冒険者に憧れるのは間違っているだろうか   作:ユースティティア

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化け物

 繰り広げられる攻防に黒髪のエルフの少女、フィルヴィス・シャリアは目を見張っていた。

 

 地上で繰り広げられているのは第一級冒険者ベートと謎の白ずくめの男の白兵戦だ。視認できるだけでも凄まじい攻防の応酬。それを見たフィルヴィスは支援射撃に徹しようとしたが、目まぐるしく入れ替わる二人にまったく照準できなかった。

 

 その上空では冒険者の一団に救助を頼まれたトキというヒューマンの少年が複数の食人花を相手どっていた。黒い触手を巧みに操り、右手に持つ大型ハルペーで的確に食人花を倒していく。さらに驚くべきことに時おり凄まじい攻防を繰り広げる地上の白兵戦に触手の援護までする。

 

「第一級冒険者、ここまで……」

「いえ違います」

 

 思わず漏れたつぶやきを隣にいたエルフの少女レフィーヤに否定される。

 

「確かにベートさんは第一級冒険者ですが上空で戦っているトキはまだLv.1です」

「なっ、Lv.1だと!?」

 

 レフィーヤの言葉が信じられず、もう一度少年を見てみる。

 

 言われてみればお世辞にも【ステイタス】が高いとは言えない。スピードも遅いし、攻撃もハルペーのみで黒い触手は全て誘導や援護に使っている。しかしそれを抜きにしても彼の戦い方はLv.3の彼女から見ても巧いと言えるものだった。

 

「それにトキは本調子じゃありません。彼が使える触手の最大数は12本。けど今操っているのは8本だけ。つまりそれだけ彼も疲弊しているってことです」

「あれで本調子ではないだと!?」

 

 だとしたら本当に彼はLv.1なのか、わからなくなってくる。その堂々たる戦い方は決して下級冒険者の戦い方ではない。まるで何度も死線を潜り抜けた一流の冒険者のようだった。

 

「でもさすがに不味いですね」

 

 今のところベートもトキもやや優勢ではある。しかしその表情は芳しくない。ベートはトキの援護もあり、なんとか優勢ではあるものの決定打がなく、いたずらに体力を消耗していた。

 

 またトキも、白ずくめの男以上に速いベートの動きを予測し、なおかつ複数の食人花を迎撃するのは処理能力の限界を超えていた。ベートの援護はしっかりしているが、ときどき捌ききれない食人花の攻撃がかするようになってきている。

 

「フィルヴィスさん、先にトキの援護をしましょう。短文詠唱の魔法で少しでもモンスターの数を減らすんです」

「だが狼人(ウェアウルフ)の方はどうする?」

「そっちはトキが援護しているので問題ありません」

 

 言うやいなや、レフィーヤが『高速詠唱』に入る。膨大な魔力の上昇に食人花がそちらを向く。慌ててフィルヴィスがレフィーヤを護衛しようとするが、

 

「構うな、食人花(ヴィオラス)! 先にそのヒューマンをやれ!」

 

 白ずくめの男の言葉により、再びトキの方を向く。

 

「【アルクス・レイ】!」

 

 それを読んでいたかのようにレフィーヤが詠唱を完成させ、明後日の方向へ光線を放つ。

 

「なっ、どこを狙っているんだ、ウィリディス!?」

「大丈夫です」

 

 しかしレフィーヤは慌てることなく己の魔法の行く末を見守る。光線は放たれた方向からぐいっと進路を変更する。

 

 トキが大きく上空へ跳ぶ。それを追いかけようと食人花達が上空を向き……光に呑み込まれた。光線は標的に設定した食人花とその回りの食人花を巻き込んで消滅する。

 

「よし!」

 

 狙い通りにいったのかガッツポーズをし、第2射を装填する。

 

 その姿にフィルヴィスは何度目かの驚愕を表す。彼女のレフィーヤに対する印象は真っ直ぐでそれでいて少しおじおじしたところがあるというものだった。

 しかし戦闘になるとまるで普段の様子が嘘のように豹変する。思いもよらぬ発想力と強大な魔力。この2つが彼女の武器だ。

 

 自分よりもLv.が高いというのを彼女は改めて実感した。

 

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「ぐっ」

「おらっ!」

 

 ベートの攻撃をかわし、反撃に拳を振り上げる。

 

 ビシッ!

 

 しかしそれは死角から現れた触手によって一瞬ではあるが止められる。その一瞬の間にさらにベートの追撃が放たれる。

 

 白兵戦は終始この展開だった。上空で激しい攻防をしているにも関わらず、時おりこうして触手による援護(邪魔)が入る。そのせいで攻めきれずどうしても受け手に回ってしまう。

 

 速度だけならばあちらの方が上だ。しかし膂力と打たれ強さであればこちらが圧倒的に凌いでいる。本来であればこちらが有利であるはずだ。

 

 だがそれも忌々しいヒューマンの小僧のちょっとした援護(邪魔)によって崩れる。先程とは違い力はないが確実に男の動きを阻害してくる。

 

 ふと、背後に何かが転がるような音が聞こえた。次いで襲いくる触手。

 

「ぐっ」

 

 条件反射でかわしてしまい、

 

「らあああああああァッ!!」

 

 (ベートの連撃)の中に飛び込んでしまった。双剣とメタルブーツによるラッシュ。この機を逃すかというような連撃。

 

「図にっ、乗るなあぁあああああああああああ!?」

 

 怒号を吐き出し押し返そうと前に出る。だが、それも、

 

 ヒュンヒュンヒュン。

 

 全身に巻きつく触手により妨害されてしまう。既に男の怒りはピークを超えていた。

 

「小僧おぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 ベートの連撃に傷つく体を無視し、振り返る。しかしそこにトキの姿はなかった。

 

「なっ!?」

「ベートさん、行きます!!」

 

 背後で女の声が聞こえ、次いで閃光が放たれる。急いで振り返り腕で防御しようとし……自分の過ちに気づいた。

 

 あまりにも強大すぎる魔力の光線。さすがの男でも防ぎきれるかわからなかった。衝撃に備え、突き出した腕を反対の腕で掴む。

 

 しかしその閃光は男の眼の前で曲がった。

 

「!?」

 

 曲がった閃光の先にいたベートがメタルブーツを叩きつける。

 

 ベートが装備するメタルブーツは第二等級特殊武装(スペリオルズ)《フロスヴィルト》。その真価は魔法効果の吸収にある。

 

 完全に虚を突かれた男に既に回避するという選択肢はなかった。ベートが口を笑みに歪め、メタルブーツが眩い光を放つ。

 

「死ねっ!」

「っっ!?」

 

 最高速度で叩きつけられる閃光の一撃。男は大主柱(はしら)まで吹き飛ばされた。

 

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「トキ、大丈夫ですか!?」

「トキ、大丈夫!?」

 

 異口同音の言葉で自分を心配するアスフィとレフィーヤをトキは見ずに片手で答える。その視線は吹き飛ばされた男を見ていた。

 

「やったのか……?」

「殺すつもりでブチ抜いてやったがな」

「ベートさんの蹴りが当たる瞬間に両腕でガードするのが見えました。普通だったら焼け石に水でしょうが……」

 

 フィリヴィスの問いにベートとトキが答える。ベートの《フロスヴィルト》はレフィーヤの魔法を全て吐き出し、通常のブーツに戻っていた。

 

「つーかレフィーヤ、もっと手加減しろ! あと一歩で靴がお陀仏になるとこだったぞっ!」

「ご、ごめんなさい……」

 

 レフィーヤはベートに怒られながらトキの様子を確認し、不自然な左腕に気がついた。

 

「トキ、その腕─」

「ああ、折れてる」

 

 その言葉にレフィーヤと【ヘルメス・ファミリア】の面々が驚愕する。すぐにレフィーヤが治療しようとするが、

 

「いや、いい。それはあいつを倒した後にしてくれ」

「えっ?」

 

 全ての者が男が吹き飛ばされた方向を見る。モンスターの死骸である灰が舞う中、その奥から影がゆっくりと歩み出てくる。

 

「嘘……」

「化け物ですか……」

 

 レフィーヤとアスフィが呟き、ベートが舌打ちする。

 

 あの一撃はレフィーヤの本気の魔法にベートの渾身の蹴りが合わさったものだ。(もう少しレフィーヤの魔法の出力が強ければベートの靴が吹き飛んでいたが)

 

 それをくらってなお、男は存命していた。しかし、その体はぼろぼろだ。まず片腕が無くなっていた。もう片方も火傷を負い、変な方向に曲がっている。胸を中心とした部分の戦闘衣(バトル・クロス)は大きく破け、薄紅色の血肉が晒されている。もともとかぶっていたドロップアイテムであろう白骨も破壊され、くすんだ長い白髪が流れていた。

 

「……今のは危なかった」

 

 血の気のない男の唇が動く。それが薄気味悪く笑みに歪む。

 

「だが『彼女』に愛されたこの体はまだ朽ちてはいない」

 

 そして、傷が修復されていく。

 

「え─」

 

 魔法を唱えた訳でもないのに腕の火傷が、ベートが与えた傷が、治っていく。さらに複雑骨折したであろう腕もゴキッ、バキッという音と共に治っていく。そして極めつけと言わんばかりに失われた腕すらも徐々に生えてくる。あり得ないほどの自己再生能力。それを目の当たりにした誰もが絶句する。

 

 煙が晴れ、男が顔を上げた。

 

「なっ……」

 

 最初に反応したのはアスフィだった。

 

「フィ……フィルヴィス、さん?」

「……どうして」

 

 フィルヴィスもまた声を漏らす。胸にざわつきを感じたレフィーヤが見つめる横でフィルヴィスの震える唇が開く。

 

「オリヴァス・アクト……」

 

 その言葉に周囲の者達が目の色を変える。

 

「オリヴァス・アクトって……【白髪鬼(ヴェンデッタ)】か!? 嘘だろう!?」

 

 悲鳴に近いルルネの声に首をかしげるトキ。そしてルルネが動揺した声を絞り出す。

 

「だって、だって【白髪鬼(ヴェンデッタ)】は……!?」

 

 レフィーヤが挙動不審になりかけながら辺りを見回し、トキが続きを促すようにルルネを見つめる。そして、アスフィが耐えきれないように言葉を漏らした。

 

「馬鹿な、何故死者がここにいる!?」

 

 トキもレフィーヤもすぐにはその言葉を理解できなかった。

 

「し、死者って……?」

「そもそも誰なんですか? オリヴァス・アクトとは?」

 

 レフィーヤが呟き、トキも混乱を隠せない声音でアスフィに問う。アスフィが動揺を抑えこむようにトキの問いに答える。

 

「オリヴァス・アクト……推定Lv.3、【白髪鬼(ヴェンデッタ)】の二つ名を付けられた賞金首。既に主神は天界に送還され、所属【ファミリア】も消滅しています」

 

 その言葉をトキは一つ一つ理解していく。戦った感じでは男の推定Lv.は5。主神が送還されているということはオリヴァスという男はその力を【ステイタス】の恩恵なしで体現しているということになる。

 

「悪名高きあの闇派閥(イヴィルス)の使徒……そして、『27階層の悪夢』の首謀者」

「──っ!?」

 

 その言葉にレフィーヤがフィルヴィスを見る。彼女は顔色をなくし、立ちつくしていた。

 

『27階層の悪夢』。トキは6年前に起こったその事件を概要だけ知っていた。27階層にて闇派閥(イヴィルス)が有力派閥のパーティを階層中のモンスター、果てには階層主まで巻き込み殺した悪夢のような事件。

 

 レフィーヤの反応とフィルヴィスの様子を見る限り、彼女はその事件の関係者だろう。

 

「彼自身、あの事件の中でギルド傘下の【ファミリア】に追い詰められ、最後はモンスターの餌食に……食い千切られた無残な下半身だけが残り、死亡が確認されていた筈」

 

  トキはもう一度、男の姿を見る。既になくなった腕も生え終わり、傷も徐々に塞がりつつあった。そしてどう見ても五体満足だ。

 

「生きていたのですか……?」

「いや、死んだ。だが死の淵から、私は蘇った」

 

 男の顔に狂気が宿る。全身を手で撫でる男の全身を見て、あることに気がついた。下半身の破けた服の中、2本の足がまるで食人花の体皮と同じような黄緑色に染まっていた。

 

 そして、上半身に極彩色の結晶、魔石が埋め込まれていた。

 

「────」

 

 同じものを見たであろうレフィーヤが絶句する中、トキの頭は急速に冷えていった。

 

「私は二つ目の命を授かったのだ! 他ならない、『彼女』に!!」

 

 レフィーヤが、ベートが、フィリヴィスが、【ヘルメス・ファミリア】の面々がうろたえる。

 

「一体、何の冗談ですか……」

 

 敵は人なのか、モンスターなのか。せり上がる感覚に耐えきれなくなったレフィーヤが口を開こうとし、

 

「いや、あれ弱点ですよね?」

 

 トキの言葉がそれを止めた。

 

「え?」

 

「いや、だってモンスターと一緒で胸の中央にあるし、自分で新しい命って言ってましたし。あれを壊せばあの男倒せるんじゃないですか?」

 

 その言葉に急速に頭が冷えていく。確かにあの男はトキが言った通り魔石が自分の新しい命である、というようなことを言った。男の体の色が食人花の体皮と似たような色からその可能性は高い。

 

「さっきの攻撃で体を吹き飛ばせるのはわかっているんですから、今度はあれを魔石(あそこ)に叩き込めばこっちの勝ちです」

 

 勝ち。その言葉に全員の目の色が変わる。

 

「確かに奴は怪物です。人智を超えた者なのでしょう。だからといって不死身ではありません。ちゃんと殺せる生物です」

 

 その言葉に混乱していた頭が冷え、手足の震えが止まる。そうだ、相手は確かに化け物だ。けど倒せない敵じゃない。

 

「さて、倒す目処もつきましたし」

 

 トキは持っていたハルペーをしまい、今度はナイフを抜きながら、

 

「いろいろと聞いてみましょうか」

 

 と言った。




というわけで24階層でやりたかったことその2。オリヴァスに対する意識の改変、いかがでしたか?

実はこれ以外に没になった案がありまして、それというのが以下の通りです。

オリヴァス、魔石を見せびらかす→トキ、オリヴァスがしゃべっている間に隠れて『ハデス・ヘッド』を装着。透明になる→トキ、オリヴァスに近づく→魔石をナイフで壊す。

これの方がよりトキらしいと思ったのですがそうするとアイズが来るまでにどうするか、という問題が発生し、没になりました。

あと【憧憬一途】を消したことに関していろいろとご意見をいただきましたが、前回も言ったとおりそれに代わる新たなスキルを考えています。なのでご心配はいりません。安心して読んでください。お願いします。

ご意見、ご感想お待ちしております。

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