新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
おまたせしました、今回から第五次聖杯戦争編中章開始です。
ちょっと……じゃない気もしますが、体調不良だったもので、更新遅れに遅れてすみません。まあ、他にもあれやこれや(活動報告はともかく、ここで言うのはどうなんだって話なので略しますが)の問題もあってこれから10月ぐらいまで一定の更新量保てるかは怪しいのですが、辛抱強くお付き合いいただけたら助かります。


第五次聖杯戦争編・中章
17.影との接触


 

【挿絵表示】

 

 

 

 拝啓、親愛なるアーチャーへ。

 あれから何年経ったかしらね。

 初めて会ったときは、わたしあんたのこと根性捻じ曲がった、性格の悪い礼儀知らずだなんて思ったっけ。

 確かにあんたはキザったらしくて、捻くれた物言いでわかりづらいけど、それでも、変なところが自信家で子供っぽくて、アンタが良い奴だってのはすぐにわかった。

 わたしの2週間程の相棒。

 そうね、わたしはアンタのこときっと気に入っていた。

 だから、アンタの馬鹿な人生を見た時も凄く腹が立ったし、アンタに裏切られた時だって、これでもわたし結構傷ついたのよ?

 サーヴァントとマスターの関係なんてギブアンドテイクだなんていうけれど、それでもわたしはアンタを信じていたみたい。

 わたしのアーチャー。

 あんたが本当の意味でわたしを裏切るわけがないって勝手にわたしは思っていたの。

 外れてはいなかったわよね。

 本当、アンタは馬鹿。

 最初に交わした口約束なんて最後に出しちゃってさ、本当にアンタってどこまでかっこつけなのよ。

 ボロボロの癖に助けにきちゃったりしてさ。

 その時のわたしはアンタを引き止めちゃったりなんかもしたし、周囲を見るような余裕なんてなかったけど、そんなわたしに色々言って、勝手に自己満足して、勝手に消えていったわたしのサーヴァント。

 でもね、これって後から考えると凄く腹が立つことだったのよ。

 たとえわたしが衛宮君を幸せにしても、アンタ自身がそれで救われるわけじゃない。

 結局アンタってやつは、どこまで行っても自分を顧みない大馬鹿でしかない。

 本当身勝手で、頭にきて……だから、わたしはソレに最初に手が届いた時に、アンタについて最初に使うことに決めた。

 本当にエミヤシロウを救うことが出来るものがいたとしたら、それはきっと□□□○○○だけだから、だからわたしはその機会をとても馬鹿な貴方におくる。

 これは、わたしの一世一代の大魔法(きせき)

 自分じゃ決して自分を救えない大馬鹿者に捧げる、わたしからのただ一度の呪い(チャンス)

 だから、ね、わたしのアーチャー。

 アンタは、今度こそ幸せになりなさい。

 幸せだと感じてもいいんだと、それで救われる人間もいるんだと知りなさい。

 これは元マスターとしてのわたしから命令(ねがい)

 

 

 

 

 

 

  影との接触

 

 

 

 

 side.間桐臓硯

 

 

 ぐちゃりぐちゃりと、近場にいた女の身体を内側から喰らい、儂は漸く自分の身体を取り戻して復活した。

 とはいえ、身体を構成する重要な核たる部分(ムシ)はアサシンのサーヴァントたる、ハサン・サッバーハによって喰らわれ、奴の魔力(かて)として取り込まれた。

 お陰で随分と前の身体に比べて能力が落ちてしまったことが、自分だからこそよくわかって忌々しく面白くない。

「全く、アサシンの奴め……」

 儂が呼び出したサーヴァントであるというのに、裏切りおって。

 と思えば腹立たしいのも事実ではあったが、考えようによってはこれもメリットが全くないというわけでもない。

 所詮はサーヴァントなど手駒の一つに過ぎん。

 そして、サーヴァントなどよりももっと重要で大きな駒が我が手中にはある。

 思い、にたりと笑う。

 アレの仕上がりは中々に上々。サーヴァントなどは所詮保険でしかない。

 ならば、アサシンが儂を死んでいると思い込んでいるのは場合によっては利点かもしれん。

 儂が死んでいると思っているからこそ、アサシンは自由に動こう。

 それで一つでも多くのサーヴァントが落ちれば文句は言うまい。

 アサシンを葬る手段は我が手中にあるのだ。

 ならば、それまでせいぜいアサシンには盛大に聖杯戦争を引っ掻き回してもらおう。

「さて、では儂は高みの見物とさせてもらおうか」

 そうして儂はくくと、笑いながら夜闇へと紛れた。

 

 

 

 side.遠坂凛

 

 

 アーチャーを引き連れて、異変の発生源である柳洞寺に向かう。

 ここは本来キャスターの根城だった場所。

 キャスターの気配も先日見えたアサシンの気配もないけれど、罠という可能性がなくなったわけではない。

 だからこそ、慎重に一歩ずつ意識しながら石段を登っていく。

「待て、凛」

「何よ」

 突如かけられた従者たる男の静止の声に、少しだけむっとしながら尋ねると、「前方500mに随分と妙なものをつけた蝙蝠がいる。使い魔のようだ。放っておくか?」とそんなことを口にして、わたしの出方を伺うように視線を寄越してきた。

 とりあえずアーチャーの言う方角へと視線をやるけれど、そちらは林の上暗闇なのもあり、アーチャーほど正確には見えない。だが魔力で水増しした視界で捉えた所、確かに蝙蝠らしきものは飛んでいるようだ。

「妙なもの?」

「そうだな……どうも小型カメラに見える」

「……カメラですって?」

 その言葉に思わず耳を疑う。

 神秘を求め、過去に向かって疾走する魔術師は、現代利器に頼ることは殆どない。

 それは科学技術というのは未来に向かっていく力だからだし、魔術師としてのプライドもあるからだ。

 優れた魔術師であるほど科学とは無縁と言い換えてもいい。

 だというのに、使い魔にカメラ? そんなのははっきりいって想定外だ。

「……今は泳がせておきましょう。どうも、真っ当な相手とは思えないわ。ソレよりアーチャー、他に気付いた異常点はある?」

 柳洞寺は目の前だけど、だからこそわたしは自分の相棒に向かってそう尋ねた。

「そうだな。オマエも気付いているようだが……キャスターの気配がしない」

「それに静か過ぎる……か。行くわよ」

 いいながら、山門を見上げた。

 あそこでアーチャーがアサシンと戦ったのはつい先日のことだというのに、そんなことすら無かったかのように、空気は澱んでいた。

「待て、凛。敵の罠かもしれんぞ?」

「虎穴に入らずんば、虎子を得ずっていうでしょ。それにもしかしたら……」

 柳洞寺にはあのわたしを目の敵にしている生徒会長の家族を含めた僧侶達が大勢暮らしている。

 最悪、彼らが犠牲になっている可能性がないわけじゃない。

「……とにかく、行くわよ」

「了解した」

 全くやれやれとでも言いたげな口調に反して、アーチャーの表情は穏やかだ。

 人の事は言えないけど、本当素直じゃないわ、こいつ。

 本当はアーチャーも死人が出ていないのか気になっていたんだろうに、それを表に出したがらないっていうか。

 でも、アーチャーのそういうところ安心する。

 嗚呼、こいつがわたしのサーヴァントで良かったと思うのはこういうときだ。

 サーヴァントの中には聖杯戦争に関係ない人間が死ぬことを全く気にしないどころか、自らの糧の為に殺す奴もいる。だけど、アーチャーはそうじゃない。

 そんなことがわたしには嬉しいらしい。

 とにかく、ここからは気を引き締めていかなきゃいけない。

 わたしはいつ何が起きてもいいように、魔術をいつでも発動出来る状態のまま慎重に歩を運びながら階段を登り切り、境内へと足を踏み込んだ。

「これって……」

 むっとする、闇の気配に思わず顔を顰める。

 どんよりとした雰囲気は纏わり付くかのようで生ぬるく気持ちが悪い。アーチャーもこの場に対する不快感にぴりぴりしている。

 残っていたのは誰かが戦っていた爪あと。おそらくはキャスターと何者かが戦っていただろうことは、キャスターの気配が消えていることから推測できる。

 ぎゅっと唇を噛み締める。

 今優先するべきことは寺の人たちの安否の確認だ。

 ズンズンと歩を進め、寺の内部へと入っていく。

 ……居た。

 寺の僧侶達が見れば皆そこに倒れていた。

 駆け寄ってその状態を確かめる。

 生命力は弱々しいけど、それでも生きている。

 それにほっとする。

 でも、安心出来る状況じゃない。今は生きていても、このまま放っておいたら死ぬかもしれない。

「急いで連絡しないと……」

「凛」

 と、外に飛び出しかけて、ばっと自分を庇うように動いたアーチャーを見た。

「っ!」

 同じくわたしもガンドをいつでも撃てる様に構えてアーチャーが向けた視線の先へと意識を向ける。

 そこには、黒髪をポニーテールにした30代半ば程の細身の女性が、無表情染みた顔立ちの中に驚きを少し混ぜながら、拳銃を構えてみていた。それに、わたしも驚く。

「遠坂凛……」

 女性はぼそりと、わたしの名前を口に出して、それからすっと拳銃を下げた。

 その態度に疑問が沸く。

 目の前の女性からは確かに魔術回路の起動が確認できたからだ。

 それってつまりは、この人は魔術師ってわけで、冬木市にこの時期いる魔術師といえば、聖杯戦争に参加する敵マスターの確率が凄く高い。

 そう……魔術師。なのに、メインウェポンに拳銃を使うだなんて信じられない。

 確かに一部の傭兵紛いの連中などにはその手の輩もいるとは聞いているけれど、魔術師としての誇りはないのかと思えば不快でもある。

 故にすぅっと瞳を細めて、わたしは厳しい声音で言葉をかけた。

「貴女、どういうつもりなのかしら。見たところ魔術師のようだけど、拳銃(そんなもの)に頼るなんてどうかしているわ。いえ、それよりわたしの前で武器を下ろすなんてなんのつもり?」

「私は出来るだけ貴女とは戦わないように言われていますから」

 冷静に淡々とした声で女は告げる。

 その黒い瞳は無感情で何を考えているのか真意が見えない。

 ただ、その言葉でわかることはこの人には、そういうことを指示する仲間がいるってこと。

「言われているですって? 誰によ」

 思わず眉を吊り上げながら、ガンドの構えをとったまま聞くと、やっぱり変わらず淡々とした低い声で彼女は「貴女の良く知っている人です、ミス遠坂」とそんなことを口にした。

 それではっと気付く。

 わたしのよく知っている人でこの手の人物に繋がりがありそうな魔術師といったら……。

「それに、サーヴァントを連れている貴女相手に私が戦ったところで、結果は明白でしょう。違いますか、ミス遠坂」

 その言葉でわたしは、漸く目の前の女性がサーヴァントを連れていないってことに気付いた。

「つまり、貴女はマスターじゃないってこと?」

 言われてみれば、確かに目の前の女性からは魔力を感じるが、それは微々たるもので、聖杯戦争に参加する魔術師(マスター)にしては貧弱とすらいっていいほどのレベルだ。

 感じる魔力などから力量を推測するなら、ランクはせいぜい魔術師見習いが良い所だろうか。

 そのわたしの考えを肯定するかのように、黒衣の女はこくりと頷き言葉を返した。

「ええ、そうです」

「じゃあ、なんで貴女わざわざこんなところに来たわけ」

 マスターじゃないというのならば、何故こんなところをうろついているのか。

 それを口にすると、やはり彼女は無感動な顔をしたまま淡々と次のようなことを言った。

「おそらくは貴女と同じ目的です」

 言いながら、彼女はすっと僧侶達が倒れている部屋のほうへと目を向けた。

「一つ尋ねていいかね?」

 と、そこで今まで黙っていたアーチャーが口を出す。

 女性は会話に水を差された事に気分を害するそぶりも見せず、今度はわたしのサーヴァントに向き合い、答えた。

「ええ、私に答えられることならば」

「先ほど、カメラを取り付けた蝙蝠の使い魔を見かけたが……あれは君か?」

 それに少しだけ驚いたような表情をのせて、それから女性は「はい」と答えた。

 その言葉でわたしも納得する。

 拳銃を武器として使うような女ならば使い魔にカメラを仕込んでもおかしくないだろうからだ。

 とはいえ、名門に生まれた一魔術師としては、そういう科学と魔術を組み合わせるような使い方をしている奴を見るってのは面白くないことなのだけれど。

「質問は以上ですか? サーヴァント」

 言いながら、淡々と黒曜石の瞳で彼女はアーチャーを見上げた。

 ついで、わたしのほうに視線を移して、やっぱり淡々と義務報告染みた口調で彼女は続ける。

「僧侶達については、病院のほうに先ほど連絡をしましたから、まもなく救急車のほうが来るでしょう。私は他に異常がないか調査のほうが残っていますから、これで」

「待って」

 そういって去ろうとする彼女を引き止める。

 女性の視線は物静かに何か? と尋ねてくるが、それにわたしはいつかも誰かさんに言ったような台詞を口に出していた。

「名前、教えなさいよ。貴女はわたしの名前を知っているのに、わたしは知らないなんてズルいとは思わない?」

「……は…………?」

 女性はぽかんとした目でわたしをぱちくりと瞬きしながら見る。

「何よ。敵じゃないんでしょ。なら、名前くらいいいじゃない。教えなさいよ。そもそも、わたしは冬木のセカンドオーナーよ。わたしの管理地にわたしの知らない魔術師がいるなんて、冬木の管理者として容認出来ません」

 自分の立場を口に出して言うのは、我ながら少し卑怯かなと思ったけど、別に構わない。

 このまま去られたりしたら面白くないのは事実だし、それに敵マスターでないにしても、こいつはアーチェの関係者であることは間違いないんだから、そしたらまたいつ何時顔を合わせるかもわからない。

 なら、名前も知らないってのは不便だ。

 情報は少しでも多いに越したことはない。

「……舞弥と」

 ほんの少しだけ戸惑いがちに、それでも彼女は自分の名前らしき名を口にした。

「そう、舞弥さんね。それで、先ほど貴女調査がどうのって言ってたけど、それってアーチェに頼まれたとかなわけ?」

「…………」

 答えない。

 けれど、それは答えを言っているも同然で。はぁ、と思わずため息をつく。

「全く、何考えているのよ、あいつ。サーヴァントも連れてない人間にこんな異変を調査させようだなんて、どれくらい危険なのか自分でもわかってるんでしょうに」

「私の判断です。彼女は関係ありません」

 きっぱりと言い切る声。

 けれどそれにイラッとして若干説教臭い口調になりつつもわたしは言葉を続けようとした。

「関係あるわよ。あのね……」

「凛っ」

 けれど、そこまで言った時、すっとアーチャーがわたしに近づいて、肩を突き飛ばしてきた。

 受け身を取ってすぐに体勢を立て直す。

 続いて、ガガッと聞こえる音。

 見ればアーチャーは前もみた白黒の双剣を手に、飛んで来たらしき武器を弾いていた。

「……サーヴァント!?」

 暗闇に解けて浮かぶ白い髑髏の仮面。異様に長い右手をした異形、どう考えてもサーヴァントだ。

 見ればすぐ其処の木の上に立っている。

 だけど、そいつからはサーヴァント特有のあの人間ならざる膨大な魔力は感じ取れない。

 そこから推測される答え、こいつのクラスは……。

「アサシン……っ」

 銃を構えた彼女、舞弥さんが鋭い眼差しでアサシンを見やる。

「アサシン……ですって?」

 自分でもあれはアサシンのサーヴァントだとわかる。それでも尚、わたしは戸惑った。

 だって、アサシンとはあの佐々木小次郎を名乗る男じゃなかったのか?

 そう思うと同時に山門から消えた佐々木小次郎(アサシン)のことも頭に過ぎる。

 もしかして、こいつはあの佐々木小次郎を名乗るアサシンの変わりに出てきたのではないかと。

 我ながら無茶な理論だけど、そうとしか思えない。

(ああ、もう、どうなってんのよ)

 とにかく、僧侶達が近くにいるこの状況はまずい。

 相手のアサシンがどういう奴なのかわからない以上、最悪僧侶達が人質にとられたり、巻き添えで殺される可能性もある。それに、先ほど舞弥さんは救急車をよんだといっていた。下手をするとやってきた人たちも巻き込まれる可能性がある。

 だからわたしは全力で寺から離れ森林に向かって疾走する。

 見れば舞弥さんも並んで走っている。

 殿はアーチャーだ。

 移動する間も投げ続けられている黒い短剣を、手にした自分の剣で弾き返しながら後ろに従ってくれている。

「アーチャー! 迎え撃ちなさい! そんな奴、ギッタンギッタンにしてやるのよ!」

 そして、ある程度寺の人々から離れたところでわたしはそう己のサーヴァントへと命を下した。

「承知」

 不屈な背中を晒して、アーチャーはアサシンに向かって疾走する。

 それを素早い動きでぐるりと避けるように回転しながらアサシンは身を伏せ、再び数本の黒の短剣を投げかける。

 それをアーチャーは右の剣で全て弾いて、自分の身体をまるで弓の弦であるかのように引き絞り、左の剣を矢を放つ要領で投擲、アサシンはそれを巨大で異常に長い手で顔面を庇うように覆いながら横に回転、スレスレで避ける。

 アサシンが居た場所には剣の威力だろうか。地面が抉れ、砂埃が巻き上がる。

 そんな中でアーチャーは次の瞬間には再び何事もなかったかのように両手に双剣を握り締めて、アサシンの眼前へと迫っていた。

 キンと触れ合う金属と金属の音。

「ギ……キッ……」

 投擲用の黒い短剣でアーチャーの攻撃を受け止めるアサシンだったが、アーチャーの双剣が相手では分が悪いらしく、苦々しそうにそんな声を漏らして、体格の強みを生かした蹴りを下から喰らわせようとするが、アーチャーはそんなアサシンの攻撃も見透かしていたかのように、自らクルリとバク転染みた動きでやり過ごし、そのままの反動で再び双剣を投げつける。

 それをアサシンは片手を軸に、俊敏さを頼りにして危うげにも避けながらアーチャーと距離を取った。

「……なっ」

 突如、背後から確かに避けた筈の双剣が舞い戻りアサシンを付けねらう。

 そのことにアサシンは驚きの声を上げた。

 前からはアーチャーが本当にいつの間に手にしたのか、再び双剣を手にアサシンに向かって距離をつめているところだった。

「ふっ」

 刃が振り上げられる。

 背後の双剣を振り払えばアーチャーにやられる。

 かといって、アーチャーに気を払えば背後からまるでブーメランのように返ってきた双剣にやられる。

 そんな状況でアサシンはギリギリで背後の双剣は避け、そしてアーチャーの握る黒い刃をわき腹に受けながらも、不気味で黒く長い手でアーチャーを捕らえんばかりに振りかざした。

「……むっ」

 アーチャーはそれを白いほうの剣で弾きつつ、距離を開けて、再び右手の剣を投擲した。

「何のつもりか知らんが……どうにもその腕は厄介そうだ。とらせて貰うぞ」

 常人の二倍はあるだろう膨らんだ腕に不吉なものを感じているらしいアーチャーは、そう口にしてまるで指揮をするかのように双剣を手に構えを取った。

工程完了(ロールアウト)全投影(バレット)待機(クリア)

 朗々と聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、そうアーチャーは口にした。

停止解凍(フリーズアウト)全投影連続層(ソードバレルフルオープ)…………ッ」

 アーチャーの呪文に答えるように無数の剣がアサシンを囲うようにして空に浮かび上がるけれど……、アーチャーは突然呪文を切って、ばっと私たちを庇うように飛んで来た。

 同時にわたしもその異変に気付く。

 影が来ていた。

 表現としてはそうとしかいえない。

 目の前の暗殺者とはまた違う黒く不吉な影が這い寄ってくる。その光景にぞっとした。

 まるで吹けば飛びそうなほどに存在感が薄いというのに、それは明らかにサーヴァントよりも危険な何かを孕んでいる。

 其れを見て、何故か隣に立つ女は……「サク…………ラ……?」とそんな言葉を呟いた。

(え?)

 何を言っているのだろう。

 それは忘れもしない、もう2度と妹と呼んではいけない愛しいあの子の名前だ。

 けれど次の瞬間には、はっと、彼女は元通りの顔をして構えをとり、退却の姿勢へと移行させた。

 引き時なのは彼女だけではなくわたしも同じだ。

 あの影がなにかなんてわからないけれど、それでも今は引いた方がいい。

 その判断を前に、じりと足を一歩後ろへと引く。

 それを好機と見たのか、影の英霊たるアサシンは短剣を手に再びこちらの命を狙って動き出す。

 しかし暗殺者の英霊のその行動を許すこともなく、アーチャーは空に用意した20ばかりの剣を檻のようにして、アサシン相手に降らせた。

「ギッキィイーーー……!」

 そのアーチャーの行動を皮切りに黒い影は蠢きだす。

 幸か不幸か、動きは遅い。

 だけど、あれは危険なもの。防御しようとなんて思ってはいけない。あれは危険なものだ。

 そう自分の中の何かが叫びだす。

 それは魔術師の本能と言い換えて良かったのかもしれない。

 動いたアーチャーを獲物と見定め、黒き触手が伸ばされる。舞弥さんがアーチャーを援護するかのような形で銃を発砲した。効いていない。

「ええい、このっ!」

 わたしもいくつか宝石魔術をぶつけるが、黒い影には効いていないどころか、力を吸収されるだけで意味をなさなかった。ちらりと隣にいる女性を見る。

 不味い、彼女を庇いながら戦えるような相手じゃないことはわたしにもわかる。

 それに、今はアーチャーの放った檻に囚われたとはいえアサシンもいるのだ。アサシンが復活するのも時間の問題だろう。

 だから、次の指示を出す。

「逃げるわよっ」

 あんなのの相手なんて想定外だ。だから、足を強化で駆けながらそう指示を下した。

「目を閉じて」

 ピン、とタブを開けるような音が耳に届く。

 隣に居た舞弥さんはその手に握った黒い其れをアサシンや影にむかって投げ込んだ。

 さっと言われた通り目を閉じる。

 カッ。

 目蓋越しに眩しいほどの白い光が立つ。閃光弾だとそれで悟った。

 ついでもう一つ舞弥さんは何かを投げたが耳が麻痺気味で音はわからない。

 黙々と煙が吹き荒れる。

 舞弥さんは目が慣れぬわたしの手を力強くぐいと握って走り、転げ落ちるかのような勢いで石段を駆け下りていく。その手は一瞬ぎくりとするほど使い込まれて硬くなった手で、これまでの一連の動きを踏まえても、どういう人生を送ってきた人間なのか、それでわかったような気がした。

 其処へ、ばっと、追う様に飛び出してきたアサシン。

 それを5連の矢が捉え、山門へと縫い付ける。

「……え?」

 ばっと自身のサーヴァントに目をやる。

 違う、アーチャーじゃない。

 じゃあ、誰が一体こんな真似を……?

「呆けている場合か」

 わたしを片手で抱えるアーチャーのその言葉で我に返った。

 そうだ、ぼーとしている場合じゃない。

 アサシンだけならともかく、今はあの影がいる。

 そんな状況でアサシンとあの正体不明な影相手に無策で戦えると断言するほど、わたしは自惚れ屋じゃない。

 気付けば舞弥さんは夜闇に紛れるようにして消えていた。

 どうやら、アサシンを縫い付けたあの矢がどこかから飛んで来た隙に去ったらしい。

 逃げてくれたならそれでいい。

 とにかくひとまずは今日は撤退して、あの影やアサシンについて対策を練らないといけない。

「アーチャー、帰るわよ」

 矢を放った主を思考から追い出してそう命令を下す。

 だけど、あの時……何故舞弥さんはあの影を見て『サク…………ラ……?』なんて口走ったのだろう。

 それが気がかりで仕方なかった。

 だからわたしはアーチャーが、1kmは離れた家の屋根の上からアサシンに向かって矢を放った白髪の女に対して、睨むようにして見返していたことにも気付くことはなかった。

 

 

 

 side.エミヤ

 

 

「危ないところだったようだな」

 すっと弓を消して私は無線の先の相手に向かってそう言葉をかけた。

 同時に人避けの結界を解いて地面へと降り立つ。

『ええ、すみません、シロ』

「君が謝ることではない。まさか君自らが乗り込むとは思わなかった私の落ち度だ」

 思わずため息染みた声音でそう漏らすと、彼女は少しだけ躊躇うようにして続けた。

『実際に見ないとわからないこともありますから』

「まあ、そうだな。……だが、君は生身の女性だ。もう少し自覚したまえ。今回はひやひやしたぞ。謝るくらいならば、次からはもう少し早い連絡が欲しいところなのだが?」

 おどけたようにも、皮肉ったようにも聞こえるだろう声でそう口にしながら、自宅へと向かい歩を進める。

『……不審に思われませんでしたか?』

 ふと、神妙な声になって彼女はそう問いかけてきた。

 それに、ため息混じりに返答をこぼす。

「備品が切れたと言い張って出てきたが、ランサーのやつはついてくると言い張って、全く困ったよ。まあ、私の正体を知らぬのだから致し方ない反応ともいえるが。不幸中の幸いは夕食の準備が調度整った後だったことか……いや。そんな時に「外に出る」と口にしたのだ。十分不審には思われているだろう。さて、どう誤魔化すか」

 そう吐息混じりにいうと、無線の向こうの舞弥は『心中お察しします』とそんな言葉を感情を交えてない声で淡々と言った。

「そこでだ。私は君を迎えに行ったということにしようと思うのだが、どうかね?」

「…………」

 後ろにいる車の主に向かってそう告げてから、くるりと私は振り返り彼女を見やった。

「佐々木小次郎を名乗るアサシンが消え、代わりにあの黒い仮面のアサシンが出た。おまけにあの影の出現。話し合うことは多い。君に来て貰えると私としても助かるのだが」

「……切嗣は」

「私の独断だが、爺さんも否やとはいうまいよ。それとも……舞弥、そんなに嫌かね?」

「…………」

 舞弥が度々衛宮邸(うち)に来るたびに、どこか複雑そうな感情を混ぜていたのは気付いていた。

 それは彼女の生い立ちが関係しているのかもしれないし、イリヤを見ると死んだアイリを思い出すからなのかもしれない。それとも、自分は所詮戦場に置ける衛宮切嗣の道具だなんて思いが彼女にそうさせているのかもしれなかった。

 一線をひいているのだ。

 其れは少しだけもどかしくもある。

 切嗣(じいさん)も不器用な人だから舞弥にかける言葉もなく、結果として遠慮がちに彼女は衛宮(うち)と付き合っているのだ。

 それがわかるだけに、一緒にいられるときは出来るだけいてほしくもあった。

 舞弥にした説明も本音だが、こちらもまた私の偽らざる気持ちである。

「わかりました。では、報告も兼て寄らせていただきます」

 そう軽く頷く舞弥。

 それに僅か安堵を感じて、私はそのまま彼女の車の助手席に乗り込み、夜の街に身をゆだねた。

 

 

 

 side.アサシン

 

 

 霊体化をして矢から抜け出し、私はキャスターが溜め込んでいた魔力の貯蓄庫へと向かった。

 キャスターの残した魔術自体は綻びができているが完全に破壊されたというわけでもなく、あの女が街中から集めた魔力量は私が使っても有り余るくらいにある。

 今夜襲撃してきたあの紅いサーヴァントに破壊されずにすんだのは僥倖といえた。

「ギ……キ……」

 其処に溜め込まれた魔力を喰らう。

 キャスターの心臓(れいかく)を取り込んだお陰で、すんなりと魔女の残した術式は体に馴染む。

 抉られたわき腹もまた元通りになった。

 あの時現れた影ももういない。

 あの黒い人間の女が放った閃光を浴びて悶えるように消えた。

 しかし、現界するに十分な魔力があったとしても、やはりマスターがいないというのは中々にまずい問題であったらしいと、あの白黒の双剣を使うサーヴァントとの戦いで実感させられた。

 マスターというのは、自分を現世へと繋げる鎖役でもある。

 現世への繋がりがなければ元が死者たるサーヴァントは現世に留まってはいられないのだ。

(早まったか)

 そうあの蟲で出来た老人を喰らったことについて思わなくもないが、だからといってあの時の選択に後悔があるわけではない。

 あのような不快な召喚のされ方をされたことや、私には他にも魔力を得る手段があったこと、どうにもあの老人はきな臭いことから結果としては悪いとは思えなかったからだ。自分を縛る主など邪魔なだけだと、生前の自分については戦闘方法を含め簡単なことしか覚えていないからこそ強く思う。

 自分を覚えていないからこそ、裏切りの魔女(キャスター)の思考は大きな基盤になったともいえた。

 そんな自分を不快に思う心も此処にはない。

 耳に聞こえるのはサイレンの音。

 どうやら、あの女たちが話していた「救急車」とやらが来たらしいと其れで判断した。

「まずは、マスターを探すか」

 寺で倒れた僧侶達と入れ替わるように、私は私の寄り代(マスター)を得る為に夜の街へと紛れた。

 

 

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