新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。

今回の話は久しぶりに前後編に別れる話ですので、次回の話と併せて1つの話にカウントしてくれたらいいと思います。



14.まどろみの中見た夢 前編

 

 

 

 私を召喚したのは藤紫色の髪と目の、歳若い少女でした。

 その少女を見て、私は一目でわかりました。

 ああ、彼女もまた、私と同じやがて化け物になる運命を背負った存在なのだと。

 同情だったのでしょうか。

 わかりませんし、どちらでもいいことです。

 ただ私は一目見て、その少女を、召喚主であるサクラを好きになっただけです。

 だから令呪など関係なしに守りたいと、そう思ったのです。

 けれど、彼女が最初の令呪を用いて行ったことは、それを許すものではありませんでした。

 彼女の兄、シンジを仮初の主として、それに仕えること。

 それが偽臣の書を作り上げた、彼女の下した命令(れいじゅ)。 

 そうして、私はシンジの仮のサーヴァントになりました。

 けれど、サクラ、彼女は3日前から突如、塞ぎこんでどんどんとやつれていきます。

 でも、私は命令上シンジの言うことだけを聞くことになっていて、彼の傍にいることになっています。

 それが彼女の望みだから、叶えなければいけないことだとそう認識しています。

 だから、彼女の傍にいることは出来ません。

 でも、もしも叶うのならば、こんな時に……貴女の傍にいられたらいいのに。

 

 

 

 

 

 

  まどろみの中見た夢

 

 

 

 side.レイリスフィール

 

 

 今から18年前、まだ私がアイリスフィールという女の胎内で、胎児としての形すら保っていない時、私は見たことも無い母や姉と別たれ、試験管の中で自我も成長もないままにずっと保存されてきた。

 本来ならそのまま、私は姉が役目を果たすと共に破棄されるか、或いは姉に移植する為の魔術回路として、ある程度肉体を成長させられたあと、魔術回路(わたしのすべて)を姉に移す形で役目を終え、肉体は破棄。自我もないまま、姉に存在を知られることもないままに一生を終える筈だった。

 けれど、姉は、イリヤスフィールはアインツベルンを裏切り、どこの誰とも知れぬサーヴァントの手を取ってこの城から去っていった。

 姉は、次代の小聖杯はアインツベルンから失われたのです。

 故に、姉の予備聖杯(バックアップ)として、模造品(レプリカ)として試験管の中で保管されてきた私は、10年前にこの世への誕生を果たした。

 次の小聖杯へと為るために。

 突如としてなくした空白を埋めるようにと、急いで成長を施され、知識を与えられ、生まれた身体は既に10歳児くらいの大きさでした。

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの代用品として保存されてきた私は、人工的に作られた存在とは言え、その遺伝性だけでいうなら、人間で喩えると彼女とは一卵性双生児のようなもののはずで、だからイリヤスフィールと同じ性能であることを期待されていたらしい。

 けれど、実際の所、私はイリヤスフィールとは違うものに生まれたのです。

 姉にはないはずの火の属性をも持ち合わせ、姉よりも戦闘への適正を持つ私は、その見たこともない姉よりも遥かに、アインツベルンの聖杯としての資質は劣っていたのです。

 初めて出会った大爺様は、そんな私を見て「失敗作か」とそうこぼしました。

 それでも、私が廃棄されなかったのは、見たことの無い姉よりも劣っていたとしても、それでも聖杯としての役目への適正は、他のどのホムンクルス(しっぱいさく)よりも高かったから、それだけなのでしょう。

 見知らぬ姉より劣るといえど、それでも生みの母だという先代の聖杯の守り手、アイリスフィールよりも私のほうが聖杯としての資質自体は上だったみたいです。

 あの城に私以上に聖杯としての適正を持つ存在は居ません。

 だから、私はやっていけると思ったのです。

 そう思っていたし、信じていた。

 見たことの無い姉などしらない。

 いなくなってしまった人などどうでもいい、その筈でしょう?

 私は私。

 だから、どんな鍛錬や調整を施されようと、例えそれが結果で死にかけようと、泣き言なんて洩らした事もなかったし、役目を果たせばいつか『私』を認めてくれるだろうと思って私はそれに耐えた。耐えてきたのよ。

 私はアインツベルンだ。

 姉ではなく私こそが正統な次代の聖杯だと、その誇りを胸に。

 なのに、彼らはいうのです。

「ああ、イリヤスフィール様ならば」

 と、そんな言葉をいうのです。

 ふざけないで。

 アインツベルンを捨てて、逃げたモノでしょう、それは。

 ふざけないで。

 私は劣ってなどいない。

 アインツベルンを捨てたものなんかに、己に課された運命から逃げ出したものなんかに、劣ってなどいない。

 私を、裏切り者(イリヤスフィール)などと同列に見るな。

 火の魔術適正をもっているから何?

 遺伝上の、父親の血が濃く出てしまったから何?

 だから、何。

 だから、何なの。

 オマエたちなど、私よりも失敗作じゃない。

 聖杯の器になれぬほどの失敗作じゃない。

 イリヤスフィール様、イリヤスフィール様、そんな言葉とっくに聞き飽きたのよ。

 模造品だから、なんだというの。

 何故、そんなことで劣っているといわれなければいけないの。

 私はイリヤスフィールなどではない。そんなものは知らない。

 だけど、大爺様も、言うのだ。

 口にはせずに、目でいつもいうのだ。

『何故、オマエはイリヤスフィールではないのか』と。

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは裏切り者なのに。

 衛宮切嗣とそのサーヴァントに連れて行かれたというイリヤスフィール。

 同じ遺伝子をもつ筈の、見たことすらない私の姉。

 同じ血、同じ遺伝子をもちながら、なのに私よりも高いアインツベルンとしての適性をもち、その癖に全てを捨てた愚か者。

 それと同じ血をひいている、同じ遺伝子をもつ、それだけでいつか私も裏切り者になるのではないかと、そう揶揄されて育ってきた。

 オマエなど、信用しない。最低限の役目さえ、果たせばそれでいいと。オマエに期待など、しないのだと。

 そう、メイドも、大爺様も言うのだ。

 私はイリヤスフィールとは違うのに。

 大爺様自身、私とイリヤスフィールは違うと、だからオマエは失敗作なんだと口にするくせに、なのに私が死にかけるたびに、結局はオマエもイリヤスフィールのようにいつかは裏切るのだろうと何度も私を罵ってきた。

 

 そうして、私が自我を得て2年ほどの月日が経ったある日聞いた噂話、それは、イリヤスフィールは、日本で衛宮切嗣らと共に家族として呑気にも幸せに暮らしている。そんな話だった。

 そう、アインツベルンのホムンクルスとしての生まれ持った身体を捨て、人間のように暮らしているのだと。

 幸せに幸せに、人間のフリをして、人間のようにそんな風に暮らしているのだ、なんてそんな話をメイド達は口にしたのだ。

 喩え人の血が混じっていようと、私たちは人間じゃないのに。

 ホムンクルスなのに、なのに、その私よりも聖杯として格上であったという姉は、下賎の人間の真似事をしていると、そういうのか。

 つまりは……イリヤスフィールとは、その程度の輩なのか。

 アインツベルンを捨てただけでは飽き足らず、ユスティーツァ様の系譜に連なる全ての者達の想いが込められたその身体すら捨てたというのか。

 そんなアインツベルンのホムンクルスとしての誇りすらない相手と、今日(こんにち)まで比べられてきたというのか、私は。

 そんな人間の真似事をしているようなものに劣っていると、そういわれ続けてきたのか。

 そんな卑賤に身をやつした相手よりも私のほうが格下だと、そういうのか。

 大爺様も、メイド達も。

 私が、イリヤスフィールに劣ると?

 何をやっても劣ると?

 そんな風に言うのか。

 ふざけないで、ふざけないで、ふざけないで。ふざけないで!

 認めない。許さない。

 冗談じゃない。

 私は劣ってなどいない。

 私は負けない。

 絶対に、負けるものか。

 負けて、たまるものですか。

 もう、言わせない。

 誰にも言わせるものか。

 失敗作? 所詮は模造品? 劣化品? ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。

 そんな、全てを捨てた負け犬などに負けているなどあって堪るものか。

 それが事実ならば、それならここにいる私は何!?

 違う、私はイリヤスフィールじゃない!!

 ええ、絶対に、そうであるはずが無い。

 そうであるなんて、認めない。許さない。そんなことは許さない。

 アレと一緒にするなんて、もう許さない。

 私は私だ、次世代の聖杯レイリスフィール・フォン・アインツベルンだ!

 私は、失敗作なんかじゃない。

 証明してやる。証明してみせる。

 私は逃げない。私は負けてなどやらない。

 アインツベルンの悲願?

 望みどおり背負って果たしてやる。他ならぬこの手で第三魔法を成就させてみせる。

 私自身の手で果たしてみせる。

 それを果たして、もう私はイリヤスフィールのたかが模造品(れっかひん)などとは言わせない。

 私は、私という存在を証明してみせる。

 それを阻む者は殺してやる。

 殺してやる、殺してやる、殺してやる。

 私を失敗作と呼んだメイド達も、私の前に立ちはだかる忌々しいものは全て、殺してやる。

 大爺様の望みどおりに、聖杯戦争で敵対するサーヴァントのマスター達だって、嗚呼皆殺しにしましょう。

 そうして最後に、私は彼女を殺すのだ。

 見たことも無い、会った事も無い、裏切り者の……姉を。

 そうだ、私はレイリスフィール・フォン・アインツベルン。

 次代の聖杯。

 私こそが正統なるアインツベルンの系譜。

 私こそが……。

 私は…………。

 

 

             * * * 

 

 

 ふ、と鼻に届く空気の匂いが故郷のものとは違って、自分がまどろみの中、昔の夢を見ていたということに気付き、目を覚ました。

 きぃ、と揺れるブランコ。夜の公園で私はどうやらうたた寝をしていたらしい。

 ぐらり、と頭が揺れるよう。

 はぁ、と吐く息は白い。

 体がダルい。

 ホムンクルスの身体は脆弱に出来ている。

 私は遺伝上の父親が人間であるせいなのか、他のホムンクルスに比べると丈夫だが、それでも普通の人間並みというわけでもない。

 一応簡易の結界を張ってはいるが、それでもたとえ並外れに高い魔力を私がもっているにしても、今の消費量を考えるとこの状態は少しまずい。

 やはり、2連夜でバーサーカーを使ってきた無理がここにきたか。

 思わず苦い気分になって顔を顰めたくなる。

 そんな下品な真似は、頼まれてもしないが。

 全くもって、忌々しい話だけれど、普通に使役する使い魔の延長であれば、たとえ消費量が桁外れに大きくても問題はなかっただろうに、英霊をクラスに嵌めこんで呼び出す冬木の聖杯戦争のサーヴァントはそうはいかないというのが、頭の痛い話としか言いようがない。

 アレの意思を魔力でねじ伏せ、押さえ込みながらランサーと戦わせつつ、自分も戦闘を展開するとなると、かかる負担も尋常なものではない。

 どちらかに集中するのならば、ここまで疲労することもないのでしょうけれど、アレが相手ではそうもいかないのだから、これはどうしようもない話だ。

 おそらくきっと、一番の敵とはそれすなわち自分のサーヴァントのことだろう。

 赫き狂気の瞳の、黄金の王。

 サーヴァントに意思など必要ないというに、本当に……忌々しい。

「…………」

 ブランコから立ち上がろうとして、ぐらりと眩暈がした。

 いけない、本当に疲労が溜まっているらしい。

 でも、それでも……冬木の拠点ともいえる、あの城に戻る気もない。

 あの城は、嫌なことを思い出す。

 聖杯としての役目を果たすために、アレを身に着けるために帰る時でもなければ戻りたいとも思わない。

 メイドたちは既に殺しているというのに。全く、どこまで私を縛れば気が済むのか。

 ぴくりと、指を動かして袖下に忍ばせた、私の血を混ぜて作った魔術武装に手を伸ばす。

 誰かが、来た。

 感じ取れる魔力量自体は微量だが、それでも結界への干渉の仕方を思えば、それなりに上位の魔術師だ。

 けれど、解せない。

 結界への破り方そのものは上位の魔術師を思わせるほど隙がないというのに、まるで自分の存在を隠す気もなければ、敵意すら漂わせていない。

 やがて歩きよって来たその男は、まるで親しい相手にするかのように、やぁと手をあげてそんな挨拶をした。

 知っている。

 初めて会う顔だが、アイリスフィールの記録の中で見た顔だ。

「驚きました、魔術師殺しというのは、人を背後からでしか仕留められない下賎な輩だと思っていたのですが……堂々と顔を見せるなんて、これは貴方への認識を改めたほうがいいのかしら。実に愚かな男であると。どう思いますか、衛宮切嗣」

 そう、ぼさぼさの黒髪に、醜い無精ひげを生やして、黒くてくたびれたスーツを身に纏った男に口を開いた。

 男は苦笑しながら「手厳しいな」といって、手を下ろす。

 まるで、敵意がない証明であるかのように。

 違和感染みたそれに、僅かに目を細めるが、男の態度は何一つ変化を見せない。

「何か用でも?」

 無感動に、路傍の石を見るようにそう声をかけたというのに、男は変わらず、死んだような目のまま口元を僅かに綻ばせて、口を開いた。そのような佇まいなのに隙が全くない辺りが、腐っても魔術師殺しということだろうか。

「君は……僕を恨んでいるかい?」

 男が口にしたのは理解し難い言葉だった。

 何を言っているのか。本当に、馬鹿なのか。

 そんな私を見て、男は付け足すように、「ほら、僕はアインツベルンの裏切り者だろう?」と、まるでおどけるような口調で口にする。

 本当に、理解し難かった。

「随分な自惚れ屋ね。呆れました」

 冷め切った声で冷淡に告げ、そして、冷静に自分の見立てと本音を告げた。

「オマエにそれほどの価値があるとでも? 随分とおかしな身体をしているじゃない。汚らわしい。オマエなど、私が手を下さずともすぐに死ぬでしょう。オマエ如きが、わざわざ私が手を汚す価値があるとでも思っていたのかしら?」

 そこまで言ってから、ふとあることを思い出した。

 ああ、そうだった。大爺様は随分とこの男を恨んでいるようだった。

 だから、そんな質問をこの男は口にしたのかと思ったので、私も述べる。

「それとも、私が貴方を殺すように大爺様に言い付かっていたと思っての事? そうね、大爺様は貴方を随分と恨んでいたようですけれど、私にとってはオマエ、衛宮切嗣などには興味すらありません。路傍の石が如き存在です。話はそれで終わりですか。ならば今すぐ消えなさい。今なら私に口を聞いたことも許して差し上げますよ」

 その言葉に、何故か男は傷ついたような色を一瞬顔にのせた。

 そんな男の反応に不愉快な気分になる。

 人間如きが煩わしい。何様のつもりなのかしら。

「僕は……」

「忠告したはずです。今すぐ消えなさい」

 ボッ、手元にある武装を振るって火を男に放つ。男はそれを銃を手にして避けながら、何事か呪文を唱えた。数瞬男のスピードが加速して炎から逃れる。あれが、男の魔術か。

 けれど、銃を手にしながら、男は私にむかって構えすらしない。

「撃たないのですか、衛宮切嗣」

「君こそ、サーヴァントは出さなくていいのかい?」

 炎を放ちながら聞いた問いに、男は何処か乾いたような声でそんな言葉を口にした。

「馬鹿らしい。サーヴァント相手でもないのに出すわけがないでしょう。見縊らないで。オマエなど、私1人で充分です」

「そうか」

 言いながら男は後ろに下がった。

 その目は私の炎など欠片も脅威に感じていないかのように、どことなく慈しむような目で私から視線を外さずに、言った。

「それじゃあ、僕はこれで帰るよ。君とは……また話したいな」

「貴方、頭は確か? 私に貴方と話すようなことなどありはしません」

「はは、手厳しいな」

 そう言って、男は公園から姿を消した。

 意味がわからない。本当に何をしに現れたのか。

 じゃらりと、手元に視線を落とす。昨日、今日と随分と武装を消費した。そろそろまた造っておいたほうがいいのかもしれない。

 本当に、面倒だこと。使い捨て製故に仕方のないことではあるが。

 思いながら結界を完全解除して、認識阻害の結界を変わりに私の周囲にかけて公園を後にする。

 東の空に少しだけ光が差し込み始めていた。

 

 

 

 side.衛宮切嗣

 

 

 林を抜け、彼女からたっぷり100m以上は離れてから、僕は周囲の樹木に寄りかかって、衝撃のままに咳き込んだ。

「げほ、ごほ、が……はっ……」

 べったりと手に赤い血が張り付く。蒼崎製の魔術薬を飲んだ副作用と、固有時制御を使用した事によるその弊害だ。ずるりと、思わずそのまま地に膝を落とす。

 そんな僕を見ながら、彼女は呆れたような……それでも哀しみも帯びた声で言った。

「やれやれ……前途多難だな」

 立てるかと、差し出される褐色の手。

「全く、難儀な選択をする」

「うん、僕も、我ながら馬鹿みたいだと、そう思うよ」

 ぐいっと、彼女……自分の義娘であるシロだ、に引っ張り上げてもらいながら、繕う事さえ出来ぬ様のままそう口にした。

 あの時……撃とうと思えば、僕はあの子を撃てた。

 あの子の炎は確かに威力こそ高かったが、幼いその年齢と違わず、未成熟で、力の使い方にまだまだ隙が多かったし、そもそも優秀な魔術師の殺害にこそ秀でているのが僕の特徴だ。

 事前に魔術薬を飲んで、昔並みに身体能力を戻してみればどうということはない。

 それに、僕の最も頼みの綱とする礼装……起源弾の効果を思えば、全身が魔術回路と刻印で出来ている彼女のようなタイプは、それこそ銃弾一つ、それだけで全てが終わる。

 僕の骨を加工して造ったソレは、僕の起源である「切断」と「結合」を如実に体現する魔術師殺しに打って付けの武装だからだ。

 切断と結合、その意味は変質。

 つまり、この弾を撃ち込まれた魔術師は例外なく、己の魔術回路を暴走させ、肉体を破壊させる。

 破壊の度合いはそのとき術者がどれほどに魔術回路を起動させていたかによって変わるが、物理的手段をもって防ぐ以外に、これを回避する手はない。

 そう、たとえどんなに強力なサーヴァントを従えてようと、全身が魔術回路で出来ており、膨大な魔力を持つ彼女は一発の銃弾さえ当たれば致命傷を負ってしまうのだ。

 僕らの目的は聖杯の破壊である。

 そして、彼女は今回の小聖杯だ。

 それを思えば、彼女を此処で殺すというのも選択肢になかったわけではない。

 だけど、僕は撃たなかった。撃とうとさえ、思わなかった。

 いつだって僕は、悩む心とは別に引き金をひくことが出来た。そういう風に生まれついていた。

 でも、だけど……じっと、自分を見ている白髪長身の彼女を見る。

 10年前に、聖杯よりも彼女を……シロを選んだそのときから、僕は1人の父親として生きようとそんな選択をしてしまったんだ。そのときから、僕に正義を語る資格はない。

 そんな資格はなくしてしまった。

 10年前の焼け野原を思い出す。

 結局僕がしたことというのは、何の意味もなさなかった。

 何一つ救うことなく、ただ被害を広げる。それしか出来ないのであれば、何が正義の味方なのだろう。

 だから、せめてもう、この手に残った家族だけでも守っていかなければと思った。

 正義の味方になりたかった男ではなく、1人の父親として、この手が届く範囲だけでもそれだけでも守らなければとそう思ったんだ。

 今は亡き妻、アイリスフィールの言葉を思い出す。

『ねえ……お願いよ、キリツグ……アーチャーを、私たちのもう一人の娘を……守ってあげて』

 涙ながらに彼女が語った言葉、それは1人の母親としての言葉だ。

 妻の最期の願いが、それだった。

 きっと、彼女がここにいれば、シロだけじゃない、他の子供達にだって同じことを言うだろう。

 全てを慈しんで、そうして母親として、僕に父親として生きて欲しいとそういうのだろう。

 もう、僕は戻れない。

 魔術師殺しには戻れない。

 だから、僕はせめて父親としての役目を果たしたい。

 レイリスフィールと名乗ったあの子。初めて会った僕の3人目の娘。

 その鋭利で冷たい目の中に、いつか見たシロから流れてきた記憶の中のイリヤスフィールを重ねた。

 憎しみを糧に狂戦士を従えて既に死んだ僕を殺しにやってきた娘の姿を。

 そう……あの子はもう1人のイリヤ、僕の罪の証だ。

 僕の余命は少ない。

 ならば、その少ない命を……捧げたいとそう思った。

「軽蔑……するかい。聖杯戦争をすぐに終わらせる術があるのに、それをせずに、あまつさえ救いたいと願う僕を」

 きっと、シロの本当の養父だった衛宮切嗣(べつせかいのぼく)ならば、こんな選択はしないのだろう。

 そう思って、口元に力無い笑みを浮かべて、そんな言葉を口にした。

「いや。私は貴方が思うままに進めばいいと思っている。私はそのサーヴァントとして、貴方の決断に従うだけだ」

 きっぱりと、淀みなく、まるで10年前のような口調でシロはそんな言葉を口にした。

「シロ、サーヴァントなんて、僕は……」

 もうそんな風に思っていないのに、何故そんなことを言うのかと咎めるような口調で口にすると、やっぱり10年前によく見せたような皮肉そうな顔をして、シロは「どう言い繕おうと私は貴方のサーヴァントだ、それを忘れたわけではないだろう?」そう言いながら、僕の普段は隠している、1つだけ残った令呪へと目をやった。

 たとえ10年間、親子として暮らそうとも、受肉してようとも、自分は元来人間ではないのだと、既に人間ではない死者なのだと、そんな線引きをするかのように。

 やめてくれ。

 そんなことはわかっていた。

 でも、忘れていたかった。

 僕は君とも普通の親子でありたかったんだよ。

 そんな僕の声が聞こえたわけでもないだろうに、でもシロはふと表情を優しい笑顔に戻して「さて、帰ろうか、切嗣(じいさん)。そろそろ、他の者も起き出してしまう」なんて、いつもの……10年間見慣れた家族としての顔に戻って僕に手を差し伸べた。

「そうだね。帰ろう……我が家へ」

 そうして家に帰ったら、僕はまた1人の父親に戻るのだ。

 

 

 

 side.イリヤスフィール

 

 

 夢を見ている。

 一目で夢だとわかるような夢だった。

 だって、そこにはアイリスフィールお母様がいる。

 10年前に死んだはずのお母様がいるのだ。

『イリヤスフィール』

 そんな風に優しい笑顔で優しくわたしの名前を呼びながら、お母様が笑うのだ。

『お母様っ』

 夢の中でも会えた事が嬉しくて、わたしはお母様に駆け寄って抱きつく。

 見れば、手足が小さい。

 わたし自身が子供の頃の姿になっていた。

『あらあら、イリヤは甘えんぼね』

 笑いながらお母様はわたしの頭を優しく撫でて抱きしめる。

 ああ、本当にお母様だ。

 夢だとわかっていても嬉しくて苦しくて、わたしはわたし自身も子供に返ったみたいに拙い言葉を思いのままに口にした。

『あのね、あのね、わたしね、妹がいたらしいの』

 ぬくもりにすがって、震えそうなのを隠して、昔の自分によく似た顔をしたあの子を思いながら口にした。

『すっごくこわい子で、でもかなしい子なの。つめたくて、こわい目をしていて、わたしをにくんでいる、みたいだった』

『ねぇ、イリヤ』

 ふと、お母様の声の雰囲気が変わる。

『お母様……?』

『それは、こんな顔だったのかしら?』

 ぞっとするほど冷たい目をして、お母様の顔はあの子に変わっていった。

『自分で捨てたくせに、縋るなんて、無様ね、姉様』

 

 

             * * *

 

 

 悪寒に冷たい汗を噴出しながら、わたしはがばりと勢いつけて自分の身を起こした。

 其処は自室、10年間見慣れたわたしの部屋だ。

 ばくばくと、人形の心臓が嫌な音を立てる。そんなところまで、この稀代の人形師が作った身体は忠実に人体を模しているのだ。

「イリヤ」

 ほっとしたような少年の声がして、わたしはこのときはじめて声の主のほうを見た。

「士郎……?」

 右を向けば、10年間、家族として一緒に育った弟である赤毛の少年が、ほっと安心したような笑みを浮かべながらわたしを見ていた。

「お、やっと目覚めたか、マスター」

 飄々とした男の声が別のほうから聞こえる。

 蒼い、サーヴァントの正装たる戦闘服に身を包んだランサーがそこにいた。

 どういうことなのか、数瞬状況を把握できずに固まるわたしを前に、士郎が労わるような声で簡潔に「昨日、イリヤの妹だっていうレイリスフィールって子と戦った後、倒れたんだぞ」と、そんな言葉を口にした。

 ……思い出した。

 ううん、忘れていたわけじゃない。

 ただ、思い出したくなかっただけ。

「ったく、俺が見とくから坊主は休んどけって何度も言ったのに、ちっとも聞きゃあしねえ。良かったな、嬢ちゃん。アンタ、愛されてるぜ」

「あのまま放っておけないだろ。それに、イリヤが倒れたのは俺にも責任があるし」

 呆れたような声で言うランサーと、それに極真面目に言葉を返す士郎。

「そう、士郎心配かけてごめんね、有難う。それと、ランサー、そっちは昨日どうなったの」

 最優先で確認事項を口にする。

 それにランサーは「あー、昨日あの金ぴかと戦ってたらよ、途中でキャスターの手下の竜骨兵共が乱入してきてな、金ぴか相手にまるで俺を援護するかの調子で一斉攻撃を始めやがった、と思ってたらパス通じて嬢ちゃんの意識急に切れたことが伝わってくるしで、こっちとしちゃあちっと焦ったんだぜ?」なんておどけ口調で言った。

「キャスターが? どういうことなの?」

「さて、な。大方バーサーカーのマスターの嬢ちゃんは、あの魔女の怒りを買ったってとこだろ」

 あっけらかんとした口調で、報告は以上といわんばかりにランサーは言った。

「まぁ、なんにせよ、マスターがそんな状態じゃ戦闘を続けてもしょうがねえからな、そのまま坊主共々撤退した」

「そう……迷惑かけたわね」

 思わず、肩を落としながら口にした。

「何、イイ女にかけられる迷惑なら、歓迎ってな」

「それ、不愉快だから二度と口にしないで」

 シロだけじゃなくてわたしにも粉かけるつもりなんて、どこまで節操がないのよ、この男。

 ううん、シロだけの件でもゆるせないけどね。

「で、今日はどうするんだ?」

「そのことなんだけど」

 そこで、士郎が真面目な声で割ってはいる。

「どうしたの?」

「言うタイミング外してて言えなかったんだけど、学校に結界が張られているんだ。だから、イリヤには悪いんだけど、今日は一緒に学校に来てくれないか」

 俺じゃ対処出来ないし、なんて付け足しながらかけられる目の前の弟の言葉に、「ああ、あれか」とランサーはわかっているような声で言った。

「どういうこと? 説明して」

 それに、士郎は答える。

「一昨日に学校に行ったら、違和感を感じてさ。どうも、それ危険な類のものっぽいんだけど、俺にはそれ以上はわからなかった」

「ランサー」

 事情を知っていそうな蒼い男に向かって、問いかける。

「まあ、ありゃあ十中八九魂喰いの結界だ。中にいる人間を溶かしてサーヴァントが食う為の仕掛けだな」

 そう口にした。

 その言葉で、犯人はわかった。

 きっと、間桐慎二だ。

 話しには聞いていたけど、まさかこの世界でもマスターになっていたなんて。

「わかったわ。今日はわたしも学校に行く」

 そう決断を下す。

「なんだ、解呪しちまうのか?」

 なんて、ランサーは口にする。

「当たり前よ。一般人に被害者を出すなんて以ての外だわ」

 とはいえ、わたしは士郎や凛じゃないから、言うほど他人にかかる被害を気にするタイプでもない。

 でも、もし一般人に被害が出たら士郎やシロは哀しむから、そういうのが嫌なだけなのだ。

「一般人に被害者をねえ……ま、立派だな」

 あっさりとランサーはそう言った。

「んじゃ、まずは腹ごしらえといきますか」

 よっと声を上げて、伸びをしながら蒼い男は立ち上がる。そのタイミングと同じくして、金紗の髪をした美しい少女が顔をのぞかせた。

「マスター、イリヤスフィール、ご飯が出来たそうです」

 わたしのお下がりの服をきたセイバーの衣装に匂いが移っていたのだろうか、おいしそうな匂いがふわりと漂って、鼻腔をくすぐる。いつも通り、食欲を刺激するいい匂いだった。

「今行くわ」

 そう口にして立ち上がった。

 朝から慌しいけど、それに助けられたなとも思う。

 今朝のまどろみに見た、何処か暗示染みた夢はもう思い出したくもなかった。

 

 

 続く

 

 


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