新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
今回の話は、レイリスフィールとバーサーカーの関係がよくわかる回かつ類似点が見えてくる回じゃないかなあと勝手に自分は思っています。
それではどうぞ。


21.負傷

 

 

 

 ―――私にとって、廃棄場こそが揺り篭でした。

 

(ローレライを謡おう)

 

 魔術の使い方も殺し方も、誰かに習うものではなく、生き延びる為に得たもの。

 

(煩わしい声を掻き消すように)

 

 血の赤さも、誰かを壊す感触も、全て、己で習得した生きる術。

 

(ローレライを謡おう)

 

 揺り篭の中、壊れかけの戦闘用ホムンクルスを手にかける時、これが○○ならばいいのにとそう何度も夢想することを繰り返した。

 

(雪で全ての音を遮断して)

 

 鏡を見るたびに、知りもしない姉の姿を其処に見た。

 

(そうすれば自分の歌声だけしか聞こえなくなる)

 

 この世に生まれて落ちてからの10年間、そうして私は生きてきた。

 

(嘲笑う声は全て殺して、ほらなんて静か)

 

 ……そして、第五次聖杯戦争が始まる3カ月前。 

 

(さあ、ローレライを謡おう)

 

 大爺様に呼び出された私は人身御供にかけられた。

 

 

 

 

 

              

  負傷

 

 

 

 side.セイバー

 

 

 アサシンが徘徊する今、この家の方針は夜の巡回は避ける方向で纏められており、それ故に勧められた湯から上がった私は、昨日に引き続きイリヤスフィールの私室へと向かう。

 それは聖杯戦争について傍観者という立場を取ることを表明した現状、唯一私が持つこの家での役目、夜間警護の任を全うするためだ。

 確かに答えを出せていない今は誰にもつかないとはしているが、それでも目の前で知った顔が死ぬのは目覚めが悪いし、宿を借りている恩もある。

 それらを考えればそれぐらいするのは当然だろう。

 理由はどうあれ、3人分の寝床を用意するイリヤスフィールは少しだけ楽しそうだ。

 そんなふうにはしゃぐ場合ではないだろうに、と思う心と同時に、今回の召喚でイリヤスフィールがあのアイリスフィールの娘であったという新たな事実も思い出し、少しだけチクリと心に刺さるものも感じる。

 アイリスフィールと過ごした日々は……随分と昔のことのように感じる。

 守ると決めていたのに、守れなかった白き姫君。

『私……外に出るのが初めてなの』

 ずっと隔離された冬の城で生涯を過ごしてきた彼女。

 思い出すこと自体が胸が痛く、前回の召喚の時は彼女のことは思い出さないように心の奥に仕舞っていた。

 だから、イリヤスフィールと前回対峙した時も、きっと同型のホムンクルスなだけなのだろうと、アイリスフィールとは無関係だろうと割り切れたのだ、私は。

 イリヤスフィールが、アイリスフィールの娘だなどと思いもしなかった。

 目の前のイリヤスフィールを見る。

 前回の召喚で出会った幼い娘の姿と違い、年相応に成長したその顔立ちは、あの頃のアイリスフィールとよく似ている。違うのはアイリスフィールのほうがおっとりとした空気を纏っていたのに対し、イリヤスフィールのほうがより活発そうな雰囲気を纏っていることだろうか。

 ふと、この世界にもアイリスフィールがいないことに気づく。

 切嗣は、自分の聖杯戦争で召喚したのはセイバー(わたし)ではないとそう言っていた。

 だからこそ、私が召喚された歴史を持つ前回の第五次聖杯戦争の時とは、これほどまでに違っているのだろう。

 だけど、ここに成長したイリヤスフィールがいるというのに、アイリスフィールがいないということは、この世界は私が知る歴史と違う歴史を刻んできたというのに、この世界でもアイリスフィールは死んでしまったということなのだろうか。

 ……平行世界という概念があることはマーリンから聞いて知っていた。だから、それはいい。

 今心に引っかかるものがあるとするならば……。

「イリヤ」

「シロ」

 イリヤスフィールたちが「シロ」と呼ぶ彼女。衛宮・S・アーチェと名乗った彼女の存在か。

 私の全く知らない女性。

 ……私の「シロウ」に違いながらよく似た(ヒト)

 それはこの世界の「衛宮士郎」よりもよく似ている。

「今日は間違えず、ちゃんと部屋(ここ)まできたわね。うんうん、偉い偉い」

「む、昨日のことなら、わざとではないといっただろう」

「わざとじゃないほうが却って性質が悪いのよ。全く、いい、シロ。貴女は女の子なんだからね。うっかり男部屋に行くなんてもうやっちゃ駄目なんだからね」

 そうやって、イリヤスフィールの前で子供のような膨れる表情、どことなく不器用な少年を思わせるぶっきらぼうな喋り方、イリヤスフィールを前にした彼女はとくに私の知るシロウに似ていた。

『あなたは一体何者なんですか?』

 そう本人に直接聞いたのは3日前のことだ。

 ……尤も、それで答えを得ることは叶わなかったけれど。

 代わりに投げかけられた言葉。

『君が斬ったという『マスター』は果たして、君を恨んでいるのだろうか』

 何故そんなことをこのヒトは口にしたのだろう。

 イリヤスフィールに向かって僅かに笑うシロの姿を見る。

(女の人だ)

 その長身ながらに出るところは出つつ引き締まった身体も、どことなく滲み出るようにただよう色香も、女のものだ。だというのに、その表情は……彼の少年に酷似している。

 前回の召喚の時には一度も会ったことのない人物。

 なのに、何故この世界の衛宮士郎よりも彼女はシロウに似ているのだろう。

 追求するのを1度はやめたとはいえ、それでも気にせずにいることは出来そうにはなかった。

「セイバー?」

「なんでしょうか、シロ」

 名を呼ばれたので淡々と返す。

 それに、シロは少し居心地悪そうに眉根を寄せて「そのだな……何故君は私の顔をじろじろと見ているのだろうか。私は君に何かおかしなことでもしたかな」なんて言葉を口にする。

 確かに意識を向けていたとはいえそこまでとは……気付かなかった。

「……じろじろと、見ていましたか?」

「まさか、自覚していなかったのかね?」

「すみません。そのようです」

 素直に謝罪を告げる。

 それにシロは苦笑し、「まあ、なんでもないのならばそれで構わないのだがね」なんて口にして視線を横に流した。その表情はどことなく穏やかだ。

 けれど、だからこそ酷く……この手が奪った命を連想させて、胸を締め付けられるような想いを抱かせた。

「そろそろ電気消すわよ」

 イリヤスフィールがそう声をかける。

 それを合図に、用意された布団に横になる。

 サーヴァントに睡眠は必要が無い。とはいえ、全くの無意味ではない。

 何故なら私はサーヴァントではありながら、霊体化することが出来ないゆえに、常にそこにいるだけで魔力を消費する。睡眠をとることによって魔力を回復させることが出来るとまではいかないが、それでも睡眠をとることによって魔力の消費を節約することは出来る。

 ……戦わないサーヴァントであるのならば、せめて使用する魔力は最小に抑えようと、そう思ったのさえ虫のいい話なのだろうか。

 そうして目を閉じた。

「……ふふ」

「なんですか」

 隣からしのび笑うようなイリヤスフィールの声が聞こえて、そちらのほうへ意識を向かわせながら尋ねる。

「こうやって、家族で並んで寝るのっていいなって思っただけ」

 その言葉に少し目を見開いて、隣に寝ているイリヤスフィールに視線を向ける。

 イリヤスフィールはあの時、『外に出るのは初めてなの』とそうはにかみながら口にしたアイリスフィールとよく似た表情を浮かべて、笑っていた。

 内緒話をするように潜めた声で、彼女は私に言う。

「士郎となら何度か一緒に寝たことあるんだけどね、シロとは昨日がはじめて。いつもは絶対に一緒に寝てくれないのよ? だから、不謹慎だけど、ちょっとだけこの状況に感謝してる」

 シロには内緒ね? なんてお茶目っぽく告げるイリヤスフィール。

 そのイリヤスフィールの隣に眠るシロから聞こえるのは規則正しい寝息だけだ。

 ということは、この僅かな間に彼女はそれほどに寝入ったということなのだろうか。

 私とイリヤスフィールが小声とはいえ会話してても気づかぬほどに。

(戦士である彼女が?)

 それに疑問を覚えた。

 思い出すのは自分がここに召喚された日だ。

 あの日、あの時の彼女の対応、その反応、どれをとっても彼女は戦士だった。

 それもいくつもの修羅場を潜り抜けてきただろう戦士だ。

 イリヤスフィールはいい。彼女はシロの家族だ。

 だが私はたった3日ほど前にこの世界に召喚されたサーヴァントであり、その時が彼女とは初対面だ。

 そしてその後を思っても、私の立場を思えば警戒の対象にされてもおかしくはない。

 だというのに、睡眠時という尤も警戒するべき時に安心して眠れるほどにシロは私に気を許しているというのか。

 思い出すのは、彼女が度々私に向ける懐かしむような親愛の篭った眼差しだ。

 そんなものを受けるほど私のことを彼女が知っているわけがない。

 その筈なのに。

(貴女は本当に何者なのですか)

 疑問は更に募る。

 そんな私に気づいていないようにイリヤスフィールは内緒事っぽく話を続ける。

「ねえ、今日士郎と何を話していたの」

 密やかに尋ねる顔。

 今までタイミングを計っていたのだろう、きっと彼女が今日私に一番聞きたいことがこれだったのだろうと思った。

「何も。昼間は道場にいつもいるのかと聞かれたので、そうですと答えただけです」

「嘘、それだけじゃない筈だもの」

 ぷぅ、と可愛らしく頬を膨らませて私を見てくる紅色の瞳、それに苦笑して、私は夕方のことを思い出す。

 最初はそんなつもりではなかったのに、随分と……熱中した。

 楽しかったのだ、士郎と剣を交えることが。

 私が知る「シロウ」よりも完成されていた剣は、無骨でありながら美しい剣で、この世界の士郎は私がかつて知っていた彼よりも強かったから、剣を合わせることが純粋に楽しかった。

 だけど……。

(楽しいなんて……感じる資格などないのに)

 かつて斬り捨てた少年と同じで違う人を相手に、私は何を考えているのだろう。

 ああ、楽しかった。

 だけど、だからこそ罪悪感が募る。

『セイバーは、沈んだ顔よりも剣を手にしているときの顔のほうがいいと俺は思うぞ』

 そう私が知っている少年とは違う笑顔を浮かべて、やわらかく言った衛宮士郎(マスター)

 私の過去など知らない筈の少年は何故そんな言葉を言ったのだろうか。

「セイバー?」

 ふと、目の前のイリヤの顔が少し曇っていることに気づく。

 私はいつの間にか自己に没頭していたらしい。

「……手合わせをこれからも頼むとそう頼まれただけです。さ、眠りましょうイリヤスフィール。今日は何もありませんでしたが、明日もそうという保証は無い」

「…………うん。お休み、セイバー」

 

 

 

 side.遠坂凛

 

 

「――――八番(Acht)!」

 10年間力を溜め込んでいた取って置きの宝石をぶつけながら、わたしは目の前の少女から即座に距離を取る。

 ピンクのドレスに身を包んだ冷淡な美貌のレイリスフィールと名乗った少女は、木炭に見える手にした武器を翳してわたしの宝石魔術に対抗しようとするが、全てを相殺しきれずに、少女の左腕に大魔力がこめられたそれが接触する、袖ははじけとび、ぼたりと流れ落ちる赤い血。

 腕は取れたわけではない。

 でも、相当な深手を負っているように見えた。

 だから今がチャンスとばかりにわたしはガンドを飛ばしながら少女に迫る。

形骸よ、生命を宿せ(shape ist Leben)

 涼しげな顔をしたままの銀髪の少女は、傷を治すでもなく、そのまま血を武器として隠し持っていたのだろう針金にまとわり付かせて飛ばした。

 血をまとった白銀は通常では考えられないサイズの大鷹となり空を翔けていく。

「凛!」

 遠くでバーサーカーの相手をしているアーチャーが叫ぶ。

 続く轟音。

 アーチャーにわたしを助けるような余裕がないのは明らかだ。

 でも……。

(舐めないでよね……!)

 魔術師同士の戦いでわたしが負けるわけにはいかない。

 遠坂の魔術師としても、わたしを「最強」だといってくれたアーチャーの為にもそんな無様を晒すわけにはいかない。

「……! 七番(Sieben)

 至近距離からとっておきの一撃を叩き込む。

 それに、3mになろうかという大鷹の頭がもげる。

(やった……!)

 鷹をつぶしたことを確信し、次の宝石を構えるわたしの目の前で大鷹はぐらりと形を変え、瞬時にわたしを囲うように広がり、ぶわりとそれは檻となってわたしを拘束するために襲い掛かった。

(ヤバッ)

 逃げようとしてもこの距離じゃどうにもならない。

 わたしは服に仕舞いこんであるとっておきの宝石を二つ身体強化にまわして、耐える道をその瞬間選んだ。

 その時、誤算が沸き起こる。

「きゃぁああっ……!」

 ぼっと、わたしを囲う閉じ込める様に広がった針金から炎が噴出したのだ。

(なんで……!?)

 目の前の少女はアインツベルンを名乗った。

 アインツベルンの魔術属性は「水」であったはず。そうわたしは聞いていた。

 いや、そもそも目の前の少女はアインツベルンのホムンクルスのはず。

 ならば水以外の属性に生まれるはずがない。

 その筈なのに少女は「火」を操った。

 自己防衛しつつ転がりながら、わたしは思考する。

 いや……そもそもこの少女は最初からおかしかった。

 アインツベルンは錬金術にと特化した名家であり、それがゆえに戦闘能力は殆ど皆無に等しく、だからこそ過去の聖杯戦争では敗北を記してきた、そういう家であった筈。なのに彼女はあくまでもサーヴァントはサーヴァントにぶつけるだけで、わたし相手に一対一の戦いを挑んできた。

「少し見直しました、遠坂凛。雑魚と思っていたことをお詫びしておきましょう」

 しゅうと、先ほど大怪我を負った腕を修復しながら、淡々と怜悧な美貌そのままでそんな言葉を投げ掛けながら優美に近寄ってくる少女の姿は、不気味としか言いようがない。

「さて、では第二楽章といきましょうか?」

 くつりと、バーサーカーのマスターにふさわしい微笑を奏でながら、少女は紅い目に嗜虐的な色を浮かべ、袖に隠し持った彼女の使い捨ての礼装らしきそれを8つ構え、そして駆けた。

 明らかに手馴れた動き。間違いなく少女は戦い慣れていた。

 おまけに魔力量に関しては人より多いと自負するわたし以上の化け物だ。

(舐めるんじゃないわ!)

 アーチャーが頑張っているというのに、マスターのわたしがこれくらいで怯んでなんかいられない。

 それにいくら魔力量がわたしより多いとはいえ、相手の礼装はお粗末な使い捨てであり、膨大な魔力でカバーしているものの、わたしの宝石魔術に比べれば大分質が落ちる武器を使っているように思えた。

 それに、わたしだって実戦経験こそないものの、綺礼の元で鍛えてきた八極拳があり、それなりに腕に覚えもある。なら……負けてなどいられない。

 相手が火を使ってくるというのならば水で対抗すればいいだけのこと。

六番(Sechs)冬の河(Ein Flus, einHalt)……!」

 対して彼女は8つの木炭のうち、6つを纏めて投げ掛けることによって私の渾身の一撃を防ぐ。

 巻き上がった夥しい炎が私の宝石魔術を封じ込める。

 でもそれは予測済みのこと。

軽量(Es ist gros)……!」

 自身の重力を軽くして、グンとスピードを上げてわたしは走りこむ。

 レイリスフィールは手にしていた残り2つの礼装を手に、それをわたしへと投げ掛ける。

「遅いわよ……!」

 軽やかに動きをつけて、わたしはそれらの攻撃を舞うように避け、少女の眼前に差し迫り、そしてその小さな身体に向かってとっておきの拳を一つ、いけすかない師に教わったやり方そのままに全力で打ち込んだ。

(殺った!)

 そう確信していたわたしは、少女が直前に口元に笑いを乗せていたことにすら気づいていなかった。

「……ぇ」

 残像。

 少女だったと思っていたものの実像が解けていく。

 それは同じ魔力の波動を持つ、姿だけを似せた白銀。

 本物のレイリスフィールは偽者の5歩ほど後ろに居た。

 わたしの中で危険信号が鳴り響く。瞬間、とっさに反射的に身体を捻った。

 ドスリ、嫌な音が響いてそれは私の横腹を貫いた。

「ぁああっ……!」

 わたしが見たもの。

 それは大地から生える針金の槍。

 見れば、地面越しに少女の右手にそのもう一端はあった。

 痛みに、どさりと腹を押さえて転がる。

(痛い……!)

 顔をしかめながら、それでも立たなくちゃとそう思う。

 とっさに避けたため、幸いにも大事な臓器には大きなダメージはない。

 ならば、さっさと立ち上がらなければ。

 痛みなんて魔術で慣れている。

 こんなもので、泣き言なんて言ってられない。

 思うけれど、足はすぐには行動できない。

 そして、ヒラヒラとしたドレスと同色のヒールの付いたブーツがどすりと、わたしの頭を打った。

「あ……っぐ」

「痛いですか」

 感情の入っていない冷淡な声で、レイリスフィールは確認するようにそんな言葉を口にしながら、グリグリとわたしの頭を踏みつけた。

「とっさとはいえ、あれを避けるとはお見事でした。ふふ、そうですね、褒美を差し上げましょう。さて、最期に聞きたいことはありますか? 貴女のサーヴァントが消えるまでの短い間ですが、質問があれば受け付けましょう」

「……っ!」

 ぐりっと、わたしの横腹を貫いた場所に再び針金を通し、冷たい笑みを浮かべながらそんなことを告げるピンクドレスの少女。

 それをにらみつけながら、わたしは反撃の機会をうかがう。

「ああ……でも途中で反撃をされては厄介ですね」

 そんなわたしのことを読んだとも思えぬほど、ふと思い出したような……これまで見てきた中で尤もあどけない顔をして、彼女はそう呟くと、わたしの腹に突き刺した針金を引き抜き、そして……。

「いっ……ぁあ!」

 ボキリと、わたしの右腕を躊躇いもなく折って、馬乗りになった。

「妙なことはしないでくださいね。抵抗すれば即座に殺します。たとえ数分だろうと少しは長く生きたいでしょう?」

 酷薄な笑みを浮かべながら、可愛らしく小首をかしげつつ優雅に口元に手をやりながらそんな言葉を言う少女。

 ハァハァと、痛みを耐えながら喘ぐように息をするわたしを見て、どう解釈したのか、レイリスフィールは「……喋らないのですか? どうせ死ぬのなら疑問を解消してからのほうがまだスッキリと逝けるでしょうに」なんてそんな言葉を口にした。

 ギッとにらみつける。

 だが、少女は冷たい微笑を浮かべたままで、本当に、アーチャーが消えるまでは殺す気はないらしかった。

(……って、何を考えてるのよ、わたし)

 それじゃあまるでアーチャーがやられるってそうわたしまで思っているみたいじゃない。

 そんなのはアーチャーからの信頼に対する裏切り行為だ。

 けれど、今すぐ殺す気がないというのなら、勝機がないわけじゃないだろう。

 こいつはバーサーカーがアーチャーを倒すものと信じきっているようだけど、逆の可能性だってないわけじゃない。ううん、あいつはわたしのサーヴァントなんだ。ならあんな金ぴかなんかに負けたりはしない。

 頭を回転させる。

 なら、わたしが今この状況で出来ることは、アーチャーがこちらに駆けつけるまでの時間稼ぎ。

 こいつはアーチャーが消えるまで殺す気はないようなことを口にしたけれど、それを守るとは限らない。

 だからこそ、わたしは口を開いた。

「どういう……ことよ」

「何がですか?」

 銀髪に紅い瞳の美しい少女の顔は、この見下すような冷笑さえ消し去ればここ数年で仲良くなった少女とよく似ている。性格は全く違うというのに。そんなことにも腹が立つ。

「アインツベルンのマスター……アンタは……ホムンクルスなんでしょ」

「そうですね」

 あっさりと少女は肯定した。

「なら、なんで……イリヤスフィールに似ているのよ、アンタは一体……」

 その刹那の少女の形相にぎょっとする。

 激情に駆られたような憎悪の瞳。

 それはホムンクルスと思えぬほどに人間臭くさえあったのだけれど、それはすぐに沈められ、人形らしい、冷たい微笑みに上書きされる。

「……質問があれば受け付けると言ったのは私でしたね」

 ぽつりと、自分を落ち着かせようとするかのような声音で少女はそう口にする。

「私はイリヤスフィールの『妹』であり、イリヤスフィールはアインツベルンを捨てた裏切り者。アレと私の関係などそれだけですよ」

 酷薄な声音でそんな言葉を彼女は言った。

 その答えはつまり、あのイリヤスフィールがアインツベルンのホムンクルスということでもある。

(待って)

 確かに人間離れした容姿をあいつはしていた。魔眼だってもっている。

 だけど、イリヤはその魔力量も少々多いだけで普通の範囲であったし、何より学校で見る彼女はどこからどう見てもただの少女にしか見えなかった。

 本当に、普通の少女だったのだ。

 元気で明るくて弟が大好きで、ころころと表情が変わる強気の少女。

 ホムンクルスは人間ではないゆえに、その身は脆弱だという。

 だけど、イリヤにはそんな兆候なんてどこにもなくて……と、ふとそこまで考えて、レイリスフィールを名乗るこの子と対峙したはじめから覚えていた疑問が顔を出す。

「貴女、……どうして戦い慣れているのよ」

 目の前の少女は、中学生くらいの容姿をしている。

 どこからどう見ても戦闘用ホムンクルスではないことは明らかだ。

 なのに、何故こんなに戦い慣れているというのだろう。

 そもそもアインツベルンは戦闘は不得意な一族だ。

 それが火属性ももっていて戦いにも精通しているなど、おかしいにもほどがある。

「……10年です」

 ぽつりと、少女はそう口にした。

「10年間、私は廃棄品を殺し続けてきました。貴女のような温室育ちが私に勝てなくても当然ではないですか?」

 それは、答えになっていてなっていない返答。

「さて、もう質問はありませんか。少し早いですが飽きてしまいました。それではごきげんよう」

 

 

 

 side.言峰綺礼

 

 

 教会へと入った報告を前に、私はさして意味もないため息をついた。

「悪食だな……」

 昨日3人の男達が「何か」に喰い散らかされた姿で見つかった。

 明らかにこっちの領域の件であったので情報隠蔽を努めたが、続いて今夜も例の影が現れ4人ほどの男達が殺されたという報告が入ったのだ。

 正直に言えば、この事件の主犯に心当たりがないわけではない。

 思い出すのは10年前に見かけた醜悪な老人の顔だ。

 つい、連想して顔を顰める。

 知り合いから手に入れた新しい駒は取り上げられ、黄金の王はいまだ地下で眠りについている。

 その中でかの御仁の暗躍となれば、正直面白くはない。

「…………」

 あの男はいまだ拠点である家に篭ったまま、殆ど出てきていない。それもまた面白くない。

 だけど、潮時なのかもしれないとも私は思う。

 吹っ切ればいいのだ。それを私は10年前学んだ。

「さて……どう動くか」

 どうせならば、また10年前の殺し合いの続きをやりたいと、そう思う心を抑えて私は礼拝堂を後にした。

 

 

 

 side.レイリスフィール

 

 

 ソレを召喚するように言われたのは、今から3ヶ月前のことだった。

 用意された聖遺物を手に、大爺様に言われた呪文を差し挟んで、本来狂戦士の特性などない筈の存在を「バーサーカー」として召喚する。

 その代償として支払わされたのは、魔力と生命力だけではなく……。

 ……あの夜のことは屈辱過ぎて思い出したくもない。

 しかし皮肉にも私は、ソレを経ることによって、アレを扱う術を得た。

 とはいえ、アレは従順な従者などでは断じてない。

 寧ろアレこそが最大の敵だった。

 それは私にとってだけではなく、アレにとっても同じこと。

 アレはいつだって私が死ぬ機会をまっていた。

 

 気づいたのはそれが理由。

 狂戦士として呼び出されたが上に、ソレは己の感情を隠すことなどは出来ず、その気配はパスを通じて私へと流れ込んできていたのだから。

 にやりと嘲笑い、私の死を待つ笑み。

 だから、私はとっさに、小聖杯としての力を全開にして、それを防ぎにかかった。

 軌道が僅か逸れる。黒き短剣は私の腕を掠めて地面へと突き刺さる。

「! ……バーサーカー……!」

 魔力で狂戦士の意思を縛り上げつつ私の元へと急遽向かわせる。

 短剣を放ってきた放出元、そこに居るのは、髑髏の仮面を身につけた黒衣の大男、間違いなく真なるアサシンのサーヴァントだった。

「何をしているのです、あのサーヴァントをさっさとお殺しなさい!」

 と、私の意識がアサシンにむいたと同時に、遠坂の娘から放たれただろうガンドが迫りくる。

 それを先ほど遠坂の娘を貫くのに使った針金を盾に形成して、防いだ。

 アサシンに意識をやりつつ、横目で遠坂の娘を見やる。

 遠坂の娘は血だらけではあるが未だ五体満足らしき紅い外套のサーヴァントに連れられて逃げていった。

 アサシンは自分の襲撃が失敗したと判断するや否や、こちらも霊体化して消えていく。

「……! 追いなさいと言っているでしょう」

 バーサーカーは答えない。

 ただ、嗤って私を見ていた。この赫い目が何よりも嫌悪を煽る。

 この狂戦士は……理性なきサーヴァントは、私のもがき苦しむさまを確かに楽しんでいたのだ。

「……もう良いです」

 不愉快に思いつつ、そう告げる。

 ついでバーサーカーへの供給魔力を消し、強制的に霊体化させた。

 思えば今夜は随分と礼装を消費した。

 おまけに腕に負った傷はサーヴァントにつけられたものだけあって、遠坂の娘につけられた傷ほど簡単に癒えるというわけでもない。

 更に言えば、いつ「あれ」が現れるかわからぬ今、万全の体制ではないというのは好ましくないと言えた。

 討ち取れなかったとはいえ、遠坂の娘が負った傷も中々大きい。

 すぐに聖杯戦争に復帰というわけにはいかないだろう。

 そう思って私はその場を後にした。

 

 

 

 side.アーチャー

 

 

「凛、しっかりしろ、凛」

 此度の戦闘の地であるあの忌まわしき公園から離れ、マスターを抱きながら移動していた私は、腕の中のマスターに向かってそう言葉をかける。

 凛の息は荒く、顔色が悪い。

 右腕の骨折だけならそこまでではないだろうが、横腹に開けられた傷口が発熱しているらしいとわかった。

 私もあちこちに怪我を負っていたが、生前アヴァロンを体内にもっていたことがあった影響なのか、サーヴァントの中でも群を抜いて傷の回復は早い。

 だからこそ、今問題なのは凛だけといえた。

「アー……チャー」

「凛、気が付いたのか」

 苦しそうに目を細めながら、小さく私の名を呼ぶマスターにそう声をかける。

「遠坂の家に……」

「だが……」

 この腹の傷をそのままにしておくわけにはいかない。

 そう思ってつい戸惑う声を上げる私を前に、凛は「いいから……地下の魔法陣の上に運んで。そうしたら……そのうち回復するから」

 凛は遠坂の家の6代目の当主だ。凛の身体にはあの地の土が何よりも滲む。

 何より遠坂の家は冬木の家で2番目に大きな霊地だ。

 それを思えば、凛の言葉は間違っていないのだろう。

「……了解した、マスター。しかし、回復すれば今夜のことについて私からも苦言を呈させてもらうからな」

 そう口にして私は遠坂の屋敷を目指した。

 

 凛がすぐに戦線復帰出来ぬというレイリスフィールの予想は当たっており、彼女の傷が回復するのはこの3日後のことだった。

 

 

  NEXT?

 


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