亡き妻に似てきた美貌の娘(イリヤスフィール)が、気まずそうに眉根を寄せる。

「……そんなものに頼らなくても、修練くらいもうわたし1人で出来るわ」

「そうはいかない。イリヤに教えられることはまだまだあるからね」

 士郎がシロに魔術を習いだした頃と時を同じくして、イリヤも僕から魔術を習うようになった。

 魔術師としての才覚なら、僕より娘のイリヤのほうが圧倒的に上だ。

 でも、魔術使いである僕は普通の魔術師では知らないようなものにも通じているし、僕に魔術師としての才能があるかないかと、指導が出来るか出来ないかもまた別問題だ。

 イリヤは、アインツベルンの血を色濃く受け継いでいる。元はアインツベルンの後継者ともいうべき存在なのだから当たり前だろう。

 その属性は水。亡くなったアイリと同じくして魔眼持ち。

 だから、幻覚やサポート方面にその才能をのばす形で今まで指導をしてきた。攻撃魔術に関しては、アイリ同様に針金使いという方向で育ててきた。とはいえ、それだけが使えるというわけでもなく、状況に応じて対応できるように、今は咄嗟の判断力を養う方向性で魔術指導を行っている。

 

 そうして、イリヤが使った針金の鷹や、それについての改善点などを話し合いながら、また実践へと戻るそんなことを繰り返した末の1時間、イリヤはぽつりと、こんなことを言った。

「キリツグは馬鹿みたい」

「イリヤ?」

「まだ聖杯戦争は始まっていないのに、そんな薬に頼らないでよ。……今日、2つ目でしょ。わたし、ちゃんと見てるんだからね」

 咎めるような視線。

 ああ、さっき薬がきれて追加で飲んだことに、やっぱり気付かれていたのか、という気持ちと、わかっていたとはいえ、娘に睨まれるのは父さん悲しいなあ、なんて気持ちで苦笑する。

「笑ってないで。……なんで、ただでさえ短い寿命を自分で削るの」

 服用している魔薬の効果をわかっていての言葉、この子を前に誤魔化しなんてきかない。

「う~ん……これが、父さんがイリヤにやってあげられる最大限のことだから、かな?」

「馬鹿みたい」

「手酷いな」

 再び苦笑する。

 服用している魔術薬。その効果は生命力(じゅみょう)を魔力に変換して、衛宮の魔術(じかんそうさ)の術式を併用することにより鈍った四肢五感をかつてのレベルにまで一時的に引き戻すというもの。

 それは、この薬を服用すれば服用するほど、死期を早めるということでもある。

 今の時点で余命1年であろうと、この薬を乱用すれば、その猶予期間すら失くすことになるだろう。

「わたし、キリツグのそういうところが嫌い」

 感情の抜けた声で、淡々とイリヤは言う。

「そんなだから、キリツグは駄目なのよ。……大嫌い」

「父さんはイリヤのこと大好きなんだけどな」

 ふぅ、とイリヤは小さく息をこぼす。

「お母様はキリツグを甘やかしてばっかりだったから、その分わたしが言ってあげてるの。感謝してよね」

「……そうか」

「うん、そう。同情なんてしないんだから。キリツグがたとえ明日死んでもそれは自業自得。わたしは、泣いてなんてあげないわ」

 真摯で物静かな声音で、イリヤはそう言った。

 それは普段士郎に見せている無邪気で明るく天真爛漫な姉とは違う顔。

「キリツグ、シロと士郎を泣かせたら、わたし怒るわ。その言葉の意味がわたしからの課題よ」

 その言葉を最後に、沈黙が暫し流れて、二人そろって、淡々とまた魔術の改良へと戻る。

 そうして、日付が変わるか変わらないかという時刻、2人そろって土蔵を後にする。

 その出て行く最後、イリヤは「じゃあね、おやすみ、キリツグ。わたしの言葉、忘れないでよ」そう言って背をむけて、それから、1度も振り返ることもなく自室に向かって歩を進めた。

「ああ……おやすみ、イリヤ」

 かけた声は届いたのか届いてないのか。

 真夜中の空、月が雲に隠れていたことに、奇妙な安心感を覚えて、僕もまたぼんやりと自室にむかった。

『キリツグ、シロと士郎を泣かせたら、わたし怒るわ。その言葉の意味がわたしからの課題よ』

 その娘の言葉が、やけにいつまでも耳に残っていた。

  

 

 了

 

 

 

 

 

 

 おまけ、「ただの親馬鹿」

 

 

 

【挿絵表示】

 





 第五次聖杯戦争編・登場人物プロフィール


 その他編。


【名前】 遠坂 凛
【性別】 女性
【身長・体重】159cm47kg
【スリーサイズ】B77W57H80
【備考】
 御三家の一角にして、冬木の若きセカンドオーナー、名門遠坂家の現当主。
 原作同様穂群原学園2年A組に所属しており、学校ではミスパーフェクトの呼び声高い優等生で、イリヤと並ぶ2大アイドルなわけだが、イリヤにからかわれる時にうっかりで地を晒すこともあったりする。
 子供の頃に、アーチェに「髪が普通の人間みたいに伸びる」呪いをかけた張本人だが、本人は覚えていないし、アーチェのことはただの変わり者な男女魔術師だと思っている。
 原作同様、両親の死後、言峰を後見人に遠坂家を継いで、広い洋館で一人暮らしをしていたわけではあるが、原作と違って、多ければ1週間に2、3度、少なくても1カ月に1度くらいの確率で、わりと頻繁にアーチェが訪ねてきたりするため、あまり一人を感じることもなく育った。
 アーチェとのことはなんだかんだいいつつも、その関係性を気に入っており、本当は自分の管理地に「衛宮」なんて得体の知れない魔術師一家を迎え入れるのはいけない事だと理性では思いながら、アーチェから定期的に金その他を徴収することによって、協会にも教会にも知らせずに黙認している。
 それらの環境の違いのせいか、原作の凛に比べると気が長めで、原作ほどは完璧であろうと気が張っているわけではない。だが、凛は凛なので、色々注意は必要。
 唯一、アーチェのことを「アーチェ」と呼んでいる存在。


【名前】 間桐 桜
【性別】 女性
【身長・体重】156cm46kg
【スリーサイズ】B85W56H87
【備考】
 やはり、子供の頃に遠坂の家から間桐の家へと養子に出され、虐待に等しい魔術調整を受けて育った。
 衛宮邸に通う経緯は原作とは少し異なり、兄の慎二がアーチェに妹に会ってみたいといわれて、桜を連れてきて話をしたところ、「よかったら料理を覚えてみないか」と誘われ、後日返事をすることにしてその場では別れ、前回の実質勝者な衛宮に警戒をする臓硯が、それでも情報ほしさに通うだけ通うように指示したのが原因。
 また、慎二も、アーチェとの接点欲しさというか、情報ほしさといった感じでそれを認めたため、家族公認で衛宮家に週3回ほど通っている。
 とはいえ、賑やかな衛宮家に通ううちに桜も段々明るい性格になってきており、やはり原作同様衛宮家が彼女にとっては唯一安らげる場になっている。
 兄の慎二との関係は、主にアーチェが原因で原作ほど酷い関係にはなっていない。
 あと、原作同様に凛に憧れと嫉妬をもっていて、士郎には恋心を寄せているわけだが、イリヤがいるためにどうしても臆してしまう所がある。だが、イリヤのことも好きだし、今の立ち位置を捨てるのも嫌だし、衛宮家のみんなが好きだから、自分はこのままでいいんだ、という気持ちが8割を占めていたりもする。
 どんなに遅くても、夜の8時過ぎには家に帰される為に、魔術師としての衛宮家の様子を見ることはない。
 +士郎は魔力殺しのバンドを常時どこかしらに身に着けている為、衛宮の跡継ぎはイリヤだと思っていて、士郎のことは一般人だと思っている。


【名前】 間桐 慎二 
【性別】 男性
【身長・体重】167cm57kg
【備考】
 やっぱり士郎とは中学時代からの友人で、桜の義兄。弓道部副主将なのも同じ。
 女の子が好きで、女の子を周囲にはべらしていて、同性には嫌われ、他人を見下す自己中心的なところも原作同様ではあるが、原作ほど精神的に追い詰められているわけではなく、ホロウの時の性格に近い。
 また、原作とは違って、士郎と大喧嘩もおこしていないので、友情は続行中。同性の友人は士郎だけなので、高校に入ってから士郎の横ポジションをとっていく一成がちょっと疎ましい。
 凛への執着と情欲を内心抱いてたりする辺りも原作とあまり変わっていない。ガツガツしていないし、アーチェへの感情が目立つからそう見えないだけで。
 初接触時に見惚れたのもあるが、それ以上にとある事件を切欠にしてアーチェのことを気にしているのだが、それは凛や他の女の子に向ける感情とは全くの別物であるらしく、本人の中にある綺麗な感情の塊みたいなものらしい。
 そのためか、アーチェにむける感情や表情にはウブな少年のような初々しさがやけに漂っていたりする。
 ちなみに、イリヤのことは苦手だ。


【名前】 柳洞 一成 
【性別】 男性
【身長・体重】170cm58kg
【備考】
 やっぱり穂群原学園の生徒会長にして、士郎の友人。
 しかし、原作と出会い方は異なっており、小学6年生にあがる年の春休みに、衛宮一家が寺に来たのが縁で知り合った。そのため、学校こそ高校までは別々だが、幼馴染であるといえる。
 だからか、周囲の目があるときは士郎のことを「衛宮」と呼んでいるが、二人だけになると「士郎」と名前呼びしていたりする。
 原作同様、士郎大好き。凛が嫌い。
 前生徒会長で、士郎の義姉のイリヤのことは凛ほどじゃないが苦手で、嫌いに分類していい。反面、アーチェのことは尊敬出来る御仁だと思っており、なんであの姉弟はイリヤだけあんな小悪魔めいた性格になっているんだと嘆いてたりもする。


【名前】 藤村大河
【性別】 女性
【身長・体重】165cm53kg
【スリーサイズ】B?W?H?
【備考】
 原作と同じく、切嗣目当てで衛宮家に通うようになっており、今では2日か3日に1度の頻度で朝夕ご飯を一緒に食べていく、衛宮家半同居人にして、冬木の虎。
 アーチェのことは、当初、娘とかなんとかいっちゃって、本当は愛人か恋人なんじゃ……なんて疑っていたらしいが、接するうちに、あ、親子だなって思う部分をいくつも発見して、なんか納得してしまったらしい。あと「シロさんのご飯さいこー」とかって餌付けされた部分もなくもない。
 やっぱり、士郎の姉ぶっているんだが、ぶっちゃけイリヤのことが苦手なので、イリヤにまでは流石に姉ぶれていないようだ。口でイリヤに勝てた試しがない。


【名前】 久宇 舞弥
【性別】 女性
【身長・体重】161cm52kg
【スリーサイズ】B78W60H82
【備考】
 原作とは違い、バーサーカーの襲撃に遭遇していない為に第四次聖杯戦争を生き延びた切嗣の片腕。そして公式の愛人。とはいえ、別に恋愛感情はないけど。
 第四次聖杯戦争後は外国を飛び回っており、それでもアーチェと約束を交わしたことも相まって、数ヶ月に1度~年に1度の頻度で日本の冬木市衛宮邸に訪れていた。
 10年の月日が経ち、30代半ばになった彼女は全盛期に比べると腕が落ちたといっていいが、それでも一定以上の水準の戦闘能力を維持しており、弱体化した切嗣に比べると遥かに「使える」人材とも言える。
 やはり、隠れ甘党は健在であり、アーチェにはその辺完璧に気付かれているため、よく新作ケーキの味見にまわされている。
 切嗣の実の娘であるイリヤのことはわりと苦手。



【挿絵表示】


【名前】 レイリスフィール・フォン・アインツベルン
【性別】 女性
【身長・体重】147cm38kg
【スリーサイズ】B68W52H70
【備考】
 この作品唯一のオリジナルメインキャラクター。
 第五次聖杯戦争を前に、アインツベルンから送り出された第五次聖杯戦争の為のマスターであり、この度の聖杯の器でもある。
 イリヤスフィールの模造品。
 外見年齢は中学生くらいの、ZEROマテリアルにのっている初期デザイン版アイリスフィールといった感じではあるが、アイリと違って冷め切った眼と右横髪につけた鈴の髪飾りが特徴的。
 纏っている衣装はピンクゴスロリ系ではあるが、そのナイフのような気性もあいまり、可愛らしい印象はあまりない。
 原作のイリヤ以上の孤独な少女……ではあるが、同情出来るほどかわいげのある性格はしていないし、本人も同情されることは別に望んでいなかったりする。
 その起源は「憤怒」。それだけが彼女の全て。

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