新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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 ばんははろ、EKAWARIです。
 ZEROのアーチャーはギル様。しかしこの世界には既に『アーチャー』が存在している。では果たしてこの世界の時臣のサーヴァントは!? 
 鮮やかに、華やかに、今ここに、‘彼女’が参戦する……!!


04.誓いと、開始

 

 

 ――――暗躍――――。

 

 

 其れは、始まる前から目論見は破綻していた。

 屈辱に塗れながら、それでも我らの悲願を叶えるために呼んだ男に与えた触媒。最優名高きセイバーの中でもおそらく最強に類するだろうカード。

 今度こそ悲願を。第三魔法をこの手に。

 なのに召喚されたのは、あの男の未来の子を名乗る得体の知れぬ、いかにも弱げなサーヴァント。

 落胆した。

 この度の聖杯戦争も望みを叶えられる可能性は僅か、塵芥だろう。

 イレギュラーがその結果を呼んだ。

 ならもう良い。捨て鉢にしてしまえばよい。

 トオサカの若造が面白き触媒を手にいれたという。

 身には過ぎたる英霊の触媒を。

 そうだ、第四次にもう期待はかけられん。

 第五次、そのときこそ、我らが悲願を果たそうぞ。

 

 

 

  誓いと、開始

 

 

 

 

 side.エミヤ

 

 

 こんな風に飛行機にのるという経験は、一体どれくらいぶりになるのだろうか。摩耗し果て、死したのち世界の掃除屋として数え切れないほど永い時を過ごしてきた我が身には既にわからない。

 高度が落ちた。懐かしい風景が広がる。まもなく、日本には着くだろう。否、領域という意味においては既に日本には着いているのだが。

「何を考えているの?」

 ふいに隣から柔らかな声がして振り向く。そこにいるのは、マスターであり、私の養父だった男と同一の起源をもつ魔術使い、衛宮切嗣の妻、アイリスフィールだ。切嗣はここにはいない。

「いや、大したことではないのだが……そうだな。ちょっとした疑問というやつだよ。何も私が君の供にならずともよかったのではないかね? 霊体化して乗り込めば、わざわざ服を用意する手間も省けただろうし、飛行機代とて浮いただろう? なのに何故わざわざ私に実体化させたまま君の同行者としたのか、その辺りがどうにも解せなくてね。いや、君を責めているわけではないのだが」

 そう言うと、アイリはくすっと笑いながら胸のうちを明かす。

「それ、私が切嗣に頼んだのよ。女の一人旅なんて傍目にも物騒でしょう? それに、服を用意する手間とか、飛行機代とか、貴女おかしなことを気にするのね」

 そんなことをくすくすと笑いながら言うアイリスフィール。それに少しだけ自分が恥ずかしくなる。

 ……仕方ないではないか。私は昔からしがない凡人だったし、これは性分というものだ。それに倹約は日本人の美徳だ。節約は得意なんだ。

「それとも何、私の隣は嫌?」

「まさか。君ほど美しい女性と連れ立って歩けるなど、光栄の至りだよ」

 そう切り返すと、目の前の貴婦人はにっこりと品のある微笑を浮かべて「ありがとう。でもアーチャー、貴女は今は女の子なんだから、その台詞はなんだかちょっと変よ?」という言葉をのべ、その台詞にそういえば今は女だった我が身の不幸を思い出して凹んだ。

 体は剣で出来ている……私は大丈夫だ。

 ふと、じっとこちらを見つめるアイリの視線に顔を上げる。

「やっぱり、切嗣のこと、怒ってる?」

「何故私がマスターのことを怒るというのだね?」

 いつも通りの調子で返すと、アイリは少しだけ心配気のような寂しそうな顔でぽつりと、つぶやくような声で言った。

「1人で先に日本に行ったこと」

 確かに其れに対して思うところは色々ある。だが、この感情は怒りなどではない。

「怒ってない」

「そうね。貴女はそういう人みたいだもの」

 その私の返答が気に入らないのか、アイリは一つため息をつく。

「確かに、聖杯戦争のマスターでありながら、私と別行動をし、1人で走るその姿勢には思うところはあるが……」

「そういうことじゃ、ないでしょう?」

 たしなめるように言う声。まるっきり母親に怒られる子供の気分だ。

 私に母の思い出など既に存在していないが。

「怒ってないのは本当だ。だがそうだな……心配事になるが、切嗣(じいさん)の食生活が不安だ。あの人のことだ、1人なのをいいことに、片手間で便利だからとファーストフードばかり食べるに決まっている。体は資本だというのに、あの人は昔から食の大切さを認識していないからな」

 アイリが何を心配しているのかはわかっていながら、敢えて話を横にずらして、そんな言葉を言う。が、だからといって、告げた心配ごとの内容自体は冗談でもなんでもなく、切嗣に対する不安の一つでもある。

「いえ、その発言、あなたまるで切嗣の母親みたいよ? じゃなくてね、アーチャー……もしかしてわざと言ってるのかしら?」

 嘘は許さなくてよ? と紅い目がきらりと輝く。全く、昔から私と関わる女性は強い人ばかりだな。これ以上の誤魔化しはやめようか。心配してくれているのだろうし。

「そう、だな。正直に言えば、少々落ち込んでいるのかもしれないな」

 衛宮切嗣(マスター)は自分と共に戦えとは決して言わなかった。あの男(じいさん)が私に下した命令はたった一つ。「アイリの傍にいて、その身を守れ」それだけだ。

 これがただの戦場なら、妻を託した男の言葉に信頼を感じ取れたかもしれない。しかし、これから参加するのは魔術師同士の殺し合いの儀式である聖杯戦争だ。

 どんな優秀なマスターでもサーヴァント相手には太刀打ち出来得るものではない。そんな世界の中、切嗣はサーヴァントとの別行動を選択したのだ。

 おそらく、切嗣は自分の手で事を成し遂げようとしているのだろう。なにせあの男は魔術師殺しに特化した暗殺者だ。だが、私と別行動をとる理由については魔術師殺しとして腕に自信があったから、とかそういうこととは別の次元に問題があるのではないかというのが私の推測だ。あくまで勘だが。

 危険を犯し、マスターとサーヴァントが別々に行動する、それはセイバーが相棒(あいて)の時の戦略だったなら、わからなくもないのだ。

 彼女は本当に真っ直ぐな英霊で、切嗣(じいさん)とは相性がさぞかし悪かったであろうし、セイバーが敵を惹きつけている隙に敵マスターを討つ。切嗣がそういう戦法をとるだろうことは容易に想像がつくし、彼女相手ならそのほうが向いているぐらいだ。

 だが、この身は弓兵だ。

 視認出来得る限り半径4㎞が攻撃範囲という、人間には真似が出来ない超遠距離狙撃能力を有し、お世辞にも彼女のように目立つ派手さもなく、隠密行動もそれなりにこなせる私なら、そう切嗣との相性も悪くないはずなのだが。やはり、信用されていないのだろうか。いや、信用されていないのだろう。

 思わず落胆する。今は女の体に何故かなってしまったとはいえ、私は男だ。かつて憧れその背を追った相手に認められたい、共に肩を並べて戦いたいという欲求は当然のように存在する。まして、今の私は英霊となり、切嗣よりも強い力をもつのだから尚更だ。なのにこうも見事に置いていく選択をされるというのは、前提で拒絶されていると感じても仕方ないだろう。

 やはり私の得体の知れなさが元凶か。それとも、今の見目が女だからか。

 思えば爺さんは昔から女に甘かった。「女の子を泣かせちゃ駄目だよ」と何度も言われて育った。流石にサーヴァントを相手に守るべき女の子……なんて、私が衛宮士郎と呼ばれていた少年時代のようなことは思ってはいないだろうが、それでも女の身ということで多少侮られている面はあるのかもしれない。

 マスターが一言命令すれば、私は敵を斬る剣にもなり、敵を討つ矢にもなろう。ただ、一言命じてくれれば私はいくらでも最強の自分になれるのに。その面に関して言えば確かに、凛は最強のマスターだった。

 眩しく鮮やかで、誰よりもかっこよくて、魔術師らしからぬ甘さを心の贅肉といいながら大事に抱えていた元、主。私が裏切ってしまったあの少女は今もあの世界の衛宮士郎と一緒にいるのだろうか。

 そんなことをつらつら考えていると、私の顔を覗き込むアイリの姿に気付いた。優しく髪を梳くように頭を撫でられる。

 もしかして、これは慰められているのだろうか? なんというか、この姿になってから情けない面ばかりをさらしている気がする。

「大丈夫。切嗣だって、別に貴女のことを認めてない、とかそういうことじゃないわ」

「そうだったら、いいのだがな」

 ちょっとおどけたような声で言う。出来るだけ皮肉そうな顔を意識した。

「切嗣は、多分ちょっと迷っているだけなのよ。貴女こそ、大丈夫なの?」

「それはどういう意味の問いかね?」

「この戦いで叶えたい願いはないんでしょう?」

 言外に戦う意義はあるのかと尋ねられて苦笑した。

「何、心配無用だよ。昨日の誓いを果たす。それだけで私には十分だ」

 そして、その誓いをした昨日のイリヤとの別れを思い出す。

 

 

* * *

 

 

「行っちゃうの?」

 不安そうに、紅くて大きな瞳がじぃっと私を見上げている。無垢な子供の目。私が知るイリヤよりも更に幼いその子は、年相応以上に子供らしく、それでもやっぱり私の知っているイリヤと同じだった。

「早く帰ってきてね。レディをまたせたら駄目なんだから」

 帰ってくるのが当然と信じるその台詞にちくりと胸が痛む。私の知る世界のイリヤ、彼女の元には最期まで切嗣(ちちおや)が帰ってくることはなかった。

 衛宮士郎(わたし)を恨んで、帰ってこなかった父を恨んで、復讐を胸に冬木へとやってきた雪の妖精のような少女。きっとずっと父親が帰ってくるのを待っていて、待って待って待ち続けて傷ついたあの子。

 もしも、帰ってこなければ、この世界のイリヤスフィールもまた同じ運命を辿るのだろう。

「イリヤ」

 そっと、その雪の色をした髪に手をのばし、壊れ物を扱うように細心の注意を払って撫でた。

「アーチャー?」

 きょとんと私を見上げるあどけない顔。嗚呼、この顔を守らなければいけないと強く想う。

「イリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。君に誓おう」

 すっと、膝を折り、彼女と視線をあわせ、恭しく姫君にするようにその白い右手をとり、そっと触れるだけの口付けを手の甲へ落とす。

「我が身は弓と成り矢となり敵を貫こう。我は衛宮切嗣の盾となり、剣となろう。そして再び君の父を君の元へと帰そう。サーヴァント、アーチャーの名において誓う。約束しよう。イリヤ、君の父親は必ず君の元へ帰す」

 そう、父親を娘から取り上げてはいけない。もう二度とイリヤに復讐を誓わせてはいけない。この誓いはきっと果たす。絶対の約定。

 その願いを込めて、今誓約を交わす。

「アーチャーも」

 その私の誓いを前に、むぅと、ちょっと拗ねたような顔をしたお姫様(イリヤ)が私を見ながら言う。

「アーチャーも戻ってきなさい」

 その言葉に一瞬、私は時を忘れて呆けた。

「ああ……」

 必要とされているのか、私は。このイリヤと共にいたのはほんの短い時間だった。彼女に好かれたのだろう。

 正直言うと、私まで帰って来られる可能性というのはとても小さい。いや、ほぼ不可能といっていい。この身は聖杯に招かれた仮初めの存在なのだから。それでも、ああ、人に好かれるというものは嬉しいものだったな、と、忘れていた感情が揺れる、跳ねる、息を吹き返す。

 小さく白いお姫様、イリヤ、イリヤスフィール。私の妹であり姉である少女。絶対の約定は出来ない、それでも彼女の願いは出来る限り叶えてやりたい。

「そうだな。イリヤ。……いってきます」

「うん、行ってらっしゃい」

 世界の奴隷たる私には過ぎたる望みかもしれないけれど、笑顔で手を振る彼女に、応えたいと思った。

 

 

* * *

 

 

「さて、と」

 空港に着いた。アイリスフィールは伸びを一つすると私に振り返る。

「さ、行きましょ」

 にっこりと微笑む気品ある美貌。私は一つ頷くと、彼女の荷物を手に従者よろしく連れ添う。

 本当は荷物持ちにメイドが二人ほどつき従う予定だったのだが、私が実体化してアイリの供になるということが決まった時点で、彼女たちはお役御免になった。

 聖杯戦争に関係ない人間がわざわざ危険に身をさらすことはないし、正直女性に荷物をもたせるのは気がひけた。それに元々荷物を届けたら彼女たちは帰還させる予定だったと聞くし、問題はないだろう。

 まあ、付き人がいるのが当たり前で育ったアイリスフィールが、メイド無しに生活をするというのは苦労をしそうな話だが、幸いにも私は家事が不得手ではない。何、マスターの命は彼女を守り共にいろとのことなのだから、身の回りの世話を私が焼いていても構わんだろう。

 思わず苦笑する。全く私も現金なものだ。つい先ほどまで切嗣(マスター)と肩を並べて戦えないことに落胆していたというのに、今度は彼女との生活を愉しみにしているとは。

 気付いたら思い出し笑いをしていたらしい。そんな私を見て、彼女は満足したように一つ笑うと、足取り軽く市井へと向かう。人々の視線が集まるのがわかる。

 アイリスフィールは美人だ。白く透けるような肌に、汚れ仕事一つ知らないかのような白魚の如き繊細な指、魅力的で紅く大きな瞳に小さな唇、髪は雪のような白銀で、枝毛ひとつ見つからぬほど優美に長く、その体型も女性として出るところは出た、バランスの良い理想的な体付きをしているといえるだろう。

 更にその雰囲気。

 ホムンクルスとはいえ、貴族である彼女は文字通り深窓の姫君である。今はアインツベルンの城で身に着けていたドレスではないが、それでも纏っている衣装は庶民には手の届かないブランド品で、それが嫌味なく彼女の体を飾り立てて、魅力を引き出している。

 これで人目を惹かないはずがないのだ。なのに彼女は自覚がないのだろう。きょとんと困惑した顔で一つ首をかしげながら私にこう尋ねた。

「私、何か変かしら?」

 人里から隔離され、庶民には目の届かない場所で生きてきたアイリスフィールに、一般人の道理がわかろう筈がない。どうやら、彼女は自分が目立っているのはその美貌のせいだとは認識出来ないらしい。

「いや、そういうわけではない。皆が私達を注目しているのは、アイリスフィール、君が美しい女性だからだよ。気にすることはない」

「そういうものなの?」

「まあ、目立っている原因の半分は、私にもあるのかもしれないがね……」

 言いながら思わず自嘲の笑みが出た。私は自分の着ている今の衣装に視線を落とす。

 執事服だった。

 なんでそのチョイスかというと、アイリスフィールに渡されたのがこれだったからだ。他に理由はない。

 今は女の体になっているから、浮くのではないかと危惧したが、鏡で見るとそこまで浮いてはいなかった。寧ろしっくり来るぐらいだ。だが、普通の街の往来でそもそも執事服を着るという時点で浮いているといえば浮いているのだ。コスプレと思われても仕方ないだろう。

 まあ、女になってまで、この手の服を着ることになるとは思わなかったのだが。

「似合っているわよ?」

 アイリは釈然としないといった顔でそんな感想を漏らす。思わずため息をこぼした。

「アイリ、君は知らないのかもしれないがね、普通の人間は執事服を着て街を練り歩いたりなどしないのだよ」

「あら、だって貴女、私とお揃いの服は嫌なんでしょ」

 いや、まあ、それは拒絶する。たとえ今の我が身は女でも、心は男なのだ。女性物の服などハードルが高すぎる。多分身に着けるとき、自分が変態になった気分に襲われることは想像に難くない。

「私としては、アーチャーにもっと可愛い服も着て欲しいんだけど。そうね、貴女は元々は男の子だったって話だもの、流石に可哀想かなと思ったのよ?」

 で、その結果がこの執事服か。

「でもその格好を見たときは驚いた。よく似合ってるんだもの」

「なんにせよ、そろそろ移動しないかね?」

 とりあえず話題を変えて凌ぐことにする。

「そうね、行きましょう。アーチャー。私、外の世界に出るの初めてなの。ふふ、今から楽しみだわ」

「それは頑張ってエスコートせねばな」

 そうして二人で笑いあった。

 

 

 

 side.遠坂時臣

 

 

 私こと、冬木のセカンドオーナーである遠坂家五代目当主、遠坂時臣は、ソファーに腰掛けながら、知らず重いため息をこぼしていた。

 その理由は先日やってしまった、あまりに痛すぎるミスについてだ。

 遠坂家には代々伝わる呪いがある。それは「ここぞという時にうっかりをやらかす」というもので、有体にいえばその呪いが発動してしまったのだ。

 聖杯戦争に勝利するために手にいれた最強の切り札、聖遺物である「この世で初めて脱皮した蛇の抜け殻」の化石が何者かに盗まれてしまったのである。

 変わりに手に入れた間に合わせの聖遺物で急いで別の英霊を召喚したのはいいが、なんとも惜しいことをした。あの盗まれた聖遺物から召喚されるであろう英霊はおそらく何者も太刀打ち出来ぬほどのカードだったというのに。

 やはり手に入れたその日に召喚を行わなかったのが悪かったのか、一時的とはいえ、工房の外に出してしまったのが悪かったのか。過ぎたことを言っててもしょうがないとはいえ、それでも言わずにはおれない。

「何を辛気臭い顔をしておる」

 ふいに、自分の呼び出したサーヴァントの声がして、そちらを見やる。

「セイバー」

 そこにはけぶるような金髪を紅いリボンで結い、緑の瞳に白磁の肌の、美しい紅いドレスの少女が、優雅に茶を飲みながら座っていた。

奏者(マスター)よ、そのような顔ばかりするでない。余まで気分が悪くなるではないか」

その言葉から溢れる自信と気品。

 この召喚されたサーヴァントは色んな意味で私の予想を裏切る人物だった。

「君がセイバーであることが少し不思議でね」

 そう言いながら苦笑する。

 余裕をもって優雅たれ。遠坂家の家訓だ。

 そこには目当ての英霊が召喚出来なかった落胆をおくびにも出さない完璧な作り顔が存在していた。

「ふん、余が最優のサーヴァントであることに、なんの不服があるというのだ、奏者(そうしゃ)よ」

 そうだ、一番の予想外で、嬉しい誤算だったのはこの呼び出された英霊が最優と名高きセイバーのクラスで呼ばれたことだ。

 この人物の伝承のどこにもセイバーを彷彿とさせるところは存在していない。いや、有名な人物ではあるが、英霊であるということですら驚かざるを得ない人物というべきか。でも、理由はどうあれセイバーとして呼ばれた彼女のステータスは軒並み高い水準を誇っている。

 まあ、対魔力がセイバーとは思えないくらいには低めなのが気がかりだが、予想よりも使えそうな人物だったというのは、素直に喜ぶべき点だろう。

 女性だったということも驚くべき点なのかもしれないが、元の伝説からして、女装して男の嫁になっただの、男を去勢して妻に娶っただのという伝説の持ち主である、この人物を相手に性別をどうのこうのというのは触れずにいるのがベストだろう。それに彼女のもつ宝具とスキルは、使いどころさえ誤らなければ十分最強と呼べた。

 確かに目論見の英霊は召喚出来なかった。だが、私は遠坂の当主として優雅にこの戦いを勝ってみせよう。遠坂の悲願を背負う私はこの戦いに勝ち抜かなければならないのだから。

 聖杯は私が手にする。

「まさか、不服などないよ。勝ちに行く。いけるね? セイバー」

「ふん、誰にいっておる。余は皇帝ぞ、奏者は大船にのったつもりでおればよい」

 そう、暴君と名高きローマ帝国の第五代目皇帝、ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス。それがセイバーの真名。

 彼女は不敵に笑う。その顔に気負いなどない。

 ふいに部屋においた魔力の振り子が反応したのに気付きそちらを見やる。

 教会からの連絡だ。どうやら七人目のサーヴァントが召喚されたらしい。

「セイバー。七人目だ。これより聖杯戦争は開始される」

「ほぉ、ようやくか。ふふん、奏者よ、そなたは余の後ろを見ているがよい。ああ、愉しみよな。まだ見知らぬ猛者よ、余と死の舞踏を踊ろうぞ」

 からからと少女が笑う。

 そう、今夜、この少女の笑いを引き金に聖杯戦争はここに始まった。

 

 

 

 NEXT?

 

 

 

 


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