新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
前回は兄貴への心配コメと幸運Eじゃない兄貴なんてそんな馬鹿なコメ一色過ぎることに吹きました。兄貴ェw

だが、残念! 本作の兄貴は「幸運D」ですが、それ以上にエミヤさんが「幸運E」なのだった! つまり……そういうこと。
あと兄貴といえば、処女100人切り伝説とか色々そっち方面の伝承もおさかんだよな、とか言ってみる。


09.危機一髪

 

 

 

 愛しています。

 確かに私は愛していました。

 その不器用な在り方も、直向さも、私を女性扱いして遠ざけるところも、時には腹が立ったけれど、それでも確かに私はそんな貴方に惹かれていたのです。

 それを告げたことはないけれど。

 今はもう遅い。

 何を言っても言い訳だ。

 そんなこと自分で言われずともわかっている。

 愛しているなんて、言う資格など私にはどこにもない。

 己が欲望のために貴方を裏切った私には。

 でも、貴方を手にかけてまで求めたそれが、何の意味もなく、何も私に成さないのならば、一体何の為に私はここにいるのだろうか。

 何の為に貴方を斬り捨てたのだろうか。

 シロウ……私の鞘……私にはわからないのです。

 

 

 

 

 

  危機一髪

 

 

 

 side.セイバー

 

 

「本当……なんですね」

 黒く窶れた顔の男の部屋で、その部屋の主である男、衛宮切嗣の過去の一部を見た私は、そんな言葉をぽつりと漏らした。

 それに、男は「ああ……僕の記憶が改竄だと疑うのなら、僕の体も調べるかい? この身体は聖杯の泥に汚染されているからね。生きた実例みたいなものさ」と、そんな言葉をいいながら、1時間ほど前に風呂に入った時に着た着物のあわせを左右にずらして肌を晒した。

 かつての主だった筈の男のその身体は、かつての魔術師殺しと呼ばれていた頃が嘘だったかのようにやつれ衰え、まるで重い病魔に冒されているような有様だった。

 ケホ、と男が咳を漏らす。

「キリツグ……?」

 その手に赤い血が僅かついているのを、見逃すことはなかった。

「……」

 ばつの悪そうな顔をして、切嗣は自分の頭をぐしゃりとかき抱く。それから、「そういえば気になっていたんだけど」と、そんな前置きをして、意外な言葉を言った。

「もしかして、君は僕の事をやっぱり知っていたりするのかい?」

「……何を」

 知っているもなのも、この時間軸から見たところの10年前、この地で行われた第四次聖杯戦争で私のマスターだった相手とは貴方ではないか。

 とそんな疑心を浮かべながら見やると、男は「やっぱり、そういうことか。いや、でも……こういうこともあるのか」なんてぶつぶつといいながら、はぁとため息を一つついて言った。

「最初に断っておくけど」

 けほ、とまた咳をして男は言う。

「『僕』は君とは今日が初対面だ」

「……は?」

 何を言っているんだ、馬鹿なという気持ちが湧き出る一方、その言葉に妙に納得する自分がいた。

 何故なら……ここは、この世界はあまりに自分が知っているソレとかけ離れている。

「10年前、僕が呼び出したサーヴァントは君じゃなかった。君と、『君の知っている僕』にどんな確執があったのかは知らないけど、ここにいる僕には関係がない。そういうのは悪いけど、持ち込まないでくれ」

 なるほど、確かに私を呼び出した記憶がないというのならば、平行世界の自分と一緒にされるのは迷惑なのだろう、とかつての魔術師顧問マーリン伝で知っている魔術知識を自分の頭の中ですり合わせつつ思う一方、その言葉に疑問を浮かべる。

「キリツグ……何故、私が10年前に『貴方』に呼び出された記憶があるとわかったのです」

「僕も君を本来なら呼び出す筈だったからだよ」

 なんてことを淡々といいながら、男は崩れた着物を付け直していく。

 その言葉の裏には、まだ何か潜んでいるように見えたが、これ以上男が言うつもりはないのだと、その態度からは容易に見て取れた。

「いいでしょう。……今はそういうことにしておきます」

 そう、口にして踵をかえす。

 切嗣のことだけではない。ここに、召喚されてから疑問ばかりが積みあがっていく。

 たとえば……私が霊体化出来ぬサーヴァントであることを知っているかのようなこの家の者の態度。

 衛宮切嗣の次女として、この家に住んでいるイリヤスフィール。……それにしても、アイリスフィールと切嗣の娘がまさか、『イリヤスフィール』という名だったとは驚いたが、前回の第五次のマスターだったアインツベルンのマスターとは同名の別人だったのか……それとも同一の個体だったのか。その辺りは情報が少なすぎてよくわからない。

 そして……トドメとして、あの時バーサーカーの相手を一手に引き受けて、散っていった遠坂凛のサーヴァントと似通った面差しと色彩を持つ、シロウたちの姉を名乗るアーチェというイレギュラー。

 彼女に関してはイリヤスフィール以上に、私が見知らぬ存在だ。

 そして、現マスター……シロウ……彼にも違和感が付きまとう。

 確かに彼は衛宮士郎なのだろうけれど、なにか彼は、根本的に私の『シロウ』とは異なるような……。

「疑問は、やはり一つずつ解消していくべきでしょうか」

 ふう、とため息をついて己の格好を見やった。

 霊体化出来ないことを知っていたかのように風呂を勧められ、その間に私用の着替えにと渡されたイリヤスフィールが3年ほど前に着ていたという衣装。

 それは、前の召喚の時着ていた白いシャツに青いスカート姿とはやはり違うもの。

 ……あれはリンにもらったものだ。あの時は、この日の時点で遠坂凛という少女に会っていた。そのリンにもらった服を身に着けた私を似合っていると褒めてくれたシロウ、ちくりと胸が痛んだ。

(私は、愚かだ……)

 こんなことで傷つく資格などとうにないというのに。

 

 

 

 side.エミヤ

 

 

 どさり、と目の前の青い男に押し倒された体勢で、私は混乱の極みに落とされていた。

(何故、こうなった……!?)

 ちょっとまて、相手、ランサーだぞ、あのランサー!

 あのクランの猛犬クー・フーリン!

 なんで、ランサーが私を押し倒す!? いや、寧ろランサーだからなのか、っていや、だからなんでどうしてこうなるんだ!

 そんな私の心の内などお構いなしに、件の半神たる青き槍兵は、それはもう男臭い笑みを口元に浮かべて、私の上に馬乗りに乗ったまま、「全く、天然だかしらねえが、(おとこ)相手に無警戒なアンタが悪いんだからな? 男と二人っきりで部屋で会うって意味、アンタ親に教わらなかったのか?」なんてことを言いながら、右手で私の髪をすくってわざとらしく見せ付けるように口付けてきた。

 うわ、やめろ! 気色悪いだろうが、と思いつつもパニックが過ぎたのか上手く言葉が出ず、小さな悲鳴じみた声が漏れて、ひたすら目の前の男の行為にフリーズする。

「それとも、やっぱりアンタ俺を誘っていたのか? はは、そりゃ悪かったな。気付くのが遅れた」

 何せアンタ鈍そうだったからよ、なんていいながら男は私の胸にその戦士特有の硬い手を這わせる。

 それに、びくりと生理的に湧き上がる感覚を前に反応を返して、それから漸く我に返って、「や、やめんか、このたわけがっ」と口にして、私の胸にある手を払いのけた。

 そんなに力を入れてなかったらしいそれ自体を払いのけるのは難しくなかったが、払いのけられた男は気にした様子もなく、そのままがっちりと空いている左手で私の右腕手首を掴む。

(くそ、この馬鹿力めっ!)

 元々英霊であった頃から、この男は私よりも細身だったくせに半神故なのか筋力はB、私はDと力に開きがあった。それがこうして弱体化して受肉した今では、かつて男同士であった頃でさえ存在していた筋力の差は更に開いているときている。

 おまけに、先ほどのルールブレイカーの投影に真名開放と連続で魔力を大量消費したこともあって、状況の悪いことに抵抗する力は殆どなかった。

 じたばたと足も動かすが、男の足腰がガッチリとホールドしていて殆ど意味はなさなかった。

「おいおい、抵抗すんなよ。優しくしてやろうと思ってんだから、よ」

 そんな私の抵抗を前に、半分面倒くさそうに、半分困ったような顔を浮かべてそんなことを言い出す青い猛犬。

 空気を読めよといわんばかりに、まるで聞き分けのないのない子供を諭すような口調なのが凄く腹立たしくムカツク。いや、空気を読むのはそっちのほうだろうが、この色ボケ駄犬全身蒼タイツ男が!

「……! ランサー、貴様、何をする気だ、何をっ!」

「あん? そんなの言われなくてもわかってんだろ? 男が女を押し倒す時は抱く時だって相場は決まってんだろうが」

(そんなの、わかりたくないわ! この大たわけがーーー!!!)

 思わず、心中で叫ぶ。

 いや、オレも元男だから、その理屈だけはわかる、わかるが、この場面でその答えは聞きたくなかった!

 ランサーが私を「抱く」だと? いや本当何故こうなった!!

 いくら女の姿になってもう10年になるからって、それでも、私は本来男なのだぞ! それがランサーと男女の仲になると? 悪夢だ、悪夢としか思えない。くそ、何の冗談なんだ、何故こうなった!

 生前の邂逅も合わせて、ランサーと出会うのはこれで3度目。かつて一度自分を殺した相手だとはわかっていた。それでも、その正英霊としての在り方に憧れめいたものを覚えたことがないといったら嘘になる。

 クー・フーリン。それはアイルランドの大英雄の名だ。

 守護者という名の、ただの薄汚れた掃除屋たるこの身とは違う、本物の英雄。

 前回の召喚の時は、この男と互角に戦えれたことに震えた。

 かつては何の抵抗も出来ずただ殺されるしかなかった存在相手に、自分は並べる力をもったのだと思って嬉しかった。一歩間違えればどちらかの命を失う極限で、しのぎを削りあうのが楽しくて内心昂揚を覚えていたものだ。ランサーは私を嫌っていただろうが、その英雄らしい姿は密かな憧れで、私は決して嫌いではなかった。

 もっとも、その事を告げるつもりもなかったが。

 少年時代に抱いた英雄達への憧れと、それに肩を並べて戦える喜び。

 そして少しの正英霊である彼らへの妬みと軽い嫉妬。

 私の言動に一々つっかかってくるランサーを見ていると少しすっとしたりもした。本来肩を並べることすら烏滸がましい雲の上の存在であることはわかっていたが、どちらもサーヴァントという殻におさめられている今だけでも、この男に好敵手として見られたのならそれは私にとっては嬉しいことだった。

 私にとってランサーとは本来そういう存在だ。

 光の御子、世界の掃除屋たるこの身とは真逆に位置する英霊。それでも、聖杯戦争でサーヴァントとして呼ばれている間は、同格だと、敵足りえるものだと、そんな風に私は君に見てもらいたかった。

 しかし、それはもう過ぎたこと。

 女に変質し、受肉し、弱体化した私が、君が知っている遠坂凛のサーヴァント(アーチャー)と同一人物であることは、かつて憧れそれでも好敵手たる事を望んでいた男相手だからこそ知られたくなかった。

 この男の中の本当の私(アーチャー)は今回召喚された弓兵だけでいい。

 私が、あれと同一存在などと気付いてくれるなと、そう思っている。

 それはちっぽけなプライドだ。

 矜持など路傍に捨ててきた私がもつちっぽけな男としてのプライドだ。

 かつてランサーと対等に渡り合うことが出来た記憶をもつ、私だからこそのなけなしのプライド。

 教会前のあの戦いでランサーの全力相手に応える事が出来たと、あの戦いを大事に思うからこそ抱くプライド。もう、この変質してしまった私は君と対等に渡り合うことは出来ないのだから、せめて、その記憶だけでも大事にしておきたかった。女になったなどとそんな醜態で数少ない想い出まで穢したくなかった。

 だから、私を女だと信じて疑わない君の態度にはありがたい面も確かにあった……あったが……だからといって、大人しく抱かれてたまるか!!

(冗談ではないぞ! 10年間守り続けたものを、こんなところで易々奪われてたまるかっ!)

 大体、女に変質したといっても、心まで女になったわけではないし、男と寝ることなんてそうそう受け入れられるわけがないだろう。相手がランサーなら尚更だ。

 好きか嫌いかの二択でいったら私はランサーのことは内心好ましく思っているが、その好きの意味は男としての憧れやライバル心とかそういうのであって、間違っても色恋沙汰とは完全な別物だし、そもそも私はゲイではないし、それに男と肉体関係を結ぶなど想像するだけでも精神衛生上よろしくないし、そのくせ10年の女生活で時々肉体の影響を受けた反応を返す事に気付いている以上、何かの間違いでも男と体を繋ぐなどそんな行為認められるわけがない。

 そんな経験を得たら、自分がその後どうなるのかなど考えるだけでも恐ろしいし、大体今にも命を失いそうな誰かを救うためとかそういう理由があるわけでもないのに、やっぱり男と寝たりなんか出来るわけがないだろ!

 というか、そんな経験はいらない! これからもいらない! これ以上精神の女化が進んでたまるか!!

 って、ランサー、人がそんなことを思っている間もどこに触っている、貴様は!

 だからといってやめさせようと抵抗してもびくともしないし、この馬鹿力の駄犬、発情期犬めが!! いい加減にしないと、泣くぞ! っていうか、泣きたい! トオサカ、タスケテ。今ならアカイアクマに魂売ってもいい!

 って、ぎゃああ耳舐めるな! 畜生、ええい、何故私はこの男を助けようとなどと思ってしまったのだ!

「……ぅぁ、っん」

 びくんと、服越しにへそのあたりを繊細な動きで触られて、ついそんな声が反射的に漏れた。

 ……って、なんて声漏らしてんだ、オレは!! うわあ、自分の反応に鳥肌出そうだ!

 くそ、思ったとおりランサーの奴め、調子にのった顔しやがって。だが、それより、何故これで、ぞくぞくしたものが背筋をかけ上ってくるんだ。くそ、この裏切り者の体めっ。妙な反応を返すな、くそ、くそ、くそ。

 調子にのったランサーは思ったとおり、私の右手首を相変わらず左手でがっちりと掴んだまま、右手だけで器用にぷちぷちと私の着ているシャツのボタンをはずし始めた。

「や、やめろ、ランサー!」

 

 空いている左手で必死に男の肩を押すが、びくともしない。

 ぷるりと、ブラジャーに包まれた私の胸がさらけ出される。それを見ながら、私の抵抗などお構いなしに事を進めていた男は「あー、男を誘う時は、もうちょっとこう、色気のある下着を選んだほうがいいと思うぜ? 現代(いま)は総レースの下着とかあるんだろ? どうだ、どうせなら次はそういうのが見たいんだが」なんて、能天気なことを真面目な顔で言い出した。

 おい、つまりなんだ、貴様は次があると、そう思っているのか?

「こ、こ、この大たわけ者がっ!!」

 つい、怒りで顔を真っ赤に染める。

 大体私がいつ男を誘ったというのだ!! 全く身に覚えがないわ、この欲情魔神の発情期狗が! 勝手な解釈でなんてことを言い出してんだ、貴様は! 大体、なんだ? 次はって! 次があるつもりでいるのか、この男の頭の中は一体どうなってるんだ!?

 けど、怒鳴ろうとした口は即座につぐむ羽目になった。

 ランサーの右手がブラジャーごしに私の胸に手をかけたからだ。

「ッ……」

(本気なのか? 本気でこの男、私を抱くつもりなのか……!?)

 いや、宣言した以上本気なのだろうが、こっちとしては信じたくなかった。いや、もういろんな意味で。

 というか既にいっぱいいっぱいだ。

「まあ、これもこれで悪くはねえな。どちらにせよ、俺の時代にゃあなかったもんだ」

 言いながら男は、ブラジャーをたくし上げ、その胸の谷間へと顔を埋めた。

(……ぁ)

 びくりと、今までに感じたことのない種類の恐怖がそれでこみ上げる。

 抱かれる。このままでは自分は本当にこの男に抱かれてしまう。悟った瞬間、何かが決壊した。

「……おい? アーチェ」

 ぎょっとしたような男の声が耳に届いて、戸惑ったような目の前の男の秀麗な顔立ちが妙に霞んで見えている気がした。

 

 

 

 side.アーチャー

 

 

 学校でのランサーとの戦闘の後、遠坂の屋敷に帰ってきた遠坂凛(マスター)は「お風呂に入ってくるわ、アーチャーは外の見張りお願いね」とそういって、不機嫌そうな顔のまま真っ先に風呂に向かった。

 それから食事を取り、「ちょっと仮眠をとるから、2時前になったら(まりょくのピーク)に起こして」とそんな言葉をかけて寝室へと向かった。

「ふむ」

 その眠る直前にマスターから頼まれた仕事であるその物を見ながら、私はさまざまなことを思考する。

 手の中にあるのは翡翠で出来た宝石の鳥。

 これを1時ごろになったら放っておいてくれとのことだったが、これが凛が言っていた「やることが出来た」に繋がることなのか? と思いつつ、まじまじと鳥を見た。

 宝石で出来た使い魔は自分の役目がくるのをじっとまっている。

(全く、妙なことになったものだ)

 此度の聖杯戦争は、間違いなく私の過去の記憶……生前参加した第五次聖杯戦争とは食い違っている。

 その原因は何か……。

(やはり、あの女なのだろうか)

 大橋で、自分に「やはり来たか」とそう告げた女。学校でも出会った女。

 確信はないが、正体に検討はついた。

(ならば、やはり確かめるか)

 そも、あれが……■■■ならば、それはそれで疑問が多いのだ。

 思いつつ、召喚された当日に修理した遠坂家の居間にかけられた時計に目をやる。

 今の時刻は12時を少しばかり過ぎたところ、何をするにせよ、待機を告げられている今は暇をもてあましている。暇をもてあますと碌なことを考えない。

 全く難儀なものだと思いながら、死後に慣れた皮肉の仮面を被って笑った。

 

 

 

 side.ランサー

 

 

 据え膳食わぬは男の恥。気に入れば女を抱くという行為は俺にとっては今更な当たり前のことで、そうやって今回もまあ、いつもどおりっちゃあいつもどおりに事を運んでいたんだが……。

(こりゃあ、参った)

 女は、放心したようにぼろりと涙をこぼしていた。

 本人は自分が泣いているってことに気付いているのか気付いていないのか、この様子じゃあもしかしたら自分が泣いているなんて自覚がないのかもしれねえ。それくらいに静かに涙をこぼしていた。

 俺は別に悪くないと思うんだが、なんつうか、妙に人の罪悪感を刺激する顔だ。

(これじゃあ、俺が強姦してるみてえじゃねえか)

 確かに気に入りゃ抱くのは当たり前だが、そういうのは趣味じゃない。

 いやよいやよも好きのうちとはいうが、泣く子にゃ勝てん。

 というかまさか泣くとは思ってなかった、というべきか。

 だから、若干弱ったなぁと思いながら、「あー、アーチェー?」と名を呼びつつ、ひらひらと右手を彼女の目の前で振ってみせた。

 それに、アーチェはきっと睨みながら「なんだ」と低く吐き捨てるように言う。

「泣くな」

 女の涙には勝てねえ。

 そのままぺろりと、ほんのり塩辛い女の涙を舌で拭う。

 すると、それで自分が泣いていることに漸く気付いたらしい、「泣いてなどいない!」と顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。

 あーあ、素直じゃねえ。

 が、身体は正直だ、震えている。そんなこの女の強がりが可愛いなとそう思った。

 しかしまあ……この怯えようからして、処女だったのかもしれない。

 なら性急に事を進めたのは悪かったのかもな。大抵の女は破瓜を怖がるもんだ。ならこの態度も頷ける。

「そうか、泣いてないのか」

「ああ、そうだ! 貴様なんぞに、そんな醜態晒すわけがなかろう!」

 いや、現在進行形で晒しているから。

 強がって睨んでいても、涙目じゃ逆効果だから。

「そうか。じゃあ、続けるぜ」

 それに、女はびくりと背を揺らして、言葉に詰まった。

 でもわかっんねえなあ。

 何をそんなに強がってんだか。

 処女だってんなら、はじめてなので優しくしてくださいぐらい言えばいいのによ、とは思いつつも、俺はアーチェの奴の言葉や態度を都合の良い方向に解釈することにした。

 正直、ここまできて逃がすなんて勿体無いまねもする気はない。本人が違うっていってんなら俺が遠慮する由もないしな。

「待っ、ランサー! やめ、やめないかっ!!」

 抵抗なんて今更遅い。

 そうして俺は女のズボンに手をかけようとした時だった。

 バンと、殺気と共に勢いよく部屋の障子が開かれた。

 

 見れば、そこには怒気を纏わせた、つい数時間前に俺のマスターになった美麗な少女が拳をプルプル震わせながら、立っていた。

「よぅ、嬢ちゃん、どうした?」

「イ、イリヤッ」

 俺は、アーチェーの奴の上に身を乗り上げたまま、手を軽く上げてそう気軽に尋ねる。

 すると、件の少女、イリヤスフィールは「パスから妙な空気が流れ込んできていると思ってたら……」なんていいながら、沸々と怒りに顔を歪めながら、ぎっと美しい顔を歪めて、人を1人2人殺せそうなすさまじい目で睨んできた。

「ランサー!! 今すぐ、シロから離れなさい!」

 ぎっと指を立てて、ずかずかと近づいてくる白の少女。

 それを前に俺は「あー。いくら、マスターでもよ、それは聞けねえな。男と女の問題に口を挟むのは野暮ってもんだぜ?」と口にすると、少女は俺と主従契約する際に得た令呪を掲げて、「ランサー」と絶対零度の微笑みと声で次の言葉を言い切った。

「今すぐ自分の手で自分の息子をもがされたい?」

 その目は本気だった。

 ……元が霊体なので、多分もいでも復活出来ることは出来るだろうなとは思うが、男として想像したくもない光景だった。痛い、自分の手で男の象徴をもぎ落とすとか、想像するだけで尋常でなくいろんな意味で痛い。

 あれは本気だ。多分俺に殺されるとしても、俺が従わなかった場合実行するだろう、そんな目だ。

 だから、大人しく降参の白旗を振ることにした。

 そして、開放されたアーチェの奴といえば、真っ先にイリヤの元に向かい、「イ、イリヤ」と感極まったような声を漏らしながら、その自分より一回り近く華奢な少女の体に縋りついた。

 白の少女のほうも、ぎゅっと大人のような包容力でアーチェを抱きしめ、「シロ、ごめんね。もう、大丈夫だからね。お姉ちゃんが守ってあげるからね」なんていいながら、よしよしとその背をさすっていた。

 いやいや……。

(お姉ちゃん……?)

 どう見ても、アーチェの奴のほうが年上だと思っていたんだが、え? 実はああ見えて年下だったのか? と、疑問を抱えるままに姉妹の抱擁を見ていると、白い少女は紅色の眼できっと俺を見咎めた。その目は顕著に「さっさと出て行きなさい。でないと本気でもがせるわよ」と告げている。

 それを見て、大人しく退散することにした。触らぬなんとかに祟りなしっていうしな。

 

 ……あ、それとこれは余談だが、そんなことがあったっていうのに朝になったら、ちゃんと俺用の現代服が用意されていて、驚いたのはまた後の話だ。

 やっぱ、アーチェ(あいつ)って変なところで律儀な奴だな。

 

 

 

 side.エミヤ

 

 

 一時はどうなることかと思った一騒動も危機一髪乗り越え、終わってみれば、屋敷はもう静かだった。夜も深く月も青々と照っている。いつもはこの時間にまだ起きている士郎も、イリヤの説明によれば、聖杯戦争のことについて簡単な説明を受けてすぐに眠りについたとのことだった。

 ざぁ、と夜風にあたる。

 雲の隙間から青白い月が庭先をぼんやりと照らす。

 そう、こんな夜に、オレは地獄に堕ちてもなお忘れられぬあの幻想(そんざい)を召喚したのだ。

「こんばんは」

 今まさに考えていた主と同じ清涼な声が目前で放たれる。

 中学時代にイリヤが身につけていた服と同じ服に身を包んだ、金紗の髪の少女がそこに立っていた。

「セイバー……」

「良い夜ですね、シロ」

 そうして、碧い目を細めて、この騎士王の名をもつ少女も空を見上げる。

「ああ、そうだな」

 いいながら、ふと、ささやかに笑った。

 かつての日々は遠い。

 この少女と自分の関係も、自分自身もこんなに変質してしまった。

「私は、召喚されてから今より、ずっといろんな疑問を抱いていました。わからないことだらけだ」

 少女はそんな言葉を口にする。

「でも、一番の謎は貴女です」

 そして、嘘は許さぬとばかりに厳しい目で私を射抜いて「あなたは一体何者なんですか?」そう真っ直ぐに口にした。

 月が雲に隠れる。

 

 

  NEXT?

 

 

 


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