新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
おまたせしました。鮮血神殿前編になります。
因みに今回の回は個人的には剣弓回ですが、多分そう見えるのは俺と同じ剣弓スキーだけのような気がします。


22.鮮血神殿 前編

 

 

 

 結界を発動するのに必要最低限の魔力は溜まった。

 もうつまらない罪悪感なんて覚える必要はない。

 僕は魔術師になるのだから。

 見ていろよ、衛宮。

 友達面して僕を謀ってきた代償、し払わせてやる。

 

 ―――――……そうして、時は訪れる。

 

 

 

 

 

     

  鮮血神殿

 

 

 

 side.エミヤ

 

 

 グァングァンと、頭の中で響く音がする。

 其れは名をつけるならば、確かに共鳴だった。それを、漸くと見るか、やっとと見るか。

 ただ一つ言えることは私は待っていた。

 確かに其れを待っていたのだ。

 ……10年間待っていた。

 瞼を開ける。

 暗闇の中、現実ではなく此処は夢の世界だ。

 だけど、これは私の夢ではない。

 そもそも私は受肉しているとはいえ、人間ではないのだ。

 いくら人間に偽造していようと、私は反英雄のサーヴァント。人間のように夢を見たりしない。

 見るのは生前の記憶、或いは衛宮切嗣(マスター)の記憶のいずれかである筈なのだ。

 だけど今は夢を見ている。

 つまり、この夢は自然のものではないということ。

 自分が何かに繋がっていることは薄々気づいていた。

 10年もの間、普通の人間のように睡眠をとる生活を続けてきたにも関わらず、私が現マスターである養父(キリツグ)記憶(ユメ)を見ることは殆どなかった。まるで何かに阻害されていたのかのように。

 その理由。そのワケは……。

 後ろを振り返る。

 そこに、確かに誰かが居た。

 うっすらと微笑む影。

 其の細くしなやかな丸みを帯びた身体のラインに、長い髪を思えばきっとこれは女なのだろう。

 ただ、見えるのは影だけで実像は見えない。わかるのは輪郭だけだ。

 それに、漠然と『嗚呼、未だ刻が足りない』のだと、そう思った。

(そう、足りない。まだ、彼女とは)

 影は私に話しかける。

 声は聞こえない。

 実像を結ばぬ彼女とは、夢の中といえどいまだ語り合うことは叶わない。

(嗚呼、懐かしい。そうか。君は……)

 女の唇が動く。

 其の唇は確かに、あと少しなのだと告げていた。

(きっと()のゲームの終わりには会えるのだろう)

 夢が覚めていく。

 残像が消えていく。

 痕跡も全て泡と解ける。

 そして、其れに手を伸ばそうとして……目が覚めた。

 

 パチリ、と目を見開いて、反射的に私は上半身を起こした。

 夜はいまだ明けていない。

 隣に眠るイリヤは、可愛らしくすぅすぅと寝息を立てながら眠りについている。柔らかな寝顔。

 其れにほっとしながら先ほどの夢に思いを馳せて、そこでオレは唐突に理解をした。

(……そういう、ことか)

 大聖杯を傷つける行為を積極的に選択することを、無自覚に避けていた其の最大の理由を。

 先ほどの夢の中特有のフワフワとした感覚は既に無く、私の頭はグルグルと回転を刻み始める。だからこそ、そのことに気づいた瞬間、カッと、羞恥と怒りがごちゃ混ぜになったような感情を前に、頬が熱を持ち出す。

 今日の夢の中で感じたあの暗闇は……前回の聖杯戦争のときに、泥に呑まれた一瞬見た白昼夢で辿りついた場所と全く同じだ。

 そして、あれは大聖杯を経由してどこぞの空間に意識だけを繋げられていたのだ。

 私は大聖杯に繋がっている(・・・・・・)

 正確には大聖杯を構築する術式の一部に施された何かと、だ。

 大聖杯を機軸にして、誰か(・・)と私はラインを繋げられていたのだ。

 冬木のサーヴァントを召喚するのは大聖杯の仕事ではあるが、私のそれは問題が違う。そこには確かに誰かの意思があった。

 そう、あの夢の中にいた影の持ち主の意思が。

 10年前の聖杯戦争では駄目だった。

 10年後の今回でないときちんと繋がらない。第五次聖杯戦争でないと意味がない。

 最初からそういう風に設えている術式だったのだ。

 だから私は、待つような選択を「させられた」。

 大聖杯を破壊しようと、積極的に思えなくて当然だ。

 大聖杯の術式の一部を操作して異例に呼び出しされた私が、其の時を待たずに其れを破壊するということは、ここにある「英霊エミヤ」のコピーたる存在(わたし)の否定、衛宮士郎(じぶん)殺し以上の自己否定に繋がるのだから。

 意思とすら呼べぬ無自覚が、其の選択をシャットアウトしてきた。

 何かの糸に操られていたかのように。

(ちょっと待て)

 はたと気付く。気付き始めた。

 10年前、聖杯戦争を終えて、ただの情報として座に帰ろうとしていた私に対して働いた不可解な力。

 何故か女の姿になって「うっかり」スキルなんてふざけたもの付きで、切嗣に召喚されたこと。

 それらは決して偶然やただのエラーなどではない。

 そういう風に指向させ、そういう風になるように誰かが用意した「結果」なのだとしたら。

 そうなるように最初っから仕組まれていたのだとしたら。

(誰が、オレをどういう意図でそうした)

 ならば、「うっかり」スキルとは何か。

 遠坂家に伝わる呪いか。

 いや、この場合私に対してのこれは違う。

 そう、これは、オレの思考を縛るためにあった楔だったのだとしたら?

 最初っからそれが狙いだったのだとしたら?

 カッと更なる怒りで耳まで熱くなった。

(馬鹿か、オレは!!)

 切嗣から呼び出された其の日、気付けば追加されていたそのスキルの説明を受けた時、「そういうもの」かと考えることを放棄した。

 10年間現界していながら、其の可能性に気付きやしなかった。

 どうして気づかなかった。

 これは人為的に植えつけられたものだってことに。

 あの影の主が、何を目的としてこんなことを仕組んだのか知る由もないが、つまり私はまんまと彼女の手の上で踊らされていたのだ。

 私が、今ここにある私という存在に対して疑問を抱かないように。

 うっかりスキルの正体は私の思考への制限であり、私がその時を迎えるまで勝手に自滅しないように仕組まれたプログラムなのだと。

 スゥ……と頭が冷えるような錯覚を覚えだした。

 過ぎたる怒りは却って脳を冷却させ、表情が凍りだす。

(嗚呼、全く、オレは今まで何をしていたのか)

 ……10年だ。

 10年間もの間、私は人間としてここに暮らした。

 いずれは消える異邦人と知りながら、なのに生きているかのようなフリをして、何を人間ごっこになど励んでいたのだ。死者の分際で、何を勘違いした生活をしていた。

 瞳が凍りだす。

 鋼の瞳が鷹の目を思わせるそれに変化していくのが自分でもわかった。

 イリヤを見る。

 彼女を見ると、自分の中にあった「人間」の部分が喚きそうになる。

 そんな自分を殺す。

 情など……異邦人である自分が注ごうと思ったこと自体がそもそも間違いだったのだ。

 私は、彼女に関わるべきではなかった。

 あの冬の城から連れ出して、ここに連れてきた段階で私は1人消えればよかったのだ。

 その後の結末など知ろうともせずに。

 そもそも彼女は……オレの姉さん(イリヤ)ではない。

 セイバーたちと同じだ。同一人物の別人だ。

 オレのイリヤは……聖杯戦争が終わってさほどと経たず死んだ。

 オレはどうしてこうも昔から愚かしい。

 はは……滑稽だ。

 昔とは随分と違うと、俺はもう皆が知るエミヤシロウとは全くの別物だと思っていたのに、何故オレは昔と変わらずこうも愚かなのか。

 馬鹿だ。結局は何も変わっていない。

 エミヤシロウを構成する馬鹿さ加減は死んでも治らなかったらしい。

 褐色の手を見る。

 女に成り果て10年が経過してしまって、すっかり見慣れてしまった小さめの女の手。

 それが、急に憎いものに見えて、瞬間切り落としたい衝動が起きる。

 夢想、妄想。

 実際に果たしたわけではない。

 第一、そのような行動に何の意味がある?

 違う、オレがやるべき行動はそういうことではない。

 そんなものは無意味だ。

 やるべきはそうではない。

(今一度捨てよう)

 家族を。「家族」だと呼んだこの歪な関係を。

 有り得ぬはずの夢は終わりだ。夢の時間は終わりだ。

 いささか、ぬるま湯に浸かりすぎた。

 終わりにしよう。

 1を切り10を救い続けた血塗られた私が、そもそも幸せを享受しようとしたこと自体が間違いだったのだ。

 間違いは正さなければいけない。

 ちらりと、この世界を生きる、私とは全く異なる士郎が脳裏をよぎる。

(馬鹿らしい)

 ……奴は大丈夫だ。

 イリヤがいれば間違いを犯すことは無い。

 それにアイツは「人間」だ。私と違って、人間としてアイツはちゃんと育った。

 詮無い思考を切り捨てる。

 自分がやるべきことを見定める。

(ここにいる「私」と引き換えにしてでも、あの「影」を消す)

 英霊の天敵たる影を思う。

 あれは危険、あれは私の仕事の領分だ。

 今でこそまだ大人しいが、いつあれが暴走し何千何万という無辜の命が奪われるのかわかったものではない。

 時間が経てば経つほど危険なのだ。

 あれを消すことこそが、守護者たる私の役目だろう。

 待っていた相手と会えなかろうともうどうでもいい。私は私の務めを果たす。

 そして、立ち上がろうとした時だった。

「何処に行くのです、シロ」

 凛とした翡翠色の瞳の少女が、強い意思をもって其処に立っていた。

 私の行き先を遮る様に。

「そこをどけ、セイバー」

 我ながら想像以上に硬質な声が出る。

 それに、少女は少しも怯まず、いつ武装してもおかしくないような空気を纏ったまま、「どきません」とそう真っ直ぐに口にした。

「昨日も貴女は抜け出そうとしていましたね。焦燥を抱えながら。でも、今の貴女は昨日よりもずっとおかしい。ご自分がどのような顔をしているのか自覚していますか? 何処に向かおうとしているのかは敢えて問いません。だが、今の貴女を行かせるわけにはいかない」

 それに、苛立った。

「どけ、セイバー」

 グンと、近寄る少女。それは見えぬ一瞬の勝敗。

 弱体化している上に激昂し我を忘れた今の私に彼女の速度が見えるわけもなく、ドサリと、私は布団の上に己の身を引き戻されていた。

 頭上にいる少女は、私の両の手を頭上で1つに纏め、そのままがっちりと両足で私の腰をホールドしていた。

 今の刹那で彼女が帯びた鎧が、ガシャリと耳のすぐ傍で響く。

「わかりますか? これが、今の貴女の力です」

 淡々と呟く声はどこまでも真剣で清涼だ。

 見た目は小柄な少女だというのに、そんな可憐でか弱そうとすらいえる見目に反して、最優のサーヴァントといわれる存在なのだ、この少女は。

 そのことを嫌でも思い知らすかのように、セイバーに抑えられた箇所は抵抗しようにもピクリとも動かない。

「士郎の師と聞きました。私の見立てでも貴女は強い。だけど、それはあくまでも人としての話だ。貴女はサーヴァントには勝てない。それを知るべきだ」

 その言葉に見えた憐憫。

 諭すような声でセイバーは続ける。

「あの影は正規の英霊にとって天敵だと貴女は忠告したそうですね? だが、私からも忠告させていただきましょう。たとえあの影に我らサーヴァントが勝てないとしても、だからといって貴女が立ち向かって単独で勝てるとでも思っているのですか? もしそう思っているのならそれは思い上がりだ。傲慢以外の何者でもない」

「……どけ」

「貴女は自分を粗末にし過ぎている。それを見て、貴女の家族がどう感じるのか考えたことがありますか」

 粗末にしすぎているだと? その言葉を、君がいうのか。

(自分を捨てて生きてきた君が)

 誰よりも己を殺して、女としての幸せまで捨て、国のために尽くし生きてきた君が。

 思考が白く染まる。

 そして……。

「どけ! アルトリア!!」

 言わないつもりでいた言葉を口にした。

 

 はっと、動揺を映しながら見開かれる翠の瞳。それに、取り返しのことをしたのだと思った。

 サァ……と一気に血の気が引き、体温が下がる。

「何故……貴女がその名前を知っている」

 間近で揺れる翡翠の瞳は、信じられないものを見たかのように戦慄く。

(やってしまった)

 既に思考は醒めている。ああ、やってしまった。

 思い通りにならないからと八つ当たりで、口にしていいような名前じゃなかったのに。

 自分の馬鹿さ加減に嫌になる。なんでオレはこう馬鹿なんだ。

 そうだ、止めた彼女にそもそも咎があったわけではない。

 一時の感情で何をオレは言ったんだ。

 金紗の髪を結わえた少女は、動揺をその瞳に収めながら、空いている左の手を私の頬にのばす。

「貴女は……」

 セイバーの、手甲越しの小さな指が私の頬を滑る。

 まるで形を確認するかのように。

「貴女は一体…………」

 誰なんだと、最後は言葉にせず、唇の動きだけで彼女は誰何(すいか)を問うていた。

 

「ん……」

 第三者の声がして、瞬時に彼女は武装を解く。

「……シロ? セイバー」

 いまだ眠そうな紅色の瞳がぱちくりと私とセイバーの姿を収める。

「何やっているの?」

 見ればあくまでもセイバーが解いたのは武装だけであり、彼女はいまだ私の上に馬乗りになって抑え込む姿勢のままだった。どうやら、あまりに慌てていて、武装解除することしか頭になかったらしい。

 イリヤスフィールの指摘を受けて、慌ててセイバーは私の上から退く。

「なんでもありませんよ、イリヤスフィール」

 そうでしょう、と目線だけでちらりと同意を求める金紗の髪の少女。

「シロ、なんでもないって本当?」

 イリヤは目が覚めてきたのか、何か私と彼女のことについて誤解していそうな視線を向けてくる。

 ソレを見て、私はあっさり、いつもの自分の型通りに、そういう態度を装いながら、たいしたことじゃないように聞こえる様に言葉を返した。

「なんでもないさ。イリヤ、君の其れは勘繰りすぎた。少しいつもより早いが……どれ、私は朝食の準備でもしてこよう」

 そういって自然に部屋の外へと出た。

 偽りの心臓が早鐘を奏でるのが、やけに煩かった。

 

 

 

 side.衛宮士郎

 

 

 なんでか、今朝はシロねえとセイバーの態度がおかしいと、そう思う。

 シロねえはいつもより一心不乱に料理に打ち込んでいるし、セイバーはいつもは3杯は食べるおかわりがたったの1杯だけだし、ランサーのやつにおかずを取られても気づいていない。

 何より、ちらちらと時折辛そうな顔をしてシロねえを見てる。

 変だ、絶対に変だ。

「なぁ、イリヤ」

 つい、隣に座る1つ年上の姉に向けてこっそりと話しかけるとシロねえは「士郎、食事の最中に喋るな。行儀が悪い」などと淡々と口にしながら、ランサーの4杯目のおかわりを装っていた。

 慌てて前を向いて食事に専念する。

 そうして食事を終えて、恒例の家族会議に突入したけれど、議題としては昨日とあまり代わり映えはしない。

 その中で唯一気になったことといえば……。

「遠坂が負傷した?」

「うん。たまたま衛星にひっかかっただけだけど、どうも結構な痛手を負ったようだね。とはいえ、代を重ねた魔術師の身体はそう簡単にどうにかなるものじゃない。暫く戦線離脱する程度が関の山だろう」

 そうなんでもないかのように語ったのは親父だ。

 魔術師が死の危機に瀕した際には、魔術刻印が術者の身体を生かそうとするのだという。

 まあ、とはいっても衛宮(うち)で魔術刻印をもっているのは切嗣(じいさん)だけだから、うちではあんまり関係の無い話ではあるけど。そういうものだと教えられてきた。

「じゃあ、凛の戦力をアテにするのは無理そうね」

 そういったのはイリヤだ。

 俺たちと遠坂は学校の結界の件が片付くまでは休戦の約定を結んでいる。

 結界を張った犯人が出てきた時、上手くすれば協力することも出来るかもしれないとそう思っていたのだが、遠坂が暫く戦線離脱するのなら、学校の結界が遠坂がいない間に発動すれば俺とイリヤで対処をするということになる。

「あー、別にいいんじゃねえのか。俺が1人居れば充分だろう」

 そう軽い調子であっけらかんと言うのはランサーだ。

 そこには誰にも負けないという自信が見え隠れしている。

「そうね。そうであることを願っているわ」

 そう口にするイリヤの声は多少冷たい。

 どうもイリヤはシロねえに近づくランサーが気に入らないらしく、こういう態度が多かった。

 でもランサーも慣れたものなのか、気にもせずにそんなイリヤの態度を流している。

 それを見て、大人だなあと感心する。

 ランサーみたいな大人も悪くはないのかもしれない。と、少しだけ自分の将来図を思い描いた。

 話すこともなくなり、俺とイリヤ、そしてランサーは学校に向かうために玄関口に集まった。

「なぁ、ところでよ、嬢ちゃん」

「何」

「アーチェとセイバーの奴どうしたんだ?」

 どうやら、ランサーも気になっていたらしい。

 それはそうだろう。あれだけ変で気にならない筈がない。

「わたしにもわからない」

 そう、困ったような声と表情でイリヤは答えた。

「何か言い争っているかと思ったら、朝起きた時からあの2人ずっとあんな感じよ。どうしたのか聞いても、なんでもないとか言ってくるし」

「言い争う? シロねえとセイバーが?」

 その言葉に思わず目を丸くした。

 だって、シロねえがセイバーに向けていた視線はいつだって柔らかで、大切そうなそんな色がどこかあった。

 セイバーだって、最初のあれはともかく、それ以降はずっと……。

 とにかく、その2人が言い争ったということに驚いた。

「何を言い合っていたのか、嬢ちゃんは聞いていたのか」

「知らない。わたし、寝てたもの」

 そういってうつむくイリヤの顔は、傍目にも落ち込んでいるのがわかって、慌てて話を打ち切って俺らは学校へと向かった。

 

 

 

 side.エミヤ

 

 

 カチャリカチャリと音を立て、食器を洗いながら今朝のことについて思いを馳せる。

「…………」

 酷いことを言ったと思った。

 だけど、謝る言葉を私は持たず、彼女もまた私の顔をちゃんと見ることを避けている。

 八つ当たりだった。

 あれはどう考えても八つ当たりだった。

 そんなもので、彼女の真名を汚していいはずがないのに、なのに私はやってしまった。

 私が「誰」なのかと問うてきたあの翠の瞳を思い出す。

 澱みの様にそれは私の胸に落ちる。

 冷静に考えて見れば、セイバーに指摘された通りなのだ。

 私が単独であの影に立ち向かったところで、勝ち目は薄い。そもそも、今は受肉しているとはいえ、元々私はサーヴァント。正規の英霊よりも手はあるとはいっても、弱体化していることを顧り見れば、あの影相手にどれほどの戦いが演じられるかにおいて、他の者とそうは変わらない。

 無策で突っ込むなど無謀だ。

 考えなければいけない。あの影を今のこの身で滅する方法を。

『貴女は自分を粗末にし過ぎている。それを見て、貴女の家族がどう感じるのか考えたことがありますか』

 その言葉を振りかぶって頭から追い出す。

 粗末にしている? そうだろうとも。

 だけどな、私は生者じゃない。生者じゃないんだ。

 ただの反英霊の……人々に憎まれることで信仰を得た存在のコピー。それが私だ。

 なら、使い捨てにしてなんの問題がある。

 粗末というのなら、私の存在自体が粗末に過ぎるのだ。

 舞弥が語った言葉を思い出す。

 あの影が間桐絡みのものかもしれないということ。

 ……間桐桜、彼女が関わっている可能性がそれはあるということだ。

 過去の経験から私は、彼女は白だと思って放って置くように切嗣(じいさん)に言った。

 だが、もしもその判断自体が間違っていたのなら?

 そのときは、私が責任を取らなくてはいけない。

 イリヤや此処の士郎にそんな役を押し付けるわけにはいかない。

 これがもしも私の原罪だというのなら、償うべきは私なのだから。

 ざぁと、食器の泡と汚れをすすいだ。

 この食器の汚れをすすぐ様に、私という汚れも洗い流せれたらいいのにと、そんなことをぼんやり思った。

 

 

 

 side.間桐慎二

 

 

 全てを見下ろすには最適な学校の屋上で、僕はそいつが校内に入ったのを見届けた。

「来たか、衛宮」

 にぃと笑顔をのせてさえ言う。

 友情と憐憫と蔑みと好意。

 感情は複雑に絡み合って僕の中で渦巻いている。

 凄く腹が立つのに放っておけない唯一の友人。馬鹿なくせに一緒にいるのが心地よかった男。

 それを殺そうとしているのに、憎しみも罪悪感も無い。

 寧ろ、この日を待ち望んでいたような気すらするのは、この身が受ける昂揚のためなのか。

 考えるだけ無駄だ。

 そんなことはどうでもいい。

 ただ、僕は奴を断罪しなきゃいけない。友達面をして、僕を謀ってきた罪を償わせなければいけない。

 僕がソレを知って心に受けた痛みをそのままそっくり返してやるんだ。

「いいのですか、慎二」

 淡々とそう聞いてくる従者に苛立ち紛れに片眉を吊り上げ、僕は答える。

「あ? 僕がいいって言っているからいいんだよ。それくらいわかれよ」

「…………」

「何、なんだよ、その目は」

 いつだって眼帯を覆っているライダーの目を見たわけではない。だが、こいつが僕を非難する視線を向けていることは眼帯越しにもわかって、思わずむっとしながらそう口にする。

 アイツとは友達だった。それでいいのかと尋ねてくる視線。煩わしかった。

 どうしようもなく、煩わしかった。

(何様だよ)

 ライダーの視線に、桜を思い出す。ソレが更に苛立ちを大きくさせた。

「……やれ。ライダー」

 そしてその結界……鮮血神殿(ブラットフォート・アンドロメダ)が発動した。

 

 

 

 side.衛宮士郎

 

 

「!?」

 それはまるで、巨大な怪物の胃袋の中に包み込まれたような感覚だった。

「士郎!」

 ばさりと、イリヤの言葉を合図に手早く、例の赤いケープを見につける。

 イリヤは既に走り出している。ランサーもまた実体化して後ろに続く。

 場所はいうより行動したほうが早いというかのようにイリヤの足は上へ上へと、この結界を発動した術者の魔力を目指して、階段を駆け上がっていく。

 発動されて実感する。

 本当にこれは、想像以上におぞましい結界だった。

 人の命を吸収していく赤き世界はまるで煉獄。幸いといえば、この結界は即座に人を溶かすものではないということ。まだ発動したばかりだと思えば、術者と早々決着をつけさえすれば誰をも失わずにすむ。その可能性も高いということ。

 解析の魔術を自動発動させつつそう思う。

 そして、俺たちはたどり着いた。

「よぉ、衛宮」

「慎二……!?」

 学校の屋上に続く階段の上、そこにいた犯人の姿に思わず驚く。

 そこにいたのは、一般人であった筈の友人の姿だったからだ。

 いつも通りの笑顔を浮かべていて、まるで日常の延長のように慎二はそこに立っていた。

 その手には魔力を放つ本があり、その傍には黒衣に長い髪の女の姿がある。

 聞かれずとも女がサーヴァントであることはわかった。

 隣に立つイリヤは警戒し、ピリピリとした気を放ちながら慎二をにらみつけている。

「お前がこれをやったのか?」

 慎重に言葉を紡ぎながら、俺は友人を見上げつつ尋ねる。

 それに、慎二はなんでもないような顔をして「ああ、そうだ。何せ僕は正規の魔術師じゃないからね。ライダーに魔力を供給するためにやった」そう是の言葉を吐いた。

「なんで……」

「お前にはわからないよ」

 これまで一度も見たことの無い、凍りついた瞳で、慎二はそう俺に言う。

「本当の魔術師であるお前にはね」

 蔑みの視線と言葉に聞こえるソレに、確かに俺は慎二の苦しみを聞き取った。

 にこり、慎二は再び笑顔に戻って言う。

「お前もマスター、僕もマスター。ならやることは一つだけだ。ヤり合おうじゃないか、衛宮。まさかこの期に及んでおねえちゃんの手を借りないと何も出来ないのーなんていわないだろうね?」

「……士郎」

 不安げな声でイリヤは俺の名前を呼ぶ。

 それは俺が慎二に勝てないとかそう思ってじゃない。俺が慎二と戦えるのかとそういう心配の声だった。

 だから、俺はイリヤを安心させるためにも、はっきりと言い切った。

「イリヤ、イリヤは手を出さないでくれ」

 真っ直ぐに中学時代からの友人の姿を焼き付けるように捉えながら、言う。

「これは、俺の戦いだ。ランサー、悪いけど、あのサーヴァントの相手は頼む」

「任せときな。何、すぐ決着をつけるさ」

「頼むな」

 口元にイリヤを安心させるように笑みを浮かべさせつつ言う。

 ランサーがいれば、イリヤは大丈夫だ。

 だから、俺は己の戦いのためにその階段を上がった。

 

 

 

 続く

 

 

 


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