新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
お待たせしました、今回で束の間の休息編最終回です。
というわけで次回からは第五次聖杯戦争編はじまるおー。
というわけで、今回の後書きおまけは第五次編イメージイラストと第五次聖杯戦争編予告漫画だよ! にじファン連載時代からは微妙にあちこち修正しているぞ! ではどうぞ。


15.それぞれの日常 衛宮士郎編

 

 

 

 side.衛宮士郎

 

 

 最近、不思議な夢を見る。

 いや、夢とよんでいいのかわからない。見えるのは、美しい黄金の剣と同じく黄金の鞘のイメージだ。

 俺は夢を見ることなんて滅多にないのに、そればかりを最近よく見る。

 そして、その剣をもっと見ようと目を凝らして、そこでいつも目が覚めるんだ。

 

 朝の5時半、いつもこの時間になると自然と目が覚めて、顔を洗い、着替えてきて、それから学校の課題を少し片付ける。そうやって6時前になると、親父の部屋へと声をかけに向かう。

「親父」

 脂汗をかいて、青い顔をして切嗣(じいさん)は魘されながら眠っている。

 そんな朝がもう1年くらいは続いている気がする。

 でも、俺が声をかけると、それを合図のように、なにもなかったような顔をしてすっと目覚めるのが、ここ1年の通例だ。

「ああ……士郎、おはよう」

「うん。親父、おはよう」

 ほんわりと微笑みながらかけられる朝の挨拶に、言葉を返しながら、胸元に言いたい言葉が次々と競りあがってくる。

 眠っている時の爺さんは異常だ。

 明らかに普通じゃない。

 なのに、いくら医者を勧めても、親父は取り合うことがない。

 なんで? どうして?

 思うことは尽きなくとも、それに答えをかえされることもまた、ないんだろうって、その頑なな黒い瞳を見る度に思う、そう実感する。

「じゃあ、俺シロねえ手伝ってくるから」

「うん」

 そうやって昼間の親父はにこにこと笑う。

 目を逸らす気はないけれど、その笑顔が見ていられなくて、思わず心の中でため息一つ。

 言わないのは、言う必要がないと判断したからだ。

 だから、俺は、貴方の望むとおりに変わらぬ息子(いつもどおり)でいよう。

 

「シロねえ、おはよう」

 台所に向かいながら、シロねえとは色違いで揃いの青いエプロンを身に着ける。

「ああ、おはよう」

 シロねえの手元を見て声をかける。

「鰤の照り焼きが今日のメイン?」

「ああ。オマエは小松菜の胡麻和えだ」

「OK」

 こうして、シロねえの朝食作りの手伝いをするようになったのは大体4年くらい前からだ。

 それまでは、未熟者とか色々言われてさせてもらえなかった。

 まあ、それも、許可されたところで最初のほうはボロクソに言われたし、今も俺が作った料理に対する評価は厳しい。

 同じ料理の弟子でも、桜には優しいのにな。

 最初は桜、おにぎりもマトモに握れなかったのに、それでも根気よくシロねえは声をかけて励ましていた。

 料理教室のほうでもそうだ。

 数回ほどシロねえが開いた料理教室を見に行ったことがあるけど、シロねえはどの生徒も大切にして、出来なくても根気よく教えて、決して愚痴を言わずに励ましていた。

 ……なのに、なんで俺だけこんなに厳しいのかな?

 とはいっても、そんなシロねえの指導は嫌いじゃない。

 確かにキツイことばっかり言うけど、結局それは俺のためになっているからだ。

「こら」

 隣から呆れた声で叱責される。

「集中力が足りん。こんな時に考え事とは感心せんな? 士郎」

 にやりと、笑う。凄く意地悪な顔だ。

 なんだかシロねえは最近よくこんな顔で俺を見てくることが増えた気がする。

 ……昔はもっと優しかったのになあ。と、思わず思いつつも、「悪い」と返して目の前の料理に集中した。

 

「おはよ~、士郎、シロ」

 大体俺から遅れること10分前後で、イリヤが居間へとやってくる。

「「おはよう、イリヤ」」

 期せずして声がシロねえとハモった。

 きょとん、とついシロねえを見てしまう。

 シロねえはばつの悪そうな顔をしてふい、と横をむいた。複雑そうな顔だ。

 実はシロねえと言動がハモることは昔っから度々あることだったりするけれど、どうもそれがシロねえには喜ばしくないことらしい。大抵言動がハモったあとにはこんな顔をしている。

 俺は、シロねえとお揃いみたいで結構嬉しかったりするから、この反応はちょっとだけ哀しい。

 その時、玄関から今日も虎の咆哮が鳴り響いた。

「おっはよ~~~!!! ねえ、今日の朝食、なに? なに? うーん、良い匂い~!」

 ……藤ねえ、近所迷惑だから叫ぶなって何回言っても聞かないのは、イイ大人としてどうかと思うぞ。

 イリヤなんて凄く呆れた目で見てるし。

「大河、走らなくとも、料理は逃げんよ。それと毎度言っていることだが、廊下で叫んだり走ったりするのはやめたまえ。……ああ、今日の朝食はジャガイモの味噌汁と、鰤の照り焼き、小松菜の胡麻和えに、出汁まき卵、白菜の浅漬けだ」

「鰤の照り焼きか。それはたのしみだね。やあ、おはよう」

 藤ねえが料理に目を輝かせてる中、音もなく新聞片手にひょいと切嗣(じいさん)が現れる。

「切嗣さん、おはようございます!」

「うん、おはよう。大河ちゃんを見ていると僕も元気になるよ」

「本当ですか?」

 あー……嬉しそうな顔してるなあ。

「それより、二人とも、席につきたまえ」

 シロねえは、ちょっと肩を竦めながら、そう言葉をかけると、大人しく2人は従う。

「いただきます」

 

 朝食が終わり、かちゃかちゃと食器を洗う音が響く。今日は大して課題もなかったからわりとのんびり出来る。

 イリヤは何か用があるらしくて、今は自室だ。

 親父は部屋へと戻ったし、シロねえは洗い物をしている。隣には藤ねえ。

「ねえ、ねえ、士郎」

 声を潜めるようにして藤ねえが声をかけてくる。

「……なんだよ?」

 ちょっと怪訝になって首を傾げると、藤ねえは、ちらちらと台所のほうを見ながら「シロさんってお付き合いしている人とかいないの?」と、そんなことを聞いてきた。

「は?」

 藪から棒になんだ? と思ってつい、そんな間抜けな声を出す。

「だ~か~ら、お付き合いしている人! ほら、シロさんって綺麗だし、スタイルいいし、料理上手で、よく気が利いて、しかも強くて、凄くお買い得物件じゃない?」

 いや、藤ねえ、その言い方はどうかと思うぞ。

「でも、全然そういう噂聞かないし。モテると思うのにね~。ていうか、わたしが男だったらほっとかないわ」

 わたしが嫁にもらう! なんて小声でがおーっと咆哮する虎。

 ……でも、まあ、藤ねえのその考えはわからなくもない。

 俺としてはちゃんと恋人の1人でも作ってくれたほうが安心出来るのに、シロねえでそういう話はてんできかないからだ。心配するなってほうが無茶だろう。

「で、お付き合いしている人とかいないの?」

「俺も、そういうのは聞いたことないぞ」

 そう答えると、藤ねえは残念そうにそっかーっと肩を落とした。

「うーん。あんなに綺麗なのに勿体無いなぁ。シロさんだったら、ウェディングドレスも白無垢もどっちも凄く似合うと思うのに」

「それは……」

 想像してみた。

 真っ白なウエディングドレスに身を包んだシロねえ。

 褐色の肌に白が映え、恥らうように俯いている。頬にかかった同じく白い髪がどことなく色っぽくて、半透明の瀟洒なウェディングベールが、露出度の高い肩のあたりをそっと包んでいて、ちらちらと褐色の肌が覗く感じがどことなく婀娜っぽい。

 日本古式の白無垢に身を包んだシロねえ。

 和装がしっくりと似合って馴染んでいるのに、褐色の肌に白い髪といったカラーディングがエキゾチックで、愁いを秘めた表情なんかが妙にセクシーだ。三々九度の杯を傾けて、目じりは薄っすらと赤に染まって…………妄想終了。

 なんとなく、これ以上考えるのはヤバイ気がする。うん。

 でも……。

「……いいな」

「でしょ? シロさんが結婚するときは、絶対わたしいの一番にかけつけるわよ」

 と、そこで、呆れとうんざりしたといった感情交じりの声が上からかけられる。

「人のことで、勝手なことをいうのはやめてくれないか?」

 むっすりとした顔のシロねえが、口元を引き攣らせながら、腰に手をあてて立っていた。

「それに大河、そろそろ時間だろう? 出たほうがいいと思うが?」

 そういわれ、はたと藤ねえは時計を見て、「あ、いっけなーい」なんて声をあげながら、ぽんと立った。

「シロさん、今日も朝食ご馳走様でした」

「お粗末様でした」

 なんだかんだいってシロねえは律儀なんだよな。

 口元引き攣らせているのに、礼をいわれたら必ず言葉をかえしている。

「じゃあ、士郎、またあとでね」

 そういうなり、虎はひゅんと風をきるような勢いで飛び出していった。

 それを見てシロねえはため息を1つ。

 ついで、くるり。

 俺のほうを見たかと思うと、じろりと睨んできた。

「士郎、オマエもくだらない話にのるな」

 台所にいながらにして、さっきの会話をしっかり聞いていたらしい。

 だけど、そのシロねえの言い分にむっとした。

「くだらないってなんだよ」

「私が結婚がどうのこうのという話だ」

 あ、やばい。

 凄くカチンときた。

「くだらなくなんかないだろ」

「私には必要のない話だ。不毛な内容とは思わないのか」

「思わないね」

 その冷めた声音に、心底自分には不要だと思って発言していることが嫌でもわかって、ふつふつと怒りが脳を沸かす。なんでこう、この人は色々自覚がないんだ。

 自分には関係ないって? 俺はシロねえのこと好きだけど、こういうところは本当腹が立つ。

 俺が怒っていることはわかっているのだろう。シロねえは心底面倒くさそうに眉根を顰めて、更に爆弾となる言葉を落とす。

「ああ、もういい。オマエは私などよりも自分の心配だけしていろ」

「シロねえ!」

 付き合ってられん、そんな感じの口調で吐き捨てながら背を向けるのを見て、苛立ったまま声を上げる。

 今、シロねえは『私など』って言った。

 前からのことだけど、なんでこの人は自分を大事にしないんだ。それをみてまわりがどう思うかなんて考えちゃいない。

 シロねえは強い。確かに強い。

 口も魔術も体術も剣術もまだまだかないそうにないくらい強い。

 だけど、危うい。シロねえの強さはまるで諸刃の剣だ。

 だってシロねえには自分が幸せになるって意識が徹底的に欠けている。シロねえはきっと自分はどうでもいい、そういう人なんだ。

 そう、シロねえは、自分が幸せになること自体に興味がないんだ。

 そこがイラつく。

 どうしてこの人はこうなんだ。

 誰より優しいくせに。人には尽くすくせに、自分が尽くされるのは拒絶する。

 頑張ったやつが報われないなんて嘘だ。そんなのあっていいものか。自分を蔑ろにするなよ。俺は沢山アンタに幸せをもらってきたんだ。だったら、アンタも幸せにならなきゃ嘘だろ。

 皆幸せになる、そんなハッピーエンドじゃなきゃ駄目だろ。

 そうだ、シロねえの強さはまるで硝子細工の剣みたいだ。鋭利で透き通っていて綺麗で……でも脆く、一歩間違えればパリンと割れて壊れる。

 そんな不安定な姿を見続けてきた俺の立場になってみろよ。

 尊敬だってしてる。

 その在り様には憧れさえある。

 いつしか冬木の伝説の紅き女救世主(レッド・ヒーロー)なんてあだ名つけられて、それでも弱者を救う有様には羨望すら抱いている。自分もこうありたいと、そんな漠然とした憧憬すらある。

 だけど、だけど……アンタは女なんだぞ。

 確かに、シロねえにはまるでヒーローのような面もあるけど、それでも10年間見てきたシロねえは、それ以上に「衛宮」という家庭を守り続けた「母」で「姉」だった。

 幼い頃のばされた手の感触を今でも覚えている。イリヤと俺が昼寝をしているのを見て、毛布をかけてくれた優しい感触や、静かで本当に優しい微笑み、そこに俺は「母性」を見た。

 大災害の記憶があまりに大きすぎて今では薄れてしまった、実母の面影をそこに見出した。生きていたら「母さん」がしてくれたんだろうか? って思うことをいつもくれたのはシロねえだった。

 だけど、母と呼ぶにはシロねえはあまりに若くて、時折さらけだすあどけない笑みに、この人はまだ年若い「女の人」なんだなとその度思い起こしてきた。

 一時は俺やイリヤにかまっているから、自分の大切な相手を見つけられないのだろうと思っていたこともある。俺達に構っているから、シロねえは己の時間を上手く確保できず、自分の女としての幸せを追求できないんだと……それは違うってことは数年と経たずわかったけど。

 でも、女として幸せになってほしいっていうのはそんなにおかしな願いか? 違うだろ。

 この気持ちはシロねえにも否定される覚えはない。

 そうして尚も言いつろうとしたその時、吃驚した顔のイリヤがひょいと姿を現した。

「シロ、士郎、どうしたの? 喧嘩?」

「いや、大したことではない」

 さらりと、本当にいつも通りの口調と表情で言ってのけるシロねえ。

 ……俺はこれで終わりなんて認めないからな、とじとりと睨んでも効果はないあたりが、ちょっとだけ悔しい。

「ほら、今日の弁当だ」

「うん……」

 イリヤも、本当になんでもなかったわけではないとは気付いているだろうけど、ちらりと俺とシロねえを見るだけでそれ以上は追及しない。

 そうこうしているうちに登校時間だ。

 そして出て行くとき、ふと、イリヤは真剣で諭すような静かな声音で「シロ、なにがあったか知らないけど、引きずっちゃ駄目よ」とそんな言葉をかけてから出て行った。

 

 イリヤは何も聞かなかった。ただ、学校での別れ際「帰ったら、いつも通りにシロと接してあげてね。おねえちゃんはシロと士郎が喧嘩する姿を見るのは哀しいわ」そう言ったので、「大丈夫だよ、イリヤ。心配かけてごめんな」そういって、出来るだけ笑顔で手をふってわかれた。

 その後はぼんやりと授業を聞いて過ごす。

 そして、昼休み、すーっと息を吸い込んで深呼吸したあと、ぱんと自分の頬を張った。よし、と掛け声をかけて気持ちを払拭する。

「一成、今日は生徒会室空いてるんだろ? 飯食おうぜ」

 にかっと笑ってそう言うと、一成も頷いて立ち上がる。

 そうして2人連れ立って生徒会室に向かった。

 

 ぱかりと弁当箱を開ける。

 中身は、おかずのパックが1つ多く、小さなメモ帳に「一成君に渡してくれ」とシロねえの字で書いてあった。それに苦笑しながら「一成、ほら、これシロねえからだって」といいつつ、パックを渡す。

「む、かたじけない。シロさんの厚意にはいつも痛み入る」

 なんていいながら、2人分の茶の用意をしている一成。

 流石寺の息子というべきなのか、茶坊主が板についている。

 寺の息子とはいえ、成長期だというのに、一成の弁当には肉分が圧倒的に不足している。それを知っているからシロねえはよく、一成の分のおかずも用意してもたせる。そんな気遣いに思わず苦笑。中身はからあげとキャベツ、肉団子に厚焼き玉子といったラインナップだ。

 冷えていて尚、食欲を刺激するそれに一成も思わず感嘆の唸り声を上げる。

「では……」

 いざ、いただきますと続こうとした一成の声は、ひょいとのばされた白い手によって遮られた。

「んー……やっぱりシロのお弁当はおいしー」

 凄く充実そうな微笑みを浮かべて立つのは、浮世離れした白い妖精……じゃなくて、俺の義姉のイリヤスフィールだ。容赦なく一成への追加弁当だけを狙って手を出している。

「なっ、なっ、なっ」

 一成は思わず、口をぱくぱくとさせて動転している。

 尚も容赦なく、今度はイリヤは肉団子を浚って、その小さな口に収めた。

 俺は思わず、はあ、と息をついたあと、すっと空気を取り込んで「こら、イリヤ!」と怒鳴った。

「きゃ、何?」

「一成の分をとったら駄目だろ。イリヤの分の弁当だってちゃんとあるんじゃないか」

 そう、イリヤの手にはしっかりと自分の弁当が握られている。

「だって、一成にシロの弁当を食べられるなんて、悔しかったんだもの」

 そうぷーっと頬を膨らませながらいってくる顔は、なんだか子供みたいで可愛らしくて……いやいや、ここで怒りをおさめたら相手の思う壺だと思いなおしながら、「それでも、やっていいことと悪いことがあるだろ」と告げると、「……怒った?」と上目遣いでちらっと俺を見ながら尋ねてきた。

 はっきりいってイリヤは可愛い。

 2-Aの遠坂と並んで、穂群原2大アイドルの片割れだとよばれているのも頷けるくらい凄く可愛い。

 いくら家族としていつも一緒にいて免疫がついているとはいえ、こういう顔でみられると、ついぐらっと落ちそうになるくらい物凄く可愛い。

 だから、つい、甘いことを言ってしまうのは健全な男子高校生として仕方ないと思う。

「一成に謝ってくれたら、もう怒らない。それが終わったら仲直りの印に一緒にお昼を食べよう」

 イリヤはその俺の言葉にむぅ~と小さく唸りながら、暫し一成と俺を交互に見たけど、諦めがついたのか、ため息をひとつつくと頭を下げて「ごめんなさい」と、なんだか硬い声音で告げた。

 思わず安堵の息を吐き出して、それから、ぽんと隣の席の一成へと声をかける。

「あー、一成悪かったな。イリヤもほら、この通り反省しているから大目に見てやってくれ。その代わり、無くなった分は俺の弁当からとっていいから」

 そういうと、一成はこめかみに手をあてて、「全く、士郎はお人よしが過ぎるぞ」と重い声で告げた。

 それに苦笑。

 そのやりとりをどことなく不満げにイリヤは見ているが、さすがは堅物生徒会長、意にも介していない。

 その後は、イリヤと一成が所々で争いあってはいたが、概ね平和に昼休みは終わった。

 

 放課後になった。

 俺は一応弓道部所属だけど、最近はあまり行ってないし、行ってもマネージャーがやるような仕事ばかり選んでやっている。

 その理由は、理由というほどのものじゃないかもしれないけど、俺はまず弓を外そうと思わない限り外さないことがあるのかもしれない。

 だって、最初から出来てしまうんだ。

 そんなの、一生懸命練習している奴らには失礼だろ、とつい思ってしまうのもあるし、以前シロねえに言われた言葉もある。

『魔術を秘匿するのは当然だが、オマエは弓のほうも出来るだけ知られないようにしろ』

 と。

 なんでそんなことをいわれたのかはわからない。だけど、こくりと気付いたらうなずいていた。

 俺にとっては矢を的のド真ん中に中てるのは当たり前で当然のように出来る行為でも、一般的に見ればそれは異常なんだと、多分そういうことなんだろう。

 でも弓道部は俺にとって居心地がいいし、桜や慎二がいるし、美綴にはよく勝負をふっかけられるしで、なんだかんだ辞めるほどにはいたっていない。俺が主にやっているのは弓の調整や、アドバイスってほどのことじゃないけど、1年生への簡単な姿勢の矯正指導くらいものだ。

 俺をライバル視している美綴には悪いけど、俺にはそれくらいの距離感が調度いい。

 さて、そんな今日はといえば、昨日に続いて、一成と一緒に備品の整備をしている。

 俺の得意な魔術系統は、「強化、変化、解析、投影」の系統で、とくに刃物類の投影と解析魔術のほうに才が偏っているらしい。逆を言えば、一般的な魔術は大抵不得手で、本来はこの系統の基礎になるべき強化魔術のほうが苦手だったりするわけだが、まあ、それはまたの話ということにする。

 集中するためと断って、一成を部屋から出し、壊れたストーブを見る。

解析開始(トレース・オン)

 自己に埋没するための呪文を口にし、ストーブの構造を見て取る。

 普通の魔術師からしたら、こういう解析の魔術に秀でていてもあまり役に立たないものらしいけれど、こういう壊れたものの修理には解析の魔術はもってこいだ。配線が一個断線している……と、なにが原因で悪くなったのかが手に取るようにわかる。

 原因さえ分かってしまえば、あとの修理は簡単だ。

「一成、終わったぞ」

 これが今日最後の修理物だとわかっていたので、声をかけると、一成は「いつもすまんな」といいながら、歩み寄ってくる。

「何、気にするな。友達だろ?」

「しかし、こう士郎に頼ってばかりでは……」

 と、困ったように眉根を寄せる姿を見て、苦笑。

 恩を返したいのだ、と真面目な一成は思っているのだろうとわかって、イリヤをまねてちょっと茶目っ気を出しながら提案をする。

「じゃあ、今度江戸前屋の大判焼きを奢ってくれ」

 そういって笑うと、一成は目じりを和らげて「そんなことで構わんのなら是非とも。だが。いいのか?」と尋ねてくる。

「ああ。それに、実はシロねえも江戸前屋の大判焼きが好物なんだ」

 そう言うと、ちょっとだけ一成は吃驚したように目を開いて、それからふと「なら、いつもの弁当の礼に、たんまりと用意するとしよう」なんていいながら笑った。

 

 家に帰る。

「士郎、おっそーい。もう、あんまり遅く帰ってると不良になっちゃうんだからね」

 なんていいながら、イリヤにタックルじみた抱きつき攻撃を受けた時は、思わず苦笑した。

 今日の夕食はハンバーグに、シチュー、ハムとアスパラのサラダに、トマトリゾット、食後にあっさり甘さ控えめのパンナコッタという献立で、メインのハンバーグは桜のお手製だ。

 食後の紅茶を飲みながら、口どけもふんわりしたパンナコッタを口に運びつつ、料理のことで談笑している桜とシロねえを見る。

 虎は横になりながらTVに夢中だし、イリヤは風呂に向かった。親父は自室に引き上げた。

 そんな中、1人ぽつんと、デザートを食しながら、目の前で会話する女2人の姿を見ていると、なんとなく、羨ましい気がしてしまうのはどうしてなのか。どことなく嫉妬っぽいもやもやが少しだけ胸にわきあがって、思わず首を傾げる。

 いや、よしんばこれが嫉妬だとしても、そもそも俺は一体桜とシロねえのどっちに嫉妬しているんだか。自分でもイマイチ判別はついていない。ふと、桜と目があった。

 シロねえは、ああ、と何かに気付いたような顔をして、まぶたを少し落とすと、紅いエプロンを丁寧にたたんで、桜への紅茶を追加してから、自室のほうへ向かって出て行った。

「先輩、お隣お邪魔していいですか?」

 と、ふんわり柔らかな声で尋ねる後輩を前に、「ああ。いいぞ」といって、少しだけ位置をずらす。

「では、失礼しますね」

 そういいながら、くすりと笑う桜が綺麗で、ちょっとだけ困った。

「さ、桜さ」

「はい」

 思わず慌てた声をあげながら、先ほどまで思っていた言葉を上げる。

「シロねえにかわいがられているよな」

 きょとんと、桜は目をぱちくりさせる。其れを見て、馬鹿なことを言ったな俺とは思いつつも、今更撤回するわけにもいかない。だからそのまま続けた。

「俺が料理しているとさ、いつもシロねえボロくそに言うんだぞ。「馬鹿」だとか、「たわけ」だとか、「未熟者」だとかさ。それが桜にはとてもじゃないが見せないような凄く意地悪な顔でさ」

 むぅ、とちょっと思い出して思わず頬を膨らませた。

「最近のシロねえなんかとくにそうだ。俺相手にはいっつも意地悪な顔して、口を開くたびに皮肉ばっかりで……って、なんだよ、桜」

 気付けば、桜はくすくすくすくすと本当おかしそうに笑っていた。

 目じりには笑いすぎで涙までためている。

 ……なんでさ。そこまで笑われるようなこと俺言ったっけ?

「それで、先輩は先ほど私に嫉妬していたんですか? 自分もシロさんに優しくしてほしい、とか」

 その桜の発言に、かっと、耳が熱くなった。

「先輩、可愛い」

 う……なんか、嫌だ。

「確かにシロさんは私にはとても優しいですけど……でも、私が先輩に妬くことだってあるんですよ?」

「なんだよ、それ」

 意味ありげな視線に、つい、と思わず顔を逸らしながら聞く。

 頬が火照って暑い。

 顔が真っ赤なのが自分でもわかる。

 後輩相手にこんな醜態を晒すとは、我ながら中々情けない。

「シロさんは、士郎先輩に甘えているんですよ」

「え?」

 意外な言葉をいわれた。

 そう思って思わずまじまじと桜を見る。彼女は微笑みながら、静かに語りだす。

「シロさんにとって先輩は特別なんです。シロさんが取り繕わず有りの侭でいるのは士郎先輩の前だけだって、やっぱり先輩気付いてなかったんですか?」

 それは……本当に?

「甘えてて、何を言っても許してくれる相手だってそう思っているから、だからシロさんは先輩にだけ『違う』んです。私、そんなシロさんと士郎先輩の関係が、ちょっとだけ羨ましいです」

 そうして桜は、ほんの少しだけ寂しそうに笑った。

 

 桜を家まで送って、風呂に入って、でも考えるのは、桜に言われたこと。それがぐるぐると頭の中をまわる。

『シロさんは、士郎先輩に甘えているんですよ』

 ……そうなのか?

 だって、シロねえはいつだって…………カッと頬が熱くなって、思わず冷水を頭から被った。

 なんだこれ、心臓がばくばくなってる。予想外の相手に……形はどうあれ頼られ甘えられていたというのは、無駄に恥ずかしくて嬉しくてこっぱずかしい。

 こんこん、とその時ノックの音が響く。

「士郎、いるか?」

 ドアごしにぼんやりとシロねえのシルエットが浮かび上がる。

「ああ。どうしたんだ?」

「どうしたもなにも、お前がいつまでも出てこないから、さては風呂の中で寝でもしたのかと思って様子を見に来たのだが? もう、50分以上経っている。気付いていなかったのか?」

「え?」

 そんなに時間が経っていたのか、慌てて思わず浴槽から身を上げる。

「わ、悪い」

 と、声をかけて、それから思わず目を見開いて驚愕した。

 俺が立つのと同時に、がらりと浴室の扉を開けて、服は着たままとはいえシロねえが、何食わぬ顔して入ってきたからだ。ちなみに俺は下、何も隠してない。

「なっ、なっ!?」

 口をぱくぱくとさせながら、思わず固まったところでだれが俺を責められるだろう。

 いくら家族とはいえ、こっちは思春期真っ盛りの健全男子高校生である。この心境をどうか理解して欲しい。

 そのままずんずんと近寄ってきたシロねえは、俺の頬に手をのばし、……思わずとくりと心臓が高鳴った……そのまま、こつんと、自分の額と俺の額をつき合わせた。

「ふむ……やや熱いな。大方湯あたりといったところだろう。先ほども顔色がおかしかったし、もしや、風邪の引き始め……という線もあるか。馬鹿は風邪をひかないというがアテにならんな。ああ、いい。今日は鍛錬を休んでしっかり寝ていろ。普段病気知らずな分、オマエはどうなるかわからないからな」

 ……そんな言葉を淡々となにもなかったかのように動じず言う、この天然朴念仁を誰かどうにかしてくれ。

 俺の熱が上がっているのは確実にアンタのせいだよ。

 とりあえず、今更だし、シロねえは全く気にしていないようだけれど、近くの手ぬぐいで下半身を隠した。気休めでもやらないよりはやるほうがマシだ。

「……いい。鍛錬には出る。だから、シロねえ、出てってくれ」

 ついつい無愛想な口調で、出来るだけ不機嫌を作って言ったというのに、シロねえは不思議そうな顔をしてことりと首を傾げるばかりだ。

 だから、あんたはもう、なんでわからないんだ。今のは俺の最大限の譲歩だぞ!?

「おい……士郎、オマエ凄い熱だぞ」

 だから!! アンタが……って、ずいっと近寄るな! そんな心配そうな目で俺を見るな、触るな。

 つか、当たってる!! 服越しとはいえ、ふにゃりと柔らかい二つの弾力ある物体があたっているから!

「やはり、風邪か」

 違う!! つか、なんで鋭いところは鋭いくせに、こういうところはどこまでも鈍感なんだ!?

 あ……駄目だ……意識が遠のく。

 

 パタッ。暗転。

 

 

 …………この家に来たばかりの頃は、あの大災害の夢を見て、何度も夜中に飛び起きた事をよく覚えている。

 その匂いも感覚も五感の全てがあまりにリアルで、なのに、会話は覚えているのに両親の顔も薄らぼんやりしてて、焼けていく記憶に翳り、覚えているのは輪郭ばかりだ。

 生きなきゃ、とそう思った。

 あの、救われないはずの地獄。

 そんな過去でもある夢から、目が覚めて真っ先に感じたのは、手に触れる暖かいぬくもり。

 穏やかに、まるで慈母のような、或いは聖女のような微笑を湛えて、シロねえが俺の手を握り締めて其処にいた。

『士郎』

 そう、優しい声で名前をよぶから、俺は安心して、ああ次はあの夢を見ずにすむなと思えて、そのぬくもりに包まれながらまぶたを閉じた。

 そんな夜を、衛宮の家に引き取られて、イリヤを迎えに2人が出て行くまでの1ヶ月間ずっと過ごした。

 

 すぅ、と目を開ける。手には懐かしい暖かさ。

 ふ、と見上げるその先の面影が、先ほどまで見ていた夢に被った。

「目が覚めたか」

 そうして微笑む顔は、昔、聖女のようだ、なんて子供の頃に思った静かな、笑顔というにはあまりに慎ましい微笑み。

「…………おれ……?」

 思わず昔に戻ったようで、自分がわからなくなって、つい困惑した。

「風呂場でオマエは倒れたんだ。覚えてないのか。全く、修行が足りんぞ。自身のことはちゃんと自分で把握できるようになれと、常々言っているだろう」

 なんて、呆れ混じりに言う声も昔みたいに優しかった。

「さて、目が覚めたのなら構わないだろう。私はもう行くが、オマエはもう少し寝て……」

「シロねえ」

 ぎゅっと、離れようとする手を握り締めた。

 桜は、シロねえは俺に甘えているといった。なら、それがうぬぼれでないなら、だったら、俺もたまには我侭をいっても許されるだろうか。そんな誘惑が、頭をよぎる。だから、それを口にした。

「俺が眠るまでここにいてほしい。駄目か?」

 そういって、じっとその鋼色の瞳を見つめると、シロねえはぱちくりと目を瞬かせて、それから、昔みたいな柔らかな笑みを湛えながら、「全く仕方ない奴だ」そう笑った。

「……今夜だけだぞ」

 そういってきた声があまりに暖かいから。

「うん……ありがと、シロねえ」

 その手のぬくもりに甘えて、俺は柔らかなまどろみの中へと意識を旅立たせた。

 

 

 了

 

 

 





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 次話NEXT「00.と或る世界の魔法使いの話」


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