冒険者に憧れるのは間違っているだろうか 作:ユースティティア
「……アスフィ、ここからは?」
「……行くしかないでしょう」
「だよな」
溜め息混じりにアスフィさんが方針を決め、ルルネさんも意識を切り替える。
「一応、『門』みたいなものはあるけど……」
「やはり、破壊するしかなさそうですね」
「見た目的に炎が効きそうですね」
「斬りますか?」
「大人しそうな顔してさらっと物騒なこと言うな、お前……」
アイズさんが剣を抜くと、ルルネさんが呆れた視線を送る。
「アイズさん、それだとこの人数が通れる大きさの穴を開けるのに少し時間がかかりますよ?」
「そうですね。それに情報が欲しい、『魔法』を試します。メリル」
メリルさんがパーティの前に進み出る。杖を構え詠唱するその姿はなかなか様になっている、と関係ないことを思いながらその詠唱に耳を傾ける。
魔法名が口ずさまれ大火球が肉壁を焼く。それにより『門』があったところは完全に焼けた。俺ではこうはいかないからこういう魔法は羨ましい。
みんなの視線にアスフィさんが頷くと、列になって肉壁の内部に侵入する。すると。
「壁が……」
気味の悪い音を立て、肉壁が修復していく。少し時間がかかったがこの大きさを鑑みれば相当の修復速度だ。
みんなの様子を見ればまるで閉じ込められたかのように動揺している。
「大丈夫ですよ。帰りはまたさっきみたいに魔法で穴を開ければいいだけですし、
その声にすぐに意識を切り替えるみんな。……あのアスフィさん、なんでそこでよくやった、みたいに頷いているんですか?
改めて周囲を見回してみる。内部も肉壁と同じ色をした壁に覆われていた。僅かに脈動するそれはまるで生物の体内に入り込んでしまったかのような錯覚すら覚える。
アイズさんが剣を抜き、壁を斬りつけると先程まで見た石壁が見えた。つまりダンジョンを覆うようにこの壁は存在している、ということだろう。
それにしても先程の肉壁からもした臭いが辺り一面に広がっているからヒューマンの俺でも鼻が曲がりそうだ。きっと獣人の人達はもっときついだろう。……なんかなかったかな?
「あ、あった」
影から出てきたのはいくつかの鼻栓だった。何に使ったっけ? ……思い出した、以前生ゴミの処理を依頼されたときに念のために買って結局使わなかったやつだ。人数分はないが獣人の人達の分はちゃんとある。
「みなさん、ここに鼻栓があります。使いたい方はいますか?」
「あ、私使う」「俺も使う」「私は……遠慮します」
やはり獣人の人達は辛かったらしく、我先にと鼻栓をとっていく。……やばい、ちょっと面白い顔になってる。
「……ルルネ、変な顔になってる」
「いいだろっ、臭いんだから!」
「さぁ、行きますよ。ルルネ、ここから先は既存のものが役に立ちません。地図を作りなさい」
「りょーかい」
アスフィさんに従い、迷宮を進む。ルルネさんはマップとは違う羊皮紙と赤い羽根ペンを取りだし、マッピングを始める。
「すごい、ね……地図を作れるんだ」
「んー、そうか? 【剣姫】に褒められるなんて光栄だけど……私は一応、
ちなみに俺もできる。というか以前ギルドにオラリオ地下水路のマッピングを依頼されてやらされた。あの時は本当にルルネさんに教わっておいてよかったと思った。
トキ・オーティクス
マッピングLv.5
ルルネに教わり、地下水路を経験したことで正確な地図を書くことができる。(ルルネと同レベル)
しかし紛れもない
「なぁ、怖い想像してもいいか? もしこのぶよぶよした気持ち悪い壁が全部モンスターだったとしたら……私達、化物の腹の中を進んでるんだよな?」
「おい」「よせ」「止めてくださいっ」
ルルネさんの恐ろしい独り言にみんなから非難の声が次々と上がる。しかし、それのお陰か緊張しっぱなしだった雰囲気が少し和らいだ。
「トキ」
ふと、アイズさんに呼ばれた。
「なんですか?」
「あれ」
アイズさんが一点を指差す。そこにあったのは僅かに光る極彩色の花。
嫌な予感が強くなってくる。
パーティは先程俺が確認した分かれ道まで到着した。影を1本しか使わなかったからわからなかったが、分かれ道は正面、左右、上方にも分かれていた。
右の道を選択し、ルルネさんがそれに伴いマッピングしていく。
「本当に、上手い……」
「あはは、都市の外に出るヘルメス様の付き添いで、よく怪しい遺跡とかにもぐったりするんだよ、私達は。もう慣れたもんさ」
うん、それで何回か死にかけたけど。主にヘルメス様の
「それにしても……この様子じゃあ、リヴィラで買い込んだ
「そのようですね……ん?」
モンスターと遭遇もせず、異様な静けさの迷宮の雰囲気に、不気味な感覚を感じ始めていた時のことだった。通路の中心に、散乱した灰を見つけた。近くにはドロップアイテムらしき物が落ちている。しかし、魔石はない。
「モンスターの、死骸か?」
「ええ。間違いなさそうです」
影からハルペーを取りだし、腰のナイフを抜刀する。前後、左右、そして上方に警戒の意識を広げていく。
「恐らく、例の『門』を破ることのできた複数のモンスターが、ここまで侵入してきたのでしょう……そして、何かにやられた」
アスフィさんの発言でパーティに緊張が走る。
神経を、感覚を研ぎ澄ましながら考える。あの『門』はもしかしたら強いモンスターを選別するための分別の機能をしていたのではないか? そしてそのモンスターから魔石、正確には魔力を捕食する。そして先程見た花。導き出されるのは……。
その時、上方で何かが動いたのを感じ取った。
「「──上(っ)」」
アイズさんと声が被る。一斉に顔を振り上げるみんな。そしてその視線の先にはやはりあの食人花がいた。それも群れを成して。
『オオオオオオオォォォォォォォォォッ!!』
「各自、迎撃しなさい!」
食人花達の突撃を回避し、それぞれが斬りかかった。
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モンスターの体当たりを前衛の盾が弾き、無数の触手を中衛の戦士と黒い触手が弾き飛ばす。敵の目標は後衛で詠唱している魔導士ではなく、それよりも手前の中衛にいるトキであった。的が絞られているぶん、対処がしやすいためか不意打ちされながら戦況は若干優勢であった。
「敵は打撃攻撃があまり効きません! 武器による切断、または刺突で対処してください!」
「ルルネ、相手の『魔石』はどこですか?」
多角度から押し寄せる触手をトキの触手が迎撃しているぶん、ある程度落ち着きがあるのか、アスフィは戦況にいち早く順応する。
「えっと、確か、口の中!」
「口の中ですね。トキ、纏めなさい!」
アスフィの指示に黒い触手が応えた。襲いくる食人花の口を力をねじ曲げるのではなく、逸らし、誘導することにより、数ヶ所に集める。アスフィがベルトのホルスターから緋色の液体が詰まった小瓶、
『------------ァッ!?』
口の中に入れられたものはもちろん、近くにいたものまでが『魔石』を破壊され、断末魔の悲鳴を上げていく。
それを機に他の団員も攻めに転じる。
「大丈夫?」
「は、はいっ!?」
黒い触手が捌き損ねた少数の触手が魔導士達に襲いかかるが、全てアイズに処理される。
(それにしても……)
アイズが目を向けるのはふたり。団長であるアスフィと下級冒険者のトキだ。アスフィは冷静な分析と行動力で頭1つ飛び抜けた実力を持っている。その戦い方は【ロキ・ファミリア】の団長フィンを彷彿とさせる。
一方、パーティの中で一番力がないトキは触手によるフォローで他の団員が戦いやすいよう、戦況を操作している。
アスフィとトキ。ふたりはやはりこのパーティの中核を担っている。トキが次期団長である、というのも納得がいった。
「あらかた片付けましたね……」
「ふぃ~。落ち着いて戦えば、何とかなるもんだなぁ」
「トキが打撃が効かないことを教えてくれなければもう少し苦戦していたでしょうが……上出来でしょう」
一方、トキはというと。
(やべぇ)
己の武器を見て恐怖していた。先程の戦闘、何回か武器を使用することがあった。武器は食人花をバターを切るかのごとく切り裂き、しかも損耗もそこまでしていない。
(これ、本当はいくらしたんだろう……?)
親方の心遣いに感謝と恐怖を感じながら武器を収める。念のため、ハルペーはベルトの右部分に引っかける。
(使いどころに注意しよう)
その後、パーティは武装とアイテムの点検を素早く済ませ進行を再開する。
「聞いてはいましたが、あれが例の新種のモンスターですか……」
「固くて、速くて……しかも数が多い。嫌になるよなー」
「【剣姫】、貴方はあの新種の性質を熟知しているようでしたが、知っていることがあれば今の内に教えてもらっていいですか?」
「わかりました」
アイズが話す食人花の情報を頭に叩き込んでいく面々。打撃が効きにくく、斬撃の耐性が低いこと。『魔力』に過敏に反応し、『魔法』の発生源に押し寄せること。
「あと、他のモンスターを率先して狙う習性が、あるかもしれません」
「え、モンスターがモンスターを襲う?」
その言葉に反応したのはトキだった。アイズが不思議そうな目で彼を見て、そういえば堂々と戦っていたが彼はまだ一ヶ月前に冒険者になったと聞いたことを思い出した。
レフィーヤによると彼は冒険者になる前に主神に鍛えられ、冒険者になる前から強かったらしい。
「そういえばトキは知らなかったのですね。この際ですから覚えておきなさい」
とアスフィはまるで子供に教えるかのような声で解説を始める。
「モンスターがモンスターを襲う行動には、大きく分けて2つの可能性があります」
指を1本立てる。
「1つは突発的な戦闘。偶然、あるいは何らかの事故で被害を受け、逆上したモンスター同士が争い合う。群れ同士で戦う場合もあります」
トキとアイズがこくりと頷くと、アスフィは2本目の指を上げた。
「そして2つ目。モンスターが、魔石の味を覚えてしまった場合」
「魔石の味を覚える……?」
「そうです。別のモンスターの『魔石』を摂取すると、モンスターの能力には変動が起こります。【ステイタス】を更新される我々のように。このようなモンスターを『強化種』と言います。過剰な量を取り込んだモンスターは、本来の能力とは一線を画するようになります」
「なるほど……」
「有名なのは『血濡れのトロール』……聞いたことはありますか?」
「はい。上級冒険者を50人以上殺害し、最後には【フレイヤ・ファミリア】に討伐された推定Lv.を遥かに越えた怪物と」
「ってことは、あの新種も『魔石』を目的に他のモンスターを襲っているってことか?」
「と、私は考えますがね。共食いに走るということは、何らかの理由があって然るべきです。それに先の戦闘の中でも、能力差の著しい個体が数体存在していました」
「それに戦闘前に見かけたモンスターの死骸。ドロップアイテムはありましたが魔石は1つもありませんでしたね」
ルルネの問いにアスフィが答え、トキが補足する。
「そういえばそうだったな……でも、群れ全体で『魔石』を狙うって、そんなのアリか? 最初から『魔石』の味を占めてるって、冗談じゃないぞ」
ルルネの言葉に同意するかのように空気が重くなる。この先に何が待っているのか。アイズだけが先の道を強く睨んでいた。
また中途半端ですが今回はここまで。やはりちょいちょい小ネタを挟むと長くなりますね。まあこのスタンスは変えるつもりはないですが。
ご意見、ご感想お待ちしております。