新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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 ばんははろ、EKAWARIです。
 個人的には第四次聖杯戦争編はこの辺ぐらいまでがオープニングかなと思っているので、前話から一気に読んで頂けたらな嬉しく思います。


03.剣の夢と、魔術師殺しの答え

 

 

 

 我知らず人並みに傷ついていたらしい。

 全く笑わせてくれる。

 そんな感情とうに摩耗して、なくしてしまったと思っていたのに。

 これも全ては答えを得たせいなのだろうか。

 いや、もう別の自分(たにん)のせいにするのはやめよう。

 求めてきた聖杯が汚染されている可能性が高い。

 こんな話をいきなりしても信じる人間などそうはいない。

 それが魔術師殺しと恐れられているあの男なら尚更だ。

 それでも傷ついたのは、あの男、衛宮切嗣が並行世界とはいえ私の父であった男と同一の存在だったからだ。

 誰かに嫌われたり憎まれたりするのは慣れている。

 それでも幼かった自分の全てを形作った男は別勘定らしい。

 存外私も人間らしかったのだな、とそう思った。

 

 

 

  剣の夢と、魔術師殺しの答え

 

 

 

 

 side.アイリスフィール

 

 

 夫が出て行った先を見て、仕方ないと思いつつも、思わずため息をつく。

「ごめんなさいね、切嗣も悪気はないのよ」

「いや……」

 褐色の肌に赤い外套の弓兵は、ちょっと困ったように眉根を寄せて、私を安心させようとだろう、うっすら微笑む。そして自覚的にか無自覚的にか、唇の端が皮肉そうにつりあがった。

「君が気にすることはない。下手な疑いをもたれるよりはよかろうと、私の知っている事実を話したまでではあるが、まあ、普通の人間ならいきなり現れた見知らぬ存在に、「聖杯は汚染されている可能性がある」といってはいそうですかと信じられるものではないからな。まして、未来の息子だと言ってもそれを証明するすべもなければ、今の私は男でもないからな。信じられなくて当然だ、いや、マスターの反応は正しいよ」

 そんな風になんでもないように言い、誤魔化すように紅茶を口につけているけれど、私にはそれが強がりにしか見えなくて、ぽふっと彼女の体を抱きしめた。元は男、とは本人の言だけれど、人間は第一印象に左右される生き物だ。私が会ったときには既に女だったし、私は元の姿を知らない。だから私にとってはなんといってもアーチャーは女の子だ。正確には私自体人間ではないけれど。

「馬鹿ね、切嗣だって本当はわかっているわ。貴女、嘘をつくような人間じゃないでしょ?」

「さてな? 狸だ、と言われたことはあるが?」

「馬鹿ね」

 おどけたように言うから、ぎゅっと更に強く抱きしめる。

「意外だな」

 アーチャーは少し感心したような放心したような声で告げる。

「君は信じたというのか? 私の話を」

「ええ、信じた。信じました。だって貴女切嗣と似てるもの」

 その言葉に、包んだ体が僅かに強張る。

「なんというかね、眼差しとか色々、ほんの些細な部分かもしれないけれど、似ているわ。あの人と」

 そう、この子は切嗣と似ている。その繊細さや、纏っている雰囲気。手先は器用そうなのに人としては不器用そうなところまで、そっくりだった。

「親子だっていうのも納得出来ちゃう。それに貴女、イリヤのこともよく知っているみたいだったもの」

 愛娘の名を出した時、先ほどよりも強く強張りを感じた。

「イリヤは……」

「貴女の世界でどうなったかなんて言わなくていいわ。あの子が長く生きれるように出来ていないのは母親である私がよく知っているから」

 その言葉に、彼女は目線を下に向けて俯く。彼女の歴史では第五次聖杯戦争がおきたといった。なら、次代の聖杯である娘の結末に幸があるとは思えない。そんなことをわざわざ聞くつもりはない。

 第一、彼女の言ったとおり確かに彼女の知る世界とここは並行世界なのだろうから、ここにいる娘まで同じ運命がまっているとは限らない。イリヤは今ここで生きているのだから。

 未来の可能性は一つではない。アーチャーが召喚されたことによって、彼女の知る歴史と変わったというのなら尚更。なら、起きてもいないことに対して、罪悪感をもたれる由縁もない。

「ああ、そんな顔をしないで。でも、そうね」

 ちょっと悪戯を覚えたような顔を作って、彼女の顔を上げさせる。

「ふふ、私のこと、お母さんって呼んでくれてもいいのよ?」

「アイリ?」

 その私の言葉に、驚いたように鋼色の眼が見開かれた。

「だって貴女、あの人の息子なんでしょう? 私は切嗣の妻だもの。あの人の子供なら私の子でもあるわ。まあ、今は息子じゃなくて娘かしらね?」

 最後のほうの台詞に対しては、アーチャーは目に見えて落ち込んだ。「体は剣で出来ている。体は剣で出来ている」と、召喚されて気絶から立ち直った時と同じ台詞を小声でぶつぶつ繰り返しているけれど、一体なんの呪文なのかしらね?

「さて、行きましょう。城の中を案内してあげるわ」

 これからどうなるのかまではわからないけれど、今はこの褐色の手をとって行こうとそう思う。この城で過ごすのもあと数日。まもなく私たちは日本の冬木へと向かう。

 どうせだから、このどこか夫と似た雰囲気をもつ新しい娘をイリヤスフィールと会わせてやりたい。そんなことを思いながら、私は足取り軽く部屋を後にした。

 

 

 

 side.衛宮切嗣

 

 

 夢を見ている。いつもは僕は夢を見ない。夢を見るような眠りはしないからだ。

 この9年は僕とは思えない穏やかな日々だった。それでも、だ。

 なのに、今夢を見ている。墓標のように突き刺さる剣の数々。赤い荒野。そこにいるのはたった一人の男、剣の王。

 真っ赤な外套を纏って、背中を見せて立っている。知らない背中だ。なのに見覚えがあると思ってしまったのは何故か。

 

 

 ――――体は剣で出来ている。

 

 なんだこれは。

 

 ――――血潮は鉄で、心は硝子。

 

 ここは一体なんだ。

 

 ――――幾度の戦場を越えて不敗。

 

  知らない。こんな男の声は知らない。

 

 ――――ただの一度の敗走もなく、ただの一度も理解されない。

 

  なのに何故なのか。

 

 ――――彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う。

 

  得体がしれないのに、逃げたいとは思えないのは。

 

 ――――故に、生涯に意味はなく、その体はきっと剣で出来ていた。

 

 それは1人の男の歪でありながら真っ直ぐな生き様の詩だった。

 

 

 画面が飛ばされる。

 

 月だ。綺麗な月が出ている。季節は冬だろうか。場所は、武家屋敷……?

 それらを見て、夢の中とはわかっているけれど、僕はギクリと体を強張らせた。

 だって、そこは綺麗にされてはいたけれど、僕がこの聖杯戦争の為に購入した冬木にある屋敷そのものだったからだ。

 男の子が現れる。赤い髪に、くりくりとした琥珀色の目が印象的な、それでも普通の平凡な小さな子供。その視線の先にいる男を見て僕は凍りついた。

 着流しをきた僕がいる。いや、僕そっくりの、けれど僕よりも年上の男。穏やかで疲れたような顔。こんな顔はしらない。毎日鏡で自分の姿は見るけれど、僕はこんな顔をしない。まるで世捨て人のような。

 そも、男の顔色。死の影が纏わりついている。あれは、病におかされているのか? 何故。

 月を見上げながら男は口を開く。男の子は横に座っている。僕によく似た男に対して信頼と愛情と尊敬の眼差しを向けながら、無邪気に見上げている。

「―――――、――――――――」

 男が何か言っている。その声は聞こえない。そうだ、ここは夢の中だ。見えるのは映像だけ。音声はそこにはない。

 男の子はちょっと拗ねたような顔をして男を見上げている。何を言っている。こいつらは何を言っているんだ。

 いや、焦るな、動揺するな。僕は一個の機械。音声は聞こえない。でも映像は所々セピアに覆われているけど鮮明だ。唇を読め。彼らはなんと言っている。

「うん、残念ながらね、正義の味方(ヒーロー)は期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなるんだ。そんなこと、もっと早くに気が付けばよかった」

 その言葉に唖然とした。

 自分の幼い頃からの夢を、狂おしいほどの絶望に似た渇望を、こんな風に、こんな小さな子供に明かしたことなんてなかったからだ。

 尚も彼らの言葉は続く。

「そっか。それじゃしょうがないな」

「そうだね、本当にしょうがない」

 どくどくと心臓が早鐘を打っている。夢の中だというのに。喉が渇いて、汗が張り付く。何を、とは上手く説明がつかないけれど、やめろと反射的に叫びたくなる。何を、この子は何を言おうというんだ。

 いつの間にかセピアの世界に鮮やかな声がついていた。

「うん、しょうがないから俺が代わりになってやるよ」

そう語るその瞳はとても純粋で真剣で。故にこそ、傍観者である僕はその言葉に凍り付いた。

 まだ、少年の言葉は続いている。だが、なんと言った? この子供は。かわりになるだって? 正義の味方に? 僕がかつて焦がれ、衝突し、呪って、それでも切望してやまないそれに? 呪いの果ての憧憬、それを、僕の憧れ(りそう)を継ぐとそう言ったのか?

 今もこんなに焦がれて、疎ましくも捨てきれずに抱えている其れを。少年時代の残骸を。継ぐとそう答えたのか。

「……ああ、安心した」

 目を閉じ、本当に安らかに眠る僕らしき男。なんで安心したのかは、きっと辿った歴史が違うだろう今の僕にはわからない。それでも、その言葉を最期に死んだ、とわかった。

 つぅと、静かに本当に静かに男の子の目から涙が一筋落ちる。泣きわめくでもなく、有りの儘に死を悼むそれは、こんな幼い子供のする泣き方じゃない。

 それらの光景は徐々にノイズに蝕まれ、掻き消えていく。僕の目が覚めようとしているのだと唐突に理解した。

 そして夢から覚めるその一瞬、きっと一秒にも満たない瞬間に流れた映像。

 炎が街を飲み込んでいた。黒い禍々しい太陽が呪いを吐きながら笑う。生きとし生けるもの全て絶える死の世界。

 僕は今までの生涯、戦場で過ごしてきたことなど数えられぬほどある。酷い戦ばかり見てきた。戦場の不条理と醜さは身をもって知っている。でも、これは、なんだ? ただの災害? 違う。もっとおぞましいものだ。そう、それは例えようもなく死そのもの。殺意と死が形になったもの。

 手を伸ばす子供。その手をつかんだのは……僕だ。

 救われた顔をした僕がその子供を……。

 

「……!?」

 がばっと身を一気に起こした。体からはびっしりと汗が滲んでいる。

 懐中時計に目をやる。今の時刻は朝の四時過ぎ。寝ているのはこの城に招かれた時に用意された僕の部屋のベットではなく、この城に無数にある客室のひとつのソファーだ。昨日どうしても戻る気になれずここで夜をあかしたことを思い出した。汗を拭いながら立ち上がる。

「今のは……」

 おそらく、間違いなく、あの褐色の肌に白髪のサーヴァントの夢なのだろう。

 マスターとサーヴァントはラインによって繋がる。だから、稀にサーヴァントの過去をマスターが見ることがあるという。繋がりが深ければ深いほどおそらくその可能性はあがるのだろう。

 僕にとっては初対面でも、あのサーヴァントからしたら僕は父親だ。確かにそれは繋がりが深いといえるのだろう。

 最初に見たのは、剣の丘に立つ紅い外套の男だった。後ろ姿しかみていないが、白髪だったように思うし、衣装もあの女と細部が一緒だった。本人いわく元々は男だったという話だから、あれが本当の姿なのだろう。

 しかし、次に見たのは……出てきたのはおそらくアーチャーの世界の僕なんだろうけど、あの赤い髪の男の子は誰なのだろう。

 アーチャーは白髪に褐色の肌で鋼色の目をしている。けれど、あの男の子は赤い髪に琥珀色の瞳で東洋人らしい肌の色をしていた。アーチャーらしき人はその中には見当たらない。

 そこまで考えた時、僕は彼女が昨日言った発言を思い出した。

『死傷者約500名、燃えた建造物は約100にも及ぼうかという大災害、それは全て聖杯から漏れ出した呪いだ。私はそれの生き残りだったよ』

 そう彼女は言った。第四次聖杯戦争後に引き取られたとも、養子だったとも言った。

 そして目覚める寸前に見たあの黒い太陽の死の世界のビジョン。救われた顔をした僕が手をとった子供、あれが……幼少のアーチャーなのか? ではやはり、あの赤い髪の「俺がなってやる」と僕の理想を継ぐと宣言したあの子供がアーチャーの昔の姿なのか。

 そう考えてみれば全く似ていないと思っていた、あの男の子とアーチャーの共通点が見えてくる。

 僕を見る、その眼差し。色も性別も年齢も違うというのに、その表情は確かに同一人物だと語っていた。そこまでつらつら考え、はっと頭を振る。

「僕は何を……」

 余計なことを考えようとしている。

「馬鹿げている」

 僕の力はちっぽけだ。全てを救う正義の味方なんて不可能だ。僕はただ効率のいいように動くだけ。一人でも多く救えるのならそれでいいと、少ない方を切り捨てるだけ。そうして歩み、生きてきたのが僕だ。

 そんな己の冷酷さを憎み、全てを救うことなど出来ないのだと、少数を切り捨ててでも多くを救う自分の正義を正しいと肯定しつつも、全てを救えない己に苛立ち、疎んだ夜さえ数えられないくらいある。間違っても、正義の味方なんて名乗っていい人間じゃないことは、誰よりも僕が自分自身で知っている。あんな風に憧れの目で見られるような立派な人間じゃない。

 そんな僕がこれ以上何を背負えるというのか。あのアーチャーも言ったとおり、先ほど見たのはあくまでアーチャーの世界の顛末で、僕の生きるここも同じになるとは限らないんだから。

 なら、アーチャーのことについて、僕が胸を痛めることは意味がない。感情移入するなんて馬鹿げた話だ。平行世界の衛宮切嗣は彼女の父だったのかもしれないが、ここに生きる僕の娘はイリヤスフィールだけだ。

 あの男の子の影が頭をよぎる。それをイリヤの顔を思い浮かべることで振り払う。

 今日はあの子と遊ぶことになっている。イリヤと過ごせるのはもう残り僅かしかない。あと数日で僕もアイリも日本へと旅立つ。あとは聖杯戦争がおわるまで会えない。

 だから、その数日を娘へ捧げることに決めた。これは僕の、父親としてあの子に唯一してあげれること。幼いあの子から母を奪うせめてもの贖罪。

 感情も理想も世界への渇望も、全てを置き去りにして、今日くらいはただの馬鹿な父親でありたい。

 

『オレガ、カワリニ、ナッテヤルヨ』

 

 声は聞こえない。頭の奥で警報が鳴っていた。

 

 

 

 side.アイリスフィール

 

 

「ふぅ、貴女の手ってまるで魔法みたい」

 私は感心して思わずため息をつく。その視線の先では不思議そうな顔をして首をかしげるアーチャーが、赤いエプロンを身に着けて料理を作っている。

 そもそも戦闘者として召喚されたアーチャーが、こうしてうちの城の厨房に立つことになった切っ掛けは、昨日のこと。

 昨日、あれから私は、アーチャーを連れて城を案内がてら、会話の糸口を掴もうと彼女に好きなこととか趣味とかないのかと尋ねた。

 仲良くなろうと思うなら当然の問いだったと思うのだけど、アーチャーは別だったみたいで、まさかそんな質問をされるとは思ってもいなかったとでもいうかのような、呆気にとられたような顔を見せながら、彼女は「まあ、料理は好きだな」とぽろっと言ってしまったという風情で告白した。

 でもその後我に返ったアーチャーは、慌てて畳みかけるような調子で「いや、でも趣味とかではなくてな、誰もやる人間がいなかったから仕方なく身についただけで! ほら、貴女も切嗣の妻だと言うのなら知っているのだろう? 切嗣(じいさん)はずぼらで、そういうことできなかったし、ああ、何故笑うんだ、アイリスフィール!?」とそんなふうに続けるもんだから、その必死さと、自分の趣味を隠そうとする素直じゃなさが可愛いくて、アーチャーを前に思わず笑いが止まらなくなってしまった。

 ようやく、笑いが止まった頃には、アーチャーはすっかり拗ねていて「ごめんね?」と謝っても「なんの話だ」とかいいながら、つーんといじけてて、そんな子供っぽい仕草があんまりにも可愛かったから、くすくすと笑うのをやめられなくなった。

 そんな私を前にしてアーチャーも諦めたのか、仕方ないなって顔をしてため息をつくものだから、「じゃあ、一度料理を作ってくれる?」と聞いてみたら、「ふむ。頼まれたなら仕方ない」とそわそわとしはじめてて、そんなとこがまたほほえましくて笑い出しそうになったけれど、それは必死で我慢して、「じゃあ、明日の朝お願いね」と頼んだのが寝る前のこと。

 アーチャーがいうには和、洋、中、他にも世界中の色んな国の料理が大抵つくれるということだから、どうせなら切嗣の故郷の料理が食べたいと言って、和食を作ってもらうことにした。

「ふ、和食で私に及ぶものなどそうはおらんよ。何、明日の朝を期待していたまえ」

 なんて、自信満々に言うところが、私にはやっぱり可愛く見えるのだけれど、アーチャー自身は可愛いと言われるのはあまり好きじゃないみたい。 

(でも、我が子を可愛いと思うのは、母親としてはとても真っ当な感情なんじゃないかしら?)

 聖杯戦争が終わる前には「お母さん」と呼ばせてみせるのが密かな目標だ。

 じぃっと、そんなことを彼女が料理している姿をみながら考える。

「アイリ」

 料理からは視線を逸らすことなく、アーチャーが私の名前を呼ぶ。

「見ててそれほど面白いものではなかろう。君は向こうでまっていたほうがいいのではないかね?」

「いえ、とても新鮮よ、退屈しないわ」

 正直な気持ちを告げる。昨日一緒にいて、アーチャーが結構な気遣い屋なことには気付いた。でも、その気遣いは時々的を外れてることがある。

私は一緒にいるだけで楽しいのだけれど、そういうこと、わからないものなのかしらね?

「そういえば、アーチャー」

 そうだ、この機会だから気になっていることを聞いてしまおう。

「なんで貴女が召喚されたのか心当たりってある? 私は貴女が召喚されたことに不満はないけれど、不思議なのよね。アーサー王の剣の鞘を触媒に召喚を行ったのに他の英霊が出てくるなんて」

 そう、聖杯戦争に召喚されるサーヴァントというのは、用意した触媒との縁を最優先に呼ばれる相手が決まる。

 触媒が不確かなものだったり、最後の一クラスという段階で、呼び出そうとしている英霊がそのクラスの特性を持ち合わせていなかったとか、そういうことなら他の英霊が呼び出されるのも納得がいくけれど、大爺様が用意した聖剣の鞘は本物だ。これほどのものを触媒にしておきながら、他の英霊が割り当てられるなど、普通は考えられない。彼女の召喚は、それほどのイレギュラーだと言えた。

「勿論、英霊は召喚者と似た気質のものが召喚されやすいのは知っているわ。その点でいうとアーサー王と切嗣はあまり相性はよく無さそうだし、あの人の未来の子供だっていう貴女のほうが相性がいいのは当然だと思うの。でも、用意した触媒は確かなものなのに、その触媒の英霊が呼ばれないなんて変なんじゃないかしら?」

「まあ、私も聖剣の鞘(アヴァロン)とは浅からぬ縁があるからな。そのせいなのだろう」

 ん? どういうことだろう。

「私は大災害の被災者で、その後切嗣に引き取られた。私がいた地区一角、生き残りは私だけだった」

 淡々とした声でアーチャーは続ける。そこには有りの侭を話す色があるだけで、そのことを話す後ろ暗さとかそういった感情は見えない。

「他が皆死に絶えたのに、1人だけ生き残った子供が全くの無傷なわけがない。切嗣は私を生かすために、鞘を私の体に埋め込んだのだよ」

 その言葉に、驚き、目を見開く。

「その十年後聖杯戦争でセイバーを召喚したのも、私の体にあった鞘が原因だった。その後私は鞘を元の持ち主であったセイバーにかえしたわけだが……何せ、十年も私の体の中にあったのだ。私自身の触媒になりえるのも、まあ確立は低いが、有り得ないわけではないよ」

 それは、どう声をかけていいのだろう。

「さて、おしゃべりはここまでにしよう。料理は出来た。運ぶのを手伝ってもらってもいいかね?」

 

 

 

 side.衛宮切嗣

 

 

 朝食の場に赴いたとき、僕は思わず呆気にとられた。

 何故なら其処に並んでいる食事はいつものアインツベルンの豪華な食事などではなく、純然たる日本食ばかりだったのだから。

 ほかほかの白米に、すまし汁、白菜の浅漬けに、青菜のおひたし、そして肉じゃが。懐かしいまでの日本食のオンパレードだ。誰が一体これを作った。

 そしてもう一つ信じられない光景。

 イリヤスフィールが僕のサーヴァントであるアーチャーの膝の上にのって、嬉しそうにはしゃいでいた。そしてそれをほほえましく見守っているアイリ。一体何がどうなっている。

「あなた、おはよう」

「ああ……おはよう、アイリ」

 とりあえず、動揺したまま妻に挨拶を返す。

 アーチャーはイリヤを膝にのせたまま、僕に視線を合わせて「おはよう、マスター」と言った。その声が感情を押し殺し、サーヴァントとマスターとして、線引きしようとしているように聞こえた。

 それは本来喜ばしいことだ。なのに、ちくりとどこか痛む気がするのは何故なのか。

「もぉー、キリツグったら遅いんだから!」

 そんな僕を前に、ぷくりと可愛らしく頬を膨らませて怒る愛娘。

「ああ、ごめんよ、イリヤ」

 思わずただの父親の顔になってイリヤに謝る。

「せっかく、アーチャーがキリツグのこきょーの料理、つくってくれたのに」

 その言葉に思わず、吃驚して自分のサーヴァントを見やる。アーチャーは困ったように眉根を寄せて、控えめに苦笑した。

「キリツグ?」

 そんな僕に対し、きょとんとした顔でイリヤスフィールが自分を見ている。不審に思われないようにアーチャーからすっと視線をはずした。

「ああ、なんでもないんだ。それよりイリヤ、いつの間にアーチャーと、その、そんなに仲良くなったんだい?」

「んーとね、昨日お母様がお部屋に連れてきてくれたの。あ、アーチャーたらすごいのよ? すごくたくさんのことしってて、いろんなお話してくれたの。それでね、イリヤにすっごくおいしいホットミルクをつくってくれたの!」

 そのときのことを思い出したのだろう。イリヤは目に見えてはしゃぎながら僕に昨夜のことを話した。

「もう、イリヤ。そのあたりにしておかないと、折角のお料理が冷めてしまうわ」

 苦笑しながらアイリがそうたしなめると、イリヤはあっと思い出して口をつぐんだ。

「キリツグ、早く座って」

 娘にせっつかされては仕方ない。席に着く。そして、イリヤが食べようとしたとき、まったをかける声がした。

「イリヤ、食事をするときにはね、言わなきゃいけない言葉があるんだ」

「なあに?」

 アーチャーを信頼しているのだろう。イリヤは無垢に尋ねる。

「いただきます、だ。食べ物に対する感謝の言葉、だよ」

 そう言って本当に優しく、そのサーヴァントは微笑んだ。慈愛の表情と、言葉。彼女のその言葉に、郷愁が胸を焼いた。

 ああ、「いただきます」とは、なんて懐かしい言葉なのか。最後にその言葉を聞いたのはアリマゴ島に住む以前……父と2人で色んな地域を転々としていたときだったように思う。

 短い期間ながら日本に住んでいた時代に、確か近所の人に教えられたんだっけ。生き物の命に感謝して捧げる祈りの言葉。ずっとその言葉を忘れていた気がする。アイリは感心したようにアーチャーの言葉を聞いている。

 まさか、仮にも英霊とされる存在に「いただきます」を教えられるなど思ってもみなかった。

「「いただきます」」

 アイリとイリヤの声が重なる。

「ほら、キリツグも早く!」

「ああ……」

 湯気を立てる料理の数々は、この城で見慣れた高級で豪華絢爛なものではない、だけど、どんな豪華な料理よりもそれらは美味しそうに見えた。

「……いただきます」

 イリヤが小さな口に肉じゃがを頬張る。

「美味しい!」

 ぱぁっと、花のように娘が笑う。アイリも「美味しい」とじっくりとかみ締めるように言う。僕はすまし汁に手を伸ばす。

 美味しかった。

 それは特別高級で豪華じゃないけれど、それでも凄く特別な味がした。暖かで素朴で包み込むような、家庭を象徴する、作った人間の優しさが現れているそんな味がした。

 何より、他の料理にも箸を伸ばしたとき、その事実に気付いた。

 妙に僕の舌に馴染む。初めて食べるはずなのに、まるで食べなれていたかのように。いつも食べていたかのように。僕の好みを熟知して、その上で栄養にまで気遣った食事。それは知らない人間が用意出来るものでもなく、さりげない気遣いと優しさにあふれていた。

「ほら、イリヤ、口についている」

「え、どこどこ?」

「もう、とれた」

 そんな会話を繰り広げながら、イリヤの口元を手に取ったナプキンで拭い取っているアーチャー、その光景を見たこと、それが決定的だった。

 

 サーヴァントはマスターの道具だ。聖杯をとるためだけの。道具に情をかけてはいけないし、情をかけるべきではない。

 なのに、僕は、ああ、本当の家族のようだ。

 そう思ってしまったんだ。

 

 もう無理だ。

 認めよう。

 僕はあのサーヴァント(アーチャー)を使えない。

 

 

 

 NEXT?

 

 

 


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