新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。

今回はアーチャー召喚回というわけで、アーチャーの台詞自体はほぼ原作と変わりませんが、環境の変化から起きたバタフライ効果による凛様の同じようでいて違う原作との違いを楽しんでいただけたらと思います。



03.アーチャー召喚

 

 

 

 わかっていたさ。

 きっとオマエは私を召喚するのだろうと。

 痛む心などとっくに磨耗して果てたはずなのに、何故か。

 オマエは、どうやらたとえどんな世界でもオレにとっての特別であり続けているんだと、そう、これはそう思い知らされた。

 ただそれだけの話なんだ。

 

 

 

 

 

  アーチャー召喚

 

 

 

 side.遠坂凛

 

 

 10年前、父が死んだ。

 聖杯戦争という魔術師の儀式に参加して亡くなった。母もそれに巻き込まれて死んだのだと、そう告げられた。

 お葬式では仲良く並んだ棺が2つ。

 けれど、その死体を、死に顔を見ることは幼いわたしには許されていなかった。

 それほどに遺体は酷い状態であったらしい。

 そうして1人あの家に残されたわたしは、大好きな父が最期に残した言葉が魔術師としての言葉だったから、幼くても遠坂の当主として、魔術師と生きるんだってそう決めて今日(こんにち)まで生きてきた。

 いつか現れる聖杯、それを手にするのは遠坂の義務だと語った父。

 だからこそ、10年前のあのときからわたしは片時だって聖杯戦争のことを忘れたことなどない。

 そう、忘れない。わたしは、このときのために生きてきたんだから。

 嫌味な兄弟子に急かされるまでもない。

 結局、英霊縁のものは見つからなかったけど、とんでもない魔力の宝石は見つかったし、今日わたしはわたしの従者(サーヴァント)を、聖杯戦争の相棒を召喚してみせる。

 

 ……なんて意気込みながら、帰路についていたわけだけれど……家までもうすぐという時に、ここ10年ですっかり見慣れてしまった、『古馴染み』の顔が見えて……思わず脱力しかけた。

「アーチェ、アンタ何やってんのよ」

 見れば、件の古馴染み……褐色の肌と白髪が印象的な女性である、衛宮・S・アーチェは、手に買い物袋を携えてどことなくぼーとした様子でわたしの家に向かって歩いていた。

「む。凛か。ふむ、今日は早いんだな」

「……アンタ、わざと言ってるでしょ」

 自分の学校の予定などとっくに把握しているだろう相手のすっとぼけた態度に、思わずこめかみをぴくぴくと揺らす。案の定、バレたかなんて小声で言ってるところがちょっと小憎たらしい。

「で、それ何」

「いや、何、商店街で買い物をしているとな……何故か気づいたら購入した覚えのないものがこの通り増えてしまって……あまりに数が多いので、まあ、お裾分けに来たというところだな」

 そう呟く顔は遠い目をしていて、なんで普通に買い物をしていたはずなのにこんなに増えたんだろう、なんて本気で思っていそうなあたりがちょっとだけむかつく。

 いいじゃない、そんなに貰えて。

 ていうか、こいつ商店街のアイドルなくせに、全然そのあたりの機微を理解していなくて、いつも思うことではあるけど、鈍感もいい加減にしなさいって思わず怒鳴りたくもなる。うらやましいスキルなのに、何が不満なんだか。

「というわけだ。受け取ってくれないかね?」

 はい、なんていいながら突き出してきた袋の中身はといえば……カボチャの煮つけに、ほうれん草のおひたしに、肉じゃが。

 え? 惣菜……?

 商店街で買い物してたんじゃないの、こいつ。

 じと目で、袋をアーチェを交互に見ると、アーチェは苦笑しながら言う。

「私が料理教室を開いていることは君も知ってのことだと思うが、その生徒の中には商店街で働いている奥様方も結構いてな、私に評価してほしいのだそうだ。とはいえ、うちの家族で頂くには些か量が多すぎる。味は私が保証しよう。今夜の夕餉にでもどうかね?」

「……まあ、いいけど。貰えるというならいただいておくわ」

 そうして袋を受け取ると、アーチェはほっとしたように、一瞬だけ表情を緩めた。

「そうか、それは助かる。ではな」

 そういってわたしに向ける背中が、どこか逃げるかのようで。

 こいつの今日の態度はいつもと『違う』のだと、違和感がわたしの感覚を捕らえた。

「アーチェ」

 思わず呼び止める。

 ……そうだ。コイツ、一度も今日はわたしの目を見て話していない。

 それにここ10日ほど、こいつはわたしの家には頑なに入ろうとはしなかった。

 幼いわたしの家に、半ば強引に押し込むようにして、押しかけて食事や掃除をして帰っていったそんな変な女だったのに。

 そもそもコイツと出会ったのは10年前……父が死んだ聖杯戦争の時だ。

 そしてコイツは……全然それらしくはないけど、魔術師で、なら、もしかしたら……。

(アーチェ、貴女は……ひょっとして父を殺したマスターだった?)

 だから、わたしに対して気にかけているの? そんなことを何度か思った。

 10年前、あの日あの時のタイミングで出会ったこの魔術師らしからぬ魔術師。

 ひょっとして彼女とあの時出会ったのは、彼女が聖杯戦争のマスターだったからなんじゃないのかと。なら、今のこの状況もわかっているんじゃないのかと。

 たとえ、父の仇だったとしても、聖杯戦争に参加することとはそういうことだと父は知っていたはずだから、恨むつもりはないし、それにわたしはきっとコイツとの今の関係を気に入っている。だからこいつがわたしを妙に気にかけている理由をこれまで追求したりした事なんかはしなかった。

 でも……。

(聖杯戦争はまたはじまった)

 なら、問うべきだろうか。

 貴女はわたしの敵か、と。聖杯戦争に参加するつもりなのか、と。

 どんなにこの関係が気に入ってようと……例え縦しんばコイツのことを自分で思う以上に気に入っていたんだとしても、それでもわたしは遠坂の当主だ。

 敵となったら、そんなことでほだされはしないし、魔術師ならば、こいつもそうだろう。

 だけど……。

「凛?」

 ふと、自分を心配気に覗き込む鋼色の瞳とかち合った。

「……なんでもないわ」

 誘惑を振り払う。

 自分が自分で思っていた以上に甘ちゃんだったと知らされて、内心でため息を吐いた。心の贅肉だってことくらいちゃんとしってる。でも、それでも確定するまでは、自分からそれを壊そうなんて思えなかった。

「じゃあね。アーチェ」

「ああ、またな、凛」

 そうしていつも通りを装って別れる。

 こいつもわかってる。

 その上で、やはりいつも通りを演じて彼女も別れの言葉を口にした。

 そうして互いに背を向けてあるべき方へと歩き出す。そんなあくまでいつもどおりの延長線上の別れがわたしたちにはふさわしい。

 

 2月1日、午前2時。

 わたしの魔力が最大に高まる時間。その時を選んで宝石で魔方陣を描き、サーヴァント召喚の儀に備える。

 結局英霊縁の代物は見つからなかったけれど、それでもわたしは遠坂凛だ。

 狙うは最優の名高き剣士のサーヴァント、セイバー。これほどの宝石を使用したんだ、たとえ英霊縁の品がなくたって、きっとセイバーを引き当ててみせる。

「……素に銀と鉄。礎に石と契約の大公、祖には我が大師シュバインオーグ」

 慎重に召喚の言霊をつむいでいく。

 これより遠坂凛は人ではなく、魔術(きせき)を成す為の回路となる。

「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 魔術師として、生身の肉体で魔術を行使する代償としての痛みが身に走る。

 神秘を行うことに対する肉体の拒絶反応。

 これがあるからこそ、わたしは自分がなにより魔術師だということを実感する。

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 覚えた呪文を一言一句違わず口にするたびに、力が魔術回路をぐるぐるとまわしていく。自分が神秘を成す歯車のひとつへと成るのだ。

Anfang(セット)

 この痛みは、きちんと魔術が発動している証拠だ。それを思えば愛おしさすら感じる。

 もう少しだ、自己に沈んで朗々と言霊を紡いでいく。

「告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うのならば応えよ」

 魔方陣が光を放つ。まるで祝福するかのように。

 だから確信した。

「誓いを此処に、我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三天の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 完璧な手応えだった。

 わたしは最強のカードを引き当てたのだと確信し、光が晴れ、サーヴァントが目の前に現れる瞬間を心待ちにしていたのだけれど……。

「はい?」

 残されたのは無情な現実。目の前には誰もいないし、居間のほうでなんだか爆発音がする。

「なんでよー!?」

 おかしい、わたし完璧だったはずよね!? あんなに高い宝石をつかって召喚したのに、なんでこの結果!? なんてことをぐるぐる考えながら居間まで駆け上がる。

「扉、壊れてる!?」

 何があったのか、ぐしゃりと歪んでいる扉。対処法をいちいち考えるのは面倒だし、時間がかかる。

「ああもう、邪魔だこのおっ……!」

 蹴破って、まるで廃墟みたいになった居間へと飛び込んだ。

「…………」

 そしてそこにかかった柱時計を見て、何故こんなことになったのかの理由に漸く気づいた。

「…………また、やっちゃった」

 そういえば、あの遠坂の家宝ともいうべきペンダントを手にしてから、何故か家中の時計が1時間針が進んでいたんだった。

 つまり今は午前2時じゃなくて午前1時。わたしの魔力が最高に満ちるまで1時間も早かったということ。

 遠坂には先祖代々の呪いがある。

 それはここ一番という時に限ってうっかりが発動することだ。

 それで、サーヴァント召喚なんて大儀式を前に、しっかりそれが発動してしまったらしい。

「……やっちゃった事は仕方ない。反省」

 ふふふ……わたしの宝石がパァかあ……なんて暗い気持ちを押し込んで、なんだか廃墟と化した居間の中心でふんぞり返るように足を組んで座っている、無駄に偉そうな赤い外套の男をじと目で見上げた。

「それで。アンタ、何」

「開口一番それか。これはまた、とんでもないマスターに引き当てられたものだ」

 やれやれといわんばかりのその低い男の声は、初めて聞いた声だというのに、どこかで聞いたことがあるような気がした。思わず既視感に数瞬ぼうとするわたしの耳に、「これは貧乏くじを引いたかな」なんて呟く声が聞こえて思わずむっと、片眉を吊り上げた。

 うわ、こいつ根性歪んでるわ。

「……確認するけど、貴方はわたしのサーヴァントで間違いない?」

「それはこちらが訊きたいな。君こそ私のマスターなのか。ここまで乱暴な召喚は初めてでね、正直状況が掴めない」

 そんな言葉と表情にまた、既視感。何度も親しんできたものと、この男が浮かべるものは、そうよく似ている。

 だからか、言ってることはむかつくのに、何故かあまり憎めない。

「……それは悪かったわね。でも、わたしだって初めてよ。そういう質問は却下するわ」

 謝罪を挟むと、少しだけ目の前の男の雰囲気が僅かに和らぐ。

 それは知っている人間じゃないとわからないような微量さで……何故、初対面のはずのわたしがわかったのか、自分でもわからない。

 男は変わらず皮肉ったらしい言葉を紡いでいく。

「……そうか。悪かったというのなら、私が召喚された時に君が目の前にいなかった理由を、私にも納得いくように是非説明してくれ」

「本気? 雛鳥じゃあるまいし、目を開けた時にしか主を決められない、なんて冗談は止めてよね」

 いうと、む、と唸って男は黙った。それを見て、漸く既視感の正体に気づいた。

 そうだ、こいつ……アーチェに似てるんだ。

 白髪に褐色の肌に鋼色の瞳と、異彩を放っている色の組み合わせだけじゃない、浮かべる表情、話し方、ニュアンスまで他人とは思えないくらいにそっくりだ。

 顔立ちだってよく見たら、兄妹で通るくらいには似通っている。

(ひょっとしてアイツの先祖?)

 なんてことを思う。

 前にアーチェは、私は養子だとか言っていたことを聞いたことがあるような気がするし、衛宮なんて日本人丸出しの姓を名乗っているけど、その場合、旧姓が別にあるっていうわけで、ありえないわけじゃない。

 ていうか、ここまで似通っていて他人だなんていわれても全然説得力がない。

 なんてことを思いながら、人の姿をとっているけど、濃厚な魔力で編まれた体をもつ目の前の男に、わりと寛大な気持ちで問いをぶつける。

「まぁいいわ。わたしが訊いているのはね、貴方が他の誰でもない、このわたしのサーヴァントかって事だけよ。それをはっきりさせない以上、他の質問に答える義務はないわ」

 いうと、男は嫌味ったらしい口調で淡々と言葉を紡いだ。

「…………召喚に失敗しておいてそれか。この場合、他に色々と言うべき事があると思うのだが」

「う、だから、悪かったって言ったでしょ。しつこいわね。アンタ、仮にも英雄っていわれた存在なら、もっと寛大になってみたらどうなの!?」

 前言撤回。やっぱりアーチェ(あいつ)とは似てない。

 アーチェのやつはもっとなんだかんだで可愛げがあるっていうか、ここまで恨みがましいことはいわないし、アーチェのわたしに対する対応って全体的にもっと柔らかい。こいつみたいな性悪と並べて悪かったっていうか。

 とにかく、こいつ絶対性格歪んでる、それ間違いない。

「ああ、もう、いいわ……! 貴方はわたしのサーヴァント、それで間違いないわね!?」

 寧ろ、断定系で言い切ると、目の前の男はニヤニヤと笑いながら、馬鹿にしたような声で続けた。

「間違いはない……ね。そうか。では私からも訊くが、私が君のサーヴァントだとして、君は私のマスターなのか?」

「……それはどういう意味なのかしら」

 思わずぴくぴくとこめかみをひくつかせながら、目の前の男に苦みばしった声を投げかける。

 それに、男はしれっと、何、簡単なことだよなんて誰かさんを思わせるイントネーションでやっぱりしゃべりだす。

「私もサーヴァントだ。呼ばれたからには主従関係を認めるさ。だが、それはあくまで契約上の話だろう。どちらがより優れたものか、共に相応しい相手かを計るのは別に成る。さて、その件で行くと、君は果たして、私が忠誠を誓うに相応しい魔術師なのかな、お嬢さん」

 そう言いながら試す姿は……やはり誰かさんにかぶった。

 試されている。かつては英雄と呼ばれた存在に。よく知っている誰かに良く似た男に。

「当たり前じゃない」

 でも、負けるものですか。

 アーチェに似ていると思ったのは多分表面だけじゃない。表面だけならきっとここまでかぶらせやしなかった。自分より前をいく背中に、この男はよく似ている。

 でも、だからこそ、絶対にわたしは負けてはいけないんだと思った。

 常に優雅たれ。遠坂家の家訓だ。

 だから、わたしはその家訓どおりに優雅な微笑みを浮かべて、まっすぐに男の鋼色の瞳に視線を強くあわせながら、誓いのように言い切った。

「わたしはこの冬木のセカンドオーナーで貴方のマスターよ。外からきた魔術師なんかに負けやしないし、貴方がわたしに従わないというのならば、実力で従えて見せるわ。覚えてなさい」

 

 男が、先の非礼を侘びようと言い出したのは、言い合う場所をわたしの部屋に変えてからだった。

 流れてきた膨大な魔力量や、召喚してもわたしがぴんぴんしていること、それと先ほどきった啖呵と気迫、それらを総合して、共に戦うに相応しいマスターだと、そう判断したかららしい。

 嬉しそうに君を巻き込むことに異存はないなんて告げられると、色々と複雑な気持ちが襲ってちょっと困る。

 なんていうか、そのとき浮かべていた笑顔の質がやっぱりアーチェの奴によく似てて、でもわたしに向けられる信頼の情はアイツにはないもので、いつかほしいと思っていたものが別の形で与えられたような感じがするのだ。

 アーチェのやつとは知り合った時の年齢が年齢だったから、アイツはまるで年の離れた妹に接するようにわたしに接してくる。つまり、その視線は保護者としてのものだ。

 でも本当は対等に見られたかったんだって、コイツと接することで理解してしまった。

「……で? 貴方、何のサーヴァント?」

 そういえば、クラスを訊いてなかったな、と思い出して尋ねる。

 聖杯戦争で呼び出されるサーヴァントのクラスは、剣士(セイバー)槍兵(ランサー)弓使い(アーチャー)騎乗兵(ライダー)魔術師(キャスター)暗殺者(アサシン)狂戦士(バーサーカー)の七つだけれど、この男はどのクラスにも見えない。

 まさか、イレギュラークラスとかじゃあないわよね、とか思いつつ、アイツの先祖だったりした場合にはこんな見た目でキャスターの可能性もあって、なんだか判然としないまでに複雑だ。

「見て判らないか。ああ、それは結構」

 拗ねているんだか、そうでないんだかわからない声でそう言う男。

「…………分かったわ。これはマスターとしての質問よ。ね。貴方、セイバーじゃないの?」

「残念ながら、剣は持っていない」

 わたしは後方支援型の魔術師だし、やっぱりセイバーがほしいなと、そんな期待をこめて訊いた質問は、見事この白髪オールバック男によって希望を粉砕されて終わった。

「ドジったわ。あれだけ宝石を使っておいてセイバーじゃないなんて、目も当てられない」

「…………む。悪かったな、セイバーでなくて」

 はぁ、と独り言のつもりで呟いた台詞は、どことなくムキになっているような男の声に拾い上げられた。

「え? あ、うん、そりゃあ痛恨のミスだから残念だけど、悪いのはわたしなんだから」

 思わずちょっと吃驚しながら続けると、完全に拗ねたような顔と声になった男。刺々しいその態度が、やっぱりアーチェの拗ねて怒った時の姿によく似ていた。

「ああ、どうせアーチャーでは派手さにかけるだろうよ。いいだろう、後で今の暴言を悔やませてやる。その時になって謝っても聞かないからな」

 うわー、うわー。

 アーチェ二号だ。アーチェ二号がこんなところにいる。

 なんていうか、子供っぽくて、こういう態度見てると、こんな大男でも可愛げもあるってもんで、「癇に障った、アーチャー?」なんてことをつい口元をにやつかせながら聞いてしまう。

「障った。見ていろ、必ず自分が幸運だったと思い知らせてやる」

 ああ、うん。こいつ、イイ奴だ。

 まあ、英雄だし、アイツの先祖なら(自分の中で既に確定)そんな極悪人だとは思ってはいなかったけど、うん、イイ奴。ちょっとひねくれてるけど。

「そうね。それじゃあ必ずわたしを後悔させてアーチャー。そうなったら素直に謝らせて貰うから」

「ああ、忘れるなよマスター。己が召喚した者がどれほどの者か、知って感謝するがいい。もっとも、その時になって謝られてもこちらの気は晴れんだろうがな」

 あ、距離感。

 こいつとはこれが初対面な筈なのに、アーチェのやつとほとんど同じになっている。

 全くどうかしているわ。10年来の付き合いがあるとはいえ、これから敵になるかもしれない女と、自分のサーヴァントとはいえ、今日はじめて会った奴とをこんなにかぶらせて、それを心地よく思っているなんて。

 聖杯戦争のサーヴァントなんて、いつ主を裏切るかわからないような奴らなのに、こんなに気を許しているなんて。

 聖杯が貸し与えた道具(コマ)、それがサーヴァントだってのもわかっている。

 それでも、この台詞だけで、こいつはきっとわたしを裏切ったりしないんだって、そう思った。

「期待してる。それでアンタ、何処の英霊なわけ?」

 ぴたりと、男はそれまでの表情をかき消した。次に浮かべている表情は……苦悩?

「アーチャー? マスターであるわたしが、サーヴァントである貴方に訊いているんだけど?」

 苦みばしった声で、男は言った。

「……それは、秘密だ」

「は…………?」

 思わず目が点になる。

「私がどのようなモノだったかは答えられない。何故かというと……」

「あのね。つまらない理由だったら怒るわよ」

「それは……何故かというと、自分でも分からない」

 返ってきた答えはとんでもないものだった。

「なによそれ、アンタわたしの事バカにしてるわけ?」

 思わず怪訝な顔になって見やる。赤い外套の男は本当に心苦しそうな顔で、重く言葉を続ける。

「…………マスターを侮辱するつもりはない。ただ、これは君の不完全な召喚のツケだぞ」

「う……」

 そういわれると痛いものがある。

 男は気にしたふうもなく続きを淡々と口にのせる。

「どうも記憶に混乱が見られる。自分が何者かであるかは判るのだが、名前や素性がどうも曖昧だ。……まあ、さして重要な欠落ではないのだが」

 普通に考えれば、十分重要な欠落だ。

 何故サーヴァントが自分のマスター以外の相手に真名をいわないかといえば、名を知られればその伝説も知られ、そこから弱点をも露呈することになるから伏せているわけで、また、名を知ることによってその英霊の強さがわかってしまうという事があるからだ。

 でも、この古馴染みとよく似た、おそらくは先祖であろうコイツが、さしたることではないと口にするのは何か理由があるのだろうと、件の人物を脳裏に浮かべて推測する。

「……そう。重要な欠落ではないっていうのなら理由を聞かせてくれる? 英霊の名は伝説を表す。貴方の名前(でんしょう)を知らないんじゃ、貴方がどれくらい強いのかわたしにはわからないんだけど?」

 微笑みさえ浮かべて、問う。

 先ほどとはまるで逆だ。

 先ほどはアーチャーがわたしを試そうとした。今度はわたしの番になったということ。

 だから出来得る限り余裕の態度でもって返答をまつ。

「なんだ、そんなことか。そんなことは瑣末な問題だよ。君が気にすることではない」

 不敵に、少年のような笑みを浮かべながら、男は言い切る。

「私は君が呼び出したサーヴァントだ。それが最強でない筈がない」

 それは、絶対の信頼を込めた言葉……。

 思わず頬が赤らむ。そんな言葉をよく抜け抜けという。

 やっぱ、アーチェとこいつ似てる。耐性がある程度ついててよかった。でなきゃ、素っ頓狂な声を今頃わたしは上げていただろう。それはみっともないことで、そうならなくてよかったとも思う。

 人知を超えたサーヴァントにこうまで思われるなんて、ひょっとしてこういうのをマスター冥利につきるというべきなのか。

 思わず、ぶっきらぼうな口調になる。

「……ま、いっか。誰にも正体がわからないんなら、敵にもわかるはずがないんだし……貴方の正体はおいおい追求するとして、今は不問にしましょう」

 なんて、一段落したところで、眠気が襲ってきた。あ、そうだ。居間滅茶苦茶だった。

「それじゃアーチャー、最初の仕事だけど」

「早速か。好戦的だな君は。それで敵は」

 何処になんて続けようとした従者(サーヴァント)相手にホウキとチリトリをぽぽいっと投げ渡した。

「……む?」

「下の掃除、お願い。アンタが散らかしたんだから、責任もってキレイにしといてね」

「待て。君はサーヴァントをなんだと思っている」

 あふ、眠い……。

「使い魔でしょ? ちょっと生意気で扱いに困るけど」

 そして、そんなところを案外気に入ってるけど。

「異議あり。そのような命令はことわ……」

 赤いのがなんだかまだごちゃごちゃ言ってる。最終手段として、わたしは自分の右腕を抱えた。

「アーチャー」

 眠いのに、長引かせないでほしい。

 そんな気持ちをこめてにっこりとわたしは笑顔を浮かべて断言した。

「ゴチャゴチャ言わないの。令呪で無理矢理いうこと効かせられるのと、自主的に掃除するの、どっちがいい?」

 ややあってから、アーチャーは凄く悔しそうな声で「了解した。地獄に落ちろ、マスター」なんて言葉を吐いて、わたしが投げたホウキとチリトリを受け取った。

 全く素直じゃない。最初っからそうしていうこと聞いてたら、かわいいのに。

 

 

 

 side.アーチャー

 

 

 マスターの理不尽な命令をきいて、居間の片づけを始める。

 やりはじめるとつい、本気になって気づけば想像以上にぴかぴかにしてしまった。

 ついでに厨房に足を伸ばす。

 1人暮らしの洋館にしては中々手入れが行き届いていて、片付けもそれほど時間がかからずに終わるだろう。

 全く、召喚されて早々に空中に投げ出されるわ、あまりに年の若いマスターだわで、最初はどうなることかと思ったが、これならなんとかやっていけそうか。

 と、思いつつも、先ほどの片付け命令を思い出してやはり前言撤回したくなった。

 ……本当、聖杯戦争のサーヴァントをなんだと思っているのだか。

 そう、聖杯戦争。

 遥か遠い日の映像が僅かに脳裏をよぎる。

 ずっと、願っていた。まっていた。その一縷の希望だけを頼りにオレは歩いてきた。

 霊体化して、屋根の上へと上がる。

 我がクラスは、アーチャー。スキルは千里眼。鷹の目で周囲を見回す。分析、分析。

 思考する。

 この状況、建物、時代、雰囲気。

 私は……私の望みを叶える機会を得たのだろうか。

 ザー、ザーと、ノイズが走る。

 私の望み……それはなんだったか。

 ザー、ザー。

 記憶は磨耗している。遠く遠く人ではありえない時の果てで、多くのものを失っている。

 そも、私とは誰だったか。

 ザー、ザー。

 エ■ヤ■■ウ。名前は、何? ただ、目的は……そうだ、確か自分の排除だ。

 この時代に生を受けているだろう、■■■を私自身の手で殺めることによって、自身の座を消滅させる……そう、それが目的、だった、はずだろう。

 曖昧。記憶の混乱。すべてはクリアにならない。

 イレギュラーな召喚だから、というだけではない、座にある私本体の記憶自体が磨耗している、その代償だ。

 自分がかつて■■■だった時の記憶などほとんど残っていない。

 其れを消す機会を本当に得たのか、得たのなら慎重に行動しないといけない。

 たとえ、記憶があやふやでも、自分がこの時間軸から見た未来からきた存在だってことくらい理解している。

 この砂霞のような混乱がたとえ晴れたとしても、たとえそうなっても、わたしはマスターに自分の名を告げることもないだろう。

 マスター、あの少女。私が目的を遂げるまでは、それでもあの少女を守る騎士の真似事でもしようと、そんなことを思い空を見上げた。

 

 その願い続けた一縷の希望が、思わぬ形で否定されるなど、今の私が知りおうはずもなく、ただ月だけが街を照らしていた。

 

 

  NEXT?

 


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