新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
お待たせしました、第五次編24話「そして姉妹は出会う」です。
なんか久しぶりに凛様とエミヤさん出した気がします。
おかしいなあ、本作の主人公はTSエミヤさんなのだが。まあ、サブ主人公が士郎で、もう1人のヒロインがイリヤで、そっちもメインだから仕方ないということで。
あと兄貴はいつだってナイスガイだぜ。


24.そして姉妹は出会う

 

 

 

 

 魔術師が普通の幸せを求めるなんて筋違いだ。

 それを言ったのは母さんだったような気もするし、違う気もする。

 だってそれは魔術師にとっては当たり前すぎる言葉だったから。

 そうね、わたしはそのことをよく知っていると今まで思っていた。

 どんなに辛い修行も、魔術を使う痛みも、これが立派な魔術師になるために必要なことならば苦しくなんてないんだとそう思ってやってきた。

 ……余所に行ったあの子は、わたしが頑張っている分苦しくなんてないんだと、そんな馬鹿な思い込みを、御伽噺を信じていたのよ。

 本当に御伽噺。

 そんなわけがないのに、自分自身わかっていたはずなのに。

 魔術師が普通の幸せを求めるなんて筋違いだって。

 魔道の家に生まれたものが普通の人生を歩めるはずがないんだって。

 わたしがわたしである限り、口に出して伝える事は決して出来ないけれど。

 桜、アンタを救うことも出来ない馬鹿な姉でごめんね。

 

 

 

 

 

 

  そして姉妹は出会う

 

 

 

 side.言峰綺礼

 

 

 その老人と邂逅出来たのは偶然といえば偶然であるし、当然といえば当然と言えた。

 近頃起こり始めた謎の影による柳洞寺への襲撃と、そして街での一般人への喰い散らかし。

 その犯人……というわけではないだろう。

 彼の老人は狡猾にして慎重だ。自分がやったなどという痕跡を残すようなヘマはすまい。

 とはいえ、それで無関係だと判断するほど私は楽観視などしていないし、あの老獪ならば裏で糸を引くくらいはわけないだろうと思えていた。

 そうだ、あの老人の手の平の上で転がされるのは面白くない。正直に言えば不愉快といえる。

 私の望みのためにも、あの老人には舞台よりご退場願いたいとそう思って私は、あの老人が出現するだろう場所を張って歩いていた。それだけだ。

 一度目は会うことはなく、だが幸運にもと称せばいいのか、二度目に張っていた場所に彼の老人は現れた。

 隠れ潜んで、気配を殺している私の存在に気付くことなく、もう人と呼ぶことさえおこがましいほどの人外染みた老人は食事を開始した。

 若い女を内側から喰らう。悲鳴すら上げられない女は哀れ、老人に成り代わられた。

 それに一抹の違和感を感じる。

 いくら気配を殺しているとはいえ、これほど近場にいながら老人は私に気付かないということに。

 ……可能性としては、弱っていることが考えられた。

 意外ではある。

 誰が一体老人を此処まで弱らせたのか気にならないわけではない。

 だが、この状況はチャンスであるということと同義だ。

 だから私は、老人が女を食い終わって見せた刹那の安堵に距離を詰め、老人を屠りにかかった。

 

 結果としては間桐の老人は我が聖言に破れ崩れ去った。

 途中、衛宮の娘からの電話で厄介なことが起きたことも知ったが、それでも10年前の返しを僅かでも出来たことを思えば、少しだけ積年の思いが晴れるような気分だ。

 とはいえ、これで終わりなどという世迷い言を信じるほど私とて青臭くは無い。

 おそらくは彼の老人の本体はどこかで今も無事生き延びているのだろう。そういう化け物だ、あれは。

 しかし……おそらくは二度に渡る肉体の消失の代償はそう簡単に代用出来るというものでもあるまい。

 今度こそ老人は、大人しく戦局を見ているだけの立場に甘んじなければならないだろう。

 そう思えば、決してこの行為も無駄ではなかったと思えた。

 これは私の舞台であり、他のマスター達のための舞台だ。

 あの老害の晴れ舞台などではない。

 たとえ殺すことが叶わなくとも、あの老獪な化け物を抑え込み、舞台から追い出すことさえ出来たのならば目的は達成したも同然。たとえ死してなくとも、これこそが私にとっての今回の戦いの勝利だった。

 踵を返す。

 もう此処に用はない。

 さて、衛宮の娘に告げられた厄介ごともある。

 暫しは本来の監督役としての業務を果たし、無聊を慰めることにしよう。そう思い私はこの場を後にした。

 

 

 

 side.遠坂凛

 

 

「……う」

 目が覚めて初めに感じたことはやけに眩しい、そんなことだった。

 薄ぼんやりとする。

 目が霞む。

 身体が重い。

 腕と横腹が痛い。

 そんな中、視界にどことなく見覚えの在る赤色が映った。

「凛、気がついたのか」

 あれ、アーチェ……? とそこまで考えてから、その声が男のものだということに気付く。

 そうだ、イントネーションも雰囲気も他人とは思えないぐらいよく似ているけど、昔なじみのあいつとは違う。

 そう、こいつはわたしが呼び出したサーヴァントの……。

「アーチャー……?」

 そう、紅き騎士へとその仮初の名を呼ぶ。

 仮初……とはいっても、コイツの本名なんて今だ知らないけど。

 でも、確かにここにいるこいつの名を呼んだ。

 それは存在の認識と同義。

 ぼやけていた視界が正常に動き出す。

 褐色の肌に白い髪の皮肉そうな顔をした国籍のわからない偉丈夫。

 近くでよく見るとわりと童顔な顔立ちをしている。

 それが、今は皮肉染みた表情を押し消して、真剣な鋼色の瞳でわたしを見ていた。

 そこで思い出す。

 そうだ、わたしはあのレイリスフィールと名乗ったアインツベルンのマスターにやられて、家で治療に専念していたんだと。

 目線だけをさ迷わせて周囲を探る。

 ここは遠坂の地下室。本来ならサーヴァントを召喚する筈だった場所。

 遠坂の家は冬木で二番目に大きな霊地であり、わたしはその6代目だ。他のどの土地よりもこの場所がわたしの身体になじむ。魔術師は簡単には死なない。それは魔術師が受け継いだ魔術刻印が持ち主を生かそうとする働きがあるからだ。だからこそ、治療に専念するならこの場所が最適といえた。

 アーチャーはちゃんとわたしの指示通りにしてくれたらしい。

 それを認識しながら、けだるい左手で前髪を掻き揚げ、わたしは最初に聴くべきことを口にする。

「わたし……どれくらい眠っていた?」

「1日半だな。今は2月7日の朝8時過ぎといったところだ。其れより、全くあの時は肝を冷やしたぞ、マスター」

 いつもの如く小姑のような雰囲気で口にするアーチャーだったけれど、表情はあくまでも真面目で真剣だった。

 それに、ぼんやりと心配をかけたかなと思う。

 だから素直に思った心を口にする。

「心配かけてごめん」

「な、なんだ。どうした。そんなに素直だと気持ち悪いぞ、凛」

 アーチャーはぎょっとしたみたいに慌てつつ口にした。

 それに少しだけむっとしたけれど、迷惑をかけたのは確かなので、出来るだけ怒りを鎮めて言う。

「ああ、もう。人が折角素直に謝っているんだから、アンタも素直に受け取りなさいよ。馬鹿……っつ」

 身体を起こそうとして走った痛みに顔を顰めつつ、左手で今だ塞がりきっていない腹部を押さえる。

 それを見て、アーチャーはわたしに肩を貸しつつ、諭すような調子で口にした。

「凛、無理をするな。まだ傷は完治していない。もう暫く横になっていろ。私は何か軽いものでも作ってこよう。少しは何か腹に入れないと回復するものもしないからな。積もる話もあるが……まあ、それは後にしよう」

 そんな自らの従者の思わぬ発言に、少し驚きつつわたしは言葉を返す。

「……作るってあんたが? サーヴァントは小間使いじゃないって言ったのはアンタじゃなかったかしら?」

「今はマスターに回復してもらうほうが先決だよ。くれぐれも大人しくしていてくれ」

 そういってアーチャーはクルリと背中を向けて霊体化して、上の階へと飛んでいった。

 そんな自分のサーヴァントの様子に苦笑する。

「過保護よね……」

 素直じゃないし、生意気で捻くれ者だけど、それでもアーチャーは良い奴だ。

 ふと、微笑む。

 狙いのセイバーじゃなかったけれど、それでもアーチャーがわたしのサーヴァントでよかったとそう強く思う。

 同時にアーチャーとよく似た昔なじみの女も思う。

 彼女もまた魔術師らしからぬ魔術師だった。けれど、それが人間としての『遠坂凛』としては心地が良い。

 本当はもっと外道に囲まれていてもおかしくない境遇なのだ、魔術師(わたし)は。

 血に塗れた魔術師として生まれ落ちながら、今までの自分の幸運を強く自覚する。

 きっと、わたしは相当の幸せ者なのだろうと、鼻に届く香ばしい匂いを嗅ぎながらそう思った。

 

 

 

 side.エミヤ

 

 

 間桐慎二によって起こされた事件、その顛末を私は家に戻ったイリヤと士郎より告げられて、その事件は幕を閉じた。

 慎二が起こしたという今回の事件での死者は慎二本人を含めて8人、重傷者は4人、ライダーによる結界によって起こされた意識不明者は学校全域という結末だった。

 その結果に思わないものがないわけではない。

 前回の聖杯戦争のときから連続で召喚された私は、もう1人の自分に答えを貰ったあの戦いでの慎二の暴走も知っていたし、生前のときも……所々欠けている未完成な記憶ではあるが、碌な結末になっていなかったように記憶している。

 だから、学校に人食いの結界を仕掛けられていると知って真っ先に思い浮かべた犯人の顔もまた、間桐慎二に他ならなかった。

 思ったのは「嗚呼、結局この世界でも駄目だったのか」とそんな感情。

 知っていた。

 私が過去に参加した聖杯戦争で、慎二はいつだって他人を犠牲にしようとしてきたことくらい認識していた。

 それでも、私は賭けようと思ったのだ。

 この世界は、私の知る歴史とは違う歴史を歩んでいるし、衛宮士郎とて私の知るアイツではない。

 生前に私の友人だったはずである慎二のことは磨耗した記憶から殆ど抜け落ちてはいるが、こうして10年、人間として暮らしている私が直に触れ合ってきた間桐慎二という少年は、私が凛のサーヴァントとして聖杯戦争で出会った少年よりもずっと落ち着いていたし、安定していた。

 士郎とも険悪な関係になどなってもいなければ、少し捻くれているだけの、年相応の少年だった。

 慎二が私に脆さを露呈させたこともあるし、己の悩みを断片的に吐き出したこともある。

 でも逆に私はだからこそ、この世界の慎二は大丈夫なのではないかと思ったんだ。

 誰かに辛かったらそのことを辛いと吐き出せるようならば、大丈夫だと。

 この世界の士郎とも上手くいっているこの間桐慎二なら大丈夫だとそう思ったんだ。

 あの少年の良心を信じたかった。

 たとえ、敵対するとしても、それでもこの世界の士郎によって起こる変化を期待していた。

 だから私は、この件は士郎に任せようとそう思ったのだから。

 結果は……思ったものと違う結末を吐き出したけれど。

 

 ガチャガチャと、後回しにしていた朝食の後片付けを始めながら、そんなことを思考する。

 過ぎた結末は変わらない。

 理解していても、悔やむ心が消えるわけではない。

 心を殺し、必要ならばと手を血で汚してきた身であっても、それでも全ては溜まる一方だ。

 全てを救うことなど出来ないのだと知っていても、それでも全てを救う正義の味方という呪いのような夢を抱き続けてきたのが、それがエミヤシロウという人間の人生だったのだから。

 いうなれば、これは身に染み付いた習性でさえあった。

 ふと、ここ10年で随分と慣れた気配を背後に感じて、私は作業だけはそのままに意識だけを背後にむける。

「シロねえ、ちょっといいか」

 戸惑いがちにかけられる声は、聞き飽きるほどに聞いてきた衛宮士郎(ちがうじぶん)の声だ。

 かつては憎しみしか感じなかったその声に、安堵する自分に、この世界で現界してからの月日の長さを思う。

「もう少しで終わる。少し待ってろ」

「うん……」

 その声には元気が無い。

 だが、私はそのことを指摘せず、己の作業を終わらせることに専念した。

 全てが終わると、私はタオルで手を拭い、紅いエプロンを外して士郎の前面の席に正座をして向かい合う。

 ……昨日の事件で、士郎の通う穂群原学園は休校だというお達しが今朝全校生徒に告げられた。

 当然だろうと思う。

 あれほどに死者と昏睡者が出たのだから当たり前の結末だ。

 同時にあれほどの事件をよくも誤魔化せたものだと、例の神父に対して妙な感心も覚える。

 故にここからは自由に動けるとさえいえた。

 学校に行くなどというのは、聖杯戦争においてはリスクを高める行為でしかない。

 例えば爺さんがまだ現役の頃で、聖杯の正体も知らず、マスターの1人としてこの戦争に参加していたとしたら、呑気に学校に通うようなマスターを始末することなど造作もなかったことだろう。

 本当はそれほどに危険な行為なのだ。

 故に怪我の功名というわけではないが、休学の知らせは結果として有り難い知らせでもあった。

 まあ、たとえ休学の知らせがなかったとしても、学校の結界の件さえ片付いてしまえば、聖杯戦争中に2人に学校に行かせる様な真似はさせなかったが。

 だから、平日でありながら、士郎がこの時間ここにいるのはそういうわけだった。

 

「…………」

 士郎は何も言わない。

 何かを言おうとしてはやめるように俯き、そうやって迷いながら沈黙を続けている。

 だが、そのことを追求しようとは思わなかった。

 何を士郎が迷っているのかわかっていたからだ。

 昨日、全校生徒を危うい立場に立たせ、結果として数人の命を奪った末に自身も亡くなった間桐慎二は、それでも士郎の友人だった。

 イリヤも、士郎が慎二を救えなかったことを気に病んでいたことを口にしていた。

「……救いたかったのか」

 誰を、なんて言わずにぽつりと私は口にする。

 士郎は眉間に皺を寄せつつも苦しげな笑みを僅かに浮かべて私を見上げる。

 その琥珀の瞳は是と言っていた。

「士郎、慎二は大勢の人間を危険に晒して、結果として7人の命が奪われた。そのことをオマエは認識しているな」

「わかっている」

「オマエは常々正義の味方になりたいといっていた。だったら」

「でも、だ」

 私の言葉を遮るようにきっぱりと士郎は口にした。

「アイツだって苦しんでいた。確かにアイツは大勢の人間を危険に晒したけど、でもあの時はまだ間に合ったんだ。まだ救いの芽があったのに、そこで友達を見捨てるようなやつなんてきっと正義の味方失格だ。そう、俺は思う。簡単に人の心を諦める奴に、正義を名乗る資格なんてきっとないんだ」

 そう拳を握り締めながら、強く言い切る琥珀の目と少年の言葉。

 其れを前にして嗚呼、違うなと思った。

 今更の話だ。

 この衛宮士郎は私とは違うなんてことずっと前から知っていた。

 でも、本当にオレとはどうしようもなく違うと、そう思った。

(オレは切り捨てたよ、士郎)

 生前の記憶なんて本当に遠い。

 だけど、慎二が同じように他人を危険に晒したなら、その時のオレの反応がどうだったのかなど、覚えていなくてもわかる。

 オレは、慎二を殺してでも止める道を選択する。

 他人を殺そうとする奴なら殺されても文句はないだろうとそんな、ある種人でなしの論理で、大勢の人の命がかかっているのならば、殺すまでいかなかったとしても、その時点で慎二を助けようなんて気はなくなる。 

 それは、自分に答えをくれた衛宮士郎でさえ同じだった。

 なのに、オマエは助けるというのだな。

 間違っていると断罪するわけにもいかないのだろう。

 何故ならこの士郎とオレでは、「正義の味方」というものの定義自体が違うのだから。

 士郎の口にする正義の味方と私の口にする正義の味方は一致するわけではない。

『誰かが辛い時に傍にいて、笑って笑顔で手を差し伸べてくれる存在。人々に笑顔と希望を与える存在。それが正義の味方』

 命を数ではなく、大事なのは救われる者の心であると、そう口にした士郎にとっては、あそこで慎二を助けようとすることこそが正しい道だったのだろうから。

 士郎はきっとあの時慎二を助けようとした行為を後悔しているわけではないのだろう。

 そうはいっても、それで7人の命が奪われた事実が消えるわけではない。

「両方など、選ぶことは出来ない」

「わかっている」

 確かにわかっているのだろう。

 それでも、わかっているからといって割り切れるというものではない。

 だから、士郎は私の元に来たのだろうと、そう思った。

 

「慎二は俺の手を払ったんだ」

 静かな声で士郎はそうぽつりと呟く。

「いつか、シロねえ言ってたよな。『正義の味方が救えるのは、正義の味方が救おうとした者だけ』だって。正論だってそのときは思ってた。でも、きっとさ、それだけじゃ駄目なんだ」

 士郎は、自分の右手を見つめながらそんな言葉を言う。

 おそらくは慎二の最期を思い出しているのだろうと思った。

「なあ、シロねえ、知ってたか。慎二の奴さ、シロねえのことが好きだったんだ」

「……何?」

 思いがけない唐突な言葉に、思わず思考が停止する。

 私を好き? 誰がだ。

 間桐慎二、あの少年が?

 ちょっとまて、それはないだろう。

 だって、確かあの少年が惚れていたのは遠坂凛ではなかったか。

 生前までのことは記憶にはないが、それでも前回の凛のサーヴァントとして召喚されたあの聖杯戦争では、間桐慎二という少年が固執していたのは凛だったはずだ。

 なのに、間桐慎二が私を好いていただと?

 それはオマエの勘違いか冗談ではないのか? と思いつつも、目の前の相手を見る。

 琥珀の瞳はどこまでも真面目で、冗談で口にしたわけではなく、なんらかの確信を持って口にしたような色をしていた。それを前に言葉を噤む。

「きっと、あいつが待っていたのは俺じゃなくて、アンタの手だったんだよ」

 自虐的にさえ、見える笑みを浮かべて、悲しげにそう士郎は口にした。

「今がどういうときなのかは俺だって自覚しているつもりだ。だから、今すぐなんていわない。だけど、なあ、シロねえ。……これが終わったら慎二の墓参りに行ってくれないか。きっとそうしたら、アイツも浮かばれるはずだから」

 そう口にして士郎は私に頭を下げる。

「士郎、私は……」

「……頼む、シロねえ」

 無理だ。

 そんなことは無理なんだと、士郎のその姿を見て真っ先に私が思ったのはそんな言葉だった。

 ダッテ、オレハ……。

「悪いが……それは出来ない相談だ」

「……シロねえ?」

 どことなく凍てついたように硬い口調で、そんな言葉を吐き出す。

「買出しに行って来る。留守を頼む」

 顔を見られないように背を向け、踵を返す。

 今のこんな顔をこの士郎に見せたくなどはなかった。

 こんな、虚無を写しこんだような顔など、私とは既に別人として生を歩んでいる士郎に見せたくなどなかった。

 

 

 

 side.ランサー

 

 

 4日前同様に俺はアーチェの奴の買出しの荷物持ち係として、現代服に身を包んで商店街を歩いていた。

 今の俺の設定はアーチェたちの従兄弟の『ランス』であり、この日本には観光のため来たって筋書きだ。

 にしても、隣には白髪褐色肌の美人が、いつも通りの飾りっ気のない黒い服に身を包んで歩いているというのに、あまり面白い気分にはなれなかった。

「なぁ」

「…………」

「おい」

「…………」

「アーチェ」

「……聞こえている。何かね」

 これだ。

 アーチェの奴は何があったのかは知らんが、昨日の朝からずっとこの調子で生返事だ。

 美人の憂い顔も嫌いじゃねえが、ずっとこれっていうのは流石に俺にはいただけない。

 美人は憂い顔でいるよりも、笑顔や怒っている顔のほうがイイと思っている身としては、こういう辛気臭いのはいただけなかった。

 同時に4日前のことも思い出す。

 あの時は人を『強姦魔』呼ばわりしてきやがったが、それでも楽しいもんだった。

(まぁ、原因はセイバーとの件だろうが……いや、それにプラスして昨日の事件もか?)

 戦士だと思ったこの女は、無辜の民から出る犠牲者に過敏だった。

 何をそんなに気にするもんかね? と思いつつも俺はいつもどおりに接することにしていた。

 そもそもそんなもんで一々態度を変えるような性格はしていない。

 だから、何も無かったように現在の問題についてを口にする。

「なあ、おい……で、これはどっちを買えばいいんだ?」

 2つの野菜を手にして口にすると、女は一拍遅れて「え、あ……こっちだ」といいながら片方を籠に入れる。

 その反応にため息を1つ。

「……ったく」

 俺は、女の頬をぷにっと掴んだ。

「っ! 何をする」

 女はばしっと俺の手を払いつつ、此処暫く見てなかった、ムキになった子供のような顔で俺を睨みつける。

 俺は構わず額を指差して言った。

「ここ、皺よってるぜ?」

「っ!」

「何があったのかとか野暮は聞かないがな、余所にまで持ち込むな。テメエのその態度で家の中まで空気が悪くなってやがる。わかってるのか?」

 その俺の言葉に、アーチェの奴は鋼色の瞳に真面目な色をのせて何か考え込むような顔をした。

 だからこそ俺は殊更明るくさっぱりと言い放った。

「あー、だからな、頼れってことだよ。1人でうじうじ抱え込むな」

 ぽんぽんと励ますように肩を叩きつつ俺が口にした台詞を受けて、意外そうに女は鋼の瞳を見開き、ぱちぱちと数度瞬きを繰り返す。

 うわ、いかにも意外だってその態度地味に傷つくな、おい。

「まさか、君にそんな言葉を言われるとはな」

「なんだ、そんなに意外か」

 ちょっと拗ねたように口にするが、アーチェの奴は「ああ、意外だ」ときっぱり言い切った。

 おい、俺をなんだと思ってやがんだ、こいつ。

「だが…………そうだな。礼を言う」

 そういった、最後のほうの言葉はぼそぼそと小さな声だったが、普段言わない謝辞が照れくさいのか耳が羞恥で少し赤かった。

 どことなく人形を思わせるような顔を見せることが多かったここのとこを思えば、それは人間らしい可愛い反応で、つい茶目っ気を出して半分以上は本気の言葉を言う。

「お礼は身体でいいぜ?」

「たわけ。人形でも抱いて溺死しろ」

 そういった顔は漸くいつもどおりのアーチェの奴の顔だった。

 

 

 

 side.遠坂凛

 

 

 深夜の冬木の街に出る。

 ぶるりと、空気が冷たい。そこに、確かな異常を感じる。

『凛、今の君に夜の冬木の探索はまだ早い』

 そんな中、パスを通じて、霊体化して背後に控えるアーチャーからの声が脳へと届く。

 まだ、傷は治り切っていない。無理だとはアーチャーにも散々言われたことだ。

「そうはいってもね、街がこんな状態ではいそうですかと寝ていられるわけないでしょ。わたしは、この街のセカンドオーナーなんだから」

 言いながら、うっすらと額が汗で滲む。この付近の家々は、異様な気配に包まれていた。

 

 今朝、目覚めてからアーチャーの用意した朝食を取って、最初にわたしがやったのは学校への連絡。

 昨日休んじゃったけどどうなったのか探りたかったのもあるし、今日も学校へ出席など望めそうもなかったこともある。

 その結果わかったのは、学校では例の結界が発動してしまったという事実だった。

 わたしの居ない隙を狙ったのかどうかは知らないけど、結果としてそれは発動し、死者も出た。

 それに、間に合わなかったわたし自身への悔恨も少しはある。

 なにせ、わたしのテリトリーで死者が出るのを許してしまったのだ。

 それはわたしの顔に泥を塗ったも同然のことだ。

 件の犯人はなんとしてもとっちめないと気がすまない。

 多分、それに居合わせただろう人物についても考える。

 衛宮姉弟。

 きっとあの2人は結界を止めるのに尽力したのだろうし、当事者だから詳しいことは知っているに決まっている。

 そうは思っても連絡をとるわけにはいかない。

 なにせ、学校での結界の件が解決するまでは休戦の約束をしていたというだけで、わたしはあいつらとは敵なのだ。敵に聞くなんてそんな馬鹿な選択肢はない。

 故に今だあの結界を張った犯人が何者かは知らないわけだけど、それもいいことにした。

 だって、どうせ敵マスターだというのなら、いずれは倒す相手だ。

 その中のどこかに当たりがいる。それだけの話なんだから。

 ともかく、あの結界の件が終わった以上、片付けるべき一番の厄介ごとはあの謎の影だ。

 そんなことを思いつつ、地下の魔法陣の上で休んでいた時だった、何か嫌な感じを覚えた。そう、その嫌な気配、それはあの時柳洞寺で遭遇した影の気配に似ている気がした。

「アーチャー、行くわよ」

 

 そして今、わたしは冬木の住宅街の1つを歩いていた。

 カッ、コッ。カッ、コッ。

 聞こえるのは自分の靴音だけ。

 いくら戒厳令が敷かれているとはいえ、あまりに静か過ぎる。不気味だ。

 それこそがこの異常を知らせる何よりの便りだった。

「凛、人の気配がない」

 すっと実体化したアーチャーがわたしの隣に立ち、目前の家を見据えながら真剣にそんな言葉を口にする。

「入りましょ」

 もしも、人がいれば不法侵入として訴えられてもおかしくない選択。

 だけど、わたしは一種の確信すら得てその家の中へと入っていく。

 そこには……誰も居ない。

 食事の最中でそのまま消えたような痕跡があった。でもそれだけ。

 忽然と生活の香りを残して人だけが消えていた。

 ぐっと手を握り締めながら、わたしは次の家へと向かうために外に出る。

 2つ目の家も1つ目と同じく、忽然と消えたように人を失っていた。

「ここら一帯、全て同じ状況だと考えたほうがいいだろう」

 アーチャーは冷静にそう口にする。

「そうね……もう少し探りましょう」

 そうして、範囲を広げて歩いていこうとしたその矢先だった、ぞわりと悪寒に襲われてわたしは後ろを振り向き、そしてそれと遭遇したことを知った。

 けれど、その映った姿に、わたしは己の目を疑った。

 

「え?」

 それは確かにあの時の影だった。

 間違いなく気配も何もかも一緒だ。そのひらひらとした黒い触手さえ同じ。

 だけど、あの時とは違う。

 だって、違う。

 なんで、どうして。

 警報のように思い出したのは、影に遭遇した時隣に居た女性、舞弥さんの発した言葉だ。

 彼女は知っていたのか、わかっていたのかとそんな時でもないのに思う。

 だって、あの時と同じ黒い影を身に纏ったその少女は、白髪に紅色の瞳をした人形のような目の前の少女は、幼くして間桐に貰われていった実の妹、間桐桜……旧姓遠坂桜の姿をしていたのだから。

 

 

 ……薄ぼんやりとした月光が照らす中、そうしてどこまでも対照的な血を分けた姉妹は出会う。

 

 

  NEXT?


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