新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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どうもばんははろ、EKAWARIです。

というわけで五次バーサーカーお披露目回と唯一のオリキャラマスター、レイリスフィール回です。
因みに五次バーサーカーについては第四次編でほぼ答え書いていたのににじファン連載時代も今回も吃驚するぐらい誰も気付かないんだもんなあ。
というわけで、今回の展開で「ええ?」と思った人は、第四次聖杯戦争編「04.誓いと開始」の冒頭文と同話のトッキーがそもそも呼ぶ予定なかった赤セイバー呼ばないといけなくなったのは何が原因だったのかの「経緯」部分を読み返してくるといいと思うよ! ほぼ答え書いているから!


13.レイリスフィール

 

 

 

わかっていた筈だった。

 シロが迎えに来てくれたその時に、あの褐色の手を選んだその時から、わたしは、アインツベルンの裏切り者になったんだって。

 もし断罪を受けるとしても、それと向き合う覚悟はしてきたつもりだった。

 だってわたしは、その立場を望んでなったわけではないけれど、それでも捨てたのは事実だったから。

 でも、今はその聞こえる声が痛い。

 自分の昔の姿に生き写しの、けれど氷みたいに凍てついた目をした少女。

 今回の小聖杯。

 第三魔法(ヘヴンズフィール)に至るための肉の形をした魔術回路。

 アレは間違いなくそれだ。

 顔がそっくりなのは同型のホムンクルスだからなのだろう。

 けれど、彼女の声がこんなに胸に痛く響くのは、きっとその声があまりにもアイリスフィールお母様とそっくりだったからなんだと思う。

 お母様はこんな冷たい声を出さない。

 そうわかっていても、それでも思わず戸惑ってしまうほどにその声はそっくりだったから。

 お母様に産み落とされた身体すら捨てて、人間として生きようとしているわたし。

 歴代の聖杯候補だったお母様たちを捨てて幸せに今を暮らしているわたし。

 お母様に、糾弾されたような気がした。

 

 

 

 

 

 

  レイリスフィール

 

 

 

 side.エミヤ

 

 

 アインツベルンの森にも近い、遠坂の私有地近くの街外れで、私は半年ぶりに彼女と再会した。

「お久しぶりです、シロ」

 ぺこりと下げられる頭。

「ああ、そうだな。久しいな。元気そうで何よりだ、舞弥」

 黒髪をポニーテールに結い上げた、養父の戦場での相棒たる女性、久宇舞弥にそんな風に声をかける。

「君には日本入りして早々、厄介な頼みごとばかり押し付けてしまったな」

 苦笑しながら、労い代わりに、彼女に夜食用に作っておいたイチゴサンドの入った包みと、魔法瓶に入れた暖かいほうじ茶を手渡す。

 それに一瞬だけ彼女が目元を綻ばせたのが見えた。

 表に出そうとはしないが相変わらず甘いものが好きであるらしい。これぐらいで労力の対価になるとは思えないが、それでもこの顔を見れただけでも良かったとしよう。

「いえ、問題はありません。それが私の役目ですから」

「彼女のほうは問題なさそうだったか?」

 と、押し付けた厄介ごとの最たるものだろう、元ランサーのマスターだった女性、バゼットのことについて口に出した。

 この封印指定の協会から派遣された元マスターが目を覚ましたのは今日の夕刻の事だ。

 数日は意識を取り戻さないだろうと思われていた彼女が、こんなに早く意識を取り戻したのは驚きだったが、流石は封印指定執行の魔術師と思えば不思議もない。

 舞弥には、彼女が意識を取り戻すまで、バゼット嬢の傍にいて待機するように言っていたが、それも終わりだ。

 本日をもって彼女は戦線復帰する。

「動揺はしていましたが、自身の状況は理解してもらえたようです」

 そう淡々と、彼女はバゼット嬢のことについて報告した。

 言いながらも足は止めない。

 人の目につかない草むらに2人そろって向かう。

 そこには、一台の小型の車が1つ。彼女は躊躇うこともなく運転席へと向かう。

 其れを見て、助手席に私も乗り込んだ。

「行き先は双子館でいいのですね?」

 黒髪黒目の黒尽くめの国籍不明な女は、淡々と確認事項を口に出す。

 それに「ああ」と頷いて発車を促した。

「両方見て廻りますか」

「手数をかけるが、そうしてもらえると助かる」

「了解しました」

 静かな冬木の夜に、ブォォンと、車の排気音が響くのが、やけに耳に残った気がした。

 

 

 

 side.イリヤスフィール

 

 

「レイリスフィール・フォン・アインツベルンです。初めまして、裏切り者の姉様(あねさま)

 昔の私にそっくりな顔立ちをしたピンクのドレスの少女は、お母様によく似た、けれど比べ物にならないくらい冷たい声でそう己を紹介した。

 そして、見下すように微笑む。

「しかし、呆れたものね。本当に他人の造った人形の身体に入っているなんて。穢らわしい……。自分の身体を捨てた気分とはどのようなものかしら。知りたくもありませんが。本当、この程度の者の何が良かったのかしらね」

 不愉快そうな声を立てて、ぽつりぽつりと少女、レイリスフィールはそんな言葉を漏らした。

「姉様……?」

 疑問を噛み殺せずにそう口にしたのは、士郎だ。

 困惑したような目で戸惑いがちにわたしを見てくるこの弟に、けれどわたしは上手く言葉を返せそうにはなかった。

 ランサーは実体化して、ざっとわたしを庇うように槍を構えて前に出て、「茶番はやめようぜ、うちのマスターとどういう因縁があるんだか知らねえが、アンタもマスターだってんなら、サーヴァントを出しな」とそう挑発するような顔で、そんな言葉をかけた。

 それを一瞥して、目の前のピンクドレスの少女は、やっぱり冷め切った目で、その顔に違わぬ声音で言葉を押し出す。

「躾の悪い犬だこと。待ても出来ないの」

「狗って、言ったか?」

 ざわりと、ランサーの放つ空気が変わる。

 飄々としたそれから、殺気混じりの狂犬染みたケモノ性がむき出しになる。

 それを、全く表情一つ変えることなく見て、少女レイリスフィールは「いいでしょう。そうね、趣味ではありませんが遊んであげましょう」そんな言葉を言って、己のサーヴァントを実体化させた。

 どっと、纏う空気が重い。

 凄いプレッシャーがかかる。

 ずずっと、昏い気が漲る。

 金の鎧に金の髪、黄金の気を纏った男。その本来秀麗であろう顔と紅い眼は狂気に歪み、凄まじい威圧感となって周囲を包み込む。その口元はにぃぃっと傲慢に残虐に笑っていた。

「バーサーカー」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 少女が自身のサーヴァントのクラス名を呼ぶ。

「これは命令です。あの青いサーヴァントと遊んでおいでなさい」

 その言葉を合図に金色の男は剣ともよべぬ禍々しいほどに膨大な魔力を纏った刃無き剣を手に襲い掛かる。風圧だけで周囲を吹き飛ばさんばかりの豪腕。

 ランサーが前に出て、紅い槍で向かっていた攻撃をわたしや士郎に当たらないように防ぐ。

 だけど、男の怪力と禍々しき剣を前にしては、いくら俊敏に長けたランサーといえど、わたしと士郎を庇いながら戦うのには無理がある。

 白い頬に血が一筋流れた。

「どうしたの? ここで迎え撃つつもりですか? 私はそれでも構いませんが、そんなことをすれば、貴方のマスターの命は保障できなくてよ。場所を変えたほうがいいのではなくて?」

 くすくすと、相も変わらず笑っているようには見えない声で笑い声を上げながら、少女はそんな提案をランサーにかけてくる。確信犯だ。

 ランサーが邪魔にならないように追い払いたいからこそ、わざとそんなことを言っているのだと、ランサーでなくてもわかる。だが、事実ここで、わたしや士郎を守りながら戦うというのはジリ貧でしかないとランサーだってわかっている。

 だから彼は「チッ」と舌打ちをして、公園のほうへと駆けた。追う様に金色のサーヴァントも後に続く。

 残されたのは、このレイリスフィールと名乗る少女と、わたしと士郎の3人だけ。

「さて、改めてもう一度名乗りましょうか、姉様。それとも、姉様が名乗ってくださるのかしら」

 くすりと口元に冷笑を浮かべながらそんな言葉をいうピンクドレスの少女。

 それを前に、士郎が口を開いた。

「アンタは、イリヤの妹なのか」

 そこでぴくりと、レイリスフィールは反応を返して、まるで虫けらを見るような目で士郎を見た。

「貴方……確か、数日前に見かけた小蝿ですか」

「なぁ、どうなんだ」

「煩い虫ね。誰に向かって口を訊いているの」

「……っ、士郎」

 フリルの裾から取り出したらしき石炭のようなそれを、言葉と同時に彼女は振るった。

 瞬間、ボッと、炎が吹き荒れ、士郎に向かって踊りだす。

 反射的に普段は袖の下に巻いて隠し持っている針金を瞬時に変形させ、炎に向かって走らせる。でも間に合わない。士郎は呪文すらすっ飛ばして、干将莫耶を投影し、炎を打ち払った。

 少しだけ、目の前の冷淡な美貌に驚きの色が混じる。

「貴方……随分と変わった技をお持ちね」

 ひょっとして士郎の異常性に気付かれた? 有り得ないことじゃない。いくら幼い姿をしていようとこの子はアインツベルンの小聖杯なんだから。

 ばっと、私は士郎を庇うように前に躍り出る。

 其れを見て、鼻で笑いながら、少女は淡々と口にした。

「何……姉様はソレがお気に入りなのですか?」

 そしてああ、と「いい提案を思いつきました」とこぼして、彼女は続けた。

「なら、それをミートパイにして供してさしあげましょうか? 姉様。ええ、そうですね。私は貴女がそんな風にして、大切なものを喰らう姿を見たい」

 そういって残虐に嗤う口元と昏い炎を灯した瞳。

 だけど、ここで注目すべき点はそこじゃない。

 だから、わたしは震える体と声を抑えて、漸く自分の言葉を押し出した。

「どういう、こと」

「何がでしょうか?」

 くすくすと、冷たく笑いながら彼女は尋ねる。

「今、火の魔術を使ったわよね、貴女。アインツベルンの属性は水属性の筈。いえ、そもそも錬金術に長けるアインツベルンは攻撃魔術は不得手な筈だわ……貴女……何?」

 その言葉に、ピンクドレスの少女は感情を落とした。無表情、無感動な、本当に人形のような顔。膨大な魔力と美しさがそれに際立って、ぞくりと、まるで得体の知れないものを相手にしているような気分になる。

「血縁上の『父親』の血が濃く出たことが、それほどおかしいですか」

 そう、彼女は漏らした。

「いいでしょう。そうね、貴女には話しておきましょう」

 まるでそうでないと自分の気がすまないとでも言いた気な声音で、アイリスフィールお母様そっくりの声をもつ少女は、自分を押さえつけるように自分の両腕を握り締めた。

「18年前、貴女はアインツベルンのホムンクルス、アイリスフィールと、魔術師殺し衛宮切嗣の間に生まれた。人で在りホムンクルスであった高次生命体。それはご存知ですね」

 淡々と、確認事項のように口にする少女。すぐ後ろにいる士郎は僅かに息を呑む。

 ……思えば、士郎がわたしの出自を知るのはこれが初めてだ。

「その時、アイリスフィールの中に宿った生命である貴女(イリヤスフィール)の一部を培養保管し、もしもの時の為の予備聖杯(バックアップ)として保存し、10年前に貴女を失ったことによって、貴女の模造品としてこの世に出した存在……それが私、レイリスフィール」

 そう、その意味はすなわち、この少女はただの同型ホムンクルスということではないということを指していて……。

「お気づきかしら? 私は純粋なホムンクルスではありません。かつての貴女がそうだったようにね。私は貴女の代用品……より、正確にいうのならば、年齢違いでこの世に産み落とされた双子の妹のようなものなのですよ」

 その言葉に思わず唾を飲み込んだ。

 

 

 

 side.衛宮切嗣

 

 

 パソコンを弄る手が固まる。

「キリツグ……?」 

 後ろに控えるサーヴァントの少女が何か言っているが、それすら耳から抜けていく。

 固まった目のまま、パソコンの画面に映し出されているその光景から目を離せずにいる。

 映っているのは、ピンクドレスに身を包んだ、銀髪紅目の凍てついたように美しい少女。その姿は、表情や雰囲気、着ているものは違えど、今は亡き妻アイリスフィールをまるで幼くしたかのような容貌だ。そして、やはり妻とよく似た声をしたその少女が、今告げたこと。

 それはつまり……。

(……あの子は、僕の娘……なのか)

 心臓がばくばくと嫌な音を立てる。

 ありえない話ではなかった。

 イリヤは生まれる前から次世代の聖杯にするために調整されてきた。何度も、何度も繰り返して、アイリの腹の中にいるうちから、だ。

 ならば、密かにイリヤの双子の妹にあたる存在を回収して、もしもの時の為の予備として保管していたというのはありえないと言い切れる話ではない。そもそもホムンクルスが人間の子を身籠もること自体が奇跡に等しいことなのだから、アハト翁ならばもしもの為の予備を、この機会に取っておこうぐらい思ってもおかしくはない。

 そうやって、冷静に思考をめぐらせることは出来る。

 それでも、それは……とても、1人の父親としては残酷な事実でもある。

 更に頭をめぐらせる。

 この子は、今火の魔術を使った。それは、遺伝的に同じ存在でありながら、このレイリスフィールと名乗った少女は僕の因子をイリヤよりも強く受け継いでしまったということを示すのだろう。

 自分の一族の属性と違う属性も持ち合わせて生まれた少女。

 それをアインツベルンほどの魔術師の名家がどう扱うのか。魔術師殺しとかつて呼ばれ、魔術師の裏をかくことにこそ長けた自分には、見てきたかのようにわかるのだ。

 であるからこそ、痛い。

 だが、目を逸らしてはいけないことだ。

 僕は、父親だから。

 10年前のあの時から、僕は1人の父親として生きるのだとそう決めたのだから。

 本当はここで、引くように進言するはずだった。

 今日の本題は教会への襲撃で、それに邪魔が入った以上、今すぐにでも退却するように指示するはずだった。

 だけど、それでも、これを見届けなければいけないとそう思った。

 

 

 

 side.イリヤスフィール

 

 

 くすくす、と自分の出自を明かした少女は笑う。

(双子の……妹?)

 そんな存在は知らない。

 でも、彼女の語ったことが本当だとしたら知らなくて当然とも言える。

 つまり、この少女に与えられた役割はあくまでも、わたしが駄目になった時のための代用品でしかないのだから。わたしがアインツベルンから去るまでは、彼女はずっと試験管の中に保存されてきたということだ。わたしが予定通り役目を果たしたら、きっと表に1度も出ることすらなく破棄されていたんだろう。

 彼女の立場とはつまり、そういうもの。

 自我もなければ、姿もない。そんなもの、同じ城にいようとわかる筈もない。

「ああ、でも誤解しないで下さいね」

 にこりと、氷の微笑を浮かべながら、彼女は言葉を続ける。

「便宜上『父親』と呼びましたが、私は、貴女のように、自分に精子を提供した男を『父親』などとは思っていませんし、自分を産んだ女の事も別に『母親』なんて思ってはいませんから。ホムンクルスが家族ごっこに精を出すなんてナンセンスなだけでしょう?」

 ことりと、仕草だけは可愛らしく首をかしげて少女はそう口にした。

 そして、その言動はそのまま、家族を選んで生きるわたしへの侮蔑を含んでいる。

「アインツベルンを裏切ったという衛宮切嗣ですが、私にはどうでもいい存在です」

 凍るように冷たい声で言い切る、レイリスフィール。

 それに、疑問がわいて口を突いて出た。

「なら、何故貴女はわたしに執着しているの?」

 そう、それが疑問だった。

 最初に現れた時から、この少女はわたししか見ていない。

 だけど、父親や母親というものをどうでもいいと切り捨てるのならば、ならわたしを「姉様」とそんなふうに呼ぶのも、こんな風にわたしを見るのも、わざわざ自分の正体について話すのも何もかもがおかしい。

 そんなわたしに、彼女はほんの少しだけ驚きに目を見開いて、「執着……ですか。そうですね、そうかもしれません」とむしろ自分を納得させるかのように呟く。

「私はただ、貴女の苦しむ姿を見たいだけですよ。そうね、これが憎しみというのかしら。あまりに貴女という存在を呪い過ぎてきたせいかしらね、簡単に殺すのではつまらない。そういうのは、あまりにも勿体無い」

 淡々と、まるで感情のないような平坦な声でそう彼女は自分の気持ちを並べ立てた。

「ああ、そうだ。そうですね、貴女の大切な人を1人ずつ殺していくというのはどうでしょう」

 いい事を思いつきました、と言わんばかりの声で、少女は初めて嬉しそうに言った。

「そう……蝶の羽をもぎるように、少しずつ、少しずつ、周囲を削って、最後に殺してあげる」

「そんなことは、させない」

 士郎の声が割り込んだ。

「また、貴方……?」

 不快感に眉を歪めて、レイリスフィールは路傍の石を見るような目で士郎を見る。

「アンタとは会ったばかりだし、アンタがどうしてイリヤを憎んでいるのかは知らない。でも、姉妹で殺しあうなんて駄目だ」

 そう、強く言って、士郎は双剣を構え、前に出た。

「煩い虫ね……命がいらないのかしら。なら、お望みどおり貴方から殺してさしあげましょう。構えなさい。ああ……2人できても構いませんよ?」

 そう口にして、彼女は木炭にも似たその礼装武器を構えた。

 

 

 

 side.エミヤ

 

 

 耳情報と実際に目で見て確かめるのでは違うものがある。

 私は舞弥の運転する車にのって、双子館について調べていた。

「先日、連絡にあった、耳飾と腕は?」

 バゼット・フラガ・マクレミッツの落し物のことについて尋ねる。

「ピアスは彼女の病室にある机の上に置いてきました。腕は焼いて処分にまわしました」

 淡々と義務的に、黒衣の女は答える。

 ふむ、と思いながら、妙な球体が入っている鞄を担ぐ。

「どうするつもりですか」

「おそらくこれは、バゼット嬢の魔術礼装だろう。……かなりの神秘を秘めている。おそらくこれは、宝具の類だ。ここに放置するのも危険だろう。だからもって帰ろうと思うのだが」

「持ち主に返されないのですか?」

 その言葉に皮肉った笑みを浮かべて言う。

「聖杯戦争が終われば返すさ」

「それは、ミス・バゼットが敵になると……?」

 真意を尋ねるように黒い瞳が私を見上げる。

「その可能性が無いとはいいきれまい。負傷し、サーヴァントを失ったとはいえ、彼女は魔術協会からの廻し者だ」

「ならば、殺しておいたほうが良かったのでは?」

 さらりと、いつも通り淡々とした口調と瞳で舞弥は言った。

「物騒だな、君は」

 苦笑する。

「敵に「なるかもしれない」とだけで全てを殺すようでは、この地上に生きる人間は誰もいなくなるだろうよ」

 その言葉に、彼女は俯いて瞳を伏せた。

「さて、帰るとしよう。君はどうする?」

 それに、ややあってから、舞弥は口を開く。

「私は……暫く、別口で調べたいことがあります」

 その言葉に少し驚いた。

 彼女が自分のやりたいことを口にするのはそれほどまでに珍しいことだったからだ。

「それは、聖杯戦争とは関係があることかね?」

「あるともいえるし、ないともいえるでしょう」

 曇った黒い瞳は、上手く言葉を見つけられていないようだった。

「……すみません」

 沈黙に耐え切れなかったかのように、彼女はそう漏らした。

 それもまた珍しい反応だ。

「責めているわけではない。寧ろ、君がやりたいことを見つけたというのは、私にも喜ばしいことだ」

 それは無責任の励ましのようだが、本音でもある。

 機械のように自分の望みを口にすることもなく生きる彼女は、私から見ても過去を見るようで心苦しい部分があったのだから。だから、微笑みさえ浮かべて口にする。

「君の調べごとで、手がいるようならばいつでも言ってくれ。協力しよう」

「ありがとうございます、シロ」

 そういって、ぺこりと頭を下げて、彼女は車に乗って去っていった。

 

 

 

 side.遠坂凛

 

 

 私は息を呑みながら、その戦いを見ていた。

 流麗な容姿のサムライと、自分のサーヴァントたる紅き騎士との戦い。

 一般的に知られる刀より余程長い刀を自在に操りながら、紫のサムライは刀を優雅に振るい続ける。対する白黒の双剣を構えた男は、無骨ながらも美しい剣技でそれに応えた。

「ふむ、唐の刀を使う手合いか、面白い」

 からかうような声で、けれど戦いへの興奮も滲ませながらそんな言葉を吐くアサシン。

 その姿は武人には見えても、とてもマスターの暗殺に長けたアサシンのクラスには見えない。

 対するアーチャーもまた、弓の英霊のクラスに似つかわしくないスタイルで、刃を交え続ける。

 人外の証たる魔力を互いに迸らせながら、人間にはありえぬ身体能力で打ち合う人型の異形たち。月を背にしたその演舞は惚れ惚れするほどに美しい。

 常軌を逸脱した剣技を披露しながら、アサシンはぎらりと獰猛な光を瞳に宿して刃を振るい続ける。

 それに相対しながら、アーチャーは冷静に念話をわたしに送ってきた。

『凛、このままでは埒が明かん、どうする?』

 策がありそうな口調での念話だったが、今の今まで2人の戦いに見惚れてぼーっとしていたわたしは慌ててそのことに気付かなかった。

『え……そうね』

 その時、唐突に、アサシンは「む……女狐め、余計なことを」なんてぽつりと嫌そうに口にした。

 それで気付く。

 ざわざわと音を立てて、アサシンを援護するように骨の人形が沸いて出てきていることを。

 ソレを見て、アサシンは刃を収める。

「興醒めだ。帰るがいい、娘」

「どういうつもり?」

 自分が有利な立場になったのに、それを放棄するなんて、なんていぶかしみながら口にすると、「文字通りの意味だ」と男は答えた。

「私が求めるのは命がけの闘争よ。無粋な横槍など、興醒めもいいところだ」

 心底つまらなさそうな目をして語るサムライ。

 どうやら本当に自分達を帰すつもりらしい。

「いいわ。帰りましょ、アーチャー」

 どうせ今日の目的は様子見だった。アーチャーは怪我らしい怪我を負っていないし、キャスターとアサシンが組んでいるという情報を手に出来ただけ上々だ。

 だから、そう口にして踵を返した。

 

 

 

 side.衛宮士郎

 

 

 炎が踊る。躍り掛かる。それを手にした双剣で打ち払って、俺は駆けた。

 けれど、いくら払っても払っても、少女の手の中から炎は生まれ、俺とイリヤを襲い続ける。

 イリヤの魔術によって針金の鷹は盾へと姿を変えて、炎を防ぐけれど、灼熱を前に針金が融け始めている。それに、イリヤが焦りの表情を見せる。

「どうです、貴女の力はそのようなものですか?」

 今度は四本の石炭を指に番えて、彼女はそれを放った。

 じゅっと、電信柱が融ける。

 それを目にしながら、俺は彼女、レイリスフィールに向かって疾走する。

「小賢しい」

 少女の小さな左手から、隠し持っていたのだろう針金が飛び、それはそのまま生命を持っているかのように、俺の身体を拘束しようと巻きつくように迫る。

「士郎っ!」

 悲鳴染みた声を上げて、イリヤが俺の名をよぶ。

 負けるわけにはいかない。

「ぁあっ!」

 声を上げて気合をいれ、俺は自分に迫る針金を両断する。

「それで終わりと思って?」

 切られた針金は、それ自身が命をもっているように蠢いて、俺の右足と両腕をがっちりと下のアスファルトへと縫いつけた。

「なっ」

「ねぇ、姉様」

 くすりと笑いながら、少女は俺に近づく。

 イリヤは未だに炎に囲まれている。

「私、此処に来る前に日本のこと、少し調べましたのよ。それで面白い風習を見つけましたの」

 ぐいっと、ホワイトブーツで俺の顎を持ち上げながら、彼女は言った。

「土下座してくださらない? この男の顔を焼き焦がされたくなければ。大切なんでしょう? この男が」

 かっと、その言葉に怒りがわいた。

 イリヤの妹で小さな女の子だからと、そう思って強くは出れなかったが、そんなことは認められない。

「士郎っ……!」

 イリヤは悲痛そうな声を上げる。

「返答は10秒以内にお願いします。それ以上は私、待てそうにありませんから」

「まって、そんなの」

「10、9、……」

 駄目だ! こんなの認められない。

 こうなったら、やむをえない。全投影連続層写(ソードバレル・フルオープン)で有りっ丈の武器を投影して、彼女を止めて逃げるしか……そう思い、ここから巻き返すための設計図を描こうとしたその時、ぴくりと、彼女は反応を変えて俺から離れ、俺でもイリヤでもない方角を見た。

「また、貴女ですか、キャスター。……本当にしつこいこと」

 苛立たしげにそんな声を漏らす。

「命拾いしましたね。気が変わりました。……今日のところはこれで帰りましょう」

 言ってくるりと、彼女は俺たちに背を向けた。

「姉様、覚えていてくださいね。貴女を殺すのは私の役割ですから。それまではせいぜい生き喘いで下さいな」

 リン、と少女の髪飾りにつけられた鈴の音が鳴り響く。

 それが合図かのように周辺に張られていた防音と人除けの結界が融けていく。

「では、御機嫌よう」

 そうして、レイリスフィールと名乗った少女は去っていった。

 残ったのは俺の両腕と右足に絡みつく魔術で強化された針金と、いまだくすぶり残っている炎の欠片、そして……。

「イリヤ……?」

 どさりと、放心したように意識を無くしたイリヤだけだった。

 そんな光景を、月は無慈悲に見ていた。

 

 

  NEXT?

 

 




 因みに今作第五次バーサーカーのステータス。

 バーサーカー:真名・ギルガメッシュ。
 属性:混沌・狂
 筋力A+ 俊敏B+
 魔力A+ 宝具EX
 耐久A  耐魔力D
 幸運D 
 黄金率(A)、カリスマ(B-)、神性(B)、怪力(A)
 狂化しているために、カリスマや耐魔力などの値が下がっている。幸運はマスターとの相性の悪さのせいでがくりと下がっている。(ただし、黄金の鎧の神秘力と耐久力の高さ故に、セイバーのエクスカリバー数回受けてもなんとかなる)
 あと、狂化しているせいで、エアの真名開放が出来ない。その代わり、神話にある怪力が復活している上に慢心も消えている為弱くはない。
 本来、バーサーカークラスの適正がないのにバーサーカークラスとして(アハト翁が無理矢理)呼んだため色々酷いことになっている。
 なんでアハト翁がそんなことしたかって? いつも通りの傍迷惑空回りの結果だよ! ルールは破るためにあるもの!! トッキーから触媒盗んじゃったよ、てへぺろ☆
 強いて言うなら今のギルの状態は月での聖杯戦争のアルクェイドみたいなものと思っておいて間違いはないかと。(アルクも本来はバーサーカークラスの適正無い的意味で)
 マスターであるレイリスフィールと相性は最悪。寧ろマスターとか思っていない。互いに機会があれば互いの命を狙い合うような主従。
 因みにレイリスフィールは本作イリヤよりは数段階魔術回路がレベル上かつイリヤよりも起源の関係もあって戦闘に向いているけど、聖杯としての性能は原作イリヤより一段階劣るため、原作イリヤみたいに過程放り投げて結果出すような真似は出来ないよ。
 火と水の二重属性。炎と錬金術を武器に戦うよ。

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