新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
今回は4話と5話の間の話というわけで番外編です。


閑話・冬木の街で

 

 

 

 side.エミヤ

 

 

 夕暮れで赤く染まる冬木の街を、こんな風にアイリスフィールと歩くというのは不思議なものだ。

 ここはとても懐かしく、同時に全く知らない街でもある。

 凛と参加し、もう1人の自分に答えをもらったあの第五次聖杯戦争の時も、霊体になっていたとはいえ、凛と共にこうして街を歩いた。体感的にはあれから一月(ひとつき)も経ってはいまい。

 だが、あの冬木の街とここは別だ。ここは並行世界とはいえ、凛と歩いた街の十年前の姿だし、この時代にいる私はエミヤシロウではない、両親の庇護の元にいるだろうおそらくは平凡な普通の子供だろう。

 私は、かの聖杯の泥によって引き起こされたあの大災害以前の記憶がない。正確には自分で記憶を封印して生きていくうちに、永い時の果てに磨耗しそれ以前を忘れてしまった。生前のことで私が覚えていることなどたかが知れていると言っていいだろう。だから、地獄の具現たるアレが起きていない時点でここはまだ私の故郷ではないのだ。

 そんな街を、自分を引き取った男の並行世界の妻である女性と二人で歩く。

「凄い活気ねぇ……」

 美しい顔に感嘆の情を乗せて、夕日よりも尚紅い瞳をキラキラと輝かせながら、アイリスフィールはしみじみと呟いた。

 その姿は子持ちの人妻というよりも、無邪気な子供を連想させる。そんな少女のようなアイリを前に自分の頬が自然と緩むのが解る。

「なんなら、少し見ていくかね? 何、聖杯戦争のメインは夜だ。少しくらいなら構わんだろう」

 本当はこんな提案をするべきではないことはわかっている。

 確かに聖杯戦争のメインとなるのは夜とはいえ、第四次聖杯戦争が既に始まっている以上、昼間でも堂々とサーヴァントを実体化させて連れ歩かせるというのは、危険なことだし、本当は止めるべきなのだ。

 だが、危険だとわかっていてもそう提案したのは、おそらくは生涯をあの冬の城で過ごしてきただろう彼女にとって、これが正真正銘の初めての本当に自由な自分の時間というものだったからだ。

 聖杯戦争の為に生まれ、聖杯戦争の為に死んでいこうとしている彼女。その真意を尋ねた時に感じたのは、自分の代で終わらせたいという強い想いだった。きっとそれは切嗣の為もあるのだろうが、それ以上に娘であるイリヤスフィールを守りたいという想いから来ているのだろうことは、悟るのも容易かった。

 それほどに彼女は、切嗣の妻として、イリヤスフィールという娘の母親として‘生きていた’のだ。

 例え自分の命が失われることになろうと、それでも守りたいものがあるからこそアイリはこれほどに強いのだろう。けれど、役割の侭にそれを果たすというのなら、それは彼女の死へのリミットをも意味する。

 此度の聖杯である彼女もやはり、敗退したサーヴァントを取り込めば取り込むほど人間から機能が離れていくのだろう。最高傑作と言われていたイリヤが、それでも長く生きられなかったように。

 既に衛宮士郎(しょうねん)ではない私は、アイリがこの聖杯戦争後も生きているなんて楽観視することは出来ない。私に出来ることなどたかがしれている。それでも、この血まみれの手で救えるものがあるとするなら、せめて、死に逝くその時まで彼女の心だけでも守りたい。

 これはイリヤと交わした誓いのように口に出して交わしたものではないけれど、これも私が此度の聖杯戦争で決めた誓いである。

「いいの?」

 そんな想いから街歩きを勧めた私に対し、アイリはまるでいつかのイリヤのようのような顔をしてそんな言葉を放った。

 私がこくりと頷くと、彼女は本当に嬉しそうな笑顔を浮かべる。思わず私まで嬉しくなるような笑顔だ。たとえ敵が現れても恐れることはない。こんな風に彼女の笑顔を見れただけで、私には十分過ぎる対価だ。どんな相手だろうと戦えるさ。

「その前に、少し寄り道をしてもいいかね? いつまでも荷物を抱えたままでは観光も気分がのらなかろう」

 茶目っ気を出して片目をつぶり、いつもの皮肉気な口調でそう告げると、アイリは不思議そうな顔をして私の後をついてくる。行き先は宅配業者だ。

 絶世の美姫である西洋美人のアイリスフィールと、一見日本人には見えないだろう、白髪褐色の肌の執事服に身を包んだ私という組み合わせを前に最初業者は驚いていたようだったが、私が日本語を問題なく使えることに気付くと、ほっとしたような顔を浮かべて用件に応じ始める。交渉は五分も経たずに終了した。

 その私と業者のやり取りをアイリは感心したように見つめていた。

「……と、ではそのように。さて、行こうか。……アイリ?」

「え? 何?」

「どうしたのかね? そんなにぼーとして」

「いえ、貴女、アーチャー、随分手馴れているのね、と思って」

 まあ、冬の城で人里から隔離されて育ったアイリには珍しく映ったのだろう。

「何、大したことではないよ」

「前から思っていたのだけれど」

 アイリはじっと私の顔を見ながら「もしかして貴女って生前は家政婦(ハウスキーパー)だったとか?」とそんな言葉を言った。

「む。何故君はそう思う」

「だって貴女、色々手馴れすぎよ。紅茶を入れる所作だって、まるで一流のメイドか執事のそれだった……」

 と、そこまで言った所で彼女はぴたりと私に視線を合わせて、私を凝視した。

「え? その顔、もしかして貴女本当にメイドだったの?」

 ……彼女(アイリ)は、私が本来は男だったということを忘れているのだろうか。

「アイリ、君は私が生前は男だったことを忘れているのではないかね? その私がメイドであるはずがない……が、全く、君には敵わんな。ああ、その通りだ。確かに私はメイドではなかったが、一時とはいえ、フィンランドの貴族に仕える執事であったことはあるよ」

 今はもう摩擦して擦り切れた記憶。思い出そうとしてもノイズがかかって詳細はわからない。ただ、金髪の青いドレスをきた少女の面影がぼんやりと浮かんでは消えていく。

 ふと見ると、アイリはなにやら納得がいったような顔で頷いている。

「……なにかね?」

「貴女にその服がよく似合うわけがわかったわ」

 正直、その賛辞はあまり嬉しくない。

「それより、そろそろ移動しよう。時間が私たちにはないのだからな。そうだろう?」

 言いながら、手を差し出す。くすりと、それを見ながら白の姫君は微笑んだ。

「ええ、そうね。行きましょう、アーチャー。私、見たいものがいっぱいあるの」

 

 

 

 side.アイリスフィール

 

 

 楽しい時はあっという間だというけれど、それは本当で、だからこそそこが本当に残念だと思う。

 つい最近出来た可愛い私の娘(アーチャー)と、初めて見た異国の繁華街を歩く。

 夕陽に赤く染まったビルに、煌びやかなショーウィンドウ。どれも新鮮で、どれも綺麗で、この世界というのは本当に美しく出来ていたのだと思った。

 連れ添った長身を見上げる。自分よりも尚白い髪に、鋼色の瞳と褐色色の肌。あまり見ない印象的な組み合わせの異彩。アーチャーは私が美しいから皆が見ているというのだけれど、アーチャーこそ自分をわかっていないんじゃないかなと思う。

 きりっとした雰囲気の目元と眉に、案外童顔な面差し。女性的な肉感のある体躯を赤と黒仕立てのフォーマルな執事服に包んでいる。肉体の女性性と男性的な雰囲気のアンバランス、それが、ストイックで倒錯的な色気をかもし出しているというのが私の見立てだ。

 薄い口元と、背の高さがより大人の女を強調する体躯でいながら、元が男なのだというアーチャーは自分が今は女なのだという意識が薄く、そのせいか雰囲気は体つきなどの女性性とは裏腹にどこか無垢であどけない、少年染みたものとなっている。

 アーチャーには不思議な魅力がある。皮肉っぽい言い回しが好きみたいだけど、中身は凄く良い子だ。そう確信している。そんな彼女の隣にいるのは私にとっても心地が良い。

「ねえ」

「アイリ?」

 腕をぎゅっと抱きしめる。

「貴女の知っている切嗣について教えて」

 言うと、彼女の体が僅かに強張った。だから「ごめんなさい、冗談だから気にしないで」と笑って告げた。アーチャーを困らせるのは嫌だ。彼女は切嗣の死も見てきたのだろう。不躾な質問をしてしまったのかもしれない。

 そんな私を見て、アーチャーは少しだけ困ったように眉を寄せた。

「いや。心配は無用だ。ただ……私はあまり君の期待に応えられそうになくてな、それで少し困った、それだけだよ」

 アーチャーは皮肉そうな顔を浮かべてそんなことを言う。この顔はそんなに好きじゃない。強がって、偽悪的に振る舞っている、そんな感じがする。

「正直言うと、私が切嗣のことで覚えていることはそう、多くないんだ」

 なんとなく、その言葉の意味は凄く重い気がした。

「つまらない話になってしまったな。行こう、此処は場所が悪い」

 その言葉に違和感をもつ。だけど、私がこの街のことを知っているわけでもなく、またアーチャーが明確な目的をもって歩き出したように見えたから、私はその後をついていくことにした。

 どんどんと、アーチャーは人ごみにむかう。そして少し経った時、ぴたりと足を止めて、遠方を鋭い鷹のような視線で見据えた。

 もしかして……。

「…………敵のサーヴァント?」

「アイリ、すまないが観光はここまでのようだ。あとは本分に戻ることになる」

 本分。そう、この子は聖杯戦争の為に呼ばれたサーヴァント(アーチャー)。それは出来れば忘れていたかった事実だった。

「相手は誘いをかけてきているだけで、どうやら私たちを直接襲う気はないようだ。おそらく他のものにも同じような誘いをかけていることだろう。上手くすれば誘いにのった別のものとの戦闘が見れるかもしれない。遠巻きに追跡することとしよう。構わないかね?」

 頷いて返事にかえる。アーチャーはその顔にもう微笑を浮かべてはいなかった。

 こうして私の冬木の観光は終わった。

 楽しかった時はあっという間というけれど、それが本当すぎて涙すら出ないくらい寂しい。

 アーチャーは私を抱えて夜の街を飛ぶ。

 これからの聖杯戦争、サーヴァントが敗退すればそれを取り込み、人間から遠ざかる私はいつまでこの褐色の肌に白髪のサーヴァントの隣に立っていられるのだろうか。

 願わくばこの子が出来るだけ悲しまない終わりになればいいのに。

 そんなことを考えながら私は、アーチャーに抱えられたまま、冬木の街を見下ろしていた。

 

 

 

 了

 

 


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