新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。

今回から漸く第五次聖杯戦争編の幕が開けました。ウェイバーの出番も随分久しぶりですね。
ところで、ロード・エルメロイ二世の事件簿読んでいませんので、ぶっちゃけ二世の口調よくわかりません。なので、二世の口調はアニメUBWの最終回参考にしました。



01.ロード・エルメロイ二世

 

 

 

 今でもよく覚えている。

 あの日、共に見た冬木の街並みを前に、ボクはアイツに笑われないほど、強くなるってそう決めた。

 ボクを朋友(とも)だと呼んだ男に恥じないように、立派になるって。

 それは結局未だ叶っていないけど。

 弟子ばっかり偉くなって、ボク自身はまだまだ追いついていないけど。

 そのくせ、プロフェッサー・カリスマだの、マスター・Vだの、グレートビッグベン☆ロンドンスターだのありがたくもなんともない通り名ばっか増えているのに正直ムカついてたりするけど。

 それでも、いつか、あの王の背中に並んで見劣りしないようにと、そう心掛けながら生きてきた。

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

  ロード・エルメロイ二世

 

 

 

 side.ウェイバー

 

 

 夢を見たんだ。この世の果てまで征服する。言葉にするとなんて馬鹿馬鹿しい夢。でも、あの男とならそんな夢も見れると思った。気さくで偉大で雄大な王との、たった2週間だけの夢。 

 それが今も胸に残っている。

 今もあの別れと、あの最後の夜に共に肩を並べて眺めた冬木の街並み、あれだけは今も鮮明だ。

 最近、ずっと苛々していたのに、なのに今日はどうしてか悪くない目覚めだった。ボクにしては大きな研究がひと段落して、久しぶりにゆっくり出来るからだろうか。あんな夢を見たのは。

 昔を思い出して目が覚めた。

 ふ、と壁にかかったカレンダーへと目をやる。

 1月27日、今日の日付を見ながら普段は気に掛けもしないことに気がついた。

「10年……か」

 そう、あれからもう10年が経ったんだ。

 そんな感傷を頭を左右に振って追い出す。

 10年経った、だからなんだというんだ。

 ボクは……いや、私はまだアイツに並べるほどになっていない。それが全てだ。そんな感傷に浸る暇があれば、少しでも魔術師としてのランクを上げるように尽力するべきだ。

 朝の気持ちいい感傷も吹っ飛び、弟子達を思い出して思わずむすっと眉間に皺を寄せる。それから、朝食用に食パンをセットして、暫く見ていなかった郵便受けへと手を伸ばした。

 ばさりと、小山になった手紙の束が落ちる。

「ん?」

 その一番上の、シンプルながら妙に目を惹く珍しい紙質の便箋を手に取る。差出人は……。

「グレン・マッケンジー……だって?」

 そんな馬鹿な、と思わず目を見開く。

 それは10年前に魔術を使って、第四次聖杯戦争の間自分が宿を借りた一般人の老夫婦の名前だ。

 終わって暫くは、グレン老の願い通り、孫のフリを続けてあそこにいたし、数年間はちょくちょくと顔をあわせて、フリを続けたとはいえ、今は綺麗に関係を断ち切っており、あの夫婦が私の今の住所を知っているわけがない。

 いや、見れば筆跡はグレン老に確かに似せてはいるが、これは別人の字だ。

 となると、この差出人である人物は、わざわざグレン老の名を借りて、私に連絡を取ろうとしたということになる。グレン老のことをしっていることといい、わざわざその名を借りて私に連絡をとろうとしたことといい、そこから読み取れる答えは。

「第四次聖杯戦争の関係者が私に用があるということか」

 そうとしか思えない。

 アレに関係して生きているものなど一握りのはずだが……さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 私はびりっと音を立てて、その封を破いた。

 

 

 

 side.衛宮切嗣

 

 

 古きよき、極道の親分を前にして、すっと背筋を伸ばす。

 僕は近頃はずっと着流しばかりを身に纏っていたけど、今の格好はくたびれた黒いコートに、黒ぞろえのスーツ姿。それはいつかの魔術師殺しの再来だ。そう、僕にとっての戦闘服姿を前に、この目の前の人……藤村組という極道の親分である藤村雷河は、さも涼しげな顔に、微量な凄みを乗せて言う。

「世間話に来たわけじゃあ、なさそうだわな」

 言う声は、カラカラと軽快だが、軽薄ではない。

「ええ、人払いをお願いできますか?」

「つーわけだ。お前等、下がれ」

 その鶴の一声で、ざっと、周囲にいた屈強な男たちが波を引くように姿を消す。

 それを確認してから、僕は殊更ゆっくりと言葉を押し出した。

「もうすぐ、裏で大きな事件があります」

 雷河さんはじっと、僕の声に耳を傾ける。

 白く鋭い眼光は僕を射抜くかのように、心まで見透かそうとする。

「だけど、それに関わらないで下さい。そう、お願いに来ました」

「見過ごせってぇのか?」

 ぎらりと、凄みを帯びて目が細められる。

「藤村組には迷惑をかけません。これは僕達の問題ですから」

 その僕の返答を前にして、はあ、と極道の古きよき親分はため息をつく。

「何をしようとしてるのかはしらねえが、こっちに飛び火するようじゃあ、テメエ相手でも容赦はしねえぞ」

「ええ。つきましては、暫く大河ちゃんが家に来ないようにしていただけたら、と、まあ、本題はこちらです」

 そういうと、ふ、と雷河さんは眉間の皺を緩め、囁くような声音で、「切嗣よ、オメエ……」続きの言葉は声になっていなかった。だけど、はっきりとその口は『やっぱり長くないのか』と告げている。

「これが、最後の顔合わせになるかもしれません」

 淡々とそう告げる。

 雷河さんは再び、はぁと息を吐き出して、それからくしゃりと髪をかき上げ、細めた目でどうか遠くを見るように僕を見た。

「僕が消えたら、後の事はよろしくお願いします」

「うちは便利屋じゃあねえんだがな。ちっ、わかったよ。心配しねえでも、ちゃんと俺が面倒見てやらぁ。イリヤも士郎も今じゃあ俺の孫みてえなもんだからな」

「ありがとうございます」

 そうして頭を下げて、その屋敷を出た。

 これが最後かもしれないと思っても、振り向くことだけはなかった。

 

 

 

 side.ウェイバー

 

 

 いつも通り適当なTシャツに袖を通し、暖かそうだったからとこれまた適当に買った茶色いコートを羽織り、やっぱり適当に選んだマフラーを首に巻いてから、10年前にくらべ、随分と長く伸びた髪の毛を適当にゴムで一つに縛ってから、家を出る。

 それから、待ち合わせ場所の何の変哲もないカフェにつくと、適当にコーヒーを注文して、窓際の席に座った。

 時刻は待ち合わせ時間より20分ほど早い。

 全く、私はどうかしているのではないか。

 相手は、関わらないほうがいい相手だ。それがわかってて、様子をうかがいに行くだけならまだしも、こんなに早く待ち合わせ場所へ向かうだなどと、まるで遠足を控えた子供のようじゃないか。

 むすりと、そんな自分の機微に不機嫌な気持ちになりながら、自棄食いをしたくなって、フィッシュアンドチップスも注文する。

 ここのコーヒーは不味い。こんな気持ちで飲んでいるからかもしれないが、不味い。

 ならば、顰め面がより酷くなるのも自明の理というものだろう。

 ウェイターはそんな私にあまり関わりたくと言いたげな顔をして、さっさと注文の料理を置いて去っていった。

 そして、約束の時間きっかりに、件の人物は現れた。

「久しぶりだな。それと、待たせてすまない」

 それは10年前と全く同じ声音だった。

 その声をきっかけにはっきりと記憶が蘇る。だからこそ、僅か目を見開いて私は固まった。

 それは女だった。

 身長は170cm半ばに届こうかという背の高い女で、声は、声変わりが終わったか終わってないかくらいの少年の声をどことなく連想させるような女のハスキーボイスだ。目の部分を覆っているサングラスの下にはきっと、10年前のような鋼色の瞳が隠されているのだろう。

 そう、呼び出した相手は、とっくにいなくなっていると思っていた相手だ。

 10年前、まだ私が何も成していなかった若かりし頃、日本で参加した聖杯戦争にアーチャーのクラスとしてよばれたサーヴァント、それがこの女の正体だ。

「しかし、驚いたな」

 思わず時が戻ったかのように、ぼうとした私の耳には、女の声が右から左へと流れて聞こえた。

「立派になったものだ」

 感心したような響きに、む、と眉根を寄せ、我に返る。

「確か今はロード・エルメロイ二世とよばれているのだったか?」

「それは私を縛る為の名だよ。私自身は大したことはしていないのでな」

 そう告げると、目の前の女は、サングラスを外して、私の前の席に腰をかけながら、どことなく皮肉そうな笑みを口元に浮かべて言葉を続けた。

「いやいや、君の噂は遠く日本まで聞こえている。プロフェッサー・カリスマに、マスター・Vだったか? あと、女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男とも聞いたぞ。大人気じゃないか?」

「はっ、それは私自身の力じゃない。弟子ばっかり偉くなって讃えられても、私自身の功績でないのなら嬉しくもなんともない。騒がれていることは認識しているが、女生徒にだって興味はない」

 思わずむすくれたまま、注文したフィッシュアンドチップスを口内にかっこむ。

 其れを見て、アーチャーは困った子供を見るような目で一瞬見たかと思うと、目じりを和らげて、諭すような声を出しながら言葉を続けた。

「人を指導して伸ばせられるのも充分才能だと思うがね。それに、立派になったというのはそれらの部分だけではない。精悍になったものだ、と感心しただけだが、気に入らなかったか?」

 それらの他意なき賛辞に、一瞬、どきりとする。

 果たしてコイツは……こんな柔らかい表情を誰にでも浮かべられるようなやつだっただろうか?

「……ッ」

 真っ直ぐ私の目を見てくる鋼色の目が酷く落ち着かない。

 そう、10年前も今も、この女は酷く私を落ち着かない気分にさせる。

「それよりっ」

 だん、と思わず机を叩いて、じろと、女を見据えた。

「なんで、オマエはここにいるんだよ。しかも、オマエ今実体だろ、どういうことだ!」

 思ったより大声になったが、今この一角には人払いと無音の結界を張ってあるからまず問題はないだろう。

 そう思って怒鳴ってから思わずほっとした。

 いつの間にか昔の口調に戻っていた事に気付いたのはもう少し後だ。

「まあ、色々あってな」

 そう言って、首をすくめる動作が妙に色っぽくて、うっと思わず内心唸った。自分の仕草がどう見られているのかとか自覚はないのか、全く気にしていない様子が恨めしい。

「ああ……そう。で、その髪はどうした? 英霊は姿かたちがかわったりしないはずだろうに」

 その指摘に、アーチャーはむと、眉を顰めて、子供のようなふてくされ面になる。

 そう、一番私を落ち着かなくさせる原因、それは英霊であるからこそ何もかわるはずがなかったのに存在する、明らかな10年前とのこの女の差異だった。

 10年前、何故か執事服に身を包んで私たちの前へと現れたこの女が、今身を包んでいるのは、何の変哲もない黒いカッターシャツに黒のスラックス、デザインからしてどことなく男物っぽい赤いジャケットといった、まあ平凡な格好で、でもそんな格好だからこそ、10年前はカッチリした衣装のせいで気付き難かったスタイルのよさが妙に引き出されていた。

 また、髪も、10年前はボーイッシュにショートカットされていたのに、今は結えられ、紅い髪飾りで纏め上げられていて、晒されたうなじの辺りが妙に色っぽい。

 それと、顔が変わっていなくても、髪が長いだけでも随分と女らしく感じるわけで、今更ながら、絶世の美姫とはいかないまでも、目の前の相手がそれなりに美人なことに気付かされた。

 そして、気配。

 圧倒的なサーヴァントとしての気配がなりを潜めて、実体をもっているとわかるこの目の前の女から漂ってくる気配はまるで人間の其れなのだ。

 10年前あの戦いでこの女と接触している私ならばともかく、普通の魔術師なら、この女が英霊の一角であることに気付かないかもしれない、それほど見事に女の気配は巧妙に偽装されていた。

 だから……落ち着かない。

 まるで、こうしていると、ただの女と相対しているかのような錯覚をしそうになる。

 女はそんな風に試み出されている私の様子に気付いているのか気付いていないのか、首をすくめて、ぽつりとした声音を出し告げる。

「まあ、気にしないでくれ。私もあまり思い出したくないことなのでな」

 その言葉が、先ほど聞いた英霊は姿かたちがかわらないはずじゃないのかという私の指摘への答えだということに、遅れて気付いた。

「まあ、いいが」

 むすくれた顔でそう、なんとなく告げる。

 本当は良くなんてなくて、どうしてそうなったのかを追求するのが、あるべき魔術師の姿だろうとは思うのだけど、それを無理に聞くのは野暮な気がした。

「……長いの、似合っているし」

 ぼそりと、小声で気付いたらそんな言葉をつけ足していた。

 其れを見て、アーチャーは不思議そうに首を一つ傾げると「邪魔だから纏めただけなんだがな……」なんて夢も希望もない言葉を言い放つ。ああ、そうだった。なんか褒められることに関して妙に鈍感だったな、コイツ。

 その後、暫し他愛のない話をぽつぽつと5分ほど続けた。

 

「……それで、本題は?」

 どうにも不味いコーヒーを啜りながら、じっと目の前の白髪の女を見据えそう聞く。

 アーチャーは其れを見て、遠まわしに言っても仕方ないだろうと思ったのか、すっと鋼色の瞳で私の姿を見据え、実直な言葉を押し出す。

「冬木で聖杯戦争が始まる」

 その言葉に思わず息を呑んだ。

「ついては、君に頼みごとがある」

「ちょっ待ちたまえ……聖杯戦争、だって? まだ、あれから10年しか経っていないのにか?」

 確か聖杯戦争の周期は60年ごとだったはずだ。それがたった10年で再開するだと?

「ああ……君は知らなかったのか? いや、関係者だからこそ君に連絡がいかないように細工がされていたと見るべきなのか……」

 ふむ、と考え込むようにアーチャーは顎に手をあて、淡々と言葉を紡いでいく。

「前回の戦いが中途半端に終わったからな。その反動のようなものと思ってくれればいい」

「中途半端って……よもや、君がいるのも、その関係なのか?」

「まあ、そのようなものだ。理解が早くて助かる」

 いいながら、女はいつの間にやら注文していた紅茶に口をつける。

 その仕草は優雅で妙に似合っているのだが……それに口をつけた途端、不満そうに眉に皺を一本寄せて、むっと唸った。其れを見て、そういえばこの女がいれる紅茶は吃驚するくらい美味かったなと思い出す。

 ここのカフェで出されるものと比べるのは、まあそもそもが間違いだ。

 ふと、この女が今言った言葉を脳内で反復した。

「……君は、私に頼みごとがあると、そう言ったな」

「言ったが、それがどうかしたのかね?」

 不思議そうな目で女はゆるやかに私を見る。

「それはこの私をわざわざ頼ってここまで来たってことか?」

 それが、とてつもなく意外だった。

 聖杯戦争中は敵同士であったし、そのわりに援護してくれたり、心配してくれたりもしていたわけだが、それは裏を返せば当時の私は敵にも値しないと見られていたとも言えるし、頼りにならないように見られていたとも解釈できた。

 そも、こいつは今こそこんな人間にしか見えない気配と姿をとっているけど、仮にもサーヴァントであり、すなわち英雄と呼ばれた存在なわけで、弟子はともかく、私自身は未だに魔術師としては四階級どまりという段位でしかなくて、ライダーのやつに肩を並べて恥ずかしくないようになってやると誓っていても、いまだその目標に片手すら届いていない状態なわけで、なのに、この女は、そんな私に頼みがあるだって?

 どこか、信じられない話だった。

 それが顔に出ていたのだろう。アーチャーはそんな私の機微を読んで困ったような顔を少し浮かべると、それでも構わず真摯な声音で言葉を続ける。

「そうだ。ロード・エルメロイ二世に頼みがある」

 その真剣で静かな顔に、一瞬即座に言ってみろといいそうになり、その言葉を飲み込んだ。かわりに、ぐっと息を呑んで、それから重く吐き出し、自分の思考を纏める。

「……あのな、私は魔術師だ」

「承知している」

 くしゃりと、自分の髪を弄びながら、生徒に言い聞かせるような声音で、だけど生徒には聞かせることのないやや乱暴な、素の入り混じった口調のままで言葉を続ける。

「その私に頼み事をするんだ。受けるか受けないかは聞いた後で決めるとして……魔術師は等価交換が原則だ。アンタは、私に何をくれるつもりなんだ?」

 自分でもちょっと意地が悪かったか、と思わなくもなかったが、これは私が魔術師として最低限譲らずに口にせねばならない内容だ。そう、魔術師は等価交換が原則。頼みごとがあるというのなら、対価を貰うのは当然のこと。ただ働きなんてものはありえない。

「そうだな」

 女は淡々と、少しだけ考えるような仕草をして、腕を組み……そうやって腕を組むとただでさえ豊かな胸が強調されることに気付いていないのか、コイツ……そして、真顔で「望みのままに。私に可能なことであればなんでもしよう。それでは、いけないかね?」と、そう答えた。

 ……コイツ、自分がどれだけ危ないことを言っているのか自覚があるのか。いや、見る限りなさそうだが。

 よりによって魔術師を相手に「なんでも」だって? 生きたサンプルとしてこれ幸いと研究にまわされたらどうする気なんだ。

 いや、魔術師相手じゃなくて一般人の男相手でもまずいだろう。これまでの反応から男慣れしていなさそうなのに、そんなことを言って、「じゃあ、抱かせろ」とか身体を差し出すことを迫られたらどうする気なんだ。いや、私は誓ってそんなことはしないが。

 それに、流石にそんなことを言われたら、このどこか変なところで鈍い女も頼みごとを取りやめて去るだけか。いや、でもここまできて頼むことなんだ、どうしても必要な頼みごとだったりしたときはあるいは……って、私は一体何を考えてるんだ。

 ブンブンと頭を左右にふって、余計な考えを追い出した。

 なんかオカシな妄想が湧き出そうな気がしたのはきっと気のせいだ。

「む、どうかしたのか?」

 アーチャーは不思議そうな顔をして相変わらず私の様子を観察している。

 きょとんとした顔はどことなくあどけなくて、無垢な子供を連想させる。私が彼女の言葉のせいで思い浮かんだ諸々の事象を夢にも思っていなさそうな顔に、思わずむすりと不機嫌な気持ちになる。

「なんでもない」

 無自覚っていうのは一番性質が悪い。

 ふとした仕草とか表情とかが妙に色っぽいくせに、自覚がないとか、一種男に対して無防備だったりするのは、見ていて心臓に悪い。なんだ、そのガキみたいな顔。

 これが私でなくば、相対する男に妙な期待を抱かせるだけなんじゃないのか? 10年前に比べて、雰囲気とか表情とかが柔らかくなっているから余計だ。確か昔はもっと皮肉そうな顔を浮かべている事が多かった。

「それで、頼みごとの内容は? 受けるかどうかは聞いた後で決めるが、とりあえず言ってみろ。……断ったとしても口外はしないから安心しろよ」

 頬杖をつきながら、最後に皿に残ったフィッシュアンドチップスを口に放り込む。

 それから、じっと目の前の女の出方を眺めた。それに、女は昔みたいな皮肉そうな笑みを僅かに口元に浮かべて、でも声音だけは真面目に言葉を押し出した。

「君に協会への防波堤になってもらいたい」

「は?」

 何言ってんだ、こいつ。と、思わず目を瞬かせると、女は簡潔すぎたか、とぽつりともらして、それから、淡々と言葉を紡いでいく。

「聖杯戦争が起きるといったな」

「ああ、それは聞いた」

 頷き、肯定の意を出しながら、女の意を探るようにじっとその鋼色の目を覗き込んだ。

「私は……いや、私たちは聖杯を破壊しようと思っている」

「……何?」

 聖杯を破壊するだって? 誰もが欲しがる無色の願望機を? 信じられないことを言う。

 そも、サーヴァントだって聖杯欲しさに現界に応えるんじゃなかったのか?

 ライダーだって、受肉という願いをもって召喚に応じたし……と、そこまで考えて思い出した。そもそも、そういえばこの女は聖杯に願うことなどなかったとそう言っていたような記憶が遠くある。

 でも、だからといって破壊しようなんて結論になるものなのか?

 そんな私が持った疑問はわかっているのだろう、アーチャーは苦笑しながら言葉を続ける。

「ああ、やはりそういう反応を返すか。そうだな、君の疑問はもっともだろうよ。だが、君はもう参加者ではない。私が何故破壊しようとしているのかという動機など、君には関わりのない話だ。そうは思わないか? ここで重要なのは私たちの目的が聖杯の破壊ということだけなのだからな」

 口元が皮肉につりあがって、女は目を細めて私を見た。

 その浮かんだ表情にちょっとむっとしたが、自分より才能があるくせにマスターマスターと煩い弟子共に比べたらそれでもマシだと思って、苛立ちを押さえ込む。

「……いいさ、続けろ」

「ふむ。まあ、君自身何故破壊するのかという顔で見てきたからな、わざわざ言葉にしなくても承知だろうが、私たちの目的が聖杯の破壊である以上、他の参加者にとって私たちがどれほど目障りな存在になりえるのかは想像に難くはないだろう? ……まあ、極力知られないようにするつもりではあるのだがね。だが、そうも言ってられない相手もいてな。それで、もしかしたら或いは、此度の聖杯戦争は例にない派手なものとなりえるのかもしれん。そうなれば、いくら協会の目が薄い極東の地といえど、協会に目をつけられかねない。だから、そのときには冬木のセカンドオーナーへと被害が広まらないように、高名なロード・エルメロイ二世の力をお借りしたい」

 淡々とした口調で女はそう一息で言った。その言葉を聞いて、ふとした疑問が頭を掠める。

「冬木のセカンドオーナー……今代の遠坂の当主と知り合いなのか?」

 それにアーチャーは「そうだな……ああ、よく知っている」と狂おしいほどの親愛の篭った声音で噛み締めるように静かに口にした。

「つまり、オマエが私に頼みたい事とは、聖杯戦争後の協会へのフォローと、その遠坂の当主への風当たりを弱めるための防波堤になってくれってことなのか?」

「そうなる」

 さらりと口にするが、なんでもするとまで言ってまで頼ってきた内容だというのに、あくまでそれは他人のための願いで、アーチャー自身がそこに入っていないことに気付いて唖然とした。

 もう10年ほど前のことだが、ライダーが評した「無欲でお人よしの小娘」といった言葉の意味に漸く納得した。いや、ここまでくればいっそ馬鹿だろう。

 だが、別の疑問も頭に浮かぶ。

 遠坂は聖杯戦争の御三家が一角だ。聖杯戦争が始まるというのなら、御三家であるその当主も当然参加するはず。聖杯戦争を生き延びるということがいかに難しいものなのかはこの身でもってよく知っている。

「その遠坂当主が、聖杯戦争で命を落とすとは思わないのか」

「アレなら、大丈夫だろう」

 どことなく、確信の響きでもって、女はぽつりとした声音でいう。

「アレは鮮やかで強烈だ。アレはきっと、どういう状況であれど生き延びるだろうよ。そういう存在だ」

 ……英霊にそこまで言われる人間ってのも、また凄いなと思う。

 でもしかし、どちらも聖杯戦争に関わるのなら、その遠坂の当主だって敵方にまわることになるだろうに、わざわざ敵の行く末を気にかけて頼みごとをしにくるとは、本当にこの女は意味がわからない。

 だが、要するに頼みたい内容ははっきりした。

 私が望んだ形ではないとはいえど、時計台で私は現在一角の地位を築いている。その人脈を頼っているってわけだ。魔術師として頼られた……ってわけじゃないことが多少面白くないが、意外にコイツに頼られるのは悪い気がしていない自分にも気が付く。

「……やはり、私は都合のいいことを言っているか?」

 私の沈黙を別解釈したらしい目の前の女は、そんな言葉を言って、神妙な顔をしながら私をじっとみた。

 そういう表情をすると妙に儚げに見えるのが心臓に悪い。

「いいさ」

 だからコーヒーを喉にかっこむように自分の心情を誤魔化しながら、即決した。

「その願い、聞いてやるよ」

 見れば、ぽかんとアーチャーは呆けたような顔で私を見ている。

 それにちょっとむっとする。

「もう少し、長引くと思ったのだが……」

「ほう、オマエは長引かせて欲しかったのか? それとも、本当は断ってほしかったとでも?」

 むすっとした顔で、じろりと見ながらそう棘の含んだ声で言うと、アーチャーは肩を竦め、それからぽつぽつとした声で抑揚なく言った。

「いや、そんなことはない。引き受けてくれるというのなら、感謝する。だが……」

 ふ、と女は目蓋を閉じる。それにともない、白い睫毛が揺れた。

 その表情と雰囲気に妙に落ち着かない気分になる。

「……今だからこそ白状出来るがね、ライダーを死地に追いやったのは私だ」

「は?」

 何言ってんだこいつ、と思わずじろじろと眺めた。

「10年前のあの時、私ではバーサーカーへの対抗が難しいと判断した私は、最後に君たちにあった時、これ幸いとライダーの性格を踏まえ、最後バーサーカーにぶつかるように誘導したんだ。私は、君のサーヴァントを利用したのだよ」

 そう、皮肉そうな……でもどことなく自虐的な笑みを湛えて女は言った。

 はあ、とため息一つ。

 それから、とう、と掛け声を上げて私は、女の額へとデコピンを一つ放っていた。

「あのな、オマエな」

 全く、今ならあの時のライダーの気持ちがよくわかる。

「舐めるなよ。アイツと戦うことを選んだのはライダー自身だし、それによって消えたのもライダーと私に責がある。当時敵だったオマエが、勝手に他人(ひと)の事まで背負うんじゃない」

 確かにこいつは、無欲な大馬鹿野郎だ。自分を悪役とすることに躊躇というものがない。

 負わなくてもいい責任まで負おうとする。

 ふと、そこまで思ってあることを思い出した。10年前最後にあった時……確かこの女は。

「……なあ、オマエ、あいつどうなったんだ? その、君のマスターだった、アインツベルンの女」

「……アイリは死んだ」

「そうか……」

 そうだろうと、思っていた。聖杯戦争の関係者なんて碌でもない末路ばかりなんだろう。

 けれど、その聖杯戦争にこれから関わろうとしている敵マスター候補のためだけに私を頼ってここまできた、この大馬鹿者相手に、付き合ってやろうというそんな気持ちがわく私もまた馬鹿なんだろう。

 それとも、見捨てられないのは、同じ想い出を共有している相手だからなんだろうか。

「なあ……アンタ、いつまでロンドンにいるんだ?」

「今晩の便で帰るが……それがどうかしたか?」

 女は淡々という、それに私は「じゃあ、等価交換」そうなんでもないような顔をして言う。

「アンタは、こっちに滞在出来る時間ギリギリまで、私の身の回りの世話をしろ。オマエは料理が得意だったはずだな。最近碌なものを食ってないんだ。アンタの手料理がいい。食わせろ」

 それがアンタからの頼みごとを引き受ける対価だ、とそう口にするでなく告げると、目の前の女はパチパチと目を瞬かせて、「別に構わないが……そんなことでいいのか?」とそんな問いを口にする。

「じゃあ、もう一つ」

 そう告げると、女はきりっと姿勢を正して、真っ直ぐな瞳を私へと向ける。

「名前、教えろ。私はもう聖杯戦争の関係者じゃない。教えても問題はないはずだ」

 そうだ、アーチャーとそのまま呼んでいるが、それはクラス名であって、この女の名前ではない。

 私の名前は知られているというのに、私はこいつの名前を知らないというのは中々面白くなかった。

 それをよんだのだろう、アーチャーは僅か眉を顰めて考え込む素振りを見せると、それからぽつり、と「……エミヤだ」とそう答えた。

「……は?」

 イミヤ? と思わず聞き返す。そんな名前の英雄は聞いたことがない。

「だから、エミヤだ。これ以上は充分だろう」

 ……エミヤなあ。本人がそういう以上それが確かに名前なのだろう。

 英雄の名とは、世間に知られる真名の他に本名をもつものもいる。たとえば、英霊としての真名がクー・フーリンであるかのアイルランドの大英雄の本名はセタンタであるように。だから、もしかしたらこいつもその手のものなのかもしれないと思って、追求はやめた。

 ……ただ、どこかで聞いたような名前のような気はする。

「まあ、いい。これ以上こんな店にいても仕方ないだろう。ほら、エミヤ行くぞ」

 そういって、今まで覆っていた認識阻害と無音の結界を解除して立ち上がったときだった。

「あれぇ? 導師(マスター)だ」

 そんな、能天気な女生徒の声が聞こえたのは。

 嫌な顔を隠さずに聞こえた声の方向を見やる。そこには思ったとおり、何故か私に懐いている時計台の生徒の顔が一つ。

「何々? 導師(マスター)がこんなところにいるなんて珍しいじゃないですか」

「ふん、野暮用があっただけだ」

 口調を完全に時計台での講師としてのものに切り替え、しっしと追い払うように手をふるが、女生徒は気にせずに近寄ってくる。

 迷惑そうな顔は全く隠していないというのに、全く気にしていない生徒の厚顔無恥っぷりが腹立たしい。

「あれ?」

 ひょこ、と女生徒はアーチャー……エミヤに気付いてぱちぱちと瞬きをした。彼女は他人事のようにこの騒動を見守っている。

 それに、ちょっとだけむかついた。

「えー……もしかして、導師(マスター)の彼女さんですか?」

 そこには年相応の好奇心があって、めんどくさくなった私は、先ほどのアーチャーの態度への意趣返しも含めて「そうだ」となんでもないような声でいった。

 それに、慌てた顔を初めて見せたエミヤを前に、ちょっとだけ気分が浮上した。

「ああー、あたしたちの導師(マスター)に彼女がいたなんて、聞いてないわよぅ」

 まあ、実際は彼女じゃないからな。

 とは弁解する気もないが。

導師(マスター)の面食い~」

「なんとでもいえ。エミヤ、行くぞ」

 そういって、その褐色の腕をとって歩き出すと、彼女は困ったような顔をして、女生徒と私の姿を交互に見ると、自分が女生徒避けの盾に使われただけなんだろうと判断したのか、一つ頷いてあとに大人しくついてくる。

「あ、ちょっと、まって。ねえ、貴女本当に導師(マスター)の彼女なの!?」

 そう、慌てて追いかけてきた女生徒。

「私は……」

 何かを言い募ろうとするアーチャーを前にして、私は素早くその頬に口付けを落とした。

 ぽかん、とアーチャーと女生徒、どちらもが目を見開く。

「こういうことだ。ではな。これにこりたら、私を追いかけるのはやめるのだな」

 そういって、アーチャーの手を引いて金をカウンターに叩きつけ出て行った。

 なにやらアーチャーが小声で文句を言っているが、ふん、いくら強いからって、男相手に警戒をしないほうが悪いんだ。

 これまでヤキモキさせられてきた意趣返しは、これくらいしないと割に合わない。頬が熱い気がするのは気のせいだ。ぶるりと一瞬肩を震わせてから、マフラーを引き上げ、頬を隠した。吐く息が白かった。

 

 

 

 side.言峰綺礼

 

 

 かつかつと、地下を降りる階段で靴の音が大きく響く。

 地下は薄暗く、私にとって心地よい空気でもって、私を迎え入れる。

 ここにいるのは、10年前の大災害で生き延びた孤児達「だった」ものたちだ。

 苦悶の声をあげて、人とも思えぬ姿でそれでも生きている。

『殺シテ』

『助ケテ』

『痛イ』

 そんな声が、とても耳に心地がいい。

 人外魔境。これを見たものはそう称するだろう。その奥で眠るは金の王。

「……まだ、目覚めぬか」

 人とも思えぬ怜悧な美貌の黄金の王。

 王への生贄としては、ここの孤児達は安物にすぎたか。

 だが、時がくればこれは目覚め、動き出すだろう。それは確信。

 それまで、駒がないとなると……手持ち無沙汰になる。

「駒を調達するとするか」

 幸いあてはある。今日にでも手に入れてくるとしよう。

 くっと、口の端を吊り上げて笑った。

 ああ、まっていた。このときがくるのを私はまっていたのだ。10年間。

 とうとう、あれが始まる。そう。

「10年ぶりの……聖杯戦争の始まりだ」

 望みなどない。ただ、アレが生まれるのを祝福したいだけだ。そのためだけに生き繋いできた10年。

 ふと、10年前敵対し、アレに今も蝕まれている男の顔を思い出した。

 この手でひねり潰した瞬間、私は少しは快楽を味わえるだろうか? そんなことを思って笑いながら地下を去った。

 全ては、己が快楽(のぞみ)の為に。

 

 

 

  NEXT?

 

 

 

 

 おまけ、「異性と認識出来ないだけ」

 

 

【挿絵表示】

 


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