新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
お待たせしました、第五次聖杯戦争編第2話です。

因みに前回「ロード・エルメロイ二世のキャラと口調が違っている」という指摘を受けましたが、基本的に本作で必要なロード・エルメロイ二世とは原典のロード・エルメロイ二世そのものではなく、あくまでも本作の第四次聖杯戦争編を経験したウェイバー・ベルベットの10年後の姿としての「ロード・エルメロイ二世」であり、また10年前の夢を見て感傷的になっていた所、二度と会う筈がないと思っていた若く青かりし頃の自分を知っている相手を前にして調子狂っていた設定ですので、キャラが元のと乖離している点についてはご了承下さい。そもそも多少とはいえ、原作とは辿っている歴史自体が違うが故のバタフライ効果みたいなものです。(ソラウも生きてるし)
うっかり士郎だって、原作士郎とは同一の別人で性格違うわけですし。
ですが、口調につきましては普通に俺の不勉強の至りですので、後々修正入れておきます。


02.1月31日・接触

 

 

 ―――――……俺は多分きっと、アンタが何者でも構わなかったんだよ。

 聞こえる声はまるで霞だ。

 耳に聞こえる声は既にどちらのものかもわからない。

 そして……どうしてかな?

 たった2週間前の事がまるで遥か遠くだ。

 いつの間にか、こんなに遠くに来た。

 振り返ることは出来ない。

 すぐ後ろには慣れ親しんだはずの気配が、人とも思えぬ質量をもって其処に在る。

 それで、このヒトがナニであるかなんてわかってしまった。

 このヒトの感情も今の気持ちも全部わかってしまった。

 でも……アンタ、本当に馬鹿だな。

 うん、馬鹿だよ。

 間違いなく大馬鹿だ。

 俺は諦めが悪いんだって、そんなこと本当はわかっていた筈なんだろ。

 俺のこと、アンタが一番わかっていたはずなのにな。

 そして、そんな時でもないのに、2週間前のことが頭を過ぎった。

 気付くのが遅れたけど、あれが始まりだったんだ。

 

 

 

 

 

  1月31日・接触

 

 

 

 side.衛宮士郎

 

 

『なあ、士郎』

 ああ、これは夢だ。

『オマエはどんな道を進む。オマエにとっての正義の味方とは、なんだ?』

 とても懐かしい夢だった。

 それは何をきっかけに始まったのだろう。今から9年前の冬の日。

 その日、色んな質問をシロねえにされたことを覚えている。

 幼い俺は何かをムキになって答えたような気はするけど、詳細はどうにも覚えていない。ただ、それをきっかけにシロねえは俺に魔術を教えるようになったのは確かだ。

 見たことのない綺麗な黄金の鞘が吸い込まれるように俺の身体に同化して、それからシロねえはむき出しの俺の背中に触れて、スイッチを入れた。

『意識をしっかり持て。自我を決して手放すなよ』

 そう告げられて始まったそれは、幼い俺にとってまさしく地獄のような痛みで、それでもシロねえの言葉通り自分を手放さないように必死に歯を食いしばって耐えた。

 指一本動かせず、朦朧としながら耐え続けたその最中に聞かれた問い。

『オマエはどんな道を進む。オマエにとっての正義の味方とは、なんだ?』

 それになんて答えたのかはもう覚えていない。

 ただ、シロねえが満足そうな顔をしたのは覚えている。

 人にはそれぞれ起源がある。なら、もしかしたら俺にとっての起源とは、その時決定されたのかもしれないと、そんな風に思っていた。

 

 朝の5時半、いつも通りの時間に目が覚める。

 いつも通りの日課をこなして、それから台所にむかって、ああ、と気付いた。

「そっか。そういえば、そうだった」

 とんとん、と野菜を切る音。それを聞いて、安心して俺はその音の主に話しかける。

「おはよう、シロねえ」

「ああ、おはよう」

 そう告げる顔は、いつも通りのシロねえのようでいて、どことなく疲れていそうな顔に見えて「今日も別に寝ていてもよかったのに」と苦笑しながら言うと、シロねえはむっと子供が膨れるような顔を作って、「オマエにそんな心配をされるようなら、私ももう仕舞いだな」と拗ねたような声で言う。

 相変わらずシロねえは今日も素直じゃないな、と思うけど、慣れたもので、はいはいと受け流しながらシロねえと色違いの揃いの青いエプロンを手早く身に着けた。

 シロねえが、突如イギリスへ行くと言い出したのは今から1週間ほど前のことだ。

 あまりに急なことで俺は吃驚したけど、切嗣(おやじ)は知っていたらしく、苦笑しながらもそれを受け止めていて、イリヤは仕方ないなあという、どこか複雑そうな顔をしてシロねえを見ていた。

 それで、あれよあれよという間にシロねえは旅立ち、一昨日の夜に帰ってきたわけだ。

 次の日は流石のシロねえも疲れたのか、昼過ぎまで寝ていたらしい。

 シロねえがいない間の家事労働と昨日の朝食は俺が担当したわけだけど、こうして丸々任されてみて初めてシロねえがどれだけ凄いのかがよくわかった。

 土日に家事労働派遣会社でバイトしているから、そこまで苦じゃなかったのが不幸中の幸いかもしれない。

 しかし、今回の旅行は本当に吃驚した。

 思えば、シロねえだけでこんな風に何日も遠出したっていうのは今回が初めてかもしれない。

「士郎」

 ふと、神妙な声で自分の名前をよばれて、朝食用のジャガイモをむいていた手を置いてシロねえを見上げる。

「何?」

「暫く、バイトのほうは休め。既にそう連絡した」

「……は?」

 何をいきなり。

 思わず吃驚して固まった俺に対して、シロねえはなんでもないかのように淡々とした声で「いいな」とそんな念を押してくる。

「ちょっとまってくれよ、なんでいきなり」

 大体、本人のあずかり知らぬところでそんな勝手な。

 シロねえは淡白な色の瞳でじぃっと俺の目を真っ直ぐに見ている。

 鋼色の目に射抜かれたような気がして、どきりとした。そう、まるでシロねえが知らない人になったかのようで……いや、この目は何度も見てきている。敵を射抜く鷹の目。これは、シロねえの魔術師としての貌だ。

 緊張に思わずごくりとつばを飲む込みそうになって……「おはよー!」とそんな元気なイリヤの声にそんな空気はかき消された。

「ああ、イリヤ、おはよう」

 イリヤに挨拶だけ告げると、シロねえは何もなかったかのように再び手元の作業を再開させる。

 其れを見て、問いたいことはあったけれど、それを押し込めて俺もまた調理に戻った。

 問いたいこと……例えば、2日に1度の頻度できていた虎が3日以上家に顔を出していない理由や、今回の突然の旅行や、最近爺さんが家を空ける回数が増えたことなど、色々ある。

 たとえ俺が未だ魔術師として未熟だといっても、なにかが起きている。それがわからないほど未熟であるつもりはない。だけど、切嗣(じいさん)やシロねえ達の態度には、俺にそれを伝えようとして、でも迷っているような色が見えている。

 なら、それを本人達が言う気になるまで、待とうかとそんな風に思う。

 だから、自分からは聞かない。

 きっと、そのときになれば自ら教えてくれるだろうという、そんな確信があったからかもしれない。

 

 朝食を終えて、イリヤと二人で学校に登校する。

 シロねえはまだ疲れていそうだったからもう少し色々手伝おうと思ったんだけど、当のシロねえ本人に、余計な気をまわすんじゃないと追い出されたから、今日はちょっとだけいつもより早い時間の登校だ。

 いつもはもっと明るく元気のいいイリヤも、何故か今日は落ち着いてとくに何を話すでもなく、並んで歩いた。でも、この沈黙は苦ではない。そこには穏やかな暖かさが確かにあった。

「ねえ、士郎」

 遠く、校門が見え始めた距離になって、イリヤが口を開く。

「なんだよ、イリヤ」

 この1つ年上の義姉の声に混ざった真剣な色に、こちらも神妙な顔になって尋ね返す。それに、イリヤは、ふと困ったような顔を一瞬見せたかと思うと、いつもの表情を取り繕って口を開いた。

「あのね、暫くわたし一人で先に帰ることになるわ」

 元々3年は今の時期は別に登校しなくても問題はない。

 だから、別にそれに不満はないけど、ちょっと珍しい気がして、僅かに内心驚いた。

「だけど、わたしがいないからって士郎も遅くなっちゃだめよ。最近は物騒なんだから」

 確かに。

 近頃は昏睡事件などが多発していたりと、冬木の街は物騒だ。

 だけど、イリヤにそういわれるのはちょっとだけ心外だ。

 こう見えても俺はそこそこ腕に覚えがあるわけだし、イリヤは女の子だし、それに俺だって小さな子供じゃないんだし、イリヤのほうが年上だといっても、たった1つしか違わないわけで、まるで小さな子供に言い聞かされるように言われるほどの覚えはない。

「大丈夫だって。俺、こう見えても結構……」

「士郎」

 強いんだから。

 そんなイリヤが心配することないぞと続けようとした言葉は、イリヤの真剣な声に遮られた。

「お願いだから、お姉ちゃんの言うこと聞いて」

 それは本当に俺の身を案じている言葉だとわかったから、俺は上手く言葉を返せないまま、ただ頷いて返事とした。

 

 

 

 side.エミヤ

 

 

 冬木のセンタービルの上に立つ。

 ざっと、眺める街並みはいつも通りに見えてそれでも確かに異なるものだ。

「やはり、始まっているか」

 サーヴァント全てが召喚されたわけでないが、間違いなく、もう聖杯戦争は始っている。

 ふう、と思わずため息をこぼす。

 これがうっかりスキルのせいなのかはしらないが、困ったことに私は、聖杯戦争が本格的に始まる具体的な日付を覚えていなかった。そのせいか、聖杯戦争に関する知識はどのサーヴァントよりもあるわりに、どうも後手にまわっている気がする。

 そんなことを、柳洞寺の方角を見ながら思う。

 既にあそこはキャスターの根城だ。

 おそらく、アサシンも門番としているだろうことを考えれば迂闊には近寄れないだろう。

 昏睡事件の首謀者はキャスターだ。

 それでも、あの裏切りの魔女は人の命を軽々しく奪ったりしないだけまだマシというべきか。基本的にあの女はぬるいのだ。暫く泳がせたとしても、人死にが出るほどの被害を出すことはないだろうし、なにより、あの女の所業は若き冬木のセカンドオーナーの逆燐に触れる類のものだ。

 ならば、あの女の相手はサーヴァントを召喚したあとの凛に任せればいい。そんなことを思う。

 と、踵を返して、深山町のほうへ向かって歩き出す。

 のんびり買い物をする暇などこれからは無縁となるだろう。たとえどんな切迫した状況でも兵糧がなければ戦は出来ぬのだ。だから、約1週間分の食材を買い貯めしておくか、とそんな理由からである。

 腹が減っては戦は出来ぬ。これは基本だ。

 まあ……これからの展開次第では1週間も保たぬかもしれんが、こういったことにかかる手間は出来るだけ省くべきだろう。

 そんなことを思いながら、kg単位で野菜類や、冷凍保存の利く肉類を大量購入した。流石にそれをもって帰るのは見目が悪いので、宅急便で届けてもらうことにした。

 ……む、貯めていた金が一気に減って、財布が寂しいなどとは、断じて思っていないぞ。

 

 

 

 side.衛宮士郎

 

 

 学校について、イリヤとわかれた後、ばったりと弓道部部長の美綴と出くわした。

 そして顔を合わせるなり、美綴はふぅーっと、重いため息なんかを吐いている。

「おはよう、美綴。どうしたんだ? 何かあったのか?」

「ああ、衛宮、おはよう。いや、それがさ、慎二の奴が遠坂に振られたらしくてさ、ちょっとね……」

「またか」

 文武両道なる美貌の女丈夫の言葉に、苦笑1つ。

 中学時代からの友人である間桐慎二は根は悪い奴ではないのだが、癇癪持ちで機嫌が悪いと周囲に当り散らす悪癖がある。おそらく、今回もそういうことになったのだろうとそう推測した。

「またかじゃないよ。アンタ、慎二の友達なんだろ。ビシッと言っといてくれよ。アイツのお陰でこちとら迷惑してんの」

「わかった。俺からも慎二に注意しとくよ」

 そういって頷くと、美綴はじぃーっと俺の顔を見て、不機嫌そうな声で言う。

「アンタが、副部長になってくれたらこんな問題ともおさらばだったんだけどね」

 恨みがましい口調だった。

「うちの部で一番の腕の持ち主はアンタだ。アンタの射を見たがっている一年生だって多いんだよ。あたしだって……なのに、なんでアンタはマネージャー気取りなわけ? というか、あたしともう一度勝負しろっていうの。勝ち逃げしやがって」

 言うなり、じろりと彼女は胡乱気な眼差しを俺に向ける、それに思わず苦笑した。

 そうだ。美綴は前から俺をライバル視している。

 そのせいか、今のマネージャー染みた俺の立場は不満で気に食わないらしい。どうやら美綴は本当は俺に部長、でなくば副部長についてほしかったらしいが、どちらも俺は辞退した。

 練習にマトモに参加していない俺がそんな地位につくほうがずっとおかしいだろ。

 慎二が副部長であることも、俺を上に上げたがっている理由の一端になっているみたいだが、まあ、前々から慎二と美綴は相性が悪いから仕方ないのかもしれない。

 俺からすればどちらもよき友人とも言えるから、正直間に挟まれるのはいただけない。

「遠慮しておく。それより、美綴、そろそろ着替えないとヤバイんじゃないか? もう、予鈴がなるぞ」

「あ、いけね」

 さばさばした性格の美綴は、これまたあっけらかんとした口調でそう言って、胴着姿で俺に背を向けた。

「じゃあね、衛宮。たまにはちゃんと練習に参加しろよな」

「気が向いたらな」

 そういって、笑顔で手をふってわかれた。

 

 

 

 side.エミヤ

 

 

 自宅に戻り、カタカタとパソコンを操作している衛宮切嗣(マスター)の元へ向かった。

「『彼女』が冬木に入ったという連絡がきた」

 切嗣(じいさん)は振り向かず、そう簡潔に言う。

 それだけで意味が通じる辺り、随分とあの頃……第四次聖杯戦争の頃からは私達の関係も変わったものだと、少しだけ思った。けれど、それは悪いことではないだろう。

 特にこういう状況では、短い言葉で通じる相手というのは、相棒として頼もしい事だ。

「僕から今の現状は伝えているけど、君から何か伝えることはあるかい?」

 それに、ふむと暫し物思いにふけると、ああ、とある事を思い出した。

「ならば、私からの依頼を伝えてはもらえないかね?」

 ……これは罪滅ぼしなのだろうか。

 いや、そんな殊勝な心がけなど遠の昔になくした。

 そうだ、私はただ、これから彼の存在を利用しようとしている。それだけだ。

 それに痛む心などあろうはずがない。

「とある人物の拠点について、調べてもらいたい」

 

 

 

 side.衛宮士郎

 

 

 昼休み、ふらりと席を立つ慎二に向かって声をかける。

「慎二」

「ん? なんだい、衛宮。僕は急がしいんだよ。これから女の子達と新都のほうへ食べに行こうと思っているからね」

 なんてことをはははと笑いながら告げる友人。

 ……午後の授業欠席する気満々だなこいつ、と思わず呆れたような気分で思った俺は多分悪くない。

「ああ、それとも、お前も来るか? まあ、僕は心が広いからね。お前一人くらいなら別に同席してもかまわないけど?」

 いつも通りの上から目線で、でもどことなく機嫌がよさそうな感じで、慎二はそんなことを言った。

「いい。……シロねえの弁当あるし」

 と、つい付け足して言うと、慎二は、凄く羨ましいような目線でじっと俺の弁当を見て、それから慌て誤魔化すように自分の髪を撫で付けた。

「ふん、そうかい。じゃあ、もう、行っていいかな? さっきも言ったが僕も暇じゃないんだよ」

「今朝、美綴から話を聞いた」

 そう言うと、慎二はそれまでのわりと良かった機嫌を急速に低下させていく。

「あまり、他の人に当り散らすなよ。俺だって、全部は庇ってやれない」

 真っ直ぐに慎二の目を見てそう告げると、慎二は更に機嫌の悪い顔をして、それを無理矢理誤魔化すような笑顔を浮かべながらこう言う。

「衛宮さぁ、お前いつからこの僕の保護者気取りになったんだよ」

 ぴくぴくとこめかみがひくついている顔のまま、慎二は続ける。

「この僕が、いつお前に庇ってくださいなんて、言ったんだ? ふざけんなよ、衛宮。僕はお前なんかに庇ってもらうほどおちぶれてはいないんだよ!」

 言いながら、ばんと、荒々しく慎二は鞄を手にとって、俺に背を向けた。

 それが、もう話す気なんてないという合図に思えて、「慎二」とまた名前をよんだ。

 それに振り返ることもなく、ただ慎二はぴたりと止まったままに、俺にだけ聞かせるような声で、慎二にしては珍しいほど緊張を孕んだ声で言葉を押し出した。

「……一応、お前とは友達だからな、警告しといてやるよ。衛宮」

「慎二?」

 その様子が、後姿が、妙に今朝のイリヤの姿にかぶって見える。

 もしかしたら慎二も何か知っているのだろうか?

「深夜、一人歩きなんかするなよ。お前みたいな奴は家に篭って震えて大人しくしてるんだ。なにかおかしなことがあっても、顔をつっこんだり誰かを助けようとなんかするなよ」

 何を言おうとしているのかはわからない。

 だけど、それが俺を案じる色を帯びた言葉だということに気付いて、俺は思わず呆気にとられて慎二を見た。

「馬鹿で非力な衛宮にはそれがお似合いだよ。いいか、僕は警告はしたからな」

 そう言い残して慎二は今度こそ教室を後にした。

 

 

 

 side.イリヤスフィール

 

 

 午後になり、士郎を置いてわたしは一人家へと先に帰る。

 かたかたと、機械を操作する音が聞こえ、わたしはそのままキリツグの元へとむかった。

 ひょこりと顔を覗かせても、この子煩悩な男にしては珍しく、わたしに目線すらあわせずに、手の中の機械へと視線をむけたままでこちらを振り返ろうともしない。

 パソコンといわれている、現代機器の代表。

 わたしだって、学校で何度か触れてきたし別にそこまで苦手なわけじゃないけど、基本的な操作くらいしかわからず、正直キリツグが何をしているのかまではよくわからない。

 魔術師で、現代利器に通じているキリツグのほうが魔術師としては異端とはいえ、ちょっとだけ面白くない。

 キリツグは魔術の腕前だけ見たらわたしよりも低いくらいだけど、その足りない部分を科学技術で埋めているところがずるいと思う。

 でも、一応何をしているのかは簡単に説明を受けているので、要点だけ絞って「進展は?」と告げた。

 なんでも、キリツグがやっているのはハッキングといわれている行為の一つらしい。

 それを使って、キリツグは冬木のあちこちに網を作っている。

「相変わらずだ」

「そう……」

 つまり、今のところ召喚されている英霊は5人。いまだ聖杯戦争に本格突入せず……ということ。

「部屋で作業しているわ」

「イリヤ、完成度はどれくらいだい?」

 たんたんと、軽快な音をたてて、何かを打ち込みながら尋ねてくる父親に「95%くらいね。あとは仕上げだけ」と正直なところを答える。

「本当は、使われないことを願っているんだけどね。でも、もしも……のことを考えるとやっぱり手は抜けないわ」

 そういって、諦めたような苦笑を浮かべている自分を自覚する。

 本当に、今自分がやっている作業なんて無駄になればいいのに、と思う。

「万が一を忘れるわけにはいかないから」

 当初の予定通りにことが進むのならば、自分が今手がけているアレはいらなくなる。だけど、果たしてそう上手くいくかどうかは、シロもキリツグも、わたしも自信がなかった。

 だからこれは、万が一の保険の一つ。

「父さんは、そっち方面はからっきしだからな……僕も手伝えたらよかったんだけど」

「いらないわ」

 きっぱりと、一言でもってその申し出を断った。

「これはわたしの仕事だもの。奪ったら許さないから」

 

 

 

 side.衛宮士郎

 

 

 放課後になり、一成に付き合っていくつか備品を整備していると、陸上部の人にも調子の悪い備品のチェックを頼まれた。

 まあ、見るだけならそんなに時間もかからないし、いいかと思って軽く引き受けたのだが……。

「うげげ、衛宮。あたしらのテリトリーを荒らしにきたのか!?」

「蒔の字、衛宮某は修理にきただけだろう」

「あはは、衛宮くんごめんね?」

 そんな3人組がついてきた。 

 とくに黒いのは……さっきからキシャーキシャーと、凡そ年頃の娘が口にするとは思えない威嚇音を立てている気がするのは俺の気のせいではないと思います。

 というか、蒔寺になんでこうまでことあるごとにからまれなければいけないのか。俺何かしたっけ?

 思えば、こいつの態度が完全にこうなったのは、1年と半年ほど前の夏祭りでシロねえと俺が姉弟だってバレたあたりからだったような気がするけど……なんていうか、理不尽だ。

 思わず遠い目をしていると、ぽんぽんと3人娘の会話が続いていたらしい。我に返った頃には一体何の話をしているのかさっぱりなぐらいの進展をしていた。

「……でだ。衛宮なんかは、イリヤ先輩の親衛隊にはったおされるべきだと、あたしは思うね!」

 とか声高に主張する自称冬木の黒豹。

 ……イリヤって親衛隊がいたのか。

 家族として暮らし始めて10年目にして初めて知る新事実! なんて、テロップっぽくいってみるけど、まあ、イリヤは凄く可愛いからいても不思議はないとも思う。

「しかし、蒔の字。君は知らないようだが、衛宮も人気は高いぞ。一部の三年生の間では「笑顔が可愛い」と評判だ。他にも重い荷物を運んでいる時に笑顔で手伝ってくれたのにときめいたなどの意見も聞くな」

「うげげ、嘘だー! 衛宮のやつがモテモテなんて話は聞きたくなーーーいっ!」

 某虎の咆哮並みの大音量で叫びだす冬木の黒豹こと蒔寺楓。

 本人目の前にしてここまで好き放題いえるのもある意味凄いよな。

 氷室は面白がって煽っているし……。

「衛宮くん」

 こそりと、困ったような顔が可愛らしい少女の顔が目の前にあった。

「蒔ちゃんたちがごめんね? 蒔ちゃんも悪気はないんだよ」

 ああ、うん。一応わかっている。

 ありがとう、三枝さん。

 君がいてくれて助かった。君こそここに降り立った癒しの光だ。

 

 なんて感じで、備品の点検に集中できずに、あーだこーだーいう黒豹の攻撃を避けたりいなしたり、なだめたり、避けたりしながら、雄叫びを聞き続けているうちに、気付いたらあたりは大分暗くなりはじめていた。

 イリヤには早く帰れといわれてたから、少しだけのつもりだったけれど、思ったよりも時間を食われていたことに気付き、慌てて3人とわかれ、帰路を急ぐ。

 ……参った。これはあとでイリヤに絞られるかな……なんて思いながら歩いていたそのときだった。

 

 静寂。

 気付けば辺り一帯から音という音が消え去り、妙に静かだった。

 風もない。吹きかたを忘れたかのように。

 そして、月光の元を悠然と歩く小さな人影。それ以外に人の気配を漂わせるものは何1つとしてない。

 こつ、こつとヒールの高いブーツをはいているような音を立てて、それは俺のいるほうへと向かい歩く。

 こつ、こつ。

 また一歩、また一歩と近づいてくる。

 月影で顔はよく見えない。

 その衣装はリボンとフリルの多い膝丈までのドレスで、跳ね気味の髪は腰まで届く長さで、左一房だけ金の鈴のついた髪留めを身に着けている。年は背格好から判断すれば中学生になったかなっていないかくらいか。

 女の子だ。こんな時間に女の子が1人でこんなところに?

 いや、よく考えろ。

 ここは、なんで、ここには俺とこの子しかいないんだ?

 それに、あれはただの子供じゃない。あの子から感じる魔力量は、どう考えても同業者(まじゅつし)のものだ。あれほど巨大な魔力をもっていて、一般人のわけがない。

 ざっと、少女が顔を上げた、それに思わずどくりと心臓が嫌な音を立てた。

 とんでもなく、美しい少女だった。

 銀の髪に紅玉の瞳で、まるで御伽噺から抜け出してきたような容姿で、でも雰囲気がとてつもなく冷たい。まるで氷の刃のようだ。その紅色の瞳は研ぎ澄まされたナイフそのもので、あまりにも温度というものがない。

 だけど、俺が驚いたのは、彼女が美少女だからとか、年に似合わぬ冷たい目をしていたから、とかそういうところではなく、あまりに彼女が似ていたからだ。

 血の繋がっていない1つ年上の姉、イリヤスフィールに。

 そう、その少女は、雰囲気や表情を除けば中学校に入学したばかりの頃のイリヤに酷似していた。

「…………私がわかるということは、貴方もこちらの住人ですか」

 小さな唇が言葉を紡ぐ。

 その声は、愛らしい筈なのに、瞳と違わず淡々と怜悧に冷め切っている。

「でも、話にならない……まるで塵虫ね」

 その紅い目は俺を人として見てなどいない。

 道端に落ちた小石を見るように、その瞳には色がない。

「興が削がれたわ。……塵は塵らしく大人しくしてなさいな。たとえ、子蝿でも、煩ければ間違って叩き落してしまうかもしれませんから」

 ぞっとするほど美しく冷淡に、彼女は最後俺に一瞬だけ目をやってから、そのまま悠々と去っていった。

 どっと、汗が吹き出る。

 まるで、悪い夢を見たかのようだ。

 彼女の身に着けていた鈴の音だけが、あたりにリン、リンと響いて、俺が見たものが幻想でもなんでもないものだということを伝えている。

 振り向いても、どこにもあのドレスの少女の姿はない。

 なんて、悪い冗談。

 ピンクのドレス……なんて、少女らしい愛くるしい装束に身を包んでいながら、だけど彼女自身のあの冷たい氷のような眼差しと雰囲気が、鋭利な刃物のようで、衣装の印象を裏切り、ぞっとするような凄みのある美しさを強調させている。

 その立ち姿も振る舞いも優雅で、昔のイリヤスフィールそっくりの顔をした少女は、だけど、俺の姉(イリヤ)とはどこまでもその伝わってくる印象が違って、でも酷似した顔をしていた。

 

 暫くバイトを休めと言ったシロねえ。

 真っ直ぐ家に帰ってと懇願したイリヤ。

 深夜一人で出歩くなと警告してきた慎二。

 そして、まるでゴミを見るかのような目で俺を見てきた、顔だけはイリヤそっくりな……氷のような目をした冷酷な雰囲気の少女。

「何が、おきている?」

 その答えを俺が知るのはもう少しだけ後のこと。

 ただ、今は、湧き上がった不吉の予感を噛み殺すように、自分の身体を抱いて空を見上げた。

 

 

 

  NEXT?

 

 


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