新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
今回の話はおそらく第五次聖杯戦争編で1番明るい話になっています。
士郎の反応があれなのに納得出来ない方は束の間の休息編の「03.授業参観」と「15.それぞれの日常 衛宮士郎編」読み直してくること推奨。
尚、前回があれだったのに食事中のセイバーがこうなのは、まず原作時点で彼女が「今日は断食で御座る」と原作士郎に言われて士郎を危うくタイガー道場送りに仕掛けた(要はその時点で士郎を半殺しにしちゃった)前科があったりするから、基本シリアスモードでも食事だけは別なんだという認識で宜しくです。
次回、バゼット登場……!? お楽しみに?


11.賑やかな日曜日

 

 

 

 切嗣さんが嘘つきだなんて、そんなこと前からわかっていたわよ。

 でもね、わたしは切嗣さんが大好きだから。

 みんなが大好きだから、その嘘に騙されていようと思ったんだ。

 ねえ、みんな帰って来るわよね?

 わたしのいる場所が帰って来る場所だって、そう思ってくれたらそうしたら嬉しいな。

 みんな、みんな。

 

 

 

 

 

  賑やかな日曜日

 

 

 

 side.ランサー

 

 

 まるで虎みてえな大咆哮を上げながら、その姉ちゃんは現れた。

「切嗣さぁーーーーん、会いたかったよぅ!!」

 耳に響くような大声でもって、この家の大黒柱を名乗る男の名を呼び、物凄い勢いでタックルみたいに、ニホンの伝統衣装とかいう、キモノを着た件の男……衛宮切嗣に抱きつく茶色い髪に虎柄のシャツと、翠のワンピースをきた幼顔の女。

 キリツグはそれを前にして、全く動じず、すげえ胡散臭い笑顔を浮かべて、「やぁ、大河ちゃん。心配かけたみたいだね。ごめんよ」なんて言って、まるで小さな子供にするみたいによしよしとその柔らかそうな丸い頭を撫でていた。

「う、う、う……本物の切嗣さんだー……。そうよ、本当に心配したんだから! 暫く家に来ないでくれってお祖父ちゃん通して連絡してきたって思ったら、今度は銃弾の薬莢回収に協力してくれってどういうこと!?」

「タイガ、落ち着きなさい。見っとも無いわよ。それについては後で説明するわ」

 と、白い嬢ちゃん……俺のマスターになったイリヤスフィールは、優雅にアーチェの淹れた茶を口にしながら、そんな言葉をタイガっていうらしい、姉ちゃんにかける。

 それに、涙目を見せる件の姉ちゃんは、くるりと、漸くまわりを見渡す余裕が出来たのか、俺とセイバーのほうを見て、「知らない人がいるー」なんていいながら、やっとキリツグとかいうオッサンから離れて立った。

 そこに、ひょこりと、布巾を手に抱えた赤い髪の坊主……シロウと、エプロンにお玉をもったアーチェが現れ、「まあ、詳しい話は食事の後でいいだろう。各自席についてくれ。もう出来るから」と言ってまた台所に戻っていった。

 じぃ~っと、茶色い髪の姉ちゃんが俺とセイバーを見ている。

 とりあえず俺はよっと、軽く挨拶代わりに手を挙げ、セイバーは「おはようございます」とぺこり、頭を下げた。

「そうね、お互い、名前くらいは先に交換しといていいんじゃない?」

 とはマスターの嬢ちゃん談だ。

 淡々とした声でセイバーは、今朝打ち合わせた時に名乗ることに決めた名を告げる。

「セイラです。昨日からこちらのお屋敷でお世話になっています」

「ランスだ。で、お姉さんは?」

 ちなみに、この偽名は見てわかるだろうが、クラス名であるセイバーやランサーを一文字もじっただけという、なんとも中途半端な偽名だ。

 とはいえ、セイバーやらランサーやらと名乗るよりかは人名っぽく聞こえるだろうし、もしも言い間違えたとしても聞き違いで済むだろうという理由でこれになった。

 下手にセイバーやランサーを名乗り、それが他の聖杯戦争参加者の耳に入ったらまずいからとかいうのが偽名を名乗る理由であり、発案者は家長を自負している死んだ目をしたオッサンだ。

「わたし? わたしは藤村大河。血は繋がってないけど、士郎たちのおねえちゃんみたいなものかなー」

 えへへーっといいながら、照れくさそうに頭をかくタイガの姉ちゃん。それを前に白い嬢ちゃんは冷たい流し目で「自称でしょ、自称」なんてことを言った。

「う、う、イリヤちゃんが冷たい~……」

「全く大河がくるといつも騒がしくなるな」

 なんてことを苦笑交じりに言いながら、料理皿を手にアーチェが居間に入ってくる。入れ替わるように坊主が布巾を手に台所に向かった。

 泣いたカラスがもう笑う。

 タイガの姉ちゃんはぱっと美味そうな料理を手にしたアーチェに向かって、「うわあ、久しぶりのシロさんのご飯だー。ね、ね、今日のご飯なーに?」と嬉しそうな顔で尋ねる。

 それに満更でもないらしいアーチェは「今日はグリーンアスパラのサラダに、コンソメスープ、チーズオムレツに、みかんのコンポート、バタートーストだ」と答えた。

「わぁ、珍しく洋食なんですね」

「ああ……まあ今日はセイラやランスたちもいることだしな」

 そういって皿を机に並べだす。

 続いて坊主もやってきて、箸や食器の配膳を手伝いだした。

 うーん……こういう配膳って普通は女が手伝うもんじゃねえの? って、全く動く様子の無い白い嬢ちゃんやらを見て思いはしたが、突っ込むのも野暮なのでやめといた。

 まあ、どう見てもイリヤの嬢ちゃんは人を傅かせる側の人間だしな。

「いただきます」

 

 食事は騒がしくもはじまった。

 わいわい、がやがやと騒がしい食事をとっていると、生前の戦勝祝いの宴なんかをつい思い出す。

 大勢での食事ってもんは、何時の時代もいいもんだ。

 タイガの姉ちゃんは明るくて楽しいし、いるだけで随分と場が明るくなった気がする。食事もすっげえ美味いし、気分がいい。放っておけばセイバーやタイガの姉ちゃんたちが全部平らげる勢いだが、俺も負けてらんねーし、有り難く馳走を頂くかね。

 と、そうやって楽しく食事をしててまた気付いた。

 やっぱりアーチェの奴は給仕にまわって、殆ど自分のための食事をしていない。

 いや、まあ美人に給仕されるのは嫌な気はせんし、こうやって見てても自然なその動作から気遣い上手だなって思うけどな? しっかしなんだ、みんながみんな楽しんでいるっつうのに、女中やメイドじゃああるまいし、作ったやつがよりによってそういう態度ってのはどうなんだ?

 と思うや否や、アーチェの皿にオカズを取り分け、ぐいっとそれを握りこませた。アーチェは警戒心に一瞬触れた手を震わせるが、それでも食材を無駄にしたくないんだろう、落ちないようにしっかり受け取って、驚いた目で俺を見る。

 それを見て、黒髪のオッサンはタイガがここに来る直前まで俺に向けっぱなしにしていた殺意染みた視線を俺に送ってくる。んでもって、俺のマスターの白い嬢ちゃんのほうも『ランサー、シロに必要以上に近づかないでって言ったでしょう。次に昨日みたいな真似したら問答無用で令呪使っちゃうんだから、とにかくシロの手を離しなさい』なんて念話を怒気交じりにぶつけてきているんだが、それを無視して、俺は言葉を紡いだ。

「アーチェ、お前も食えよ」

 アーチェは胡散臭そうな目で俺を見てくる。

 それを流すようにコンソメスープに口をつけつつ言った。

「さっきから見てりゃあ、人に尽くしてばっかで碌に食ってねえだろうが。こういうみんなで楽しむ時は素直にお前も楽しめ」

 その言葉にうんうんと赤い髪の坊主は頷く。

「……ちゃんと食事はとっている」

「わかってねーな。お前がそんなだと見ているこっちが落ち着かないっていってんだよ。いいからほら、食え」

 そういって、アーチェの手ごと皿を握って、ずいと眼前に突き出す。 

 それにアーチェは、むぅ……と小さく唸るような声を上げたかと思うと、「わかった」と渋々といった声で漏らして、それからすとんと、俺の隣に腰をかけて皿の中身を箸で口に運んだ。

 ったく、素直じゃねーな。とは思うが、その拗ねたような顔が存外ガキくさくて可愛らしかったので良しとして、スープの残りを啜る。

「ランスさんって、シロさんのことアーチェって呼んでいるんですか」

 うわあ、となんだか感心したような声でタイガの姉ちゃんが俺に話しかけてくる。

「おう。それがどうかしたのか?」

「だって」

 そういって、言葉を一旦切ってから、タイガの姉ちゃんはアーチェをちらりと見て、続きを口にした。

「ここ10年、シロさんのことを下の名前でよぶ人なんて見たことなかったから。シロさんって人に自己紹介する時も、フルネームなんて滅多に口にしないんですよ? だから下の名前知っている人も稀なんです」

 その言葉に少しばかり驚く。

 そういえば、確かに昨日イリヤの嬢ちゃんは、アーチェの奴はフルネームを名乗るのを嫌がるって説明していたが、いや、まさかそんなに徹底しているとは。

 つうことはなんだ? 俺が詰め寄ったあの場面で名乗ったのも結構珍しかったのか?

 いや、それより、俺もシロって呼んだほうがいいのかって聞いた時、好きにしろって言ってたしな……ひょっとして俺は特別扱いを受けていたってことか? もしや、下の名前で呼んでいるのは俺だけだったりするとか?

 なんだ、やっぱり俺に気があったりするのか?

 なら昨日俺を拒んでいたのはただの照れ隠しか?

 なんて思って良い気分になり、思わず口元がにやけそうになるが、それに水を差すようにイリヤの嬢ちゃんは「ランスだけじゃないわよ。凛もシロのことはアーチェって呼んでいるもの」と発言して、一瞬じろりと、とんでもなくおっかねえ眼差しで俺を睨んでから、ふんっと視線を逸らした。

「凛って……ひょっとして遠坂さん?」

「そ、タイガは知らなかったみたいだけど、シロ、凛と仲良いのよ」

 そこで、こほん、わざとらしく咳払いをしてアーチェの奴が「お喋りはそこまでにしないか。料理が冷める。それに……のんびりしていると全部なくなるぞ?」と言って話を終えさせた。

「え? なくなるって……ああーーー! セイラちゃんいつの間にそんなに!?」

「……んぐ?」

 見れば、殆どのオカズは既にセイバーの奴が胃袋に収めた後のようだった。

 そしてちゃっかり、自分のオカズは確保していたらしき、キリツグ、シロウ、イリヤの親子。

 がおーんと虎の遠吠えみたいな声をあげてタイガの姉ちゃんは、涙目で空になった大皿を覗き込んでいた。

「うう……全然残ってないじゃない」

「ご馳走様でした。とても美味しかったです、シロ」

 ぷふ、と満足そうに嘆息をついて、セイバーはハンカチで優美に口元を拭い、にっこりとこれを作った主であるアーチェにむかって微笑んだ。とても満足そうな笑顔だった。

 そして、がくりとタイガの姉ちゃんはうなだれる。

 それを見ながら、アーチェは食後のお茶の配膳をはじめて、全員に配り終わった後、言った。

「さて、ではランスとセイラのことについての説明なんだが……」

 

 そうして始まった説明は、事前に考えていたらしく、淀みなく滑らかな様子で語られた。

 嘘八百で塗り固めた、タイガの姉ちゃんを安心させるためだけに考えられた作り話。

 設定としては、俺とセイバーの奴は兄妹で、イリヤスフィールの母方の従兄妹ということになった。んでもって設定上の、このイリヤの母方の実家というのが複雑な家庭ということになっていた。

 なんでも裏に関係のあった名門だったせいで、親族内の陰謀がきっかけで俺とセイバーの奴も命を狙われ、マフィアに追われながら、親戚である日本の衛宮家を尋ねてきた。設定上、そういうことになっている。

 んでもってまだまだ説明は続く。

 事情を知っていた衛宮の面々は従兄妹である兄妹を保護する為に動いた。

 そして、丁度俺とセイバーを迎えにいったところ、俺たちの命を狙う刺客と鉢合わせして、奴らを追い払うために銃弾をバラまく破目になった。タイガに暫く来ないようにと言い含めていたのはこの為だ。

 だが、あまりにこのとき銃弾を使いすぎたため、銃刀法という法律のある日本では、いくら誰かを助けるためだろうと銃の使用はご法度。だから、家のことだから出来るだけ頼るつもりはなかったが、証拠隠滅に藤村組に助力を願った、それが昨日という筋書きだ。

 ……正直、聖杯からの知識があるとはいえ、この設定の意味が半分ぐらい俺にはわからねえってのは余談だが、まあ、今はそんなことはどうでもいいな。

 そうしてなんとかマフィアたちを退け、俺たち兄妹を狙うマフィアたちは一時撤退したが、まだまだ油断は出来ない状態だ。というわけで、本家の中でも話のわかる奴らと連絡をとり、敵対するやつらの真の黒幕をなんとかしようとしているのが今の現状だが、それに最低2週間はかかる。

 故にそれまでの期間、俺とセイバーを家で匿うことにするが、その間、イリヤの嬢ちゃんの母親の実家とも連絡を頻繁にとることになる。

 その中には機密の情報もあり、それを他人に聞かせるわけにはいかない。

 またこれは親族内の問題だから、藤村組にも迷惑をかけたくない。

 だから、今日は特別に許すけれど、これから2週間ほど家に来るのはやめてほしいし、もしかしたらイリヤの嬢ちゃんやシロウの坊主に学校を休んで貰う時もあるかもしれないが、その辺りについても事情を考慮して欲しい。

 ……と、まあ作り話の経歴の内容はそんなもんだ。

「そっか。なら、仕方ないですね」

 なんとも胡散臭い話だったが、まあ意外というべきなのか、タイガの嬢ちゃんは信じた。

 ああ見えて、タイガはヤクザの娘だもの、そりゃそうでしょうねとは念話でのイリヤの嬢ちゃんからきた補足だったが、こんな荒唐無稽な話を信じるとか、器のでかい姉ちゃんだな。

 ま、信じるなら信じるで後の面倒がなくていいがな。

「ねぇ、切嗣さん」

「なんだい?」

「事情はわかりました。機密内容が含まれているんじゃ仕方ないですよね。でも、今日はわたしいていいですよね?」

 眉根を下げて、不安そうな目でそんな言葉をここの家長のオッサンにかけるタイガの姉ちゃん。

「うーん……まいったなぁ」

「そうだな。夕方になる前に帰るというのならば、今日はいたらいい」

 どう返事をしようか迷うようなキリツグに代わり、アーチェがそう口にする。

 それを前にして、タイガの姉ちゃんはぱぁーっと表情を明るくして、「シロさんならわかってくれると思っていたよ~! 大好きっ」とかいって、抱きついた。

 それに僅かにアーチェは困ったような顔をしながら後ずさった。

「でも、今日だけだぞ」

「……わかってまーす」

 そう口にする顔は、少しだけ傷ついたような色をしていた。

 

 

 

 side.藤村大河

 

 

 とりあえず、久しぶりの衛宮邸(このいえ)での午前を堪能して、ごろごろと煎餅をかじりながら、士郎と並んでTVを見つつ、大人しくしていた。

 イリヤちゃんの母方の従兄妹だっていうセイラちゃんとランスさんの御兄妹は、正直兄妹のわりにあんまり似ていないような気はしたけれど、どっちも凄い美形で、流石はイリヤちゃんの従兄妹だわーと思わず関心しちゃった。

 確かイリヤちゃんの亡くなったお母さんってドイツ人だったっけ? そんなことを言ってたような気がする。

 見る番組も終わったので、宿題にとりかかり始めた士郎の横で、ちらりちらりと台所に視線をやる。

 そこでは、シロさんがいつもどおり家事にいそしんでいる姿と、そんなシロさんの隣で何かを言いながら手伝いを買って出ているランスさんの姿。

 それをぴりぴりと殺気混じりに見ている切嗣さんとイリヤちゃん。

 セイラちゃんは説明を終えてすぐに「道場のほうをお借りします」といって出て行ったから今はここにいない。そんな状況でわたしは「ねえねえ、士郎」とこの目の前の弟分に話しかける。

「なんだよ、藤ねえ」

「ランスさんってシロさんのこと好きなのかな?」

 ひそひそ話をするような声で、思ったことを口にした。

「え……」

「だって、ランスさんってずっとシロさんのこと気にしているじゃない? それに食事の時だって」

「あー」

 それに、士郎もぴんときたのか「かもな」とのってきた。

「うーん。こうして並んでいるの見ると、美男美女でお似合いカップルよね。身長だって釣り合っているし、見栄えもいいし、それにシロさんって結構うっかりしているところがあったりするけど、ランスさんなら安心してまかせられそう」

 ランスさんとは初対面だけど、なんとなくそう思った。

 今まで全然男の影のないシロさんだったからこそ、今回の件でもしかして……と思うのもあるし、想像したら結構楽しかった。青い髪に赤い目の白皙の美貌の青年と、スタイル抜群の白髪褐色肌のシロさん。きっと並んで歩いたら誰もが振り向くほど華々しいだろう。

 いい、きっと凄く絵になる。

 士郎も同じことを想像したのだろう、うんうんと頷いている。

「ね、ね、士郎、ちょっとおねえちゃんの提案にのらない?」

 

 

 

 side.エミヤ

 

 

 一通りの家事をすませて、冷蔵庫や常温保存用の野菜室を覗いたとき、その問題に気付いて私は思わず頭を抱えていた。

(く……っ、一週間分の食材が僅か三日で無くなるとは……っ!)

 いや、まあ想像していなかったわけではない。

 そんな件は出来るだけ起きないようにするつもりではあったが、もしも彼女が召喚されたら、そうしたら我が家の家計にどれだけ被害を与えるようになるかなど。それに加え、よく食うランサーに、今朝は大河が加わったのだ。この顛末は当然といえば当然だろう。

 これは買出しにいかねばならないな。

 ……もしかすると、一か月分くらいの食材を買うつもりで行ったほうがいいのかもしれん。などと思って冷蔵庫の大きさと相談をする。

 ……そんなに買っても入りきらないか。

 常温保存用の野菜をいれる箱のほかに、この際クーラーボックスも活用するべきか。

 などと考えていると、すぐ後ろから慣れた気配が近づき、私の名を呼んだ。

「シロねえ」

 それは赤い髪の馴染みすぎるほどに馴染んでいる相手で。

「士郎」

「買出しに行くんだろ? 俺もついていくよ」

 そういって朗らかに笑う。

「ふむ、そうだな」

 まあ、士郎ならいまだ未熟者ではあるが、下手な買い物は打たないだろう。

 と、思いうんうんと頷いたその時、士郎は私にとっては思いがけないことを口にした。

「ランサ……ランス、さん。ちょっと頼みたいことがあるんだけど」

「……おい? 士郎?」

「なんだ、坊主。あと、俺の事は呼び捨てでよべ。聞いているほうがかゆくなる」

 なんていいながら、ひょこりと始めっからそこにいたかのようにランサーが現れた。

「わかった。ランス、これからシロねえと食材の買出しに行くんだけど、悪いけど手伝ってくれないか? 二人じゃちょっときついから」

「荷物持ちか? わかった、いいぜ」

 あっさりと、そんな言葉でランサーは買出しに行くことを受け入れた。

 ……まて。この強姦未遂魔。

「ランス、来なくていい。私と士郎で充分だ」

 牽制をかける。

 他の者の手前、いつも通りに出来る限り振る舞っている私ではあるが、昨日の屈辱を忘れたわけではない。

 それが昨日の今日でこんなやつと外を歩く? 冗談ではない。

 けれど、事情を知らないだろう士郎は「なんでさ」と口にして首をかしげて言う。

「藤ねえやセイラがどれだけ食べるのか見ただろ。ランスだって結構食うんだし、二人でそれだけの量を買って帰るのは大変だって、シロねえだってわかるはずだろ?」

「宅配を使えばいい」

 そうだ。宅配を使えばこの強姦未遂魔の力を借りずにすむ。我ながら妙案だと思った。

「普段から倹約は大事だって言ってるのはシロねえだろ。ランスが手伝ってくれたら、宅配を使う時間も料金も節約出来るんだ。いい事尽くめだろ」

「しかしだな……」

 尚も私が続けようとすると、士郎は呆れたようなじと目でこう続けた。

「シロねえ、駄々をこねるなんて子供みたいだぞ」

 ……くそっ!! 料金や時間を引き合いに出すとは卑怯な!

 確かにタイムセールとかに参加する場合も人数が多いほうが得だったりはするわけだが、いや、だがな、しかし、それでも譲れぬものは……。

「で、話は終わりでいいのか。ま、なんでもいいや。ほら、行くんならさっさと行こうぜ」

 って、ランサー、そもそもなんで貴様は断わらないんだ!?

 くそ、こいつのことを戦闘しか興味がない猛犬だと思っていたのが間違いだった。いや、一応こいつが大の女好きだってことは脳裏の隅あたりに知識としては留めてはいたが、だがしかし、こんなつまらない仕事、俺の仕事じゃねえとか言ってこんな時こそ断わるべきじゃないのか!?

 貴様の無駄に有り余っている英雄の矜持はこういう時にこそ発揮するべきだろうが、この駄犬! 空気を読め、空気を! ていうか、断れ。ついてくるな、馬鹿ッ。

「あ、ランス」

 士郎は小走りで前を行くランサーに近寄り、そして小言でこんな言葉を男に言った。

 ……何故聞こえてしまったんだ。出来れば聞きたくなかったのに。

「俺、途中で隙を見て先に帰るから。頑張れ。シロねえとのこと、応援してる」

「……おう?」

 ……………………………………………………………………………………何を言ってるんだ、オマエはあああぁあぁぁーーー!!!?

 応援ってなんだ、応援って!

 私とのことを応援しているってなにか!? もしや、オマエは私とランサーがくっつけばいいなどと思っているのではあるまいな!?

 じょ、冗談ではないぞ。何が悲しくて厳密には違うとは言え、過去の自分に(ランサー)とくっつくことを応援されねばならないんだ!?

 そうだ、大体こいつはランサーだぞ、クー・フーリン! 略奪婚上等の時代の生まれで、伝承によると、結婚に反対した妻の父親一派を皆殺しにしたり、暴走を抑える為に100人の処女と○○○(ピーー)したとか言われているクー・フーリン!

 しかも昨日などよりによってこのオレ相手に強姦未遂の真似事をしてきたし、それに私は今こそ女の姿をしているが本来はおと……いや、まてよ、確かにランサー自身は女好きでそっちの話は聞いたことないが、こいつの時代のケルトの戦士は両刀(バイ)が当たり前だとかで、男色が普通だったとか言う話があるし、もしも私が元男だとバラそうと、どちらにせよまずかったりするのか……う、やばい、気持ち悪いものを想像してしまったっ!

 いやいやいやいや、ないだろう。有り得ないだろう。こいつは根っから女好きの筈だし。

 もっとも私は本来は男だけどな!!

 じゃなくて、ともかく、クー・フーリンなんだ、この男は! 何が悲しくてそんな男とくっつく未来を応援しているなどと、衛宮士郎に言われなければいけないのか。

 あれか、これも私が幸運Eなのが悪いのか!? くそ、そんな応援泥に投げ込んで捨ててしまえ!

 

 

 

 side.ランサー

 

 

 アーチェが今朝俺に用意していた現代服を纏ったまま、外に出て空気を思いっきり吸い込む。

 今の俺の格好は紺色のジャケットに黒いTシャツ、ブルージーンズに白い運動靴って格好だ。

 聖杯戦争に呼ばれておいて、まさか人のフリをして出歩く時が来るとは思ってもいなかったが、悪い気分じゃねえな。こそこそ隠れるのよりはずっといいし。

 なんてことをちらりと前を歩く赤髪の坊主とアーチェの奴を見ながら思う。

(応援している……なぁ?)

 全く、妙なことを言われたもんだ。

 とりあえずアーチェの弟なんだよな、こいつ。

 別に応援してくれなくても俺的には問題はなかったが、まさかそんな言葉を言われるたぁ思ってなかったからちょっと驚いた。が、応援してくれるってんなら素直に受け取っておくだけだ。険悪になるよりゃいいだろうしな。

 なんてことを思いながら、アーチェの肩に手を乗せようとしたら、さっと避けられた。

 そして、坊主が聞き取れないほどの小声でぼそりと鋭く女は言う。

「何の用だ、強姦魔」

 うおい、強姦魔ときたか。ひでえ言いぐさだ。

「人聞きの悪いこと言うなよ」

 つい、不満を口に出して言う。

「煩い。黙れ。昨夜は人にあんな辱めを与えておいてよくもぬけぬけと言う」

 ぼそぼそ、と坊主には聞かれないように最大に声を潜めながら恨めしそうに言葉を綴るアーチェ。

 ていうか、辱めと来たか。いや、どこの箱入り娘だ。

「ひょっとして、やっぱりアンタ、ヴァージ……」

 ぎっ、と凄い形相で睨まれた。

(ほう~? はぁ~……成程な)

 いや、そうだろうなあとは思ってたが、こりゃ本当にわかりやすい。

 そういうあからさまな態度は答えを言ってるようなもんだぜ? とは思うが、そのわかりやすすぎる反応を前につい頬がにやけてきた。真相がわかっている以上、こいつのこの態度だって可愛いってもんだ。ついでにやっぱり昨日は勿体無いことをしたなって気持ちも沸いてきた。

「鈍感そうとは思っちゃいたが、そうかそうか」

「黙れ、ランサー! ひ、人が必死に守ってきたものを勝手に奪おうとしておいて、よくもそんなことを抜けぬけと」

 顔を真っ赤に染めながら、上目遣いに睨んで、ぷるぷると握り締めた拳と肩を震わせているアーチェ。

 まあこいつとしては真面目に怒っているつもりなんだろうが、その姿は結構クルもんがあるっていうか、自分がどんな感じに見えるのかとか全くわかってなさそうだなと思えた。

 しかし、別にブスでも気立てが悪いわけでもあるまいに、解せねえな。

「アンタほどのイイ女に手を出そうとした奴は今までいないってか。勿体ねえ。なんだ、現代人ってのは腑抜けばかりなのか?」

 戦闘中はちょいと腹が立つ面も確かにあったが、其れを除けばこいつは吃驚するくらいイイ女だ。

 料理上手で気遣いも上手いし、一々律儀で、からかうと面白くて、年の割りにあどけなくて、女特有の厭らしさといったものもない。

 俺の時代じゃ、料理上手で気立てが良いって時点で引く手数多な条件満たしてんだがな。

 年齢は見た感じ20代前半くらいに見えるから、この時代の基準から見たら別に行き遅れってほどではないだろうし、絶世の美女ってぇわけじゃないが、そこそこには美人だし、スタイルだっていい。体だって健康そうだ。

 手を出す男の一人や二人いてもおかしかねえと思うんだがな。

 見れば、女はぎり、とまるで親の仇を睨むような目で俺を見て、「だれがイイ女だ、目が腐っているのか、貴様は」なんて言いながら、忌々しそうに舌打ちをした。

「事実だ。お前は間違いなくイイ女だ。誇れよ」

「誰が誇るかっ!」

 引き寄せようと伸ばした手を、べしりとはたかれた。

 あー、なんていうか、あれだ。警戒心の強い猫を相手にしている気分だ。

(いいな)

 ああ、悪くねえ。こういうのは俺の好むところだ。

 そうだな、昨日みてえにいきなり泣かれるより、こういうほうがずっといい。寧ろああいうのは苦手だ。

「うし、決めた」

 突然の思い付きだったが、中々悪くないと思って次の言葉を放つ。

 それを前にアーチェは胡乱気な眼差しで俺を見る。

「もう、俺からはアンタに手は出さねぇよ」

 女をあんなふうに傷つけて、泣かせるのは趣味じゃない。

「アンタから俺を求めさせてやる」

 どうせなら、そう。

 やっぱ女には「もっと」って、そんな風に俺を求めて泣き縋られるほうがいいよな。

 そんな俺の宣言を聞いて、アーチェの奴は、感情の宿らない鋼色の瞳で「馬鹿か、貴様は」とそう吐き捨て、振り返ることもせず、赤毛の坊主の隣に並んだ。

(前途多難……ってな?)

 だが、それでいい。気の強い女と無茶な約束は俺の好物だ。女にしろ、戦にしろ、難攻不落なほうが燃え上がるってもんだ。そう思っていい気分になって空を仰ぐ。

 灰色交じりの空は随分と故郷とは違う色に見えた。

 

 そんな会話を後に、俺に興味が失せたようにアーチェのやつによる、俺に対しての過剰反応はなくなった。

 女は手慣れたように、淡々と俺と接しつつ買い物を進めていく。

「じゃがいもってこれか?」

 買い物内容を確認しながらそうやって出すと、「まて、ランス、そっちの袋よりこっちのほうが鮮度がいい」ななんて、そんな風に識別しながら買い物籠にいれていく。

 野菜なんてどれも似たようなもんに見えるが、……何せ、形も大きさも揃えて売られているんだ。よくもまあ、ここまで揃えられたな、と、そんな現代の技術に呆れ交じりの感心を覚えたりもしたもんだが、アーチェの奴やシロウの坊主にとっては違ったらしい。

 買い物を進めるごとに、アーチェの奴が放つ嬉々としたオーラはより強まっていく。

「お、衛宮さん、いい鯖が入ったよ。どうだい? お安くしておくよ」

「ふむ、どれどれ」

 そういって、店主たち相手に値切ったり褒めたりなどを混ぜながら、談笑をしつつ買い物を進めていく、アーチェ。

 そうやってふとした拍子に見せる顔が、やっぱり年に似合わず幼くて、まるで子供を連想させるような、そんな邪気のない顔だとそう思う。

 初めて会った時は『女戦士』だと、そう思った。

 だけど、それはひょっとすると違うのかもしれないな、とこの笑顔を見ると思わず考える。

 あの家やこの場で今見せている、この顔こそが本当の衛宮・S・アーチェという人間の素顔なのだとしたら、あまりにも戦場が似合わない。こっちこそが本当なら、夫に守られて家庭を築く、そういう人生のほうが余程似合いなように思える。

 別に女戦士を否定するわけじゃない。

 男にひけをとらぬ女戦士などいくらでも知っているし、師匠であるスカアハなんざその筆頭だ。

 だけど、こいつは……そこまで思って思考を打ち切った。

(らしくねえ)

 自分でもらしくないことだった。

 だから、頭をふるってその考えを追い出した。

(さて、昼は何を食わせてくれんのかね?)

 仮初の命とはいえ、俺はここにいる。ならば、せめて今という現在を精一杯に楽しむ。

 それが俺の、俺なりの在り方だった。

 

 

 

 side.衛宮切嗣

 

 

「ご馳走様でした」

 そういって、大河ちゃんは玄関に立った。

「シロさん、久しぶりにシロさんのご飯が食べれて嬉しかったです」

「藤ねえ、もう少しゆっくりしていってもいいんじゃないのか?」

 思わず、士郎はそんな言葉をかける。

 今の時刻は昼の1時半。大河ちゃんが「そろそろ帰るね」と言い出したのは昼食を終えて少し経ったくらいの時刻だった。

「ううん、あまり長居して迷惑はかけたくないもの。それに、久しぶりに切嗣さんやシロさんたちの顔が見れて安心したから、もうわたしの目的は達成しちゃった」

 そんな風に言って、眉根を下げ、ちょっと困ったようなおどけるような笑顔を浮かべる大河ちゃん。

「2週間もすれば終わるはずだから、そのときにまた来ればいいわ」

 普段は大河ちゃんと反目しているような態度が目立つイリヤだけど、そんな言葉をかける。

「毎日は勘弁だけど、やっぱり藤ねえの顔を見ないと調子が出ないからな、終わったら来いよ」

 士郎もまた、そんな言葉をぶっきらぼうにかけた。

「うんうん。言われなくてもおねえちゃんはきちゃうんだから」

 そういって、嬉しそうに大河ちゃんは笑う。

「でも、士郎。毎日は勘弁ってのはどういう意味なのか、おねえちゃんじっくり理由を聞きたいな~?」

 それに、士郎は苦い顔をして、「まぁ……なんだ。深い意味じゃない。藤ねえ、気にするな」なんてぼそぼそといって視線をそらした。

「あ、そうだ、切嗣さん、帰る前に一つだけ答えてもらっていいですか?」

「いいよ、なんだい?」

 にこにこと、笑顔で、どこか初恋の女性の面影のあるこの目の前の女の子を眺める。

「また……会えますよね?」

 それは、まるで全部知っている者の言葉のようにこの耳には聞こえた。

 喉が渇く。気を抜けば嫌な汗が背中に伝いそうになる。

 だけど、それを押し殺して僕は「ああ、当たり前だろう?」そう言って笑った。

 ふ、と先ほどまで大河ちゃんに僅かあった陰りが消える。

「ですよね。変なことを聞いてすみませんでした」

 そういって、本当に朗らかに笑った。

「それじゃあ、切嗣さん、みんなさようなら。セイラちゃん、ランスさん少しだけだけど、貴方達といられて楽しかったです」

 そうして、彼女は衛宮の門をくぐりぬけ、外の世界へと帰っていくのだ。

 その背中をいつまでも見送る。

切嗣(じいさん)……」

 思わず、僕に話しかけてくるシロの遠慮がちな声が見えない傷口に沁みる。

 本当に僕はうそつきだ。

 これが彼女との今生の別れになる事などと、ずっと前からわかりきっていたのに。

 

 

  NEXT?

 

 

 

 

 

 

 おまけ、「藤ねえは見た」

 

【挿絵表示】

 

 

 おまけ、「でも血は繋がっていない」

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 


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