新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完) 作:EKAWARI
お待たせしました、第五次聖杯戦争編開幕です。
とはいっても、今回の話は第五次聖杯戦争編のプロローグ的な話であり、第四次聖杯戦争編10.闇の中伸ばされた手のアンサー回でもあります。
つまり、本格的な始動は次回からになりますね。
これにて、うっかり女エミヤさんの聖杯戦争、起承転結の「起」部分は完結。
後は転がっていく物語をどうぞお楽しみ下さい。
00.と或る世界の魔法使いの話
―――ザー……ザー……。
(接続エラー、接続エラー)
ねえ、アーチャー聞こえる?
(内心に広がる不安、暗雲、動揺、見透かすように伴侶の声が内に響く。)
て……ちょっと、馬鹿士郎何言ってるのよ。
(リンクを閉じる、細める? 否、増大。針に糸を通すように慎重に、吸い上げ、繋がりを強める)
あー、もう、煩い! アンタはそこで黙ってなさい!
これが正真正銘、唯一のチャンスなんだから。
アーチャーを救う機会はこれっきりなんだから。
(リンクは蜘蛛の糸のように頼りない。知っている、わかっていた。これはただ一度の試み。成功する可能性のほうこそ、それこそ万に一つの奇跡)
―――ザー……ザー……。
(でも、それを掴み取るのだと決めたのも私。それに私は1人じゃない)
ねえ、お願い返事をして。
私、あなたに繋がっている?
(接続エラー、接続エラー。返事は返らない。そして、また私はその作業を繰り返す)
『と或る世界の魔法使いの話』
side.???
それはまるで御伽噺に出てくるような、それは古い洋館だった。
魔女の家。その印象がまさに正鵠を射てるとは誰が知ろうか。
此処は変わらない。
200年以上に及ぶ魔道の探求の末に至った魔女の家。
世界に現存する数少ない魔法使いの、最も新しき称号を得た、赤き宝石の魔女。
ごぽごぽと、泡が立ち上がる。
その地下室。その溶液の中に、彼女は居た。
意識して操作してきたのだろう、年のわからぬ、けれど美しい女だった。
烏の濡れ場色をした美しい髪が、宝石を溶かし込んだ羊水の中で揺らめく、その様は幻想的といっていい。
ふ、と目を見開く。
アクアマリンの瞳は力強く、けれど同時にどこまでも優しかった。
その部屋で、その光景を見ているのは、おそらく30代半ばといったくらいの背の高い男だ。その視線を受けて、彼女は伸びやかに足をのばし、そして、あっさりと自身が今まで身を沈めていたその容器から出て行った。
一糸纏わぬ均衡の取れた肢体に、男が手渡したタオルがかけられる。
女は「ありがと」と小さく言うと、とん、と男に背中を預けた。
よく見れば女の右手はいまだ、容器とチューブで繋がっている。その左手に握っているのは豪奢で可愛らしいデザインの、けれど空っぽなルビーの大きな宝石。鎖がしゃらりと音を漏らす。
「どうだった?」
男が声をかける。
「駄目ね、失敗したみたい。細いものは築けているんだけど、リンクが細すぎて声までは届かないのよ」
「そうか」
「誰もやったことのない試みだから、わたしだって最初から上手くいくとは思ってなかったけど、ね」
女の声はいつも通りを装いながらも、どこか疲れたような色もある。当たり前だ。
「でも、アイツはわたしの物だから。やっぱり、なんだかんだいって諦められないみたい。わたしは、自分のものが幸せになれないのは我慢ならないもの」
「知ってるって。まあ、最初に言い出した時は流石に吃驚したけど、そういうところもらしいっていうか」
そんな風にいいながら、あどけなく、男は少年のように笑った。口元に笑い皺がひろがる。
「……でも、あんたやルヴィアゼリッタ、それにあの子がいなかったら、ここまで来れなかったわ。感謝、してる」
「おいおい。おまえが努力したからここまでこれたんだろ。俺はたいしたことをしてないぞ。そんな弱気じゃ、『赤き宝石の魔女』の名が泣くな。お前はもっとどんと構えてろよ。後ろは俺が支えているからさ。そのほうがずっとらしい」
「ふふ、そうね。じゃあ、よろしく頼むわ、旦・那・様?」
わざと意地悪く、学生時代の頃みたいな笑みを浮かべて、最後の台詞を強調して言うと、言われた男は顔を真っ赤にして、「オマエな……ああ、もういい。飯、出来ているから、今日くらいちゃんと食え。それに……も、心配している」と彼女と彼にとって大切な従者である少女の呼び名を口にすると、ふいと顔をそむけ、背中を向ける。
すると「マスター」そんな今の今まで話題に上げていた少女の清らかで穏やかな声がドアの向こうから聞こえ、双方ともにそちらへと振り返る。
そこには先ほどまで部屋で魔力節約の為眠っていた筈の金紗の髪をした少女が、翡翠の瞳に慈愛を点しながらドアを開け、小走りに駆け寄ってくる姿があった。
「おはようございます、○○。彼とは話せましたか」
そうやってにっこり微笑む顔はまるであの頃とは別人のように華やかで、本当に少女らしい顔だった。
「まだ、駄目みたい。それと今は『彼』じゃなくて『彼女』よ△△△ー」
そういって、苦笑する女に向かい、従者たる金紗の髪の少女は笑って告げる。
「でも、諦めるつもりなどサラサラないのでしょう?」
「当然よ。これまでの努力無にするつもりはないわ。勿論貴女の献身もね」
そういってウインクする彼女は、魔女だ、あかいあくまだなんだと言われているのが嘘のように優しく頼もしく美しい。そんな主人を眩しいものを見るように目を細めながら、従者たる少女は問いを投げかける。
「私は、役に立てていますか?」
「当然よ、愚問ね△△△ー。わたしを通してとはいえ、アナタとの繋がりがなければ、いくら実物が手元にあったとしてもアイツがアレを投影することなんて出来なかったでしょうから。大丈夫、アナタは充分にあいつの助けになっているわ」
「それは良かった」
そういって微笑む彼女はまるで、宗教画の聖母のようだった。
それを見て、赤き宝石の魔女は、ふっと目を細めながら、囁くような声で問いを投げかける。
「ねえ、△△△ー、アナタ、あいつのこと好き?」
それに少しだけ困ったように微笑んで、けれど優しい目で剣の英霊たる少女は答えた。
「さあ、どうでしょうね。もしかしたら同情……なのかもしれません。彼と、□□、どちらも□□□□であることに違いがありません。私は……剣になると、そう誓いましたから」
そういって、金紗髪に翡翠の瞳の少女はぎゅっと己が右手を握りしめた。
「それに、救われたのは私のほうです。なら、次は私の番だ。少しでも返せたらいいと、そう思います。私は彼に、少しでも幸せになってほしい。きっと現世に私が残った意味は、そういうことなのでしょう」
「ええ……そうね」
そういってアクアマリンの瞳をした女も優しい顔で微笑んだ。
すると、女2人の会話を前に蚊帳の外にされていた、この場唯一の長身の男は、ガリガリと困ったように白髪混じりの赤髪を掻きながら、こう言葉を零した。
「あー、お二人さん……俺のこと忘れてないか?」
「ふふふ、ごめんなさい。旦那様?」
「すみません、□□」
そういって微笑む妻も、妻と自分の従者たる少女も、本当に華やかで美しかった。
なら、自分に何が言えるだろうか。そう思った男もまた微笑みを浮かべる。それは愛おしむような眼差しだった。
「全く、じゃあ俺は飯の用意してくるから」
「ありがとうございます、□□、それは楽しみです」
そう答える青年に対し、即座に嬉しそうにそう返答を返す金紗髪の少女。あの時から随分と時が経ったけれど、そんな姿は本当に変わらない。どちらも、赤き宝石の魔女にとって愛しく大切な存在。
きっと彼らがいなければ、彼女は至る事など出来なかった……と、そう思う。
そんな2人のやりとりに、女はふふっと笑いながら、楽しげに、穏やかに微笑んだ。
「ええ、そうね。それじゃ……ッ!」
言う途中の女の目が見開かれ、容器に繋がった右手のチューブを左手で握り締める。
「……来たのか……!?」
「ええ、悪いけど、わたしまた入るから…………その間わたしの身体、お願いね。何かあったらパスで呼ぶから」
「ああ、任せておけ」
「マスター、ご武運を」
初めて出会った頃は、背も低くて、幼顔をしていた男の、精悍に成長した頼もしいその顔と、いつまでも変わらない騎士王と呼ばれる従者たる少女の顔を眩しいものを見るように見つめる。そしてその手をそっと手を離した。
感覚が遠い。
愛する伴侶のその顔は、色さえ除けばかつてのパートナーと酷似していて、でもその純真な目はどこまでも違った。
「『錬鉄の守護者』を抜けるやつなんて、そういやしないさ。俺とお前がいれば100人力だ。加えて△△△ーもいるんだ。誰も俺達に手出し出来るやつなんていないさ」
そうして彼が笑うから、本当にきっと大丈夫なんだろう。そう信じていられる。
意識が揺らぎ、別世界に接続していく中、ぼんやりとそう思った。
「そう……」
ごぽりごぽりと、宝石を溶かした海に浮かびながら、美しき魔女はまどろむ。
「ありがとうね。わたし、アイツを……」
続きの言葉は闇に沈んだ。
其れは1人の魔女が望んだ願いから始まった。
多くの同胞の下に、祈ったその結晶の一欠けら。
変わらぬ
時と並行世界を架けた願い。夢、希望。
『頑張ったやつがむくわれないのなんて間違っている』
『幸せになれ』
『安らかにあれ』
ただ単純な、そんな想い。
けれど、それが何より強い原動力となり、魔術師が魔法使いになったその時、彼女は自分の願いを叶えるための行動を起こした。いつものように周囲のものを巻き込みながら。そして巻き込まれたものたちも魔女の願いを肯定した。
それが全てのことの始まり。
これこそが本当の始まり。
その左手に握り締めた、力なき、唯一の触媒たる紅き宝石がきらり、と光った。
NEXT?