新・うっかり女エミヤさんの聖杯戦争(完)   作:EKAWARI

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ばんははろ、EKAWARIです。
今回の話はにじファンで掲載していた元のほうでは1万文字前後で収まっていた話なんですが、加筆修正あれこれしていたら気付いたら1万6000文字ぐらいになっていたので、これまた前後編に別ける事にしました話です。
ていうわけでこの話も次回の話とワンセットということで宜しく。


06.夢の接触と、新たな呪い 前編

 

 

 

 まだだ、このままでは終われない。終わろう筈がない。

 奴はどこだ? どこに消えた。いや、(オレ)の身はどうなっている。

 おのれ、おのれ、おのれ。

 こんなことがあっていい筈が無い。

 忌まわしい影め。

 なんだ、あれは?

 知っている、嗚呼そうともあれは知っているぞ。

 なんとも、面妖なものよ。再びここへ戻ってくるとは。

 なんだ? (オレ)の存在に気付いていないというのか。

 甚だ不快だが、今は良い。許す。

 さあ、(オレ)の声を聞くがいい。

 

 

    

  夢の接触と、新たな呪い

 

 

        

 

 side.衛宮切嗣

 

 

 ……何度も(きおく)を見た。

 本当はラインを切って眠れば見ずに済むだろうそれを、まるで義務であるかのように僕は見ていた。

 残像のように通り過ぎていく剣の夢。

 剣の王の夢。

 ―――……彼は殺していた。

(どうして)

 彼は少しでも多くの人を救おうと駆け抜けて、でも結局は手を赤く染め、殺した。まるで9年前の自分のように。いや、それよりもずっと必死に。容赦なく。

(なんで)

 誰よりも笑顔が好きだったのに。多くの人の笑顔が好きだったのに、その手が為したことは殺戮。

(やめてくれ)

 機械のように、歯車のように、乾いた顔をして、心で血の涙を流しながらその男は人を殺した。

(僕は)

 平和が欲しい。全ての人間が争わずにすむ、そんな世界を作れるなら、自分がどうなってもいいのだと。例えそれを成し遂げる己自身を信じられなくても、その理想は美しいものと信じているから、だからその夢を自分が叶えるのだと。そのためなら己がどうなろうと、そんなことは全て些細なことだと。

 そんな切実な願いを嘲笑うように、彼は一身に憎悪と恐怖を受け、幾度も裏切られ、それすら許容し、その体を剣とかえながらも、赤い丘に居座った。

(僕は、こんなこと)

 正義の味方に、あの時の約束を果たす、それが存在理由。それがなくなれば自分が自分でなくなってしまう。

(望んでなんて、いない)

 わかっている。既に理解している。永劫の平和なんて世界中どこを探しても有り得ない夢物語。人間は醜い生き物で争うことをやめることなんて出来ない。

(僕の、せいなのか?)

 それでも、やっぱり人間が好きで、愛おしい。この身の死を願うというのならば、それで救われる人間がいるというのなら、嗚呼、喜んでこの身を差し出そう。

(そんなこと、しなくていい)

 既に世界との契約は成立しているのだから。

(やめてくれ)

 ギィギィ、ギィギィ。軋む音がする。

 十三階段を、男はやせ衰えた足で登っていく。

 白髪、褐色の肌、鋼色の瞳。まわりの観客は次々に男に罵声を浴びせる。石を投げる。

(やめてくれ!)

 男はにっこりと、幼い、まるで少年のような純粋無垢な微笑みを浮かべて、世界平和を願いながら絞首刑を受け入れた。それはあの時、養父に向かって「正義の味方になる」と誓言した赤毛の少年と同じ、どこまでも無垢で幼い顔だった。

 ギィギィ、ギィギィ。

(これは、僕の、罪の形なのか?)

 赤い、赤い、真っ赤な背中。剣の王。その体を無数の剣に貫かれて、一人赤い丘に佇む。

(僕は、我が子すら不幸に落とすことしか、出来ないのか?)

 白髪褐色肌の女の姿を思い浮かべる。これが彼女の過去だというなら、何故自分を糾弾しないのだろう。何故懐かしいものを見る目で僕を見る。自分に呪いを残した男を相手に、何故ただのサーヴァントとマスターの関係になろうとする。

 彼女にこんな人生を強いたのは、たとえ並行世界の存在とはいえ、僕だろうに。何故。

 恨んでくれればいいのに。ああ、でもきっと、最期まで自分を犠牲にする道しかとらなかった彼女は、僕を恨むことなんて出来ないのだろうと、わかってはいるんだ。

 ギィギィ、ギィギィ。

 死体が揺れる。人々の罵倒と共に。

 もう、いい。

 君は、もう□□□なくていいんだ。親の罪を君が背負う事なんてないんだ。

 これは、僕が始めた戦いなんだから。

 僕が決着をつける。

 ごぽりと、泡がたつように画面が歪む。目が覚めようとしている。

 さあ、現実に還ろう。

 

 

 

 side.言峰綺礼

 

 

 夢を見ていた。この聖杯戦争が始まってから、いや、始まる以前から、何度か夢の中で見知らぬ誰かに名を呼ばれているような、そんな感じがしている。

 そして今、暗い闇の中で、私は一人そこに立っていた。

『誰だ?』

 後方に気配がする。しかし、姿は見えない。ただ、にたりとその何者かが笑っているような気がするだけだ。

『誰だ?』

 再び問いかける。何者だろうか。黄金の圧倒的な気配。ゆっくりと後ろを振り返る。

 そこにあったのは形になっていない影だ。それが私に話しかけようとしている。いや、話しかけている。が、その声を聞き取ることは出来ない。

 これが今のこの影との接触の限界だと、何故か理由もなく理解した。

 いずれ、また。そう、またコレに会う日は来るのだと。

 

 そんな昨日の夢を何故か私は今思い出している。理由はわからない。

 建設途中の高層ビルで、爆破され崩落していくホテルを眺めながら、これからあの魔術師殺しと会うのだという興奮も胸に宿したまま、白昼夢のように昨日の夢が脳裏を占める。

 なんとも、私にしては珍しいことだ。

「馬鹿らしい」

 夢の残照を頭を振ることで追い出し、そのまま階段を上っていった。その先で、人の気配を感じ、柱に身を寄せる。

 そこには拳銃を握り締め、こちらを警戒している黒い女が一人立っていた。それが衛宮切嗣ではないことに、僅かに落胆する。

「察しがいいな。女」

 こちらの居場所には気付いていないようだったが、女は明らかに私を射殺対象として、グロック拳銃を構えている。

「フン、それに覚悟もいい、か」

 間違いが無い。この女は衛宮切嗣の陣営の人間だ。私が住んでいる教会の付近をうろついていた、CCDカメラをくくりつけられた蝙蝠……おそらく間違いなく使い魔だ、の死骸を女に向かって放り投げる。

 それからことさらゆっくりと、柱の陰から姿を晒すと、女の顔色は僅かに変化した。

「言峰、綺礼……」

「ほう? 君とは初対面なはずだが。それとも私を知るだけの理由があったか? ならば君の素性にも予想がつくが」

 その私のブラフを前に、女は動かない。

「そうだとすれば、君は他にも色々と知っていただろうな。ここが冬木ハイアットの三二階を見張るには絶好の位置だったことも、あのホテルに誰が逗留していたかも」

 そう、爆破されたホテルの三二階、そこにはランサーのマスターである、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが婚約者共々滞在していた。それが、キャスター以外の全サーヴァントが揃った倉庫街からの戦いから時間をさほど置くこともなく、襲撃されたのだ。全く恐るべき行動の早さといえる。

「それにしても……建物もろともに爆破するとは。ここまで手段を選ばぬ輩が魔術師とは到底思えんな。或いは、よほど魔術師の裏をかくのに長けている、ということか?」

「……」

「私にばかり喋らせるな、女。返答はひとつだけでいい。おまえの代わりにここに来るはずだった男はどこにいる?」

 

 結果を言うなら、私は目的である魔術師殺し、衛宮切嗣に出会うことは出来なかった。

 第三者による煙幕によって、女は私からまんまと逃走を果たしたためだ。

 落胆の息を僅かに吐き出す。そんな私に向かい、此度私が呼び出した英霊の1人が近寄ってきた。

「アサシンか?」

「は。恐れながら」

 アサシンといえば、衛宮切嗣のサーヴァントによってまだ存命であることを知らされた今、彼らが姿を隠す理由も半分ほど消えてしまった。

「何用だ?」

「早急にお耳に入れておかねばならぬことが出来まして」

 

 そうしてアサシンの報告によって判明した事実。

 それは魔術師(キヤスター)として召喚された英霊と、そのマスターについてのことだった。

 キャスターのマスターは雨生龍之介という人物で、ここのところ世間を騒がせていた、冬木の児童誘拐連続殺人事件の犯人そのものであり、キャスターのほうも錯乱して既に聖杯戦争すら眼中にない、狂ったサーヴァントであるという。

 この二人は魔術の秘匿を行わないどころか、就寝中の児童を次々誘拐していき、その被害は増えるばかりで、その所業を改める気もなく、このままでは聖杯戦争の存続自体も危ぶまれるという。

 だから、父と、冬木のセカンドオーナーであり、魔術の師である遠坂時臣は異例の措置を取ることに決めたようだ。

 キャスターを仕留めるための一時的な聖杯戦争の休戦。その教会の指示に従う報酬として、キャスターを討ち取ったものには令呪を一画進呈するというもの。

 教会に使い魔を集め、それを説明する運びとなったが、ここで一つ問題が発生した。

 私だ。

 サーヴァントを失ったとして保護された私だが、アサシンが存命であることがアーチャーによって既に判明してしまっている。これで私という不正がバレてしまったわけだ。当然元よりあまり高くなかった教会の信用度も更に落としたといえるだろう。

 故に父の決定としては、私が今後本当に聖杯戦争から脱落しても保護することはしないし、今回のキャスター討伐を果たしても、私にだけは令呪を配ることはない。という方向で話はまとまった。それでも他の陣営からしてみればその程度の措置では不満もあったのだろうが、そこは監督権限をもつ父の強みで押し切った。

 ふと、そこまでの現状を纏めてみて、この流れに既視感を覚える。

「?」

 その既視感の正体がわからず、私は頭をふってその考えを追い払った。

 

 

 

 side.エミヤ

 

 

 そこに現れたのは、黒髪黒目の、国籍不明な黒衣に身を包んだすっきりした面立ちの美女だった。

 久宇舞弥と名乗り、切嗣の右手なのだと告げた彼女からは、血と硝煙の匂いがする。鋼鉄のような印象の瞳と雰囲気は、目の前の女が歴戦の戦士だと物語っていた。

衛宮切嗣(マスター)は?」

「暫く、奥方(マダム)と二人きりで話したいことがあるとのことです」

 硬質な声で紡がれたその返答に、小さくため息をつく。やはり切嗣に私は信用されていないらしい。参ったな、色々と話したいことがあったというのに。まあ、しかし、夫婦の時間を邪魔するというのも悪いか。アイリの命はこの戦いで失われる。それはほぼ確定しているだろうこと。ならば、邪魔をするほうが野暮というものだ。

 寧ろ、喜ばしいことだろう。切嗣はイリヤの母親である女性をとても大切に思っているということなのだから。夫婦が共にいれる時間は残り少ない。その少ない時間をどうか大切にしてほしい。

 ならば、私に出来ることは影ながら支えることだろう。思いながら立ち上がり、台所があるほうの部屋へ向かい歩き出すと、その硬質な美女は私の行動を見咎め、真面目な声音で尋ねた。

「どこへ」

「夜食を作ろうかと思ってね」

 無表情染みた顔の中、彼女はそれでも不思議そうな色を見せる。

「サーヴァントは、食事を摂らないと聞きましたが」

「無論、マスターや君たちの分だ。今夜は色々あった……が、君たちはまだ食事をとっていないのではないかね? 食事は体の資本だ。疎かにするべきではない。どうせ切嗣(あのひと)のことだ。ファーストフードか携帯食料くらいしか摂っていないのだろう?」

 その私の指摘が当たっていたのだろう、彼女は無表情のまま、目に見えて動揺した。

「それに、腹が減っては戦は出来んという諺もある」

 茶目っ気を出して口元に笑みを浮かべつつ言うと、彼女は、唖然としながらも私の行動を止めようとはしなかった。そのまま、私の後についてくる。

 それは私の行動に興味があるのか、それともただたんに見張りたいだけなのか、そのあたりはどうも判然としないが構わない。

 とりあえず、簡単に腹におさめられるものを、と思って、甘い卵焼きと、色々な具を使用したおにぎりを作ることにした。私自身は甘いものは得意ではないが、疲れている時は糖分に限るというし、切嗣(あのひと)はあれでいて子供のような味覚をしている。それと、女性は大抵甘いものが好きだろう。と、そんな理由で選んだチョイスだった。

 そんな風に調理に取りかかる私を、隣で見学している舞弥は、特に卵焼きに興味を示しているように見えたから、「味見をしてくれないか?」と呼びかけ、一切れ差し出した。無表情のままぱくりと食べているようだったが、同じく黙々と食事を摂り続けるタイプである某腹ペコ王に慣れている私には、彼女が美味しいと思って満足して食べてくれたのだとわかった。

 ちょっと甘くしすぎたかもしれないと自己評価してたんだが……これだけ気に入ってくれたということは、もしかしたら舞弥は案外甘党なのかもしれない。彼女は次々に私が差し出した分の卵焼きを黙々と食べ続ける。

「あら? 二人で何をしているの?」

 がちゃりと音を立てて、ひょこりと扉の向こうから長い銀髪が姿を現す。アイリスフィールだ。どうやら切嗣との話は終わったらしい。

「夜食を作った。彼女に味見をしてもらっていたところだよ。これから差し入れにいこうかと思ってたところだったのだが……マスターと、話は終わったのか?」

 そう尋ねると、アイリは苦笑しながら、とすんと可愛いらしい音を立てて椅子に体を預けた。

「私は終わったけど、今度は舞弥さんと話したいことがあるらしくて、呼んできてと言われたの。差し入れは、今はやめたほうがいいと思うわ」

 折角だから私はいただくけど。そういいながらおにぎりに手をのばすアイリスフィール。それを見ながら、舞弥はきりっと表情を引き締めて「マダム、感謝します」と言い、部屋を出て行った。

 その後姿を見送りながら、複雑な心境になる。私は、マスターの手足となるサーヴァントだというのに、生身の女性である彼女のほうが信頼され、切嗣の手足として動いている。

「貴女は、気にしないでいいわ」

 そんな複雑な心中の私に対して、労わる様な口調でアイリが言うものだから、反論も碌に出来なくなる。

「切嗣は、あの人なりに考えているはずだから。それよりも、私一人で食事ってのも味気ないわ。一緒に同伴してくれる? 食べれないわけじゃないんでしょ」

 可愛らしく上目遣いで微笑まれながらそう言われると、私に否やと言えるだろうか。いや、言えるわけがない。大人しくこくりと首を縦に振ると、彼女は満足したように「よし」と言って朗らかな微笑みを浮かべ言った。

「それにしても、これ美味しいわ。なんていうの?」

「おにぎりという、まあ、日本ではポピュラーな料理だよ」

 その言葉に感心したように頷いてから、優雅な仕草でコップに手を伸ばし、アイリは言った。

「へえ。アーチャーは本当に料理上手ね。ふふ、良いお嫁さんになるわよ? あ、でも駄目ね。こんな良い子をどこかの馬の骨に渡すなんて嫌だわ」

 いや、良い子って……見た目だけなら私は君と同じくらいな見目の上、元男としては良い嫁になるといわれても全然嬉しくないとか、いや、根本はそういうことじゃなくて。

「アイリ、君は私が本当は男なのを忘れているのではないか? それに、私は英霊だぞ。誰かに渡すだの渡さないだの何を言っている」

 その呆れ交じりの私の言葉に、しかしこの美しい貴婦人は想像もしていなかった答えで返した。

「あら、私はアーチャーのこと実の子供も同然だと思ってるのに」

 アイリは美しい声でさらっとそんな言葉を吐く。それに思わず体が硬直した。流すように言ったけれど、彼女の目はどこまでも本気で、自分の発言は冗談ではないと物語っている。

「私のことお母さんって呼んでくれてもいいって以前言ったの、本気だったのよ? それにね、切嗣のことだって、他人行儀にマスターなんて言わず、貴女本来の呼び方で呼んであげて。きっとあの人だって本当は、そのほうが嬉しい筈よ」

「馬鹿を……言うな」

 声が強張る。どんな顔をすればいいのかわからなくて、顔を背けた。

「私は、サーヴァントだ。この聖杯戦争に勝つためだけに召喚された、マスターの道具。そんな私が」

 そんなこと、許されるはずがないだろう、と声になっていない声で私は告げた。

「ごめんなさいね」

 そっと、白い手が私の首の後ろにかかる。アイリスフィールに抱擁されているのだと、一拍遅れて理解する。その仕草や表情はどこかでみた宗教画の聖母のように、慈愛に満ちていた。

「これは私の我侭よ。だけど」

 貴女のそんな顔は見たくないの、そう囁くように、祈るように彼女は言った。

 暫し沈黙が場を支配した。

 それから何分たったのか。彼女はにこりと、いつもの笑顔を浮かべると、「そういえば、貴女」と先ほどの声と切り替えて、別件についての話をし出した。

 そのことに内心ほっとした。

「今日の戦いは吃驚したわ。本当にアーチャーの視力って凄いのね。私何がなんだかわからなかった」

 そんな彼女の言葉に微笑を口の端に浮かべつつ、私はやや得意げに言葉を返す。

「まあ、弓兵は視力がよくなければ務まらんからな」

「でもね」

 そこでアイリは言葉を止めると、むっとした顔になる。そんな仕草が妙に子供っぽくて、イリヤをつい思い出した。

「もうランサーとセイバーに近づいちゃ駄目よ。私、凄く心配したんだから」

 は?

 思わぬことを言われて目を丸くする。

 次いで私はやや不機嫌になりながらアイリに先の言葉の真意を尋ねた。

「……それは私があの二人に負ける、とでもいいたいのかね? だとしたら、今の発言は流石に私でも聞き流せないな。ああ、そうとも。もし本当にそう思っているのだとしたら、君はその認識を改める必要がある」

 この身に敗北はただ一度のみだ。私がこれまで戦ってきた相手は格上ばかりだった。劣勢で戦うのは慣れている。基礎能力とて、私よりも余程あの2人の方が優れていることだろう。それでもいざ戦いとなれば、負ける気など更々ない。十に一つの可能性だろうと、勝利を引き寄せて見せる。

「違うの。そうじゃなくて、貴女を弱いなんて思ってるわけじゃないわ。ただ、ランサーは魅惑の魔術なんてものを使うのよ? 危険だわ。次も同じ目にあうかもしれない。近付くのは絶対反対」

 ああ、そっちの心配か。まあ、あんな状態になったのだ、これは言い訳出来ないな。

「アイリ、大丈夫だ。もう油断などしない」

「そうね。気をつけて。男は狼よ」

 ……だから、オレも男だったんだって。

「男じゃないけど、セイバーもね。凄く危険だわ。だってあの子、貴女を自分のものにしようとしたのよ!? 何をしてくるかわかるものですか。いい、絶対に駄目ですからね!?」

 びし、っと私に指をむけて、そう啖呵を切るアイリスフィールはまるっきり1人の母親の顔をしていた。心配してくれているのは嬉しいのだが、私はこれでも英霊だぞ? そこまで心配しなくても大丈夫だと思うのだがな。とかも思うが、多分ここで口を出すと、彼女の話が長くなりそうなので黙ってこくこくと頷いておく。

 なんというか、今の彼女には勝てる気がしない。母は強し、だ。

 

 それからアイリと色んな話をして時を過ごしていた。そんなとき、一台の車が出て行った音を聞いてぎょっとする。遠ざかっていく気配は衛宮切嗣(マスター)だ。

 色々報告すべきことがあるというのに、私とは全く話もせずに出て行った。思わずそんな動揺を前に、がたん、と音を立てて立ち上がると、それにタイミングを合わせたかのように、切嗣の右腕である女性がノックをして部屋に入室してくる。

「貴女に伝言を預かってきました」

 相変わらず無表情のまま、久宇舞弥はまっすぐに私を見て話を切り出した。其の顔に感慨や何かを思わせる色は一切浮かんでいない。鋼鉄の戦士の瞳。

「マダムと共に待機し、暫く動かないように、だそうです。特に今夜と明日の外出はならないと」

 その言葉に衝撃を受ける。それは事実上、私を不要といっているのと同じではないのか?

「マスターは……」

「私はそれを告げることを許可されてません」

 硝煙の匂いがする女は淡々と言葉を吐く。

「しかし、君はマスターと共に行動するのだろう?」

 私の言葉に普通の人間なら見逃すほど僅か、女が目を見開く。だが、答える気はないようだ。多分何を言っても無駄なのだろう。これはそういう種類の女だ。

「マスターに」

 重い溜息を吐きながら言葉を紡ぐ。

「マスターに伝えてくれ。ランサーの武器は魔力を無効化する能力の『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジヤルグ)』と、回復不能の手傷を負わせる『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』、真名はケルト神話の英雄、ディルムッド・オディナだ」

 その私の言葉に、アイリと舞弥が目を見開き驚きを露わにした。

「何故それがわかったのですか?」

 舞弥はきりっとした表情と真剣な声でそう詰問する。そういえば、今思い出してみれば、あの倉庫街の戦い、あそこにこの女らしき人間も潜んでいたな。なんてそんなことを思い出しながら、私は彼女が望んでいるだろう答えを、出来るだけ不敵な笑みで持って返した。

「私は私の魔術の関係でね、武器の解析は得意なんだ。まず、間違いが無い」

 その私の言葉に真っ先に反応したのは、質問をした舞弥ではなく、銀の髪の貴婦人だ。

「え、アーチャー、貴女、アーチャーなのに魔術師なの!?」

 と、驚きと共にそう声を上げたアイリであったが、そこまで言ってから何かに気付いたように彼女はぽんと手を打ち、今度は落ち着いた声で言葉を続けた。。

「あ、それはそうか。貴女はあの人に育てられたのだものね。それにパラメーターも魔力の数値が一番高かったし……あれ? でもそれじゃあなんでキャスターのクラスじゃないのかしら?」

 そのアイリの疑問に、思わず苦笑する。何故私がキャスターではなく、アーチャーとして召喚されたのか、か……理由を思えば、赤い少女のへっぽこと自分を罵る声が聞こえてくるようだ。

「残念ながら私は魔術師としては半人前でね。私の魔術は一点に特化しすぎている。そのためだろう。私にキャスターの適性はないよ。あるのはアーチャーの適性のみだ」

 そう、私に魔術師としての才能なんてものはない。あるのはただひとつの異能だけだ。

 いや、話が逸れたか。舞弥は話は終わったと判断したらしい、出て行こうとしている。それに向かって呼び止めた。

「待ちたまえ」

「まだ、何か?」

 私の言葉に対し、こちらの出方を確認するように硬質な黒い目がじっと私を見据える。

「マスターの元に行くのだろう。なら、これを、マスターに届けてくれ」

 そこで私は、もしもの為に用意していたランチボックスを彼女に差し出した。中身は先ほど夜食に用意したおにぎりと卵焼きだ。

「ファーストフードよりは、ずっといいはずだ。……折角作ったんだ、これくらいさせてくれ」

 つい斜め下を向きながらそういうと、彼女、久宇舞弥はその硬質な美貌の口元に、一瞬だけ笑み染みたものを乗せて、「はい」と答えた。それが初めて見た彼女の素の表情だった。

 

 素の表情を見せてくれたことは嬉しい。しかし、こうして窓から舞弥が出て行く様子を見送っても一向にこの気持ちが晴れることはなかった。

 何故なら、サーヴァントはマスターの為にいるものだ。マスターの刃になり、盾になるもの、それが我らサーヴァントという存在なのだ。それが全てではなく、サーヴァントとて自分の意志こそ持ってはいるが、それでも私はそのつもりで切嗣の召喚に応じたつもりだ。なのに必要とされないとは、私は何故ここにいるのだろうか。あの時、冬木に来る前に誓ったのに。

 イリヤに、衛宮切嗣(ちちおや)は私が守り、必ず彼女の元へ返すと誓ったのに。

 でも、アイリスフィールを放ってまで、マスターの命令に逆らうこともまた出来なかった。彼女は今回の聖杯だ。敵に渡すわけにはいかない。

 だから私は、切嗣の言いつけ通り、アイリと共に、このアインツベルンの森の奥にある冬木の出城で、他の闘争に関わることなく数日を過ごした。

 その間、キャスターがセイバーをジャンヌ・ダルクと誤解して襲い掛かっていたことや、ランサーやアサシンもセイバーと共にキャスター相手に戦っていたことも、衛宮切嗣(じいさん)がサーヴァント達の戦いの隙をついて、ランサーのマスターに再起不能の傷を負わせて逃走していたことも、言峰綺礼が切嗣を求めて徘徊していたことも、それら全てを私が知ることはなかった。

 

 

 続く

 

 


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