冒険者に憧れるのは間違っているだろうか   作:ユースティティア

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プロローグ

 手足が動かない。意識が朦朧とする。

 いつかは来ると思っていた。多くの人間を言われるままに殺して来たんだ。その報いを受ける時が、ようやく来たんだ。

 

 ああ、ようやく解放される。辛いとも、苦しいとも思わなかったけど真っ先に思い浮かんだのはその感情だった。

 

 近づいてくる足音。大きな影がわずかに路地裏に差し込む月明かりを遮る。その影は先程まで僕が殺そうとしていた標的だった。

 

 逆光のせいで表情はわからない。しかしつい先程まで自分を殺そうとしていた相手だ。良い感情は抱いていないだろう。

 

 不思議と恐怖はなかった。目を閉じ、己の死の時を待つ。

 

 

 

 しかしいくら経ってもその時は訪れなかった。

 

 恐る恐る目を開く。影は相変わらずこちらを見下ろしていた。感情の揺らぎもなくただただ見下ろしていた。

 

 どのくらいそうしていたか、影は僕に興味が失せたかのように踵を返し、去っていった。

 

(……見逃、された?)

 

 その事実を受け止めるのに数十分かかった。そして、その事実を受け止めて次に沸き上がってきたのは、生き残った喜びではなく……見逃された屈辱だった。

 

 なぜその感情が沸き上がってきたのかはわからない。僕は武人ではない。ただの暗殺者だ。()()()()()()()()で卑怯卑屈に言われた標的を殺すだけのクズだ。

 

 しかし、その感情はわき出る水のようにどんどん大きくなっていく。そんな自分がわからなくなってきた。

 

 いろいろ考え--それこそ短い人生全てを可能な限り思いだし--出た結論は……

 

(そっか、羨ましかったんだ……)

 

 僕は武人ではない。けど、相手が武人であった。戦ったのはほんの数分。しかしその数分に魅せられたのだ。力強く、そして気高いその戦いに。

 

 ああ、くそ。今になって死にたくなくなってきた。もう一度、今度は暗殺なんかじゃなくて、正々堂々と勝負がしたい。僕に僅かな興味も持たなかったあの人ともう一度勝負がしたい。だから、だから……

 

「死にたく、ない……!」

 

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 コツコツ、と足音が聞こえた。あの人が戻って来たのかと思ったがすぐに違うとわかった。

 

 足音は二人分あった。一人は歩幅の間隔と足音の大きさからいって女。もう一人は男だろうがあの人と比べると歩幅の間隔や足音の大きさが全く違う別人だ。

 

 カップルか何かか? と、いうか何でこんな路地裏に男女二人きりなんだよ。

 

 やがて足音の主達がこちらにやって来る。すると女の方が小走りで移動-恐らく男の前にかばうように移動-し、男に声をかけた。

 

「ヘルメス様、お下がり下さい。何かいます」

 

 ヘルメス、確かこのオラリオに【ファミリア】の本拠地を構える神。あまり有名ではないが弱小でもない、かといってどこかの【ファミリア】と同盟を組むでもない、そんな不思議な【ファミリア】の主神。

 

 女が近づいてくる。一瞬、殺すか? と考えるが神が側近にするくらいだ、弱っている僕では勝てないな、と考え直し、そのまま寝たふりをする。

 

 死にたくはないが、まぁ最期くらいは神の判決に身を委ねてもいいかな、と今までの僕なら考えつかないような考えが頭をよぎった。

 

「子供ですね。わずかですが血の匂いがします。どうしますか?」

 

「んー、そうだね……」

 

 男、ヘルメスが近づいてくる。

 

「なっ、ヘルメス様、下がって下さい! まだこの子供が安全だとわかった訳ではありません!」

 

「まあまあ、固いこと言わないの」

 

 女がため息を吐く。なぜかは知らないが疲れているようだ。

 

 ヘルメスが僕を見下ろす。

 

「んー、ん? 君、もしかして起きてる?」

 

「……さすが神。よく、気づいたね……」

 

 観念して目を開ける。女が警戒を強めた。

 

「まあね。で、君はここで何をしていたのかな?」

「……ある亜人(デミ・ヒューマン)を……殺そうとして……返り討ちにあった」

 

 瞬間、空気が凍りついた。女が息を飲み、ヘルメスは……高らかに笑いだした。

 

「はははははははははは、あはははははは!」

「ヘ、ヘルメス様笑いごとじゃありません!」

 

 ヘルメスはひとしきり笑った後、座り込んだ。

 

「いやー、笑った笑った。しかし少年よ、どうしてそんな事をオレに話す?」

「偽っても……意味がない……。だから、あんたが僕に裁きを……下してく、れ」

「オレに君を裁けと?」

「そうだ」

 

 ヘルメスは少し黙った。女は以前こちらを警戒しながら、何かハラハラしているようだった。

 

「うーん、俺は裁きを下す神じゃないからな。……そうだ、少年、何かやりたいことはあるか?」

「……ある」

「ほう、それは何だい?」

「冒険者、になりたい」

 

  再び、空気が凍った。そしてヘルメスはまた笑い出した。

 

「はははははははははは、あはははははははははははははははは!!! いやー、まさか1日に2回もこんなに大笑いするなんてな。どうだ、アスフィ。たまには寄り道して帰るのもいいものだろう!」

「へ、ヘルメス様、まさか……」

「少年、名は何と言う?」

「トキ、オーティクス」

「OK、トキ。では君にオレの判決を言い渡そう」

 

  ヘルメスは立ち上がり、そしてその審判を口にした。

 

「君をオレの【ファミリア】に迎え入れよう! ただし、すぐには冒険者にはしない。3年間オレの従者として働き、その後3年間オレの【ファミリア】の雑用係をしてもらう。そうすれば君は晴れて【ヘルメス・ファミリア】の冒険者だ!」

 

  その言葉を聞いた時、最初何を言われたのかわからなかった。段々とその言葉を理解すると涙が溢れた。ああ、この気まぐれな神は、自分を受け入れてくれるのか、と。

 

「それじゃあ、アスフィ。彼を抱えてくれ。そしたら帰るぞ」

「……はぁ~、もう嫌だ……」

 

  アスフィに抱えられ、僕は夜のオラリオを移動する。アスフィが通った道には僕の涙が点々と落ちていった。

 


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