新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完) 作:EKAWARI
約1年ぶりの投稿ですね……いや、なんか本当色々サーセン。
ところでちまたではFGOが流行っているみたいですが、ぶっちゃけ携帯ゲームとかよくわからないので自分はやったことないので、そっちで判明した設定とかはほぼわからないので、新情報に基づいての路線変更とかはないので、そこはご了承ください。
おいちゃんもおかん(エミヤさん)に世話されながらアストルフォきゅんprprしたいお……キャスター兄貴どんな感じなのかみてえお。
……多分次の更新は桜ルート映画第二弾公開されたぐらいになるんじゃないかなー。
別に命を惜しいと思ったことはない。
それは当然と言やぁ当然だ。
惜しむべきは名であり、守るべきは誇りと信念だ。
理不尽の中くたばるのなんざ慣れている。
何故ならそれが英雄というものの本質だからだ。
悲運と理不尽は英雄の華。
なら、女と酒と戦いと、そんだけありゃ上等だ。
だからまぁ―――最初の主君を騙し討ちされたりもしたけどよ、それでも
「ランサー、私は君の望んだ形とは違うだろうが、それでも君を好いていたよ」
は、好いていたねえ。
ひでぇ女だな、その気がなかったくせに最後の最後でそういうこと言うか?
ああそうだな、わかっちゃいたが、テメェは最後まで俺のことを男として見ちゃあいなかった。
惚れさせてみせるって思ってたが、とうとう無理だった。
テメェが何か秘密抱えてんのも知ってた。
もしかしたら、俺を男として全く見なかったのもそれが原因だったのかもな。
ああ、そうだな、でも俺はそれでも別に良かった。
イイ女にゃあ秘密の一つや二つあるもんさ。
それを知ろうと思うほど野暮じゃねえ。
それに、女を守り死ぬのは男の本懐だ。
さあ、最後の一暴れと行こうじゃねえか。
キャパシティオーバー
side.レイリスフィール
「はっ、ぁ、……ッ」
まるでボロボロの雑巾のようになりながら、白い少女の体が空中へと投げ出される。
否、白いとはいったけれど、幾重にも喰らった私の攻撃を前に、白かった肌は泥と血で赤と黒に染まり、私と同じ白銀の髪もまた、その体と同じくして汚れている。
それを僅かな落胆と共に私は見ていた。
人間でいうのならば、双子の姉妹ともいうべき存在である、裏切り者の『姉』であるイリヤスフィールは、私が作り出した鷹に突かれ囓られて更に地面を転がっていく。
その様を無感動な目で見やる。
イリヤスフィールは致命傷だけはなんとか避けようと足掻いてきたけれど、それでももう限界だろう。
ボロクズの壊れかけの人形のような姉の姿。それは今まで見たいと願ってきた姿の筈だというのに、想像以上の姉の脆弱さに思わず眉を顰める。
(私は、この程度のものに拘っていたというの)
それが不愉快だった。
自分が固執し、殺したいと願ってきた相手が、メイドや大爺様が口を揃えて私以上だと言い続けてきた存在が、たかがこんなお遊びで壊れるなんて、なんだか酷く私自身をも侮辱された気分だった。
元より、私は自分より格上の相手と戦う趣味はない。
勝てない相手には勝つ状況を作らねば戦うつもりなんてない。
それはこの世に誕生してから今までの生き方で身につけた不文律。
その不文律を貫くため、私は一目で相手の力量を見抜く術も身につけた。
元より聖杯として作られ調整されてきた私には相手の魔力量を読むことなど造作もないことだった。
だから、当然本来の自分の体を失い、どこぞの人形の体で生活しているイリヤスフィールが自分以下の実力しかないこともわかっていた。だからこそこうしてなんの憂いもなく正面から挑めるのだってことも理解はしている。
それでも、いざこうして力量差を見せつけられてみたら、これはこれで不快なのだと思い知らされる。
自分が『敵』だと思っていた相手が、殺したいほどに憎たらしいと思っていた相手が、『敵』と呼ぶに値しないほどに弱いなど、ただ屈辱に過ぎる。
私は今までこんな塵を気にかけていたのかと思えば、私の価値まで地に落ちるようだった。
(まあ、いい)
そんなどす黒い怒りを、僅かだけ静めて思う。
確かにイリヤスフィールの予想以上の弱さに僅かな失望を覚えたけれど、そもそも本来の私の目的を思えば、今回のこれとてついでの所行にしか過ぎない。
行きがけの駄賃のようなもの。
ならば、相手をわざわざ対等に見て苛立つ必要などない。
そうだ、これしきで終わらせる気などはない。これしきで終わらせるなどそんなことは許せるものか。これしきで煮詰めた妄執を捨てられるほど、私の10年は安くはない。
このボロクズのようになった女が、同一の遺伝子をもつこの存在が、真実私以上のものだというのなら、なら与える屈辱も苦痛も私以上に受けねばならない。
そうでなくてはイリヤスフィールの模造品だと言われ続けてきた私は、イリヤスフィールに劣るといわれ続けてきた私は、なんだというのか。
そうだ、だからいくら失望を覚えたからといって、簡単に殺してなどやらない。
脳と心臓さえあれば生体は維持させることが出来るのだ。
彼女には是非とも失意と絶望と慟哭の中で、苦しみに喘ぎながら命を落とす、そういうシナリオが望ましい。
そうして貴女が惨めな死体となったとき、私は初めて、漸く貴女というヒトを認められるだろう。
心の底から姉とそう呼べるだろう。
その時にはきっと、煮詰め続けてきた憎悪すら無くして、同じ顔をした貴女に愛しささえ覚えるのでしょう。
そんな己が想像を前にして、唇の端がつり上がる。
きっと今私は笑っている。
(さあ、まずは手足を切り落とし、達磨にでも仕上げましょう……)
そう思い、一歩足を進めたその刹那、私は突如金槌で頭を殴られたかのような衝撃を前に、膝を崩した。
「……ッ!!」
ドクリと、聖杯の器たる偽りの心臓がひときわ高く音を奏でる。
感じるのは自身が潰されそうなほどの圧迫。
今まで黒きマキリの聖杯のせいで叶わなかった己の役目が、急速に己の体を変えていく。
本来の機能が目覚めたのだ。
アインツベルンの白き聖杯たる肉体が、聖杯の器本来の役割へと向かい変わる、替わる。
「ァ……グッ」
それは暴力的なほどの、嵐の如き圧迫感だった。
今まで1人のサーヴァントの魂とて回収が叶わなかったというのに、その事実を忌まわしくさえ思っていたというのに、よりにもよってこのタイミング、この時を狙ったかのように、今まで脱落した全てのサーヴァントの魂が、キャスター、アサシン、ライダー、アーチャー四体もの魂が私の中へと流れ込んできた。
その衝動にフラリと体が傾く。
倒れ込みそうになるのを自分の体を抱きしめることでなんとか回避するも、突然の受け入れに、今にも容量から自我が溢れ落ちそうになる。
元よりサーヴァントの魂を現世に繋ぎ止め、受け入れるそれが小聖杯たる私の役目だ。
しかし一体一体小分けに受け入れるならともかく、このように纏めて一気に受け入れることなど想定しておらず、突然の目覚めに体はついていきはしない。
キャパシティーオーバー。
今の状態を一言で表すならその一言に尽きる。
「……ぁ、が……ァア」
肩が震える。
汗が頬を伝い落ちる。
心拍が早鐘を打ったまま収まる気配はない。
唇を噛み切れるほどに噛んで耐えようとしたのにそれでも殺しきれずに声が漏れる。冷や汗が背を伝いおちる。思考も食われかけているのか、脳髄が熱い。
でもそれでもみっともなく、ここで倒れる無様だけは犯すわけにはいかなかった。
突然の変化に身体がついていけてないだけならば、やがては収まる。そもそもそのために作られた存在なのだから、私は。
これしきでくたばるほど、私は粗悪品ではない。
しかし、もうイリヤスフィールは動けないといえど、これ以上他者に干渉する余裕はない。
今もあの狂戦士は自分から魔力を吸い上げているばかりではない。あのサーヴァントは隙あらば己に刃向かうつもりがある、そうだと知っていた。
それが私の余裕を更に奪っていく。
ほら、今もあのサーヴァントの嘲笑が聞こえる。
脳髄に響く。
隙あらば私を殺そうと刃を研ぎ澄ませている。
あざ笑い、私を見下しながら、自身の解放を要求する。
バーサーカーのクラスで抑え込んでいるはずなのに抑えきれない膨大な自我。それを抑え込むのに更に魔力を奪われる。その悪循環。
突然のキャパシティオーバーに重ね合わせて憂慮すべき事柄だった。
そしてリミットは思うよりもずっと早く訪れる。
(この気配は……)
誰かが、凄まじいスピードで近づいてくる。
それは確かに以前にも出会った気配、それと同じ。
だけどどういったわけなのか、以前はかつかつの魔力で人間と大差ないほど存在が薄かった彼の者は、今はその存在を僅かばかり取り戻していた。
即ち、サーヴァントとしての霊格を。
この気配は間違いなくあの女だ。裏切り者のサーヴァント、第四次聖杯戦争において召喚されたという
なんということ。
あと少しだ。あと少しで自分はあのイリヤスフィールをこの手で壊せたというのに。
よりによってこんな時に、サーヴァントの連続受け入れに続いてあの女が出てくるなんて。
ギリと、歯軋りをする。
感情では憤怒が心を覆っている。
目前でボロキレのように転がっているイリヤスフィールの姿を前に、アレを壊したいのだと心が叫んでいる。
だが、私の中にある経験則と備わった理論は、今は一刻も早くあの女が来るより先に逃げるべきだと告げていた。
たとえあの女が弱体化しているとしても、それでも悔しいけれど、サーヴァントなしに己一人で倒せる相手ではないのだと、そんな判断が下せぬほど私は、物わかりの悪い子供のつもりはない。
これは経験則だ。相手と自分どちらが格上で、勝算がどれだけあるのかの見当も付けず、なんの下準備もなしに戦いに望むほど愚かではない。
10年間そうして生き残ってきた勘と経験をないがしろになど出来なかった。
ただでさえバーサーカーにはランサーに向かわせている。
ランサーはしつこくも未だ存命したままなのも理解している。令呪で一気にブーストさせランサーを倒してからこちらの救援に向かわせるという手もないわけではなかったが、今の私には己のサーヴァントを利用する余裕もなく、そんなことをすれば今度こそあの狂戦士は私の支配から逃れようと、嘲笑いながら暴れるのは目に見えてきた。
そして今の私にはそれを抑え込む余裕が足りてない。
いくらあの女がサーヴァントとして論外なほど弱くなっているとはいえ、今のコンディションで戦えば負ける可能性さえある。そのことは容易に想像がついた。
それに、自分は未だに一番重要な目的を果たしていない。最優先事項は己の手による第三魔法の成就であり、最後まで生き残ることだ。
優先順位を間違ってはいけない。
そうは思い、撤退こそ決めるも、感情としては悔しかった、赦せなかった。
殺せると思った相手を、殺すことを願い続けていた相手を結局殺しきれずに自分は去ることになるのだ。殺したいのだと心は叫んでいるのに。
それほどまでに自分の中でイリヤスフィールという『姉』の存在は大きかったのだ。
結局壊しきれず、その前にここから去る羽目になるなんて、酷く腹が立つことだった。
でもそんな私の感情を置き去りに、淡々と「やるべきこと」に従ってすみやかに体は動いた。そうして私がいた痕跡を消しつつその場を離れながら、私はとうとうイリヤスフィールを殺せないまま、せめてもの腹いせに姉の腕と内臓の一部を潰してその場を去った。
side.エミヤ
凛達と別れてから、私は即座にイリヤスフィールがいるだろう場所に向かって、一直線に飛び出し駆けた。
……身体が軽い。
こんなにも身体とは軽いものだったのか。
泥をかぶって受肉して以来、10年間今まで戻ることがなかった魔力が、全てではないけれど戻ってきている。その影響。それに僅かな驚嘆すら抱く。
せいぜい戻った魔力は英霊全盛期の1割に過ぎんだろう。
能力自体は10年で6割まで機能を回復させてはいたが、使える魔力、満ちる魔力に関してはずっとかつての
その差はかなり大きい。
そもそも、サーヴァントという存在自体が膨大な魔力の塊であり、そういう現象だ。
生身の人間とは比較にならないほどの力を秘めた超越存在。それが英霊であり、冬木の聖杯戦争で召喚されるサーヴァントなのだ。
たとえ英霊全盛期の1割といえど、生身の人間と比べれば雲泥の差があるというのは決して誇張表現とはいえんはずだ。今なら、自力で一度だけなら「無限の剣製」の展開さえ可能だろう。
それほどの力が戻ってきていた。
まるでナルシズムのようでやや気色悪いものがあるが、今代のアーチャーに感謝せねばならないだろう。最後故にこそ、託された
そして、消えただろうあの男に報いる術は一つだけだ。
奴もエミヤシロウであり、私もエミヤシロウならそれは言うまでもないこと。
最大限の、救いを。
たとえ我が身を引き替えにしても、この目で届く者への救済を。
故に、走る、走る、走る。
生身の限界など越えて、風より早く、機械よりも速やかに、彼女を、姉で妹であるイリヤスフィールを、手遅れになる前に救い出す。
たとえ口にしてはいないとしても、それが誓いだった。
それが果たさねばならない約束だった。
そしてたどり着く。
「イリヤ!」
かつて10年前の戦いがあった場所、オレの本当の両親が死にその後たてられたその公園の片隅で、イリヤはボロボロの雑巾のような姿で地面に転がっていた。他に気配はない。
私の接近する気配を察して姿を消したのか、それとも目的を果たしたのかそれさえ定かではない。
だが、そんなことは今はどうでもいい。
血の気が引くような感情を抑えつけながら、私はイリヤスフィールの元へと走り寄る。
ピクリとも動かず、私が死人を見慣れていなかったら、死んでいるのではないかと誤解しそうなほどに痛ましい姿のイリヤスフィール。けれど、僅かに息はある。それにほっとした。
けれど事態は切迫している。
イリヤスフィールの肉体は特別製だ。簡単に命を終えたりはしない。それでも血を流しすぎている。このままではまずい。
判断するなり、私は生前時計台時代に習得した治癒魔術を不得手ながら行使、イリヤの傷を治そうと試みた。
しかし、所詮は三流以下の腕前であり、見習いレベルの魔術だ。
せいぜい表面上の傷を治癒するのが関の山であり、応急処置としては何もしないよりはマシレベルでしかない。そんな己が情けない。そう痛感せずにはいられなかった。
その時、ふと、誰かが近づく気配がした。
一瞬警戒に体を強張らせるが、次の刹那にはそれが誰のものか気付いて力を僅かに抜く。警戒するべき相手ではないと、判断した途端そちらに顔を向ける気すらなくした。
「よぉ」
うわべだけ軽い声を上げて男は私に話しかける。
それを聞き、一瞬だけ視線を向ける。
思った通り、そこには今はイリヤのサーヴァントであるランサーが立っていた。
ボロボロになったイリヤはおそらくつい先ほどまで戦闘をしていた筈だ。
そして戦いの残照や状況から判断すれば今まで戦っていた相手は、あのレイリスフィールという名の少女である可能性が高い。ならばランサーもまたバーサーカーと戦闘をしてきたところだろうはずだが、一瞥したところ、見た目だけならばその青い男は無傷であるように見えた。
だが、それはあくまでも上辺だけの話だ。気配を探る。
そうして探った結果、ランサーの魔力は著しく削られていることを理解する。
見た目こそ綺麗でも中身はボロボロといってよかった。
そんな私の探る視線など気づいているのだろう。けれど、気にしていないかのようにランサーは飄々としたいつもの態度で私とイリヤの元に近寄り、私とイリヤを交互に見て、淡々と言った。
「なんだ、オマエ。治癒魔術は不得意か」
それはあっけないほどいつも通りの調子でかけられた言葉。
内面のボロボロさなど微塵も感じさせない動きと口調で男は言って、それから治癒のルーンを紡いだ。
癒しの光がイリヤを包む。酷い損傷を負った部位を中心にゆるりとイリヤは回復に向かう。
普段は戦士としての側面ばかりが目立つ男ではあるが、この男クー・フーリンは魔術師としての適正も持ち合わせている。私にはイリヤを癒せなかった。でもランサーは癒せた。その事実に、この男と私の格の違いを見せつけられたようで少しだけうなだれる。
そしてやや大きな傷がふさがりだしたのを見て、思わずポツリとつぶやく。
「すまない」
「あ?」
自分が情けない。そんな自責の念と悔しさと自己嫌悪に吐き気さえ催しながら、私は続ける。
「借りが出来た」
「……あー」
私がそこまで言ってから、ランサーは私が何に対してすまないといったのか気づいたようにそんな気の抜けた声を上げると、私に向き合い、不機嫌そうに眉を寄せながら唸るような風体で言う。
「あのな、今は嬢ちゃんが俺のマスターだぞ。助けるのは当然だろう」
「それでも、私は救えなかった。君がいなければどうなっていたか」
「あのな!」
ランサーは私の額にペシッと軽くデコピンをして、それからやはりどことなく不機嫌そうに言った。
「礼を言うってんなら、もうちょっとそれっぽい態度取れよ。心からでねぇ礼なんぞいわれても嬉しかねえ。出来もしねえことで自分を責めるな、馬鹿かテメエは」
それに少しだけムッとなる。
嗚呼、そうだ。出来ないからこそ苛立っているのだ私は。
卑屈だといわれようと、目の前で自分がしたいのに出来ないことを軽々とやられて心中複雑にならないわけがない。そうだ、羨んでいるのだ。
英雄の中の英雄であるこの男に、嫉妬しているといっていい。
そんな私の心中の動きを知っているわけではないのだろうが、今度はランサーは少し困ったような顔をして、ぼりぼりと後ろ髪を掻きながら、今度はやや穏やかな声でそれでもあらかたは素っ気なく言った。
「あー、なんだ。だからよ、どうせ礼をするってんなら、笑えよ。アーチェ」
最後のほうの声は真剣だった。
人外の証であるかのような赤い目は真剣な色を宿してまっすぐに私を見ている。
それに刹那だけ声がつまった。
「……馬鹿か、貴様は?」
やっとのことで出たのはそんな言葉。
それにむっとなって、眉を顰めながらランサーは言う。
「おい、人の真剣な提案を馬鹿とはなんだ、馬鹿とは」
「いや、どう考えても馬鹿だろう。私の……を見てどうするというのだ」
「俺が馬鹿なら、テメエは阿呆だ。自己嫌悪に歪んだ顔より、惚れた女の笑顔のほうが見てえってのは男として至極当然だろうが」
その言葉で初めて私は、今までランサーが巫山戯て言っているとしか思ってなかった、私に対する惚れただのなんだのという言葉が冗談でもなんでもなく、本気で言っていた言葉だったことに気づいた。
(冗談だろう……?)
「ったく、なんでテメエは信じねえんだか。そこまで頑なだといっそ病気なんじゃないのかと疑うぞ」
はぁ、とため息を落としながらランサーは言う。
「俺はオマエに惚れた。いい加減わかれよ、アーチェ」
理解して尚、覚えるのは困惑のみだ。
……私にどうしろというのだ。
ランサーは知る由がない故仕方ないことだし、それを責めるのはお門違いだろうが、私の心は男だ。
ランサーをそういう目で見ろといわれても、無理だ。
私が男に惹かれるというのは、体はともかく、精神的には同性愛と大差がない。
確かに、いうほど私はランサーのことが嫌いではない。
口を開けば皮肉ばかり返すが、この男の英雄然としたところや、気持ちの良い気っ風の良さなど好ましく思うし、男として憧れさえ密かに抱いている。
だが、あくまでもランサーに対する好意は同性に対するそれだ。
私が女の身となってもう10年となるが、異性として見ろといわれても、やはり無理だ。
「ランサー、君は……」
考えるより先に口が動く。しかし、続きを紡ぐより先に私は口を閉じ、後方に視線を転じた。続いてランサーもまた同じく後方に視線をやり、ピリピリと警戒に気をやる。
近づいてくる隠そうともしない黄金の波動。隠す気すら最早ない全開のオーラはそれが尋常な相手ではないことを告げている。その相手が誰なのかなど聞かれなくても知っている、わかっている。
来るのは、英雄王ギルガメッシュ。
警戒にピリリと気を引き締める。そしてそっとイリヤの頭を抱く。
思い出すのは前回。
私が答えを得たあの世界ではイリヤはギルガメッシュに殺されたのではなかっただろうか。直接見たわけではない。だが、知っている。
たとえどうあろうが、イリヤは私が守る。
それが罪滅ぼしにすらならない行為だとしても、私を家族と呼んだこのイリヤを殺させたりはしない。
そんな決意を固める私の上で、男の低い声が降った。
「悪ぃな」
ランサーは本当に軽く、笑みさえ浮かべながら、まるで茶飲み話をするかのような軽さで突然そんな言葉を口にした。
「ランサー?」
「嬢ちゃんを連れて、先に帰ってくれや。俺も後から行くからよ」
手をヒラヒラと降り、気怠げに立ち上がりながら男は言う。
それを見て、命をかけるつもりだと悟った。
一人で戦う気か、とか、見殺しにしろというのか、とか士郎だったら言ったのかもしれない。けれど自分はそんな言葉を吐くほど、青くもなければ既に綺麗でもないし、一人の男の覚悟を汚すような無粋な真似をするつもりもない。
それにサーヴァントはその為の存在だ。
同じくサーヴァントとして呼ばれた存在として私はそれを知っていた。
ただ、男が最後まで自分を女だと誤解したまま、その行為に一人の女としての自分をも守ろうとしていることも読み取ってしまったが故に、そんな男の覚悟がどうしようもなく歯がゆく感じた。それだけの話だ。
10年前、女と変わってしまった日より、自分が何故女などになってしまったのかと理不尽にすら思っていたが、それでもこれまで自分が女になったのは自分のせいではないのだから、男に女として見られても不愉快としか思っていなかったし、そういう態度を取ってきたように思う。
それを悪いと思ったことはなかった。
敢えて女らしくするつもりもなかったが、元男だと知られるのもそれはそれで恥だとも思っていたし、そういう目で見られるのは不愉快だったが、私の事情を知らないのだから仕方ないこと割り切っていた。
しかし……1人の女として私を見て、守るための戦いに投じようとしているランサーを前にして、私は初めて自分が偽りの女であることに、サーヴァントではなく生身の人間と偽ったことに罪悪感を感じてしまっていた。
別に好き好んで女になってしまったわけでは決してない。
それでも、自分を守るべき女と認識してしまっている目の前の男に対して、騙しているような心地が覆って止まないのだ。自分がまるで酷い詐欺師になってしまっているかのようで、罪悪感が胸を締め付ける。
けれど、男が今自分に対して抱いている気持ちも、嘘の産物でしかないのだと糾弾することも出来るわけがなかった。
自分は本当は女でも、衛宮・S・アーチェという人間でもないのだから、貴様が私に抱いた気持ちなどまやかしだ、とそう無責任にバラしてしまう行為は、男の懐く気持ちを踏みにじり、尊厳すらドブに捨てる行為であるのだと、理解してしまっていたから。
結局私に出来ることなど、男の意思を尊重して一刻も早くイリヤと共にこの場を離れるという選択肢それだけだった。なによりランサーの治癒魔術で大きな怪我はある程度ふさがったとはいえ、それでもイリヤは決して状態がよくなったといえず、一刻も早くキチンと治療しなければいけないのだから。
それでも、有りっ丈の謝罪と誠意を込めて、今から戦い行こうとしている男を前に最後に一声だけをかけた。
「ランサー、私は君の望んだ形とは違うだろうが、それでも君を好いていたよ」
side.ランサー
遠く、マスターたる少女を抱えた女が遠ざかる足音を聞きながら、悠々と俺は客人の来訪を待っていた。
思い起こすのは先ほど女が別れ際に漏らした言葉。
「は、好いていたねえ」
思い起こしながら、クツクツと笑う。
全く本当ひでえ女だった。
けれどだからこそ最高だった。
最後には自分に惚れさせてやると思ってたが、結局叶わずに終わった。だけど、それはそれでいいと思う。
届かない花だからこそ美しいものもある。
予想外にこれまでの日々は存外楽しかった。だからこそ何も思いのこしなどあろうはずがない。
そう、所詮はひとときの夢だ。
女と酒と殺し合いと、どれも英雄たる我が身が愛でるべきものであり、それは死して尚変わりない。
泡沫の夢が醒めるまで間もなく。
それまで役者は精一杯に己が役目を演じるだけだ。
そうやって、おそらくは最期の死合いになるだろう狂宴を演じる相手をまっていた。そして間もなく現れる。やってきたのは先ほどまで戦っていたバーサーカーと同じで違う黄金の男だ。
「よぉ」
「ふん、よもや貴様だけとはな。これはとんだ外れだ」
現れたのは逆立てた黄金の髪に、赤い瞳、金の鎧の男。
しかしバーサーカーと違ってその瞳は知性と傲慢の輝きに満ちている。全く、同じで違う英霊が一つ聖杯戦争に揃うなんざどうなってんだか。そうは思いつつ軽口がついてでる。
「は、外れかどうかは戦ってからほざけ」
「言ったな、狗」
「上等だ。俺を狗と呼んだ奴は殺すって決めてる。覚悟しな、金ピカ野郎」
そして相棒たる赤き魔槍ゲイ・ボルクを構えた。
今俺のマスターは俺に魔力を碌に供給できない。先の戦闘でも些か魔力を消費しすぎた。あと一撃でも食らえば先日千切れかけた右手だって動かなくなるだろう。
そして残された魔力残照量からして俺が戦えるのはあと1時間か2時間が限度ってところだ。
きっと誰が見ても勝ち目が薄いとそう判断するだろう。
だがそれで何の問題があるというのだろうか。
無謀に挑戦してこそ英雄だ。
それに、悔いを残すのは自分の性じゃない。
だからこそ、これからの殺し合いだけを頭において、俺は目の前の敵へと飛び掛った。
―――自分が消えることは理解していながら。
NEXT?