新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
この話は初めて書いた4年前、1番書いててひゃっはー楽しかった回です。
いやあ、あのシーンやこのシーン書けて凄く満足した想い出。第四次編とか束の間の休息編とか前提が長すぎていつ書けるんだ、いつ書けるんだ、やったー、この時がとうとう来たぞ、ひゃっはー! って感じだった。
何度も言っている事だけど、第四次編は時系列の関係上先に発表したってだけで、第五次編が真っ先に出来た内容であり、第四次編は第五次編のための後付け伏線回ですからねえ。いやあ、今回のあれこれまで至ったときはそりゃもう感無量でした。
因みに次回予告漫画1ページ目のエミヤさんシーンは今回で回収です。


06.逃走、追撃戦

 

 

 

 シロねえが変なところでうっかりしている人なのは知っていた。

 昔っから、普段はしっかりしているように見えるのに、ちょっと焦るとうっかりミスを出してしまう事は一緒に暮らし始めて1年目には既にわかっていたことなんだ。

 だから、俺も尚更守れるくらい強くなろうと思うようになったんだし、シロねえは女の人だから、そういうちょっと抜けたところも可愛いんじゃないかなと思っていたわけなんだけど。

 だけど、シロねえ。

 いくらなんでも今うっかり癖を発揮することはないだろ?

 

 

 

 

 

  逃走、追撃戦

 

 

 

 side.エミヤ

 

 

 切嗣(じいさん)の運転する洋車(メルセデス)に騎乗し、イリヤや士郎の通う学び舎……生前は私も通った穂群原学園へと乗り込むと、場は既に異様な空気に包まれていた。

(ちっ。遅かったか)

 そのまま、爺さんの車から飛び降りると、士郎の行動パターンや気配などを追って駆け出してみれば、窓からランサーに追い詰められようとしている士郎が見えた。

(あの馬鹿!!)

 幸いにも、今の私の気配は礼装のお陰で人間並み、それにプラスして、気配を限界まで絶てば如何にサーヴァントといえどそう簡単に私の存在に気付けるものではない。

 ランサーはいつかも見た、余裕の態度で何事かを士郎に言いながら愛槍を向けている。人間相手ということで舐めきっているのがありありとわかった。

 気配を絶ったまま駆けながら、音を遮断するための結界をガラス限定で展開。窓ガラスを最小の動きで破り、2人が対峙している廊下へと転がり込み、即座に武器を投影、2人の間に割り込み、実力の一割すら出していないランサーが僅かな驚きで目を見開くのも無視して、そのまま、人の忠告も聞かずに殺されかけた馬鹿者へと怒鳴りつけた。

「この大たわけが!! 真っ直ぐ帰れと今まで再三言っていただろうが! 何をしている!? こんなところで殺されかけるなど、馬鹿か貴様は!?」

 すると、士郎は酷く狼狽した顔をして、「か、母さん」とかふざけたことをこんな時に言い出す。その発言にうっかり、ランサーのことも忘れてつい頭に血が昇って反射的に言葉を返した。

「こ、このたわけ、誰が貴様の母親かっ!? このような時に何を言い出すかと思えば、貴様のようなでかい子供など持った覚えないわ!!」

 すると、更に士郎はうろたえて、「ごめん。かあさ……じゃなくて、シロねえ。間違ってる! それ、包丁! 包丁だから! 夫婦剣じゃないからッ!」

「……っは!?」

 言われて気付いた。

 どうやら焦っていたあまり、夫婦剣ではなく包丁を投影していたらしい……って、おい!? 気付けよ、オレ! 寧ろなんで気付かなかったんだ、オレ! アブな過ぎるだろ……く、ランサーが人間相手だと思って手加減した攻撃を選んでいなかったら、包丁ごと今頃私は真っ二つだぞ。

 て、何つい赤面してんだ、私は。

 いや、それより先ほどから槍を向けたままとはいえ、ランサーがやたらと大人しいような、と思ってそこで漸く私は士郎のほうから、ランサーのほうへと視線を向けた。

 約10年ぶりに目にしたアイルランドの大英雄たる槍使い(ランサー)英霊(サーヴァント)は、にやにやと笑いながら私と士郎を見て「あん? もうお終いか?」なんてことを言っていた。

 ……うわ、このにやけ面凄くむかつく。

「まぁ、オマエらを見てんのも飽きないが、時間もねえことだしな。折角出てきてくれたアンタにゃあ悪いが、いっちょアンタの息子ともども死んでくれや」

「く、だから息子などではないといってる!」

 言いながら即座に包丁を投影破棄し、干将莫耶を投影。男の紅槍をガギリと、受け止めた。

 どう見ても遊んでいて、本気とは程遠い大英雄は、ひゅうと口笛を一つ。

「お、なんだ。アンタひょっとして、伝承保菌者(ゴッズ・ホルダー)か?」

 面白そうにくく、っと笑いながら、いう男に対し、はっと口元を吊り上げながら、「さて、どうかな」とわざと挑発的な目で男を見上げた。

「いいな、アンタ。面白くなりそうじゃねえか」

 言うと、男の気が先ほどより膨れ上がり、槍をつくスピードが先ほどよりも一段階レベルが上がる。

 それを男の動きを余さず見ながら、受け流し、応戦を始めると、はっと我に返ったような声で士郎が「シロねえ!」と叫んで私に近づこうとしているのがわかった。

(あの、馬鹿……!)

「何をやってる!! さっさと、逃げろ」

 苛立ち、ランサーの遊びの相手をしつつそう怒鳴りつけるも、士郎は「シロねえを置いていけるわけねえだろ!」なんて見当違いのことを言い出して、自己に埋没するための呪文を口にしようとしていた。

「ッ士郎!!」

 それを聞くより先に、ゴッっと、回し蹴りの要領で士郎を非常口目掛けて蹴り飛ばす。

 ガギリと槍を交えながら、ランサーは「おい、おい。あれじゃああのボウズ、死ぬんじゃないのか?」なんてことを楽しそうに口にしながら、やはりこれまた楽しそうな顔をして槍を振るまった。

「ふん。あれで死ぬほど軟弱に育てた覚えはない」

「やっぱ、母親なんじゃねーか」

「違うといっている! しつこいぞ、ランサー!」

「ランサー……なぁ?」

 その私の言葉にくくっと、低い声で笑いながら、ランサーは目を細めて、「でだ。それがわかるアンタはやっぱ俺の敵(まじゅつし)ってわけだ」とそんなことを至極楽しそうな声で言った。

「現代の魔術師なんて大したことねえと思ってたが、アンタは大分楽しめそうだ、な!」

「ッ」

 グン、と槍の速度が速まる。軌道を読む。戦術理論を展開する。

 右下からの心臓を狙った一撃、それを干将で受け流し、体を下に落として、男の視界から逃れ、受身をとったまま口内で呪文を唱えつつ、非常口の方面に向かって身体を転がした。

 干将は男の一撃の前に弾き飛ばされ、右頬から血が飛び散る。

 そのまま、気にすることなく、男に弾き飛ばされた干将を些か大げさに爆破させた。

「ッ」

 驚いたように跳ねる人外(ランサー)の気配がしたが、相手は最速の英霊。奴は本気を出していないとはいえ、あれを相手に余裕などない。躊躇なく、飛んで外へと転がり出た。

 あれで終わるような輩とは最初から思ってはいない。だが……。

(悪いな、ランサー)

 私はもう、10年前のようにはいかないのだよ。

 

 

 

 side.衛宮士郎

 

 

「がはっ……ッゥく」

 シロねえに思いっきり蹴り飛ばされた腹を押さえて立ち上がる。

 幸いというべきなのか、蹴り飛ばされた地点から非常口までの距離は大体20メートルくらいしか離れていなかったけど、ドアごと撃ち抜くようにして蹴り上げられた身としては、たまったもんじゃない。

 あの時、名前を呼ばれて、これまでの修行の経験から来るだろうと瞬間的に予測して強化魔術をかけていなかったら、きっと内臓ぶちまけてたぞ、なんてことを痛む腹を押さえながら思う。

(それだけ、シロねえに余裕がないってことだったんだろうけど)

 次いで、あの赤い男と打ち合っていた時の青い男の姿を思い出して、ぶるりと震えが一つ走った。

 あれは、とても人間に敵う相手じゃない。上位存在だ。それをシロねえがわからない筈がない。

 なのに、俺を逃がすため残った。

 本当は助けに今すぐ戻りたい気分だ。けど、それをしたらシロねえの心遣いを無駄にすることになる。

 立ち上がり、校庭のほうを見る。

 すると目前の見慣れた車が、クラクションを鳴らす。

「士郎!」

 親父だ。

 意図を察して走ってメルセデス・ベンツ300SLクーペに乗り込んだ。そのまま、親父は車をUターンを始める。

「待てよ、シロねえがまだ」

「シロなら心配ないよ。今来るから」

 親父の宣言どおり、爆音が一つした直後にシロねえが校舎の外へと転がり出て、そのまま発進し始めるベンツに向かって飛び乗り、俺の横の席へと転がり込んだ。

切嗣(じいさん)、相手はランサーだ。作戦はスペシャルメニューで頼む」

 は? スペシャルメニュー? え、一体なんのことだよ。

「うん、OK」

「おい、シロね、どういうこ……!?」

 ぐん、急に車の速度が加速。ついで、シロねえがのっている右側の扉が自動で開き、ガチャリという音と同時になんらかの結界が展開された。

「なん……!?」

「やはり、来るか」

 見れば、青い弾丸……ではない。先ほどの紅い槍をもった青い男が、人間ならざるスピードでもって駆け、追いかけてきていた。

「士郎、弾薬の補充を頼む」

「え? うわ、え? え?」

 がちゃりと、車内に積んであったトランクからおもむろに銃と弾薬を渡される。

 って、え? なんでこんな物騒なものが積んであるんだよ! なんて俺の心の叫びも空しく、シロねえはその中から、小型拳銃……ドイツのワルサー社から発売されている、かのヒトラーも愛銃として使用していたというシリーズの戦後モデル、ワルサーPPK/Sブラックモデル(装弾数8発)を手にして、躊躇なく……なんか走って車に追いつこうとしている、あの膨大な魔力を纏った青い男目掛けて打ち込んだ。

 ガンガンガンガンと轟音がして、薬莢が弾数分はじき出される。ああ、ルパンも真っ青の早撃ちだなあ……って、そんなこと言ってる場合じゃない!?

 シロねえ、何考えてんだ!? いくら、相手が人間じゃないだろうからって、ここ街中だぞ! でも、シロねえは全く気にした風でもなく、「ちっ、矢避けの加護とは厄介な」なんてことを言いながら、次の銃を催促してきた。

(ああ、もう、なるようになれ!)

 やけくその気分になって、次はピエトロ・ベレッタM92を手渡す。9mmパラベラム弾の雨があの男を襲っているのだろうが、そんなもの確認していられるわけがない。だが、シロねえが攻撃の手を緩めていないことを考えたらおそらくはあの男はいまだに追いかけ続けてきているのだろう。

 その時、運転に専念していた親父は、「撒くよ」と発言。

 え? っと思う間もなく、揺れる車内に舌を噛みそうになって、慌てて受身を取って、シートベルトにしがみつく。

 ギャギャギャーンなんて、普通鳴らねえだろうって轟音を立てて、車の速度は加速、複雑な道をスピードを落とさずに駆け抜ける。

 その様子は、こいつの運転する車には二度と乗りたくねえと10人中10人に言わしめるような運転で、そんな中で、シロねえといえば……なんか弾を補充した新しい銃を手に、やっぱりアイツ相手に銃ぶっ放してました……てえええ!? ちょっと、まて!? シロねえ、流石にそれはおかしいだろ!?

 あと、おかしいといえば、さっきから通行人というか、対抗車がほとんど見かけなくて、見かけてもこの車を避けるように運転しているような、寧ろ銃撃ってるのに、誰も気付いていないかのような……ちょ、何したんだ? 最初のあれ? 最初のあれなのか!?

 つか、なんで爺さんもシロねえもこの状況に平然と対応しているんだよ。おかしいのは、俺なのか。そうなのか!?

(もうやだ、この人外魔境)

 あ、涙出そうだ。

 

 

 

 side.遠坂凛

 

 

「何よ……これ」

 ぎり、と唇を噛んで、惨状を見下ろす。

 校舎の裏口で、爆破跡をにらみつけながらそんな言葉が思わずこぼれ出た。

 

 あの時、ランサーとアーチャーの戦いを見ていたらしい何者かは校舎に向かって駆け出した。それを追ったランサーをわたしとアーチャーも追い駆けた。

 先行させたアーチャーに念話で、『第三者が現れた』と聞き、指針を変更。様子を見守らせることにした。

 そして、爆発。

 漸く追いついたわたしが、何があったのかとアーチャーに訪ねると、曰く、第三者が自分の投げた武器を爆破させたのだという。

「鉄甲作用とも違うみたいだけど……」

 魔力の残照から、推測。

 これは、近代兵器がおこしたものではなく、間違いなく魔術師(わたしたち)側の技の一抹。でも、この爆破は火属性の魔術とは違う。自身の属性が五大元素なんだ、それはわかる。だからこそわからない。

(一体、何を爆破させたってのよ)

 これを起こしただろう人間の顔を思い浮かべて、苛立ちを覚える。

「凛、ランサーはもう此処にはいない。目撃者と第三者は車にのって逃走したようだ。それを追ったらしい」

 淡々と私の従者(サーヴァント)は、アイツを思わせる顔をして、腕を組んで涼しげにそんな言葉を吐く。

「さて、どうする」

 試すような声。それに苛立ちを感じて「いいわ」とそんな言葉で切った。

「第三者が誰なのか検討はついている。今日はもう撤退よ、アーチャー。どうやらわたし、やることが出来たみたいだから」

 

 

 

 side.衛宮士郎

 

 

 結局、あの青い男はいまだ追い払えていない。それに、隣から苛立ちの声が漏れる。

「ちっ、埒が明かん」

 言うと、シロねえは銃器を座席の下に落として、ごそごそと後ろに積んであるもう一つのでかいトランクを漁った。

 何をしようとしているのか、とたずねたい気持ちはあるが、暴れ馬と化したメルセデスを前にはそんな余裕はない。ないが、シロねえが取り出したものを見て、つい「え?」と声を出して、車の衝撃に舌を噛んだ。

 そう、シロねえが取り出したもの、それはヴァアリアントM202A1ロケットランチャー……って、なんでさーーーー!? そんなの、なんで家の車に積んであるんだよ!? って、え? ちょっとまて、ロケットランチャー!? そっりゃあないだろ!

 って、シロねえ何ひょいと背負って車の上に向かってんだよ、ああ……ロケットランチャーを撃つには車内じゃ手狭だもんなあ……うんうん。じゃねえ! 

 ちょっとまて! M202ロケットランチャーって重量12kgだぞ!? 12kg! しかも、こんだけ揺れている車の上にひょいって、ひょいって! もう、本当にシロねえ、アンタ何者だ!?

 ガチャリ、とセットする音が響く。

(本気でこの街中でそんなものぶっ放す気なのかーーー!?)

 そんな俺の心の声も空しく、それはゴゥっと耳も劈く轟音と共に放たれた。

 ……ところで、M202ロケットランチャーといえば、4連弾可能な4連発式ロケットランチャーである。

 当然、聞こえた発射数は4発。

 ……唖然となっても俺に罪はない筈だ。

 ひょいと車内に戻ってきたシロねえは妙に清々しい顔をして、「ふ……つまらぬものを撃ってしまった」と何かのパロディらしき台詞を呟いた。笑顔が無駄に輝いている。

 気付けば爺さんの運転が元通りになっていたので、口を開く。

「シ、シロねえ、アンタ、何考えてんだ!! 周囲に被害とか出たら」

「心配せずとも、あれを標的にしている以上周囲に被害など出ん。人除けの結界も張っているしな」

 きっぱりとした言葉だった。

 いや、まあシロねえが的をはずすとは思えないけど……ってそうじゃなくて。

「いや、じゃなくて、そうだ、ロケットランチャーって、何考えてんだよ! そこまでして……」

「そこまでしてもあれは仕留められんさ。何せ、あれは神秘の塊だ。近代兵器などでは傷一つつかんからな。まあ、全く効かんのでは話にならんから多少の魔力を通してはいるが、奴にとっては小石に当たったようなものだろう」

 言うシロねえの顔は真剣だった。

「私がやったのはただの足止めだ」

 それで話はもう終わりとばかりに、今度はシロねえは親父に向き合い、そのすぐ傍にある無線を耳にかける。

「すまなかった。害虫退治に手間取ってな。遅くなったが報告の続きをしてくれ。もしかしたら、君のもつ情報がチェックメイトに繋がるかもしれんのでな」

 

 

 

 side.ランサー

 

 

「おいおい、危ねぇ姉ちゃんだな、ええ?」

 追いかけている相手のあまりにも躊躇のない攻撃を前に、つい口元を吊り上げながらそんな言葉を漏らす。

 基本が霊体であるサーヴァントだから、現代兵器なんぞじゃあ傷つきゃあしないが、それにしても、ここまで容赦ない相手となると、つい嬉しくなって口を綻ばせちまう。

 歓喜に手が震える。

(つまんねえ仕事だと思ったが、こりゃあ中々どうして)

 先ほど見た褐色白髪の女の顔を思い浮かべた。

 学校で興味本位で声をかけたマスターが従えていた弓兵(アーチャー)のサーヴァントと、同じ武器をどこかからか取り出した女。あの気にくわねえ野郎と同じ戦法をとり、同じ武器をもち、同じく白髪と鋼の瞳に褐色の肌という異彩を放つ組み合わせの身体的特徴をもつ女。

(子孫ってとこなんだろうな。にしても、伝承保菌者(ゴッズ・ホルダー)か)

 最初のマスター、バゼットがソレだった。

 先祖代々名と宝具を受け継ぎ、生身で宝具を扱う異端の魔術師。

 英霊に連なる血を脈々と引き継ぐ女。

(面白くなってきたじゃねえか)

 あの男(アーチャー)は気に食わねえが、如何に同じ武装と戦い方であろうと、女……それも相手が人間だっていうんなら話はまた別だ。

 こんな現代にも、バゼットの他にもあんな女戦士がいたとは、これでワクワクせずにいられるか。

(さあ、次はアンタは何を見せてくれるってんだ!?)

 

 

 

 side.衛宮士郎

 

 

 車は坂の上へと駆け上がる。

 自宅はもう目の前、そこに至って、シロねえは「士郎」と俺の名を呼び、俺の身体を抱えてとんだ。

 メルセデスはスピンし、派手に回転して止まる。

 それの顛末を見届ける前に、シロねえは「土蔵へいけ! そこでイリヤが待っている」と切羽詰った声でいいながら、その手に黒い弓を握り、暗闇に解けるように木の陰の中へと身を潜ませた。

「……あとで、全部話してもらうからな」

 いいながら、土蔵に向かって走る。

「士郎!」

 イリヤは心配そうな泣きそうな顔をして、顔面蒼白のまま俺の手を握って、土蔵の中へと引っ張り込んだ。

 それから、俺の左手に気付いてぎょっとし、ぎゅっとその手を握って目をつぶった。

「イリヤ」

「士郎、ごめんね。本当は士郎を巻き込みたくなんてなかったの。でも、士郎が選ばれたから、わたしにはもう無理みたい」

「イリヤ……何が起きているか知らないけど、俺なら大丈夫だぞ。イリヤに巻き込まれても嫌なんかじゃない」

 そう、元気づけようと口にすると、イリヤは「だから、嫌だったのよ」とそう零した。

 瞬間、館に侵入者を告げる警報が鳴り響く。

「士郎、よく聞いて。今から士郎にはある儀式を行ってもらう。もう一刻の猶予もない。だから、今からお姉ちゃんが言うこと、一言一句間違わず後に続けて」

「ああ、わかった。それが、外にいるシロねえたちの助けにもなることなんだな?」

 それにイリヤは、こくりと頷いた。

 

 外の音が激しい。

 でもそれが気にならないほど、自分の集中力が高まっているのがわかる。

「……告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うのならば応えよ」

 イリヤの手を握る。そこから行おうとしていることが伝わってくるようだ。

 儀式のはじめに血を採るために傷つけた左手の小指が熱い。

「誓いを此処に、我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三天の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」

 カッと、魔方陣が光を放った。

 まぶしくて目が開けていられない。何が起きた。何が起きている。全て遠い。

 そんな中、少女の声が厳かに明瞭に響く。

 

「サーヴァント、セイバー。召喚に従い参上した。問おう……貴方が私のマスターか?」

 

 視界が戻って真っ先に見たもの、それは一人の少女騎士の姿。

 金紗の髪を結い上げ、青と銀の静謐な鎧を身に纏い、青白い月光に照らされた凛とした瞳の、人とも思えぬ美しい少女。

 それは酷く神聖で、侵し難いほど清廉で、なのに何故か、そのどこか哀しみを背負ったその瞳が、あの大災害の日、始めて出会った時のシロねえの印象に酷く被って見えた。

 

 これが俺のマスターになった日。

 

 

  NEXT? 

 

 


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